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その①の続きです。夕飯は午後6時で予め予約していましたが、案内された部屋がバイキングのような所ではなく、真正面が海で、テーブルが3×3という配置でかなりゆったり。これは嬉しかったですね。昨今、日本中で問題になっているやかましい人たちが全然いないし、コース料理だったので歩き回る変な人もいませんし。加えて、入室した時は先客が海側の右のテーブルに1組しかいなくて、自分たちはその海側の真ん中へ案内してもらいましたので、黄昏時の海を真正面に開放感バッチリの中で2時間まるまるかけて食事を楽しめましたお料理の内容はこんな感じでした。メニューにはありませんでしたが、途中で玉ねぎのパンとやらを出して頂きました。この和風のパエリアですが、その名の如く和食用にアレンジされている感じです。そのままでも美味しかったのですが、おかわりした2杯目はオリーブオイルをかけて洋風に楽しんでください、と勧められ、その通りにしたらこれが本当に美味しくて個人的にはそちらの方が好きでしたねー。最後は、桜風味のアイスなどデザートとコーヒーでシメ。満腹になりましたね、ほんと。余ったパエリアはおにぎりにしてラッピングの上で頂き、後で部屋へ戻ってから食べました。ところで、大浴場の温泉は24時までOKとありましたが、22:30ぐらいに「棚田の湯」へ行ってみました。思ったより広くて、中央に名前の如く棚田みたいにいくつかの湯船がピラミッド状に積み上がって、上から湯が流されていました。周へんは、字の如く湯が赤っぽい赤湯とかいくつか分けられた湯船があり、あとはサウナ。行った時は10人もいませんでしたから、とにかくゆったりできましたね。サウナなんか無人でしたし、独り占め湯上がりには、無人になっていたカウンターバーに置かれていた冷たい豆茶で喉を潤してから部屋へ戻り、日が変わった頃に爆睡。翌朝、4時半ごろに目が覚めたのですが、日の出は4時ちょっとだったのでバルコニーからの眺めはこんな感じでした。その後、バルコニー横から湯船に浸かって、この朝日と海を眺めながら望み通りゆったりくつろげました。なかなかいいですね、このパターン。朝は混んでいると嫌なので、8時半過ぎと遅い時間帯に3Fの指定場所へ行きました。どうやら最後だったようで、席も半分以上は空いている状態でしたが、食べ物の種類が少なくなっているとかそういう心配は無用でした。チェックアウトが11時だらなぁ、と思いましたが、10時のデッドライン近くにチェックアウト。トータルの印象としては、これ、なかなかよかったのではないかと思います。とにかく、やかましい変な団体客などが全くいなかったのがラッキーだったと思いますが、ホテル側の対応もすこぶる好印象でしたしね。チェックアウトの際に対応した若いスタッフさんなんかおそらくキャリアがあまり無いのかな、という印象でしたが、嫌な思いをする事は全編通して無かったです。というわけで、お支払いした料金分以上に満足しています。近いからといって自分にとってはポンポンと利用できるお代金では正直ありませんが、何かの機会が将来あれば少なくともまた検討対象にさせてもらおうと思いましたねところで、同僚のお父さんが歴史に詳しく、淡路島で高田屋嘉平という江戸時代にロシアと交渉して平和を勝ち取った人の事を伺い、その記念館がホテルから車で30分ぐらいのところにあるとわかったので、そこへ行ってみました。建物も立派でしたが、この周辺がかなり大規模で起伏の富んだ立派な公園に整備されていて驚きました。整備されたのが90年代前半となっていましたから、バブルの余波でかなり頑張って作ったのでしょうね。樹木などの維持が相当大変だろうと思いましたが。15分ぐらいの映画を見せてもらった後、円形の展示場をグルッと見て回る感じでしたが、出口でお土産を売っている場所で、ロシアとの話だったからかマトリューシュカが沢山売られていました。そのついでか、こんなのもあったりしましてドラえもんは許せましたが、このピカチュウは耳がないので、なんだか違う印象が..ホテルの部屋で見ていたTVニュースでも盛んに富士山近くのローソンに黒い幕を覆う事ばかり報道していましたが、やっぱり旅行は静かにくつろげるのがいいですね〜。来月、電気代が関西電力管内だと46%ほども対前年比で値上げするという、とんでもない暴挙をサラリとWebニュースで掲載していましたが、インバウンド問題については外国人の入国時に一人30万円ぐらい「円安調整勢」を搾り取り、そのお金で観光整備をしていくべきだと思いますが
