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日本から海外へ旅立つ決心をした人たちは、一体どんな思いで日本での最後の一日を過ごしているのでしょうか。これから始まるエキサイティングな海外生活に想いを馳せているのでしょうか。それとも、未だ見ぬ土地に不安を抱きながらもそこでの生活に期待を寄せているのでしょうか。。その想いがどんなものであれ共通して言える事は、海外生活の体験を選択した点でしょう。不安を抱くのは、誰しも一度は経験する道です。そこを恐れていては、何も始まりませんし変わりません。私はそこでの生活から、今までの自分の人生とは全く違った人生観を体験できると信じています。言葉を学ぶだけでなく、生活における一つ一つ細かな部分までが新鮮な体験です。自分の中の常識を壊してくれる、最も貴重な方法だと思っています。その常識破りが果たして自分にメリットかどうか。。それは物事の捉え方次第だと思います。ネガティブな考え方をしてしまえば、環境における全ての変化を拒否してしまうことになります。それでは何の為に海外生活を選択したのか、再度自分自身に問いたださなくてはなりません。せっかく決断したのですから、最初からポジティブな姿勢で乗り込んでいきましょう。日本の常識は世界の非常識だとも言います。そんな心構えで取り掛かれば、得られるものは大きいと思います。
2006年04月28日
環境とは何と大事なものなんだろうと思います。人間は生まれたときからの環境で、同じ人間でありながら最終的には全く違った個人へと変わっていきます。これは兄弟を考えると分かるでしょう。同じ屋根の下で長年衣食住を共にしていても、同じような性格になることはありませんから。。言葉もそうだと思います。我が家は日本語環境、お隣は英語環境となると全く違った物事の考え方にもなりますし、同級生でも全く異なったクラスメイトになることでしょう。小さい頃から日本語を耳にしていた人は日本語が堪能になりますし、英語環境で育ってきた人は英語が母国語となります。一旦身についてしまったものは、簡単には変えれません。それに執着してしまうのです。大幅な変化を良しとしない人間社会は、常に慣れきった環境のもとで人生をやり過ごそうとする傾向にあります。日本にいるのなら英語を話す必要はありません。なぜそんなに英語を勉強したいと言う人が数多く存在するのでしょうか。しかしそんな人たちは、全体数からするとほんのわずかにしかなりません。大半の日本人は今の生活に満足しているのです。巷では、英会話教室が星の数ほど存在しています。大手のものから小さな個人経営のようなものまでを合わせるとあまりにたくさんで、それだけの需要があるのだろうか?と不思議に思えてきます。しかし裏を返せば、それだけ英語を勉強したいと思っている人達が存在するということだろうと思います。電車の中でも公共の場所でも、あちこちに英会話教室の広告が貼ってあるのを目にします。それを見て‘こんな名前の教室があったんだ‘と気づくこともあります。案外近所にも存在します。そんな場所へ足を運ぶ人たちは、今の自分の環境を変えようと努力している人たちなのかもしれません。そういう私自身、環境を変えたいと切に願っていた張本人でもあるのです。。
2006年04月26日
私達は知らない言葉を耳にすると、瞬時にしてそれを識別できません。脳がその言葉と意味を認識できないからです。これまでの経験の中で習得してきたあらゆる単語とマッチさせようとしますが、該当なしの場合は理解不可能として処理されてしまいます。そしてこれは至って当たり前のことなのです。このようにして単語とは経験から学んでいくものであり、それが日本語であろうと英語であろうとその過程は何ら変わりは無いのです。単にこれまでの自分の経験上で認識されるかどうかなのです。そう考えると、英語を学ぶ私達がそれを克服するには数多くの経験をすればよいという事が言えるでしょう。単純に考えてそうです。私は英語が話せない、不得意だと思っている方はたくさんいることでしょう。しかしそれは単に経験が少ないことが原因です。頻繁にたくさんの英語を耳にするだけで、どれだけ多くの単語を身につけることができるでしょうか。様々な言い回しを自分のものにすることができるのでしょうか。不可能なように聞こえますが、これは可能な範囲です。私達は生まれつき習得能力を備えています。知らないことは経験によって学んでいくことができます。言語もその中の一つです。難しく考えるのではなく、今の勉強方法を再度振り返ってより向上できるような手段を選んでいく、それが自分に課せられた課題だとも言えます。何度もこの日記に登場している言い回しですが、‘慣れる‘ことによって英語という第二ヶ国語を習得できるようになります。自分の頭と体に英語を沁み込ませる。それによって目標達成への道が開かれていくことでしょう。英語漬けの生活。英語を勉強している人にとって、こんなに素敵なものはありません。寝ても覚めても英語だらけ。そんな生活が留学・ワーホリ生活だと思います。英語がそれほど得意ではなかったという人でも、英語を使わなければならない環境に身を置くと、自然と英語を話すようになります。ならなければ、そこでの生活は苦を強いられることになるからです。体が自然と覚えていきます。脳が英語に敏感になってきます。それが驚きから納得へと変わる時、自分の中で英語という言語が心と体の一部になったと言えるでしょう。
