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2026.03.16
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 吉本隆明「夏目漱石『こころ』」(「日本近代文学の名作」より)
2012年 87歳 で亡くなった 詩人 文芸批評家 、いや、まあ、 思想家 という方がいいのかもしれませんが、ボクにとっては10代から、まあ、勝手にかぶれ続けてきて、現実の波に翻弄される日々の中で灯台の光のような人であった 吉本隆明 の文章を読み返しています。
 今日は 「日本近代文学の名作」(新潮文庫) に収められた、たぶん新聞紙上に掲載された 「夏目漱石『こころ』」 という短いエッセイを読みました。​
夏目漱石「こころ」
 明治以降の近代文学の中で、夏目漱石と森鴎外は飛び抜けた、超一流の文学者という感じがする。資質も作品の傾向も違うが、世紀に一度とか二度しか出てこない作家だ。
 漱石でまず驚くのは、初めの「吾輩は猫である」から最後の「明暗」の途中で亡くなるまで、一度も停滞していないことだ。たるみの時期がない。技術的にも冴えてゆくし、内容もだんだんと重みと深さを増してゆく。その時期ごとの切実な課題を突き詰めていって、精神的に言えば、きっとだんだん苦しくなるばかりだったろうが、最後まで一歩一歩登っていくばかりで倒れたと感じさせる。そのたゆみない歩みの持続性は日本の近代文学の歴史で他に類例がない。
 例えば「三四郎」を読むと、そのころ地方の高等学校を出て大学に入るために東京へ上京して来た青年がどんなことを考え、どんな感じ方で学生生活を送ったか、教師や若い男女との交友を初めて体験し次第に成長してゆく当時の青年の意識がとてもよく描かれている。とくに、文明開化の波を浴びたモダンでしっかりした若い知的な女性が登場して、同じ世代の男性よりはるかに大人びていて、主人公の青年を手玉に取りそうな様子もよく見すえられている。要するに、新時代の若い都会の女性や、知識の時代性に初めてもまれる地方出の若い男性がそれとかかわり合う青春の風景が、見事に描き出されている。
 作家としては、英文学の特徴でもある人間臭い倫理性を当初から持っていた。そういうかなり重たい人道主義的な倫理性が、漱石の作品の中心課題になっている。日本の文学で、他に作品全体が人道主義的なにおいを持っているのは有島武郎ぐらいだと思う。たいていの作家は同じような主題を扱っても、日本的な情念にまみれた倫理になってしまい、漱石のように本格的な人間関係の葛藤を作品のモチーフして書き続けることはできなかった。
 フランス文学の影響を受けた人たちからは、そういう人道主義的な倫理を中心とした漱石の作品は得てして「高等講談だ」と悪口を言われた。時として通俗的な正義感や倫理を表芸した作品と誤解されたからだろう。確かに、作品として複雑な物語やモチーフが盛られているかという点からは複雑なニュアンスを微妙に描いた作品は漱石には少ない。それを弱点として見られないこともない。つまり、物語の出来栄えとしては単調とみなせるからだ。
「こころ」もまた、いわば登場人物の手記を並べているだけの形式だから、物語として単純だと言える。しかし、単純な筋で単純な手記の寄せ集めをやると全体が軽くなってしまうものだが、「こころ」はだれでもが相当大きなショックを受けるほどの作品としての重さがある。すると、その重さと単純さを併せ持っているという意味合いで、「こころ」が一番取っ付きやすく、しかも取っ付いてみるとすごい重さを持った作品だということで感銘を受けることになるのだと思う。それが「こころ」がたくさん読まれる一番大きな理由なのではないか。
「こころ」で一番大きいと思えるのは、主人公の「先生」が自分の親友と同時に下宿先の娘を好きになってしまって、友人のほうに先に「好きなんだ」と告白され、それに刺激されて、その友人には内密のまま自分のほうが娘と結婚できる状況を作ってしあうところだ。
 男女問題としていえば、現在なら「お前がぼんやりしているからいけないんだ」と言えば済んでしまうぐらい何でもないことだ。それが、親友から打ち明けられたんだから自分が橋渡しをしてやるのが友達として当然なのに、逆に出し抜いてしあったということが一生の負い目になって、その娘と結婚しても終始憂鬱な状態でいて、遂には自殺してしまう。
 一般的には一生気になるほどのことではないはずだが、物語としては不自然と思えるところまで倫理性を徹底的に突き詰めていって、結局主人公を死に至らしめるところまで持っていってしまう。それは漱石の作家的特徴で、漱石にもともとあった倫理観というより他ない。
「こころ」がそうであるように、漱小説は三角関係(不倫)が主な主題だ。どうしてそれに固執したのか、漱石の生涯に自伝的な痕跡があるのかと考えてみるが、どうしてもそれらしい事実はない。フィクションだという以外ない。西欧の近代小説にも三角関係はあるし、一人の女性を二人で好きになってという筋なら「万葉集」の真間の手古奈の伝説以来日本にもたくさんある。例えばレーニンが好きだったと言われるトルストイの「アンナ・カレーニナ」などそうだ。しかし、それらは漱石ほど主たる主題としてあることはない。
