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今日、神楽坂・赤城神社で開かれた「あかぎ寄席」に久しぶりに足を運んだ。半年近く行けなくてネ…。今回は50回(つまり50週連続!)の記念大会で、久しぶりに鏡味味千代さんが出演し(産休~出産でしばらく休んでた)、賑やかで楽しい会だった。松之丞さんの「源平盛衰記・青葉の笛」、こはるさんの「目黒のさんま」も素晴らしかったのだが…。トリのA太郎さんの「船徳」、これが凄かった。私は前々から、A太郎さんの古典を高く評価している。もちろん新作を作る才能も物凄いのだが(私は「面会」を推している)、この人の古典落語は、芸術協会の若手の中では、夏丸さんと並んで「段違いなレベル」だと思う。ときどき「アバンギャルドなクスグリ」も入るのだが(笑)、基本が非常にしっかりしている。だから根幹がブレないので妙なギャグも違和感なく聴けるのだ。A太郎さんが二枚目だ、というのもあるのかもしれないが「若旦那もの」を演ると特に才能が光りまくる。数年前、テイトで聴いた「酢豆腐」、そして今日聴いた「船徳」と、A太郎さんは「黒門町ネタ」が絶品。今日の「船徳」のベースは、完全に黒門町。私は熱烈な黒門町信者でもあるから、とにかく嬉しかった(笑)。これからの高座が、ホントに楽しみで仕方がない。…あと、やっぱり剛速球を投げてくれる噺家がいいなぁ。変なカーブじゃなくて。ほかの例えで言うと…建物とかがいいか。最近の二つ目~若手真打は、こんな偉そうなこたぁ言っちゃいけないけど、石垣(基礎)がしっかりしていないくせに、「現代的な変な装飾ばっかり付ける天守閣」を建てる人がかなり多いような気がする。私個人の意見としては、石垣がしっかりしていれば、多少ヘンなギャグを入れてもいいと思うし、もちろんそういう落語は面白いし、好きだ。でも、土台工事がいい加減なのに妙な建物を立てられると、ちょっと…という気持ちが強い。でも…これも個人的な意見だが…私は、落語は過度な装飾があまりない、昔ながらのシンプルな天守閣がある城のほうがいいと思う、やっぱし。そういう点でいうと余計な演出改変のない古典、つまりは「シンプルな天守閣」を建てることができる若手噺家は…。A太郎さんを含めて、友人ばかりになってしまうけど(苦笑)たけ平さん・夏丸さん・朝也さん・柳亭市馬一門の皆さん…くらいのような気がしてならない。夏丸さんも歌を控えめにして(苦笑)、もろ「剛速球」を投げる高座(怪談なんかいいョ)がいいもんネ。…ここから話は急に変わる。どんな落語家でも、悪口だけは書きたくなかったが書く。武士の情けで、名前だけは伏せるが。昨日、ある落語会に出かけた。3人の噺家が「ネタ出し」をして臨む落語会だった。その3人のうちの1人が、「船徳」をネタ出ししていた。ところが、稽古不足という理由で「船徳」をやらないで「強情灸」と「たがや」を演ったのだ。ネタ出ししてる会で、出してるネタを演らないというのはルール違反の最たるものではなかろうか?例え、どんなにうろ覚えでボロボロの出来だったとしても、「約束したネタをやる」のがルールじゃないの?百歩譲って、「船徳」がどうしても出来なかったのなら、キチンと詫びた上で「このネタなら、絶対お客さまを満足させることができる」というネタを選ぶべきだし、そういう「商品」をストックさせておくべきだろうよ。ところがね…。この「強情灸」と「たがや」が…言いたかないんだけど、「金返せ!」という出来(苦笑)。こんなセリフ、このブログで初めて書いたよ。私が高座上がったほうが、よっぽど真面目にキチンと演れるというほど。ホント酷い。「面白い」「つまらない」んじゃなく、「落語」として完全に破綻してんだもの。イヤというほど知ってるネタなのに、ストーリーが全く聴いてて分からないんだから。誰か、あの人に引導渡してあげたほうがいい気がする。
2015年08月27日
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ミュージック・テイトで、カラオケとマイクが諸事情で使用厳禁となり、存続が危ぶまれていた「落語・講談&歌謡ショー」の豪華公演『歌で綴る昭和の時代』!我々4人で、自主公演で存続させていこう!ということになりました!無事に綺麗なチラシも出来上がりましたので、開催の正式発表です!!『第11回・歌で綴る昭和の時代』開催日…10月9日(金)会場…お江戸日本橋亭http://www.ntgp.co.jp/engei/nihonbasi/index.html開場…18時30分 開演…19時 終演…21時(予定)料金…(予約)2,000円 (当日)2,500円出演…林家たけ平、桂夏丸、神田真紅 (歌謡ショー司会&構成)林田雄一予約先(メール)sink97@excite.co.jp (電話)09072228704会場も大きくなり、舞台に豪華な緞帳もあるので(笑)、テイトのときより、もっともっと豪華絢爛な歌謡ショーが開けるかと思います(笑)。また、下記のメールアドレスでもご予約・お問い合わせを受け付けます。CBC01742@nifty.comたくさんのご来場、心よりお待ち申し上げます!!