2006年04月25日
うちのお隣さんはECCの英会話教室を運営されています。思わず、何という組み合わせなのだろうとおもってしまいました。私達がオーストラリアから引っ越してきたと分かると、娘達には英語で話しかけてきてくれました。近所には同年代の子供たちが住んでいて、英会話にはとても興味深々のようです。単に興味本位の部分もあると思いますが、他国から越してきた子供たちだと分かっていて気さくに話しかけてきます。子供だからという理由だけなのでしょうか。自分が持っている興味を隠そうとはせずに、ありのままにさらけ出してきます。それに答えるかのように娘達が楽しそうに遊んでいる姿を見ると、心が和んできます。お互いにどんな言葉で話しているのかと聞くと、日本語だということです。娘達は戸惑いながらも日本語でどうにかコミュニケーションを取っています。子供同士だと、相手が分からないで困っていると親切に教えてくれます。相手の表情を見ながら声をかけてくれます。恥ずかしがり屋の子でも、結構これで上手くやっているようです。学校の先生が一番大変だろうと思います。クラスの中に日本語が堪能でない生徒が混じっていると、その子だけを気にかける訳にもいきません。。同レベルでついてきてくれると良いのですが、他の生徒との歩調合せが大変なようです。毎回の事ながら日記に書くことは、環境次第だということです。周りの雰囲気がそうであれば、自然とその方向へと進んでいくものです。何事に対してもそうですが、人は環境に左右されがちなので適切な環境作りも大切だと思っています。
2006年04月24日
日本に住む外国人全てが日本語に堪能でないように、海外に住む日本人にも英語が堪能でない場合があります。現地での生活が長いというだけで英語が完璧だろうという思惑は、必ずしも正しいとは言えないということです。日本人が考える‘英語ができる‘という理想像は、一体どんなものなのでしょうか。日常会話が出来る程度、ビジネスとしてバリバリこなせるだけのレベル、いろいろあるかと思います。全ては、その人が考える(決め付けている)英語のレベルに達しているかどうか、ということだと思います。日本人はよく英語の発音が苦手だといいます。確かに、舌の使い方が日本語のそれとは異なる為、長年日本語漬けで生きてきた私達には、とても簡単に習得できるものではありません。癖というのはなかなか正せないものなのです。ですが、それでもネイティブに通用する英語を話せれば、例えそれが完全な英語の発音でなくても何ら臆することはないと思っています。いかがでしょうか?ノンネイティブの人たちがたくさん存在する現代では、逆に完璧な英語の発音でなくても会話が成立できれば基本的な問題はクリアできていると思います。私自身、深く考えすぎると返ってスムーズな英語の発音ではなくなってしまう傾向があります。何も考えずに感覚で話すことが出来れば、思った以上にネイティブの英語に近い発音になっていることが多いと感じます。気にしてしまったらきりがありませんし、自信を消失してしまいます。自信を持って会話に臨むことによって、苦手な発音を克服できると信じています。
2006年04月23日
ワーホリ生活を始めるの当たり、大抵の人たちが取るスタートは語学学校入学とホームステイです。これが定番のように感じるほどです。なぜかというと、海外生活を始めるに言葉が不自由なことはもちろん、生活習慣の違いなどもあり、不安だらけだからでしょう。当ても無く出発するのではなく、とりあえずは行き先が決まっているだけで安心感があります。私自身もそうでした。現地での生活を体験しながら、日常生活に必要な言葉を覚えていきます。最初は知らない単語だらけで会話もままならないことだらけですが、それがやがて慣れに変わり、異文化に対して免疫ができてくるのです。そうなることによって、自然と自分自身にも自信が沸いてきます。一旦この自信がつくと、後はどんなに知らない所へ行っても恐れることはありません。何が起こるか事前に想像できるからです。これはとても大切なことで、自信を持てると行動範囲が広がってきます。それによって益々英語力も向上していき、最終的に現地生活を思いっきり楽しむことができるのです。素晴らしいことだと思いませんか?何が辛いと言って、いつまで経っても自分がその土地で浮いてしまっていると感じることだでしょう。現地人と同じようにその生活スタイルをエンジョイできるようになれば、滞在を延長してまでもそこにいたいと思うようになります。これもまた私がそうでした。知らない単語を耳にしながらボキャブラリーを増やしていきます。辞書を引きながら苦労することもあるでしょう。何度か同じ単語を目にすることもあるでしょう。しかしこれを数多く繰り返すことによって、自然な英語力が身についてくるのです。ワーホリだけではありません。留学生もそうです。まずは現地での生活に慣れることが先決だと思います。そしてその生活を楽しめることによって、英語の吸収力をも向上させることができるのだと思います。
2006年04月22日
