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日本へ帰国してつくづく感じるのは、本当に日本にはほぼ日本人しか住んでいないということです。在住外国人もいますが、決してその数は多いとは言えません。最近私が乗る電車のラインに外国人がチラホラ見かけられますが、旅行者か学生かといった感じです。単一民族でなく色んな国籍の人たちが同じ国に住むオーストラリアとは、全く違った点でありとても興味深いと思っています。学校のクラスでも、肌の色が違う子供たちが肩を並べて座っているのが珍しくなくそんな環境に小さい時から身を置いていると、必然的に世界中どこでも国境を感じない感性を磨けるのではないかと思います。。日本にもいつかそんな時代が来るようになるのでしょうか。。。とても興味津々です。今、娘たちは地元の小学校へ通っていて当たり前ですが周りは皆日本人です。それを最初から不思議に思わなかったのが、ちょっと新鮮でした。日本へ行けば周りは日本人だけで、誰も英語を話す人はいないからね、と言い聞かせてはいましたがその対応力は大人には理解できないものがあります。今考えると、オーストラリアのように国籍の違う人たちがお隣さんだったりすることがない日本は、とても特殊な国ではないかと思えるのです。子供たちにとってどちらが良いとも悪いとも言えませんが、全く違う環境で一番感受性豊かな時期を過ごせたことは、本人たちにとって決してマイナスだとは思えないのです。
2006年09月30日
ヒアリングの練習をするには、ネイティブの英語を耳にする必要性があります。その方法はいくつかありますが、最もメジャーなのは英会話教室の先生との会話ではないかと思います。日本全国にどのくらいの数の教室があるのか想像もつきませんが、小さなところも含めると恐らく数百はあるのではないでしょうか。先生との会話は比較的日常でも使えるようなものが多いかと思います。ですから、その際に使われる単語も日常生活範囲のものだと言えるでしょう。洋画になるとまた違ったレベルの英単語が出てきます。もっと砕けた言い回しや国柄が感じられるようなスラングもあるでしょう。ニュースの副音声になると政治や経済的な単語が多く、更に形式的な表現が多くなると思います。明らかに洋画や英会話教室で聞かれるようなそれとは、全く異なった種類の単語でしょう。日頃から聞きなれている英語の環境設定により、こんなにも利用される単語の種類が異なってくるのです。またビジネスの世界では業界用語が存在し、このレベルに達するには日常英会話では十分とは言えない可能性が出てきます。英語そのものを聞き慣れることも大切ですが、やはりボキャブラリーを増やすことが最も応用範囲を広げるに役立つことでしょう。日本語ですら聞いたことのない単語はスムーズに耳に入ってきません。下手すると拒否反応すら出てしまいかねません。ですから他国語であれば尚のこと。日頃から色んなジャンルの単語を聞いて頭に叩きつけておく必要があるでしょう。全く何もないところから始めるにはあまりにも広範囲すぎます。ある程度範囲を絞り、自分の最終目標を設定して始めることをお勧めします。Start from scratch.こういう言い回しがあります。白紙状態から始める、まさにそのままの意味です。割とよく耳にする表現ですから、頭の片隅に置いておかれると良いでしょう。どこか一つスタート地点を決めそこから始めます。簡単な日常英会話で良いと思います。要は、私たちは取っ掛かりが必要なのです。そしてそこからたくさんの枝を伸ばし増やしていければ良いのではないでしょうか。
2006年09月28日
日本人は一般的に相手に合わせる、協調性があると言います。そして反対に西洋の人は自己主張が強く、自分が信じた事を決して曲げることをしません。これはケースバイケースで、双方共に良し悪しがあるでしょう。どんなにこちらが理由を説明して不可能なことを分かってもらおうとしても、自分がNoと思ったらその意思を貫く。。本人はそれで良いかも知れませんが、理解させようとしている方は大変です。そして挙句の果てには”I do not care what you say."です。そう言われてしまうとお手上げ状態で、話が先に進みません。私がワーホリでオーストラリアに滞在してた時、ある理由でMedibank Privateというプライベートの保険事務所へ行くことがありました。