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映画音楽 さてこの本題の曲、言うたらなんですが、それこそ中学のブラパンでもすぐ弾けそうな、ごくシンプルなリズム進行とメロディーラインでありながら、いかにも映画音楽らしい壮大な印象を生み出しているのは、声楽やパーカッションも含めた独特な「内声部」の取り扱いの巧みさにあるので、826askaさんはそのあたりの魅力をごく自然に引き出しているように思うのです。動画もそれを意識したのか、ブラスと弦楽その他の出し入れの妙を、手指の近撮で見せてくれて面白かった。 この曲は弦楽部と管楽部他が主旋律を交代で奏でながら互いを補佐し合うという、いわばH・ジマー的作曲書法の一つの典型をなしているので、特に3分あたりからの全奏部分、少し金管を抑え気味にして弦楽部を際立たせるところなど、私の好みにピッタリです。このあたりの音の種類や強弱の取捨選択は、演奏者(あるいは指揮者)の感覚あるいはセンスにかかって来るわけで、「電子音なら誰が弾いても同じ音」ということにはならない。 私が826asukaサウンドと呼ぶのは、例えばそういうところなのですが、笑ってしまうのは、本人はこの映画を観たことがない由。とすれば、私たちがここで感じる「記憶のよみがえり」というのは、彼女が映画のオリジナル・サウンドを忠実に再現しているから、ということを意味しているわけではないということになる。この「よみがえり」はたぶん、そういう次元とは別のところからやって来るのです。 早い話、これをきっかけに(「バックドラフト」にかぎらず)元の映画を仮に観たとして、同じような「記憶のよみがえり」が生じるのかと言えば、これははなはだ怪しい。「ああそう言えば、観たことがあったな」といった、かなり風化した記憶しか出て来ないのではないか(全部がそうだ、とは言いませんが)? 私がここで少し考えてみたいと思っているのは、こうした「記憶」のありか、あるいは「記憶の彼方」みたいなことなのです。 以下、しばらく話は遠回りしますが、映画音楽のことに触れてみたいのです(断っておきますが、別に私は特段の映画音楽ファンではありません)。 私の言いたいのは、この「Show me your firetrack」にみられるような弦楽部と管楽部、あるいはコーラスやパーカッションを交えた濃密に「内声部」が充実した響きというのは、やはりヨーロッパ・クラシック、それもワーグナー以降の後期ロマン派から近現代に到る、かなりハイソな音楽作法の、これが直系なのだろうということなのです。これは作曲者本人の意識とは関係なく、いわばごくエスニックに規定された趣向だったのではないか?今でこそ彼の門下生も含めて、こうした響きというのはハリウッド映画では、当たり前のようにして聞かれますが、「バックドラフト」の頃はまだまだ新鮮だったろうし、だから私の耳にも何とはなし、こびりついたのではないか? 大事なのは、フルスペックのオーケストラ・サウンドというのは、それまでのハリウッド映画にも数多く存在したということです。それは何もミュージカル音楽にかぎったことではなくて、「ベン・ハー」や「天地創造」といった史劇ものや、「アラビアのロレンス」とか「大いなる西部」など見事な映画音楽でしたね。ちなみに「ベン・ハー」のM・ローザや「天地創造」の黛敏郎など、れっきとした現代音楽作曲家でした。 であるにもかかわらず、私たちはこれらとH・ジマー他の今どきの映画音楽作家の響きには、明らかな違いを聴き取ってしまう(たんに録音が古いとかいう話じゃないですよ)。で、それはやっぱり「内声」の洗練され度合いにあるのではないか。言ってみれば、ベートーヴェンとマーラーの響きくらいの違いを。 逆に言えば、映画を観る人たちの耳が、ようやく近現代のクラシック音楽の響きになじんで来た、とも言えるかもしれません。観客が受け入れなければ、ハリウッド映画のように大資本を投じる音楽は、作曲家の好きには作れないのです。このあたり、ジマーと同様、新しい映画音楽を開いたとされるJ・ゴールドスミスやJ・ホーナーなどは、本格的クラシックを学んだ矜持からか、少しく表現者として飽き足らないものを感じていたようです(前者は先のM・ローザに、後者はG・リゲティに学んでいますね)。 それにしても、ハリウッド映画におけるサウンドの変化というのが、いつごろから始まったのだろうと、あらぬ想像をしてしまうのです。 これもまったくの私見ですが、それはたぶん1968年公開、S・キューブリックの「2001年 宇宙の旅」からだったろうという気がする。この映画ですっかり有名になったR・シュトラウスの「ツァラトゥストラかく語りき」や、それ以上に映画全体の響きを支配しているように聴こえる、先のG・リゲティ「ルクス・エテルナ」や「レクイエム」を聴いていると、映画の中味じたいの斬新さもさることながら、そこに臆面もなく使われた純クラシックの響きに、度肝を抜かれた人も多かったのではないかしらん。 公開当時、私も大阪のOS劇場に駆けつけた一人ですが、一緒に行った友人など、その難解さと退屈さに途中で居眠りする始末。一般はもちろん映画評論家、SF作家まで含めて、すっかり戸惑ってしまっていたのを覚えています。 とはいえ、この映画を嚆矢として、本格SF映画の時代は始まったと言っていいので、1977年公開の「スターウォーズ」も当初G・ルーカスは、音楽を全編クラシックで通そうと思っていたとか。「2001年」から10年ほどで、観客の耳も新しい映画音楽に慣れて来たということなのかもしれませんね。