娘が現地の小学校へ行き始めてから、驚くような速さで日本語を習得し始めました。日本へ帰国してそんなに時が過ぎたわけではありませんが、やはり子供の学習能力は素晴らしいと感じている今日この頃です。もちろん同年代の子供たちにするとまだまだレベル的には低いと思いますが、オーストラリアから来た当初と比べると、遥かに上達速度が速くなっているようです。うちは家庭内でも100%日本語環境ではありませんが、学校で学んでくる日本語がかなり大きなウエイトを占めています。友達がすぐにできたのも良かったのでしょう。子供は子供同士で言葉を学んでいくんだなと実感しています。これを英語に置き換えると同じことが言えると思います。実際、全く英語ができなかった子でも英語環境に入ってしまうとクラスメイト達から英語を学んでいきます。大人に比べると、その速度はまさに恐るべし!とったところでしょう。本当に嘘のようで本当の話なのです。日本にいながらして英語環境を作るのは大変です。娘達の周りにも英会話教室へ通っている子たちがいるようですが、その場限りの英語ですから習得というポイントまでは到達できてないのが現状です。ただ、英語に対して免疫ができているので英語を話す人に出会っても、臆するところ無く英語で質問してきたりします。この勇気には驚かされました。自分が話している英語が正しいかどうななんて関係ないのです。知っている限りの言葉を使ってコミュニケーションを取ろうとするのです。今日授業参観へ行ってきましたが、全く知らない子達が寄ってきて主人にも英語で話そうとしていました。その子がたまたまそういった性格だったのかもしれませんが、それにしても緊張することなく声をかけてきたのには感心しました。私達は自分が生まれ育ってきた環境が一番心地よく、それ以外の知らない世界にはできるだけ足を突っ込みたくないと思いがちです。ですがそれではいつまで経っても成長しえないのです。環境を変えることによって、それに対する免疫がついてきます。そしてまた更に新たな環境に遭遇することによって、次なるレベルへと発展していくのです。
2006年04月20日
語学留学を考えている人たちの中には、出発前の不安があるかと思います。今まで住んだことの無い土地で何が起こるか分からない、本当に自分は楽しくやっていけるのだろうか。。。語学だけでなく、生活面での不安があると思います。一度事前にその土地を訪れたことのある方であれば、多少の不安は拭えるかもしれませんが、それにしても前回以上に長い滞在になるわけです。緊張感もあると思います。しかし、ある程度の緊張感を持って出発することは、私たちにとってとても良い経験だと思います。日本での生活は、普段と変わらない毎日で何の危機感も無く過ごしていることが多いものです。生活スタイル自体が大幅に変わることもありませんし、例え引越ししても基本的な生活習慣は同じです。これが海外で生活となると、そう簡単に行きません。何しろほとんど全てのことが今までの常識と違うわけですから。。そういった意味で、ダラけた自分の生活スタイルに‘喝‘を入れることができるチャンスだと考えられるのです。言語習得意外でもこのようなメリット(?)があると考えれば、益々海外へ行くことにその意義を見出せるようになるでしょう。
2006年04月19日
最近、シドニーへ帰った友達が言っていました。やっぱりオーストラリアはいいねと。。私もそう感じています。日本へ帰国してほぼ一年が経ちましたが、日本社会に馴染んできているもののシドニーでののんびりとした生活を思い出すたびに、とても懐かしい思いで一杯になります。日本には日本の良さがたくさんありますが、オーストラリアもまた然り。単純に双方を比較するのは難しいですが、無いもの強請りというものなのでしょうか。私達が大好きだった食べ物に、韓国料理があります。日本でも韓国レストランはたくさんありますが、日本で提供されるものとはまた違った味わいを楽しめます。オーストラリアにはたくさんの韓国人移民がいます。彼らが提供する料理は基本的に現地人向けの味がほとんどですが、それは私達日本人の口にも合います。中国料理も同じですし、マレーシア、ベトナム料理もそうです。どれもこれもが数々の移民で構成された素晴らしい食文化だと言えます。ご存知のようにオーストラリアは移民で成り立つ国です。もともとのオーストラリア人はイギリスから来た人たちですが、それ以降たくさんの国からの移民を受け入れてきました。言葉の壁があるのはもちろん、文化の違いや考え方の違いなどがぶつかる時もあります。価値観が違う為、仕方の無いことだと思います。そうやって現在のオーストラリアが存在しているのです。日本は単一民族国家として長年その権威を誇ってきました。ですがここにきて少子化が進み、その前途が危ぶまれています。これから日本も他国のように移民を受け入れざるを得ない状況になるのではないでしょうか。海外へ出発していく人たちには、日本へ戻ってこない人たちも含まれます。毎年一体どのくらいの数がいるのでしょうか。留学生はその中でも再度日本へ帰国する部類に入りますが、中にはオーストラリアが気に入って在留する人たちもいます。人それぞれ人生は異なります。100人いたら100通りの人生があります。その人生の構図を描いていくのは、私達一人一人です。皆さんはどのような未来図を描いていますか?