2015年08月26日
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5月末、ここでも書いた『東京かわら版』の出版500号記念パーティーで、その姿をお見かけしていただけに、今日訃報を聞いて本当にビックリした。「寄席芸」に収まらないほどのダイナミックな奇術から、寄席の色物としての軽妙洒脱な手品まで、鮮やかな奇術を魅せてくださった、北見マキ先生が亡くなった。享年74。肝臓ガン。ちょっと若すぎるな…。私は小さいときから『笑点』や『花王名人劇場』なんかでその姿を見ていた。マギー司郎、ダーク大和のような「面白マジック」と逆の本格的なマジック、そして和服に裃を付けたスタイルでの「手妻」を何度となくテレビで見た覚えがある。今から15~16年前、寄席通いをするようになった当初は私は落語協会の芝居にしか行かず、落語芸術協会には殆ど出かけたことがなかった。桃太郎師匠を筆頭に、友人・知人が徐々に増えて(苦笑)、芸術協会の芝居に行くようになったのが、たぶん今から10年くらい前…だったと思う。今では落語協会より友人・知人が多い感じだが(笑)。夏丸さん・真紅さん・A太郎さん・吉好さんなどなど、同世代の仲間が多いからねぇ。それで、初めて芸協の寄席に行ったとき、北見マキ先生が出ていたと思う。確証持てないのだが。「テレビで見た人だ!」という、ズブの素人感想(笑)を思わず口走ったのを覚えているが…。やってたネタは、確か両手の親指の付け根を思い切りお客さんに縛らせて、刀を通したり、アシスタントが投げた輪っかを通すという、お馴染みのネタだったように覚えている。ひと言も話さず、ブリキ製?の小さなバケツにコインをエンドレスで落としていくやつや、ロープのやつとか様々な奇術を見たが、たぶん「手妻」は生で見たことはなかったように思う。それが、今となっては残念だ。冒頭に書いたが、5月末の『かわら版』のパーティーのとき、ほんの一瞬だったが会場内ですれ違ったのだ、私は。至って普通の見た目だったし、全く病人っぽくなかったし、変わらぬ二枚目さ・ダンディさを保っておられたから…。まさか病気だったとは…と、信じられない気持ちである。また「大事な至芸」をひとつ、寄席の高座で見ることができなくなった。芸術協会のみならず、演芸界全体にとって大損失であろう。北見マキ先生のご冥福を、心よりお祈りいたします。
2015年08月24日
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さっき、日テレの『24時間テレビ』で林家こん平師匠が11年ぶりに『笑点』の高座に帰ってきた。正座もままならなかったし、まだまだ痛々しい姿だったが、昨年から比べると格段に声が出てたし、何より顔かたちが少しだけ元に戻りつつあるように見えたのに驚いた。この番組は昔から、障害者や病気を食い物にするような演出だらけの番組だと常々思うのだが、今日のこん平師匠の出演場面だけは、私は素直に嬉しかった。当代円楽師匠が涙ながらに「オレンジの着物だけど貫禄が違うよ!」と言った言葉に、胸が熱くなったし。それは「物心がつく前に、何故か落語心がついていた」私だからこその感情なのかもしれないが(笑)。これは、以前もこのブログで書いたことある話なのだが…。この話題は、あちこちに差し障りがある危険性多分にありの話題なのだが(笑)、決して「悪口ではない」ということをご理解いただいて…。…いや…悪口になるのか?これは(苦笑)。まあいいや、とにかく話を進めないと。私はファンの噺家(生で見たことがある人が条件)はたくさんいるが、自分の中の線引きで「ヒーロー枠」と「噺家枠」ってのがある。落語の上手さ云々ではなく、私の中で「ドラえもん」とか「パーマン」「ウルトラマン」「ゴジラ」と並ぶ存在なのが「ヒーロー枠」。逆に落語がどんなに上手くとも、あくまで「噺家」として大ファンなのが「噺家枠」という線引き。さっき、私がこん平師匠を見て感動したのは、こん平師匠が自分の中で「ヒーロー枠」に入っていた噺家だった…ということなんだろう。自分じゃ気がつかなかったけど(笑)。自分の中の「ヒーロー枠」は、先代柳家小さん・立川談志・古今亭志ん朝・先代三遊亭圓楽・橘家圓蔵・三遊亭圓歌・鈴々舎馬風・当代桂文楽・春風亭柳昇・桂米丸という方々あたりだろうか。唯一志ん朝師匠だけは生を見てないが。そして「ギリギリ『ヒーロー枠』」に入るお師匠さん方が歌丸・木久扇・こん平・小遊三・好楽・現圓楽という方たち。それは、やはり「幼いときからテレビで見ていた師匠方」ということになるわけだ。逆に小三治・小満ん・小燕枝・小団治・小里ん・さん喬・権太楼・一朝・雲助・小柳枝・桃太郎などのメンバーは、皆さん「現代の名人」だし「寄席のヒーロー」ではあるが、自分の中では「噺家枠」を出ない方々になってしまう。小三治師匠なんかは、テレビでもたくさん見てはいるが自分の中では「噺家枠」の最高峰という感じが否めない。これからの落語界に、落語の上手い人は山ほど出てくると私は思う。そういう意味では落語界は磐石だろう。でも…もう「ヒーロー枠」に誰かが新しく入るということはないような気がする。時代が噺家のヒーローを作ってくれない、って感じかな。そう考えると…毎度毎度の自慢大会になって恐縮なのだが、「ヒーロー枠の噺家」の、これまたトップに君臨していたあの師匠とホントに仲良くできたのは、落語ファンにとってこの上ない幸せだったのだと、今更ながらに思う。…話は戻るが、こん平師匠が将来、高座に出られるようになるかというと、かなり難しいだろう。でも、リハビリと共に「人前に着物を着て出る」ことが物凄く強い効果があるということを認識させられた。私としては「惨めな姿を人前に晒して欲しくない」とか「芸人が『頑張ってるアピール』をする姿を人前で露骨に見せるのは良くない」とか思うよ。でも、それをすることによって、高座復帰の道が僅かでも見えるのなら、私は批判的なことは何も言わないつもりだ。こん平師匠!野暮を承知で言いますけど、リハビリ頑張ってください。また寄席で漫談(落語じゃなくていいですから…)を聴ける日を待ってます。
