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明日4月1日から東京ネズミーランドへ行ってきます(^^)/~~
2005/03/31
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ネットでいろいろなサイトを見ていると、不愉快な気分になることがある。個人攻撃や、善意の行為を揶揄したりした文章を目にした時。サイトの管理人は偽悪者を気取っているのだろうか?と思うこともしばしば。いや、それが本音なのだろうが。こういったサイトは、著作権や肖像権などの法律に触れなければ、問題はないのだろう。個人的なモノなのだから、自分の意見をアップするのが基本。それはわかっているのだが、人間の悪意を感じる文章を読むと、悲しくなる。人の不幸に関しての記述。心を痛めている人に共感なく、逆に陥れるような表現をする。個人的な事件だけではなく、イデオロギー関係の記述になると、もっと表現が過激になる。人の考えは一つではない、とはわかっているのだが、他国を非難したり、馬鹿にしたり、そのような文章を読むと、憤りを感じる。ネット世界はまさに伏魔殿なのだ。人の心は「善」だけで出来ているものではない。偉そうなことを言っている私だって、妬み、嫉み、の心は持っている。だからこそ、「善」の心を意識した生活がしたい。
2005/03/30
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ゆずこさんに教えていただいた、つぐみちゃん帰宅の知らせ。つぐみちゃんのお母様のサイトに行ってみたら、つぐみちゃんは無事帰宅したようだ。よかったよかった。全てのこども達が幸せになるといいなぁ。昨日夕方、CAPセンター・ジャパンの事務所に取材に行った。CAP(キャップ)とは、Child Assault Prevention(子どもへの暴力防止)の略で、子ども達がいじめ、痴漢、誘拐、虐待、性暴力といったさまざまな暴力から自分を守るための教育プログラムである。私はあるローカル番組のリポーターをしているのだが、今回「子どもの防犯」についての番組を企画した。その番組の取材のため、CAPセンターを訪れた。今の子ども達が置かれている状況や、保護者達の不安と苦悩などについて、CAPセンター・ジャパンの方といろいろ話し合った。日々の暮らしの中で、子ども達はさまざまな選択をしながら生きている。その選択を、つい「子どものため」と称して、保護者達が取り上げてしまってはいないだろうか?(もちろん私も含め)子ども達の生きる力を信じて、子育てができればいいのだけれど。
2005/03/29
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今日は染五郎さんネタをもう一つ。私がさんざん文句を言っていた、ゲキ×シネ「髑髏城の七人~アオドクロ」の東京限定上映。それが全国8ヶ所で上映されることになった。もちろん大阪も入っている。東京以外の上映地は次の通り。名古屋、札幌、横浜、大阪、福岡、新潟、広島ゲキ×シネの他、映画「阿修羅城の瞳」公開も迫ってきているので、マスコミ露出が増えている。長男も誕生したし、今年は染タンにとって飛躍の年なんでしょうかね。露出が多くなるのは、ファンにとってうれしいことだが。
2005/03/28
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染タンファンの私にとって、微妙なニュース。(笑)歌舞伎俳優の市川染五郎さんの妻、園子さんが27日午後4時52分男児を出産した。男の子ってことで、ファンにとってはなかなか楽しみではあるのだけど、なんだか、ちょっぴりフ・ク・ザ・ツ・・・・。これから染Jrの初舞台とかなんとかあるんだろうね。(気が早い?)そうかぁ~、男の子の父親かぁ~。ブツブツ・・・。
2005/03/28
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仙台の小学5年生の女の子が行方不明になっている。名前は羽田つぐみちゃん。日記リンクさせていただいている「12本の薔薇」さんのサイトで、このことを知った。つぐみちゃんのお母さんが、必死の思いでブログを立ち上げ、つぐみちゃんに関する情報を求めておられる。私も小学生の娘を持つ母親、とても他人事とは思えない。私のサイトに来てくださった方で、もしつぐみちゃんに関する情報を持っている方がおられたら、つぐみちゃんのお母様に連絡を差し上げてください。お願いします。ネット以外での情報連絡は、最寄の警察か仙台南警察署 生活安全課 022-246-7171まで。早くつぐみちゃんがお母さんや家族のもとに帰れますように。お祈りしています。
2005/03/27
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友人S子が、落ち込んでいる。理由を聞くと、このようなことがあったらしい。S子はある芸能人のファンである。その芸能人のファン仲間でT子という女性と知り合った。T子はS子の娘くらい年下らしい。知り合って間もなくS子の家にT子から、ひんぱんに電話がかかってくるようになった。話の内容はいつも、彼女らが好きな芸能人のこと。T子はPCに毎日かじりついて、好きな芸能人の情報を多数集めている。S子はPCが苦手で、ほとんど使ったことがない。だからT子が電話で話してくれる芸能人の新しい情報は、喜んで聞いていた。ある日、T子が自分の住む土地の名産品を送ってきた。S子は感謝しながらも、情報はいつもT子から提供されるし、また贈り物をしてもらって、少々気兼ねをしていた。しばらくしてS子は、こちらの名物の「いかなごのくぎ煮」を作ってT子に送った。手作りのものなので、T子も気兼ねせずに受け取ってもらえると思ったそうだ。するとすぐT子から手紙がきたのだ。その手紙の内容は、「贈り物はいらない」というものだった。「モノは今溢れている時代。私はモノに不自由していない。もうこんなことはして欲しくない。