2006年04月17日
日本に住んでいる外国人はたくさんいます。最近出会った人でオーストリアから来て日本人の男性と結婚し、4人の子供を持つという女性がいます。本当に偶然ですが、うちと全く正反対の環境です。電車の乗り継ぎで待っていた時間中に声をかけられたのですから、これはまさに絶妙なタイミングだったと言えます。住んでいる地区もわりと近かったので、お互いに連絡先を交換しました。彼女は日本に住んでおよそ18年ほどになります。日本語が堪能だろうと聞いたのですが、日本語と英語とどちらが良いかと聞くと、今でも英語の方が気安いと言っていました。私はオーストラリアに10年以上住んでいたわけですが、その当時日本語と英語とどちらが使いやすかったかと聞かれたら、やはり日本gのだと答えたと思います。長年住んでればその土地の言葉に慣れますが、母国語というのは決して忘れるものではありませんし、自分に一番合っている言語だと思っています。バイリンガルという言葉がありますが、これはどちらの言語も同レベルで習得していると言うよりはどちらかが必ず母国語となっていると思います。私たちにとってそれほど母国語とは大きな存在であり意味を持つのです。私はそう思っていますが、皆さんはいかがですか?
2006年04月16日
子供は本当に新しい言語を吸収するのが早いものです。毎日私が話していた日本語が唯一の日本語環境でしたが、耳は慣れていたようです。日本語で話しても英語で返事が帰って来ていましたが、日本へ帰国してからは日本語環境に変わりあっという間に日本語を自分のものにしています。学校へ通っていますが、先生はもちろん周りの子供たちも日本語しか話しません。そんな厳しい環境にありながら、友達との会話は日本語。これほど早く日本語を吸収するとは、はっきり言って思ってもみませんでした。これを英語に置き換えてみると、小さい頃から英語を耳にしていると、その後英語環境に置かれてもそれほど抵抗なく入っていける可能性が高いと言えるでしょう。‘慣れ‘が全てとまでは言いませんが、ほぼそうだと思います。人間は新しいことに遭遇すると、どうしても抵抗を感じてしまいます。しかしその新しいことに小さい頃から(物心ついた時から)関わっていれば、驚きや反発は軽減されるでしょう。その手始めとして小さい頃からの英語教育と叫ばれるべきだと思います。日々の些細なことですが、明らかに娘達の成長が著しい為、皆さんへ報告したいと思いました。子供の習得能力は私達の想像を超えます。先生より子供たちの方が、それほど違和感なく接している気がします。大人に近づけば近づくほど、経験のないことに対する警戒心が大きくなるからでしょう。私達はこんな素晴らしい子供たちの親なのです。堂々と胸を張って頑張りましょう!