2015年08月23日
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数字が悪くて云々…とかいうことではなく、最初っから1年の契約だったようだ。昨年、このブログで書いたときは辛口批評だったけども、だんだん中味が熟れてきて、上質のバラエティ番組になっただけに、たった1年での放送終了は本当に残念。フジテレビには、ほかに終わらせなきゃいけない番組が多々あると思うが…いい番組ほど「惜しまれつつ終了」になるのかねぇ(苦笑)?ネット上の記事にも見受けられたことだったが「番宣」の全くないテレビバラエティは、近年では非常に珍しい。…珍しくちゃいけないんだよ、本当は(笑)。松本幸四郎・加山雄三・甲本ヒロト・篠山紀信などなど、普通のバラエティにはあまり出演しないお歴々も顔を出し、ガキ向けでない「大人向け」のトークとショートコントの構成は回を重ねるごとに良くなっていったと思う。宮沢りえも、最初は木偶の坊で「大丈夫かよ?」なんて思っていたが、だんだんいい味を出すようになってきて「流石だな~やっぱ女優だ!」なんて思ったり。カウンターに並ぶ「ご近所さん」も、多少うるさかったり「反応が悪いな」なんて思ったりもしたこともあったが、そういう部分も「番組の持ち味」として許容できるようになっていた自分がいたし。やっぱ勿体無いよな~、終わらせるの。この番組、「視聴者を選ぶ」バラエティだったとは思う。私なんかは面白いと思って見ていたが、かなりの数の人は「何が面白いの?これ」って言ってたかもしれん…。間に挟まるショートコント(映像)も、例えば地下鉄の車窓を延々映すやつとか(笑)、女子高生の合唱部にタモさんが扮装して交じって合唱するだけのやつとか、シュールなものが多かったわけだし。でも、そういう「バラエティ対応脳みそ」のない普通の視聴者を置いてけぼりにしてでも(笑)、なるべく長く続けてほしい番組だったなぁ…つくづくそう思う。あと4~5回くらいしか放送がないわけか…。どうせなら最終回は拡大枠にしてもらって、以前からここでも書いているお歴々(タモさんの古い仲間の)、山下洋輔・坂田明・小松政夫・団しん也に是非とも出てもらいたいもんだ。伊東四朗御大にも是非。そして、また別のアプローチで「タモリの大人向けのバラエティ番組」を作ってもらいたいと切に願う。例えばジャズに特化した番組とか(林家正蔵師とかがレギュラー)、鉄道に特化した番組とか。そういやNHKの『ブラタモリ』は、地方ロケの番組にリニューアルされたが、各土地土地の文化や歴史などが非常に分かりやすく見られて、非常に楽しい。ただ…地方差別じゃないけれど、たまには特別企画で東京の街を歩いてもらえないかね(笑)?やっぱ東京の街を歩くほうが面白いような気がするが…。こないだの「東京駅」のスペシャルは面白かったから。…片や、もうフジテレビに居場所(レギュラー番組)はなくなるのかな?タモリさんの。また「タモロスだ!」とか何とか、ネットが荒れそうな感じが何となくするけどね…。『バイキング』が『ヒルタモリ』になったら笑うな(笑)。早い話が「元通り」という。…んなこたぁないか。『ヨルタモリ』がなくなったら、フジテレビで見る番組は皆無に近くなりそうだ。これからも見るのは…『正直さんぽ』くらいかな?
2015年08月22日
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いや~、時の流れは早いもんだ。昨晩、藤山ファンの懐メロマニアの先輩と久々に会って夜飯を食べたとき「そういや、今日23回忌ですよ!」とお互い気付いたという(笑)。それくらい時が流れたということでもある…(苦笑)。…一昨年・昨年と書いた内容と重複するようなことしか書けないから、今年は詳細は割愛するが(苦笑)。マスコミは、当たり前だが一切触れなかった。それだけ「遠い人」になったということなのか…。石原裕次郎・美空ひばりより後に亡くなってんだけどね。これもマスコミの偏向報道みたいなもんだな(笑)。よくクイズ番組で「国民栄誉賞受賞者を挙げよ」という問題があるが、そういうときに名前が最後まで全くもって出てこないのが「古賀政男」「長谷川一夫」「服部良一」「藤山一郎」だもんねえ…。ホント腹が立つ。最後に関連の宣伝。11月21日(土)の昼間、神保町・らくごカフェで吉例の「第7回昭和歌広場」があります。その藤山一郎先生の戦後のヒット曲の特集であります。チラシが完成して、詳細をすべて決めましたら、ここで発表させていただき、予約受付を開始いたします!お時間ありましたら、何とぞよろしくお願いいたします!