留学生は必ず加入することが義務付けられている保険で、その事務所へ行くと結構たくさんの外国人を目にしたものです。そこで登録情報の変更手続きを行うのに、何を持参すればよいのかを尋ねたところ、パスポートがいるとのこと。運が悪いことにその時はパスポートを持ち合わせていなかったため、わざわざ取りに帰りました。そして再度長い列に並び、やっと自分の順番が来たかと思ったらその担当者はパスポートなんか必要ないよ、と。。さっき他の人に確認したらいると言われたから家に取りに戻ったということを説明すると、それは私が言ったんじゃないから私に言われても困る。とにかくパスポートは必要ないと言い張られました。時間を無駄にした気分と、なぜ担当者によってこうも言うことが違うのか理解に苦しみました。そしてそれ以上に、2回目に当たった係りの人の対応の悪さに心底頭にきたのです。いくら自分でない他のスタッフが間違った案内をしていたとしても、まずは詫びるべきだと思ったからです。日本人として自然に感じたことです。皆さんはどう思いますか?これは自己主張が強いというより、責任逃れをしていると言った方が良いかもしれませんね。こんな具合ですから、逆のパターンもあります。本当は複雑な手続きをしなければならないところ、その担当者の知識不足で簡単に済ませられるといったケースです。こんな時は素直に自分はラッキーだったと喜べば良いと思います。後にも先にも一旦OKをもらえば、後はこちらのもの。深く考える必要はないのです。事務処理がかなり面倒で単調に仕事をこなしているという様子がありありと分かる人もいます。銀行員でも人によってかなりのばらつきがあり、必要以上に笑顔を見せてくれる人、お客様の顔もろくに見ずにスタンプを押す人。。日本から持ち込んだサービスに対する常識を覆られたことは数知れず。これもまたカルチャ-ショックの一つです。今となっては懐かしい思いでとして心の中に残っています。
2006年09月27日
語学留学の道は厳しいものですが、その夢を追い続けている人たちはたくさん存在します。渡航先にもよるでしょうが、いづれにせよ前準備が大変なのは想像に難くないでしょう。日本を出発する時点で留学を目的としている人、まずは渡航してその後に身の振り方を考える人。語学留学といっても、様々なパターンがあります。観光ビザで滞在し、短期間に語学学校へ通うという人もいます。現地で知り合った日本人留学生の影響を受けて勉強を決断し、一旦日本へ帰国してまた戻ってくる。そういった経過を辿る人もいます。留学とはこういったものだという型が決まっているわけではありませんから、人それぞれに決断までの過程が違うし、始めるタイミングや時期も異なってきます。一番気になるのは資金面でしょう。現地での生活がありますから、渡航して突然決断しても資金繰りが上手くいかず断念せざるを得なかった人もいると思います。そう考えると、ある程度の心積もりをしていなければ中途半端なままで終わってしまうでしょう。せっかく思い立った自分の気持ちのやり場がなく、日本へ帰国してもまた以前の生活パターンへ逆戻りして前進できたかもしれない可能性まで否定してしまいかねません。ワーキングホリデーで現地へ行き仕事をしてお金を貯め、最後の残された時間に語学学校へ通うという人もいます。最初はそんな気はなかったのに、現地生活を経て英語の重要性をひしひしと感じ、やっぱり頑張ってみようと決断する人たちです。現地で生活してお金が貯められるのか。現実には生活費がかかりすぎて、毎日の生活で手一杯だという人もいます。現実と夢は違った。。そう実感している人たちもたくさんいることでしょう。しかし反面、そんな夢を実現している人たちがいることも事実です。その違いは一体何なのでしょうか。。オーストラリアでは生活費を切り詰めようと思ったら、いくらでも切り詰めることが可能です。住む場所も何人かでシェアし家賃を分担する、そんなパターンもあるからです。ですがやはり余裕を持って留学しようとするのなら、日本を出発する前から計画を立て、いつまでにどのくらいの資金をためる必要があるのか、滞在費と学費の予算算出などが必要になってくるでしょう。自分がどんな形の留学をしたいか。それをまずは考え、夢を形にしていくことが大切だと思います。例えその決断のタイミングが多少ずれていたとしても、決して遅くはないと思います。自分の将来像を描き、計画的に行動することが最も重要なポイントでしょう。そしてその計画は継続的なものでなければなりません。三日坊主にならないよう、無理のない計画を立てたいものです。