2006年04月15日
離れてみてよく分かるとはこのことでしょう。オーストラリアに住んでいた頃は当たり前のように感じていましたが、今考えると広大な土地のために人々の心はとても広かったなと思います。環境でこんなにも人間の性格や気性が影響されるものなのかと実感しています。移民の多さに最初は驚きを隠せませんでしたが、それによって自分自身が移民になった時、特別な目で見られることも無く以前と何ら変わりない生活を送れました。頻繁に英語が得意でない人たちに接することがあるため、私の英語が日本語アクセントになってるなと思っても、全く臆する必要はありませんでした。オーストラリアの天候は都市によってその特徴が異なりますが、シドニーは比較的雨が降る時期とそうでない時期とがはっきりと分かれていました。降る時は徹底的に降る、でも晴れる時はずっと晴れが続くという具合です。天気が良いと私たちの心は自然と明るくなります。何だか分からないけど気持ちがうきうきするということでしょう。精神的にもとても良い環境だと思います。日本での生活と比べるとかなりのギャップを感じます。互いにメリットデメリットがありますが、日本は極端にカスタマーサービスが徹底されている為、時に異常なものを感じることがあります。そんなサービスに慣れ当たり前のように思っていると、海外へ行った時あまりのサービス精神の無さに腹が立ってくることでしょう。日本での生活スタイルを基準に考えてはいけないということが言えます。これほど徹底された社会は他に類を見ないのでは?と思ってしまいます。ギスギスした社会から解放されて、伸び伸びとした(どちらかと言うと野放し状態かも。。)社会へ飛び込むと大きな開放感を感じます。それを良しとするかどうかは人それぞれです。しかし、海外という今までの自分の世界から遠く離れた土地へ行くことによって、人間的にもかなり影響を受けて帰ってくるでしょう。あまり大きな期待をしすぎるのもいけませんが、環境が違うところへ行けば何かしら学ぶものがあるはずです。それをプラスへ転換できるかどうか、これもまた自分次第でしょう。海外転出をお考えの方、ぜひともそのチャンスを最大限に活かして欲しいと思います。
2006年04月14日
日本にいながらして英語のレベルを保つ為には、それなりの努力を要します。周りに英語を話す人がいれば別問題ですが、そうでなければ案外簡単に忘れてしまう場合があるからです。度忘れと言うものかもしれません。海外にいて、ふとした時に日本語が思うように出てこないのと同じだと思います。日頃使っていない単語は特に、すぐに頭に浮かんできません。言葉は音ですから、音楽のようなものです。好きな曲を何度も聴いていると自然と頭に入ってきます。そしてそれはボーっとしている時でも口から出てくるものです。そんな体験ありませんか?好きな音は苦も無く頭に入ります。それを英語に例えても同じことが言えるのではないでしょうか。考えなくても英語がスラスラと出てくる。そんな自分に憧れていることはありませんか?聴くだけで身につく、という教材があります。これはまさにこの‘繰り返し耳に入れる‘行動を定期的に取ることによって、自然と頭に入り染み込んでいくということだろうと思います。苦労せずに習得することは困難です。繰り返し聴くことを継続して欲しいと思います。
2006年04月13日
外国人の子供ということにより、同年代の子供たちからは特別な目で見られる娘たちですが、その心境は少し複雑なようです。歩いていると‘ハロー‘と大声で声を掛けられることがあり、突然知らない人たちから言われると戸惑いを感じているのではないかと思います。ですが、声を掛けた本人達は気軽な気持ちですから、それに対する返事を待っているわけです。最近の子供たちは英語のお勉強になれているせいか、躊躇もせずに話しかけてくることが多いようです。母親の私にするととても歓迎すべきことのように思えるのですが、娘達はその対応に迷いがあるように思えます。興味本位で声をかけてくる人たちがいます。あからさまにジロジロと視線をぶつけて来る人たちもいます。しかし中には親切に助けの手を伸べてくれる人たちもいます。日本語が十分でない娘達を不憫に思ってか、困ったことがあればいつでも声をかけてくださいね、と。。その優しい心使いに感動せざるをえません。見かけだけで人を判断してはいけないと彼女達に言い聞かせています。しかし現実はそう簡単にはいきません。当の本人達がそれを体験しているのですから、親として何とも言い訳が立たない訳です。彼女達には最初から、想像できる限りの周りの反応を説明しました。日本には、オーストラリアに比べると海外から来て住んでいる外国人がそれほど多くないので、好奇心の的にされがちだと。でもそれは決してマイナスの意味ではなく、皆貴方達に興味があって英語を話したがっているんだと。結局、本当にそんな意味で興味を持っている人たちが大半ではないでしょうか。。。日本にもっとたくさんの外国人(移民)がいれば、この社会が大きく変貌することでしょう。国民性はもとより、生活習慣も風習も徐々に国際化への道を辿っていくのではないかと思います。そしてそれが日本という国にとって大きなプラスへと繋がればなと思っています。
2006年04月12日