2015年08月22日
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私の懐メロ関係の友人たち、そして林家たけ平さんなんかも「あれを見ちゃうと、もう今の歌番組は見られない…」と、口を揃えて言う。「あれ」とは何か?それは横浜・関内の「放送ライブラリー」に保存されている、昭和44年12月31日放送の東京12チャンネル初のカラー番組『なつかしの歌声・年忘れ大行進』!私も数多の歌番組を見てきたけれど、あれに勝てる番組に未だに触れたことがない。一昨年、たけ平さんの本の宣伝で『年忘れ大行進』について裏話を書いたが、今度は表話(?)を書きたい。当ブログをご覧の皆さまも、この番組を『昭和歌謡大全集』で断片的には見たことがおありだろうと思う。『昭和歌謡大全集』に慣れると、マニアという生き物は贅沢なもんで、もっとワガママな欲求を言いだす(苦笑)。それは「歌唱場面のピックアップではなく、ひとつの番組を通しで見たい!!」というもの(笑)。私だけが思ったことでないと思うのだが、『昭和歌謡』を見ていて、歌い終わった歌手が引っ込んで後ろのバンドの指揮者がタクトを振り、次の歌へ切り替わるその瞬間に「今のVTRの次の出番は誰なんだ!?」と思ったことは無いだろうか?私は『年忘れ』や『夏祭り』を断片的に見続けていくと…「いま藤山一郎が歌ったけれど、次に出てくるの誰?」とそればっかり思うようになっていたのだ(苦笑)。特に昭和44年大晦日は、非常に歌手の方々の調子が良いと見受けられたので「せめて、この大晦日は通しで見たい!」この不満が解消できると知ったときの喜びったらなかった。ドキドキしながら「放送ライブラリー」で初鑑賞したときの衝撃&感動を私は忘れない、ホントに!歌舞伎座に高らかに響くファンファーレ。画面の下からせり上がってくる、味も素っ気もないテロップ。でも、私はそれに震えた。「特別番組 なつかしの歌声・年忘れ大行進東京・歌舞伎座から生中継」勿論「なつかしの歌声」の文字は、あの独特の字体(?)だったのだが、それ以外はただのゴシック体。その文字を見た瞬間に、後頭部のほうで「ブチブチッ!」と変な音がしたのを今でも覚えている(笑)。人間、興奮しすぎると頭が変になるんだろうか(苦笑)。血管が切れたみたいな音だったんけど…。そして、出演歌手名が五十音順にロールで上がってきて…もう私のテンションは、この時点でおかしくなっていた。3時間の大番組だったのだが、体感時間は30分くらいに感じた。相対性理論はあるんだよ、ホントに(笑)。そんでもって、その時点で「今では自分の中で当たり前になってること」だが、当時驚いたことが2つあった。1・オープニングで歌手が全員揃わない。これは、翌年の大晦日からテーマソングに歌詞がついて全員合唱の形になったのだが、この第2回目の時点ではテーマソングはインストだった。バンドが演奏するだけの舞台を、お客さんが静か~に凝視しているというのに非常に驚いた覚えがある。そして2つ目、これが最強最大のショック。2・トリが東海林太郎先生!私の中に長い間刷り込まれていた「懐メロ番組の構成」が完全崩壊したのは、いい意味でショックだった。誰が何と言おうと、昭和の流行歌手のトップ(つまりはOPとトリを取る人)は藤山一郎先生だと信じ込んで生きてきたので…。『長崎の鐘』のVTRを『昭和歌謡』の第2弾で見たとき「この歌がトリだったんだなぁ…」と思い込んでいたら…まさか『赤城の子守唄』がフィナーレだったとは!ま、どっちもフィナーレっぽくない歌ではあるけれど、「東海林先生のほうが、人気も偉さも上だったんだ!藤山先生より!」ってのが、そりゃもうビックリ!だって、東海林先生だけ特別待遇だったからね。ほかの歌手が1曲ないし2曲なのに、東海林先生だけ3曲+インタビュー付きだったんだし。舞台に登場したときの拍手&歓声&掛け声も、ほかの誰よりも東海林先生がいちばん凄かった。おまけに全員で歌うフィナーレは『東京音頭』ってのにまた驚愕!昭和50年代以降の大晦日しか知らない世代は、驚きの連続だったのよ、本当に。…4回にわたり『なつかしの歌声』について熱く語ってしまったが、かなりいい年して恥ずかしい(苦笑)。しかし、いい年こいた歌謡曲ファンが、今でもこれだけ熱くなれる歌番組は、そうはないと思う。『ザ・ベストテン』や『夜のヒットスタジオ』なんかに比べたら、支持者は少ないんだろうけど、全国には結構『なつかしの歌声』信者は多い…ということだけは声高に言っていきたいとは思っている。
2015年08月17日
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1・「日本のいちばん長い日」から70年。人間ならば古希である。しかし…いつまで「戦後」なんだろうね?とりあえず「安倍総理の戦後70年談話」は、読んだ限りは村山談話や小泉談話から比べたら「かなりマトモ」な談話であったと思う。村山談話からの後退…と支那・朝鮮が言ってるということはそれだけマトモな談話になったということ。阪神大震災時に、自衛隊の出動を渋り、多くの日本人を見殺しにしたクズ眉毛野郎(笑)に、ガタガタ言われる筋合いは全くないだろう。「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」…この文言が入っただけでも、本当に良かったと思う。