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↑"Cyrano de Bergerac"。National Theatreのパンフレットより。主演のStephen Reaはおおきな鼻をくっつけて役に挑む。この鼻、鉄の棒にぶつけたらいい音がしていたのでかなり堅いらしい。(^▽^;)↑キャストリスト。イギリス人はcastを「キャスト」ではなくて「カースト」と発音する。---今夜はSouth BankにあるNational Theatre(ナショナル シアター)に"Cyrano de Bergerac"(「シラノ・ド・ベルジュラック」)をみに行ってきた。シラノ・ド・ベルジュラックは17世紀(1619-55)に実在したおおきな鼻をしたフランスの詩人・軍人・哲学者である。エドモン・ロスタン(Edmond Rostand)による戯曲がよく知られている。いままでに何度も舞台化、映画化されてきた。そのなかには1990年にジェラール・ドパルデューが主演した映画も含まれる。ベルジュラックは詩人であるから舞台のあいだには何度も詩が出てくる。フランス語詩は音がうつくしい。その響きをうしなうことなく翻訳されているかどうかでその作品の良し悪しが決まってくる、と友人は言う。自慢にならないけれどわたしはフランス語がまったくわからないのだけれど友人によると今回の舞台の英訳はよかったらしい。暗闇のなかでクリスチャンが詩を詠むすがたはひどく滑稽だった。(しかもクリスチャンはハンサムということになっているのだけれどクリスチャン役の俳優さんは公平にみてもハンサムではなかった。^^;)せっかく陰からベルジュラックがつぎに詠むべきことばをかけるのにクリスチャンときたらそれをぜんぜん憶えられなくてでたらめばかり詠んでしまうのだ。痺れを切らしたベルジュラックがクリスチャンの代わりにロクサーヌに向かって愛の詩を詠むシーンはひどくせつない。それはベルジュラック自身の思いだから。ベルジュラックは自分は見かけがみにくいからと危険を冒してまで自分の愛するロクサーヌのしあわせを願う。ひとの見かけのみにくさをいまよりもっと遠慮なく言った時代であっただろう。「ただ愛するひとのしあわせを願う」というすがたは親が子に対するものならまだ理解できる。たとえば"Les Miserables"(「レ・ミゼラブル」。これもわたしのすきなはなしのひとつ。)のジャン=ヴァルジャンのコゼットに対する思い。でもバルザックの場合はロクサーヌの父親でもない。この時代は詩で自分の想いを伝えるのが一般的であったようだ。(日本にもそういう時代があったように。まあ、いまもまったくそうではないとは言えないけれど。)だからロクサーヌはクリスチャンが口づけようとしたとき拒んだ。クリスチャンの(ほんとうはベルジュラックだったのだけれど。)詠む詩にこころ打たれてから初めてこころをゆるしてクリスチャンを受け止める。その時代はいまよりももっと人びとが自分の気持ちに正直であったのだろう。詩だけでなく音楽や踊りもすばらしかった。わたしのすきなアコーディオンも奏でられていた。音楽は主演のStephen Reaを含め出演者の多くがアイルランド人ということもありケルト音楽を思わせるような音楽だった。---夏は1番劇場が盛り上がる時期だと思う。それは夏が1番の観光シーズンだからかもしれない。National Theatreのプログラムをみてもおもしろそうなのがたくさん載っていた。血が騒ぐ(*_*)---National Theatreの真ん前でなぜか自転車の人びとが戦争反対デモをやっていた。毎月最後の金曜日にやっているらしい。いままでみたこともないくらいたくさんの自転車の人びとが集まっていた。---気がつけば今週初の日記。今週もバタバタして終わった。授業は今日で最後だった。明日から試験休みに入る。まあ・・・と言ってもちょくちょく大学に行かないといけないような用事はあるのだけれど。---今週は1週間天気がわるかった。今夜は雨こそは降らなかったけれど肌寒かった。---「シラノ・ド・ベルジュラック」のストーリー知らないひともいると思うのであとであらすじ載せるつもりです☆
April 30, 2004