日本へ帰って来てつくづく感じるのは、英語を話している子供を見ると、皆振り返るということです。近所のスーパーへ行っても、娘達が互いに英語を話しているのを聞いて興味深々といった雰囲気を感じます。移民がたくさんいるオーストラリアではありえないことなので、本人達はそんな環境になかなか慣れることができないようです。自分が日頃耳にしない言葉を聞くと、一体どんな人が話してるんだろうと思うのでしょう。。本当に環境の違いだな。。と思います。英語を話せたらな。そう思っている人はたくさんいると思います。英語さえできればと思っている人もいることでしょう。母国語の日本語を自由に操れるようになって、初めて心にゆとりを持てるようになります。そして次に目指すは他言語です。母国語の大切さは日頃から叫んでいますが、これは本人のアイデンティティを築く上でとても重要なことなのです。というのは、自分の母国語が不透明でありながら‘私は日本人だ‘とは到底思えないでしょうから、一つこれはという言語を自分のものにしておく必要があります。今日本で生まれ育っている子供たちは、日本語が母国語となります。日ごろから数ヶ国語の言語を耳にしていると、子供はある一定の年齢になった時、‘私はどこの国の人間だろう‘という疑問が沸いてきます。それが不安定であれば、自分自身に自信がなくなってしまう可能性があるのです。私のような環境の方は世の中にたくさんいると思いますが、一番複雑なのは日本人家庭でありながら他国へ移住して、親と子供が話す言語や生活習慣が違ってくることです。学校へ通い出すと、周りの影響からどうしても現地の子供たちと交わざるをえません。そして、関わる部分が一番大きい現地社会のルールに従うようになるのです。そんな時、うちの家庭は~だ、という確たる自信があるかないかで、子供自身の行動範囲が限られてきます。これからの日本社会、一体どうなるのでしょうか。興味を持ちつつ、多少の不安もある今日この頃です。
2006年04月10日
私達が住んでいる地区には結構英会話教室へ通っている子供がいます。うちの子達は日本語がまだまだ完全でないので、ある意味とても助かっているところがあります。エクスチェンジのような形で、お互いに互いの言語を教えあう。これはなかなかできない経験だと思います。日本で生活するには日本語ができなければいけません。大人が教えるより、子供は子供同士の方が覚えるのも早いようです。そう考えると、英語も同じことが言えるのでは?と思います。大人が教える英語より、同じ年代くらいの子供同士で遊ぶだけで少しでも相手の言語を覚えていきます。これは実際に私自身が体験しています。小学校の英語教育が浸透しつつありますが、外国人の先生が海外の小学校から好感留学生として来た子供であったら、もっと早く言葉を覚えることでしょう。それが理想ですね。楽しく学ぶことが優先です。得意でなくても、学ぶこと自体を楽しんでいればレベルアップは後からついてきます。好きこそものの上手なれと言いますから。。皆さんのお子さんはどんな風に英語教育を楽しんでいますか?
2006年04月09日
本屋へ行くと数々の留学に関する本があります。どれを選んだらよいのか決断が難しいですね。そのほとんどは、現地での生活についてや各語学学校の紹介、留学方法などを紹介しています。学校選び、これが留学における最も重要な点だと思います。どの本も、ほとんどその内容には大差がありません。‘自分に合った学校選び‘そう主張しています。当たり前のようですが、これがなかなか難しいところです。というのも通常留学エージェントへ相談すると、相談者が希望する学校というよりエージェントが進める学校の説明になりがちだからです。‘当社が一押しする学校はここです。‘といった具合です。一方的な話を聞いていると、だんだんそちらの方へ気持ちが傾きがちです。もちろん役に立つ情報も提供してくれると思いますが、そのエージェントがどのような対応しているか、冷静になって見極めることも大切だと思います。客観的な目で見るということでしょう。いかがでしょうか。。現地に根ざすエージェントは、言ってみればその国のエキスパートです。細かな部分、例えば現地生活で分からないことや不安な点、気をつけるべき点などしっかりと確認するべきだと思います。インターネットの普及で、大抵の情報を独自で収集することが可能となりました。ですが、やはり全てを自分自身で解決するには限界があります。利用できる部分は便利な方法を取る方が賢いと思います。‘時間を買う‘ということです。留学資金確保のために節約を重ねた結果、現地へ行って余計な出費が発生するようなことがないよう、効率良い留学準備をしたいものです。
2006年04月08日
海外へ旅立つ日本人はたくさんいます。日本国内で生活していると、自分の周りにそういった人たちがいない場合、‘海外=旅行‘という思い込みのようなものが生まれてきます。実際、現地へ行くとこんなにたくさんの日本人が来てるんだと驚きを隠せません。自分は出遅れた!という、ちょっぴり後悔に似た思いも浮かんできます。勇気を出して日頃の行動パターンからちょっと離れてみると、意外にも幅広い世界があることに気が付くのです。日本での生活が、案外小さな世界で成り立っていることに気が付くのもこの時です。今までとは全く変わった人生観も生まれてきます。素晴らしいこと続きのように聞こえますが、実際は現地での生活に馴染めず日本へ帰国というパターンもあります。それはそれで一度は海外生活を体験して、自分に合うかどうかを確認したという事実を残せたわけです。行動を起こした結果がどちらに転がっても、それを実行したという事実が自分にとってその後の人生に大きく影響することだろうと思います。海外へ行きたいが。。と考えている方。考えても心配事が山のように押し寄せてきます。ですから、結局ある時点で決断しなければならないだろうと思います。問題はその‘時点‘が早いか遅いかということだと思っています。