2006年09月26日
その人の名前を聞いただけで、どこの国の人で母国語が何なのか分かることがあります。分かるというよりは、推測可能と言った方が良いかもしれませんが。。だいたい苗字で、出身地やその人の先祖がどこの国の人だったのかを考えることができます。そう思ったことはありませんか?ただ住んでいる国によって移民がたくさんいるような場合、苗字が中国系であっても祖父母の時代からその国に移住していてその人は三世だったりすることもあります。ですから一概に決め付けることはできませんが、先祖のルーツを辿ることは可能だと思います。ところが逆に、名前を聞いただけで判断して失敗したことがあります。Kimというのは、女性の名前としても使われていますが、韓国人の姓にもあります。姓と名のどちらが先に来ているのか定かでなく、この名前を聞いて勝手に韓国人だと判断してしまったのです。英語が分からないかもしれない。そう思ってそのつもりで話をしようとしたら、完全なネイティブだったのです。よく見ると名(GIven name/ First name)は全くの西洋のそれでした。その時は相手に申し訳なく思い、ペースを上げて話を進めました。イタリア系の名前も分かりやすい苗字の一つです。オーストラリアはアジア系移民が受け入れられる前からイタリア系の移民が数多く存在し、今では何代にも渡ってその子孫がそこで生計を立てているのです。れっきとしたネイティブスピーカーで、イタリア系移民だとはその名前からしか想像がつかないことが多くあります。人を見た目と名前で決め付けてはいけないなと実感したものです。日本には日本人しか居ない。そう感じている外国人はたくさんいると思います。島国民族だから当たり前だが、本当だと。。洋画に出てくる俳優や女優でも、癖のある英語を話す人たちがいます。それでもネイティブと肩を並べて活躍しているのを見ると、自然と勇気が沸いてくるものです。移民を受け入れている国では、ノンネイティブがいて当たり前。英語が流暢でなくても、強いアクセントのある英語を話していても、何ら不思議ではないのです。そんな人たちでも快く受け入れてくれる、同じ国に住む住人の一人として同等に活躍していける場が提供されているのです。いつの日か日本でも、お隣さんは多国籍の人という日が来るのでしょうか。
2006年09月25日
ご存知のように、オーストラリアは南半球にあるので、日本とは季節が逆になります。シドニー滞在の時は、母がよく娘たちのためにバーゲンで買った洋服を送ってくれたものです。季節が逆なので、日本の夏が終わる頃にある夏のバーゲンで買った服がオーストラリアのその年の夏に、丁度間に合うのです。便利だなと思っていました。来年まで待たずに、バーゲンの数ヵ月後にはその服が着れるのです。南半球にある国の特権だと思います。もちろんシドニーでも洋服を買うことはありました。ターゲットといって、日本のホームセンターが家もを販売しているような感じの店があり、そこでは子供服がとにかく低価格で購入できるのです。デザインはそれなりですが、安いので汚れても諦められます。結構作りはタフなので、洗濯しても少々では繊維が傷みません。テレビでもそれを売りに宣伝していました。日曜大工の商品が品揃え豊富だと思っていましたが、日本のホームセンターも負けてはいません。何でも自分で作ってしまいたい人にはとても嬉しいタイプの店だと思います。ターゲットはチェーン店なのでシドニーだけでなく、オーストラリア全土にその店舗は広がっています。大抵、大型ショッピングセンターには入っている店です。どちらかと言えば、日用品より生活雑貨が豊富にそろっている店だと言えるかもしれません。。ショッピングセンターは、土日に買い物客がかなり集まります。時間つぶしの人も居るでしょうが、ほとんどはその中に入っているスーパーへの買い物客です。大きなショッピンカートに山盛り商品を入れて店内を歩き回っています。その人たちがレジに並ぶと、異様な光景です。一体いつになったら自分の番が回ってくるのだろうかと、多少イライラしながら待つことになります。そこで登場したのが、商品数が少ない客用のレジ。12品以下の場合、そこに並ぶことができます。このルールを守らない人たちも居て、明らかに商品数が多いのにそのレジに並んでいるのを見ると呆れたものです。。日本人とオーストラリア人と買い物パターンが違うのは、とても興味深いものです。