芸能人の情報は自分が勝手にS子さんに提供したいと思ってしていること。御礼をして欲しいと思ってしているわけではない。私にそのようなことをするのなら、インド洋地震で困っている人に募金して欲しい。」というものだったらしい。T子への感謝の気持ちが、このような返答を受け取るようなことになり、S子はショックを受けている。ま、人に贈り物をするということは、かなりデリケートな部分があり、難しいとは思う。しかし、である。T子の傲慢な態度に、私は腹が立った。彼女は自分がS子よりも上に立ちたいのではないだろうか?情報の提供をしてくれるのは善意だろうが、人は持ちつ持たれつ。いつも受けるばかりでは、S子は気後れするのではないかと思う。S子なりに感謝の気持ちを表したかったのだ。T子は人に与えるばかりで、人から受けるということをしない。それが良かれと思っていたとしても、相手の負担になるのなら、気持ちよく贈り物を受け取ることも大切なのではないだろうか。そして募金のこと。自分にモノを送るのなら、地震の被災地に募金しろというのは、おかしい。募金を決めるのは、S子本人なのだから、T子に指図される筋合いではない。T子は知らないが、S子はユニセフに募金をしているのだ。自分の親ほどの年上の人に言うことではない。あまりにも非常識で、私は「そういう相手なのよ」と慰めるしかなかった。一番始末に悪いのは、T子が「自分は正しい」と思っていること。もちろんモノが溢れているところに、また贈り物をするのはもったいないのかもしれないが、彼女はS子の感謝の気持ちを見過ごしている。「被災地へ募金をすべき」という主張も正論である。しかし、そこでもT子は、S子の気持ちを考えていない。S子は「これからはそういう人だと思って、お付き合いをするわ」と言っていた。
2005/03/26
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子どもへの読み聞かせって、赤ん坊~幼児のころにする・・・というイメージがあるけれど、我が家はその頃、とてもそんな悠長なことをしている暇はなかった。ほとんど年子に近い赤ん坊を2匹(怪獣状態なので、とても人とはいえない)飼っていたようなものだった。添い寝をしながら、何度私のほうが先に寝入ってしまったか。時間がなくて新聞も本も読めないし、TVはかろうじて?子ども番組は見ていたけれど、自分の娯楽のために見る余裕はなかった。そんな状態だったから、読み聞かせはほとんどしていなかった。幼児雑誌には「読み聞かせしよう!」などの特集が組まれていたりしたが、『みんなどうして読み聞かせができるほどの余裕があるのだろう?』と思っていた。だから我が家の読み聞かせは、長女が幼稚園に入園してから少しずつ始まり、2人とも小学校に入学してから本格的に始めたという感じ。今でも私が疲れている時や、寝るのが遅くなった時などは、子ども達がせがむのにもかかわらず断ることにしている。だって、しんどいんだもん~。(笑)私が小さい頃、日本や世界の昔話をよく読んだ。一休さんのとんち話や、きつねやたぬきなどの動物が出てくる物語が好きだった。なので、子ども達にも昔話をよく読んでやるようにしている。最初に買ったのは、「まんが日本昔ばなし101」これは私自身が幼い頃にTVアニメを見て楽しんだもの。それが絵本になって甦ったので、さっそく購入して子ども達に読み聞かせた。TVアニメの声の出演は、市原悦子さんと富田富士男さんだった。彼らの名演技には程遠いが、聞き覚えた台詞回しなどを私も真似してみる。子ども達もけっこう喜んでいたなぁ~。大人になって、さまざまなドラマや小説、映画、絵画などに出会ったとき、意外と日本や世界の昔話を下敷にしているものが多く、「昔話」は数多く知っているほうが、心が豊かになるんだな・・・と感じている。
2005/03/25
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本日も怒涛ライフなり。日付がかわってから、ようやく自分の時間。こんな日は、ゆったりとした日記を書きたい。以前から何度も日記で紹介していた、読売新聞のコラム「四季」元読売新聞記者で、現在は俳人である長谷川櫂氏が執筆。このコラムで、3月に入ってから、春の花についての歌がいくつか紹介されている。顔じゅうを蒲公英にして笑うなり 橋かん石(かんの字が出てこない!)紫外線ランプすみれの花のごとともりて春の夜の無菌室 永田和宏ねがはくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月の頃 西行それぞれの歌に、色彩があり、音があり、芳香があり、そして春の訪れを感じることができる。
2005/03/24
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日曜日に録画していたTV東京「ソロモンの王宮」を見る。今回のゲスト(ここでは賢人というらしい)は歌舞伎俳優の市川右近丈と市川段治郎丈。3月9日からはじまっているスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」の主人公を、ダブルキャストでこの二人が務めている。師匠である市川猿之助は今回、脚本・演出を担当。まだ本調子でないのだろうか。彼の歌舞伎が好きなので、早く快復してほしい。今回の「ヤマトタケル」の初演は、今から19年前の昭和61年だった。私がまだ学生だった頃で、この作品が私と歌舞伎とのはじめての出会いだった。歌舞伎そのものに対して、「難しいもの」という偏見があり、スーパー歌舞伎ならば見て楽しいだろうと、“歌舞伎入門編”という感覚でチケットを買い求めた。結果は大当たり。煌びやかな衣装と派手な立ち回り、早代わりに宙乗りと見所たっぷりの舞台に、すっかり魅了されてしまった。それと市川笑也という女形にほれ込んでしまい・・・。私は笑也贔屓、友人Aは右近贔屓、友人Bは猿之助贔屓と三者三様に、熱い視線を送る方向は違ったが、心躍りながら鑑賞した舞台、それが19年前の「ヤマトタケル」だった。もちろん学生だったので、何回も見るという贅沢は出来なかったが、次のスーパー歌舞伎「オグリ」も友人と一緒に見に行った。懐かしいなぁ~。
