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何にも書くことがない。全くネタがない。なんとか振り絞れば何かあろうだろうけど、そんなことをしても面白くないのでしない。そういえば、昔、御堂筋線に乗っていたら「どこからこの車両を地下に入れたんやろう?」といっている人がいた。連れの人は黙っていた。その数秒後、地下鉄は地上に出た。質問をした人が「あっ」と言っただけで会話が終わった。これと同じ質問をしている人を大江戸線でみかけた。「地上からに決まってるやろ。」と内心思いつつ聞いていた。だって地下から入れれるわけがないのだから。しかし、具体的にどこから入れたかは知らない。それにしても、地下鉄ほど下らない乗り物はないと思う。きっと昔の僕にそれを言うと、「下り列車は下るねん。」と言っただろうと思うが、まぁそれはおいておいて、窓の向こうがずっと黒一色であるし、何もすることがないときはボーッとするしかない。ボーッとするのは好きなのだが、こういうところですると、気がついたらうっかり、ニヤニヤ笑ってしまい、周りからジロジロ見られていたりするので、ボーッとするのも警戒心なしではできない。そういえば、女性専用車両というのは、導入して正解だったのだろうか。女性を一カ所に集めるよりも、痴漢専用車両を作って痴漢を一カ所に集めた方が、合理的だと思うのだが。痴漢で思い出したが、冤罪の場合は訴えた側が刑に処せられる法律はないのだろうか。テレビで冤罪のケースやらを見ていると、気の毒で仕方ないのだが。被害者って強いよなと思ったのは、山手線で網棚から荷物を取ろうと手が滑って、椅子に座っている乗客に鞄をぶつけてしまったサラリーマンを見たときだった。椅子に座ってる50歳前くらいのおばさんが被害者だった。相手はひたすら謝っているのにネチネチと文句を言い続けていた。「一体、何考えてるんですか?重いものを持っている自覚があるんですか?」とか、もう言いたい放題。サラリーマンがかわいそうになってきた。見ていて醜い光景だった。第一、その、おばさん、優先座席に坐っていたのだし。優先座席というのもくせ者で、「お年寄りや体の不自由な人」の範囲は何かわからない。若者は坐ってはいけないなどと良く言われるが、これは大きな間違いだろう。若者でもインフルエンザにかかってれば年寄りより体が不自由に違いない。一日中働き回って帰宅中の22歳の方が、70歳でカラオケの帰りの老人よりもよほど疲れているだろう。敬老というのもくせ者だと思う。「若者が老人を敬わなくなった」とよく言われていた。それはいくらなんでも酷い言い草だと思う。老人だって明らかに質が低下しているのだから、その分敬われなくなって当然だ。ただ古株なだけで尊敬された時代は過去にもないと思う。年配者に内容があることを前提に敬老というのはあると思う。前提の一つだと思う。若者の側だけに押し付けて自らを反省しない態度は良くない。どうしようもない奴もいるけども、礼というのは、儒教の言葉をそのまま使えば、仁などの他の徳が背後に合って初めて大きなものになるだろう。この前、池袋の駅で、列に並んで乗車しない女子高生が2人いたので、「ならびなさい。」と言ったら、二人は「なんだと!」と叫び、「バカやろう!」と言いながら去っていった。池袋では座りたい人がわざわざ一本電車を遅らせて並んでいる。4ドア車両の場合、前から9人目までは坐れるので、結構、みんなそれを計算して並んでいるのだ。後ろの人の視線が北極点に達していたので、仕方ないから並ぶように言った。まったく、僕も高校生に戻りたいなぁと思った。腹がたったのではなくて、どっちかというと「元気があってよろしい」と思ったからだ。あの二人の将来など僕の知ったことではない。並ばないのは、生徒だけのことでもないようで、高校の先生だって並ばないことがある。りそな銀行で窓口の番号札を取ろうとしたら、だだだっと走り込んで来たジャージ姿のおっちゃんが、だだだ、ぱっ、っと僕が手を伸ばして取ろうとしていた番号札を奪っていった。「なんやこいつ。」と思った。「所沢高校様」と呼ばれて窓口へ移動していたので、所沢高校の教師だと分かった。本人に悪気はないのだろうけど、つまり、単に急いでいただけなのだろうけど、池袋の出来事とどこか繋がっているような気がした。もうええか、今日はこれまで。
2006年10月24日