2006年09月24日
日本に住む外国人が多いことに驚かされるものです。私たち日本人が海外生活をする中で不安になることはたくさんありますが、それと同じことを彼らも体験していることでしょう。近年における日本では、在日外国人の数が増えているようでその外国人に対するサービス提供の場も比例して増えていると思います。身近なところでは英語や韓国語表記の看板・案内。福岡はその土地柄か、結構韓国語の文字を目にすることがあります。日本語の次に英語、そして韓国語や中国語。。それだけその言語を使う外国人がたくさん住んでいる証拠ではないでしょうか。例え上記3ヶ国語が母国語でない人であっても、ほとんどの場合英語を理解できることが多く、互いに第二ヶ国語であるのに英語でコミュニケーションを取っているというケースがあります。これはシドニーにいた時に経験したことでもあり、とても興味深いと感じています。第二ヶ国語だからこそ互いに意思疎通することが困難なこともあります。しかし共通する言語が英語であればどうにかこうにか英語で会話をしようとしますから、自然と自分なりに工夫をして相手に意思を伝えようと努力するものです。これで本当に通じたのか。。そんな疑問や不安も残りますが、結果的に問題なければそれで良いのだと思います。自分の意思が伝わったかどうかは、相手のその後のリアクションで分かります。もし通じてなければ、その表情やしぐさに不自然さが残されるのではないでしょうか。目は無言の言葉を語ります。言葉ができる前の人間の生活を想像してみると、まさにこのような世界だったのではないかと思います。人間は動物ですからフィーリングを感じ取る本能を持っています。その場の空気を読むといった表現が適切でしょうか。。例を挙げると、言わなくともその時の雰囲気で相手の気持ちが分かるといった場合でしょうか。。英語や日本語など言語の違いはその後にできたことであり、もともと言葉がなかった時代の人間は私たちより相手の気持ちや意思を読み取る能力に長けていたのでは。。と思わずにいられません。そう考えると、言語を習得すること自体それほど大それたことではない気がしてきませんか?
2006年09月21日
シドニーのシティレール(電車)は週末にバスサービスに変更になることがあります。事前に(だいたい1週間くらい前)予告がありますが、予期していない時だとついついその掲示を見過ごしてしまうことがあり、何度となく待ち合わせの時間に遅れそうになったことがあります。。ウィークリーチケットなどの定期券を持っている場合、その券でバスに乗れますがシティレールが運行するバスでなければ通用しません。というのも、同じシドニー市内へ行くにも通常のバスサービスがあるので、それを利用するのであれば電車の券では通用しないからです。代行運行のバス会社は様々で、その運転手は乗客が券を持っているかどうかは厳密にチェックしていません。ですから知らずに乗った人が気がついたら無賃乗車していた、ということもあるのです。。さすがオーストラリア。シティレールが運行する代理バスは、おおよそ各駅の近辺から出発します。サインがあるので、しっかりと確認する必要があります。だいたいたくさん人が待っているので分かるでしょう。遠距離の場合はシティから直行するバスなどもあり、通常電車が各駅停車の場合All Stops と書かれた行き先が目印になります。慣れないうちは、本当にこのバスで大丈夫なのだろうかと心配になります。シティレールのスタッフがバス停で大声でどこの駅に停まるのか叫んでいるので、しっかり聞いておく必要があります。分からなければ乗り込む前に再確認しましょう。私の経験では先ほども書いたように、バスの運転手は色んなバス会社から依託されているので通常自分が運転するルートとは違うことがあり、道を間違ってしまったり停まらなければならないバス停を通過してしまったりと、ミスをすることがありました。特に夜遅くの場合、しっかり外を見ていないと乗り過ごしてしまうこともあります。これを読んだこれからシドニーへ出発する人たちは、ちょっと神経質になってしまうかもしれません。しかしそう度々起こることでもなく、心の片隅にこんなこともあるんだなと留めておいてもらえればと思います。
