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今日、帰宅してから「冷房を入れられずにどれだけ保つか」やってみた。…30分で汗だくよ(苦笑)。あのまま冷房入れずに過ごしたら今ごろ干からびていただろう。何なんだ、この酷暑は!?下記の「歌番組長時間化」にコメントを頂戴した方への返信にも書いたのだが、あまりの暑さにイライラしまくり、何を見ても文句しか言えない状況になってしまった(苦笑)。定期的に、このブログをお読みになっていらっしゃる皆さま、私は決して精神を病んだとかではないので…。私は、ただ暑さでイライラしているだけです(笑)!不快な文章も多々あるかと存じますが、ご容赦くださいませ…。さて…。昨日ここでボロクソに貶したフジテレビ『27時間テレビ』だが、視聴率は思ったより良かったみたい。昨日書いたとおり、私は大半を見てなかったのだが、内容をあとで聞いて「見りゃよかった!」と思った箇所が1つある。なんでも日曜夕方に「カバー曲のFNS歌謡祭」みたいなのをやったそうで(相撲と笑点見てたから知らなかった)、そこでMay.J(字ィ合ってる?)が、なんとなんと月亭可朝師の『嘆きのボイン』を歌ったという!さっき、YouTubeで探したら動画があったので見てみた。…これは生で見たかったなぁ!こういう「笑いの本気」なら、私は大歓迎。歌手と曲目が1億光年くらい離れているのをアレンジと歌唱で、無理やり融合させる凄さ&くだらなさ!僅かにオリジナルの歌い方を踏襲しつつ(僅かにしてたように私は思えた。大阪弁に詳しくないから正式なイントネーションは分かんないけど)、豪華で大胆なアレンジを加えた伴奏&歌唱は非常に良かったと思う。歌い出しで拍手が来る、というのも現在の歌番組では非常に珍しい。あれを歌番組と言っていいのか知らんが(笑)。昔の歌番組は、よく歌い出しで拍手が来たもんだけど。春日八郎・三橋美智也・フランク永井・村田英雄・三波春夫・美空ひばり・島倉千代子辺りの歌手のステージでの歌声は、歌い出しの拍手とワンセットになってる印象すらある(笑)。特に『紅白歌合戦』が凄かったかな、拍手は。…話が逸れまくりだから元に戻すが、昨今の歌番組では「カヴァー」が目玉のひとつになっているようだ。「あの歌を、この歌手が!」みたいな感じだろう。私が愛する往年のスター歌手というのは、皆さん己の個性の強い方ばかり。それに、あまりカヴァーすること自体が少なかったから、他人の歌を歌ってる音源やら映像やらは、今の歌手から比べたら非常に少ないだろう。私が思うに「カヴァーの上手い往年の歌手」は少ない。他人の歌を歌った途端に「抜群の美声」が「ただの近所の親父&おばさんのカラオケ」になってしまう音源(笑)を私はたくさん聴いた。私が「カヴァーが上手い!」と思うベテラン歌手は…「田端義夫」「フランク永井」「村田英雄」…この3人だけかな。「歌に歌手が寄せる」んじゃなくて、「自分の領域に歌を取り込んでしまう能力」が高い3人だと思うからだ。私の大好きな戦前~戦中の大スターは、オリジナル曲以外は「……」というのが多かった(笑)。個性の塊だから。ただ、その中でバタヤンは物凄い歌唱力を持っていた。フランク永井は『君恋し』『泪の乾杯』があるわけだし(笑)。先輩の歌から後輩の歌まで、何でもござれっていう感じがあったもんね。返す返す、あんなことしたのが惜し過ぎる…。村田先生は「そうかぁ??」と思う人が結構いるだろうけど、『別れの一本杉』とかがいいのだ、これがまた!今の歌手は、いろんな人の歌を好き放題歌える感じだろうが、それはオリジナルの個性が薄いから…というのもあるかも。だから私は、いま現在の歌がますます分からなくなる…。
2015年07月27日
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今日の昼間の、調布市の住宅街にセスナ機が墜落した事故は本当に驚いた。セスナに乗ってた人も勿論だが、自宅にいて巻き込まれて亡くなった方のことを思うと、やりきれない。まさか、出かけないで家で静かにしてて「事故死」するとは微塵も思わなかっただろうから。運命なんてもんは本当に残酷だと思わずにはいられない。さて…FNS『27時間テレビ』だが…。みのもんたが総合司会だったときの「間違った感動路線」を論外にしたら…。つまり、お笑い路線で放送されたの27時間の中では、申し訳ないが今回が最低の出来だったように思う。所々しか見ていないが、昨年の二番煎じ的な内容。さんま師のコーナーのつまらなさ。ふざけた場面しか見えなかったのに、何故か間に合う大久保佳代子の88kmマラソン…。「テレビの危機」みたいなことを、番宣時からナイナイがさかんに言っていたが、これではテレビの危機にますます拍車がかかったような気がしてならない。見た場面の批評しかできないが、何をやっても笑いが逸れて、視聴者と出演者の間に深くて暗い川みたいな(黒の舟唄だネ)、永久に埋まらない溝のようなものが、ずっとあったような感じがしたのだ、今年は。ここから、かなり厳しめの批判になるがご容赦いただきたい。素人分際で、相当偉そうなことばっかし書くが…(笑)。私は、この『27時間テレビ』に僅かでも感動を持ち込むことが心底イヤだ。願わくば「笑い」だけで貫いてほしいのだ。だって、日テレの『愛は地球を救う』のアンチテーゼとして始まった番組なのだから。あっちが「感動」なんだからさ、お台場は「笑いのバカ騒ぎオンリー」でいこうぜ!っていう考え方にならないのかね、フジのスタッフは。私の「バラエティー」に求める気持ちが、現代の世間とズレてるんだろうか…?そもそも、テーマが「本気」って何よ。お笑い芸人が「本気で頑張ってます!」って姿を曝け出すのは、お笑いの人が最もやっちゃいけないことじゃないだろうか?08年の『27時間テレビ』は、さんま師が総合司会だったから、感動部分の一切ない、正真正銘のバカ騒ぎの27時間だった。でも、さんま師は、そりゃ本気だったろうと思う。