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これは賢くておもしろいけれど、(見かけが)ひどくみにくい(とてもおおきな鼻をしている)男の話である。その男の名はベルジュラックという。彼はロクサーヌといううつくしい女性に恋をする。しかし彼女はハンサムだけれど頭のわるいクリスチャンという若者に恋をする。クリスチャンはベルジュラックにロクサーヌにどう話しかけたらいいか相談する始末だった。クリスチャンはうつくしい詩を詠むことができなかったのだけれどそれをロクサーヌに知られたくなかったのだ。ベルジュラックはクリスチャンのために詩を書いてやった。実はベルジュラックもロクサーヌのことを愛していた。だからベルジュラックの詠んだ詩のなかのことばは彼のこころからのことばだった。いつしかロクサーヌも詩のなかのことばとそれを詠んだひとの魂に惹かれるようになっていた。ロクサーヌはもう、ひとの見かけの良し悪しを気にしなくなっていた。しかし物語は哀しい結末を迎えることになる。---今日は大切なひとの誕生日だった。わたしはこっちではバイトもしていなくてお金がないから誕生日カードを送った。(*^▽^*)こっちはカードが充実してるからえらぶのもなかなか楽しい。日本では葉書で季節の挨拶(年賀状、暑中見舞いなど)をすることが多いと思うけれどこっちではカードですることが多い。(クリスマス、イースターなど。)
April 29, 2004
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23/04「終わりよければすべてよし」をみに行った後トッテンナム・コートロードにあるBorderlineにThe KoreansのGIG(午前0時にスタート。)に行ってきた。3度目の正直。1回目はヴォーカルが風邪でキャンセル。2回目は前日にちがう会場であるイベントに出ることになったからキャンセル(>___
April 24, 2004
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↑"All's well that ends well"のチラシ↑"All's well that ends well"の劇場パンフレット---ピカデリー・サーカスにあるGielgud Theatreに"All's well that ends well"(「終わりよければすべてよし」)をみに行ってきた。ロイヤルシェクスピアカンパニー(RSC)による公演で、主演はオスカー女優(1998年「恋に落ちたシェイクスピア」で助演女優賞を授賞。)のジュディ・デンチ。けっして美人ではないけれど(わたしが言うのもどうかと思うけれど)味のある女優だと思う。実はわたしはエリザベス女王を演じてアカデミー賞を受賞した「恋に落ちたシェイクスピア」よりもイギリスの作家アイリス・マードックの人生を描いた映画「アイリス」("Iris" 2001年/英)のほうが印象に残っている。ちなみに彼女はロシリオン伯爵夫人の役。舞台に出るのは10年以上ぶりだという。それでも絶大な存在感で彼女が出てくると舞台が引き締まっていたように思う。ストーリーはへレナとバートラムを中心に進んでいく。姑と言えば自分の息子の結婚相手に対してうるさいというイメージがあるけれどこの伯爵夫人はちがう。自分の息子だけではなくてヘレナに対しても愛情が深い。それはちいさな頃から彼女を知っていて、まるで彼女を自分の娘のように思っているからかもしれない。バートラムの家臣やおばかな伯爵くずれなどのキャラクターが滑稽で笑える。王様の宮廷でヘレナが踊りながら結婚相手をえらぶ(実際はバートラムをえらぶことをすでに決めているのだけれど)シーンなども気が利いていておもしろかった。バートラム役の俳優はいい声をしていた。わたしのすきな声というのではなくてシェイクスピアの芝居によく合った声だと思う。ちょっとケネス・ブラナーを思わせるような声。シェイクスピアの芝居には名言が多く含まれている。この芝居でもっともよく知られているのはこれ(↓)だろう。「終わりよければすべてよし、終わりこそつねに王冠です、途中はいかに波風立とうとも、最後がすなわち名誉です。」(第4幕第5場)---つぎの日記にはこの芝居の後みに行ったKoreansのGIG(ライヴ)のことを書く予定です。
April 23, 2004
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24日にみた芝居「終わりよければすべてよし」のレビューを書く前に、あらすじを書いておきます。---ヘレナは貧しい医者だった父親をなくし、父のパトロンであった伯爵夫人といっしょに暮らしていた。身分のちがいにもかかわらずヘレナは人知れず伯爵夫人の息子であるバートラムに恋していた。そんなときバートラムはパリの宮廷に仕えるために旅立ちヘレナは打ちひしがれていた。王様は深刻な病に冒されていた。ヘレナは父が遺した治療法で王様の病気を治すためパリの宮廷に向かう。ヘレナの治療で王様の病気は回復し「困ったことがあったら私のところにこれを届けなさい」と言って指輪を渡した。