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子どもの運動会の代休中、梨狩りに行ってみた。 場所は長門峡。車で一時間強。 途中、大雨時、通行止めの看板を見て、帰りが心配に。 天気は、台風16号の影響か、相当怪しかったが、強行したためだ。 長門峡には初めて行ったのだが、文字通り、山に挟まれた土地だった。 紅葉はまだわずかだったが、もう少しすれば、もっと目を楽しませてくれるに違いない。 道の駅の観光案内所に、知り合いが勤めていて、いろいろ教えてくれた。 梨狩りの適期は敬老の日ぐらいまでなのだという。徳佐まで足を延ばし、林檎狩りの方が良いのではないか、ということだった。 しかし、今にも降り出しそうな天気。風は明らかに雨の気配を告げていた。アドバイスはありがたかったが、近くの梨園で手を打つことに。 思えば、梨狩りなど子どもの頃以来、30年ぶりぐらいではなかろうか。 記憶は極めて薄いのだが…。 梨園についてみると、当たり前だが梨の木ばかりあるわあるわ。 梨も袋を被ってあるわあるわ。 それにしても木が低い。話には聞いてはいたが、こんなに低いとは。 子どもの頃の記憶では、そんなに低くはなかったが…それだけ30年で体だけは大きくなった。実際、小学一年の娘も梨に手がたわず、だっこしてやらなくてはならない。 梨の木も本当はもっと伸びたいのだろう、徒長枝を盛んに上へ伸ばしていた。 随分と窮屈そうだ。 よく見ると、だいぶ治療の痕跡もある。 現代の梨づくりには、相当な無理がかかっていると聞いていたが、なるほど。 土のにおいもあまりよろしくない。 何だかんだ言いながらも、せっかく来た手前、と欲を出し、たんまり梨を食った。3年分ぐらい食べたのではないか。途中、口がヒリヒリしてストップを知らせてくれたが無視して食べたので、帰りの道中案の定腹の調子が悪くなった。子どもたちは自然のストップに従順だったのだろう、同じ轍を踏まなかったのが幸いだ。 小雨が降り始め、梨園を後にしたが、すぐに本降りになった。間一髪だ。 梨狩り、試しに行ってみたものの、正直そんなに面白いものでもない。 お金を出せば、簡単に取り放題、食べ放題、いたれりつくせり、という状態が私にとってはどうも良くない。過程を楽しむ要素が乏し過ぎるのだ。 子どもの頃行った梨園の記憶薄いのはそのせいだろうか。 自分の子どもたちの記憶にはどれくらい残るだろう?
2014.09.25
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準備体操を見ていても思うところ多々あり。 体操と言っても、形だけで、内容がまるでないことが分かる。ちゃんと指導できる人材がいないのだから仕方がない。子どもたちにとって、別段おもしろいものでもなかろうし…。 ラジオ体操にしても、伸ばすところを明確化して、氣が届くようにしてやると効果が全然違ってくる。 巷のストレッチも同じだ。形だけだから、伸ばすところに注意が不十分でもったいない。 どうせやるなら、しっかりやればいいのに…。 昔の自分も形だけだったから、歯がゆいものを感じた。 (捻じれて力を逃がすと、脇から肋間、大事なところは伸びない。写真の場合、伸ばす側の左に重心をもっていかないと、やはり力が逃げて伸びない) 今回私自身も一つだけ競技に参加した。 保護者による綱引きである。 結果は…負け。かなり悔しい。 内容は、徐々に右足が地面と喧嘩するし、肩に力が詰まるしで全然ダメ。 こればかりはなかなか一人の力でどうなるものでもないが…。 そう、綱引きで何より大きいのは、息を合わせる、だと思う。みんなをまとめるだけの力が無い、そうするだけの熱意が無い、と言えばそれまでだが、例えば、アントニオ猪木氏などはきっとやってのけるだろう。 達人ならどうしただろう。競技が終わってから、そこに思考が働く(遅い)。 多分、綱を通して、綱の持ち手全員を感じ、一体化、同時に崩す。 こう書くと、まるで漫画なのだが、そういうことを実際にやってしまう人たちが日本には実在する。 日本武道、恐るべし、なのだ。 3人目が小学校を卒業するまで、単純計算12年。 その間に、綱引きで、一人を除き、全員がこけた、という珍事を起こす目標ができた。 そうそう、もちろん主役の娘を見ていなかったわけではない。 よく楽しみ、頑張った! 客観的に、現在のところ運動が得意とは言い難いが、その責はもっぱら親にある。(大玉ころがし、シャッター速度が遅く、ほとんど写っていない…。しかも一番むこう)(長男は途中もっぱら砂遊びに没頭、彼にしてみればグランドは広大な砂場である)
2014.09.23
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競技は1学年につき、3つ。徒競走、踊り、複合競技で構成されていた。ちなみに1年生の娘は、グランド半周の徒競走と、妖怪ウォッチ(人気のTVアニメ)の体操、それから大玉転がしだ。 6学年あるから、わが子の出番がめぐってくるまで結構時間がある。 しかし、私の場合、それほど退屈することなく過ごすことができた。 というのは、私にとって小学生の身体機能をつぶさに観察することのできる、極めて有意義な場であったからだ。 学年ごとに競技をするから、小学校6年間における発達の変遷、傾向もおおまかに見ることができる。 「走る」ということに関して。 速い子は体幹(手足以外の部分)が地面に対して垂直により近い。下半身と上半身が分離していない、ということだ。これは腹、腰の発達の問題で、腹や腰が抜けると、全身の力を発揮することはできない。昔はこれを腑抜け、腰抜け、と戒めたものだ。 もう一つ、遅い子は手足、頭部などの存在感が強く、体幹が貧弱である。