2006年09月19日
英単語を覚えるのは大変です。特に机上で勉強する場合、その状況を頭に浮かべながらでなければスムーズに入ってきません。苦労して覚えた単語でも、時間の経過と共に忘れ去られてしまいます。ですが、自分が実際に使っていた単語であればいつでも必要に応じて頭の中に蘇ってきます。不思議なものです。やはり言葉は経験と共に体で覚えるものだということでしょうか。度忘れしても、こういった場合ネイティブはどんな言い回しをしていただろうか。そう思い返すと、その単語が頭の中に浮かんできます。言葉は使われなければ死んでしまいますから、生かしてあげる場を作らなければならないでしょう。日本では英会話教室へ通ったり、ネイティブの知り合いを作るといったことが考えられます。洋画をオリジナル言語で観たりすることもできますが、最初はリスニングがついていかないと思います。それに映画の中ではブロークンな英語が使われることが多いので、慣れないうちは生身の人間とのコミュニケーションを取る方がスムーズだと思います。分からなければ聞き返すことができますから。。何度聞いても分からない場合、違う表現で言ってもらうことも可能です。相手が居てこそのコミュニケーションです。一方通行だとその意味が半減してしまいます。生きた言葉は如何様にも表現方法を変更することが可能です。同じことを表現するにも複数の言い回しがあるのですから、これは対面方式の対話の強みでしょう。新聞や雑誌、テレビやラジオも一般大衆を対象に作製されているのですから、ありきたりな表現が使われることが多いものです。臨機応変に英語を学ぶのであれば、ネイティブとの対話が最適だと思います。
2006年09月18日
久々に大型台風を体験しました。一時的に福岡市内では、午後7時半頃風速49mを記録したとか。。家の中にいてもその威力を思い知らされた気がします。現在台風は通り過ぎましたが、巻き返しの風に注意が必要な状態です。オーストラリアは台風がありません。地震もなく、主な自然災害と言えば夏に起こるブッシュファイヤーくらいでしょう。発生した時の被害の大きさはどちらが大きいとも言えませんが、違うタイプの災害な為、慣れるまでは恐怖に慄いてしまいます。異なった地形とロケーションであるが故、それぞれに特徴があります。人間は自然の前では何も手出しができないものだなと、改めて考えさせられました。オーストラリアで毎年発生するブッシュファイヤーは、ユーカリの木が多いことが主な原因だと言われています。ユーカリの油分が空気中に蒸発し、乾燥した夏場はその空気は発火性が高くなっています。意図的に放火されることもままありますが、ほとんどは自然発火。そのため、近くに国立公園があるような地区は、夏の間いつ発生する分からない危険な状態を体験しなければなりません。家一軒が火事になっても大惨事なのに、何十世帯もが一気に巻き込まれるのです。テレビニュースで放映されますが、その恐ろしさは画面を通しても十分伝わってきます。必死に自分の家に水をかけて少しでも被害を軽減しようとする人たちの姿が映し出されます。そして、たくさんのボランティアたちが消火活動に参加します。このボランティア精神は本当に素晴らしいと思います。毎日何事もなく無事に過ごせることの意味を十分に噛み締めなければならないと感じています。
2006年09月17日
英語のお勉強は継続こそ力なりだと思います。長続きしないものは何においても最高の成果が見られず、中途半端な状態が続いてしまいます。そんな経験はきっと誰にでもあることでしょう。。英語という第二ヶ国語を習得する為に、自分のこれまでの生活では必要不可欠でなかったものを当たり前のように使いこなせるようになる。それにはかなり厳しい、前途多難な経路を辿っていかなければならないのではないか。。たくさんの不安が付きまといます。地道に努力を続けていく限り、きっとその成果は出てくると信じています。成果が現れる時期は人それぞれで、それを待ち続けるのもかなりの忍耐を要することでしょう。努力の人にならなければいけません。英語がスムーズに耳に入ってこない時期があります。最初の頃は特にそうです。分かってはいたけれど、やはり実際に経験するとこうも難しいものなのか。。このまま英語の勉強を続けて効果があるのか。自分には向いてないのでは?様々な思いが心をよぎります。そんな時に大切なのは強い意志です。人間自信がないと、つい弱気になってしまいます。最初のスランプを乗り越えたときに、次のステップが見えてきます。それを繰り返していくうちに、英語の勉強の楽しさを実感することでしょう。どのくらいの時間を要するかは、自分次第と言っても過言ではないと思います。苦難の道を乗り越えられるかどうか、それが成功への鍵になるのだと思います。