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聴きたい曲を聴けるラジオ局が誕生した。今、ニュースをみて、試しにアクセスしてみた。Billy Joelと入力すると、Billy Joelの曲が流れてきた。これはすごい。最高にいい。そして、凄い所は、音楽ゲノムと名付けられた分類方法によって、同じ系統の曲も流してくれるところだ。でまた、それが本当に気に入る曲が流れてくる。ちなみに画面に広告がついてよいなら、無料で聴きたい放題です。一番好きな歌手の名前か曲名を入れると、それに合わせて曲を向こうで選んでくれます。で、これがまた、繰り返しになりますが、今まで知らなかった、好みの曲が流れてきます。http://www.pandora.com/
2006年10月22日
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メザシを食べたい。あの苦みがたまりまへんな。ボクは頭のついた魚が苦手なんですが、許容できる大きさの限界がメザシの頭です。以前は粗食の代表でしたが、値段が上がってきてますね。そのうち、松茸みたいになったらどうしよう。北朝鮮産メザシとか嫌やな。
2006年10月22日
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透明人間が現実になりつつあるこの時代において、慎重に慎重を重ね、よくよく考えた結果、つまりは、昨今の国際情勢および、経済情勢、社会情勢など、我々の生活に重大なる問題、そして地球規模の視点にたち、今、私が言えることを一言に集約しつつ、いよいよここに、秋が深まり行くこの季節に、そして宇宙からのメッセージを受信しつつ、ついに、満を持して、今の心境を語ります。「おやすみなさい。」
2006年10月20日
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岡田の続投が決定した。来年は頑張って、若手を育てつつ優勝してもらいたい。特に捕手を育てることが急務だと思う。育てられないと思ったら、さっさとFAなりで獲得して欲しい。 井川がアメリカへ行くとしたら、先発の中黒柱(大黒柱とは言えない)が一枚減る。下柳も年齢が年齢であるし、やっぱり黒田をとって埋めないといかんだろうと思う。 ところで繰り返しになるが、捕手問題はちゃんと解決されるのだろうか。浅井のリードはかなり頼りないと思う。矢野に比べるから余計にあかんように見える。大丈夫かな。次の監督は矢野でもいいな。生え抜きではないから難しいのかもしれないが、矢野なら緻密な野球ができると思う。掛布監督を見たいけどなぁ。 実はボクは岡田が好きではない。掛布の引退試合で掛布の打席が回ってくるというのに二回もゲッツーして、チャンスを潰したのを見た。あの時以来、どうも好きになれない。本人に悪気がないのは分かっているが、それがきっかけとなって、好きでなくなった。そのころから、活躍しなくなったし。まぁ、いいか。はら減った。
2006年10月18日
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『日本の論点』という本を読んでいたら、阪神について書いてあり、阪神は新しい球界の盟主といえるかどうかを議論していた。著者の結論では、新しい球界の盟主とは言えないと結論づけていた。 その理由として、阪神は読売を上回る観客動員数を誇り、ビジターでも読売の動員数を上回るものの、プロ野球とマスメディアが全体的に地方分権化しており、全国区の球団が誕生できない状況にあること、読売ファンの方がファンの数としては多いことをあげていた。 確かに阪神は確かに新しい盟主になる資格はない。なぜなら、阪神は球団創立以前からずっと球界の盟主だからだ。読売は球界の盟主を自称していただけであり、詐称していただけである。以上。
2006年10月17日
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日本シリーズ優勝を目指してスタートした今季は、ケガ人に悩まされた。ケガ人があれほど多くなければ中日に優勝を奪われることはなかっただろう。総合力からみると、阪神の方が上だからだ。 それを実証する根拠となるケガ人をあげておくと、久保田、ウイリアムズ、赤星、今岡である。全員レギュラーどころかチームの牽引役、中軸選手である。 彼らの欠場に伴って、調子が悪いくても現存する選手達を使わなくてはならなくなり、おそらくは10勝を失ったと思う。シーズンを通じてほぼ全ての試合に出場した藤本などは.240代の打率である。赤星は試合に出るにはでたが、.270を切る成績で終わりそうだ。足の怪我であった為、盗塁も激減した。打線の中軸では、大誤算が生じた。今岡が抜けた穴を濱中が埋めたようにも見えるが、元々濱中はレギュラーでなくてはならない選手、埋めたのではなく、今岡が抜け、それを藤本が埋めた構図だ。