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なぜか、原因不明の軽い嘔吐感に見舞われていたため、教室でおとなしくピアノを弾いていました。…以前に弾いた曲など色々と弾きなおしたり、新しくちょっと弾いてみたりなんかしてましたらば、去年の秋に弾いていたラフマニノフのエレジーで、あれ、楽譜の誤植かな、という部分が見つかりました。明らかにソにフラットついてるのに、いろんなえらーい人が弾いているのを聞くと、みーんなソで弾いてるよー。ソと言ったら、ドイツ語でゲー。…わーい。私の今日の嘔吐感とおそろいだ。…という、とんでもないおそろい気分で、ゲー気分もゲー問題も吹っ飛びました。(←ということにしている。)おなかの風邪っぽいのが流行ってたとかなんか、そんなのもあったので、単なる偶然ですけどね。昔のかわいい若い私(当社比)だったら、「ギャー!!あんなに堂々と違った音を弾いちゃったわけ?」なんて思うところですが。そこは、残念ながら、そうはいきません。「楽譜を作った偉い人が悪い」としか思わなくなっとる!!!!(笑)…この違いは、大きいと思う今日この頃です。(爆)…かといって別に、出版社に「誤植だ!」とクレームを申し込むような気分にも、もちろんならず。実はこっちの間違いだったりして、赤っ恥かいちゃいけないしね。(笑)私にしちゃ、丁寧にキレイに弾いてたのに、違ったなんて知らなかったけど、これからはゲー!!で弾こうと思うだけです。ドイツ語でゲー。それだけでかっこいいと思える自分に乾杯。(苦笑)この間、亡き師匠の指導法に、空のほうにむかっていちゃもんつけたわけですが、今日はyoutubeで、師匠が「イマイチ」と言ってた世界的超一流ピアニストの演奏を聞き、はじめ、「やっぱりうまいじゃん。これのどこがダメなのよのさ」と思っていたのですが、そのうちに、「…ん。確かに、ちょっとばかりバラバラしとる?」という部分も聞こえてきました。多分、指の角度やらなんやらがバラバラしてるのが音に乗って聞こえてしまうということでしょう。私もそれが聞こえるようになったとき。…あれから20年の月日が流れていました。
2013年10月30日
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学校が忙しくなって、なかなか来れない中学生の男子生徒の優しい言葉に本当にじんわりと癒されました。教室となりの塾と掛け持ちして、こっちが先だったり、あっちが先だったりして、大変かなーと思っていた期間が長かったためか、困ったことにワタクシ、彼の塾の曜日が移ったことを綺麗に忘れるという失態。…生徒のほうは、「こっちが先であっちが後なんてあったっけ?」というくらいなんですが、その頃は、塾に着くと、「ピアノ教室で、何習ってきたんだ」と、塾の先生二人に聞かれるというイベントがいつもあって、生徒と二人でいろいろ考えたりしたものです。(笑)「ラジオ体操の曲って言いにくくてさ」「だよね」「先生が、渚のアデリーヌ習ったことがあるっていうんだ。」「そう・・・」「まだ同じ曲だと、まだそれやってるんかって言われそう」「ええええ」みたいなイベント。地味ですが、結構インパクトが私にはありまして。(笑)「あー、そうだ。曜日が変わったって前聞いた気がする。忘れてた」とこれまた地味なところで凹む私に、中学生の優しい男の子は言いました。「もう、みんな忘れちゃいなよ。僕が塾に行ってる事もみんな忘れちゃえばいいよ」その言葉の優しさに、それは不可能なのに、「曜日が変わったこと、頑張って覚える」とかって笑いながら、「こんな優しいこと、初めて言われたよ。ほんとに優しいねえ。この言葉を肴に今夜は呑んじゃう」みたいな、キャラ設定が不安定な私ですが、その優しさは染み渡りました。「忘れなよ」「考えないほうがいい」そう。それができたら。それでも、遠い日々よりは、すさまじく都合よく忘れっぽくもなり、恨みだ怨念だ恐怖だというようなものより、こんな優しい言葉が心に残るようにもなったりしています。体がうっすらと覚えているらしいから、いろいろとやっぱりすくむ部分もありますが。…今週末の日曜日は、クソババアちゃんとコンサートに行く予定。チケットも手元にあります。後は打ち合わせをして出かけるだけ。せめてその日は、新調した洋服にしようかなーなんて考えたのもずいぶん前のことのようです。洋服が好きすぎるのか、こだわりが過ぎるのか、我が素材であるこの体がわがまますぎるのか、どうしても洋服ではピンチが訪れる率が高くて、似合うまでの前途多難ぶりもすさまじい昨今。似合えば似合う、似合わなければ似合わないが、はっきりしすぎているというか。似合わないと自分で自分にドン引いてしまうのが、自分でわかりやすすぎるというか。なんだっていいじゃんねえと寄せ集めて着ていると、見事に背中が丸まって、縮こまって顔にハツラツとした表情が失せて、隅っこのほうに行っちゃうタイプ。その逆だと真ん中に出るかと言うとそれもまたちょっと違うし。その逆でようやく普通に歩くくらいだし。(苦笑)それでもおしゃれに五月蝿いクソババアちゃんとピアノのコンサートですからねぇ。またもや難易度高いミッションですからねえ。発表会前なのにねえ。洋服を新調して心が折れる可能性にかけるか、洋服を新調しないで心が折れる可能性にかけるか。…どっちが私に優しいか。それは大きな謎です。…どっちにしたって折れてるじゃん。(笑)…一緒にコンサートに行きたがるかわいい生徒のために、なんとか、「飲み屋のママ」でなく、「隅っこ先生」でもなく、普通にまとめたい。…たったそれだけなのに、難しすぎる課題です。地味だと怒るしねえ。(笑)「先生は、発表会で一番綺麗じゃなくちゃダメだから美容院でもどこでもいって、お化粧も髪もみんなちゃんとしてきて!」とか言うやつだしねえ。(笑)…そんな無茶な!!と絶望しても、何年もこの調子で一緒にいるけどねえ。(笑)演奏を聴きに行く、という一番の目的を忘れているような気もしますが、それは行ってからの出来事なので、今は構ってられないわけですわ。(笑)…前回のお出かけで、知らないおじさんに後ろからジロジロ、前からみてしょんぼりをかまされているので、ちったぁナーバスになるのも仕方ないけれど。ネットでチェックしたところによると、丈も長めのいい雰囲気のワンピースなども見かけたし、ざっくりとしたエレガントなカーディガンも見かけた。…ま、無理はやめておきます。そこだけは、大切。でも、その気になったら、マッハで買って、あとは家でゴソゴソ試着します。…全部忘れちゃえばいい。…そんな呪文を唱えながら、少しだけ、遠くを見ています。
2013年10月29日
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どうも、土曜日の人数をこなすのが大変なのか、いつも土曜日は心が乱れるところがあるようですが、今日はなんとか終えることができました。空き時間も多く、痙攣するように眠りに落ちていく時間も取れたのが良かったのかもしれないです。昨日、大学時代の後輩に、かなり急に飲みに誘われましたが、金曜日のハードさ、土曜日のハードさの隙間に、飲む時間を入れる自信が無く、「今はまだ無理みたい」と素直に言えたのも良かったのかもしれません。昨日、飲みに出ていたら、こんな風にはならなかったかな、とポツリと思いながら、空き時間にピアノを弾いたりして過ごしました。耳の肥えた生徒たちには、発表会で弾く予定のカプースチンを聞いてもらったりもしました。カプースチン本人はこう弾くの、と、ペダルレスで、煙たいジャズとして弾いた後に、でも、私はこういう風に弾きたいの、と表現をつけて弾いたのを聞いてもらうと、みんな、「この方がずっといいよ」と、言ってくれたので、それを信じることにしました。それはまだまだゴールの遠い未完成なものだと自分でもわかっていますが、自分が変化するのにつれて熟成するのを待つならば、あと数年は覚悟してる、という感覚での弾き方です。弾いていると、脳内によじれのようなものがあるのもわかります。…いつの間にか、発表会前というのが、自分の手に余るほど変化の大きな不安の多い季節になってしまっていて、それはなかなかやりくりが大変になっています。でもそれだけ、いい結果を欲するようになったんだ、器以上の結果を欲するようになったんだ、とも思う自分がいました。リハーサルを兼ねて、他の人の演奏を聞く機会が増えた今のレッスンで、膝に座りながら、他の生徒の演奏を聞く生徒が、なんのためらいもなく、そこにいることにもずいぶん慣れました。オマケの生徒たちが、え?小さな子どもってこんな顔をするの?という無防備な顔で、私の伸ばした手につかまってくるとき、自然につないだ手が、まったく私の手の中で不安も抵抗もなさそうなとき、それだけをつないでいくしかないな、と改めて思います。表現を教えるときの例え方は、笑い混じりの愉快なものに。生徒たちに、本番直前の指示を出すときには、なるべく優しさのある表現に。ステージ上ではリラックスを心がけて、でも、ステージにのぼる前の日々の練習は、緊張感とステージへの敬意を忘れずに。それは、もしかしたら当たり前のことすぎるのかもしれないけれど、実感を伴いながら指示を出すときに、いろいろ自分も変わったなぁと思います。双子の小さな男の子たちには、今日も和まされました。一人は、まるで小さな恋人のように私の髪をくしゃくしゃにして、とろけるような顔で私を見てくれるし、もう一人は、当たり前のように私の膝に座って、別の生徒のピアノを聞きます。その髪にためらうことなく私の顔を預けながら。全てが楽しくて仕方のなさそうな女の子が、はじけるように笑いながら、靴下を脱ぎ、くつろぎながら、新しい曲を選ぶときには、その時間を堪能しながら。レッスンでどんなにうまく弾けても、次の週にはみんながある程度、もとにもどってしまっていて、それをまた上手に弾いてもらうように、あれやこれや工夫しながら、自分の立ち居地を確保して時間が過ぎました。心が引っかかってしまう出来事もありながら、そんなこと気にも留めないような顔をしている今の自分が、ある程度、自分のコントロール下にあれば、それでいいじゃない、とようやく思える部分もあります。過ぎた日々は、夢のようなもので、きっと、私以外の人にとっては、過ぎた私などもっともっと夢のようなもの。今はそんなくらいで進んでいけそうな気がしています。発表会まで、このくらいのペースでいけたら、少しだけ安心かな、と、思えるくらいには日常が戻ってきました。いっそのこと、もうちょっと人に揉まれているほうが、逆に安定するのかも、なんて気持ちもうっすらと感じた日でした。そう思えるのは、一日の終わりのお酒のおかげかもしれないのですが。(苦笑)数年前、眠りを確保するために、なんとか気持ちをやわらげるために飲んでいたお酒と、今のお酒は飲み方が違います。お酒はおいしく飲みたいし、ご飯はおいしく食べたい。そんな当たり前のことから、ゆっくり始めて行こうと思ったりしています。
2013年10月26日