2005/03/23
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毎回楽しみにしていた「救命病棟24時」が最終回を迎えた。最初の地震のシーンでは、私自身の被災体験が甦り、辛い気持ちで見ていた。しかし回が進むにつれて、被災地の悲惨さが感じられなくなってきた。高度救命救急センターに運び込まれる患者達は、もちろん地震の被害に遭った人たちばかりなのだが、あのどうしようもない虚脱感というか疲労感まではドラマでは伝わらなかった。だって、小島センセや進藤センセ、衣服が綺麗すぎやしませんか~?(笑)病院には充分な白衣が完備しているのかしら。今日放送分では、睡眠時間を削っての激務に、かなりお疲れモードで写していたけれど(特に黒木センセ。笑)相変わらず主役のお二人は身奇麗なんですけど。ま、細かいツッコミはさておき、随所によく取材しているなと感じたエピソードが盛り込まれていた。小島先生がカレーを食べるシーン。お皿にラップを引くように、他の医者たちに教えている。そうすれば水を使って皿を洗わなくていいからという理由まで言って。これは阪神大震災で、被災者が考え出した生きる知恵。なるほど、これを使ったか・・・と感慨深く見た。小島先生や進藤先生は、ある意味「理想の医者像」であり、議員の寺泉氏も最終回では「理想の政治家像」を体現して見せた。このドラマによって、それぞれの職業の尊さとあるべき姿を見せられたような気がする。また今日のドラマの中で、神戸が復興10年を迎え、この期間でどれだけ復興を果たしたかを見せる写真が出てきた。この写真を見て、ドラマの中の人物たちが希望を見出すのだが、被災者だった私も、神戸の復興のためにどれだけの人々の働きがあったかを、再び思い起こすことができた。今、阪神大震災の被災地は、ハード面ではかなり元に戻ってきた。もちろん亡くなった方々が戻ってくることはないし、生活基盤が戻っていない方もたくさんいるだろう。そのことをふまえた上で、神戸の復興に力を貸してくださった数多くの方々の力と思いに、もう一度感謝しなくてはいけない、と思った。このような骨太なドラマが次のクールでも見られたらいいのに。
2005/03/22
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今日は長女のお稽古が昼まで。それから大阪に行こうと計画を立てていた。子ども達が大阪のポケモンセンターに行きたいと、前からおねだりしていたので、連休最後の日くらいお出かけしようと思っていた。が、しかし。次女発熱で計画は中止。長女の怒ること、怒ること。病気だから仕方がないよね。昨日から次女の声がおかしいと思っていたんだけど。朝起きたら体温が38℃を越えていた。頭痛と吐き気に襲われている様子。朝食もそこそこに、長女をお稽古に行かせて、休日診療所に駆け込む。駐車場が一杯だったのでわかってはいたとはいうものの、診療所のドアを開けて驚いた。置かれているソファにも椅子にも、人、人、人。グッタリとした子どもが大勢いる。子ども達の横には、心配顔の親。やっぱり連休最終日の休日診療所って、こんな風なの?2時間以上待って、ようやく診てもらえた。次女も私もグッタリ。でも、次女よりも具合の悪そうな女の子が、ずっと苦しそうにしていたのに、かなり順番を待っていた。女の子の前に、大人の患者が何人も診察室に入っていく。もちろん受付の順番ということはわかっているけれど、どうにかならないのかなぁ。休日診療は、大人と子どもを分けて欲しいよ。子ども専門の休日診療所があればいいのに。(といっても、小児科自体が減っている現状。どうにかならないか)休日の小児科探しは今に始まったことではない。長女も次女も、GWやお盆、お正月、連休、日曜日、深夜など、まるで選んでいるように具合が悪くなってくれた。次女に到っては、大晦日に手術をして、立ち会った夫は年が明けてから帰宅するということもあった。子どもって、お休みの日を選んで病気になるのだろうか?と疑いたくなる。次女はインフルエンザを疑われたが、検査の結果シロ。どうやら風邪らしい。おかゆやゼリー、プリンなどを精力的に食べているので、ひとまず安心。
2005/03/21
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昨日録画していた韓国ドラマ「真実」と「天国の階段」今日一気に見た。どちらもヒロインがチェ・ジウなので、続けて見ると少々頭がこんがらがるのだが・・・。(苦笑)「天国の階段」は9話「涙のシンデレラ」とうとうチョンソが記憶を取り戻した。ソンジュにその事実を告げようとするが、なかなか上手くいかない。テファが取り持って、ようやく閉園後のメリーゴーランドの前で会うチョンソとソンジュ。ソンジュは、「最初はチョンソの面影を君に求めていたけれど、だんだんキム・ジス自身に惹かれていった」と告白。自分が実はチョンソその人だと言いづらくなったジス(チョンソ)。毎回見られる、ソンジュの苦悩の姿に、涙が流れる私。もうそろそろ幸せな時間をプレゼントしてあげてもいいんじゃない!?と思うのだが、まだ9話。ようやく半分ってところ。先日とある「天国の階段」ファンサイトで、最終回までのストーリーを読んでしまった。楽しみがなくなる・・・と思いつつ、ソンジュとチョンソのその後が気になって仕方がなかったので・・・。ガ~ンやっぱりラストは、そうなるのね~。ちょっと落ち込んでしまった。でも、気を取り直して、これからもドラマの崇高な無償の愛の世界に酔いしれよう・・・と決心するのであった。(しかしどうして放送が2週間に1回なんだろう?毎週待つのも待ち遠しいのに、不定期に2週間後のオンエアになるのはなんとかできないんだろうか?ねぇ、関西テレビさん)
2005/03/20