この文言があろうがなかろうが、どんな談話を出しても支那・朝鮮はイチャモンを200%つけてくるわけで(笑)。100年経とうが200年経とうが、永久不滅に「謝罪要求」という名の因縁とタカリを続けてくるだろう、あちらは。反日国の顔色ばっかし気にしてたら、まともな日本の将来はなかろう。とにかく、とっとと支那と朝鮮に三行半を突きつけ、縁を切る方向に舵ィ切ったほうがいいに決まってる。私は遅まきながら、来週にでも靖国に行ければと思っている。♪「なんにも言えず靖国の 宮のきざはしひれ伏せば…」と、あの古賀メロディーが口をついて出るだろうな…。2・鳩山由紀夫はエライね、流石だネ。よりにもよってこの時期に、靖国神社でひれ伏さずに、朝鮮に行ってひれ伏すなんざ、実にどうもオツなもんで。空気の読めなさ加減、伊達に「宇宙人」じゃないね。タダもんじゃないよ、ホント。いい顔してたよな~、あの土下座したときの顔は。『瞼の母』でも演ってんのかと思った(笑)。あの顔を、あの土下座を、なぜ日本人にしないんだろう?3・日航機墜落事故から30年話は前後するが、日本人にとって8月12日も絶対に忘れちゃいけない日であろう。小学1年生の夏休み、6歳半のときの出来事なのに、未だに所々記憶しているもの。『クイズ100人に聞きました』が始まってすぐに速報が出たのを覚えている。確か…「日航機がレーダーから消えた」という内容だっただろうか。そして、20時過ぎから大騒ぎになりだし(確かどこかに不時着したという誤報も出た気がする)、各局が特番の対応に追われだした…らしいのだが…。私は6歳半だったので、21時には寝ちゃっていた。だから、よく「未だにトラウマ」とおっしゃる方が多い「深夜のカタカナ表記の乗員乗客名簿の読み上げ」というのは見ていないと思う。覚えているのは、翌日の朝&午後のワイドショー。御巣鷹の尾根から上がる煙、焼け焦げた主翼の「JAL」の文字を見て、幼心に「とんでもないことが起きた」と思い、怖かったのをよく覚えている。この事故で坂本九が亡くなった、というのも衝撃だった。『なるほど・ザ・ワールド』に解答者として出てたのをハッキリ見ていたわけだから。それで、その日だったか、次の日だったか忘れたが…。今でも日航の社員研修で見ることが義務付けられていると聞いている、あの悲痛な「乗客の方の遺書(メモ書き)」がワイドショーで取り上げられ…。その紹介が終わって…私が見ていたのはTBSテレビの『モーニングジャンボ』だったから、恐らくライオンの生CMだったんだろうけど…。CMを担当する佐藤さんと、もう1人が完全に号泣してCMにならなかったのが、もう衝撃で衝撃で…。なんか「見てはいけないもの」を見てしまったような、怖いのと悲しいのと衝撃が全部一緒くたになったような、非常に複雑な気持ちになったのを覚えている。そのあと、フジの『3時のあなた』でも、桃屋だったかジャノメミシンだったかの生CMで、同じような事態が起きたと聞いた。それだけ悲惨な事故だったってこと。戦争もそうだけど、あんな事故も二度と起こしちゃいかん。あれから、航空機の大事故というのは、日本で今のところ起きてはいないけども、忘れたころの「いい加減な整備」なんてなことがあっちゃいけないんだから。各航空会社の整備担当の皆さま、そこんとこはひとつよろしくお願いいたします!
2015年08月15日
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前々回・前回と『なつかしの歌声』について、立て続けに書いてきたが…。…いわゆる懐メロが好き・昭和の流行歌が好きという方でもご理解いただけない方のほうが殆どだと思う(苦笑)。しかし、NHKの『思い出のメロディー』や、ほかの民放の懐メロ番組と確実に違う「芯」が、この番組にあることは、ご理解いただけたかもしれない。この番組が凄いのは、何といっても「テレビ番組を残すという発想が希薄だった時代にVTRを多数残した」ことに尽きる。勿論、あのテーマソング(現在、私の出囃子として使用中)や水谷良一先生の編曲・指揮や、コロムビアトップ・ライト先生の名司会(ライト先生が下手だけど…)も最強なのだが、やっぱり映像がなければ、いま現在評価もできないわけで。それで、話は20年ほど前に遡る…。『昭和歌謡大全集』を毎回楽しみにしていた私。今の人には分からない状況だろうが、この番組に関しては私は「命を懸けて」見ていた。冗談抜きで。中学生~高校生時代が、この番組の上り調子(第1弾から第11弾くらいまで)だった時代。当時はネットもなく、また『TVガイド』を買うなんて習慣もなかったから、3月とか9月くらいになると「そろそろか?」なんて思いながら、新聞の夕刊の「1週間先までの番組欄」をチェック。テレビの予告とか上記の番組欄とかで、放送日付が分かったら自分の手帳に書き込み…。放送日は、学校が終わったら真っ直ぐ帰宅。いつもより30分以上早めに風呂に入り、頭から水替わりの湯をザブザブ浴びて身を清め(笑)、夕食をこれまた早めに済ませ、18時50分にはテレビの前に正座してスタンバイ。放送中にトイレに行きたくならないよう、事前に済ませて水もお菓子も一切手元に置かず…。家のヒューズが飛んで、録画が失敗しないように電化製品の使用を極力控え、ビデオデッキとにらめっこ。そして19時になり、まず1分ほど「今夜の見どころ」が映る。そこで「この映像は見たことない!」とか「この曲は初めて放送だな!」とか確認(笑)。そして19時03分になると、本編がスタート!