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発表会がさらに近づいてきて、予想もつかない変化を遂げる生徒達です。…どこまで直させるか、どこまでそのままにするか、も、自分の経験と勘だけが頼りになってきます。一箇所いじると、必ず、思いもかけないところに余波が出る。それが、この子と、この子の家での練習だと…と想像して、余波を最小限にしたい、と思うばかりです。この間も別の生徒と話したのだけれど、音楽は生き物のようなところがあって、こちらをねじれば、あちらがねじれるような風に、他にも変化がいくような音や音楽のほうが生きていると言えると思ってしまいます。型に当てはめることも大事だけど、型にはまるために、音楽や音そのものが死んじゃったら違うんじゃないの?というのが、どうしても感覚からぬぐえません。私程度の指導力しかないのなら、そこは安全策を取っておきたい、という私の迷いが、親御さんをかすかに不安にさせていることもわかるのですが、言葉が足りないなりに必死で説明して時間が過ぎました。めちゃくちゃしんどい数週間を過ごしているのですが、先週言ったことは結構しつこく覚えていたりして、まぁ、ここがある程度ちゃんとしてれば仕事はしたと言える、と自分を励ましながら最後の時間の生徒姉妹のレッスンになりました。ひっくり返るほど音量が大きくなっていて、ズタボロになった私も近くから逃げ出す感じ。この数日で耳がやられているのか、生音だ、と思うには、意識が遠い感じもあったのですが、たまたまタイミングよくその生徒の家を訪れた調律師さんの言葉がいいヒントになりました。それにプラスして、さまざまな指導法を受けた記憶や、自分が出した音などを辿って、この子にうまく伝えるには、と思ったところ、運良く「ダイヤの響きじゃなくて、真珠みたいに、高級な何かで包んだ響きの音を出してみて」という説明が出てきました。…あ、これなら、この歳の、この価値観の、この子に伝わる、とホッとして、「こっちがダイヤ」「こっちが真珠」みたいに出し方を見せて、弾かせてみました。さほどうまく私がそれをできたかは謎ですが、試行錯誤する生徒の弾き方にオッケーを出しながら、「そうそう!そんな感じ」と、デリケートな弾き方と、手首の処理を説明して、今日はおしまい!ということにしました。やってることは精一杯。でも、脳はギタギタらしく、今までにないようなむき出しの心の痛みのようなものが脳を支配してもいました。この矛盾が辛いところです。自分を庇えば相手が傷つくようなこと、相手を庇えば自分が傷つくようなこと、というのはどうしてもあります。…できれば、ここまで深く進みたくなかったけれど、今そこにいるなら、今は仕方ないとして、これが瞬時に掻き消えていくことを祈るばかりです。しかし、どう考えても、この自分の恐ろしい腹黒さと裏腹に「真珠」という言葉が出てきた過程があまりおもしろくありません。(苦笑)表面的には、綺麗にまとめるなぁ、私も、と思いつつ、苦虫を噛み潰したような顔をしている今の自分は少しおもしろく見えますが。(笑)まぁ、真珠だのダイヤだのに縁がない割には、綺麗な言葉にしたもんだ、というくらいのところは、自分を頼もしく思うことにしておきます。(苦笑)
2013年10月25日
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午前中、大人の生徒さんのレッスンがあり、気持ちよく進んだので、そのまま、ピアノを練習しながら、合間に脳みそを休めるように寝込んだりしながら午後のレッスンまで過ごしました。どうしてこんなに毎日毎日、自分に足りないことを発見してしまうんだろう?という日でもありましたが、さほどダメージも受けず、さすがにそんなことにも慣れた気配も感じていました。足りないことを見つけたら、足りるようにするだけ。…それでもきっとまた明日は新しい問題が出てくる。(苦笑)それだけのことなんだなぁとつくづく思います。ある小さな男子生徒が音楽表現をしながら弾くようになって、そのリハーサルする姿を見ていたら、奇妙な気恥ずかしさに襲われました。その弾き方…あたしに似てない?大丈夫?って感じです。私に似たら大変!!なんとか言いくるめて姿勢を直して、テンポなどもはかりなおして、お、ちょっといい感じになったかな、なんていう時間もありました。他の生徒たちにも、とにかく「よく響くこの音を覚えていて」なんてことを言ったりして、あらためて、ピアノと言う楽器が、この響きの部分こそを表現としてどうするかという楽器だったことを思い出していました。ドレミに追い掛け回されて、それどころではいられないけど、この響きのほうに向かうことは、忘れちゃいけないよなあとか思ったりしながら、徐々に本番に向けてみんなを固めていく時期です。今朝は、奇妙な流れで、「ああ、私も才能ないしな」なんていうとても当たり前のことを思ったりしました。才能がある、と強く思っているわけでもないはずなのに、まるで、自分の才能を試すように火の中でも水の中でも分け入っていくことの危うさに気づけない自分。それは歳からしても、もう、かなり危ない道、という風に認識してもいい頃です。…ホッとしたけれど、うっすらとした自己嫌悪もあって、不思議な時間でした。音がまるでどこかから降りてくるように思った時期もあったけど、あれは、音がすごかっただけで、自分は素朴でいびつな素材、という感覚でしょうか。ステージの反響、調律されたピアノなどに助けられて、たまたまそこに音があったように思っただけのことかもしれないなぁなんて思ったり。でも、洗濯物を干してると、どんな過程であれ、その音が降りるように思えた時間も完全否定してしまうのも違うかな、なんて自問自答です。まぁ、それほど優れた才能があったわけではない、という感覚は悪くないものでしたが。その割には、叩かれた気もするけど、それすらもところどころまだらに消えかけています。いろんな努力や試行錯誤があって、そこに音が生じたことも、才能のひとつと呼べるのかもしれないけれど、やっぱりはっきりとはわかりません。昨日は、練習中、大学時代の恩師のカウントの方法を試そうとして、「こりゃ無理だ。やっぱり違う」とも思いました。遠くの空を見つめて、「これは違う」と思う感覚の裏にあるのは、自分の経験だったりして。久しぶりに舞い降りたあの指導方法がまた遠くに戻っていくのも感じました。私は、生徒も私も、自分の音を「きれいだねーえ」と思いながら弾く方を探してみたい。それは、今の私にはもう無理なのかもしれないし、よくわからないけれど。チューリップとちょうちょうを弾く事に決めた小さな女の子が、一生懸命ひとつずつ音をつないでいくときに、同じ速度で歩こうとしてみたり。その子が膝によじ登ってきたときは、ためらいがちに抱きしめてみたり、そんな毎日ですが、レッスンの後に、膝によじ登ってくる生徒はきっと、今のレッスンのあり方を、そんなに嫌がってはいないんだろうと思うわけです。
2013年10月23日
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天才、変人、として名を馳せたピアニスト、グレン・グールドのDVDをちょっとだけ観て、あとはウトウトして過ごした日曜日でした。この間、調律師さんと、グールドのDVD借りたけど、まだ観てない、あの人を思うと、寂しかっただろうなと思えて泣けちゃう、なんて、グズグズ言ってたのがウソのように、泣けもせず、感情移入も無く、「あらいい男」が、一番の感想でしたが。(笑)飛ばしながらDVDを数分観て、音色を確かめて、終了。(笑)確かな音色の美しさ。天才奇才と呼ばれてもなお揺らがないビジュアルの良さ。変なところで満足して後はとにかくウトウトです。雨の日はいいものです。義母はおなかにくる風邪だった様子で、豆乳だと盛大なゲロ祭り。(苦笑)しかし、その前日、病院からの帰宅後の私の作ったうどんなら全く戻さなかったというかわいいところもあるわけで、ウトウトの隙間で、おなかを落ち着けるように、数回に分けて細かくうどんを食べてもらって様子を見たり。まだまだおなかの様子見が続いています。夕食のリクエストは「そうめんをつゆで食べたい」だったので、あったかいつゆにそうめんを泳がせて少しとか。やっぱりどれも戻しませんでした。今朝は具を増やして、つゆに泳がせたそうめんにしたけど、量が多すぎたのか、同じものだと食が進まないのか、箸をつける手が億劫そうなので、急遽、ほんの少しのねこまんまを投入したら、いい感じ。その後、そうめんの方の具の卵をゆっくり食べてました。食べるのが億劫になるのもわかる。でも、食べないと体力もつかないし、治らない。その狭間で「ああ、食べてる。」なんて感情だけで動きました。生きることは食べること。でも、食べてるだけじゃつまらないのも人間で、時には至高の音を追いかけてみたりして、ジタバタして。働く、遊ぶ、生きる、いろんなことが、ウトウトの隙間に詰まった日曜日でした。…月曜の朝は、いつもより強気の私も発見。私に手をかけさせるのがいや、と、「自分でやる」という義母、それを応援しようとする義父に、「遠慮するのもわかるけど、頑固さや意地で言ってるものにこっちも付き合えない。まだそこまで良くなってないんだから」みたいなことを言いながら、どんどん料理を進めていきました。ただ、これだけの強さを持つために、あまりに長い日々がそこにはありました。それは、誰のせい?なんて言ってる暇も無く、今日、今、できることを、今ここでできる全てでする。それは時に他人にストップをかけてでも、自分がしなくちゃならないことに、もう遠慮のできない41歳の秋が過ぎていきます。
2013年10月21日
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ピアノとの対峙の時間は、緩やかさを保ちつつ、焦りからか、やや詰め込みかけていたレッスンに関しては、家での練習を豊かに膨らませるためにも、教室ではややゆったり、と、リズムを整えなおしたりして最後の時間に向かいました。いろんな時間をともにした高校生の生徒が、音色を確かめているのをバックに、ちょっとした不思議な出来事もありました。さっき帰ったかわいい姉妹が再度訪れて、「先生に言わずに持ってきちゃった飴を返しに来ました」とのこと。姉のほうが、事態を読んでいて、徐々に泣き出す始末。肝心の妹はまだよくわからない顔。そのわかってくれない歯がゆさに涙がボロボロ落ちる姉。わからないのも仕方ないよね、という私は、ゆっくり出来事の中で妹に知っていってもらうほうを選びました。ここで、きつくしかる気持ちになれない自分には、それなりの理由がありました。わけもわからず、「なんだかよくわかんないけどすごく怒られた」が、必ずしもよい躾にならなるわけでもないかも、という漠然とした感覚を頼りに、「わからないのも仕方ない。」をベースに静かに二人を返しました。罪悪感って、そういうもんじゃないんだよなぁ、多分。でも、いいおねえちゃんがいてよかったね、という時間でした。一部始終を見ていた高校生、「どうしていいかわからずとりあえず練習してた」とのことで、やわらかなBGMつきの時間になりました。後でお母さんから電話がかかってきたので、思う限りの返事をしておきました。電話で話すちょっと前のレッスンで、ピアノの下で足台を入れ替えていた私は、ピアノに強めの頭突きをしてしまい、軽い脳震盪でも起こしたのかもしれません。立ち上がるときには、めまぐるしい出来事で意識が混濁したのか、久しぶりに、自分とのつながりが切れたようでした。本能的に、鼻歌を歌ったりしながら、たまたま居合わせた親御さんの声で我に返りながら、脳内のばらばらしたところをまとめました。変なところを見せちゃったな、という寂しさに飲み込まれるには、仕事が続いていたので、なんとかそのまま動きました。ただ、そのちょっとしたタイムラグの後の自分は、この数年一緒にいた自分とは少し違う軽い存在でした。昔の記憶も、ここ最近の記憶も、今の記憶もつながっているけど、とても軽い感じでした。じゃ、いいとするか、みたいな気分で家に戻ると、義両親の車がない!夕刻、吐き気を訴えてうずくまってしまった義母を病院に、という展開だったそうでした。まだボンヤリも続いていたので、あまりいろいろ深く考えず、いつでも動けるようにお酒を飲まずに、夕食の支度を軽くしました。鶏もも肉に片栗粉をまぶして、焼き目をつけて、甘酢のあんかけをたまねぎやにんじんで作って、あえて。…ご飯は遅くにみんなが帰ってきても食べられるように、軽くあぶった味噌おにぎり。作りながら、自分の口にもなにやかやと放り込むのが一番気楽に食べれる今、その全ての作業が静かでした。あとから、「ああ、目の前にあったネギを味噌に入れればよかった」とか、「鶏に下味つければよかった」と思いましたが。…幸い、軽い風邪だったのか、二人とも9時近くに帰宅。ちょっとおにぎりが足りそうにもなかったので、すぐさま義母の好きな煮込みうどんを作って終了。刻み込んでおけばよかったはずのネギは、煮込みうどんにはちょうどいい材料でした。ホッとしたらしい二人と旦那とで、ありあわせの夕食をつつき、お酒を飲んで眠りました。…昼間の音の洪水から解放されて、料理を静かにして眠る。それで私の小さなタイムラグが埋まったのか、今朝は、昨日までのことがウソのように思える自分、ちょっと吹っ切れた自分、でも、いろいろちゃんと気持ち悪いほど覚えてる自分がいて、それは、今までよりは悪くないバランスです。