2024年05月25日

30年ぐらい前から仕事で淡路島や四国方面へ行く機会はそれなりにあったのですが、少なくとも関西人の多くはTVのCMで印象的だった「ホテルニュー淡路」へは一度も行った事がありませんで。そうしたら、最近JTBが「サービス最優秀旅館・ホテル」にこのホテルを選んでいたとかいうニュースを聞いていて、会社の同僚のお身内と一緒に近場でどこか行くのであればと思い、声がけをしたら「行こう!」という事になりまして、21日に車を出して久しぶりに淡路島へと向かったのでありましたちょっと驚いたのは、ホテルの建物前の車寄せへ車を移動したら、若いスタッフさんが10人近くいた事ですね。荷物などを預けて、車だけ指示通りに真向かいのパーキングスペースへ移動させましたが、どこもかしこもスタッフ不足で大変な中、外国人ではなく若い日本人のスタッフさんだけで、これだけの頭数を用意されているとは..。ホテルの玄関は大きな建物に対して意外とこじんまりしていましたが、中は和風テイストの作りをベースに落ち着いた感じです。やっぱり真正面が海、というのは開放的でした。チェックインはこのソファーへスタッフさんがきてスムーズに終了。今回泊まったのは、大阪万博の会場と同じ名前の「夢洲」という4Fのお部屋で、ベッドルームと和室、そして大きなテーブルが置かれた3つの部屋になっていて、十分広いバルコニーからとお手洗い側からの両方からアプローチできるシャワー室と内湯があります(今回この部屋にした決め手はこの内湯から海から登る朝日を拝みながら湯に浸かれるという点)湯は41度に設定している、との事で、自分にはちょうど良かったですね。また部屋や通路、さらには玄関やトイレの扉まで、全て「引き戸」というのが良かったです。というのは、それら全てがショックアブソーバー付きなので、完全に閉まる数センチ手前から自動的にゆっくりと閉まって音がほぼ出ない状態になってくれるので、夜中や早朝のお手洗いなど迷惑がかかりませんのでそれと、冷蔵庫には有料ドリンクがもちろん色々ありましたが、キャビネットの上にNespressoが一式用意されていたのにはちょっと驚き。一応、フロントへかけて確認したのですが、これらはサービス(無料)との事でした。それなりのお値段しますからねぇ、これ。美味しく頂きました午後3時と、早い時間にチェックインをしたので、同僚と館内を探索しに行きましたが、まずは1Fのお土産物売り場へ。色々見ましたが、こちらはまぁ淡路島特産の「玉ねぎ」関連、「藻塩」関連の商品がほとんどといった感じで、正直目新しいものはないかなーという感じでした。そこで、「使い勝手が良い」「高くない」「添加物が必要最小限」「賞味期限が長い」という点から、こんなものを買ってみました。加工しているのが福岡県、というのが笑えますが、先の選考基準をクリアしているので問題なし。これ、今まで買ったことありませんでしたのでね。ちなみに帰宅後に早速使いましたが、思った通り使い勝手がいいです(何にでもかけられますし)。ところで肝心の温泉ですが、21日は男湯が「棚田の湯」、女湯が「くにうみの湯」となっていましたが、それ以外にも「天空の雫」とか書かれているので、うろうろしてみる事に。温泉関係は全て1Fなのですが、実はフロントはパーキングとフラットのフロアだったのに建物内では3F扱いだったんですよね。またEVによって行けるフロアとそうでないのがあるので結構複雑な構造で、何度か迷いましたチェックインした場所から最上階へ移動、EVの扉が開くとこういう風景が(右のガラスの内側には小さなバーがありました)。また、今回泊まっている部屋の近くから伸びていた別棟への通路を渡ると、こういうワーキングエリアが用意されていました(温泉宿で仕事などしたくはないですが)。また、1Fの温泉場所を通り抜けてさらに進むと、これまた大きな別棟へ直結していまして。ここへ移動するまでに結構時間がかかるぐらい、建物がとにかく大きいのには驚きましたね。この別館も独立したフロントがあって、こちらはどちらかというと洋風テイストが強めでした。また、このエントランスロビーにも本館と同じくお土産売り場がありましたが、売られている商品はほぼ同じ(当たり前でしょうが)。場所としては、この別館の方がヨットハーバーに近い感じでした。夕食から後の様子は、また次という事で。