これは先に挙げた腰や腹の抜けともリンクするところだ。 これらの傾向は、学年が上がるにつけ、二極化されていく。速い子と遅い子の差は広がっていく、ということだ。 考えられる理由は、 1.消化器系、ひいては食事の問題…これが腹、腰の抜けにつながることは言わずもがな。 2.頭脳、意識行動重視の教育という問題…意識行動による末端(手足)の発達、体幹(腰、腹、胸)の弱体化。 1と2の複合として、ストレスによる、消化器系への影響。頭を硬くすることで、ストレスを過剰にし、それが、消化器を中心に全身に影響を与える。 パッと思いつくだけでもそんなところだ。 スタートの速さに関しては、やはり胸がものを言う。 胸が開いている子の方が速い。胸は情熱、積極性、自発性と大いに関係するところだから、原動力としてさもありなん、だ。何せ一見親切のように見えて、押し付けの多い現代だから、胸の発達が乏しい、自発性の乏しい傾向にはある。 踊りに関しては、4年生ぐらいが一番動きにキレがあって見応えがある。5、6年生になると自意識の発達による照れが入ってきて、動きが鈍る。これは生理的に仕方ないことだが、そういう精神的な要素が動きに与える影響を見るのに面白い。このあたりは、先に書いた、胸と頭、腹との関係にもなってくるのだが、だいたい思春期というのは、その辺りのバランスが不安定な時期、逆に言えば、成長著しい時期なのだろう。 他にも、いろいろな発見があったのだが、とりあえずこんなところで。 小学校の6年間という時間は貴重だ。身体機能の発達において改めてそう感じられた。 当然、家庭、親のあり方も大切であり、身を引き締められる思いである。 はっきり言って、現行の学校教育では偏るところが多いから、家庭のあり方、影響力がより重要になってくるのである。そのあたりは、先生や保護者を観察することでも、おおよそ察しがつくのであるが…。
2014.09.23
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先の日曜日、例年のことになっているが、今年も娘の運動会に行ってきた。 例年のこととはいえ、今年は小学校になって初めての運動会。 当たり前だが、グランドは広く、人は多い。 まず会場に行って、何に驚いたか、というと、所狭しと並んだタープ(テントのようなもの)の群れである。 そんな、たいそうな…。 ホームセンターでタープを売りだしているのを見て、誰がそんなに買うんじゃろか、と思っていたが、なるほど、と納得。もはや、一家に一つの勢いだ。 どうやら、早朝に来て、場所取りをするらしい。親の運動会は場所取り競争からスタートするのだ。熱心なことである。 それに比べると、うちの装備は驚くほど貧弱だ。 メインは乳母車(借り物)であり、それに弁当、水筒、敷物を搭載し、後はできるだけ小さい折り畳みイス2つ。極めてフットワークが軽い。太陽に対しては、日傘と手拭いのほっかむりだけだ。 こんなところにも、物質的な充実で石の家よろしく自然と対立する西洋文化と、知恵と体で身軽にいなす日本文化の違いを見ることができる。というのは、大袈裟か。 ちなみにカメラであるが…これまた、うちは小さなデジタルカメラ(いただきもの)である。デジタルであること自体が奇跡的なのだが…。しかし、これはどうも使い勝手が悪い。というか使いこなせていない。機能がいろいろあって便利なのだろうが、肝心のシャッター速度が遅すぎる。おかげで、今回娘の躍動する姿はほとんど撮れていない。やっぱり、昔の単純なカメラが良いと今回痛感した。 周りを見回すと、カメラは少なく、もっぱらハンディカム・ビデオであった。やはり、装備が違う…。(装備は乏しくとも、お昼の手作り弁当は豪勢!)
2014.09.23
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毎年恒例となった家族キャンプ。 今年は次男が生まれたのもあって、どうなるかと思いきや、結局8月、9月と2回行った。 場所は、長門、伊上海浜公園キャンプ場。 油谷湾に面しており、海がきれい、かつ穏やかなので、子ども連れには良いところだ。 昨年も書いたような気がするが、うちのキャンプ装備は周りを見る限りダントツ最低限。 家族連れで軽自動車、というのは多分うちだけではなかろうか。確かにあれだけの装備を持って来ようと思えば軽自動車では無理だろう。 テーブルやイスはもちろん、果ては携帯TV(一体何をしに来ているのだろう?)。 うちの場合、装備というより、食料がほとんどだ。 イスやテーブルはそこらへんに落ちているブロックを利用する。 キャンプで何が楽しいか、と言えば、より自然、不便、物質的に限られた環境で、如何に工夫して楽しむことができるか、ということが挙げられる。私の場合。 だから、たくさん既製の物質を持ち込んで、快適に過ごす、ということにはならないのだ。 電源のあるオートキャンプ場などあり得ない。 もっとも、それを突き詰めていくと、キャンプ場でキャンプすること自体甘いし、燃料、食料も採集しなくては、ということになるのだが…そうすると子どもと楽しむ余裕があるかは謎。そのうちチャレンジするかも。 食料の自給と言えば、子どもと釣りをして、わずかながら収穫あり。 捨てたフグが圧倒的に多かったが、豆アジ、小鯛、そしてキジハタ(高級魚らしい)。 長男(3歳)が自分で釣った魚の直火焼きを美味しそうに食べていたのが印象的だ。 キャンプから帰ると、普段自分があまりにも物質的に恵まれた環境で生きていることに、少なからず気づく。 同時に、不便なキャンプの時の方が、生きている感じがすることも。 キャンプは原点回帰に近いのだろうか。
2014.09.16
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