2013年10月20日
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少し曇ったしっとりした日なのと、ゆっくりほどけてきているのとが相まっているのか、今日のピアノは昨日ほど、音色が厳しく尖ってつきささってはきません。昨日は、帰り道には般若のような顔になるほど、音色をキンキンと浴び続けたような痛みが脳というか、顔周りの骨に残っていました。もはや、夜にはしかめ面しかできませんでした。パンダのような深いクマとともに、すごいことになってたと思います。(苦笑)今日は、短く集中して弾いて、飽きたら違うことをして、というサイクルで、長丁場の土曜日の割にはのんびりと過ごしています。お休みさんが多いのです。もう音色は落ち着いてきているけれど、あのもっとも鳴った日のような繊維が弦に触れるカサコソとした音までは聞き取れなくなりました。フェルトの毛羽立ちが見えるようなそんな音がしました。それは魅力的でもありました。ただ、まだ生徒たちにとってはかなりの影響があるようで、残響を味わった状態で弾くと、弾き飛ばせなくなっていくなどの生徒が出て、みんな「耳を使って弾こうとしてるな」と思いました。脳が私の望んでいないところまでフル稼働しているのは、今は仕方がないです。音が鳴れば、処理が始まります。そのうち、カットできる音が出てくることを祈るばかりです。今はとにかく、この響きの多い音を聞く耳を生徒に持たせるしかありません。このわかりやすい艶やかで華やかな音を生徒に残す時期。私の耳は悲鳴をあげてます。…それでも、珍しくほんの少しだけジャズの練習をしてみたり、とても好きだった曲の伴奏譜を弾いてみたりしました。ジャズに関しては、集中が続かないところもあったけれど、前には考えられなかったことを考えることもできるようになっていました。ただ、やっぱり驚くほど時間がもちません。(苦笑)今、こちらは無理することはないし、と早めに切り上げました。伴奏譜を弾いたときには不思議でした。もう、自分の気が入らないのか、たまたまなのかわからないけれど、全然生きた音で弾けません。同じ曲をメロディを思い出して伴奏を適当につけたら生きた音で弾けました。少し前までは、同じように弾いても弾けたのに。終わるということは、こういうことなのかもしれないです。もうこの伴奏譜を開くことはないんでしょう。
2013年10月19日
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年に3回の調律でも足りなくなってきているけれど、生楽器の力、それを奏でる人間の力のハーモニーで、なんとかなるのもピアノのおもしろいところなんだと思います。調律師さんとは、そこの辺りの変化を話せるのも、いいところだな、とようやく思えるようになってきました。今までは、楽器のことは、調律師さんのほうが詳しい、と思い込みすぎて、どの程度、自分が口を出すのかもわからなかったし、実際に、どこまで口を出せるようになるかも、今になってみないとわからないところもありました。昨日は、最近、どこで聴いてもずっと五月蝿くて困っていた高音部のキンキンいうような響きの音が調律中に分離して飛び出してきたように聞こえて、「ねえ、それ、今、どうなってるのー」なんて聞いたりしました。トライアングルのようなキンキンとした響きのみが塊のようになって私の脳を直撃して、たまらん!(笑)調整前だから、そう聞こえるんだけど、ここの音に関しては、調律師の中でも二派に分かれるところなんだけど、なんて説明を受けながら、「僕は、このピアノが鳴りたがってるんだから、鳴らしたい派」「これ無しだとこんな音」…ん。それはしょぼくてダサくて好きじゃない。そう言いました。キンキン言う音だけ聴けば不快だけど、音と混ざればそれは光輝く部分になる。そんな辺りのことらしいので、「いいよ。聴いているうちに慣れる不快感というものもあるし、そんなものなら毎日だし、それが私の生きてきた道だし、別にそれでいい」…と、これまたヤケクソ気味に返答するのが精一杯でした。(笑)今まで気になって無かったってことは、そこまでだったってことじゃない、と、自分への嫌悪感もマックスだったので。(笑)「先生がここに気づくと言うことは、大変なことになる」と意味深に言う調律師さん。「何それ。いいの悪いのどっちなの」「いや、どっちというのでもなくて、大変になる。他の音にも混ざるいろんなものも気になってくるだろうし」答えるのも考えるのもめんどくさくなったので、後は「おまかせ!!」と放り投げて、自由に振舞っておきました。(笑)今までわかってなかったのは悔しいけれど、わからなかったんだもの仕方ないじゃない。(笑)いつもの私の行き止まりの発想です。(笑)でも、調整後、蓋をつけ、木枠を取り付け、そのキンキンした音が楽器の内部に閉じ込められていって、他の音と混ざり始めれば、少しはマシになりました。でも、ちょっと痛い。(笑)どうせピアノのベストのタイミングは2時間。あとは静かに緩やかにほどけていく。そしたら触ろう、という感じでした。いつもなら、早く触りたい。今のうちに触っておこう、でしたが、昨日は、生で聴いたキンキン音とレッスンの疲れで、触って帰る元気もありませんでした。調律後、ちょっとだけ触ったときに、正直、弾き方によっては割れて聞こえそうになったり、危なすぎたんですよね。(笑)私の脳が参ってしまったら困るしね、という感じでしたか、はっきりと表現することはできないけれど、きついわけです。(笑)相当、自分の指の力を抜いて、かさこそと弾くくらいでないと、自分にはきつい。それでも、来月10日の発表会で弾く予定のカプースチンは、あえてバンバン弾いたりして様子を見ました。調律師さんは、「これ、弾くんでしょ。喝采だろうね」と言うわけです。私の中では危なくないように恐る恐る楽しいところだけをつないで来ているところなので、「喝采」というところまで予測することはできません。難なくこなしたい、という言い方は甘いかもしれないけれど、生徒たちのステージに対応した後に、その余力が残る自分であってくれ、という意味合いで、どちらかというと攻めずにここまで来ています。不備もたくさんあるのは、わかっている。でも、現時点で、そこまで手を入れることによって、逆によれてしまうほかの部分が危うくて、そっとそっとここまで来ています。ソフトペダルを使ったら、もっとはなやかになるのに、と、勝手なことを言う調律師さん。「いやだよ。本番でテンパってるときに、右足左足のスイッチが狂うことなんて良くあるもの。私、今、このスピードの曲を、そこまで調整できるほど整ってないもの」と、この曲に対しては、長い時間をかけて対応したい自分の気持ちも示しました。「本番で落ち着いて左右のペダルを踏み分けて聞き分けられるのは、この間のブラームスくらいのゆっくりした曲、時間をかけまくった曲、さぁ、ここで左足どうぞ、の余白をもてるように楽譜を置いた状態」と笑いながら答えました。あのブラームスなんて20年物だよ。(笑)舞台にだって何回あげたか。いつも不完全で、記憶すらないステージもあったしね。と、自分の中で静かに反芻しながら。人体は自分に優しい最後の砦。私はもうそこにしか希望をもてないのよ、なんて話を調律師さんとしましたが、その優しい砦がいざというときにどう動くかなんて、私にはわからない。ただ、当日まで、この重たい自分を運んでいくだけです。(苦笑)きっと疲れ果てていたのは調律の余波もあるでしょう。最後の生徒が帰った頃には、どうなることやら、な自分もいました。帰って、酒浴びて、寝ました。(笑)眠りと言うものは良いもので、朝には、朝日が空が山が美しく見えました。
2013年10月18日
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水曜日のレッスン中、かわいい声の小さな生徒が「虹が出てるよ」と教えてくれました。ついていくと、東の空に大きな虹がかかっていました。先日、朝、一瞬見かけた西の空の小さな虹とは違って、台風の過ぎた空の大きな虹はとても安定した大きなものでした。教えてくれた小さな頭をすっとなでたくなる瞬間でした。水曜日は、台風のあおりの雨風で始まった日でした。大学の大先輩と初めてお会いすることになっていて、そこまでの日々が大騒ぎだったので、かなり心配でした。でも、初対面とは思えない安心感。同窓という感覚は、こういうものなのでしょうか。いつも群れからはぐれてしまう道を歩いてきた私には、先輩、と思って、安心して未熟なまま振舞う相手もいなかったように思います。教育学部の先輩、ということだったので、どこかに教育者然とした風貌をイメージしていましたが、それは見事にいい方に裏切られ、ああ、私、こういういろんな意味で大きな人と話すのはかえって得意だったんだ、と思い出しました。後は、楽しくおしゃべりをすることができました。同じ大学、同じ学部、でも、美術と音楽、という違いもあって、いろいろがちょうど助かる配分だったように思います。先輩がJAZZ好きでいらっしゃる、というのも、かえって良かったと思います。ご縁の不思議さで共通項が多いことで、少し、霧の向こうに遠ざかっていたものもよみがえりました。それは思い出したから不安になるにはあまりに遠いことばかりで、もはや、私の記憶と呼ぶには他人事すぎました。それが何より助かりました。先輩が強く教えてくださったことの中で、今後の私を助けてくれるだろうということは、「嫉妬の見分け方」とでも言うべきことでしょうか。嫉妬と言うのは、常に誰しもに付きまとう難しい感情で、それが嫉妬から発していることなど、本人こそがかえってわからないような本能的な衝動だと思っています。嫉妬なら仕方ない、とか、嫉妬なら許せる、というような風に、そんなものに付き合い続けても、ラチのあかないことがある、と知った今の私は、「なぜ、あの嫉妬につきあったのか」というのが自分への疑問でした。でも、本当の意味での良い嫉妬は、お互いに相乗効果があるもので、一方が潰れていくものじゃない、と、言ってくださったように思います。一方が潰れていくものは、攻撃。よいジェラシーなら相手の命を守る余地がある。…そこが見分けられなかったのは、私の未熟さでしょうけれど、それは、年長者のほうがわかるべきことだし、なんとかすべきことだよ、と、私の反省がそこまで深まらなくていいようにも言っていただいたように思います。話している途中に、見事に晴れ渡ってきた空は美しく、教室に帰っても、久しぶりに傷口を覆ってもらった感覚は途切れませんでした。大きな人と会ってきた安心感で、小さな子どもたちと接するときにゆとりがありました。だいぶ上達してきたショパンの革命を指導しているときは、「今日の革命って、なんだか甘いね!これは甘い革命だね!!」なんて、中学生の生徒と笑いあいました。血が流れるのが革命のはずなのに、その血は、傷として流れるわけじゃなくて、血行が良くなるみたいなねー、なんて言いながら、「しばらくその甘い革命で練習しておいてね。次回、様子を見て、調整しよう」ということになりました。生徒たちのピアノを聞いていると、東の空の虹のように、大きな虹が弧を描くような大きな表現や響きが欲しくなって、そんなことを追及するためには、もう時間切れ!と、急遽、曲のカットを迫られることもありました。カットを予測するべきだった?と、小さく反省が訪れました。でも、それは無理だった。あの時は、スムーズに伸びていくメロディラインを、それまでより長くしたかった。…あの時伸ばしたメロディラインが、後で生きるように。それだけ祈って、今は、短く整えておく。そう決めなおして、進めなおしていくことなど、今までに何度したかわかりません。そしてその結果の生徒達のピアノを思い出すと、「大丈夫」と思いました。最後の時間には、個性的な小さな女の子が急遽訪れることになっていました。おりこうさんにできたとき、急におなかが痛くなった!ウンチ!と叫んだその子に「ウンチしても、おりこうさんの虫はちゃんとおなかに入れておいてよ」と言ったのがよほどおもしろかったらしくて、おりこうさんをたくさんしたあとに、「ウンチで出ちゃうかな」と面白そうに言ってました。レッスン中、彼女の顔を私の両手が包んだとき、その柔らかさは格別でした。もののけ姫を頑張って弾いているのですが、まだいろいろと問題もあります。でも、ハーモニーの美しさに気づくと、園児ながらも、「きれいだねー!!」と和音で弾きたがります。どこかどこかに、彼女のハーモニー感覚の芽生えも感じました。「その指使い、ピアノの上手な人はしないからやめて」と言えば、すさまじいきかんぼうだったはずなのに、すぐさま一生懸命直そうとする。その顔を、両手で包みたくなったのは、自然なこと。まだまだ幼い彼女がたてる大きな足音は、もっともっと幼い子どものようでもありますが、その全てのバランスが、今はまだいろいろでもいつか整うといいな、と思いながら、パタパタという足音を心地よく耳で追っていました。もののけ姫を弾く彼女。「いのしし年だから、あたし食べ方汚い」と言ってました。弾いているときにちょっと横顔がいのししみたいになるのもそのうち直ったらいいね。でもまぁ、自分で選んだ「もののけ姫」がピッタリ!ということにしておきましょう。とにかく今のところは。(笑)