2024年05月24日

5月10日の午前中に日本製鐵(旧「新日鐵」)大和田社宅をぐるっと回ってから、これも10年ぶりに富津岬へ。岬の前にあり、夏になると家族でよく行っていた「ジャンボプール」って、今でも営業しているようで懐かしかったです。で、岬の先端にこれも昔からある展望台へ登りました。天気が良いので景色は最高でしたスマホの望遠なので、さすがにこの距離だとぼやけますが、ひょっこりひょうたん島のような第一海堡を手前に、しっかり綺麗な富士山を拝めました。以前はこんな感じじゃなかったのですが、おそらく今回訪れた時は引き潮だったのでしょうね。第一海堡に向かって、浅瀬の道がクネった天橋立みたいに伸びていました。よく見ると、一人おっちゃんらしき人が歩いて行っていましたね(本来歩行は禁止だと思いますが)。そこからは、20年ほど前に鋸南町へ移動した際にたまたま入った漁港にある「ばんや」という大型の食堂へ移動。平日の昼間なのでGWなどとは違って空いているかな、と思ったのですが、レジまで順番待ちの行列ができていて、その後整理券を渡されて別むねの食堂へ誘導されました。やっぱりここは人気の場所なんですね。メニューについては見るまでもなく、以前大変美味しく頂いた金目鯛の煮付けをオーダー。当時は確か全部で2千円ぐらいだったように思うのですが、時代は変わったのでありましたまぁ、せっかくここまでやって来たわけですし、もし次に来る機会があったとしても(生きていればですが)また10年以上経ってからだと思いますから、金目は外せませんでした。目玉が本当に美味しいんですよねーご飯がもうちょっと美味しかったらなぁ、とは思いましたが、とにかく満足。次は、これも家族で毎年のように夏休みに民宿へ泊まりに行った富浦へ移動。以前の記憶と違って、砂浜の間が川のようになっているんですね。こんなんじゃなかったお思うのですがねぇ。とにかく綺麗に整備されていたのが印象的(昔は朝になると水くらげが海岸線いっぱいに埋まっていて気持ち悪かったですが)。ここからはレンタカーの返却時間をカーナビと睨めっこしてちょっと悩みました。今まで最南端の野島崎灯台へ行ったことがなかったので行ってみようかな、と思うのですが、そうすると木更津へ戻る時間が返却時間より10分ほどオーバーする感じだったんです。が、やっぱりチャレンジする事に決め、館山をぐるっと回る感じで野島崎灯台近くの駐車場へ到着。滞在時間を5分と決めて、お手洗いへ行ってから土産を急いで買おうと辺りを見渡したのですが、ここしかそれらしいところが無く、店内へ突入。日持ちがしそうな土産にしようと思い、エビのやつとアサリの味噌汁のパック物を手に取ったら、そこの親父さんが「それは本当に美味しいですよ。」と勧めたので、時間もないことから購入。ちょっとその時に気になったのですが、その親父さんが何回も「熱湯をかけてくださいよ。」と繰り返していたんですよね。そして、今どき珍しいのですが、新聞紙で何重にも放送して渡されたんです(小さな枕みたいでした)。んで、2日後に会社の同僚へ渡した後に電話がかかって来ましてですね。賞味期限を見て欲しいというのでみると、5月11日となっているではありませんか。お土産を買ったのは5月10日。確かに期限内ですが、翌日までと知っていたら絶対買わなかったなぁ。これ、残念です。それにしても、帰りはなかなか時間がタイトで、館山自動車道を初めて使って何とか5分前にレンタカーのお店へ返却できました。そのあとは、木更津駅から羽田へ走っているバスへ乗り込み、大渋滞となっていた東京湾アクアラインを通過。羽田からスカイマークで神戸空港へ戻りました。ところで、神戸空港へ3日間車を駐車したのですが、そこって以前の認識では「日帰りの場合は到着ゲートを出るまでに精算すれば無料」「2日目以降は1日あたり料金は千円」だったのですが、精算時に3,060円と表示されたので「あれ?」っと後で調べたら、少し前に1日あたり税抜1,530円に値上げされていましたね。利用客増えているし、ここの駐車場がこんなに値上げされる理由って見当たらないのですが、単純に便乗値上げじゃないんですかねー、神戸市さん
