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…とおぼしき症状に陥っていた。 おぼしき、というのは当然、病院には行かないからである。 病院に行かなければ、肺炎になることはない。なぜなら、病名をつけられないからである(笑)。 ここ数年、風邪をひくと、右の肺につまり感を覚えることが多かった。 今回は、それがひどく痛み、呼吸困難に陥っていた。常時発熱しており、寒気がひどかった。寝汗もひどい。 おぼしき、というのはもう一つ理由があって、過去の経験との比較による推察だ。 私は高校の時一度肺炎になった。マイコプラズマ肺炎というやつだ。 厳冬期、風邪をひいていたにもかかわらず、走り込みを止めなかった、という愚行が直接的な原因だった。 その時は、いまのように、からだの研究をしていなかったから、ごく普通に病院に行き、クスリを飲み続けたので、症状はゆるやかに表面上消えていった。 今の仕事を重ねてきて気づいたことであるが、クスリを使って、症状が表面上消えても、からだの中身は改善されてはしない。というか、むしろ、クスリを使うことで、からだの中身の変化(改善)は凍結されてしまう(弾力を失う)ように思える。 つまり、私のからだで言えば、もう10数年前に中途半端に凍結されていた肺炎が、今回再燃した、と言えよう。 当然本人としては苦しいのだが、反面嬉しさもある。なぜなら、やっとからだを大きく改善するチャンスがめぐってきた、とも言えるからだ。それは、からだだけではなく、精神面の改善も意味する。 今思えば、高校時代、風邪をひきながらも走り込みを止めなかったのは、決して情熱のたまものではなく、そういうことを美徳と刷り込まれていた故だ。苦しくても頑張っている、そんな自分に酔っていたのだ、愚かな自意識過剰以外の何者でもない。行いの前にある、そういう意識が本当の肺炎の原因だ。 そういう幼い自意識、刷り込まれた誤った意識を、やっと乗り越える時が来たのだろうか。 古い武道の言葉に、「後来習態の容形を除き、本来精妙なる恒体へ復す」とある。 私たちは生まれ落ちた瞬間から、問答無用に洗脳され続けるのだが、ある時期より、その洗脳を自ら解き続け、芯を磨いていくことが人として成長していくことだと思う。
2014.02.23
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知る人ぞ知るところだが、わが家のテレビはアンテナと繋がっていない。だから、世の中がオリンピックで湧いていても、リアルタイムで見ることはできない。見たい、という欲求はそもそも乏しかった。しかし、先日、義父の家にて、たまたま、葛西選手のジャンプを目にする好機を得た。銀メダルをとったジャンプだ。全身全霊、という言葉がぴったりくるジャンプだった。武道では統一体という言葉を当てたりするが、それほど、全身、そして気持ちも一丸となっている様がはっきりと目に映った。あまりの素晴らしさに涙が出た。武道で統一体をものにするのは、簡単なことではない。私もそれを目指し、日々鍛錬しているわけだが、オリンピックという大舞台で、そういう境地を発揮できる、というのは、いったいどれだけの鍛錬を積んできたのか。涙の裏に、テレビの中の姿もさることながら、そこに至るまでの過程を想ったところもあったかもしれない(もちろん、その過程は目にしていないが)。道やレベルは違えど、熱心に取り組むからこそ、共感できるものがある。人の活躍に励まされることがある。武道の達人と稽古すると、不思議と元気になるものだが、オリンピックの選手たちは、その活躍で、ブラウン管(今は違うのか?)を通して、人を元気にする。オリンピック観戦も悪くないな、と価値観を改めた。相変わらず、わが家のテレビはアンテナと繋がれていないのだが、わが家ではジャンプごっこがはやっていたりする。
2014.02.19
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先日、嫁に付き添い、初めて検診のため助産院に行った。 来月出産予定ということで、長距離の運転はどうも不安があるようだ。それに助産院への道のりを私が知っておく必要もあった。 私たちが住んでいる市には、子どもを取り上げてくれる助産院は存在しない(もちろん産婦人科は多数存在するが)ため、隣の市まで行く必要がある。助産院まではとばして45分ほど。 数日前に嫁が感じた逆子は、無事戻っていた。1月の検診の時も一度逆子になっていたが、無事戻った。 冷えると逆子にはなりやすい。冷えに敏感な赤子はより熱量の高い心臓側に頭を一時的に向ける。だから、1月、2月というのは往々にして逆子になる。わが家の暖房ではさもありなん、だ。 私が治療という職業をしていることを知っている人なら、逆子になったら何か施術をするのだろう、と思われる方も多かろう。 しかし、実際には特別なことはしない。 なるべくしてなり、戻るべくして戻るものだから。 逆子になると、不安からだろう、治さねば、ということになるようだ。だが、その治さねば、という強迫観念が曲者なのである。それ一つで治るものも治り難くなる。これは逆子のみならず、あらゆる疾患に共通することだ。例えば、何かの発表で緊張した時に、緊張するな、と思ったりすると、余計緊張してしまう、という経験はないだろうか。 本人もさることながら、周囲の想いも同じく影響する。想い、というより重い、だ。周りが勝手に過剰緊張することで、かえって本人に精神的負担をかけていることは少なくない。これは、相手を感じることができない、自分の思い込みを押し付けているだけだから、たちが悪い。無神経とも表現できよう。 テレビで見聞きしたようなことを、不安を感じている人にそのまま告げ、不安を煽って、自分は人助けをしているつもりになっているような阿呆も多くある。自分の不安を人に押し付けているだけ、という困った人たちだ。 いい年をした中年以降の大人の多く、親世代の親がそういう状態に陥っている昨今であるから、子どもが生みにくい、育ちにくいのは当たり前。 医師や教師、師のつく人たちがそういう状態だと救いがないのだが、現実問題として、彼らが強迫観念をまき散らしている大元であることは少なくない。それゆえ、医療にせよ教育にせよ、うまくいかないのもこれまた当たり前だ。 鍼灸師も同じ轍を踏む昨今であるが、周りは周り、陥っていた経験があるだけに、今は努々気をつけて過ごしたい。 そして、嫁がそういう強迫観念に惑わされない強い意志をもっていることに感謝。出産の無事を祈る。
2014.02.12
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