でも、お笑いに携わる人間ならば、テレビに出るときは「アヒルの水かきシステム」で出るのが当然。そして、その「真剣なおふざけ」を貫き通したからこそ、エンディングで大感動できたのだ。確かラサール石井氏がブログで言ってたと、ここで書いた記憶があるが(笑)。だからさ、お笑いが「本気」を自ら宣言しちゃいけないでしょうよ!視聴者に「あいつら、夜通しふざけてて大金貰えていいな!」という感情を持たれるのが、この番組に出演する方たちの最大の勲章ではないかと思う。それを貫いてるのが、たけし・さんまの両巨頭だったのだが、今年はさんま師が舞台出演と被ってしまったために、持ち味がイマイチ発揮されていなかったように思ったのだ。さんま師仕切りの、60歳以上の芸能人を集めての体力測定が、まったくハネなかったのは、企画の問題のような気がするが、さんま師も仕切るのは、さぞ大変だったろうと思う。バンジーにしても、体力測定にしても、あんなセコ企画によくOKが出たもんだと思うよ。どう考えても「テレビの面白さが分からないスタッフばかり(つまりは学歴のみで)採用した結果」のような…。真新しくてダメならともかく、フィナーレ近くは明らかに去年の二番煎じなんだもの。私が「過去の栄光に縋るのが大好き」ってのもあるが(笑)、「テレビの危機」や「本気」がテーマなら、フジ黄金時代の関係者にオファーを出すべきではなかっただろうか?あと昼の時間にたけしが出ない、タモさんが全く出ない、というのも寂しさを増幅させた感じがしてならない。今年は、本当にダメだった。もう無理して『27時間』をやる必要もない気がするけどね…。
2015年07月26日
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1・ホントに開催できるの?東京五輪は新国立競技場の計画は、すべて白紙に戻ったが…。なんだか…いろんなことに関して、いろんな人間の責任の押しつけ合戦で非常に見苦しい!さっき、TBSでたけしが「どうせ、またコンペで大量に金を使うんだよ」みたいなことを言ってたが、ホントにその通りになりそう…な気がする。これは…国粋主義の私が突然非国民(左翼っぽい意見)だと言われることを覚悟で書くが「オリンピックの開催自体」を見直すほうがいいような気がしてきた、個人的には。前々から薄々思っていたことなのだが、なんか日本政府とオリンピック招致委員会は「2020年に東京でオリンピックを再び開催すること」が目的だったのではなく…。「オリンピックの開催決定」が目標だったのではないか?よくある「大学合格がゴールで、いざ入学したら燃え尽きて勉強できずに中退しちゃった人」と同じような感じで。国の威信をかけて、物凄い大イベントにしたい!って人が組織委員会とかスポーツ関係者に少ないような気がするのだ、一部の人を除いて。石原元都知事のような「だまって俺について来い」タイプのリーダー格の人がいないのが、多分いけないんだろう。「船頭多くして船、山に登る」の典型のような感じがする。そもそも舛添は嫌いだし。ヨボセヨの国が好きだから(苦笑)。猪瀬都知事のほうがマシだったと思うんだけどねぇ…。「開催まで、あと5年」と昨日のニュースで言っていたが…本気で国の威信を賭けたイベントにするのなら、もう今から全力で始めないと、到底間に合わないような…。イヤだよ、支那の五輪みたいな突貫工事じゃ。あと、ヨボセヨの国が「ボイコットする」みたいな記事を見かけたが…是非ともそうしてほしいもんだ(笑)。あいつらが絡んでくると、森羅万象すべてが汚れる。来たら塩撒け、塩!2・ダメだ、今年の『27時間テレビ』は…う~ん…すべてが空回りしている感じがする。昨年以上に。まだ半分もいってないから、とやかく言えない感じもあるが、とやかく言える出来になりそう(苦笑)。『めちゃイケ』メンバーは、こんなに腕がなかったっけか?しばらく見てない間に、腕が落ちたのかねぇ…。内輪で楽しんでる感ばかりが目立ち、視聴者が見ている、という第一義が全くない。完全に置いてけぼり。いろんなことを同時並行で詰め込みすぎるから、すべてが半端で終わってる感じがしてならない。3・加山雄三の『ゆうゆう散歩』9月で終了!80歳になったら、自作のエコシップで世界一周するという夢を叶えるために決断されたようだ。エネルギッシュな親父だよ、本当に…(笑)。故・地井武男の後を継ぎ、2012年から3年間にわたって散歩を続けてきたという。私も平日休みのときは、比較的見てはいたが…。やっぱり、この人は散歩番組には不向きだったと思う(笑)。興味のあるときとないときの落差が激しい、目的地に向けてズカズカ一直線で向かう(笑)、意外な常識がない等々…。チイチイの庶民っぽさと人懐っこさが皆無だったもんね。やっぱ、良きにつけ悪しきにつけ「日本映画黄金時代の大スター」なのよ、加山雄三って。小林旭と同じ。もし10月から、帯で新しい散歩番組が始まるとしたら…誰が適任なんだろう?先代金原亭馬生師匠の娘の旦那のネジネジおじさん(笑)は、威張りんぼキャラが前面に出すぎかな?私ゃこの人くらいしか適任が思い浮かばないが…(苦笑)。やっぱりオヤジ世代がいいんだろうな。平泉成、前田吟、小野武彦、秋野太作…なんかチイチイの同期ばっかし(笑)。ああいう散歩番組は噺家でもいいと思うんだけどね…。でも小朝師じゃ無理か(苦笑)。やっぱ笑点メンバーの中からチョイスするしかなさそうだな、歌丸師・木久扇師以外で(笑)。
2015年07月25日