2006年09月16日
オーストラリアの交通ルールは日本のそれとかなり似たところがあります。例えば車や人は左通行、右ハンドル。日本から国際免許証を持ってきても、結構違和感なく運転することができます。ただ一つ違うのは、場所によっては右折優先のところがあるという点です。これは気を付けなければなりません。日本で運転する感覚で直進していると、ふと右折車が曲がってくるからです。確かにそこには一旦停止の白い線が引かれています。それを見損なうと大変なことになってしまいます。面白いのは‘Roundb about`というルール。信号が必要ないような交差点で見かけられます。これはサークル型の道で右折するには左折表示で入って行き、左折表示でそこから出るというもの。分かりにくいかもしれませんが、慣れると信号なしで他の車さえなければ、さっと曲がれます。気をつけないといけないのは、左折でサークルへ入っていく時に自分の右側から車が来ていないか確認することです。サークルそのものがそこに入っている車を優先させるので、右から車が来ていれば当然待たなければなりません。この交通が多い所では、このサークルが二車線や三車線になっていたりします。左折をするのであれば、一番外側のレーンにいなければいつまでもグルグルとその中を回っていなければなりません。。他の車の動きを見ながら運転する必要があります。他には大きな交差点であれば、右折レーンに専用の信号があるという点です。どんなに前方から車が来ていなくても、右折の信号が青にならなければ曲がれません。日本でもたまに見かけますが、オーストラリアはこの信号の数が圧倒的に多い気がします。チャンスを見て右折することに自信がない人には、かなり頼りになる信号ですね。反対に歩行者の立場になると、信号が青から赤に変わるのがとても早いということ。青になってもたもたしていると、すぐに点滅し始めます。点滅が始まると基本的には歩行を始めることができません。日本のようにどんな場合でも歩行者が車より強い立場になれる訳ではないので、気をつけなければなりません。感心するのは、横断歩道では必ずと言って良いほど車が止まることです。当たり前ですが、日本ではこのルールはほとんど守られていない気がします。オーストラリアでは歩行者が横断歩道で待つようなことはあまりありません。ブリスベンにいた時、とてつもなく幅広い道路があり双方向複数車線があるような場所があったのですが、最寄の信号までは結構な距離がありました。歩行者としてはちょっと隙を見て道を横断したい気になります。そこには信号のない横断歩道があり、どんなに猛スピードで走ってくる車でも、歩行者が一旦横断歩道の前に立つと必ず止まってくれていました。逆に申し訳ない気さえしたものです。ですが、それだけ交通ルールが厳守されているんだなと感心しました。国によって交通ルールが大きく違ってきます。海外へ行ったらそのルールをしっかり理解し、守る義務があるんだなと実感しました。
2006年09月14日
数日ぶりのブログとなりました。。ネイティブは相手がノンネイティブだと分かると、途端に話すスピードが落ちる傾向にあります。これは英語だろうが日本語だろうが、全く同じことが言えるでしょう。私たちは、相手の言語能力を必然的に感じ取り(言葉は悪いですが)低いレベルの方に合わせようとするようです。自分と同じレベルでの会話ができないと判断した時点から、その傾向が見られます。私も度々経験しました。英語に自信がないのがありありと分かったのか、最初から構えるような姿勢と眼差しで話に耳を傾けていた銀行の窓口の行員。。新しく口座を開きたい、その意図を伝えるにもかなりの努力を要しました。