2013年10月17日
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花束を持って、ということはしっかり考えていたのに、うっかりと花束を作ってもらうのに時間がかかることを計算に入れていなかったので、支度を始める瞬間にパニックに見舞われました。この時間帯じゃ、お菓子しか考えられない、と、慌てふためく私に冷静に旦那がお店を指示してくれました。ああ、そこならタイムロス5分で済む!とホッとして支度をすることができました。綺麗な包装で、対応が手早いおいしいお菓子屋さんが近くにあると安心です。でも、パニックになると「どこにしよう」と思って案外、そんなことを考えられずに、会場近くにあったかしら、なんて考えてしまうのです。虹色のリボンがかわいいハロウィン仕様のお菓子の詰め合わせを見つけ、会場に駆けつけると、ありがたいことに駐車場がガラガラ。ここのホールは駐車場がいつもネックなのです。かえって時間がありすぎてしまって、開場前の列に並んでいるときに、ソワソワしてしまいましたが、そこもなんとか思い出を辿ってやりすごしました。ここのロビーで二胡とのコンサートをしたのは何年前だったかしら?と、列に並びながら考えました。ホール内と違う反響に対応してくれていたのはPAさんだったのでしょう。二胡という小さな楽器とピアノの組み合わせをロビーのようなところで整えるには、音響さんの技なくしては不可能だったはず。あの頃の私は、目の隅でPAさんが機材を整えていくのを見るのが精一杯。前代未聞の大盛況となったのは、無料コンサートだったことと、二胡という楽器の魅力がそうさせたのだと思いますが、300人に届くとかそんなことを言われた客席の埋まり具合だけはうっすら思い出せます。ただ、それ以外は、遠い霧の向こうのことのようでもあって、自分の思い出のように思えないところもあります。複雑な思いで見上げたロビーの天井にはステンドグラス。そして、壁には虹色の光が射していました。本番直前は私の緊張も高まったようで、気を張り詰めたところがありましたが、今日のプログラムは去年と違って、バリエーション。名作バレエの名場面が、ソロを中心に次から次へ。かなりの数と時間でしたが、ほとんど飽きることはありませんでした。短く変わっていく光景と音楽と衣装は、バレエの良さとも言えるキラキラした世界の連続でした。教室では、去年よりも素敵にポーズを決めていた生徒の出番で、あれ?教室で見せてくれたポーズに比べると脚が上がっていないように見えるから緊張しているのかしら、なんていう感想になりました。教室では大きく見える女の子が、このステージではまだまだ小さな子で、おぼつかないしぐさが愛らしいばかりでした。二度目の出番では少しリラックスした様子。そんな感想をおばあちゃんと「私もそう思ったんです」と重ねながら、会場を後にしました。なんだかいっぱいいっぱいで、自分の身支度は春に買っていたお気に入りのワンピースとカーディガンの組み合わせになってしまいました。靴を選ぶときにだけ、「私、こういうわかりやすいお洒落ってやっぱり好きなんだよなぁ」と、平日より尖がった高いハイヒールにしました。先日買ったばかりの落ち着いたエンジの中ヒールよりも、本番靴として使用する頻度の高い赤いハイヒール。ボーダーワンピースとエレガントなミニドレスのような黒いカーディガンにワンポイント。生徒のパパが「今日は赤い靴ですか。前は金色のヒールでしたね」と言ってくれました。去年のこの発表会には、枯葉色のハイヒールを履いて、黒いニットワンピースでした。そんなことも小さく思い出しながら、枯葉色のハイヒールを金色の…と言われたのはなんだかうれしい言い方のように思えました。
2013年10月14日
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生徒に招待されたバレエの発表会当日です。自分の教室の発表会前とは違って、するべきことがほとんどないので、かえって緊張を味わいます。(笑)忙しくてばたばたで次から次へと何かをしていることは、それなりにいいことだな、とこんなときは思います。今頃、当事者、関係者のみなさんは…なんて思うと、それだけで指先が冷えてくるようなくらいです。(苦笑)あまり考えないに越したことはありません。(笑)私はとにかく今日は、身支度を整えて、小さな花束を買って、会場に行って、バレエを鑑賞するだけ。きっと、たくさんの思い出がよみがえることでしょう。去年の発表会の時のこと。それからの日々。あるいは、他の生徒に招待されたバイオリンの発表会。もちろん、自分の教室の発表会のことも考えることでしょう。あと1ヶ月を切ったこと。今までにやりくりしてきたことも。これだけの生徒たちを指導するのは大変だっただろうなぁとかも思うことでしょう。おぼつかない足取りの小さなバレリーナをハラハラと見たりもすることでしょう。去年の発表会でも、楽しく鑑賞できるか心配でした。でも、バレエというものは魅力的なもので、音と動きが脳を支配してくれるので、音楽鑑賞よりも夢中になれる部分もありました。それはすごい驚きで、バレエのよさはこれかぁ…なんて思いました。バレエちゃんは、この間のレッスンのとき、本番直前でお疲れ気味で、ダダをこねて泣いていました。「疲れたのね」と声をかけると、素直にうなづきました。ダダをこねる声は、不思議なもので、「駄々こねて。かわいいねえ」という気分になりました。「やだ」「やだ」と言われて、かわいいねえ、と思ったあと、彼女はピアノから離れてプレイスペースのじゅうたんに伏せて泣き出したんです。それを見て、「ああ、疲れているんだ」と思いました。震える小さな肩は大きな翼を背負っているかのようで、翼の方が重過ぎて、飛ぶこともできないように今は思えます。泣き伏す彼女の左頬に添えた私の右手は拒絶されること無くそこにありました。泣きじゃくる彼女の震えよりも柔らかな丸い頬の感触よりも、その場面を思い出す視覚的な記憶のほうが勝っていますが。私の手がそこにあったことも、感触的には思い出せないのだけれど。「かわいいねえ」という感覚も、搾り出すように最後に訪れた小さなものだったけれど。ワガママを言われても、ちっとも腹が立たなかった。その理由は、本当に彼女が頑張っていたからだと思います。同じワガママでも反応が違うときがあります。この間なんて「本番を舐めてると痛い目にあうよ」とさすがに言ってしまった生徒に「お前もな!」といわれたけれど、そういわれた瞬間は、ある種の諦めの境地にあったのか、ビクリともイラッともしませんでした。確かに、私も今、本番に対して、「無理せず」という気持ちが勝っているところがあります。でもそれは、その子の「舐めてる」とは違ったんです。だけど、同じ子に指導を始めた瞬間、「こう弾いてみて」と弾いて見せた私の指が、ボリュームを欲するあまりにとっさに1オクターブ下の音まで飛んだとき、「あ!間違えた!」と、勝ち誇ったようにその子が言ったときには、ものすごい怒りが湧き立ちました。この間違いは、お前の間違いとは違う!!あざけられる覚えはない!!このままこの子に言わせていてはいけない!!と思いました。そしてそれを腹の底から伝えました。ステージで得た痛みを楽しく伝えようとしている人間に向かって言う言葉か!お前が知らない痛みを、お前に感じさせないように教えようとしている人間に言う言葉か。これ以上言うなら、出てけ、と言いました。私は万全ではない。でも、万全ではないからバカにするのなら、誰も誰からも学ぶことなどできない。何かを学ぶと言うことはそんなことじゃない。そんな風に「お前もな!」とか「あ!間違えた!」と侮蔑的に言うならば、言った方は完璧に弾くしかないのだということを知らない子どもに、それを教える瞬間はこんな風に訪れるんだな、と反芻した日でしたが、後悔もありませんでした。次の課題を数少なく与え、涙を必死でこらえる彼を優しく送り出しました。いつもより早く夜が訪れたような暗い空が記憶に残りますが、それしかできなかった自分でした。きっと、彼は次回は自分の甘えを乗り越えてくるでしょう。それも信じていられます。とにかく今日はバレエの発表会。普段の自分を忘れる優しい時間になることだけを願って、楽しんできたいなぁと思います。
2013年10月14日
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自然に感じてしまうものを、考えの中くらいは縛らずに受け止めると、過去形ですが、複雑な感情がわきあがります。明日を見つめるためには、その過去形の感情を、確かめる瞬間が必要で、そこに立つときは、やはり少し怯えも残ります。でも、怖かった、悲しかった、といえるときは、もうそれが過去のものになったからこそ。今は怖くなく、今は悲しくなくてこそ、だと思います。体に染み付いた間違った順番の作業を直す今、自分の間違いに気づくことも、昔ほどは怖くなくなりました。気づいた後に手の中に残るものがあるからかもしれません。そういうものが増えてきたからこそ、過去との決別が始まることを、ホッとするよりも、びくっとすることに先に備えてしまう体が引き止めるだけのことだと思います。何があっても、信じる気持ちを止めないために、不器用に一歩ずつ確かめています。それは信じたいものが目の前にあってこそできる作業です。いつも、ここで間違えた。だから、ここは間違えない、と心に刻む今、私はどうしても。ほんの一瞬だけ、チラッと後ろを見なくてはならないけれど、そのうち、振り向きもせず、前を見るようになることでしょう。
2013年10月13日