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今日は母と一緒に映画を見に行った。宮沢りえ主演の「父と暮らせば」“広島の原爆投下から3年、生き残った後ろめたさから幸せになることを拒否し苦悩の日々を送る主人公・美津江が、突如幽霊となって現れた父・竹造に励まされ、悲しみを乗り越えて未来に目を向けるまでの4日間の物語。原爆のヒロシマの悲劇を描きながらもあたたかい笑いがあり、広島弁の父娘の会話には心が和む。「最悪の状況下でも、人間は常に未来をみている」という原作者・井上ひさしの思いが描かれた感動の映画。黒木和雄戦争レクイエム三部作”(「父と暮らせば」ちらしより抜粋)感動の~とか、涙なしには~とかいう前評判には少々厳しい私。きっと天邪鬼なのね。はっきり言って、この映画はあまり感動しなかった。もちろん、部分部分では涙が滲んだし、宮沢りえの透明な雰囲気は素敵だなとは思った。直接原爆を描くことなく、その悲惨さを表現している・・・といわれているんだけど、私にはかなりリアルに原爆を表現していると感じた。原爆が落とされた直後、空を見上げていた竹造と美津江。ピカッと光が広がり、爆風に包まれる二人をカメラは写していたし、被爆後の広島の町の様子や、原爆投下されて街がなくなる様子など、かなり直接的な表現を多用していたのでは?被爆した竹造も写っていたし・・・。あとは原爆の絵を使っていたが、その絵自体もかなりショッキングな内容だった。ことさら原爆の悲惨さをリアルすぎる手法で強調し、あとは美津江のかたくなな幸福拒否にと移行する。私はあのかたくなさに辟易した。もちろん彼女が、自分ひとり生き残ったことに後ろめたさを感じ、幸せになることなくひっそりと生きていくことを望むことは、理解できる。しかしあまりにも後ろ向きすぎて、気が滅入った。もう少し力強くなってくれないだろうか。私は原爆を体験していないので、体験した方々の気持ちをそっくりそのまま理解することは出来ない。しかし、戦争や災害などの悲惨な体験をした人は、ある種の達観した生命力というものがあるのではないだろうか、と思う。志半ばで亡くなっていった人たちの分まで、“生かされた”自分は生きていく・・・そんな思いがあるのではないだろうか。美津江には、そんな力強さを感じることが出来ず、ただうしろめたさが前面にでている。父親の幽霊が美津江の作った幻想にしろ、彼女の生きたい、幸せになりたい、という気持ちをもう少し感じることができればよかったのになぁ。彼女のそんな生きる力によって、木下との恋を勝ち取って欲しい・・・というのは、戦争体験していない私の甘さなのだろうか。戦争体験した母の感想を聞くと、やはりいまいち感動しなかったとのこと。当時はインターネットは存在せず、新聞やTVさえも今のように充分な情報を伝えていなかった。それでも広島への原爆投下の情報は、数日後に母の耳にも入ったらしい。戦争を生き残った母は、「どんな理由があるとしても、次の時代を生きる子ども達のために、戦争は絶対にしてはいけないと思う」と言っていた。同感。
2005/03/19
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1990年3月18日午後12時半ごろ、尼崎市のスーパー長崎屋4F寝具売り場から出火。客と従業員15人が亡くなった。寝具売り場に火の気がないことから、放火事件とされ、兵庫県警は延べ8万5千人の捜査員を投入して捜査してきた。しかし事件から丸15年経った2005年3月18日、長崎屋火災事件は時効を迎えた。犠牲者の中には、身重の女性従業員や7歳の男児もいた。ちょうど15年前、私はとあるマスコミの報道部でアルバイトをしていた。確か3月18日は日曜だったと思う。平日に比べて、事件事故や選挙がなければ、日曜日は暇である。のほほ~んとした空気の中で、私はしばらく前に注文した昼食の到着を待っていた。ようやく昼食の丼モノが届き、皆で食べようとした時、電話が鳴った。消防からの一報だったと思う。とたんに緊張が走る。「スーパー長崎屋で火災。犠牲者がいる模様」記者たちが一斉に飛び出していった。後に残ったのは、手付かずに残された丼。もし火事がボヤだったら、彼らがすぐに帰ってくるだろうと、机の上に置いておいたのだが、残念なことに彼らはその日のうちに帰社することができなかったのである。予想以上に大きな火事で、犠牲者が15人も出てしまっていた。冷たくなった丼は、箸をつけられることのないまま、再び店屋の従業員に持って帰られることになった。私が勤務していた時間、火災の状況が伝えられていくにつれ、どんどん犠牲者の数が増えていった。とうとう時効になってしまった。あのときの事件から、もう15年も経つのだな・・・としみじみ思う。
2005/03/18
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子ども達と一緒に、夕食時に「誰も知らない」を見る。長女は「子ども達だけで暮らす」というシチュエーションが、かなり気になるらしい。DVDを買ったものの、なかなか見る時間がない私に「早く見ようよ」と催促され、見始めた。映画館で見たときよりも泣かないなぁ・・・と思いつつ見ていたのだが、最後で号泣してしまった。淡々と進むストーリー。子ども達の台詞も、ドラマティックなものはなかったのだが、そこここに感じられる監督の思いが、私の胸を痛くする。母に塗ってもらった赤いマニキュア。じっと自分の赤い爪を見つめる京子。クローゼットがわりの押し入れに掛けられた母親の衣類。その中で、母の香りを求めるように、母の衣服に顔をうずめる京子。ゆきをトランクにつめて運ぶ前、コンビニでアポロチョコを買い占める明。ゆきにさよならをした場所は、飛行機が発着するさまが手にとるように見ることが出来た。家に帰ってから、飛行機が飛ぶ空を見上げる明。飛行場から帰るとき、電車の中で放心していた紗希と明。あの時の明をぎゅっと抱きしめたいと思った。その思いはそのまま是枝監督の思いでもある。「ここまで事件を辿って来た時に、僕はこの少年がいとおしくてたまらなくなってしまったのである。甘く聞こえてしまうのは本意ではないのだが、もしそばにいたら、僕は彼の肩を抱いてあげたいと思ったのだ。