王様はほかにもヘレナがほしいものを与えようと言った。ヘレナはバートラムと結婚したいと言い、王様はそれを認めた。しかしバートラムはこれは自分の身分に対する侮辱であるとして憤慨した。王様の要求であるからバートラムはしぶしぶ結婚式を挙げた。式が終わるとすぐ初夜の前にベルトラムは密かに戦地パロールへと旅立った。バートラムはヘレナに「私が身につけている先祖代々伝わる指輪を手に入れ私の子供を身ごもらない限り、お前を私の妻と認めない」という手紙を残していっていた。失意のヘレナはフィレンツェへと巡礼の旅に出る。フィレンツェでヘレナはバートラムがダイアナという娘をたぶらかしているのを知る。ヘレナはダイアナとその母親に自分の身を明かした。そしてバートラムとダイアナが一夜をともにすることになっていた晩、ダイアナのベッドには代わりにヘレナがいたのだ。ヘレナは自分は死んだという知らせを伝えるようにダイアナとその母親に頼んだ。ヘレナはその晩王様からもらった指輪をバートラムの指に滑り込ませた。バートラムも自分の指輪を「ダイアナ」(実はヘレナと入れ替わっていた)に渡した。戦争が終わりバートラムはヘレナが死んだと信じ込んだままフランスに戻ってきた。ベルトラムがロッシリオンに戻ってきたとき王様はルフェーヴル卿の娘と結婚するように言った。土壇場になってダイアナが現れて「バートラムは一夜をともにした後自分と結婚すると約束した」と言った。バートラムはダイアナの主張を否定しダイアナは取り押さえられそうになった。そこにヘレナが現れた。バートラムの子供を身ごもりバートラムの指輪を身につけて。果たしてバートラムは自分の要求を満たしたヘレナと結婚するのだろうか。---参照:"All's well that ends well"のプログラムこれ(↑)を拙訳しました。
April 22, 2004
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↑Blueskinsのデビューアルバム"word of mouth"のチラシ。---【画像準備中】↑またメーリングリストに登録してバッヂもらっちゃった(^▽^;)---BlueskinsのGIG(ライヴのこと)に行ってきた。この前のMeanfiddlerのGIGではThe Standsのサポートとして出ていたBlueskinsだけれど、今回のGIGではメインだった。今回の会場はわたしの住んでいる寮から徒歩圏内にあるのもうれしい。そして「かぶりつき」でみられるちいさな会場なのもうれしい。このようなちいさな会場は初めは驚いたものだけれどだんだん慣れてきた。慣れてくるとなかなか居心地がいいものだ。今回のGIGでは彼らがメインだったから、この前のGIGのときにわたしが「演奏しないかなあ」と思っていた"Magic Road Ep"っていうシングルの曲も演奏していた。(*^▽^*)わーい!1番前の端っこのほうでみていたのだけれど真ん中のほうには踊っているひとたちもいて盛り上がっていて楽しかった☆彼らの曲はアップテンポで乗りやすいと思う。来週の月曜日(26日)に出るデビューアルバムが待ち遠しい。---この日記を書いたのは24/4です。ぐずついた天気が多いロンドンも今日は夏日で街は半袖のひとたちであふれていた。---今週はessay(レポートのこと)を2つ提出したりしててんてこ舞いだった。ふぅ。---つぎの日記には23/4に行った芝居"All's well That ends well"(「終わりよければすべてよし」)について書きます★
April 21, 2004
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今日でイースター休暇も終わりです。エッセイ終わってな~い(>_
April 18, 2004
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わたしは鷺沢さんの本がとりたててすきなわけではない。でも鷺沢さんの「君はこの国を好きか」を読んだときの衝撃は忘れられない。「君はこの国を好きか」を読んだのはかなり前になる。おそらく6年くらい前だったと思う。無知なことにもわたしはそのときに初めて在日韓国人および朝鮮人の存在を知ることになる。「君はこの国を好きか」に収録されている「ほんとうの夏」という作品ではひょんなことから運転免許を見せることになり自分が在日韓国人であることを意識するようになった若者のことを描いた作品である。作者の鷺沢さん自身祖母が韓国人であるという。その本に出会ってから2年後在日韓国人の友人に出会うことになる。