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朝、旦那を送って出かける瞬間、目の前に美しい虹が見えました。この数日、ネットニュースで虹の写真を見たり、生徒たちの手首の動きや音色の処理の仕方を「虹みたいに」と形容して、みんなで楽しく過ごしていたので、その美しさを見たときに、本当にホッとしました。…でも、一瞬でした。(苦笑)暗雲垂れ込める、と言う感じでしたか、すぐ去ってしまった虹でした。でも、今の空はまた明るく晴れ渡っています。…晴ればかりが続くのも違うかもしれないけれど、晴れた空を楽しみにする自分がどこかにいるのも事実です。時には、心が曇ってしまったとしても、それも当たり前のこととして、スッと流れていければいいなぁと思います。昨日は先週旅行で休んだかわいい生徒が、シンガポールからのお土産をくれました。彼女が私を「クソババア」と呼んだ日は遠すぎて、そのかわいい声が「ピアノの先生」と呼ぶ声を脳内で再生すると、笑顔になってしまうこともあります。一緒にお出かけすると、刺激が強すぎていつもおっかない気持ちが勝っちゃうのですけど、次の約束はコンサート。(笑)チケット代金を持ってレッスンに来て、かわいいお土産を渡してくれるこの笑顔とこの声は、私がとても大好きなもののひとつです。いろいろあったけど、私、この子を好きでいられてよかったなぁと思います。かわいいな、と思えてよかったと思います。彼女の未来が幸せであって欲しいと思うと、私も頑張らなくちゃなんだろうなぁと思うのですが、このごろ、発表会前でドキドキしてるのかもしれないです。もうそれを感じる心が枯渇しているので、少しとんちんかんにドキドキしてしまうのですが、この子とコンサートに行くときには、笑顔でいたいと思います。来週の月曜日には、別の生徒のバレエの発表会にお呼ばれしてます。洋服を買いに出かけたのですが、どうもタイミングが合わず、それきり、とてもじゃないけど、洋服を新調する気分にもなれずにいます。靴だけは、「飲み屋のママみたい」と言われたハイヒールから、シックな中ヒール、それもエンジ色と落ち着かせました。ここまでしかできなかったとしたらごめんね、と思います。あまりに外が暑すぎて、何を着ていいのやらさっぱりわからないし、まったくもって自信もないからです。(笑)
2013年10月11日
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隣町まで、大学時代の後輩だった友人の個展を観に行ってきました。小さな駅舎の中のフリースペースにたどり着くまでの間にも、朝からいろんなことがたくさんでした。たまたま別の誰かから電話があって会場にいたという彼女にも会えて、少し話もできました。他のお客様とゆっくり話して欲しいような気持ちになったり、私なんかがいていいかな、なんていう気持ちになったり、でも、積もる話は山のようにあったりでした。それでも、案内状に印刷された絵を直接見たときには、絵と自分の間で無音のエコーがかかるような、ゆっくりとした何かの行ったり来たりがありました。それはとても不思議な感じだったので、それだけは必死で言葉にして、伝えてきました。うまく伝わったか伝わらなかったかそこまではわかりません。大学を私が卒業して15年以上が経っています。折々に彼女が開く個展は、道しるべのように思い出を辿らせてくれました。お互いに、お互いの変化が目に付く頃でもあるのでしょう。私のほうは、懐かしいというより、ハラハラする感じで驚きました。あの、色っぽくて雰囲気のある彼女が、とても幼く見えてしまうような気分でした。体には気をつけて、みたいな気分にばかりなってしまって、そうなる自分を不思議に遠くから眺めているような気もしました。絵を描くという作業に没頭することが好きで好きで仕方の無い美しい一人の女性が、昔よりとても弱々しく見えてしまったのは、私が頑丈になった、ということなのかもしれないけれど、弱々しさを共感するようになった、ともいえるかもしれません。凄みを増していく絵と、弱々しくなっていく彼女は反比例のようでもあって、後で電話で話したときに、私の口からは「私が言うのもなんだけど、こんなすばらしい絵を描くのだから、もっと自信持って」という予想もつかない言葉が飛び出たりしました。個展の最中も、さまざまな出来事があるの、と話す彼女の話を聞くと、もうそれは、彼女自身が堂々とするより他にないという部分に気がついたのかもしれないです。…いつも一人で芸術と対峙していたら、自分の弱さに気づいてしまう。それも知っているだけに、空元気を振り回すように、本当に久しぶりに、「自信」などと言う言葉を誰かに言うことになってしまいました。絵と無言のエコーでゆったりと心が行き来する感覚を感じたときに、美容院での「すごい!!」では足りないかのように言われたことを思い返していました。あの言葉を言った時には、確かに私は私の気持ちが揺れるというより、その技能にすごい!と驚嘆したのも事実だし、そのときそのとき、日ごと日ごとの自分の変化どおりのことしか私には見えないのも仕方の無いことです。複雑な気持ちを抱えてのレッスンは、いつも以上にまたさらにのんびりと。途中、小さなミスをしてしまうこともあって、そういうときに容赦のないまなざしを向ける生徒に対して、ひるむこともありませんでした。ごめん、ごめん、思い込んじゃったね、でおしまい。(笑)一緒に、ノーミスの演奏に向かって行こう、でもそれは、方向だけの問題で、ノーミスとゴールがイコールじゃない、という気持ちがあるからこそ、そんな気持ちでした。いつもなら、この辺りで、グラグラ来るはずなのに、そんな感じにはなりませんでした。ただ、今でもそのときのまなざしを思い返します。それなのに、そこに恐怖を私が見出さなかったあの奇妙な感覚もよみがえります。他人のミスに厳しいのは、誰でもあること。そのミスに対応するのは、こちらのあり方。反省はするけど、気にはしすぎない。こちらのミスは繰り返さないように気をつけるだけのこと。そしてそれは次の子のレッスンからはじめていくこと。そんな風に辿るしかできません。そうやっているうちに、とっときのワガママさんとのレッスンで、「じゃ、やる気出してみるか」と言われて、そのとたんに、彼女が自分のミスを正していくのを楽しみ始めているのを見ました。ミスすることが恐怖になったら、誰がミスを正すだろう。ミスから目をそむけるのは当然だろう。そう思います。人は楽しいことを見たいものだと私はまだどこかで信じています。私の楽しいがどちらにあるかは今よくわからないのも事実ですが。生徒が上達する姿にさらに「もっとこれが楽で楽しくなるように」と、その後も時間を繰り返しました。ただ、それだけをつないだその先に何があるのか、今はあまり気にならなくなりました。
2013年10月10日
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火曜は、小さな人が多いので、「ああ、まだ右手左手と言われてピンと来ないのか」なんて辺りでウヨウヨすることもあります。こうやってみて、ああやってみて、と声をかけても、そこすら曖昧ならスルーになるのも当然、と気づき、声をかける内容を変えていくしかありません。親御さんたちには、客観的な人がいてくれないと、子どもたちが自分では気づけないところがあるから、こうなったらこう声をかけて、とか、そんなことばかりを、その場その場で考えて、伝えるばかりになります。もっとこれが決まりきったルールのもとに進めばいいのだろう、と、悩んだ時期もありますが、本当の反応を見てからでないとわからないことも多く、その違いの多様さに、ルールなど一通りに定まらないところにいます。でも、それが私のできることの精一杯だと割り切って数年。割り切っていたようで、不安も伴っているのか、いろいろとごちゃごちゃした葛藤もありますが、葛藤そのものが痛みを持つからこそ、私の心に落ちて残るのだろう、そして、考えるのだろう、とくらいは思えるようになりました。…でもあんまりたくさん一度に迫ってこないでね、と、心の中でつぶやきながら、毎日を過ごしています。自分をもう少し遠いところに置けるようになるには、まだしばらく月日がかかることでしょう。それもまた、静かに受け入れつつあるようで、痛みを伴う葛藤などは、茶化すという小さな防御で、心の中で処理します。「何さ、こんなの聞いてないわ」みたいに、小さく心でふざけてしまえば、一旦、それらが風に乗って消えていくようにも思えます。むしろ、無感動すぎて、忘れすぎているのがいけないのか、私を裏切るようにして色濃く訪れる感情もあるけれど、そんなときには、それこそ、子ども特有の暖かい「ここにいるよ」があることも感じています。その美しさを思うと、これを信じて裏切られたとしても、信じなくて裏切られたとしても、どうせ結果は一緒なのだから、信じてみるかな、なんてことが、お酒の力を借りると湧き上がることもあります。朝になると結構それがダークグレーになってたりするのもありますが、きっと、こんなものでしょう。昨日のレッスン後は、お酒を飲む前も不思議なほど、「これしかできなかったし、これならいいかも」と自分を肯定する瞬間もありました。前がダメだとしても今はいいし、今がこうなっているのなら、前のダメさも生かした、と、自分が思うくらいの余地を、私が自分に許さなくてどうするの、という感覚かもしれないです。なぜ、あの頃、あんなふうに過ごしたのに、あんな扱いをされたんだろう、と思うところで留まっているのは苦悩でした。でも、その根源ともいえる部分にもたどり着きました。そうだ、あの場所にあったのは「意地悪が楽しくて」という感情だったんだ、と思いました。私は、少しだけそこに変化を加えて、違う人に愚痴るけど。その場所にあったのは、「その人にその人の欠点を示し続ける」であり、それが楽しさを伴っていたのだとしたら、もう手に負えなかったんだ、と、ようやく気づきました。勘違いでそうなってしまうとか、そういうことならまだわかる。でも、そうすることそのものが楽しくて、それに迷いがないとしたら、それこそ逃げるしかないのだと、遠く遠くで知りました。なぜそれが見えなかったんだろうとは思います。甘かった、ということなのでしょうけど、そのくらいの甘さが残っていなかったら、やってこれなかった日々でもありました。今きっと、それに気づけたのは、私はそうではなくありたい、という気持ちにブレがないからかもしれないし、はっきりと分析するのも苦痛です。生徒にはぜひ、自分の耳で聞き、自分で見て、自分の頭で考えたものを基準に進んで欲しいと思います。その作業の少し手前で、何が原因でこうなっているのかとか、なぜ怒られているのかとか、よくわからないままにぼんやりと無感動を重ねるようになって欲しくないと思います。理由がわかって、どうしたいか、どうすればいいかを考えて、自分で選んで欲しいと思います。そのとき、その作業を見守っている私が笑っていられれば、それでいいんじゃないかな、と思います。…とにかく昨日のみんなは誰も彼もがかわいらしくて、「何そんなにかわいい顔をしてこっちを見てるの」と言いながら過ごせました。とびきりのかわいい顔がこっちに向いて、私がそれに笑えれば、順調。それが今の私の基準です。
2013年10月09日