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さっきネットを見ていたら、テレビ朝日が9月23日の正午から10時間も『ミュージックステーション』の特番を放送するという記事があった。タモリが久しぶりに正午から司会をする、ということもあり話題になるかもしれない。絶対にOPでタモさんは何らかの『いいとも』関連の発言をしそうだし(笑)。確か日テレも、先月だったか昼から夜中まで12時間くらい?歌番組をやっていたかと思う。私は近年の報道番組や音楽番組の「異常な程の長時間化」には否定的である。ハッキリ言えば「止したほうがいい」という考え。…明日のフジ『27時間テレビ』や、8月末吉例の日本テレビ『愛は地球を救う』の2番組は、誰もが長時間だと最初から思って見るわけだし、年に2度のお祭り騒ぎだから(完全にアプローチは違うが)容認されてるところもあろう。しかし、テレビ番組は長くやればいいってもんじゃない。テレビは、ある程度の放送時間の限度の中で、いろいろな無駄を削ぎ落として、抽出したいい部分を見せていくべきものではないだろうか?まあマラソン中継とか五輪中継はそうもいかないだろうが、報道とか音楽とか10時間も続けて見ちゃいられないだろう。古今亭志ん生師匠は「人間がひとっ所で噺を聴ける限度は20分」と言ったという。テレビ番組に関しては、それが当てはまらないと制作側は思ってるのかね?まあ、金太郎飴みたいに「どこから見てもいいような」番組作りにしてるんだろうけど。『紅白歌合戦』も『日本レコード大賞』も『年忘れ』も、昭和40年代~50年代の放送時間より、現在は2時間以上は長くなってる。じゃあ長くなった分、出演歌手の質も量も増えてるのかと思うと、逆に薄くなってる始末(苦笑)。まあ司会も進行もダレまくりで、私はある程度の所で飽きてしまう。…私が飽きっぽいのかどうかは知らないが(苦笑)。「濃縮したら2時間半で納まる中身を、ムリヤリ5時間で放送してる」ような番組が多すぎるような気がする昨今。昭和44年12月31日のTBS『日本レコード大賞』やテレ東『なつかしの歌声・年忘れ大行進』の中身の濃さ・テンポの良さを、今の音楽番組のプロデューサーは、もうちょっと見て勉強すべきでは?と思ってしまう。特に、昭和40年代のテレ東大晦日『年忘れ大行進』は、番組に無駄が全くないから凄い!横浜の「放送ライブラリー」で、あの3時間番組を見て30分くらいに感じたのは、私だけではあるまい。懐メロファンじゃない人が見たら、あまりの中身の濃さに12時間くらいに感じるかもしれないけどね(笑)。
2015年07月24日
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こうも暑いと、夜は出かけるよりは家でテレビ見るしか手がないという感じ。報道は「殆ど偏向報道」ばかりでウンザリだが、やっぱりテレビのバラエティーには光る番組が稀にある。昨日と今日で、個人的には面白かった番組を…『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(7月20日放送・テレビ朝日)報道の方向性はともかく(苦笑)、いま現在バラエティーでいちばん力があるのはテレビ朝日だと思う。(個人的には)『タモリ倶楽部』を筆頭に、『怒り新党』『夜の巷を徘徊する』、テーマにもよるが『アメトーク』、『Qさま!』『ミラクル9』『ナニコレ珍百景』などなど、下手すりゃいちばん観ている民放かもしれない。次がテレビ東京と日本テレビだな。全く見ないのは…悲しいけれど、お台場だろうなぁ…。そんでもって、このテレ朝『しくじり先生』も、深夜時代に見たときに、なかなかの内容に感心して「このまま深夜枠だといいのに…」と思ってたら、やはりゴールデンに昇格。テレ朝は深夜の名バラエティーをゴールデンに昇格させて、ことごとく潰してきたヒドイ過去があるから(苦笑)、これで中身も薄まってダメになるかな?と思っていたが…。今のところは小康を保っている感じ(笑)。感動の要素を上手く入れたりして、結構見応えある番組になっていると個人的には思う。5月に放送された元モー娘。の保田圭と新垣隆先生の授業も非常に良く、その後に放送された元宝塚の紫吹淳の授業もなかなかだった、いろんな意味で(笑)。そして、昨日のヒロミと元「猿岩石」の森脇和成の授業も、上記の回に匹敵するいい内容だったように思う。まずヒロミ。この人の素行の悪さは、現役当時から(今でも現役なんだけど)なんとな~く画面から伝わってきていたし、悪行三昧(言いすぎか…)の裏の顔も、ある筋から聞いたことが何度かある。結局それが元で干され、昨年辺りから帰ってきたわけだが…今でも正直、私はこのタレントは嫌いである。でも昨夜は、おそらく腹の中は反省しちゃいないだろうが、その過去の悪行を自ら話し、先生と生徒役のオードリーの若林・ハライチの澤部などに厳しい言葉でツッコまれる姿に、10年の歳月の重みが見えたような気はした。「悪行の言い訳」は「単なるいじめっ子の言い訳」にしか聞こえなかったけどね、誰がどう聞いても(笑)。ただ「ああ…ヒロミもこうなっちゃったのね」みたいな、妙な感慨はあった(笑)。50歳になると、素行不良でも丸くなるものなのだろう(笑)。そして、もっと驚いたのは、元「猿岩石」の森脇。相方は、今じゃテレビで天下を取ったわけだが…。いま現在は営業職のサラリーマンをしているとのことだが(でも番組最後で退職しますとか言ってたが)、芸人として実力が伴わなかった時代から、紆余曲折があったんだろう。今は一般人ではあるけれど、トークの進め方・話の転がし方が非常に上手くて驚いたのだ。それにしても「自分がなさすぎで周囲に流されっぱなし」ってのが、いちばんダメだってのがよ~く分かった(笑)。私は大丈夫だけど。それ故、堪え性がなく芸人を辞めて一般人になったわけだが、元芸人という肩書きが、サラリーマンをやるときに「4つの地獄」を味わうというのは、なるほどな~と正直思った。『志村けんのだいじょぶだぁSP』(7月21日放送・フジテレビ)上記のとおり、もうお台場のテレビは殆ど見なくなったが、今夜は「加藤・志村コンビが7年ぶりに復活!」とのこと。ドリフで育った身として、気になって仕方がなかったから久しぶりに観ることにした。「…やっぱり、練って作られたバラエティーはいい!」心の底から、しみじみそう思った。もう面白い・つまらないのレベルで話をしてはいけない。各局とも「トークバラエティー」しかなくなってしまった昨今、こういうコント番組が2時間バッチリと放送されるということは、本当に大事なことなのだ。