『よく頑張ったね』と。『僕は君のことが好きだよ』と。しかし現実にそうすることは不可能だった。だから僕は、僕の心の中で彼をしっかりと抱きしめるためにこの映画を作ることを決意した。」(DVD「誰も知らない」封入の演出ノートより抜粋。是枝裕和監督)電車の中で、放心していた明と紗希を見て、私が号泣してしまったのは、彼を抱きしめたいと思ったと同時に、自分の無力を思い知らされたからなのだ。こんなにも彼らがいとおしいと思うのに、私には彼らを包み込む力がない。是枝監督のように、映画という媒体を使って、彼らを包み込むことができる人間もいるというのに。私が今活動している図書館ボランティアや美術館存続運動、そしてPTA活動など、すべては自分の子どもの幸せのため。自分の子どもが幸せになるためには、子どもを取り巻く環境が良くならなければならない。そう、自分の子どもの幸せを願うなら、他の子ども達の幸せも必要なのだ。しかし、このような活動をすればするほど、自分の無力さが身にしみるこの頃。あぁ、明を思いっきり抱きしめてあげたい。
2005/03/17
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毎日TOGI&BAOの「春色彩華」を聴きこんでいる。聴けば聴くほど味わい深くなるアルバムで、光のようにキラキラした音が肌に吸い込まれていくような感覚を味わっている。東儀さんはこのアルバムで笙(しょう)と篳篥(ひちりき)を演奏している。笙は鳳凰が翼をたたんでいるような形で、複雑な和音を奏でる楽器。この音色を聴くと、天からさしこむ光を思い出す。篳篥の音色は人の声をあらわしているという。広い意味で、人の声とは地上の音全てを表している。この他に雅楽では龍笛も用いる。龍笛があらわしているのは龍の鳴き声。天と地の間を表している。笙と龍笛と篳篥で、天と地とその間、いわゆる宇宙を表現しているというのだ。なんという壮大な音楽。「春色彩華」を聴き始めた時、篳篥の音がコミカルに感じられた。しかし何度も聞いているうちに、その音が血の通った人間の吐息になってきた。さまざまな感情を含んだ深い音。そんな東儀さんの演奏を聴いているうち、20年近く昔の出来事がよみがえってきた。職場の同僚達と旅行に出かけた夜。歌謡曲をよく知っているKさんとTさんが、イメージした曲を歌うというゲームをした。2人以外のメンバーが、いろいろな単語を言い、それをイメージする曲を歌うというものだった。「春」と誰かが言うと、Tさんがキャンディーズの「春一番」を歌う・・・というようにゲームは進行していった。Tさん、Kさんともに、たくさんの曲を知っていて、なかなか勝負が決まらない。そんな時、誰かが「光」と言った。光をイメージする曲とは・・・。私が心に思い浮かんだ曲と同じメロディをKさんが歌い始めた。♪今、私の願い事がかなうならば、翼が欲しい♪「翼をください」は、まさしく、うす曇の空から、一筋の光が差し込んでくるような曲。かなり抽象的な「光」という単語からイメージしたのだが、歌詞からもメロディからも見事に「光」を感じる。この夜の出来事とともに、「翼をください」は忘れられない曲となった。東儀さんの奏でる笙の音色を聴いて、思い出した懐かしい記憶。
2005/03/16
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せっかくDVDを購入したのに、まだ本編は見ていない。昼食時に特典映像のみを見る。特典映像は、是枝裕和インタビュー(メイキング、カンヌ、初日舞台挨拶)、『宝石』 ミュージッククリップ 、予告編(劇場版・TVスポット)、是枝監督撮影のスチール写真集 、キャスト・スタッフプロフィールなどである。(『宝石』のミュージッククリップ見ながら、また泣いちゃったよ~)これだけでもお買い得。初回特典は、パッケージが通常版と少し違うことと、豪華デジパック仕様、特製ポストカードが入っているということかな。是枝監督のインタビューは、「誰も知らない」を“知る”うえで重要な内容が、数多くエッセンスのように凝縮されたかたちで見ることができる。3月11日の日記にも書いたが、特典映像のインタビューで是枝監督は、この映画の中での母親のポジションについて、とても興味深い話をしている。ところが、である。読売新聞のコラムで有名な映画評論家が、映画に見るダンディな男について語っていたのだが、「誰も知らない」にも触れ、最近は自分の子どもも捨ててしまう母親がいる・・・云々(新聞紙を捨ててしまったので、くわしい部分は失念)と書いていた。あの~、解釈が少々違うと思うんですけど・・・。それにあの映画は最近の事件ではなく、18年前のことを取り上げたんですけど。是枝監督の伝えたかったことは、とてもシンプルなのだが、深い内容で、「誰も知らない」を見た人たちと、深く深く掘り下げて解釈について論じたくなる。DVDの特典映像、監督のンタビューは必見。
2005/03/15
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午前中は会議に出席。お昼頃に帰宅。土曜日に録画していた「天国の階段」を見る。せ、切ない。死んだと思っていた恋人にそっくりのチス(チェ・ジウ)が気になるソンジュ(グォン・サンウ)。自分にはユリという婚約者がいて、チスにもチョルスという同棲相手がいた。チスに死んだチョンソを重ね合わせて、どうしようもない気持ちを持て余してしまうソンジュ。自分にはチョルスという恋人がいる、とチスに拒まれても、諦めきれない。ソンジュはチスに会うたびに、恋しい気持ちをぶつける。チスと一緒に真夜中のアイスリンクではしゃぎあったソンジュが、ひとりで社長室に戻り、チョルスが編んでくれた帽子をかぶったまま泣くシーンでは、思わずもらい泣きしてしまった私。想っても想っても、自分の気持ちは相手に伝わらず、苦しい気持ちだけが胸を占領してしまう。そんなソンジュの気持ちが痛いほど伝わってくる。チスを見つめるソンジュの視線が熱いほど、報われない気持ちの痛みが哀れに感じる。弱いんだな、こんな風に耐える男に。「天国の階段」を見た後、TVをつけっ放しにしていると、画面に内藤剛志さんのお顔が映った。NHK「スタジオパークからこんにちは」だった。去年の12月に出演された時の映像を流していた。けっこうこの人好き。今NHK朝ドラ「わかば」に出ているのだが、彼がまた耐える男を好演している。主人公わかばがよく行く焼酎バーのオーナー木之下俊介役。彼は阪神淡路大震災で、恋人を失い、まだ心の傷が癒えていない・・・という設定。無口でクールな役柄が、なんとも魅力的。自分が救えなかった恋人のことを想い、ずっと後悔の念にとらわれていた・・・という役が、また内藤さんの渋い大人の魅力を倍増させる。惹かれるんだな、こんな風に耐える男に。欲望の赴くまま・・・ではなく、自分の気持ちを抑えて、耐える男に心を持っていかれる私であった。