2017.02.15
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Show me your firetrackとは、映画「バックドラフト」のエンディングテーマで、826askaさんの演奏がなければ、ほぼ間違いなく私の記憶から、永遠に消え去っていた音楽です。 昨年秋に彼女が福井の野外ライブで弾いていて、少し気になっていたのが、年末に動画UPされて、改めて記憶のありかをあれこれ考えさせられるよすがとなりました。とりあえず聴いてみてください。 さてこの映画は1991年公開の消防士もので、主演がC・ラッセルとW・ボールドウィン。比較的地味な俳優だったせいか、あまり話題にはならなかったように思うのですが、脇をR・デニーロやD・サザーランド、S・グレンといったベテランが固めて、この種のものとしてはたんなるパニック映画に陥らず、第一級の仕上がりになっていました。 とはいえ、今回彼女の動画UPがなければ、その映画自体の記憶も蘇らなかったろうし、もちろん唐突に思い立って、その映画を改めて追い求めるということもしなかったはずなのです。面白いのはこの動画を見たとたん、映画の記憶が、それを観た状況や時と場所、出演者まで鮮やかに思い出されたことで、「それは確か大阪の映画館だった、仕事が退けた夜に誰彼とどういう顛末で、この映画を観に行ったか」ということまで、面白いほど蘇るのです。時はバブル崩壊寸前の頃、しがないサラリーマンの私でも、数人の部下を引き連れて梅田に繰り出し、映画好きの一人に勧められるまま、入ったのがこれなのでした。 以下話したいのは、映画の中味でも昔の思い出話でもなくて(どちらも大したことない)、なぜこのように「記憶」(それもどちらかと言えば、どうでもいいような)が、唐突に蘇って来たのだろうということなので、それには明らかに826askaさんの動画が関与しているだろう、ということなのです。 で、改めてこの曲を振り返ってみると、作曲者は例のH・ジマー。もちろん当時、そんな名前は知らなかったのですが、その後J・デップの「パイレーツ・オブ・カリビアン」だの、R・クロウの「グラディエイター」だのの音楽を手掛けたハリウッドの売れっ子音楽作家だと知りました。名前は知らなかったけれど、この映画にはいささか壮大過ぎる響きのエンディングテーマは、多少印象に残っていたのでしょう。映像の記憶はそれが明晰であればあるほど、かえってセピア色に変色することもあるかと思いますが、音楽というのはそういうふうには記憶に刻印されないものらしい。 どうもヘンな言い方になりますが、音楽はどうやら記憶の背後に沈殿して、何かのきっかけでいきなり唐突に、聴いた場所や時や空気まで一緒くたにして、一挙に蘇るものらしいのです。まあこれはあるいは私個人特有の性癖かもしれませんが。 このH・ジマーという作曲家、wikipediaによれば、1957年ドイツ生まれで十代にイギリスに移住、そこで映画音楽を勉強したあと、渡米してD・ホフマンの「レインマン」(1988年)の音楽でブレイクした由。―シンセサイザーとオーケストラをミックスさせた、壮大で耳当たりの良いメロディアスな楽曲が特徴的である。低音域の強調やミュート、コーラスなども効果的に用い、映像の展開や演者の動き、また心境の変化などにも合わせた緻密な編曲を組む…。従来はバックグラウンドで単調に流される傾向が強かった映画音楽の役割を、これまで以上に演出効果の一部として音楽に担わせることを見事に成功させている。―とありますが、果たして彼以前の映画音楽が、並べて「バックグラウンドで単調に流される」ものであったかどうか、ちょっと疑問。なぜならハリウッドにはミュージカルという立派な音楽系譜があるからです。さらに武満徹は60年代すでに、厳密に映像に密着したハイソな音楽を作っていました。 私が強調したいのは、彼がドイツ生まれのイギリス育ちという、純正ヨーロッパの出自だという点です。7、80年代のヨーロッパがすでにクィーンやディープパープルを経た時代だったとは言え、彼の子供時代にはおそらくそれと同列(あるいはそれ以上に)、オペラやクラシック音楽が響きあっていただろうということなのです。この場合、何も本人がそれに心酔していただろう、などと考える必要はない。 大事なのは本人が意識するしないにかかわらず、彼の周囲がそうしたクラシックサウンドに満たされていて、そういう状況は同時代のアメリカではちょっと想像し難しかったろう、ということです。当時ブリティッシュサウンドというコトバが流行っていて、アメリカンロックとは明らかにサウンドが異なるミュージシャンが、わらわらと現れていましたね。
2017.02.09
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