ノウハウを後世に伝えるという意味でもね。優香のコント演技が抜群だったのも、やはり志村の番組に出続けた賜物だろう。優香の演技は、とっくに武智豊子・若水ヤエ子・桜京美・楠トシエ辺りを超えている(古い…)。ダチョウの2人も素晴らしかった。柄本明も問答無用!橋本マナミは、少し演技力に難があったような…。そして、肝心の加トちゃんだが…。カトケン十八番の「牛乳のCMコント」、2人の呼吸は全く衰えていなかったと思うが、やはり大病のせいなのか「ギャグと関係なく、牛乳を飲む際に加トちゃんの手が少し震えていた」のは、見ていて若干辛かった。2人の囲碁コントも、途中に入る「2人のリアルな近況」が面白かったのだが、やはり加トちゃんの「老い」にばかり目が行ってしまった…。加トちゃんの体調回復を願わずにはいられない(涙)。『ドリフ大爆笑』などを月イチで見ていた子供時代が、いかに豊穣で有難い日々だったのかを、今ごろになって痛感している。クレージーも55号も、バラエティーにまだギリギリ出ていたのだから…今の子供たちは、マネをするお笑いのレベルが低すぎて可愛そうだ。こういう志村けんのコント番組を、もっと多くの子供が興味を持って見て、DVDなどでクレージーや55号に触れてもらうと、正しいお笑いを見る目を持つ人間が日本に増えるだろう(笑)。
2015年07月21日
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http://page18.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/w122899421↑いずれ消えてしまうんだろうけども、まずは上のページを見ていただきたい。実は一昨日、保田先生の家に行ったときにも聞かれたのだ、このヤフオクのことを(笑)。保田先生の携帯にも懐メロの仲間から連絡があったとのこと。私も10年以上、ヤフオクでSP盤を集めてはいるのだが、こんな高額での落札というのは初めて見た。私が最初に見た段階(木曜日の晩)の時点で、確かすでに50万円を超えていて、「うわ!どうなっちゃうんだろ?」と関係ないのにビクビクしていた私。そして懐メロ仲間(笑)。…そしてゆうべ(22時過ぎ)に見たらば150万を超えていて、寝る前に見たらば、この金額での落札!520万超って…(汗)。入札件数も物凄い数だし…。言いたかないが、この盤だけで私の年収を軽く超えてる(涙)。世の中にゃいるんだねえ、大金持ちのコレクターが!私は純然たる流行歌しか興味がないので、仮に安くともこの盤に興味は湧かないし、買うことはまずないだろう。昭和初年に発売された、このレコード。なんでこんなに高額だったのか知りたくなったので、調べてみた。歌っている「伊心徳」という方は、私は男だと思ってたら女性だそうで、朝鮮半島出身のソプラノ歌手だそうな。初めて聞いたよ、この名前。「維新號」しか知らなかった。そりゃ中華屋だが…(苦笑)。この歌を吹き込んで3日後に、恋人と心中をしたそうで、その翌月に慌ててレコード化されたものだそうな。ご当人にしたら、死を覚悟のレコーディングだったから、「決死の独唱」なんて、レーベルに書いてるんだろうね。おそらく、これだけの凄い金額を出しても欲しい人がいたということは、「日本に数枚レベル」の激レア盤ということで間違いないのだろう。下手すりゃ、この盤だけだったりして。「欲しい物を超高額で落札すること」を、私は否定しない。絵画や古伊万里の大皿なんかだったら、何百万・何千万での購入なんてな当たり前なのだから。でもねぇ…。私がビル・ゲイツ並みの金持ちだったとしても、SP盤1枚にこの金額は絶対出せない。だって、怖くて針を落とせないもの(笑)。仮にだけど、地震で割れたりなんぞしたら、もう気絶してしまう(笑)。東海林太郎・藤山一郎・霧島昇・伊藤久男・灰田勝彦・岡晴夫・小畑実・田端義夫・春日八郎・三橋美智也・フランク永井辺りを私も20年以上かけてコレクションしたが…。ま、全部の金額を合計しても、この1枚には敵わない(笑)。世間のSP盤コレクターから見たら、私なんざ大した盤は持ってない。枚数だけで見れば、まあまあの数かもしれんが、希少価値のある盤なんか、1枚あるかないかだろう。私は、SP盤を買うとき「上限2万」を限度にしている。そして競る度に「この盤を、お前は本当に欲しいのか?」と自問自答しながらでないと、怖くてヤフオクできない(笑)。青天井になっちゃいそうで。
2015年07月20日
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1・新国立競技場の計画が白紙に安保と違って、こういう選択肢が正しいことなのかは私はよく分からない。建築のことは分からないから。ただ2500億超という、とんでもない金額をかけるのなら、日本国の財布の中身を、もう一度見直して再考するのは、たとえ世界からバッシングを受けても、長い目で見たら正しいんではないかと思う。せいぜい200億くらいで建てて、その分の差額は年金とか介護職の給料に充てるとかした方がいいと思うけどね。200億でも高いか?私はスポーツに興味がないから、普通のグラウンドの立派なヤツでもいいんじゃないの?とか思っちゃうけど(笑)。…それにしても、言いやがったね。ラグビーバカの元総理。「国がたった2500億円、出せなかったのかね?」だって(苦笑)。新国立競技場のデザインを「生ガキみたい」と言ったのも、なかなかの発言だけど(笑)。「ラグビーバカ」から「ラグビー」を引いて表記した方が正しいかもしれんね、あの人(笑)。ただのバカ。2500億円が税金から出るってことが分からないのかね?他国の五輪会場の総工費より「遥かに高い」って感覚もないのかしら?一般との考え方のズレが半端じゃないから呆れちゃう。とにかく、あのバカジジイには五輪関係から(この世から?)とっとと身を退いていただきたいものだ。バカ倅のいる所へそろそろ逝かれたらいかがでしょう?2020年までに是非。