2005/03/14
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さきほど見た染タンニュース。銀幕版「髑髏城の七人~アオドクロ」の初日舞台挨拶に立ったらしい。げげっ、染タン髪の毛青いよぉ~。もしかして眉毛も染めてマスカ?その髪で「こんばんは。中村獅童です」というギャグを飛ばしたらしいが・・・。うう・・・ん。(汗)で、その銀幕版「アオドクロ」はゲキシネとよばれるもの。じっさいの舞台を14台のカメラで写し、舞台と映像をドッキングさせたらしい。どんな風になったんだろう。ぜひぜひ全国で(特に関西で)公開して欲しいわ~~~。
2005/03/13
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今日は午前中は宝塚の男女共同参画センターへ。昨年の春から夏にかけて受講した「男女共同参画エンパワメントリーダー養成講座」の報告書を受け取りに行った。この講座は全10回あり、前半5回は大学教授や弁護士らによる公開講演会で、後半5回は実際に講座を企画するワークショップだった。ほぼ毎週土曜日に、電車を乗り継いで宝塚まで行くのは、かなり大変だったが、今思い返してみると、充実していたなぁ。報告書には、講座終了後に提出したメンバー全員分のレポートと、全10回の講座内容の概略や参加者のアンケートなどを掲載してある。懐かしく思い出しながら、頁をめくる。宝塚から電車をいくつか乗り継いで、午後からは神戸・六甲アイランドにある神戸市立小磯記念美術館へ移動する。小学3年生以上の子どもが対象の、「美術館大作戦5・美術館を探検!」に長女が参加するため。受付を済ませて控え室を見渡すと、ほとんどの子どもが友人と参加しており、うちの長女はひとり。ホントは次女も一緒に放り込みたかったのだが、参加年齢に満たないので無理。ブツクサ文句を言う長女を残し、会場をあとにする。美術館探検を終えた長女に詳しく話を聞くと、とても興味深い経験をしたようで、うらやましい限り。できることならお母さんが参加したかったわ。まずグループにわかれ、展示室で作品をよく見る。ところどころで学芸員によるくわしい説明があった。子ども達に、作品を見て気がついたことはないかと質問もしたらしい。館長室に入り、主のいない椅子に順番に座らせてもらう。倉庫にも行き、現在展示していない収蔵品を見せてもらったり、持たせてもらったり、普通に展示を見るだけでは経験できないことを、たくさんしてきたらしい。うらやましい。長女がそのような貴重な経験をしている間、私と次女は展示室をゆっくり見てまわっていた。小磯良平の作品は、以前から好きだった。清潔な魅力を感じる作品が多く、特に女性を描いたものは、そのなめらかな肌の感触までも表現していた。決して写真のように、対象をそのまま緻密に描いたものではないのだが、ザックリとした素描にも人間の肌の柔らかさが感じられる。美術館の中庭には、小磯のアトリエを移築復元してある。アトリエは洒落た洋館の一室で、当時のままに画材やイーゼルなど、小磯が愛用していた道具類が置かれている。まるで小磯が絵を描いている途中に、ちょっと席を外したかのような雰囲気。今までこの美術館を訪れなかったのは、近くにありすぎていつでも行けると安心していたから。もったいないことをした。
2005/03/12
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今日は「誰も知らない」のDVD発売日。昨年からネットで予約していたので、今日到着。うれしい。さっそく・・・見たいのだが、時間がないので、まず封入されていた「演出ノート」を読む。もうこの内容だけで、感涙。この映画を見終わった直後の感動が、再び押し寄せてきた。そして、監督の言いたかったことを、ちゃんと受け止めていたと、うれしくなる。たとえば、母親役のYOUさんについての記述。「母親役をどうするかはこの映画を作る上で大きなテーマだった。多くの名前が検討の場にのぼり、消えていった。僕としてはこの映画を観終った後にあとに『やっぱり母親が悪いのよ』という一言で片付けられてしまってはいけないと考えていた。そのような結論に落ち着かないためには、母の台詞とキャスティングは考え抜かなければならなかった。ただだらしなく、ヒステリックに暴力をふるったり感情をぶつけるだけではなく、産んで育てたのだという母性も感じさせたい。さらにある種の乾いたイイ加減さというか、ポジティヴな無責任さを彼女のあり様ににじませたい。そこで思いついたのがYOUさんであった。」(映画「誰も知らない」演出ノートより抜粋)
2005/03/11
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毎日のように聴いている、このアルバム。もちろんアルバムのタイトルである「春色彩華」も好きだが、一番のお気に入りは「大河悠久」この曲を聴くと思い出すのは、黄河。学生時代に初めて中国に行った。ベルトルッチ監督の映画「ラストエンペラー」を見て、中国の深い歴史に衝撃を受け、一気に中国という国への関心が高まった頃。以前訪れたヨーロッパとは違う空気が、中国には流れていた。顔は似ているのに、言葉は違う。しかし漢字を使う国。使われている漢字は、日本のものとはかなり異なっている。似ているのか、違うのか。判断に迷いながらも、どことなく親しみを感じていた。北京のまちで、橋の上から黄河を覗く。黄色く濁ったそれは、うねっていた。うねりうねり、からまりつつ流れていった。川の流れの底には、過去が渦巻いている、と思った。黄河に飛び込む自分を想像してみる。過去へと遡る私。黄河へと飛び込んだつもりが、気がつくと羊水の中に浮かんでいる。中国。北京。黄河。そして過去。そんな言葉を想起させる曲「大河悠久」