選手を引き締めないといけない。しかし、チーム運営という観点から、これらはみんな首脳陣が責任を担うべきだ。 首脳陣の失敗の第一は、やはり中日戦対策だ。あまりに負け過ぎ。名古屋ドームで2勝くらいしかしてないはず。名古屋ドームの試合は12試合あったと思う。これを6勝していれば、あと4ゲーム縮んでいたのだし、甲子園であと3勝すれば、7ゲーム分、阪神は強かったことになる。中日と優勝争いすることが予想されていたにも関わらず、完全な年間敗北を喫してしまったのは、明らかに首脳陣の責任だ。中日の投手を攻略するか打線を封じ込める作戦を用意しなくてはならならった。 首脳陣の責任の第二は、繰り返しになるが、ケガ人によって、戦略に誤算が生じてしまったことだ。悪いのはケガ人だという見方もあるだろう。だが、選手に怪我をさせないのは、首脳陣の責任でもある。星野阪神は徹底的に怪我対策を講じた。それが星野阪神の爆発的快進撃に繋がった。岡田阪神の今期は、爆薬が暴発し、チームに負傷者が出る形になってしまった。 阪神の目標は、日本シリーズ優勝だった。それにもかかわらず、リーグ優勝すらできなかった首脳陣は、辞任して良い。首脳陣の失態がなければ、優勝できたのだ。首脳陣の作ったマイナス要因がなければ、優勝できた。首脳陣はむしろ、チームの足を引っ張ったのではないか。 厳しいことを言ってみたが、岡田が退任しなくてはならないとは本気で思わない。どちらでも良い状態だと思う。そして、後任となる適当な人材がいない。それゆえ消極的選択として、岡田続投でも良いと思っている。(個人的には掛布監督を夢見ているのだが。) とりあえず、今思いつくことはこれくらいか。
2006年10月15日
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彼らの言う物理的報復、軍事的報復とは何だろうか。想像を膨らませてみると、色々考えられる。多分、軍事的報復があるとすれば、日本に的を絞ってくるだろうなと思う。とりあえず、どれも可能性が低いと思うが、4つくらい考えてみた。 一つ目は、サリン攻撃。東京の地下鉄は誰でも侵入できる。サリンを持って中に入るのは実に容易いだろう。満員電車で一斉にガスをばらまけば、もの凄い惨事になる。オウムのときは、ガスの発生量が少なかったが、それ以上の被害がでるだろう。 2つめは、拉致被害者の処刑だ。多く見積もって百人くらいの日本人が拉致されているという。彼らを処刑すれば、報復となる。自分で言ってて怖い。 3つ目は、核攻撃。北朝鮮には8つくらいの核爆弾があると言われている。これを、東京、大阪、横浜、札幌、名古屋、福岡に落とせば、日本は壊滅する。こっちも大阪もやられたんじゃ、ボクは難民になるな。4つ目は、不審船による日本の商船への攻撃だ。まぁ、もしかしたらあるかもしれない。 このように、4つくらい考えてみたが、どれも現実的でなさそうだ。まぁ他にもあるだろうが、考えてるうちに、非常に悪性のため息がでてくるようになるので、これ以上はやめておく。何をしようと、結局、北朝鮮に対する締め付けを強化する結果に繋がってしまう。だから、「報復する」と逆切れするのは馬鹿げていると思うのだが、元々が馬鹿げている国なので、言っても通じないのかもしれない。ゴジラと戦国大名とテロリストの間の子のような国なのだから、まともに言葉が通じると思うとやけどしそう。 もし、核実験が偽装だったとすれば、北朝鮮の意図はなんだろう。北朝鮮の問題に関しては、どれも今ひとつ核心が見えてこないのだが、金融制裁を解除させるためにやったとすれば、バカ丸出しであるし、別の角度から見れば、それほど逼迫しているのかもしれない。 視点をポンと物語的にすれば、実験が成功であったにせよ、失敗であったにせよ、SF作家や時代作家なら、北朝鮮内部に金政権の崩壊をもくろむ勢力がおり、彼らが金正日を焚き付けて海外からの圧力を高め、崩壊に導こうとしていると、考えるかもしれない。 それにしても盲目な国だなと思う。この近所に筋金入りのチンピラが住んでいるような状況はいつまで続くのか。まぁしばらく続くのだろうし、核心的な部分は、報道ではわからないだろう。 どうやら、アメリカ軍が臨検を行うようだ。あんまり締め付けて、誘爆させないかなと心配であるし、「北朝鮮の子供たちが云々とよく報道されるが、大人はどうなっても良いのか」というツッコミは横に置くとして、北朝鮮の国民が御飯を食べれるかなと心配にもなる。しかし、核兵器や技術が他国に流出すれば、(もう紙のレベルでは流出したかもしれない。)