パスポートやクレジットカード、現住所を証明する光熱費の請求書などを持ってブリスベンの市内にあるコモンウェルス銀行へ足を運びました。ワーホリ滞在が始まって、まだ間もない頃のことです。どこに行くにも日常英会話の冊子を携帯していたものでした。そうでないと不安で仕方なかったのです。持っているだけであれほどの安堵感を得られるのであれば、慣れるまで肌身離さず持っていれば良い。そう思っていました。話を戻し。。相手が身構えの姿勢を見せると、それによってこちらも更に緊張感を増してきます。間違えたらどうしよう。。。”あー、やっぱりこの人は英語がよく理解できていないみたいだ。しっかり聞いていないと間違った解釈をされたら困るからな。。”そういう相手の心理が透き通るように読める気がします。緊張すればするほど、自信を失えば失うほどその度は増していきます。そこからが重要で、そのまま自信喪失でいくか、根性で英語を習得していくか、大きな分岐点だと思います。考えすぎてプラスになることはほとんどないようです。どんなに英語が苦手な人でも、自分のやる気と努力でどうにでも結果を変えることが可能ではないでしょうか。ふと、オーストラリア滞在当初の懐かしい場面の数々を思い出してしまいました。
2006年09月13日
留学する人たちはたくさんいます。どんな理由であれ、海外へ行って学びたいという人たち。英語を目標としている人、仕事のステップアップとして資格を取りたいという人、様々です。‘留学する前は英語を話せましたか?‘よく聞かれる質問です。入学しようとする学校の条件にもよると思いますが、語学学校であれば極端な話、英語を話せなくても入学できますから事前の準備を必要としません。ですが、やはり一旦学校へ入ると周りの雰囲気から自然に‘もっと英語が上達できれば。。‘と感じるようになるでしょう。レベルの高いクラスが同じ建物内にあるわけですから、どうしてもそんな人たちと比較してしまいます。何の為に留学しているのか??そう思った時が大きく成長できるチャンスです。結局、英語を話せるに越したことはないのですがその英語を学びにいくのですから、最低レベルは無いに等しいのです。現地に住む日本人でも全く英語が話せず、むしろ英語は不得意だという人はたくさんいます。ですが、そんな人たちの目的は現地生活を体験することであったり、そんな自分にチャレンジする機会を与えるためだったり、自分の極限を試したいというケースだったり。。。そしてそんな時にふと、‘やっぱり日常会話くらいの英語は話せないと!‘ということで、急遽語学学校へ通い始める人たちもいます。これが正しいというトラックはないのですから、自分が信じる道・方向を進むのがベストだろうと思います。10人いれば10通りの滞在方法があるわけですから。。。
2006年09月07日
シドニーの車道は、結構一方通行が多いと感じていました。行きなれない地区へ入り込んだ時、‘あそこで曲がるんだった!‘と気がついてUターンしようと思っても、なかなかそのチャンスが訪れません。右折禁止のサインが続き、やっとUターンできると思い右折すると、今度もまた一方通行の道。。そしてやはり右折禁止のサインが並び。。。。。どこの道へ戻りたかったのかも分からなくなり、諦めモードで運転を続けていると見慣れた地区名のサインが出てくると。日本国内でもこんな経験はあると思いますが、やはり何と言っても慣れない海外ですからその焦りは増すばかり。右側通行で右ハンドルという点では、ほぼ日本の交通ルールと同じです。ただし、場所によっては右折が直線より優先になっているところがありますので注意が必要です。もちろんそこにはちゃんとその旨記載したサインが立てられていますが。交通標識は単純なサインや記載が多いのでそれほど堅苦しくなる必要はないと思います。ですが、免許を取得するには英語での試験がありますから、結局は英語を理解できるレベルでなければ難しいと言えるでしょう。短期滞在であれば、日本から国際免許を取って来た方が面倒がなくて良いと思いますが、1年以上滞在するのであれば現地で免許を取得した方が得策だと思います。日本の免許を持ってない場合、オーストラリアで取得した方が費用の面からみると低価格でお得でしょう。
2006年09月06日