2005/03/10
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午前中の会議が長引いて、13時すぎからのNHK「スタジオパークからこんにちは」に間に合わなくなってきた。今日のゲストは染た~ん♪朝あわてて自宅を出たので、留守録をセットするのも忘れたし・・・。会議を抜け出し、実家に電話。スタパの録画を頼む。結局会議が終わって、ダッシュで帰宅し、自宅に到着したのが13時8分くらい。ほんの数分見逃したが、あとは全部見ることが出来た。(でも仕事関係の電話をしていて、リアルタイムではほとんど見られなかったが)夕方、実家に行ってビデオを見る。ね~、染タン、あの髪形はなんぞや?似合わない・・・。彼は柔らかく揺れる髪が似合うと思うのだが、今日の髪形は、体育会系の角刈り。それに太ったよね。う~ん、人のことはあまり言えないが、少々ぽっちゃりしすぎでは?今日はしゃべるしゃべる、口から先に生まれてきたの?状態。トークゲストなので、ムッツリしているのも変だと思うが、ちょっとしゃべりすぎじゃない??何回もアナウンサーとかぶって、少々うるさかったんですけど。過去の話は、ファンならば知っていることが多く、復習タイムという感じ。ホントは「今」のはなしを、もっと聞きたかったんだけどなぁ。来月公開の映画「阿修羅城の瞳」も紹介していた。やっぱり出門の染タンは、めちゃくちゃタイプ。DVDが出たら、買ってしまうかも。(気が早い)彼のギャグはしばしば“さむ~い”ので、TV画面の染タンに突っ込みを入れてしまう。それでも、やはり好きなんだよな~としみじみ思うのであった。
2005/03/09
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ペ・ヨンジュン氏のファンならば、もうご存知だろう。彼の最新作、映画「四月の雪」のロケを見学するツアーが売り出されたのだ。なにしろそのツアーの目玉が「本番撮影中、ロケ現場見学」なのだから、ファンならば垂涎モノ。で、私の母である。熱狂的なヨン様ファンで、すでに昨秋「冬のソナタ」ツアーに参加し、韓国旅行を済ませている。今回のツアー情報を入手した時、気が狂わんばかりに喜んで早朝から電話してきた。ちょっと待って。そのツアーって、きっと申し込みが殺到するんじゃない?私が心配したとおり、7日月曜日の申込日は、朝から電話を掛け続けた母だったが、夜になってもつながらなかった。夕方には、私も協力して、母のかわりに旅行社に電話をかけたが、いつも話し中。夕食が終わる頃、ようやく電話がつながったらしい。そして今日。PCが出来ない母に代わり、ヨン様の公式HPから申し込み用紙をダウンロードし、プリントアウト。名前などを記入し、FAXで送信した。申込金を銀行に入金するのも、私の仕事。機会オンチの母に代わり、昨日今日とヨン様に振り回された私であった。
2005/03/08
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朝、10時過ぎまではいつもどおりに家事。布団上げ、食器洗い、洗濯、掃除・・・そして新聞を読む。今日はそれに加え、PCを立ち上げ、昨夜書いたエッセイをプリントアウト。これから向かうエッセイ教室で配るため、20部ずつ印刷し、ホッチキスで綴じる。10時過ぎ、自宅を出る。駅前のビルのカルチャーセンターでエッセイ教室を受講。13時帰宅、すぐ昼食。14時、私が所属しているグループが某新聞社の取材を受ける。16時前、取材と会議は続いているが、一旦帰宅。 子どもをお稽古の場所まで送っていく。17時前、再び会議に出席。17時半、解散。一部のメンバーはそのままファミレスへなだれ込む。18時、私だけ先に失礼して、子どもを迎えに行く。18時半、帰宅。再び怒涛ライフ。毎日予定が詰まった状態で、今週も幕を開けた。
2005/03/07
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お気楽に「アニメでじゅげむ」なんて言っている場合ではなかった~。昨日NHK教育で、22時から美輪明宏さんと島田雅彦さんが出演されていたのだ~~~。ETV特集「あなたの日本語磨いていますか」という番組にゲスト出演されていた模様。他に多和田葉子 伊藤比呂美 平田オリザ 福原 義春の各氏が出られていたようだ。番組の内容といい、出演者といい、モロ私の趣味。く、く、悔しい・・・。再放送はあるんだろうか?やっぱり毎朝新聞のTV欄をチェックしないとだめね。昨日は朝から出かける予定があったため、新聞を読まずに家を出てしまった。新聞は基本的に、毎朝、食事時に読むことにしているのだが、朝早めに出るときは読めない。そんなときに限って、面白そうな番組を見逃してしまう。ああ、残念だ・・・。
2005/03/06
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カートゥーンネットワークで、今日から始まった番組「アニメでじゅげむ」前から楽しみにしていたのだが、予想通り面白い!でてくるキャラの名前が、「フーライ」「グーリン」「パイポ」「クーネル」「ポンポコピー」などなど、落語「寿限無」の中の男の子の名前を、ばらばらにしてネーミングしている。ストーリーも落語の話にそったもので、とても面白い。落語に詳しくない私でも、“落語の世界”を楽しめる。子ども達と一緒に見る番組が、また1つ増えた。
2005/03/05