2024年05月22日

半世紀前、父親が新日鐵の社員だったので大阪の堺にあった花田社宅(現在の地下鉄御堂筋線北花田のあたり)から千葉県君津市にできて間もなかった大和田社宅へ引っ越し、そこで7年以上住んでいたのですが、その後大阪へ引っ越してから何度か遊びで立ち寄っていました。最後に行ったのが10年ほど前だったのですが、当然社宅の建物はかなり老朽化して耐震補強などされていて、遊んでいた社宅内の公園など草ぼうぼう。3ヶ所に分かれてあった小さなショッピングセンターも、1つを残して跡形もなく更地になっていました。で、5月10日、久しぶりに木更津でレンタカーを借り、大和田社宅へ。事前にGoogleストリートビューを見て、自分が住んでいた大和田社宅のちょうど真ん中ぐらいにあった11階建てのE1棟も解体され、低層の住宅が新たに建てられているのを見てはいましたが、やはり実際に現地で見るとその変貌ぶりはすごいですね。これが2014年のE1棟と背後のE2棟。そして、ほぼ同じ位置からの現在の風景がこれです。以前は右側に11階建てのC棟とD棟がそれぞれ3つずつ並んでいましたが、1つだけ残して11階建ての建物は消滅していました。その1つだけ残っていた11階建てのC棟近くの小さなバス用ロータリーまで来たら、バス停がもう使用されていない感じになっていました。昔は日東交通のバスで前方に「新日鐵」と大きいプレートが貼られ、君津市ないからこの社宅内もぐるっと回る「A循環」「B循環」と2つのコースに分かれたバスが走っていましたが、もう回っていないんでしょうね。この様子では。すぐ横にあったスーパー「ごうど」はもう10年前に来た時にも消滅していましたが、今やこんなに草ぼうぼうでジャングル化していました。夜など、ちょっと怖いのでは..で、C棟、D棟があった場所とは反対側にある11階建てのA棟群は、A4棟が10年前の時点でも低層の住宅に建て替えられていましたが、今でもA1棟などは健在。その近くで、昔はいろいろな店がテナントで入っていた小さなショッピングセンター「太陽プラザ」は、今でも建物が残っているだけでなく、ちゃんと管理事務所までありました(これには驚き)中はこのように廃墟化していましたが、向かって右奥で人の気配があり、将棋を指している音がかすかに聞こえていました。ある意味、不気味な感じでしたね。入り口すぐ左の外には、昔は緑色の大きな円筒形のゲージがあって鶏などがいたのを覚えています。また入り口右側にはパンやお菓子などを売っていたお店があって、母親がそこのおばちゃんとしょっちゅう雑談していましたね。肝心なのは、この一番奥の突き当たりが当時ヤマハ音楽教室で、3歳からずっと通っていたという思い出の場所だったのですが、20年ぐらい前に来た時に壁とガラスだけ残って伽藍堂になっていたのが、今やその壁も消滅して外が見えているではありませんかおまけに車がそこに停められているという、信じられない光景でした。さて、ここから陸橋を渡るとすぐ右に昔は「大和田小学校」と呼ばれていた、主に社宅の子供が通っていた小学校があったのですが、そこはまだ建物は健在なのですが名前が全然違う「周西(すさい)の丘小学校」という名称に変えられていました。社宅の子供は当時ものすごく多くて、A棟などそれぞれのエリアによって大和田小学校と、それよりさらに数百メートルくねくね道を歩いて行ったところにある坂田小学校(入学当時ほぼ新築でした)に分けられていたのでした。自分はE1棟に住んでいたことから坂田小学校へ通っていたのですが、何と建物が解体されている真っ最中だったんですよ。これにはショック昭和40年代後半としてはなかなかモダンなデザインの白亜の小学校だったのですが、半世紀も経てばこうなる運命だったわけですね。敷地も広くて、休み時間は遊びまくっていましたが、どうやら見納めとなったようですね。ちなみに大和田社宅はちょっとした丘の上にあった大規模な社宅群でしたが、その丘の下にあって、当時くじ引きで当たって入園した新築の「君津市立周西(すさい)幼稚園」も、数年前に閉園となっていました。数年前に君津市の市報をWebで見て知っていたのですが、こちらは建物が全部残っていて、これはこれで物悲しい感じがしましたね。ついでに車を走らせて、社宅のある丘の下を当時バス道として走っていた国道16号線へ。人見神社へ登る道の起点にあった螺旋階段の小さな歩道橋がいまだに健在だったので、思わず写真を取ってしまいました。道幅なんか本当に狭いので陸橋など当時から必要ないという感じでしたがこの後、富津岬や南房総へと移動して行きましたが、長くなるのでまた別枠で。
