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先日、嫁さんの誕生日。 ご馳走を作った。 ・海の幸パスタ ・キュウリとたこの梅肉和え ・豆腐とわかめ、ツナのサラダ ・ピッツァマルゲリータ ・カツオのたたき ・玉ねぎ、じゃがいも入りコーンスープ 先日、たこが採れたので、魚介系中心。嫁さんは魚介パスタが好きだ。 カツオのたたきは高知時代を思い出す品。高知で食べたのには圧倒的に負けるが…。 庭のバジルがだいぶ大きくなっていて、マルゲリータにちょうどよい。 コーンスープは子どもたちの好物。お祝いにはたいていこれがつく。 …調子に乗って作り過ぎてしまった。 しかし、下手に外で食べるより、気兼ねなく、美味しく、満A足できる。 ご馳走を作るのも楽しく、やりがいがある。そういうことを共有できる家族がいるのは、改めてありがたい。(子どもからも手作りプレゼント!)
2014.06.18
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近くの磯でマダコが採れるという情報を入手。 季節的に産卵のため、沿岸部に集まってくるようだ。 早速行ってみる。 確かにいた! 私は目がいい(単純に視力が)ので、少し遠くからでもたこを発見できる。 遠くでは、たこは保護色を発揮せず、普通に赤っぽいのだが、近づいて少し違和感を与えると、色を変えて周囲に溶け込もうとする。 捕まえようとすると、墨を吐き散らして、暴れ回る。 大きなたこだと相当力が強い。吸盤も吸い付かれると痛いぐらいだ。 そんな獲物だけに、採るのは心躍る。 干潮前から約一時間と限られた時間だが、知り合いに分けられるぐらいは採れた。 たこ料理を開発しなくては。(子どもたちもシゴを手伝ってくれた。採ったはいいが、シゴが一手間。)
2014.06.18
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野イチゴの季節がやってきた。 先日、野イチゴ摘みに娘を誘ったところ、今日は友だちと勉強するから明日ね、と断られた。 当たり前だが、小学生になったのだ。 成長を嬉しく感じつつ、だんだんと離れていく現実の一端を見た。離れていかなくては困るのだが…。 少し寂しさを覚えるのも正直なところだが、子は親離れ、親は子離れしていかなくてはならない。 これまた当たり前なのだが。 子どもといっしょに遊べる時間など、本当は幼いころのわずかだ。 その機を逸するために、いつまでも親離れ、子離れしない、という現象が巷ではよく見られる。 ああはなりたくない。気持ちが悪いので。友達親子…ありえんね。今のうちに子どもとしっかり遊んでおこう。 さて、一度は断られた野イチゴ摘みだが、後日慣行。 タイミングがよかったのだろう、例年よりたくさん採れて、ご満悦。
2014.06.16
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試しに昨年初めてはだか麦を植え、先日収穫。 かなり穂は小さく、収穫量も少ない。 そもそも収穫量にはそれほど期待していなかった。どちらかというと土壌のCaが増えれば、というねらいで、植えたものだ。イネ科の植物が生えれば、土壌中のCaは増えていくようだから、どうせなら、収穫のあるもの、ということではだか麦。 収穫量はしれたものだったので、よく乾かしたうえで、籾摺りを手でおこなった。 ゴム製の軍手をして、籾をはさみ、手をすり合わせると、簡単に中身が分離する。 もっと乾燥させれば自然と分離しそうな気もするが、稽古がてら手でやった。 姿勢を正したまま、掌の籾を感じて指先から手を動かす、という何ともマニアックな稽古だ。 からだの中を地面との接点から、掌の籾まで力が通るように行う。 傍から見れば、仏様に手をすり合わせているように見えるかもしれない。 籾を感じず、自分勝手に手をすり合わせれば、いろんなところに無駄な力がはいり、長丁場の作業はできない。姿勢も崩れてしまうのだ。 当然できない。簡単にできることではない。時間とともに力み、姿勢が崩れる。気がはやると、余計崩れる。ただ、その中で自分の癖など問題点に気づくことができる。 稽古に終わりは無い、途方も無いのだが、籾摺りはほどなく終わり。麦飯数杯分程度のはだか麦が得られた。