それがもしテロリストに渡れば、後悔先に立たずでもある。 北朝鮮と戦争が起これば、または軍事的制裁により難民が発生すれば、中国は困るといわれている。読売新聞の社説では、制裁を緩やかにして、核実験が成功を重ねてゆけば、結局難民が発生し、困るのは中国だと反論していた。読売の言うことだから、信用するのは嫌だが(笑)。 中国は、国境の警備を強化しており、コンクリート製の壁も設置し始めているらしい。ははぁん、これは中国の戦争に対する備えであるなと分かる。 さてさて、まぁ、相手の論理がわからないだけに、なんともよくわからないのが、この北朝鮮問題で、ニュースをみるたびに、あぁあぁ、と思う日が続くのだろうなと思う。 ニュースと言えば、この機会に、ニューヨークタイムズとワシントンポストを読んでみたのだが、日本の報道と別段かわりはないようだ。日本は冷静さを失っているかのように報道されてはいるけれど、他の部分はほぼ一緒だ。日本の核武装化はあるかという話題とかもあったが、「ない」、「被爆国として感情的に許さないだろう」と報じられている。韓国の世論調査では70%が韓国も核保有するべきだと考えていることが分かった。この点だけに絞ってみて、もっとも感情的なのは、韓国なのだろうと思う。 さて、もうこの話は終りにしよう。
2006年10月14日
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日テレのニュースを見ていたら、「フィリピンの男性射殺」というデカイ文字が表示された。日本でフィリピン人が射殺されたのか?と思って、ニュースの続きを聞いていたら、「フィリピンで日本人が射殺された事件で、、、」とアナウンサーが言う。日テレの放送に向かって「なんやねん。」と言った。
2006年10月13日
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おつかれさん!!
2006年10月12日
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どこかの国で、桂米朝が極秘裏に接触し、核問題について、話し合いを始める可能性があるらしい。あの堅苦しい場であの豊穣な落語を披露すれば、きっとみんな笑うに違いない。そして最後はキッチリとオチがついて一件落着。あぁそうか、地下核実験の映像を見ても、「おぉ~~ええ感じに焼けてますな~」と言えば、もう北朝鮮もやる気をなくしてやめるかもしれない。 なぜこんなふざけたことをいうかというと、米朝会談なんて見出しが新聞に出ると、「えっ?桂米朝??」といつも思ってしまうからだ。これはボクだけではないはずだ。少なくとも100万人はいるはずだ。あの米朝という言葉はどうにかならんもんだろうか。「米朝が秘密裏に協議」なんて言われると笑ってしまうのだ。米鮮ではダメだろうか。 それにしても、ますます物騒な世の中になってきました。今日は帰り道、新宿の方を見上げて、核弾頭が炸裂するのを想像して、ちょっとぞっとしました。ちょっとばかり本当に炸裂したかのような気分になって、スタスタと家路を急ぎました。これからニュースから目を離せない日々が続きそうです。ま、すぐに攻撃されるわけじゃないですけどね。
2006年10月11日
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ボクは大阪で生まれ育ったけれど、野球を見たことがない。テレビでも見たことがないし、ラジオで聴いたこともない。甲子園など、一度も行ったことがない。だから、ドラゴンズが優勝しようとしまいと、どうでも良いことだ。 友達の多くはタイガースという球団を応援しているらしいが、どんなユニフォームを着ているのかも知らないし、そもそも野球に興味なんてない。「阪神はオレの家族や。」とある友達はいったが、彼がスポーツチームを養っているオーナーだという意味だろうか?よく分からない。 新庄という選手は阪神というチームにいたらしいが、タイガースと阪神は別のチームなんだろうか。それともタイガース阪神という球団名なのだろうか。甲子園球場ってどこにあるのだろう、兵庫県だと聞いたことがある。浜風がどうのこうのと聞いたことがあるから、須磨のあたりかな。ひょっとすると淡路島かな。日本海側かもしれないな。
2006年10月10日