♪「チャララチャラッ、チャラ~チャララチャラララ~」とテーマソングが流れ、玉置宏先生のナレーションとともに台形を縦にした形のワイプで、歌手の映像が画面両側に流れ、ロールで名前が下から出てくる。それを、まるでテニスか卓球の試合を見るがごとく、眼球を左右に動かしながら、歌手の口元を見て「今日はあの歌だな」なんて確認していた(笑)。たまに、ワイプ画面に見慣れない顔が映って「誰?」とか思うと「小野巡」とか「藤原亮子」とか「鶴田六郎」なんて名前が上がってきて「うお~~っ!!」と絶叫したもんだ。3時間微動だにせず、正座して番組を鑑賞。放送終了後は、毎回物凄い充実感と倦怠感に襲われた(笑)。今、こんなノリで見るテレビ番組なんかあるだろうか?言っちゃ悪いが「あるわけがない!」また、ちょうどその時期だったと思うが、横浜・桜木町に「放送ライブラリー」という、昔のテレビ番組を無料で見られる施設があると知り、行ってみたところ…。昭和44年7月29日放送分と、昭和44年大晦日がノーカットで見られるということを知り、その場で狂喜乱舞(笑)。モノクロのレギュラー回から、先に見たのを覚えている。上にも書いた、いま私が勝手に自分のテーマ曲にしてる『昭和歌謡大全集』のテーマは、『なつかしの歌声』のテーマだったのだ!というのを、そこで初めて知った。あの曲は『年忘れにっぽんの歌』とかで、提供ベースに使われていて「何だろう?」とか思っていたのだが…。そして、いきなり1曲目が霧島昇『赤城しぐれ』!大声出しそうになるのを必死に堪え、小唄勝太郎の『勝太郎くずし』や、東海林先生の『湖底の故郷』と『さらば赤城よ』なんかに、脳出血起こしそうなくらい興奮したのを思い出す(笑)。…昭和44年大晦日に関しては、また別で書こうと思う。あまりに長くなるから(苦笑)。そうこうしているうちに、私の中にくだらない野望が。「この番組の中身の全てを知りたい!!」…『紅白歌合戦』はマニアも多く、また公的に資料がキチンと整理され続けていたが、この『なつかしの歌声』に関しては…誰もまともに調べてなかったようで(苦笑)。「誰もやらなきゃ俺がやる!」とばかり…確か専門学校時分の夏休みだったから、今から17年くらい前か…あの国会図書館に3日連続で通い、読売・朝日・毎日の新聞縮小版を調べ上げ、放送全記録をメモしてきたのだ。放送日がコロコロ変わった番組だったので、かなり大変な作業だったが、VTRが残っていない回に石井亀次郎やら榎本健一やら、とんでもない人が出ていてビックリ。腱鞘炎になりながら書いたメモ、未だに取ってある。我ながら偉いネ。そんでもって、2002年にパソコンを購入してHPを作ったそのときに「放送全記録」を載せたらば、かなりの方々に喜んでいただけた…と、こういうわけ。その放送記録を「さも自分で調べたように無許可でブログに転載してる人」もいるみたいだが、まあ有効活用だと思って目をつぶろう、少し腹立つが(笑)。…う~ん…完結編にするつもりだったけど、昭和44年大晦日の初見時の感想が書けなくなった。次回に「番外編」にして書いてお開きにするかぁ(笑)!
2015年08月12日
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平成4年4月1日に放送された最初の『昭和歌謡大全集』。当初は開局25周年記念の単発企画だったそうな。とにかく、この番組を見た衝撃は未だに忘れられない。前回書いた『第11回日本歌謡祭』のときに流れた映像は、あくまで「故人を偲ぶ」というコンセプトだったらしく、イントロ・間奏・コーダなどは切られたものが流された。ところが、この番組はイントロ~コーダまで一切切らず、1曲すべてを丸々放送してくれたのだ。そして、私がいちばん驚いたこと。それは…『なつかしの歌声』は、なんと毎週レギュラーで放送されていた番組だった!!ってこと(笑)。記念すべき一発目に放送された『丘を越えて』の放送日が、夏でもなきゃ大晦日でもない、至って普通の日にち(笑)だったのを見て、初めてその事実を知ったのだった。小唄勝太郎のカラーVTR・メガネをかけてない若き日のディック・ミネや灰田勝彦・その当時は、まだまだ普通に歌っていた大御所(菊池・二葉・近江・林・織井など)の若き日の映像…。とにかく、ちょっとイッちゃってる?と周囲から言われても仕方ないほど興奮してばかりいた(笑)。ここで、個人的に勝手に思う『なつかしの歌声』の魅力。1・バンドの音がいい!!この番組のVTRを見て、初めて知ったことのひとつに「ベースがエレキじゃなくてコントラバス」というのがあった。昔のフルバンドの写真を見れば、基本ベースはコントラバスなのだが、当時私はガキだったので…「えっ?ベースってエレキじゃないんだ!すげえ!」…と当時は感激していたのだ(苦笑)。また、この番組における伴奏は、基本SP盤のアレンジに忠実でありながら、それを「ひと捻り」させる抜群の編曲にあったように思う。そこは、水谷良一先生の腕だったんだろうな~。ついでに言えば、この番組の指揮者・水谷先生のマネして指揮棒買った人もいる、私のグループに(笑)。2・マイナーな歌でも平気で放送する!!前回書いた藤山一郎先生の追悼番組で、ほかの放送局に絶対にないような曲が山ほど放送されたと書いた。『上海夜曲』も『燃える御神火』もそうだが、凄いのは当時レコードにならなかった『なつかしの海南島』という戦時歌謡を歌っていたこと(笑)。これが歌謡曲マニアのボルテージを上げるんだ、また!