…左巻きレベルのヘイトスピーチになってしまった(苦笑)。反省反省。あのここな正直者なんで(禁酒番屋より)。2・保田先生から、フランク永井資料の最高峰本を借りる。昨日、保田武宏先生と食事をした。家のPCがイカレてしまい、PCに詳しい我が後輩に見てもらいたいと先生から連絡があって、2人で杉並の先生の家(仮住まい)まで行ってきたのだ。後輩がPCを直している間、私は勝手に先生ん家の資料を見たりしていたのだが(すごい失礼)、フランク永井の(自費出版の)資料本があって、それを「凄い凄い!」と興奮しながら読んでたら(笑)、先生が貸してくれた。『フランク永井・魅惑の低音のすべて』という上製本!それを肴に、3人で夕食食べながら盛り上がった(笑)。そのご著書を書かれたのは、前々回の「第5回昭和歌広場」にお出でくださった方で、フランクさんの熱心なファン。これ以上の資料本はないと断言できるほどの物凄い中身で、読んでてホントに驚いた。私もフランク永井ファンである。歌手としても勿論ファンだが、保田先生や黒門町・先代可楽・談志家元・小三治・扇橋といった落語関係者とのお付き合いがあったほどの落語ファンとしても尊敬している。保田先生はフランクさんと歳も近いし、落語ファン仲間として、そして身近なファンとして、ゴルフやら東横落語会の客席やらでいつも仲良くしてたらしい。羨ましいかぎりである(笑)。だから未だに、ああいうことをしてしまったフランクさんに「俺にひと言言ってくれれば…」とか「ビクターにひと言でも相談すれば…」とか言って悔やんでおられる。そりゃそうだ。そんでもって、私は10年くらい前からフランクさんのレコードをかき集めてはいるが、例えばLPのシリーズものが、いくつまで出てるのか?とか、カヴァーアルバムが何枚あるのか?とかが全く分からなくて、手探り状態でコレクションをしていたのだ。…そういう私にとって、この本は、ホントにありがたい。デビュー盤の『恋人よ我に帰れ』から最後のシングルまで、発売年月日から何から何まで、全部書いてあるからホントに助かる!コレクションをするときに(笑)!私は「10インチ」のLPを集めているのだが、見つからない盤が4枚ほどある。これを見つけたら、12インチのLP盤の収集に着手しようと(笑)思っているのだが、一体いつになるやら…。
2015年07月19日
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昨日このブログに書いた落語マニアの先輩や、ドージン落語の井上さん、あるいはM’sの加藤さんなど、周囲の落語ファンとよく話すのが、「自分が寄席の席亭になって、好きな芸人だけ出して番組を作りたい」ということ(笑)。落語好きなら、誰でも一度は妄想することだと思う(苦笑)。加藤さんは、仕事として現実にそれをおやりになっているし、私や井上さんも、稀にだが「そういう企画をさせてもらえる機会」があるのは本当にありがたいことだ。「商売」として考えるより「自分の趣味」を前面に押し出して番組を考えるほど楽しいことはない。そういえばギャグで「嫌いな芸人だけ集めて『絶対行きたくない寄席』」というのも作ったことがある(笑)。…絶対書けないけどね、あちこちからクレーム来るから(笑)。個人的な嗜好+商売ということを考慮し、いま現在の自分の理想の「寄席」を作ってみようと思う。…友人・知人大集合になる危険性もあるが、やってみよう。あくまで「落語会」ではなく「寄席の番組」です、念のため。落語協会・芸術協会・立川流・圓楽党の混合です。…まず5年前なら現実的だったかもしれない「故人」も含まれる顔付けから(笑)。前座昔昔亭A太郎ナイツ桂夏丸春風亭朝也あした順子・ひろし昔昔亭桃太郎入船亭扇橋昭和のいる・こいる柳家喬太郎橘家圓蔵柳家小三治中入り林家たけ平林家正楽柳亭市馬柳家小満ん白山雅一立川談志…何だか、ゴージャスな「三派連合落語サミット」みたい(笑)。圓楽党の人がゼロだった。次に現役の人だけで考えてみよう。前座桂夏丸宮田陽・昇春風亭朝也春風亭一之輔ナイツ三遊亭兼好柳家喬太郎ロケット団瀧川鯉昇柳亭市馬昔昔亭桃太郎中入り林家たけ平ボンボンブラザース柳家小満ん立川志らく林家正楽柳家小三治…これもこれで、各方面から怒られそうな顔付けだ(笑)。いくら友人でも、たけ平さんの出番が深すぎるか?そうなると、夏丸さんがサラ口というのも悪いし…。A太郎さん、吉好さん、こはるさん、談吉さん、真紅さん、松之丞さんなんかも入れたいし。小柳枝・権太楼・雲助・一朝あたりのお歴々が入れられないし。立川流の方々ももっと大勢入れたいもんなぁ…。…寄席の番組って、作るの大変だな、こりゃ(笑)。
2015年07月16日
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ゆうべ、私の落語仲間から電話があった。その人は特に会う約束をしなくとも、末廣亭とか浅草なんかでバッタリ会う率の異常に高い先輩(笑)。その方は、入船亭扇里師匠のお友達で、柳家小里ん師匠や手品のアサダ二世先生なんかともお知り合い。…電話の内容は、扇橋師匠の通夜に参列してきたという報告。私は行かなかったので、詳細を教えてくださったのだ。扇橋師匠の思い出、どの噺を最も多く聴いたか、などなど…つい長電話になってしまい、2時間半も喋ってしまった。その先輩は扇橋師匠とも面識があり、最後の高座になった2011年夏の池袋にも行ったとおっしゃっていた。マニアというのは物凄いもので、好きなことに関する知識…つまり、頭の中の引き出しが薬箪笥レベルの多さなので(笑)、話があっちこっちに飛びまくって続くので、いつまで経っても話が切れないのである(苦笑)。政治的な話になったり、映画の話になったりするからねえ…。お互い「愛国保守」だから(笑)。それにしても、何なんだろう、今日の国会前のデモは。「日本の安全」「国民の生命と財産」を守る国防のための重大な可決なのに、論点ムリヤリすり替えて、何故か突然「戦争反対」って…どういう思考回路なんでしょうね?