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先日より、今岡のぬいぐるみを着てベンチ入りしているのだが、今日は打てなかったことに真っ白で沈んでいる。最後の球は、いかに打とうともあのコースで精一杯なのだが、ワイルドピッチの次の変化球を振らなければ、きっと違う配球になっていただろう。久保田はよく頑張っているが、今日は打たれてしまった。ベンチの雰囲気はとても重苦しかったが、まだ可能性が残されている限りは、ひたすら真っ白になるだけだ。このまま、今岡のぬいぐるみを着てシーズン終了まで頑張ろうと思う。本物の今岡は、今、アメリカでリハビリを受けている。日本シリーズには間に合うかもしれないので、彼と交代するまでボクが阪神を支えなくてはならないと思う。ファンも選手も、ともに全力で戦っている。それは最終戦まで、変わらないと信じている。今岡のぬぐるみの中の人 より(笑)
2006年10月08日
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最後に阪神が中日に勝って逆転優勝すると仮定すると、中日はあと6試合で4勝しなくてはいけない。別の言い方をすると、阪神は他力本願で2試合分、ご利益をえないとならない。この前の直接対決で負けていなければ、あと一試合なのだから、大きな負けだったと思う。しかし、今更悔やんでも仕方ない。窮兎虎を噛むという言葉があるが、あるか?まぁいいや、あるが、明日も油断なく勝って欲しいなと思う。なにせ相手は脳みそまで筋肉でできているチームだ。バカにしても良いが油断はならない。実は今日、スカパーですら読売戦の中継がなく、しかたなく時々ヤフーで進行状況をチェックせねばならなかった。こんな酷い話があるだろうか。たいへん不満だ。トコロで、所沢の話だが、西武が西武ドームで一生懸命プレーオフを戦っているが、相変わらず誰も応援していないようす。いや、勿論少しはいて、駅前のテレビの前で青い法被を着て応援しているのだが、なんであろうか、非常に浮き上がっていて、全く地元に支持されていないチームであることをアピールするようなものだと思う。まぁ、西武ドームは西所沢駅から西武球場前行きに乗り換えてせっせと山奥へ走っていくような遠距離にあるので、所沢駅前で野球ファンがぐわっと群がることはないのだ。いや、勿論、例外がある。阪神ファンは少し駅前で群がる。その数は西武ファンよりも多い。
2006年10月07日
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練馬駅前で吉野家に立ち寄り、大盛りを注文。「病原プリオン大盛り下さい!」と言おうかと思ったが、やっぱりやめた。久しぶりに食べたのだが、少し味が変わったような気もする。ん~やはり、豚丼の方がずっと美味しいなと思う。売れ行きは好調な様子で、店はそこそこ込んでいた。
2006年10月05日
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今回、盛岡には所用があって行ったのだが、ぷらぷらと歩いている際、石川啄木新婚の家なるものを見つけた。というわけで、今日は石川啄木と彼の勤務した岩手日報の話だ。すでに辺りには夕闇が迫っていて、中には入れてもらえない様子だったので、翌日、もう一度行ってみることにした。玄関には「石川啄木」と書かれた表札があった。本物かどうかはしらないが、いかにも今でも石川啄木が住んでいて、「ごめんください。」と言えば家人が玄関まで出てきそうな雰囲気である。「ごめんくさい」と言えばチャーリー浜が出てきそうな気配でもある。玄関で靴を脱いで中に入ると事務所があって、一応「こんにちは」と声をかけてみるが誰も出てこない。仕方なく自分で「どうぞお入りください。」「ありがとう。」と言って中に入った。見学無料となっているので、遠慮なく奥へ進む。説明やら年表やら写真やらが壁に飾られてあって、それを読むと、この家が元々は武家屋敷であったことがわかる。せいぜい200石くらいの武家屋敷だろうか。大きさとすればそれくらいだろう。もともと石川家の居宅であったわけではないようだ。石川啄木は、表玄関ではなく裏玄関を使用していたようで、裏玄関から入ってすぐの四畳半の部屋を夫婦の部屋としていた。「わが四畳半」という著作をご存知だろうか。その四畳半である。それにしても、新婚の家なんて名をつけてあると、まぁ、この部屋で色々したんだろうなと想像してしまう。ここへ来たときは、記憶がこんがらかっていて、『病状六尺』を書いたのは石川啄木であると錯覚していた。ここで書いたのかどうかを確認しようと資料を見たが、あれは正岡子規だったと思い出した。『一握の砂』もこの家で書いたわけではなさそうだ。(多分)石川啄木は岩手日報という新聞社に勤めていた。今でもその新聞社はある。ホテルで配られていたので読むことにした。