「ほんとうの夏」の主人公のようにその友人も初め通名を名乗っていた。だが彼女は日本と韓国の学生会議に参加することをきっかけに本名を名乗るようになったのだ。わたしはそれほど詳しいわけではないけれど在日と言ってもわたしたちと同世代にあたる在日2世あるいは3世の人びとは日本で生まれ育っている。そして税金を払いながらも選挙権をもたない。選挙権に関しては国もいろいろ議論しているようだ。「在日の人びともせめて地方選挙権を有する権利はあるはずだ」など。就職も一般的にはふつうの日本人より大変だという。在日の人びとの抱えるものは計り知れない。鷺沢さんの「君はこの国が好きか」という本はわたしたちに在日の人びとのことを考えるきっかけを与えてくれると思う。だから35歳にして亡くなられたことはとても残念に思われる。
April 16, 2004
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今日の日記にバグパイパーのことが出てくるので昨年スコットランドに行ったときのバグパイパーの写真も載せてみた。--- ↑昨年6月スコットランドのエディンバラ近郊にあるピトロッホリーという、ちいさな街でバグパイプのコンテストがおこなわれていた。何百人(いや何千人かなあ?)がいっせいにバグパイプを吹くさまは見事だった。 ↑バグパイプ・コンテストの後ちいさな街のひとつしかないメインストリートはバグパイパーであふれていた。通りにもパブのなかにも。ちょっと不思議な光景だった。---14/4バグパイプと言えばスコットランド。エディンバラでは至るところでバグパイパーをみたけれどロンドンでは初めてみた。しかもSelfredges(デパート)前。ふだんSelfredgesのあるオックスフォードストリートではストリートミュージシャンを見かけないのでこのバグパイパーのおじさんはちょっと目立っていた。そもそもロンドンではあんまりストリートミュージシャンは見かけない気がする。地下鉄の駅のなかならちょっと大き目の駅であればだいたいどこの駅にも楽器を演奏したり歌ったりしているひとたちがいるけれど。あとコヴェント・ガーデンマーケットのところでもよく演奏しているひとたちがいるけれど。バグパイパーのおじさんはわたしにエディンバラを思い出させた。またゆっくり行きたいな。そしてむかしのひとの生活を展示した博物館にももう1回行ってじっくりみたいな。ここの博物館は展示もさることながらミュージアム・ショップにもおもしろいものが置いてあった。でもわたしたちが立ち寄ったときにはレジのおねえさん(おばさん?)がすでにレジを閉めていてなんにも買えなかったのだ(;-;)閉館15分前だったのにひどい(>_
April 15, 2004
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↑レゴランドの入り口。さまざまな表情をしたレゴが出迎えてくれる。ちなみに日本でレゴがブームになったときにこれらとおなじ表情をしたシールを買った。↑ミニチュアの街はすべてレゴでつくられていた。これはロンドン地下鉄。電車は静止しているのではなく、ホームに滑り込んでくる。"Mind the Gap"(「電車とホームのあいだが開いているところがあるので注意してください」)というアナウンスまでついてるのには感心した。地下鉄だけではなくてロンドンバスもちゃんとミニチュアの街を走っている。 ↑テムズ川を挟んで左側がビッグベン、右側がロンドンアイ。ほんとうによくできている。↑ミニチュアの街はロンドンだけに留まらない。これはパリのモンマルトルにある寺院。↑これはどこかなあ。風車があるからオランダかなあ?ミニチュアの街で作業をするおじさん。これでこの街がどのくらいちいさいのか伝わるかなあ。)---ちょっと前になるけれど、ウィンザー(ロンドンから車で約50分)にあるレゴランドに行ってきた。知っているひとも多いと思うけれどレゴはデンマークの組み立てて遊ぶブロック。わたしもちいさな頃におじいちゃん・おばあちゃんの家でよく遊んだものだ。数年前に日本でもブームになっていたけれどそのときお店で見かけたものはわたしがちいさな頃に遊んだものとちょっとちがっていた。その、ブームになっているときには携帯ストラップとかシールとかそういうグッズもお店に売られていた。レゴにちょっと詳しい友人の話によると、いまはレゴ単独ではあまり売れないのでハリーポッターなどキャラクターとコラボレーションのものか、乳幼児用のものしか売られていないという。さてレゴランドだけれど、遊園地なので遊具もたくさんあるけれど、なんと言ってもこころ奪われたのがレゴでつくられたミニチュアのロンドンの街だった。