歌手も志村道夫、鈴村一郎、照菊なんかのVTRが残ってるし、まだ見ぬ貴重な曲目&歌手もあるんだよ、これが(笑)。詳しくは、私のHPをご覧下さいませ(笑)。「なつかしの歌声 放送記録」で検索すると見られます。3・セットがいい!!今の目で見ると「セコセコ」なセットなのだが、これがまたマニアには堪らない(笑)。公園やらホテルやら街角で、妙なオブジェや数段の段差を見かけたら、懐メロを歌いたくなる衝動に駆られる友人が20人近くいるんだから。完全な病気だけど(笑)。しかし…上記3つもいいのだが、私が最も惹かれたもの。それは…マイクロホンの形状(笑)!!!漫才や落語でしか見たことない「SONYのC38」で歌を歌われるお歴々の素晴らしさ!↑こういうスタイルね。それまで私は、ハンドのほうが歌いやすいだろうに…と思っていたのだが、『なつかしの歌声』にハマって以降、センターマイク一辺倒になってしまった(笑)。そしてハンドマイクも、いわゆるカラオケボックスにある普通の形状ではなく、単なる細い銀の筒状のやつがいいと思うようになってしまい…(苦笑)。↑この形のやつ。ヤフオクに出ないかな?これ(笑)。…何から何まで『なつかしの歌声』の形式に準じてでないと歌が歌えない体質になってしまったのだ(苦笑)。次回が完結編。まだまだ終わりじゃござんせんよ…(笑)。
2015年08月11日
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どうだろうね、この今までの自らを振り返るようなテーマ。別にブログやめるわけでも、死ぬわけでもないけど…。この十数年、あちこちで叩かれもしたし、SP好きからの否定意見も山ほど浴びて、「どうしてなんだろうか?」と自問自答することも多い昨今。「昭和歌謡マニア」として、かなり異端の人生を歩んできて改めて「どうして『なつかしの歌声』なのか」を考えてみる。…絶対、過去に書いたことと重複する内容だらけになるかと思うけど(苦笑)。私は小さいころから「懐かしのテレビ番組特集」のような、いわゆる「回顧特番」が大好きだった。よくフジテレビの『火曜ワイドスペシャル』とか日テレの『木曜スペシャル』の枠なんかで、愛川欽也とかが司会でそういう特集をよくやっていた。それで『少年ジェット』や『月光仮面』『まぼろし探偵』、バラエティだと『シャボン玉』とか『ゲバゲバ』なんかのVTRを見て「これはどういう番組なの?」と両親に聞き、図書館でそういうテレビの資料本を借りてきて読み漁る、変な小学生だったのョ(笑)。今も変わらないけど。小学校5年生の大晦日(平成元年)『第40回紅白歌合戦』の第1部で、藤山一郎・田端義夫・春日八郎・織井茂子といったお歴々の歌を聴いて衝撃を受け感動し、そこから懐メロ人生がスタートしたのだが…。そのころは勿論、SP音源復刻のCDも山ほど買ったし(まだ持ってる)、平成のアタマにラジオ日本で23時から芥川隆行がやってた懐メロ番組も、全神経を集中させて聴いていた(笑)。でも私は小学生の時分から、SP盤時代の歌が好きなくせにSP盤の若い歌声より、後年のテレビなどで歌ってる歌声に惹かれていたんだと思う。そこがちょっと、懐メロファンの中でも更に変人(苦笑)だったんだろうな、私ゃ。それで、いわゆる「昔のVTRを見るのが好き」というのと「戦前~戦後の流行歌が好き」という2つを結合させたのが「テレビ東京のVTR」ということになったんだろう。実は、私がテレビ東京に貴重なVTRがあると知ったのは、懐メロに興味を持つ前、なんと幼稚園のころ。今になって思えば『にっぽんの歌』か何かだったんだろう。父親の膝の上に乗って、昭和44年大晦日の岡晴夫のVTRを見た覚えが朧げにあるのだ。だってカラーだったんだから。↑ちなみに、これです(笑)。それで『あこがれのハワイ航路』が歌えるようになったのは事実である。だって懐メロ好きになる前から知ってたから。それで平成のアタマに懐メロファンになり、いちばん最初に『なつかしの歌声』のVTRを見たのは、平成2年の11月の『第11回日本歌謡祭』の合間に流れた東海林太郎・岡晴夫・灰田勝彦・伊藤久男・霧島昇の映像だった。小学校高学年にもなると、昔のテレビ番組映像というものは「残っていることのほうが珍しい」くらいの認識はあった。ところが、最近録画したと言っていいくらいの本当に鮮明なカラー映像で、遥か昔に亡くなった東海林先生の映像を見て、何だか分からないが「これだ~!!!」となったのだ(笑)。↑ちなみに、これです(またかよ…)。だってこの世には、東海林太郎先生のVTRは白黒で1本(黄金の椅子)とカラーで1本(第16回紅白歌合戦)しかないんだろうと、完全に思い込んでいたんだから。そんでもって「こういうVTRだけの番組が見たいな…」と思ってた平成4年の4月1日に『昭和歌謡大全集』が始まり、貴重映像がバンバン流れるようになったのだ、数ヶ月置きに。そして、再三ここで書いたが、平成5年8月23日放送の藤山一郎先生の追悼番組2夜目で『キャンプ小唄』をはじめ『燃える御神火』『東京娘』『上海夜曲』などの貴重映像を見たのが、今日の私を作り上げたトドメになった(笑)。今から13年前、私が『なつかしの歌声』に特化したHPを立ち上げたら、全国各地に同世代で同じような嗜好の人が大勢いたのは、私からすれば「凄く意外」で…でもホントに嬉しかったのを思い出す。たけ平さんも夏丸さんもそうだしね。勿論、市馬会長も。…続きは次回!