2006年04月07日
英語には各国独特のアクセントがあります。日本で主流(?)なのはアメリカンイングリッシュですが、実際に日本に在住している英語圏の人達には、アメリカ以外の国から来た人たちもたくさんいます。相手が話している英語を聞くと、‘あっ、これはオーストラリア人だな。‘と分かります。そんな後にアメリカ人の英語を耳にすると、そのアクセントの違いを実感するものです。日本に居ながらオーストラリアの英語を耳にした時、とても懐かしい想いが心に蘇ってきます。日本では、英語と言えばアメリカンといった感じがあります。前述に‘主流‘と書きましたが、確かにそんな感覚があります。例えばテレビやラジオなどで流れる英語。巻き舌の英語が聞こえてきます。‘これぞ英語!‘という感じを抱いてしまいます。発音も、その巻き舌っぽく聞こえる英語が‘上手な発音‘とされる傾向があります。アクセントこそ違いますが、英語は英語です。オーストラリアで生活していても、アメリカやイギリスのテレビ番組が放映され、そこで他英語圏の英語を耳にする機会を得ます。字幕はありません、英語ですから。。様々な英語のアクセントを聴き慣れていると、幅広い場面に柔軟に対応することができます。アメリカ英語で生活していても、オーストラリア英語を理解できましし、イギリス英語も然り。ちょっとしたアクセントの違いであり、基本的な部分は同じなのです。それぞれの国でよく使われる言い回しがあるでしょうが、それを絶対分からなければならないと生きていけないというレベルではありません。心を広く持ち、こだわり過ぎずに英語を経験していけばよいと思います。
2006年04月06日
私がシドニーで仕事をしていた時、何が楽しみだったかと言えばお昼休みです。お弁当を持参したりテイクアウェイ(持ち帰り/テイクアウトの食べ物)して、近くの公園で食べるのです。天候に左右されますが、シドニーには街の真ん中に大きなハイドパークという公園があり、ここはちょっとした街の中の森のようで、人間はもちろん鳥達の休息の場になっています。芝の部分が多い為、そのまま芝の上に座ってランチしている人たちを多く見かけます。日向ぼっこしている人、子供を連れて遊ばせている人、ランニングしている人、犬の散歩をしている人。。。様々な目的で訪れている人たちを見ていると、仕事の合間とはいえ、ホッとさせてくれるのです。まさに街のオアシスですね。このハイドパークを抜けて反対側・東側へ行くと、‘ボダイ‘という飲茶のレストランがあり、この店は外に座れる席があります。天気が良い日は本当に気持ちがよく、ポカポカとした陽気の中に食す飲茶は最高です。もちろん味も美味しいです。そのロケーションと環境、食事が絶妙にマッチしていて、エンターテイメント性高いと思っています。のんびりとした時間が過ぎていくオーストラリア。私にとって第二の故郷です。
2006年04月05日
小学校の英語教育化が進んでいます。賛否両論を巻き込んでいるようですが、それだけ英語教育について真剣な取り組みが始まっているということが明らかになっています。子供は吸収が早いと言います。言語能力が発達している年齢にあるため、この時期に他言語を学ぶことによって大人とは全く違った効果を期待できるというものです。その他言語を学ぶ時期と同時に母国語を学ぶとなると、これも真剣に考えなければならない問題だと思います。母国語なくして第二ヶ国語は存在しえないからです。子供自身が精神的に強くなれるかどうか、そこが鍵となってくるわけですが、心の拠り所となる母国語が不安定であれば、自己の存在自体をも不安定に感じてしまうことがあります。小学校で英語教育を始めるに当たりその教育方法が問われるべきだし、それ以前に柱となる日本語をしっかりと学ぶことが大切だと思います。一般的にバイリンガルと言いますが、気軽な気持ちではそのレベルは達成できないだろうと思います。単に英語が理解できるという程度であれば可能かもしれませんが、会話はもちろん読み書きを伴った英語のレベルとなると、その教育方法をしっかりと確立させなければならないでしょう。仕事で問題なく使えるくらいの英語のレベルとなると、読み書きもできなければなりません。最近ではメールでのやり取りが多くなっています。相手から英語のメールが来た場合にその文章を読めなければなりませんし、またそれに対して返信する必要があるわけです。緊急の場合には電話での問い合わせがあるでしょう。全てのコミュニケーション手段において‘支障なくこなせる‘能力が求められることでしょう。子供時代の英語教育はタイミング的にとても良いと思いますが、その教育方法がしっかりと確立されなければならないと思います。
2006年04月04日