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フジテレビ、「金曜エンタテイメント」今夜は勘九郎さんの襲名披露についてのドキュメント「涙の襲名完全密着勘九郎から勘三郎へ」父であり、師でもあった十七代目中村勘三郎が亡くなって、17年。まだ三十代前半だった勘九郎には、幼い勘太郎、七之助がいた。歌舞伎役者として、まだ修行中の自分だけでなく、幼い後継者たちを一人前にしなければならない重責。連獅子を親子三人で舞うという、画期的な演出をしたり、ニューヨークで平成中村座公演をしたり、絶えず前向きに歩んできた勘九郎さん。しかし、今年1月、襲名を前にした中村家をゆるがせる事件があった。次男の七之助が酒に酔って警官を殴り、公務執行妨害で逮捕されてしまったのだ。しっかし、そりゃあないよ~七之助~。お父さんが18年かけて努力してきた結果、今年ようやく十八代目勘三郎を襲名するというのに、直前に逮捕だってよ~。天国から地獄・・・。七之助は謹慎し、付き人から再出発することになった。勘九郎さんって、歳を追うごとにいい男になってきている。まさに「華」のある役者とでもいおうか。私の贔屓の役者、市川染五郎さんも生で見たらキラキラしたオーラがあるのだが、TV画面を通したら、フツーより綺麗な人、で終わってしまうのよね。勘九郎、いや勘三郎さんのように、TV画面を通して見ても、溢れるほどの魅力を感じさせる役者になって欲しいなぁ~。そういえば、番組の中で勘三郎さんが取り組みたい演目を紹介していたなぁ。「棒しばり」と「高杯」「棒しばり」は大阪大和屋で染五郎さんと愛之助さんのコンビで見た。「高杯」も染五郎さんは演じた(踊った?)ことがある。染五郎さんつながりで、ちょっとドキドキしながら、TV画面を見つめてしまった。(いや、TV画面には勘三郎さんが写っていたのだが)(さっき、七之助で検索していたら、2ch染スレ見つけて、つい読んでしまった。2chはほとんど見たことがないウブな私なので、まだ衝撃から抜け出せないでいるのだ~~~。萬斎アンチスレも見てしもた。涙)
2005/03/04
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今日はおひな祭り。我が家には娘がいるので、もちろん雛人形を飾り、ひなあられ、ひしもち、ゆでたまご、わけぎをお供えしている。今夜はお雛様メニュー。ちらしずし、はまぐりのお吸い物、わけぎの酢みそあえ。それとなぜか、鶏肉の塩焼き。これは番外メニュー(笑)ぼんぼりに明かりをつけ、和やかに夕食・・・といきたいとろこだが、今日は長女が怒られた。我が家の娘達が、お雛様のような落ち着きを身に付けるのは、まだまだ先のことのようだ・・・。読売新聞のコラム「四季」今日はもちろんお雛様の歌が載っていた。「綿とりてねびまさりけり雛の皃(かお) 其角」長谷川櫂氏の解説は、「お雛様を箱の中から出し、顔を覆っていた真綿をはずしてやる。『ねびまさる』は成長して姿形が整うという意味の王朝時代の言葉。お雛様が箱の中で眠っている間に去年より大人びて美しくなったというのだ。命あるかのような人形の顔。」
2005/03/03
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楽天日記友だちのきゆら*さんのおすすめ、TOGI+BAOのCD「春色彩華」を買った。まだゆっくりと聴いていないが、なかなか聴き応えのあるアルバムのようだ。なんといってもライヴ映像が収録されているのが、美味しい。TOGIとは、言わずと知れた、雅楽師の東儀秀樹さん。彼が上海に出向いて、上海民族楽団のエリートたちを6人抜擢し、BAO(中国語でヒョウの意味)を結成した。メンバーは、二胡のツァオ・レイー、ヤオ・シンフォン、笛のリュー・イー、チェン・ジュン、琵琶のタン・シャオフォン、ユィー・ビンの計6人。私は二胡という楽器の音色が大好きで、自分でも習いたい!と思っていたほど。だから二胡奏者には興味があるのだが、ツァオ・レイーくんは市川染五郎さん似のイケメンだったので、すっかりファンになってしまった。(どこまでもミーハーなのだ)ツァオ・レイーくんの艶やかな二胡の音色に酔いつつ、もいっかい「春色彩華」を聴いて眠りにつこう。
2005/03/02
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アブサンが1日、解禁になった。アブサンとは、19世紀~20世紀初頭、ヨーロッパで大流行した蒸留酒で、その中毒性のゆえに発祥地のスイスで約1世紀にわたり禁止されていた。アブサンはニガヨモギで味付けした緑色のリキュール。多くの芸術家達が、その魅力にとりつかれていた。アブサンといえば、すぐ思い出すのが詩人ランボー。彼の作品の中で、アブサンのような妖しい魔力を感じさせるものがある。それは「母音」という一編の詩だ。~母音~A(アー)は黒、E(ウー)は白、I(イー)は赤、U(ユー)緑、O(オー)青よ、母音らよ、何時の日か われ語らばや、人知れぬ君らが生い立ちを。Aはそも、痛ましき悪臭に舞いつどう銀蝿の毛羽立てる黒の胸衣よ、暗き入江よ。またEは、靄と天幕の純白よ、毅然たる氷河のきっ先、白衣の王者、繖形花(オンベル)のかすかなふるえ。Iは緋衣、喀かれし血、怒りに或るは悔悛に酔う人の、美しき朱唇の笑(えま)い。さてUは周期なり、緑なす海原の、神さびしわななきなり、獣たちやすろう牧の平和なり、錬金の術を究むる。博士らの額の皺の平和なり。Oはそも天のラッパよ、甲高く奇しき響の、天界と下界をつなぐ沈黙よ、ーオメガなり、神の眼の紫の光なり!私は特にIの項目がお気に入りで、学生時代は何回もIの部分を暗誦したものだ。訳は堀口大學。今読むと、少々古めかしく感じるが、それでも使っている日本語がとても美しい。このような言葉を縦横無尽に使えたらよいのに・・・と思う。さて、解禁になった正真正銘のアブサン。いつか手に入れば、ランボーを気取って味わってみたい。
2005/03/01
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