ロンドンだけじゃなくてブライトンなどの近隣の街、パリなどヨーロッパのほかの国の街もあった。写真に撮ると本物のようにみえるほどよくできている。イギリス人もやればできるんだなと思った。(↑ちょっと失礼かなあ。)・・・っていうのは交通機関とか学校とかそういうもののシステムがあまりにも不備が多く、イギリス人はこまかい作業は苦手のように見えるからである。このミニチュアの街はぜんぶレゴでつくられている。レゴランドはこの英国・ウィンザー以外にもレゴの生まれ故郷デンマーク、ドイツ、そしてカリフォルニアにもあるそうだ。ほかのレゴランドにもちょっと行ってみたい気がする。---ちなみにトップの画像はplay mobilです。こちらはドイツ生まれだそうである。レゴよりは洗練された印象を受ける。
April 14, 2004
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テレビで放映していた「スライディング・ドア」("Sliding Doors" 英米合作/98年)をみる。ロンドンを舞台に地下鉄に滑り込んで乗れた場合と乗れなかった場合を描いた話。実はこの映画は、もう何年も前に東京で公開初日にみに行った。そしてがっかりしたのを憶えている。あれから5年半くらいになるのかな。今晩テレビでみてこの映画に対する思いが初めてみたときとすっかり変わっているのに気づく。しかもいい方向に。(こういうことはときどきある。ほかの映画の場合でも。)この映画は電車に乗れた場合と乗れなかった場合と同時に進行していく。どちらも現実と取ることもできるけれど、電車に乗れなかった場合は現実で乗れなかった場合は現実ではないというふうにもみえる。電車に乗れた場合のヘレンと乗れなかった場合のヘレンはそれぞれべつべつの道を歩んでいく。そして乗れた場合のヘレンの死によって(ここで死んでしまうあたりが電車に乗れた場合のヘレンは想像の産物だったのかもしれないなと思うのだ)、ふたりのヘレンは最後には収束されていく。「もしあのときこうしていれば・・・」っていうのを考えたことがあるひとは、すくなくないだろう。すこし前にこちらでも、それをテーマにしたシリーズをテレビでやっていた。(もう終わったのかなあ?テレビ欄に載ってなかったような。)この映画はサウンドトラックがすばらしいと思う。いまはこっちにはもって来ていないけれど、何度も繰り返し聴いた。おそらくDidoは"Thank you"(このときはEminemがフィーチャリングしている。)がこの映画のサントラにつかわれてブレイクしたのだっただろうと思う。ほかにもジャミロクワイやアクアの曲などが入っている。もちろんそのほかの曲もすばらしい。それにしても、グウィネス・パルトロウはこの映画を撮影していたときには、まさか自分がロンドンに住むことになるとは思ってなかっただろうな。---曇っているように見えたけれど外で出てみると晴れてきてあったかかった。でも日本よりは陽(ひ)の光は弱い感じ。休暇は今週いっぱいだけれどイースターも終わりフラットメイトが全員そろった。イースターのあいだはとても静かで人気(ひとけ)のなかったロンドンだけれどまだいつもの空気を取り戻しつつある。---ほしかったネックレス(りんごのネックレスvv果物のモティーフは動物モティーフとおんなじくらいすき。)をオークションで落札した。実は落札したのは初めて。しかも接戦だったからかなりドキドキした。いままでは"Buy It Now"で購入したことしかなかった。それもぜんぶソールドアウトのライヴチケットばっかり・・・。
April 13, 2004
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8/4テレビで放映していた「戦場のメリークリスマス」("MERRY CHRISTMAS Mr. LAWRENCE"1983年/日英合作)をみる。この映画をみるまでは「どうやら坂本龍一が音楽を担当した映画らしい」ということしか知らなかった。第2次世界大戦中、ジャワの捕虜収容所における日本兵と英国人捕虜の交流を描いた映画である。交流と言ってももちろん捕虜収容所なのだから日々処刑などがあったりする。どういうわけか主要な登場人物ふたり(ヨノイ大尉役の坂本龍一、英国陸軍少佐役のデビッド・ボウイ)がミュージシャンだったりする。坂本龍一が担当した音楽はいかにも日本的というふうに感じられた。一昔の日本のテレビドラマでよくつかわれていたような感じの音楽。恥をさらすくらいなら自決したほうがいいという日本兵と、恥をさらしても生き抜いていかなければならないという英国兵の価値観の違い。わたしは実は戦争映画(とくにハリウッド大作。)があんまりすきではない。