脳みそお花畑の平和ボケ左巻きの皆さまに問いたい。ご自宅の玄関や窓は常に開けっ放しにしてるんでしょうか? 泥棒・強盗は我が家には絶対入ってこないと信じて、鍵はかけないんですね?泥棒が入って家の物を盗まれて、家族に危害が加えられても(殺されても)警察に言わないで黙っているのでしょうか?だから「日本」という大きな家にも、防犯は要らないという理屈なんでしょうか?支那・南北朝鮮に、あるいは中近東のテロリスト集団にでも、話し合いをすれば我々の言うことを聞いてくれるという、虚しい幻想を確信としてお持ちになっているというのは、私から見ればノータリンです。日本がどういう姿勢でいても、攻められるときは確実に責められます。もしも安保法案が否決されていたら…と考えるとゾッとします。安倍総理のことを、いわゆる「文化人」という職業不詳の方々が、暴力的な言葉で糾弾するのは「問答無用のヘイトスピーチ」ではないかと私は思うのですが、いかがですか?安倍総理を「ヒトラーだ」と言ってる人もいたようですが、一党独裁を批判するなら、まずは支那共産党を批判したらいかがでしょう?あっちは混じりっ気なしの独裁ですよ。絶対に戦争を回避させる・反日の三国人どもに対日戦争や侵略をさせないための法案が、どうして日本が明日からでも徴兵制を復活させて、すぐ侵略戦争を始めるみたいなことになってしまうんでしょうかね?だいぶ以前、永六輔とかいう○○○○が「私は日本が侵略されて、仮に殺されたとしても、私は相手を殺さない」とかいう寝言を言ってましたが、私は必ずやられたらやり返します。強い武力こそ、これからも日本が平和で暮らしていくための抑止力ではないでしょうか?左巻きの皆さま。何故、日本に住み日本の恩恵にあずかっていながら、支那と朝鮮の顔色を覗って暮らしたいのですか?自分たちの安全を脅かす最大の鬼畜どもの肩を持つのが何故「平和に繋がる」んでしょうか?「絶対に戦争をしないために、いつでも戦争ができるように備えておく」というのは、そんなに悪いことでしょうか?声高に日本批判をしたいのなら、まずは日本人でいるのをやめてから言ってください。朝鮮人か支那人に帰化をして、日本を出てってからの声高な批判は、ご遠慮なくどうぞ。平日の昼間に、デモしてる暇があったら、何か他のことをしたほうがいいですよ、暑いから。カルチャーセンターに行くとか、自分のためになることを(笑)。心の奥底で「実は戦争したがっている」んじゃないですか?左巻きの皆さん。そうじゃなきゃ、全てにおいてあんなに暴力的な言動にならないと思うんですけど…。自分たちの意見を通すためなら、日本人としての最低限の礼節の欠片もない態度を取っても構わない、俺たちゃ正義の名の下に活動してるんだ!という考えですもんね、多分。言っときますけど、私は戦争は大嫌いですから。安保法案、総理の国民に対しての説明不足感があったけど決して間違ってはいない。ただ、まずは自主憲法の制定が先だったのではないか?と思うのだが…だって今のままじゃ「自衛隊の存在自体」が憲法違反なのだから。…新国立競技場の方は、間違ってる気がするが(苦笑)。それにしても、扇橋師匠の死はジワジワと応えてきている。YouTubeに、結構いい高座のVTRが上がってて、それを時間のあるときにちょいちょい見ているが…。本当に堪らない味の持ち主だったんだなぁ…ということを再認識している。しっかし、すごい内容だな、今日のブログは(苦笑)。過激なこと書きたくなかったのに、思わず書いちゃった。間違ったことではないから、別にいいかと思うが…。
2015年07月15日
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「なんか新興宗教っぽいタイトルだなぁ」と思ったけど(笑)、期待を裏切らぬ名著。談四楼師匠は流石だなぁ…。橘蓮二さんの鮮やかな写真と、談四楼師匠の軽い筆致のエッセイの融合。つまらないわけないでしょ、この本が!!早速買って読んでいるが…胸が詰まる件もあり、ある件で昔昔亭桃太郎師匠が出てきたり(笑)、かなり面白い。スイスイ読めてしまう本なのだが、すぐ読み終わるのが惜しくて、物凄~くゆっくり読んでいる(笑)。そして、家元の数多くの写真。見ていると、亡くなったという意識よりも先に…「最近会ってないな~、また懐メロの話ぃしたいな~」…と、ついつい思ってしまう自分がいる。亡くなって3年半以上。でも強い存在感が、お弟子さんやファンの中で、今もあり続けているのが凄い。家元のお内儀さんが本の帯に、「蓮二さんの写真の中で、談志(パパ)はいまも私といっしょに生きています」と書かれていた。これ以上の賛辞はないだろう。ページをめくる度に出てくる、家元の様々な表情。厳しいものあり、穏やかなものあり。…勿論、高座の写真が中心ではあるが、私には中野坂上の「艶歌」で、サシでたくさん話をしたときの空気感とか、家元の息遣いなんかを思い出す写真ばかり。私が客席に私がいたであろう高座写真も数点あった。不思議とそういう写真は判るもんで(笑)。談四楼師匠の文章も、あのツイッターのひと口コラム?をよりグレードアップさせたような素晴らしさだった。ただ、いわゆる普遍的に残る文というより、この現時点での様々な出来事の文章の比率が多かったようにも感じた。何年か経って改めて読み返したら、今この時点で感じている面白さが減ってしまうかも…とは思ったけれども。ただ、気になったのが、この件。引用しちゃうけど。「まるで手の平を返すように態度を変えた人達もいます。師匠、家元と擦り寄り、褒めそやした連中です。急激に態度を変え、談志がねとか談志がさあ、などと言っているのです。(中略)こびへつらっていたくせに、死んだ途端に上から目線、見下げはてたヤツはどこにもいるのです。」…一体、誰なんだ?この人非人は(苦笑)。なんか「あの人かな?」って人が、1人だけ思い浮かぶのが非常にイヤなのだが(笑)。そういや1年以上も、家元との思い出話を放ったらかしにしていたのを思い出した、私も(苦笑)。また近々、脳みその奥から思い出を引っ張ってこないと。