その人の母国語によって、英語の発音に与える影響がマチマチです。早口の発音になりがちだったり、ある特定の発音だけに強い癖があったり。。日本人も日本語英語と言われるくらい、そのアクセントには特徴があります。会話相手がこちらに抱いている英語の期待度によって、理解度が変わってくると思います。この人はネイティブだろう、と鷹を括っていて実は違った場合、相手の英語がスムーズに耳に入ってきません。頭の準備レベルが異なると、全く意味を成さない音の羅列にしかならないこともあります。その人が必ずしもネイティブだとは限りませんし、その逆もあり。見た目はアジア人でも、その国に親の時代から移住していて本人はれっきとしたネイティブだというケースもたくさんあるからです。親は母国語を話し子供は英語を母国語とする。子供は両親の母国語をリスニングすることは出来るが、話すことや読み書きは出来ない、といった場合があります。後、先入観を持ちがちなのが名前。明らかに日本名でなければ、外国人と考えるのが妥当でしょう。日本ではまだそれほど外国人が多くない為、名前から判断しても大きな間違いには繋がらないと思います。しかしこれが移民を受け入れている国となると、その名前からだけでは判断できないことがたくさんあるのです。想像できるかと思います。。その人と言葉を交わさない限り、全く何も分からないのが現状です。国が違えば、同じような状況でもこうも異なるのかと、改めて思い知らされてしまいます。
2006年09月05日
オーストラリアの小学校は5歳になる年に幼児部へ入学します。厳密に言えば、その年の7月までに5歳になる子であれば入れます。ですから1学期が1月末に始まりますが、その時点で4歳であっても4月に5歳になるのであれば入学できるのです。逆に、もう1年待つこともできます。翌年に入学すると子供によってはすでに6歳になっている子もいて同じクラスの中で2年もの年齢差が生じることになるのです。この頃の子供達は体つきや精神年齢に大きな差があり、本当に同級生だろうかと思えるような子供達が肩を並べて席についています。1年早めに入学した子は、その子の勉強速度によって親や学校側の判断で1年遅らせることができます。言葉は悪いですが、留年といった感じです。しかしそのような子は少なくなく、親としては早めに入れたもののどうみても子供が勉強や周りの雰囲気についていけてないと判断した時はこの手段が取れるわけですから、考え方によってはとても便利で友好的な方法だと思います。日本のようにその年齢に達した時点で必ず入学しなければならない制度では、1年ですら大きな差を感じます。4月生まれの子と3月生まれの子では、兄弟のような年齢差になる場合もあるからです。どちらの制度が良いか、終わりのない論争だと思います。ですが、選択権が親に残されているオーストラリアの制度は少なくとも歓迎されるべきものだと実感しています。
2006年09月04日
`Please stand clear. Door is closing.`これはシドニーのCity Rail電車内アナウンスです。駅を出発する前に、必ずと言ってよいほど車掌がアナウンスします。ドアが閉まるので足元にお気をつけ下さい、というわけです。`The next station is ~, then ~, ~, ~. Then all stations to ~.`これも車内アナウンスです。次の駅は~で、~、~、~と続き、~まで各駅停車です、という無いようです。車掌が自らアナウンスするところはかなり日本のそれと似たところがありますが、中には早口だったり口をはっきりと開けずに発声しているせいか、モゴモゴとした感じに聞こえるアナウンスがあります。自分で何処行きの電車か知って乗っている場合であれば問題ありませんが、始めて知らないところへ行く時はかなりの不安が残ります。聞き慣れるとはっきりと聞こえるようになるのですが、それまでは冒険気分です。電車の行き先が途中で変わることが稀にあります。途中の駅が最終駅となり、乗客たちは乗り換えの為に一旦電車を降りて隣のプラットフォームへ移動することになります。ですから、アナウンスをしっかり聞いていなければ回送電車に残されたまま、という可能性が出てきます。常に、次の駅は。。。という内容ばかりではないということです。
2006年09月01日
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