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優先順位の一位に、「疲れたと感じたら休む」を置くようにして、あとは、その日の相手の様子でその場その場で対応するだけにして過ごした1日でした。最後の大人の生徒さんのレッスンで、「いいから、こういう風に弾いてみて!」と前回、かなり抵抗される練習方法を提示していました。前から何度か提案していたけれど、抵抗されていたし、私も抵抗されるとその人のやり方がその人にいいと思って引っ込めざるを得ないほど、価値観の確立した方でした。でも、さすがにそれって効率悪い!私の思う効率の良い方法を提示して、体験してもらって、好きなほうを選んだら?くらいは言えるようになったので、その通りにしてもらったら、たった3回弾いただけで、ほぼその箇所がノーミスになりました。「ほら!ノーミスになりましたよ!」「あ、ああ、本当だ」という流れのその後、たったの1週間で、ゾッとするほどテンポが上がっていたので、「どういう練習しました?」「この間言われたことをやりました。ただ、あまり時間はかけてませんが」…ほら!!ほら!!ほらだから言ったでしょう?!と言う私。(笑)メトロノームの数値など、きっちりと守って練習するのが好きな生徒さんだけに、こうなると話が早い!!「以前なら、これだけ数値が上がるのに半年かかったこともありましたね。それが一週間ですよ」という風に、数値や期間で話せます。(笑)「半年と言えば、24週間。それが1週間ですよ。時間の節約になるでしょう?」もちろん、同じ事をするために24週間かけられる忍耐力のある人だったから、この効果が出たし、そういう蓄積があってこその結果ですが、いわなければ、1週間でできることを24倍の時間をかけ続けたであろうことも確かです。自分の上達と言うものほど、生徒さんにとってうれしいことはないようで、全ての言葉に肯定的な相槌が続きます。そして、クラシック、ジャズといったまったく違うジャンルの話も、すっすっと運びます。たくさんの教室で、苦労してきたことも知っているのですが、その日々が「無駄だった」と言うので、「それが、これで生きれば無駄じゃなくなりますよね」と、まとめておきました。昔のレッスンで、無駄な時間がかかったら、これから短縮すればいいじゃないですか、というと、「まぁ、そんな風になれば、そういうことになりますよね。」と自信なさそうな口調にはなりましたが、それはどうにでもなるところです。結局、私もこの人に無駄足を踏ませていた時期もあったといえるけれど、言うことを受け入れてもらえて、これだけ変化すれば、それもまた無駄足でなくなるわけです。その素地があったから、これができたんですよ!とも言い続けました。その人が、自分の練習で感じたことを言葉にするたびに、私がかつて漠然と思っていたことが確かにやっぱりそうだった、と裏付けられる時間にもなりました。この人一人のレッスンで、こうなるということは、他のレッスンもそうあろうとしてきた、という風に自分でも思えたし、現金なもので、たった一人がそうなっても、全体的に報われたように思える瞬間でもあります。こういう風に一日が終われば、次の日もそうしよう、と思ってわたしも帰れる。「ねんちゅうさん、ねんちょうさん」という言葉すら正しく知らない生徒のレッスンから、ジャズ、クラシックを大きく話せる大人のレッスンまで、いろいろあった月曜日でしたが、とにかくのんびり終わりました。先週、それこそピアノも弾けないほど泣きじゃくった生徒もいました。私、そんなに強く怒ってないけど、「そういう風なことを言ったなら、そういうことを言う人らしく弾いてみせてよ」と言ったんです。そりゃもう、ある意味、残酷極まりない言い方だったのかもしれないですが。口答えがめちゃくちゃ偉そうだったんです。だったら、弾いて見せるときも立派に弾いてみせて、ただ、それだけのことを言ったら、弾けなくてジャージャー泣いてたんですが、なんと、今週は、「全部両手でできたよ」「ほらやっぱりできるんじゃない」彼女がレッスン前に私とした「お願いします」は、演奏する前から、「こりゃすごいぞ」レベルであり、結果ももちろんそうだったことを思うと、やっぱり、いろいろつながってるんだな、と思います。…でも、それは、いろんな人とのかかわりによってできることだし、結果となることだし、誰か一人が全部悪い、と言い切れない私は、きっとこれからもこんな風に、変なところでモヤモヤすることもあるかもしれないとも思います。でも、モヤモヤしても、私一人が奮闘すればどうのこうの、ではなく、コミュニケーションの中で自分が変わっていけばいいや、と軽く思うようにしています。いい結果はお互いに作ったもの。だとしたら、悪い結果も、お互いに作ったもの、くらいのところにとどめておいて、悪い結果になりそうならば、やっぱり何か働きかけることは勇気を出さなくちゃいけないかな、と思っています。悪い結果が出ているときは、まだ過程で、きっと良くなる途中、と思うことに、しばらく慣れていこうと思います。
2013年10月08日
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発表会は近づく一方ですが、気持ちくらいはのんびり行きたいな、と思っています。数ヶ月前、その日その場で起こることに、誠実に素直に対応していれば、かえっていろいろうまくいくんだ!という感覚で過ごせた数週間がありました。…でも、それがさまざまなてんやわんやで失われ、想像もしなかった自分の感情をかきたてられ、パニックが続くようなこともあって、「いつになったらあのときの感覚に戻れるだろう」と思っていたりしました。…それがようやく少し戻ってきつつある感じがします。無理に、あのときのように振舞うことはあまりに難しい日々で、だとしたら仕方ない、何度も駆け抜けた日々のように過ごすしかない、という風に割り切って、振り回されて過ごした後、ようやくです。今度の穏やかな気持ちも、いつまで続くかわからないけれど、相手がどんな年齢であれ、「わからないんだから、仕方ない」というか、それはもはや言い過ぎなのかもしれないけれど、「この面においては、この人の感覚はまだ幼いのだから、そんなに厳しくしても仕方ないし、あまり厳しくしたら気の毒なのだ」という感覚で接することも覚えました。今までは、それはとても失礼のように思ってしまったし、思い浮かぶことも無かったです。だから、そんな場面では、自分を責める?へりくだる?というような対応が多かった頃。でもその時期の失敗を振り返ると、「わからないから、責めないけれど、こうすればもっとよくなると言えばいい」という結論に至ったりもしました。自分を責めるのも、へりくだるのも、あまり良くないことはどうしてもあります。たとえば、私が何も言わないで見守っていると、相手の言い訳がますます壮大になって、とんちんかんな方へ進んでいくのが見えてしまったら、「そっちじゃない。」「こっち」とは言わなくちゃいけないと悟った、という感覚です。またしばらくしたら、この感覚にも、間違いだった!と突きつけられる瞬間がくるのかもしれないけれど、それは裁きを待てばいいというか、そうなったら考えるか、という感覚もあります。そしてようやく訪れた、「今日起こることは、今日起こってから考えればいい」という穏やかな感覚が少しでも長く続くことを願ったりしています。去年の今頃は、それこそ、本当に出口のない状態の中にいました。支離滅裂な価値観が、自分ひとりだけに座布団を積みあげていることに気づかない相手の機嫌を取り続けるような、そんな日々でした。それに比べたら、今年の秋は美しい。今はこの美しい秋に思いを馳せるだけにして、雑事は機械的にこなして、のんびりと過ごそうと思っています。発表会前とはいっても、それこそ、何十回もこなしてきた業務に近くて、先が見えているものもたくさんあって、基本的な私は単なる暇人。(笑)だとしたら、無駄に焦ることもないな、なんて思っています。
2013年10月07日
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さっきの日記を書いて、旦那とご飯を食べに出かけたら、たまたまの偶然でしょうけど、そのラーメン屋さんで出掛けに「ありがとうございました」と全く言われないで出てくることになりました。別にそのラーメン屋さんでひどいことをしたわけでもないどころか、なんてまあおいしいの!と言いながら食べ、私をからかう旦那に腹を立てながら、普通に出てきたときのまったくの「ありがとうございましたのない帰り際」に、正直、さっき書いたブログの出来事と関連させてしまいました。(苦笑)でも、落ち着いて考えると、ラーメン屋さんでの出来事とそのことは別のことなので、ただ、忙しくて忘れられただけのこと。…ただ、そのことにこだわり始めた私の中には、次の考えをつなぐいいきっかけにはなりました。きっと、今週、「うちで弾きたくなっちゃった!」と帰った子が来てくれた時には、「わぁ、弾いてきてくれたの、ありがとう!」と笑顔で迎えられるだろうなと思いました。私とその子の日々にはいろんなことがありました。そちらだけを見ていると、「来てくれてありがとう」が大きすぎて、もう私も手一杯になっていたようです。そう考えると、些細な「ありがとうございます」の言われ忘れすら、遠くでありがとうにつながっていきそうですが、その瞬間に受けたショックが忘れるまでは近づかないかも。(苦笑)それは、そこでは別のことでも、私の中ではつながることだから。…そんな風に私の毎日はまわっていきます。割とすぐに立ち直れたのは、私が彼女にかけた「そんな綺麗な音、私には出せないわ」すら、私の中には、深い深い場所で「私を信じていてくれてありがとう」がちゃんとあるからです。どこかで一度、私は、私の辿ってしまった暗い日々を過去にするために、こんな気持ちを味わってでも、自分の気持ちを信じるより他になかったことは、私だけが知っていることだから、とりあえず、次回はいい足りなかった言葉を彼女にたっぷり伝えたいと思っています。いずれ巣立つ気配を見せ始めた彼女が、巣立ちやすいように、という私の勇み足も始まっていたのかもしれないですが、その辺りの処理がまだ下手なのも、経験のあとで直していくことしかできない今、今までのように、まったく関係のないことからも学んで、次につないでいくことしかできないところです。おもしろいもので、結局、このなんとも言えない気分を「ごちそうさま」と「ありがとう」につなげやすいところにいるのは旦那だったりします。暗い日々、そこでその言葉は言えない!!と思うときでも、「正しいかな」と言う価値観だけで、必死でその言葉を、多分、とんちんかんに、いろんなところで言ってきて、ちょっと感覚がわからなくなってきているのもあります。おかげさまで、今、その言葉を言うときには、「この場面で言いたい」と思えることを思うと、「ありがとうございました」の言われ忘れも、きっと、「ありがとう」なんでしょう。そういえば、先週はとんでもないところで、「間違えちゃった」と言ってくれた生徒に、心の底から「そんな風に間違えちゃったって言ってくれて本当にうれしい。ありがとう」と言ってたりしたのも思い出にあってよかったです。それがないと、さすがにこの流れの出来事は、昔の私なら落ち込み果てるに十分なことでしたが、この出来事よりも少しだけ先に、自分でも驚くほどの「ありがとう」が、自分の中にあったこともまた、私の支えだったように思います。
2013年10月06日
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土曜日は長丁場。先週から続いていた問題も徐々に片付き、最後の方のレッスンでは「まぁ、綺麗な音!私はもうこんな音は出せないわー」なんていう音が生徒の指から出たり、「うちの生徒さんの中で一番美しい低音を今初めて聞きました」という言葉を発したり、そんな感じの1日になりました。でもその全ても数々に重なった偶然をたどって、私がたまたま見せられた光景に過ぎず、それを私の指導と呼ぶつもりもありません。音楽が生徒と密接につながることを願って辿った糸なので、その結果は、「私」という存在を通り抜けていきます。それでよかった、と、美しく微笑めるほど人間もできていない私は、せいぜい、「仕方ないよね」なんていうあたりでうようよしています。(笑)それでも、少し前の私に比べたら、はたから見たらマシなのかもしれないけれど、私自身の中にある何かは、以前より、後味悪いようなものかもしれないです。それもまた「仕方ないよね」で片付けられるのなら、やっぱりそれはマシとも言えますが、もはやそれもどうでもいい、と言う感じが一番しっくりしています。ただ、批判は受けるかもしれないけれど、私の中にこだわりが出てきていたりもします。とても小さなこだわりなんですが、「おうちの練習」というものが私の気持ちを納得させるものであった場合、それがうまかろうが下手だろうが、私はその過程を見せてもらって、そこに指導みたいなものを乗せたというのはレッスン、と呼びたい。でも、やる気が出ないから、ほとんど何もしないまま、そのまま来ました、というスタンスでのレッスンになった場合、レッスン中にいろんな工夫をして「家で弾きたくなった!」とうれしそうに生徒が帰ったとしても、「私があなたの練習からいい学びをいただいたわ。ありがとう」とまでは言えないというこだわりです。たった1分の練習すらままならなかった生徒が1分を積んできていたら、それがあまりうまくなっていなかったとしても、それは「私にとっての学び」にもなります。だから、練習してくれてありがとう!