 漱石が資質的に持っている過剰でかつ本格的な倫理性がこういう主題、物語を作らせたと言えるだろうと思う。それは、ある意味では伝統的と言っていい古い道義心の延長線にある倫理観だが、そこから日本的な情緒性を排除したものだったとも言えよう。
 また違う解釈もできる。本当は親友を出し抜いてしまったという問題ではなくて、一緒に下宿していた親友と自分が同性愛的な親密さを持っていた。それが、たまたま女性の介在を経験して破れる形になってしまったことのほうが主人公にとっては大きなショックだった、という裏の解釈だ。
 つまり、こういう親友の関係というのは、人間関係の原型だと思えてくる。原型的な関係というのは、二人だったらAとBが同性であろうが異性であろうと男女関係、性の関係であり、三人だったら性の関係ではないことになりそうに思う。
 ものすごい親友がいて、そこに第三者が現れて片方と仲良くなってしまったら、そう一方が感じることは第三者が男でも女でも同じだ。「こころ」の描写で言えば、それが女性でなければ成り立たないということはない。かえって親友との関係のほうが女性との間よりはるかに親密であるし、相互によく分かっていると感じられる。それは男同士の問題であると解釈できると思える。
 だから、下宿の娘はごく普通の平凡な女性というだけで性格などについては書かれていない。そういう意味では、恋愛小説とはいえないのかもしれない。しかし、三角関係はこういうところから始まるという意味合いでは、初めの原型をちゃんと書いている。
 漱石の晩年の弟子である芥川龍之介には「開化の良人」「開化の殺人」という作品がある。どちらも漱石の主題のまねをして三角関係を扱っている。
 例えば「開化の殺人」の主人公には子供の時から仲のよかった従妹がいたが、留学から帰ってみると従妹は結婚していた。ところが、その夫は放蕩者で、結婚したのに女遊びをしたりして従妹をちっとも構わない。それを見て、主人公は憤慨し従妹の夫を殺してしまう・・・・。
 だけど、芥川が書くと、いかにも作り物にしかならない。漱石のように本格的な倫理性ゆえに、読んだら引き込まれていってしまうような深刻さは出てこない。ただ、芥川が優秀だと思うのは、「開化」、つまり明治以降の日本の近代化という問題が結局、漱石の三角関係を主題とする小説を作った、漱石は近代の人間を描こうとしたからそういう主題になったと見抜いたことだ。
 三角関係を主題とする漱石文学の最も初期の形態を原型までさかのぼって書いたのが「こころ」だと見なせる。登場人物の構成からいえば、二人の学生がいて女性がいてという、不倫の過程はこういうところから始まるというような、一番最初の典型を示している。
 社会の在り方や時代の考え方が変われば男女の関係の形態も変わるから、こんな倫理性に固執するのは明治人だけだ、今の若い人は好きな人が同時に何人いようが平気だというのはその通りだが、精神的にみた男女関係にはもう一つあって、好きな異性ができて胸を躍らせるというのは「万葉」やギリシャの時代からちっとも変わらないということも言える。人間関係の中で、こんなに形が変わってしまうのかというのと、ちっとも変わらないということの両方を持っている典型が、男女関係という気がする。
 その点、「こころ」は構成が簡単で、「変わっていない」ところの倫理性が強烈だから、少し読み始めたら引き込まれてしまう。だから、一番読まれやすいのではないか。
 また、「こころ」の主人公の自殺は乃木希典夫妻の殉死がきっかけとなっていた。明治天皇の後追い自殺をした乃木夫妻の事件は漱石にも鴎外にもショックだった。この古い倫理性とは何なのか、近代的な人間性に反するのではないかということだ。鴎外も歴史小説で殉死する侍を描いているし、似た問題意識があった。
 漱石の「こころ」に描かれた主人公の倫理性は「開化の倫理性」であるが、乃木将軍夫妻の殉死は封建時代の倫理性であるといえる。けれど突き詰められ方としてはよく似ていて、同じように徹底的な姿をもっている。漱石の倫理観には、江戸時代からそう変わっていない儒教的な部分と、西欧に留学して得た近代的なものの両方があった。漱石は乃木夫妻の明治近代になってからの殉死に、自分のなかのこの二つの倫理性をゆさぶられ、「こころ」の主人公自殺に托したのではなかろうか。
 漱石と鴎外は乃木の殉死に親和感をもち、芥川龍之介は「将軍」という作品で否定的に扱ったのは興味深い。小林秀雄は再び乃木殉死に肯定的で芥川の「将軍」を批判した。巨匠たちのショックの受け方の交替する姿は乃木殉死の意味の重要さを語っている。
吉本隆明、 最後の漱石論 です。何もいうことはありません。写し始めたらとまらなくなりました。

2025-no113-1186





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最終更新日  2026.04.04 21:14:56
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Re:週刊 読書案内 吉本隆明「夏目漱石『こころ』」(「日本近代文学の名作」より)(03/16)  
ミリオン さん
おはようございます。
新聞を読むのが楽しいですね。大好きです。頑張って下さい。 (2026.03.17 09:50:08)

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