2024年05月21日

今日は昼過ぎまであちこち移動した後で新宿へ移動し、その後木更津まで初めてバスで向かうスケジュールだったため、朝昼兼用メシを取るべく某駅近くの日高屋で初めてバクダン定食とかいうピリ辛系の定食をご飯大盛りで一気喰いまぁ今時は一千円未満で食べる事ができる定食はこんな味だろう、と妙に納得。昼過ぎまでの予定はスムーズに進み、初めて「バスタ新宿」という新宿駅に隣接というか一緒にくっついている感じの大きなバスターミナルへ移動しました。2歳の終わりから小学校4年の夏まで、父親が勤めていた旧新日鐵君津の大和田社宅へ住んでいた事から、その後大阪へ引っ越した後も何度かその方面へ遊びに行ったりしていたのですが、車で行く以外は東京駅から内房線に乗って行っていました。が、アプリで見るとどうも新宿から出ているバスに乗って行った方が荷物が少し多い時は楽なのではないか、と思いましてさすが新宿といった感じで、ありとあらゆる方向へ向かう路線がここに集中していました。インフォメーションで尋ねると、木更津駅西口行きのバスは券売機のチケットではなく、バスを降りる際にバス内で支払うとの事。いい天気だった事もあり、バスがつくまで外のベンチで20分ぐらい、ゆっくり待っていました。午後2時50分発のバスでしたが、混まない時間帯だからでしょうが乗客数は大体1/3ぐらいでしたかね。シート横には充電用のコンセントもありましたので、1時間を超えるバス内でも時間潰しでスマホを安心して使えます。んで、10年ほど前に自分の車で房総半島を回った時以来のアクアラインを通って東京湾を横断。遠くに現在の日本製鐵の溶鉱炉が見えました。袖ヶ浦で半分ぐらい降り、木更津駅西口へ到着。多少、外装の塗装は塗り替えているでしょうが、建物自体は半世紀前と同じでした。この時代になってもエスカレーターがないこの駅。カートを抱えて階段をえっちらおっちら登り、反対の東口方面へ向かいました。早い時間でしたが荷物があったのでホテルへチェックインだけすまし、GoogleMapでいくつかチェックしていた晩御飯を食べるための店へ向かうべく、駅のメイン通りから1本北側で東西に走っている道をテクテクと海側へ歩いて行きました。ちなみにそこまでもずいぶん廃れた感じでしたが、木更津駅近くのこの線路を渡っていて「あれ、どこかで見た景色と印象が似ているなぁ..」と。そう、あの本州で一番不便であろう和歌山の新宮駅で同じように駅近くの線路を渡った時に見た風景と印象がとても良く似ているんですよ。その昔はターミナル駅として、それなりに発展。工業関連の企業が湾岸にあって賑わっていたのに、そういう時代はもう半世紀前に過ぎ去り、テナントが逃げ出して抜け殻のような廃墟都市といった感じがして、昼間なのに歩いている人をほとんど見かけない街の中心部に、レールだけが往年を思い起こさせる、といった雰囲気。You Tube動画で廃墟シリーズをやっているネタそのものですね。で、ここから分かったのですが、Google Mapで登場する美味しそうなご飯屋さんのデータ、全然役に立ちませんでした。こちらがチェックしていた店は全部閉店していましたからこれは個人的な推測ですが、3年間のコロナでトドメを刺されたんじゃないでしょうか。いくらなんでもこれほどマップ上にあるのに消滅しているというのは、一気に無くなったとしか思えないですよ。ちなみに、こういう不思議な雰囲気のお店はありましたが。これなんか、どう見ても元はお風呂屋さんだったと思うのですが、見ると焼きそば屋さんでした。入りませんでしたが。さて、半世紀前は君津にあった新日鐵大和田社宅からタクシーやハイヤー、たまに日東交通のバスで土日になると両親と買い物に訪れていた木更津のメイン通りだった「富士見通り」ですが、木更津駅西口方面には小さなデパート「十字屋」と「サカモト」がこの通りの向かい同士に建っていて、反対の東口には「西友」「ダイエー」があったんですよ。商店街も賑やかで、年末なんかかなりの人手で混雑していたのをはっきり覚えています。が、今はこの通り。平日の夕方とはいえ、人が歩いていませんから。