次が見えてきたね、とは思えます。でも、そうじゃなかったら、そこまでは思わないようにしようと言う感覚です。教える作業はキリがなく、そこにその人がいてくれれば、今週の練習がなくとも「ありがとう」が始まるのも確かな事実です。でも、そこまで掘り下げると、私がゼロに近づいていってしまうんですよ。それでは、私がもたないというただそれだけの理由です。ピアノ教室にとにかく来ることも大切。でも、教室に行くんだから少しは弾いておこう、という気持ちがなかったところをどこまでもわたし「だけ」の責任にしたくない、という気持ちです。40年近くピアノに触れてようやく気づいた小さなことですが。ピアノを教える仕事をするベースにある私の経験まで、全部否定しながら教えるなんて、私には無理。でも、どこまでも「ありがとう」と言い続けることは、いつしかそんなことになっていく、と知った分だけ、私も少し意地悪になったのかもしれません。あるいは、私がピアノを弾きながらいろんな場所で見てきた景色が、そんなに簡単に「良い経験をさせていただいた。ありがたい」と言えないものだったと気づいたのかもしれません。人に聞いてもらったとき、その人が感動して立ち止まる音って何?を知るために、私は、立ち止まるどころか、蹴られるような思い、唾を吐きかけられるような思いもたくさんしました。むしろ、そちらのほうが多かったのかもしれない。それを、あちこち切り貼りして、「生徒の音が美しくなる」にするには、私の葛藤が確かにありました。その葛藤に価値はない、と思う人にまで、上手に頭を下げられなかったとしても、それは、いつかできるようになるかもしれないけど、今は無理、ということもあります。それでも、そんな心理の中で、「あなたは子どもだけど、十分に立派だから、おうちの練習お願いね」と言える自分にもなっていました。その言葉に込めた意味は、誤解されるかもしれない。今はよくても、いずれ自分で振り返ったら間違いかもしれない。でも、それしかできない。そんなところにいます。そしてそうあることは、とてつもない寂しさがつきまといます。きっと誰もがもつ寂しさと同じでしょうけれど。人と比べている余裕のない寂しさなので、そこは、ふざけてやりすごしていますが。「私にはもうその音が出せない」という感覚は、実に不思議なものでした。若くて澄んだ美しい音でした。年齢に例えるなら、若さを見せ付けられた、と言う感じです。でも不思議なもので、そんな音を出している少女への嫉妬はありませんでした。「こんな綺麗な音が聞けるなら、ずっと弾いていてって思うね。」と言いながら、脳内には白雪姫の童話が展開されていました。(笑)おきさきさまは、なぜ白雪姫を殺そうとしたのかしら、と例えていく私にぴったり呼吸を合わせて生徒が言います。「だって、鏡が、一番美しいのはおきさきさまじゃないって言ったから」「えー。私ならずっと聞いていたい」と答えながら、おきさきさまってもったいないことしたのね、と、脳内に浮かぶ人を思い出していました。そのおきさきさまも、無意識ながら私の破滅を望んでいたことを思い出しながら。美しい音は、ずっと鳴っていてほしいじゃない?と、今の私は思う。それを確かめながら、でも、いつかこの子もこの音を失うときがくる、と思いました。そしてこの音は、この子が出しているようで、この子だけの努力で出たものじゃない。そこがまだ少しわかっていないことに対して、私は、今はまだ「ありがとう」と言いたくない。もしかしたら、それも「小さな嫉妬」と呼ぶものかもしれないけど。(笑)私は、その音を潰そうとも微塵も思わない。無意識の私はしりませんけど。(笑)ちょっと今、気が乗っていないから、やる気を出してもらいにきたの、というスタンスに見えた彼女を「じゃ、楽しんで弾いてみてね」と手は振って送り出すけど。「ひどい先生」って言われそうな気になってた自分もいたけど。そこまで、ひどいって言う人って、意地悪ー!!ってくらいですかね。(笑)その後に聞いた、「今まで聴いたことの無いほど美しいベース音」には、最大級の賛辞を送りました。練習の仕方まで忠実に守り、その音に至ってくれたその人は、別の生徒さんに懇々と言ってました。「この先生には従ったほうがいい。絶対に弾けるようになる!!」その人と私は違うジャンルの音楽の道を辿ってきました。だから、私の知らないこともたくさん知っています。その事実においていうならば、私はあなたを師匠と思います、と言った所で、レッスンの形態が揺らがない。そういう人には迷わずそう言えるようにだけはなりました。そうじゃない人にそういうニュアンスのことを言うと、大変なことになります!!(笑)師匠と仰いだのは間違いだった、という人に、危うく絶滅させられかけたように思った後の出来事にしては、悪くないんじゃないかなと思ったりしています。
2013年10月06日
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イヤイヤ気分で出かけた割には話も弾んで、まぁ、通常通りのおもしろい時間になりました。ハイテンションの美容師さんですが、スタッフの育児休暇により、のんびりと営業することに方針を変えたようで、基本的に貸切状態。…正直、こちらは助かります。前回、「後ろジロジロ、前から見たらチーンだったわけでしょ!」と言われ続けたトラウマはまだまだ健在の私としては、その話を蒸し返し、「女は顔が命なんだからね!」と、軽くジャブを放っておきました。(笑)せっかく綺麗に切ってくれている美容師さんには申し訳ないけど、美容院で綺麗になったら「あたし綺麗」と思うのが女ってモンよ、くらいの気分でしたから。(笑)前回は、後ろジロジロ前から見てしょんぼりされることの無いように切って、とリクエストしたら、後ろはおばちゃん、前は顔を丸出し、という、まぁ、リクエスト通りだけど、私の心情はどうなるのさ、という無残な結果に終わりました。今回は「女は顔が命!」と叫んだ私の心情に配慮したのか「え、前髪作ると、顔出ちゃうよ。大丈夫?」みたいな遠慮がちなスタンス。…失礼しちゃうわね。(笑)それでも長い付き合いを経ているので、別にどうってことはなかったのですけど。後ろからカット後の髪を見せてもらったら、前回とは違って、おばちゃんくさくないぞ!とっさに「うまいね!」と叫ぶと、「その言い方珍しい」とか散々言った挙句の果てに、「半分だけ正しい」とやけに半分を強調されました。「半分だけ正解」とも。(笑)そういわれたら「残り半分は不正解」と受け取りたくなるのは普通だと思いますが。その残り半分については、自分のこだわりがあるとかで、なんかごちゃごちゃ言っていたけど、真意はぜんぜんわかりませんでした。「うまいね!」だと失礼なわけ?とか、「ありがとう」的なスタンスが足りないわけ?とかちょっと思いましたが、お客さんが「うまいね!」と叫んだら「ありがとう」はそっちでしょ!というか。(笑)すぐさま友人たちにメールで「こんなん言われた!」と連絡して、みんな一緒に「そんなこと言われたら意味不明」とか「かえって不愉快になる」とかフォローしてもらいましたよ。(笑)私に大切なのは、私のフォロー。(笑)旦那に話すと「そりゃ照れだよ」と言うことでしたけど。それもあるかもしれないけど。「サロン的な意味で本当に言われたい言葉ってそれとはちょっと違う」とえらくこだわっていた真意は謎のままですし、もうどうでもいいし。(笑)その後のレッスンはてんやわんやで、いつもなら来ないメンバーが来たりと大騒ぎでしたが、レッスン内容としては、精一杯だったかなーと思います。褒めるところは褒めるけど、足りないところは「足りてない」とまっすぐに言えるようにはなってきたと思います。「できないからダメ」ではなく「足りてない」と言える自分も、自分のこだわりです。美容院で叫んだように、生徒相手に「うまいね!!」と叫ぶ場面もあり、それを聞いていた付き添いのおばあちゃんが照れくさそうに「ええ、まぁ、うまくなりましたね。おかげさまで・・・」と言ってくれたりして、それは綺麗な展開だなーと思いました。「おかげさま」という言葉は、相手に言っているようで、実は大いなる何かのことを指しているんだよ、と教えてくれたのは、今は亡き師匠です。師匠の教え方とは違いすぎる部分も多いけど、その「おかげさま」という解釈に、そういう大きなものを感じることは、とてもいいことだなと思ったりもしました。暴れん坊の双子も運動会の都合で、予定外の平日の夜に出動。(笑)彼らの顔を見た瞬間、「わ!こいつら今日だった!」とテンパったりしましたが、スケジューリングのミスもなく(しかしとっさにダブルブッキングしたかも!と慌ててその次の子のところに電話をしたという早とちりはありました。)内容も発表会に向かわせたものになりました。膝の上でくつろいでいた双子の片割れが、帰り際にあたしに向かって「頑張れよ」と言いましたが、それはさすがに「半分だけ正解」みたいな気分になりました。まぁ、おもしろいので、そこは放っておきましたけど。(笑)美容院では、「幸せ」というキーワードも出ました。小さな男の子のパパになった美容師さんらしく夢いっぱい希望いっぱい責任感いっぱいという感じでよかったけれど、私にまで「幸せに向かって生きろ」みたいなスタンスで、「どうして生きてるの?幸せになるためじゃないの?」と懇々と説教されそうになりました。「幸せってなんだっけ」と久しぶりにそのキーワードをぶつけられて本気で困りました。そんなこと考えてる暇もなかったよ、という感じのこちらとしては、「半分だけ正解」に翻弄された午後でした。いろいろ足りないものがあるからこそ、人とかかわれると言う意味で、足りないことそのものが完璧というか、そういうことも味わう午後でしたが、人が多くたまっているときも、少ないときも、それなりに自分の価値観で動こうとした午後でもありました。
2013年10月04日
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発表会も近いので、いかに本番に綺麗に生徒に弾いてもらうかを中心にレッスンが進みます。手首を上げて、音の余韻がすぅぅぅーーっと、まるで筆文字のように細くなるように整えてほしいなぁ、なんていう願いのための言葉を探しながら、生徒によっては、弾き始めに静止してピアノの鍵盤の中に指を沈み込ませるようにしてみて、音が湧き立ち始めたらそこに響きを加えていって、なんて言ったりしています。全ての言葉がその日の自分の思える全てで、アドリブのようなもの。この言葉にもっと早くにたどり着けていればよかったのに、と頭の中で思いながら、それもできなかった、仕方なかったと振り切って、「うっわーーー!!これいい!!この感じいい!!」と生徒が目を輝かせるのを目の隅で確認して、でも、それにも溺れていられない。だって、まだまだあちこちに課題がぶら下がってる。どこまでさせて、どこまでさせないか、も考えなくちゃいけない。相手は小さい。一回のレッスンで出せる課題なんてひとつが精一杯のこともたくさんあります。まだ先はあるから、という言葉が、絶望につながらないように、それが希望になるようにもしなくちゃいけない。今、子どもたちに教えている「表現の仕方」は、私がもっとも影響を受けた亡き師匠の教えとは真逆もいいところすぎて迷った時期も長かったですけれど。あの教え方は、「小さい子ども相手には無理!」と吹っ切ることと、師匠を吹っ切ることは、とてもよく似ていて、ひどく私は混乱した時期を過ごしました。私がその師匠の教えから離れ始めたきっかけになったあたりに、ジャズとの出会いがあって、それは、出だしが甘く、後が死ぬほど苦しい恐ろしい蛇の道のようなところがありました。ジャズをやるなら、いっそのこと、何も弾けなかったほうが良かった、と思ったことが何度もあります。詰め込み、形作ったありとあらゆるものが、ジャズの道には反していたことも事実です。でも、いつかはそれがどこかで反していなかったことになるのかな、なんて、甘い気持ちで踏み込んだその道は、「いつかのそれ」が、ゴールにあればいいほう、なんていうほど遠いところに「いつかのそれ」という実をつけていると知りました。