読んでみて驚いたのは、徹底的に安倍政権を非難していることだった。「あいまいだ」なんだと、理屈をつけて非難するのだが、その根拠の中に挿入されてある一文が凄かった。それは「これは小沢一郎氏の政策とは全く違うものだ。」というもので、この新聞社が全面的に小沢ファンであるとわかる。新聞において、小沢と違うことが、政権批判の根拠となるのだから、小沢の影響力は凄まじいのだろうと想像する。居酒屋で聞いた話では、青森、岩手、宮城の政治家は、小沢一郎詣をするそうで、彼の支持なく勝つことは難しいらしい。岩手の5つの小選挙区のうち4つが民主党であるそうな。しかし、そのような論説が許されて良いのだろうかと思う。話を元に戻して、石川啄木の「我が四畳半」なる作品を読んだことがないので、この際、買ってみようと本屋に立ち寄ったが、なかった。どのような作品なのか知りたかったのだが、まぁ、また今度行く機会があったなら、事前に買っておこう。盛岡の気温は低かった。その日に関して言えば東京より3度か4度は低い。東京から新幹線「はやて」で2時間20分くらい。戦国時代なら、10日間くらいの旅程だろうか。月へ行くようなものだ。
2006年10月04日
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恒例「勝手に街道を行く」の小ネタを紹介します。盛岡の不来方城から、報恩寺という禅宗寺院を一目見る為に歩いて北上しました。でまぁ、今度書きますが、色々他にも岩手の名の由来になった岩やら、色々見てきたのですが、足がくたびれたので電車で盛岡駅まで戻ろうかと思って、上盛岡駅へ行ったところ、電車が出たところでした。次の電車まで待とうかと思ってベンチに腰掛けて時刻表を見てビックリ。次の電車まで2時間44分待ちです。よくみりゃ、乗り過ごした電車は、なんと6時間41分ぶりに来た電車でした。仕方なくタクシーを拾って盛岡駅へ。780円なり。6時間41分待ちは、ボクが見た中での最高記録でした。 写真は時刻表と上盛岡駅の駅舎。真ん中に見える四角い建物だけが駅舎で、横で光っているのは、線路の向こうのディスカウントショップです。電車の名前がまた凄い。その名も「リアス」。
2006年10月02日
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ある視点から見ると、奥州には2種類の田舎があるようだ。”要領が良いが自分たちの文化に酷くコンプレックスを抱いている土地”と、”要領が悪いけれど純朴で自分たちの文化に誇りを持っている土地”の2つである。どちらを好きになるだろうか。ボクの感想から大雑把に言って、前者は仙台、後者は盛岡だ。 仙台は伊達藩、盛岡は南部藩だ。伊達藩は宮城県、山形県の一部から岩手県の南までを支配して62万石。盛岡藩は岩手県の大部分と青森県の三分の二を支配して20万石だった。両藩の仲は悪いらしく、県民性も違う。仙台は伊達らしく、盛岡は南部らしい。 伊達政宗のような、悪く言えばセコい世渡りをした藩祖を持つ仙台とは正反対なのが南部である。南部らしさとはその純朴さにあるようだ。人々の対応は丁寧で凛としており、誠実さが伝わってくる。南部藩の時代から教育に力を入れる県で、教育を素直に受け入れられる県民性なのだろう、人々の態度に屈折した感じが全くない。 偶然なのか街を歩くとなぜかニヤニヤ笑いながら歩いている人が多かった。しかし、ボーッとした表情で歩いている人が少ないことに気がついた。表情から「引き締まっている」と言えば丁度良いような印象を受けた。純朴だからといって、頭が鈍いわけではない。 歴代の総理大臣のうち5人が岩手出身である。日本初の平民宰相、原敬も岩手の出身である。他に小沢一郎も岩手県水沢市を地盤とする政治家である。大阪などとは違い、大物政治家が育つ土地であるようだ。文人では石川啄木、宮沢賢治、他に金田一京助などを輩出している。南部藩が教育に力を入れた結果だろう。「自分のことよりも義の為に行動する」人物が多く、屈託のない純粋な文学者も多いように思われる。 作家の浅田次郎は、娘が岩手大学に通っていたらしく、娘可愛さに岩手を何度も訪れ、その合間に資料と出会い、『壬生義士伝』を上梓するに至ったらしい。盛岡市内からは、吉村が自慢した勇壮な岩手山やらが見える。このドラマを見た時、単なる田舎者のお国自慢かと思っていたが、いやいや、なかなか自慢できるだけの景色だ。 夜、郷土料理の居酒屋へ入って、その他、様々な話を聞いたので、またこの日記に書こうかと思う。
2006年10月01日
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