それは流血シーンが苦手なのと映画の製作国のものさしで戦争を描いていることが多いからだ。でもこの映画はそんなに嫌な感じがしなかった。この映画の脚本がが大島渚監督とポール・マイヤースバーグ氏の共同執筆だからかもしれないし登場人物の人となりにもスポットが当たっていたからかもしれない。戦争に想いを馳せるとき捕虜のことを思い出すことはほとんどなかった。こちらに来てから知ったことなのだけれどイギリスには第2次世界大戦中に日本軍の捕虜になっていた英国兵の傷を癒すということを目的として日本人女性が設立したチャリティ団体もあるようである。戦争について語れる人びとが元気なときに聞いておかないといけないことがまだまだたくさんあるような気がする。
April 9, 2004
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(↑シールとバッジは会場でメーリングリストに登録したらもらった。)9/4今日の日記に書くのは一昨日(7/4)の晩に行ったGIGのことです。この日は一晩でふたつのGIGに行った。ちなみにどちらの会場もTottenham Court Roadの駅のすぐそばにある。ひとつめのGIGの目的はメインではなくてサポートのバンドをみること。ちなみにこの日のMean FiddlerでのGIGはThe Standsがメイン、サポートがBlueskins。Blueskinsは友人が貸してくれたMDのなかに入っていて知った。ヴォーカルとベースはGawthorpeというヨークシャー西部のちいさな村に生まれ育ったという。(ちなみにヨークシャーはイングランド北東部の州である。)後のふたりとはカレッジを通して出会うことになる。そのMDのなかに入っていた曲( 昨年の11月に出た"Magic Road Ep"というシングルの曲) ではなくて新しい曲(だと思う)を演奏していた。ヴォーカルも本格的にギターを弾いていた。(ヴォーカルがギターを弾いていても、その音色があんまり聴こえてこないようなバンドもけっこうある。)今月の21日に今度はこのバンドがメインでGIGがあるので、いまから楽しみ♪友人のMDに入っていた曲はけっこう気に入っているのでそのときには演奏されるといいなあ。ちなみにこのMean Fiddlerという会場はちょっと変わっている。階下がステージになっていて、そこでもみることができるし、上に上がってガラス越しにステージを見下ろすこともできる。その後Borderlineに行って、その日のメインであるBoxer Rebellionをみる。ここはステージのかたちが変わっている。ちょうど六角形を半分に切ったようなかたちをしている。そしてステージはとてもちいさくて低い。文字通りヴォーカルの真ん前でかぶりつきでみる。CDで聴くよりずっといい感じだった。このバンドのヴォーカルの声はとても存在感がある。たとえ楽器がなくても。そして"Watermelon"という曲は前奏のギターの音色が恍惚とした感じで印象的だった。ヴォーカルの弾いていたギターがとてもかわいくてこころ奪われた。Fenderという会社のSquierというやつ(すみません。それ以上詳しいことはわかりません)でパステルカラー調の空色と白のコンビネーションになっている。この会場はちいさいところにしては音響がよくて驚いた。というのはこれくらいちいさな会場だと音響がわるくて音が割れていることも多いからだ。この日は一晩でめぼしいバンドがふたつもみられてかなり満足だった。
April 8, 2004
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↑Eastern Laneのシングル"feed your addiction"紙でできていて、ちょっと手作り感(?)を感じさせる。 ↑Eastern Laneのニュー・シングル"Saffron"のプロモーション用ポストカード。GIG会場で配っていた。---いまさらだけれど3/18に行ったライヴのレビュー書きます。(^▽^;)え~っとわたしが知ってるのは"feed your addiction"というシングルだけなので、そのシングルのことに限って書きます。このバンドの曲("feed your addiction"、"Bedful of Leaves")は前奏と後奏がとてもかっこいい。前奏はまずドラムがリズムを取って始まり、そしてベースが演奏し始めて、それからギターがそれに重なっていく感じがとても絶妙なのだ。体にリズムが流れていく。そしてなんと言っても"Lily of the Morning"。これはヴォーカルがギターを弾き語る曲なのだけれどウォークマンで聴くととても良い。