この数年は、その「いつかのそれ」を這うようにして採りに行って、帰ってきて、綺麗に洗って美しく盛り付けて、先生に一番おいしいところを食べていただくようなところがあったようにも思います。「おいしいわ。もっと採ってきて頂戴」と言われる軽さに応えることが私にできる最善のこと、と思いすぎていたし、先生もそれが私のような「天才」なら、庭にちょっと出たら採ってこれるようなもの、と思っていたらしい、という誤解もありました。でも、私は天才ではなかったから。ただ、採ってはこれた。どうやったかなんて言葉にできないほど、辛く恐ろしく、二度と行きたくない、というほどの藪の中を這って傷だらけになって、なんとか、先生のお好みの形に持ってくることができた。それを何度も何度も繰り返すうちに、私は疲弊し、傷だらけになっているのに、「あなたのような天才は」と言われてしまう。先生には、この傷が見えない。傷が増えていっていることが、先生には、見えない。そう確信してから、飼い犬の私が暴れだし、先生に噛み付き、放り出されたことは、ある角度から見たら当然のことでもあります。それは生きるための戦いで、もう二度と、行きたくない場所にはもういけない、という絶叫でもありました。もしかしたら、これほどおいしい果実をいつも、なんて先生は思っていなかったかもしれないし、それこそ庭で痛くも痒くもない気持ちで集める木の実でも同じようにおいしく思ってくれたのかもしれない。ただ、その境目を見極めるだけの判断力は、「私のほうには」ありませんでした。振り返ると、難しい時期だったと思わざるを得ません。今は、ジャズを聴くと、ギャー!とも思わず、何も思い返さず、自分も重ねず、耳も自然と閉じるような防衛本能が働くのか、あまり苦しくもなくなりましたが。亡き師匠の教え方と、どんどん真逆になっていく教え方をしながら、うっすらと頼りにするくらいです。「本人が楽しくなくちゃ、子どもは、やらないからね」そう思うときの道しるべにするくらいです。あ、これは亡き師匠の教えとも通じるかも、という緻密な練習方法が思いつくときも、その逆が思いつくときも、そのベースに自分の経験があるし、結局、自分の経験くらいしか、咀嚼して人に伝えることはできない。私の歩いた道は細くて細くて、経験も本当に小さいけれど。その小さな世界で伝える何かを明日につなぐことしか今も明日もできないけれど。失った明日が1分でも帰ってくればいいなぁと思わないわけではありません。コンビニでレシートを渡されたときに、何を聞き違えたのか、その言葉が「明日をお返しします」に聞こえてしまった昼下がり。秋と呼ぶにはまだまだ暑い日差しの中、短い距離を歩いて戻って、教室に着いて、短く泣いてしまいました。(笑)生徒たちは運動会だったそうで、テンションがピアノモードでなく、それも含めてののんびりしたレッスンになりましたが、みんないつもどおりにかわいくて、お互いに言いたい放題で、勝手気ままで自由でありながら、どこかにルールのようなものが見え始めていました。このくらいが私にはちょうどいい。しばらくまだこれ以上の強さ大きさで何かを求められるのは無理。いつまでこの規模でいけるのか、この状態でいけるのかもわからない。でも、明日のことなんて誰もわからないし、これでいい。少なくとも、去年の秋より、今年の秋のほうが美しく思える。その比較が、私に明日を待つ力になるまで、しばらくまだこんな調子でしょう。(苦笑)とりあえず、あまりに白髪が伸びてきたので、今日は美容院。秋支度はそれからのこと。
2013年10月03日
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久しぶりに、オトナの生徒とそこのうちの1歳の大将と遊んできました。いろいろ一緒に乗り越えた感の強い生徒ですし、そのチビ助もかわいい真っ盛りで、基本、静かに過ぎていく責任の無い時間がなんともいえない安らかさに満ちています。大体、生徒と遊びに「出る」と、やっぱり何か波しぶきのようなものはかかってしまう。でも、こういう空間だと、休ませてもらえる感じがします。どちらも必要なことなのかもしれないけれど、足りてないのはこの休息のようなもの。隙間隙間にいろんな記憶が立ち上るけれど、何しろ、チビ助がめちゃくちゃに引っ掻き回してくれるので、覚えてもいられない。それこそが、気持ちの休まる理由です。人と人がかかわると言うことは、どうしたって間違えると、痛々しくなることもありますが、そういうものがギリギリまで少ないほうがこちらは助かります。ポツリポツリと思い出話をお互いにしながら、状況があの頃より良くなったことを確かめていました。状況が良くなったというのは、それぞれに諦めたものが増えた、ということで、その苦味もお互いに良くわかる。そういう生徒に恵まれているのだから、きっと私はまだまだやっていける余地があるのでしょう。諦めるのが辛いことに限って、諦める悲しみを受け止めたくないもので、目を背けすぎたこともたくさんあるかもしれない。でも、その行為を「罪」と名づけられたら生きてもいけない。でも、人はそんなことこそを批判することもある。批判するのも仕方のないこと。だとしたら、そんなことを言われない状況を作りたくなるのもまたこちらとしては当然のことだったりします。そのとき、あまり相手が傷つかないように、という考えが間違ってたのよ、なんていわれようものなら私もブッ切れるわけだし、そこでブッ切れるのも仕方ない、次は気をつけるから、くらいには思えるようになってきています。これは私の変化です。でも、そんな自分を忘れることのできる静かな昼下がりでもありました。考えてもいるけれど、自分を責めることはない。そういう時間は増えたほうが私は助かります。10月には、生徒のバレエの発表会にご招待されることになってるし、11月はクソババアちゃんとコンサートに出かけるし、エレガントなイベントが目白押し。(笑)それにちょうどよさそうな服でも漁りにそろそろまたお買い物にも出かけなくちゃな、などと思うのですが、いろんな意味でお尻が重くて大変です。(笑)9月はたっぷり引きこもったので仕方の無いことですけどね。(笑)素敵な服を着ると、何か事件が起こるのは当たり前のことなのでしょうけれど、素敵な服でエレガントな場所にいたい。だって、それは自然な気持ちだし、その場所への敬意でもあるから。願わくば、あまり浮かず、あまり目立たず、自分が安心していられるような服が見つかればいいのですがどうなることやら。(笑)このごろ、「飲み屋のママみたい!」と言われることへの抵抗感が強すぎて、緩めのデニムでナチュラルな服装ばかりしていましたから、エレガントモードへの切り替えはそろそろ必要。飲み屋臭の理由が私本人にあるのもわかっているので、それをカバーしてくれる良い服にめぐり合えればいいけれど、そればかりは本当に「どうなることやら」です。
2013年10月02日
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片道80キロほどかけて実家にゆっくりとドライブがてら向かう途中、大学時代の友達から電話が来ました。本当に久しぶりの連絡が、同期生の訃報ということで、日帰りの帰省がその出来事を中心に、大学時代への記憶の旅にもなってしまいました。同じ音楽専攻でも、亡くなってしまった彼女は小学校教員養成課程だったというのもあり、挨拶を交わす程度、個人的な話をした記憶もほとんどないような距離感でした。その訃報をうまく消化できないというか、うまく受け止められないままに、連絡の途絶えていた中学校教員養成課程の友達とポツポツ連絡を取って、小さな連絡網をつなぎました。教育現場に身を置かないと、本当に大学時代につながる思い出のルートが絶たれてしまうようなところがあります。私が連絡を取る相手は、遠い県に住んでいたり、教員を辞めてしまったり、ということでやはりルートが絶たれてしまっているような人たちだけでした。数年前、大学の先生が亡くなったときも思ったのですが、そういう出来事は、ばらばらになってしまった人たちをつないでくれます。亡くなった彼女にまつわる思い出をほとんど持たない自分に、彼女が遺してくれたかのように優しい縁がつながっていきました。縁と言うものは不思議で、こんな事情で連絡を取ってみたら、「赤ちゃんが生まれたばかりなの」という話を聞けたり…。引っ込み思案の友達のその言葉に、おばちゃん興奮!(苦笑)その子が「tea*ちゃんにコピーをもらったあのブラームスの曲、赤ちゃんが生まれるまでレッスンに通ってちょっとだけだけど弾けるようにしたの。私、ピアノがないとダメみたい」と言ったときは、ええええー、そんなもったいない!!とさらにびっくりしました。引っ込み思案で優しいその友人は、静かで小さな美術館に、暖かい居場所を見つけました。そこを訪ねるのがとても楽しみだった時期もありました。先も見えないまま、小さなマンションに小さな教室とグランドピアノを詰め込んでいた日々。おしゃれして、しばらく電車に揺られて、小さな美術館に彼女を訪ねる旅が、息抜きでした。その途中、バッタリ出会った大学の先輩に、「こんなに優しいことを言ってもらえるんだ」なんて思い出もありました。その先輩がずいぶん早くに亡くなった時には、大学時代にもほとんど接点のなかったけれど、そのまっすぐな優しい言葉が後々、どん底の私に響き続けたこともありました。…私にも、傷ひとつ無い、優しいだけの思い出の人たちがいて、その中の一人が「ピアノがないとダメみたい。あの曲が弾きたくて」と今言われる不思議。ピアノが苦手で、引っ込み思案で、でも、芯の強い彼女の傍らに、私の思い出があることを知って、うれしいと言うよりただただ驚くことしかできませんでした。こんなあたしにまつわる曲でごめん、と、変なことしかいえない私の不器用さが、彼女にはまっすぐに伝わっているのがわかりました。夜かけた電話の相手は遠くの県の友人。早い結婚、出産、脳梗塞、離婚、と、すべてがハイスピードの彼女が、電話口の向こうでカラコロと氷の音を響かせながら、軽やかに明るく「生きていかなくちゃだもの」と言う声の強さ。結局、突然の訃報が、なぜか「生きていかなくちゃだもの!」というほうにばかりつながっていきました。細い糸のはずなのに、とても力強い声。それでも相変わらず、彼女の訃報が消化できずにいた私には、「教員免許状」というアイテムのへの記憶がよびさまされました。なんだかごちゃごちゃしているうちに、10年ごとの更新だの講習だのなんだのと法律が変わったとかだけど、こちとら手一杯。もう免許状も吹っ飛んだに違いないと決め込んでいたのに、そうでもないらしい、という情報が届き続けました。思い出があまりないのなら、教員免許状のことを考えるたびに、彼女を思い出すことにしようかな、とノロノロと一夜明けて考え付いて、ちょっと調べてみたりもしました。「まったく更新する気ないでしょ」とかって言われて、そうなの!なんて思っていたけれど。調べてみると、教職になかった私、今後教職に復帰する見込みのない私には、更新の手続きをする義務もないけど、見込みができるまでは講習を受ける権利もなさげでしたが、見込みができると講習を受けられることになるらしく、別に持ってても免許状そのものが失効ということでもなく、持ってる、と履歴書なんかに書くことも可能とか。何もしなくてよくて、何か必要になったら使うことができる、と知ったその免許状の思い出に、彼女の思い出が絡み付いてくれたとき。一緒に親しい友人の思い出もよみがえり、縁もつながりました。錯覚かもしれないけれど、そういえば少し前、ふと彼女を思い出していました。「綺麗な人だったな」という思い出だけがふっとよぎった軽いものだったのですが。それもまた、偶然ではないということにしようと思います。思い出の少なかった人だけに、美しい思い出だけがこの先膨らんでいくこともあるかもしれません。
2013年10月01日
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