スーパーで販売されている食品には、賞味期限が記載されています。`Used by~`という表記を確認することができます。賞味期限は確認できますが、製造日はありません。それに併せてよく目にするのが、`No aritificial colours or preservatives added` という文字です。‘着色料や保存料は一切使用しておりません。‘ということです。自然食品コーナーに限ったことではなく、大抵の食品コーナーで目にします。もちろん添加物を使用した食品もありますが、選択の幅が広いことを実感させられます。オーストラリアだけではありませんが、食品を購入する上でその選択権は消費者に委ねられています。最終責任は買った人にあります。十分な選択の幅を提供できるよう、様々な商品が販売・製造されています。その代わり、その表記に嘘は禁物です。消費者が正しい公正な判断を下せるよう、製造者は正確な情報提供を求められるわけです。買う側も売る側も慎重にならざるを得ないということでしょう。
2006年04月03日
スーパーで販売されている食品には、賞味期限が記載されています。`Used by~`という表記を確認することができます。賞味期限は確認できますが、製造日はありません。それに併せてよく目にするのが、`No aritificial colours or preservatives added` という文字です。‘着色料や保存料は一切使用しておりません。‘ということです。自然食品コーナーに限ったことではなく、大抵の食品コーナーで目にします。もちろん添加物を使用した食品もありますが、選択の幅が広いことを実感させられます。オーストラリアだけではありませんが、食品を購入する上でその選択権は消費者に委ねられています。最終責任は買った人にあります。十分な選択の幅を提供できるよう、様々な商品が販売・製造されています。その代わり、その表記に嘘は禁物です。消費者が正しい公正な判断を下せるよう、製造者は正確な情報提供を求められるわけです。買う側も売る側も慎重にならざるを得ないということでしょう。
2006年04月03日
興味深い体験をしたことがあります。オーストラリアへ来てまだ間もない頃、電車に乗っていたのですが疲れていたせいかボーっとしていました。すると何か早口で話している声が聞こえてきました。最初は‘どこかのアジアの言語だな。。‘という意識しかなかったのですが、会話の途中でふと日本語が混じっているのに気がついたのです。それでも、日本人がアジア人の友達に混じって話してるのかな、というくらいの感覚だったのですが、ある瞬間に‘これは100%日本語だ。‘ということに気がついたのです。まさか日本語をこんなところで耳にするはずはない、という‘思い込み‘があったので、耳に入っているようできちんと聞いていませんでした。そしてそれは、れっきとした日本語だったのです。それまでは、これほど‘思い込み‘というものが、言語を聞き分けるに当たって障害になるとは思ってもみませんでした。英語を聞き取るに当たって、日本語読みで理解している単語をネイティブ発音で耳にすると、認識できない(聞き取れない)ことがあります。‘この単語はこの音のはず‘という‘思い込み‘によって、理解するプロセスの妨げになってしまうのです。英語の勉強には‘無心‘で臨んだ方が良い、ということを学んだ経験でした。
2006年04月02日
オーストラリア人は比較的のんびりした気質だと言いますが、本当にそうだと感じます。特に週末などは時間がゆっくりと過ぎている感じがしますし、人と空間全体がのんびりしている感覚です。週末に買い物へ行きますが、一週間分の食材をまとめて買う習慣があり、スーパーの中は人でごった返していますが、ざわざわした感じが無く皆のんびりと楽しみながら買い物をしています。スーパーは大きなショッピングセンターの中にあることが多く、他にも店がたくさんある為、買い物の間のひと時にカフェに入ってゆっくりと朝の語らいと休息の時間が設けられています。人によってその過ごし方は異なりますが、全体的な印象派こんな感じです。センターの中に入るとコーヒーの良い香りが漂い、そんなつもりで来て無くてもついついカフェに入って注文したくなるような、そんな雰囲気なのです。私は週末のショッピングセンターが大好きでした。ハムをデリカテッセンで買っていたのですが、いろんな種類のハムやベーコン、ソーセージがありその時の気分で選んだり、家族が好きなお決まりのものを買ったり。。。選択の幅が広いので楽しめます。土曜日の朝のパンを買いに、朝早く近くのパン屋さんへ行って焼きたてのを買ったり。。熱々のパンを並ぶことなくスムーズに買えるのも最高でした。特に時間の設定があるわけではないので、だいたいこのくらいの時間にいつもできてるな。。。という感覚で店に行くのです。日によって出来上がりの時間がことなるものがあるので、確実ではないところがちょっと難点でしたが。。。そこもまたオーストラリアの良いところだと思っています。オーストラリアは日本にはなかなかない、ゆったりとした時間を過ごせる(楽しめる)国なのです。私にとっては最高の国です!
2006年04月01日
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