現在の日本の地方都市で「あるある」のシャッター商店街ですが、屋根が腐れていて危ないし、以前空きテナントだったものが取り壊されたのであろう空き地があちこちにあって、侘しさを際立たせてくれますね。若い人たちには、この風景が基点になるわけですから別にどうということはないのかもしれませんが、絶頂時代を記憶が良かった幼少期に過ごした身としては、たとえ事前にGoogleストリートビューでチェックしていたとはいえ、実際に現場を歩くと身に沁みますよ、ほんまバブル時代に無謀な出店をした木更津そごう跡はこんな感じで、虫食いでテナントが入っているようです。この建物ではコンビニのデイリーヤマザキが最もお客さんがいるように見えました。かなしーというわけで気づきました。そう、木更津駅周辺にはメジャーな食べ物屋さんが、東口側にある吉野家以外、全く見かけなかったんですよ。松屋、すき家、CoCo壱、マクド、ミスド、王将といった類がありません。先述の通り、普通の食べ物屋さんも消滅していますし、これは早く食べるところを見つけて晩御飯を早めに食べておかなければ、というわけで、駅の東口を出てすぐの建物2Fに入っていた、昭和な雰囲気の喫茶店へ突撃。この金色のエンブレム、確か東京IGINと似ているような、と思いましたが、とにかく中は昭和50年台の雰囲気そのものでした。普通にハンバーグ定食を食べてホッとしましたよ。この後、ホテルへ向かう途中にあったファミマで飲み物を買ったのですが、その先もこんな感じで潰れたパチンコ屋などが続き、建物はあるのですが殺伐とした商店街の風景でしたねぇ。明日は予約しているレンタカーで、君津の社宅(今はほぼ取り壊されて寮がたくさん建設されているようですが)エリアや鋸南方面へ向かって、昔食べた事がある漁港のお店の金目鯛の煮付定食なんかついばみ、海産物でもお土産に買おうかなと画策しています
2024年05月09日

今日は遠い親戚に会ったりする事から、早朝に神戸空港からスカイマークで羽田へ。伊豆半島近くへ旋回してから富士山が近く見えましたが、だいぶ積雪の部分が細くなって来ていましたね何やら富士山を撮影するためにローソン越しにインバウンド客を中心に撮影したりとか昨今話題になっていましたが、やっぱり空から見る方が余裕感があって好きですね。ごちゃごちゃしたものが見えないからいいところで、今日は雨だとか色々予報によっては天気が良くない予報でしたが、レーターを見たら夕方まで雨が降らなくなったので、気持ちいい天気の中で移動できたので助かりました。が、どうやら明日はかなり気温が下がるみたいで。夕方には昔住んでいた房総半島へと移動するのでありました
2024年05月08日

今日は仕事でお世話になった方からご招待頂き、コロナ禍以来久しぶりに神戸メリケンパークオリエンタルホテルへ伺いました。バイキングランチで車を出して行ったり、数年前は仕事で伺った事はあったのですが、今回は初めて14Fにある鉄板焼きのレストランへ。思えば、こちらのホテルで14Fは行った事がありませんね着席すると、こんな感じで眺望はポートアイランドが見渡せる感じです。右へパンすると、モザイクなどハーバーランドの景色が見えました。前菜から兵庫県の地場産の食材を中心に使われていて、いずれも美味しかったです。 シェフは尼崎の人らしく、地元の「ひろたのポン酢」が今回使われている話などしてくれました。焼きはじめは淡路島の玉ねぎでしたが、いやぁ新玉が見るからに美味しそうで。出汁をかけて焼いてくれているので、さらにジューシーでしたガーリックライスを鉄板に敷いて、ヘラでぺったんこにして焼いた薄焼きお煎餅をパリパリと割り、元のガーリックライスの上へ載せて食べるこれ、しつこくなくて本当に美味しかったです。家ではできんなぁ、これは今回ご招待頂いた方が、こんな演出をしてくれまして。ショートケーキのデザートかと思ったらフルサイズがやって来たのでびっくりでしたこちらこそ、有難うございました、という話です。本当に。こちらのお店、GW最後の日でしたがやっぱり家族連れのお客さんが次々来店されていましたね。オーシャンビューで開放感があり、店員さんもなかなか気が利いてよろしいのではないでしょうか。何かの機会で利用させてもらおうかと
2024年05月06日
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