どこかくぐもったような声がこころに染み入る。「この曲はB面の曲だからライヴではやらないと思うよ」と友人が言っていたのでこの曲の前奏が始まったときはうれしかった。(*^▽^*)それだけでも来てよかったと思った。この会場はステージもちいさくてかぶりつきでみることができた。ヴォーカルの真ん前。友人はセットリストを手に入れて満足しているようすだった。このバンドはスコットランドの南東部のBerwick(ベリック)出身の4人組である。友人によるとメンバー全員17歳(!)とのことである。いま、この時点でも光るものが感じられるので先が楽しみである。もうひとりの友人(♂)が「ヴォーカルのあのルックスがどうしてもダメだ」と言っていた。わたしはあんまり見かけは気にしない。それより曲がいいほうがいいもの。そりゃあ見かけもいいに越したことはないのかもしれないけれど。
April 7, 2004
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先週はもう春が来たのかと思うくらいかなりあったかかったのだけれど今週は初めからかなり寒い。そのままあったかくならないのはやっぱりって感じ。気温を下げているもののひとつは冷たい雨かな。でもこの雨が6月にうつくしい薔薇を咲かせる。(鬱陶しい気候の日本の6月とちがってこっちの6月はとてもさわやかな気候の日がつづく。)薔薇が咲き乱れた公園はほんとうに目を見張るくらいきれい。昨年はあの異常気象のせいか9月中旬くらいでもまだいくらかは咲いていた。
April 6, 2004
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6/4ゆうべヴィンセント・ギャロのコンサートに行ってきた。Royal Festivel Hallはテムズ川沿いにある。そういうわけで場所柄音楽が聴きたいというよりも雰囲気づくりのために来ている人びともいた。(↑こういう人びとは普段わたしが行っているライヴではあまり見かけないタイプである。)ふだんライヴに行き慣れているわたしにとってはコンサートは新鮮だった。あくまでもわたしが思うことなのだけれど・・・ライヴは演奏する側と観客側がいっしょに創り上げていく感じだけれどコンサートはちょっと傍観者のような感じ。このコンサートは2001年に出された"When"というアルバムを全曲演奏するというもの。このタイミングでそのアルバムの曲を演奏するのはちょっと謎だけれど・・・。ちなみに彼は昨年のフジロックのとき来日していたらしい。実はわたしはこのアルバムがそんなにすきではなくて、このコンサートに行ったのはヴィンセント・ギャロをみてみたかったからなのだけれど米粒くらいにしか見えなかった。(;-;)ヴィンセント・ギャロはわたしのすきな俳優のひとりだ。・・・と言っても彼の映画でみたことがあるのは「バッファロー'66」("Buffalo'66" 98年/アメリカ)と「Go! Go! LA」("L.A. without a map"98年/イギリス=フランス=フィンランド)という映画だけだ。ちなみに"Go! Go! LA"はヴィンセント・ギャロとジュリー・テルピー(「恋人までの距離」や「トリコロール青の愛」に出ているフランスの女優)が出ている以外はどうしようもないおバカ映画(すきなひといたらすみません・・・。)なのだけれど、「バッファロー66」にやられてしまった。コンサートの話に戻るけれど・・・ワイルドなイメージとは裏腹にギャロそのひとも音楽も繊細な感じだった。メロトロン(Mellotron)というシンセサイザーをつかっていたのだけれどその音色が印象的だった。このシンセサイザーは録音した音を再現できるというものらしいのだけれど、素朴な笛のような音色を奏でていた。わたしはあまり電子音系の音楽を聴かないので新鮮だった。---日本では人身事故などで電車が止まることがあっても駅が閉鎖されることはまずはないと思う。でもこの国では普通にそういうことが起こる。しかも前もって知らされいる場合はまだいいのだけれど突然その駅に着いた段になって「○○駅は閉鎖されているので止まりません。お知らせするのが遅くなって申し訳ありませんでした」というようなこともあるのだ。でもたいていのひとは驚くこともなく「またか」という表情。わたしもこんなことでこころが乱されないほうが精神衛生上いいとわかってはいる。それでも時間を気にしないでいいときならまだしも急いでいるときはやめてほしいと思ってしまう。(^▽^;)
April 5, 2004
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