2015年07月14日
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歌丸師匠が体調不良で、昨日の放送分から当面の間お休みとなる。もう退院されたようだが心配だ。代理司会シリーズ1弾目は、林家木久扇師匠の司会。…予定調和の大喜利を好む人にしたら、昨日の大喜利は最悪だったかもしれない(苦笑)。でも、私は久しぶりに笑った。大喜利で爆笑したのなんか一体何年ぶりだろう?というくらい笑った(笑)。木久扇師匠の、わざとなのか本気なのか分からないボケ。回答にいちいち入る注釈。それに振り回されるメンバー…。あの図式は、ある意味「私が理想とする大喜利」の形だと言い切っていい感じ(笑)。凄いバカバカしいんだもの。高田文夫先生的な笑いの感じとでもいうのだろうか…。中でも笑ったのが、このやり取り。小遊三 「(手を挙げて)はい」木久扇 「はい…小圓遊さん!」小遊三 「死んじゃった、死んじゃった! 死んじゃいましたよ、あの人は!!」木久扇 「小遊三さん!」小遊三 「…もう!」…なんで、35年も前に亡くなったメンバーの名前を出したのか、全くもって不明(苦笑)。水色の着物を見てしまったら、つい名前が出たのだろうか?もうひとつ笑ったのが、これ。好楽師匠が回答したら…。木久扇 「今の……つまんなかった」(好楽師匠、思い切り倒れる)たい平 「酷評…目の前で酷評!!」…いいよね、こういう正直な司会というのは(笑)。年がら年中、あんな大喜利じゃ疲れるが、年に一度はこういう大ふざけの大喜利があってもいいと思う。
2015年07月13日
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ここ数年は高座に上がっておられず、関係者サイドからも「寝たきりで、もう復帰は難しい」と聞いてはいたが…。私が寄席通いを始めた16~17年ほど前、寄席の高座に頻繁に上がっていた大ベテランの訃報は、骨身に堪える。本当に沢山の高座を観ていたもんなぁ。飄々とした佇まい、滋味溢れるいぶし銀の語り口、江戸前のさっぱりとした高座を魅せてくださった入船亭扇橋師匠が亡くなった。享年84。噺家として、また柳家小三治・小沢昭一・矢野誠一といったお歴々の句会「東京やなぎ句会」の宗匠としても有名。亡き森田芳光監督の劇映画デビュー作『の・ようなもの』に出演されているのをご存知の方も多いだろうか。とにかく、個人的な思い出というと「ホール落語よりは圧倒的に『寄席で観た噺家』」ということになる。私の行くときが、やっぱ「小三治主任」「市馬主任」というのが多かったから、必然的に(??)扇橋師匠も入る番組になるということだったからなのか…。とにかく、寄席に行くたびに高座を拝見していたと言っても過言ではない。何回聴いたか記憶がないほどである(苦笑)。十八番の「茄子娘」「麻のれん」「弥次郎」。『湖畔の宿』の替え歌が何故か入る「道具屋」。どういうわけだか和田誠が作ったとかいう歌を歌って終わる「二人旅」。あと「穴どろ」。主任やホールでは、黒門町直伝の「富久」や「ねずみ」などを本当によく聞いた。13年くらい前、紀伊国屋寄席のトリで聞いた「富久」は、素晴らしい出来だったのを覚えている。漫談だと、浅草の喫茶店「アロマ」のジュースがどうとか、小三治が偉いとか…なんか物凄く取り留めのない話(苦笑)を延々とされていた覚えがある。確か末廣亭だった。後年は、ご病気のせいか体が常に揺れていて、口跡も正直「何言ってるんだか分からない」ときも多かった。声量も落ちて「お客さんも笑いたいんだけど、笑い声で高座の声が聞こえなくなるから、水を打ったように静かにせざるを得ない状況」というのに、何度となく私は出くわした。それでも、私は扇橋師の高座は好きだった。ネタ云々でなく「扇橋師の高座を見ていれば幸せ」だった。…ここ数年、落語協会はベテランの戦線離脱が増えている。圓蔵師匠・扇橋師匠・志ん駒師匠…。私が寄席通いを始めたころ、寄席のエースとして毎日のように高座におられた師匠方が、どんどんいなくなってしまう。たけ平さんはじめ、若手真打や二つ目の大活躍も喜ばしいが、やっぱりベテランがいなくなるのは寂しい。仕方ないけど。扇遊師・扇治師・扇辰師・扇里師など、たくさんの弟子を育てられ、本当に素晴らしい功績を残された扇橋師匠。小三治師匠も深く悲しんでおられることだろう。入船亭扇橋師匠のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。長い間お疲れさまでした。…こういう内容のブログの最後に、不謹慎かもしれませんが宣伝をさせていただきます。5月9日(土)に神保町らくごカフェで催した「第6回昭和歌広場」が取材を受けたという話を書きましたが…。その模様が明日放送になります。7月12日(日)朝の8時からのBS朝日『熱中世代』という番組で、私が映ることになるようです…。ああ、物凄く照れくさい(冷汗)!!私自身は恥ずかしくて間違いなく見ないと思うので(苦笑)、もしよろしかったら、ご覧になってくださいませ。
2015年07月11日