2014.06.14
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長男の誕生日に一つわが家らしからぬことをしました。 外でおやつを食べたことです。 娘はパフェ、長男はクリームあんみつ。 長男のセレクトは何故かいつも渋めです。迷わずスパッと決めるのでその点に関しては気持ちがいい。 外でおやつを食べるなど、わが家では旅行時のソフトクリーム程度で、パフェなどありえないのですが。 娘があまりに執着をみせたために、長男の誕生日にだったら食べに行っても良い、と言ってしまった約束を果たす日が来たのです。 なぜ長男の誕生日に娘の望みをかなえなくてはならないのか、という疑問がありますが…、彼女は数か月間(彼女の誕生日直後からだからかれこれ5か月)忘れずにいたのです。食に対する執念恐るべし。 ちなみにパフェ560円、クリームあんみつ510円。 いずれも観察してみると非常にちゃっちい。フルーツもあんも缶詰です。まさに子どもだまし。しかし、店も娘の指定ですから仕方ありません。500円あったら、はるかにごついのを作れることは間違いないのですが。 娘は食べなれないものを食べ、しかも砂糖の塊ですから、食後に何だか疲れただの、腹が痛いなどと言っていました。まだまだ正直なからだです。ここぞとばかりに、当たり前や!と突っ込んでおいたので、今後パフェを食べたいというかどうか。毒を毒と体験して憶えるのも大切なことです。
2014.06.09
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先日長男が無事3歳を迎えました。3つごの魂百まで、と言いますが、今のところ魂に何を刷り込まれているやら…。ただただ「どうかん」(方言?)です。ささやかな誕生会をしました。親からのプレゼントは、洗濯ばさみ。これだけ聞くと???でしょう。彼は洗濯ばさみで何かを作るのが好きなのです。レゴなどいりません。子どもは何でもおもちゃにしますから、わが家でおもちゃを買う習慣はありません。子どもの想像力と創造力には目を見張るものがあります。これは決してわが子のみならず、すべての子ども、いやすべての人に備わっているものなのでしょう。ただ、生後の過ごし方によって本来無限のその能力は眠ってしまう。既製のおもちゃ、作者の意図の中程度に、その無限に進化する能力を埋もれさせるのはもったいない。おもちゃが先にあって、その中で遊ぶのではなく、こう遊びたい!という欲求があって、身の周りのものからおもちゃを作り出す方が、生きる力を育むようにも思います。(そういう目で世の中を見てみれば、何と用意されたものに流されている人の多いことか!)
2014.06.08
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知人の誘いで渓流釣りに行った。 海釣りは、海が近いから時々行くが、渓流釣りは初めて。 道具もまるで無いから、すべて知人まかせ、どこに行くのかもわからないながら、あえて聞くこともせず、車に揺られ、着いたところは島根県の山中。 山口に来てから5年目になるが、山らしい山にはほとんど踏み入っていない。 釣りはさておき、山を歩くだけでも気持ちが良い。 標高は700mぐらいらしく、渓流近くはかなり涼しい。ひんやりとして澄んだ空気と静けさ。その静けさにこだます生き物の声、川の流れる音。すべてが心地よい。 そんな空間の中で、異分子感を自覚しつつ、釣る。 知人は釣りの渓流釣りの行き着く境地が禅と同じ、というようなことを語ってくれたが、自分には遠すぎる境地だ。 ただただ釣ったろう、という邪念にまみれて挑む。 釣果は、イワナ2匹、アマゴ1匹、ヤマメ1匹。 産まれたばかりの子は食えないから、家族一人1匹分釣れたことになる。 一安心しつつ帰路に着いた。
2014.06.04
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