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今日で「東宝クレージー映画」30作連続放送もオシマイ。最終作『日本一のショック男』は昭和46年大晦日の公開。この映画をもって、東宝クレージー映画は終焉を迎えた。私は本当に初見の映画。期待すまいと思いつつ、わずかな期待を持って見たが…。…そりゃ終焉を迎えて当然だわ、この出来じゃ(苦笑)。過度じゃなくても期待はするもんじゃないね。これはもう、こう言っちゃなんだが「東宝映画」でもなきゃ「クレージー映画」でもない。植木等が主役で、酒井和歌子・谷啓・人見明らが出ている「東宝配給の松竹風の風俗喜劇」になってしまっていた。冒頭の田舎風景(タイトルが出るまでのプロローグの長さ)。画面全体から漂う「邦画界の斜陽ムード」。『ワルノリ男』から毎回挟まるエロ場面。テーマが「公害問題」ゆえ、なんとなく全体的に暗~い雰囲気の笑い。谷啓の動物実験の場面なんか、完全に残虐な演出だったものね。マンガ的にはしていたけど。喜劇版『ゴジラ対ヘドラ』という雰囲気というか(苦笑)。そしてトドメ、70年代のどことなく田舎くさい風俗と、クレージーの持つ都会ムードとの乖離。おまけに何故か挟まる「戦時中の回想場面」の異常な重さ。いくら主人公の初恋の想い出とはいえ、どうしてあんなに暗いシーンを挟んだのかが、全く理解不能。加トちゃんの出番は少なかったけれど、やっぱりドリフ映画のムードにクレージー映画が完全に染まってしまったということなんだろう。時代の流れで。エンディングは、前作の『だまされて貰います』と同様の、ディスカバー・ジャパン落ち。どうなんだろう、これ。『ワルノリ男』が、まあまあの作品に見えてしまうほどの重くてイマイチ笑えない映画だった。「坪島監督、どうしちゃったんだろう?」と思ってしまう、いろんな意味で『ショック』な映画だった(苦笑)。坪島監督に本当に申し訳ないが、問答無用のワースト映画はこれだろう、クレージー映画で。あと、これは勝手な想像だけど…。もう『ヤクザ男』あたりから、植木御大は「クレージー映画に対して完全にやる気を失っていたんではないか」と思う。いつもどおりの台詞回しではあるけれど、なんとな~く精気が感じられないというか…。植木御大の老け方(お髪など)も、歳は誰でもとるんだから仕方ないけど、ちょっと見ていて辛かった…。最後に、この4週間で痛感したこと。それは「封印作品=傑作」という「変な幻想」「過度な期待」は絶対に止したほうがいいってこと(笑)。やっぱり、どんなシリーズものでも「絶頂期の作品」が素晴らしいのだということを思った貴重な4週間だった。…当たり前と言えば、当たり前だけど。改めて『ニッポン無責任野郎』でも見直そうかな…。
2015年07月06日
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ゆうべの『マツコ・有吉の怒り新党』で、19歳の大学生からこんな怒りメールが届いていた。「私は音楽番組でのバックダンサーはいらないと思います。ソロでパフォーマンスをしたほうが素敵に見えると思いますが…」マツコが「吉田拓郎さんの後ろで踊られたら、そりゃね…」とか言っていたし、「スクールメイツはどうなるんだ?」みたいな話もあったと思う。半寝ぼけで見てたから詳細書けないが(笑)。確かにマツコの言うとおり、歌によって・歌手によってだが「これは…後ろの踊り不要だろ」というときはある。このブログだから、懐メロ特番での個人的意見について書くが、私も実は、正直言うと「バックダンサーは不要」だと思う。テレビ東京もNHKもだが、昭和50年頃から今の今まで、バックダンサー入れすぎだと思うのだ、夏も大晦日も。確かに「島の娘」「ほんとにそうなら」「天龍下れば」「三味線ブギ」「トンコ節」「ゲイシャ・ワルツ」などの日本調&お手拍子ソングは、バックに花柳社中がいてもそりゃ問題ないと思う。少し時代が下れば、「お富さん」「チャンチキおけさ」「弁天小僧」「皆の衆」「一週間に十日来い」なんかもネ。しかし「リンゴの唄」とか「ここに幸あり」とか、明らかに「歌に合わねえだろ」という歌にまでバックで踊られると、幻滅するというか、集中力を欠かれるというか、心の中でなんとなく気になってきたのは事実なんである。テレビ東京に限って言うと、まだ大晦日が『年忘れ大行進』と言っていた昭和44年~昭和53年くらいまでは、まだそんなに言うほどバックダンサーは多くなかったと思う。ところが、昭和55年末に『年忘れにっぽんの歌』とタイトルが変わった辺りから、どんなジャンルの歌にでも「花柳社中」と「スクールメイツ」がバックで踊るようになってしまったという印象がある、私はだけど(苦笑)。特に凄かったのがスクールメイツ。まだ松田聖子や田原俊彦の後ろで踊るなら文句は全くないが、昭和50年代の半ば以降は、そういう歌だけでなく、藤山・ミネ・灰田辺りの大ベテランのバックでも踊るようになり…。まあ~歌と踊りの合わないこと(苦笑)。昭和56年大晦日、灰田勝彦は『燦めく星座』を歌っている。この歌舞伎座が最後の大舞台出演になってしまったのだが、この後ろでスクールメイツが踊っている。だけど…。踊りはズレてるし、灰田御大は歌いにくそうだし…なんでバックダンサー入れたんだ?と思ってしまうのだ(笑)。昭和60年大晦日の市丸姐さん『三味線ブギ』はもっと凄く、スクールメイツと花柳社中、合わせて30人くらい(!)でバックで踊るから、市丸姐さんが完全に霞んでる(笑)。平成3年大晦日のテレ東の大トリは、我らが藤山先生の『青い背広で』だったのだが、藤山先生がステージに登場した瞬間、なんとバックダンサーと衝突!!見ててヒヤヒヤしたのを今でも忘れない、ホントに。…だから、やっぱり「大量に」いらないなんじゃないかな、特に懐メロのバックは。最近の『歌謡コンサート』や『木8』なんぞもっと酷く、「何か花柳社中と契約してます?」と勘ぐりたくなるほど「明らかに不要だろ!」っていう歌にまで踊りが付いてて、見てて疑問しか湧いてこないのだ(苦笑)。近年のNHK『思い出のメロディー』で、日本調の歌をやると、花柳社中の人数スゴイからね(笑)。本当に「ステージの床が見えなくなるほどいる」んだから。NHKホールの客席で見てたとき、これまた「こんなに踊り手いるのか?」と思ったのよね…。まあ、花柳社中の人たちを一切いらないとは絶対言わないが、構成作家は「この歌に踊りは合うか・合わないか」くらいは考えてもらいたいとは思う。なんかフジの『ものまね王座決定戦』にしか見えないときがあるんだもの(苦笑)。『国境の町』でも『哀愁列車』でも、とにかく賑やかしで踊らせちゃえ!みたいなのを、何回かは見たことあるから(笑)。
2015年07月02日
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