2015年08月10日
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1・やっと読んだ!又吉直樹『火花』時流に乗り遅れちゃいかんと思い、やっと買いましたョ!単行本じゃなくて『文藝春秋』だけど(苦笑)。…なんてったって芥川賞受賞なわけで、さぞ難解な文章が続くんだろうな、読み終わるまで何日かかるのやら?とか思っていたのだが…。昨日の午後の、だいたい3時間半ぐらいで読了。思っていたよりは読みやすかったように思う。…えっ?感想?私の脳ミソが足りないんだろうけど、又吉氏がこの小説で読者に受け取って欲しいと思ったメッセージ的なものは、私には分からなかった。主人公は間違いなく又吉本人だと思ったし、お笑い芸人の苦悩や焦燥感みたいなものは、やっぱりお笑い芸人にしか書けない描写が多く、そこは流石だなと思ったけど。素晴らしかったのは「情景描写の巧さ」!落語でいうところの「地」の部分は、その状況や場所の匂いが手に取るように伝わってきた。この作品は「人を選ぶ作品」かもしれん…。少なくとも、私は選んでもらえなかった気がする…。2・菅原やすのりさんを悼む年齢の割には恐ろしく若く、病気なんか全くしそうにないタイプに見えてたんで、ゆうべ『思い出のメロディー』の放送後に、訃報を聞いて本当に驚いた。享年70。若く見えてたなぁ~!吉本の花紀京師匠の訃報は、ある程度「仕方ないか…」と思ったところもあったが、この人は「まさか!」という思いが強かった。ちなみに、この方の実家は京浜東北線の蒲田~大森間の線路沿いにある有名な弁当屋さん。歌手としての活動をよく知ったあとにその話を聞いて、物凄くビックリした記憶がある。死因は急性骨髄性白血病だったとのこと。大変な闘病生活だったと思う。心からご冥福をお祈りいたします。3・平和はボーッとしてたって永久に続かないよ6日は広島、今日は長崎の70回目の原爆投下の日。投下直後の凄惨な写真は、子供のころに学校の図書室で見た覚えが何度もある。広島も長崎もね。誰だって戦争なんて望まない。平和な時代がこれからも長く続いてほしいと思うのは当然のことである。それを望むからこその安保法制を「戦争法案」だの「徴兵制復活」だのとホザくウスラバカ左巻きの連中、それを「反権力ってカッコイイじゃん」程度の認識で一般人を煽り、賛成側の意見を一切報道しないマスコミ(まともなのは読売新聞と産経新聞くらい?)。平和ボケも大概にしろ、民主党・社民党・共産党のバカ!国賊は日本からとっとと出てけ!と言いたい。安倍総理叩く前にさ、沖縄や小笠原諸島で好き勝手に侵略をし続けている支那の畜生に声高に言ってみろよ、「やめてください」って。こういう連中に限って、いざ本当に戦争が始まったら「殺せー!」とか言って煽るんだよ、反対しないで。平和を「ただ単にボーッと」保とうとする時代は終わった。いくら日本が真実を言い続けても、嘘と捏造で日本を叩き続ける三国人のほうが、今は発言権が強いんだもの。強い国防と、一部の反日国に対してサディスティックな姿勢での外交(というか国交断絶)、これこそが日本人がこれからも安心して生活していくための最高の対応である。安倍総理、前回の総理のときは、やや難がありましたけど、少なくとも安保と集団的自衛権は間違ってませんよ。反対論は、マスコミが煽ってるだけでさほど多くないと思います。少なくとも私の周りに反対論者はいません。ただ「残業代ゼロ法案」は止めたほうがいいかと(苦笑)。ブラック企業がますます喜びますから。
2015年08月09日
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今週水曜日…「たぶん」だと思うのだが、生まれて初めて熱中症になった。症状は軽かったと思うのだが、まあ妙に汗が出なくなって、目まいもひどく、とにかく倦怠感が尋常ではなかった。保冷剤を脇の下なんかに当ててたら、徐々に症状が収まり体調が元に戻っていったという感じ。…というわけで、5日ぶりのブログ。今晩放送された『第47回NHK思い出のメロディー』。…私は平成2年から欠かさずこの番組を見続けてきたが、「戦前~戦後のスター歌手&ヒット曲」を取り上げなくなって以降(大体2000年以降)では、おそらく今回が最高の構成&内容だったのではないだろうか。なぜか。それは「笑い」中心の構成だったから。まあとにかく、サブちゃんの司会&進行は見事だった!毎年、この番組にカリカリしていたのは「ハプニングを徹底的に排除する段取り通りの司会進行」。せっかく生放送なのに「らしさ」を出さず、カチコチの進行ばかりで「つまんねえな…」と思っていた(笑)。ところがサブちゃんは違った。松坂慶子のモッタリした台本通りの進行をぶち壊し続ける(笑)、おそらくだが「サブちゃんの好き勝手な進行」は、往年の『紅白』を見るようで、非常に楽しかった。何よりサブちゃんが、今までテレビで見たことがないほど楽しそうに歌い、進行していたのが嬉しい。昨今のウスラばかりの『紅白歌合戦』と違い、何十年もの付き合いがある先輩後輩の方々との舞台は楽しいだろう。小林旭・平尾昌晃との場面のサブちゃんの顔は、無理なやり取りをしなくていい、ただ楽しく歌えばいいんだという喜びに満ち溢れていたように思えた。『ギター仁義』を聴けたのも、本当に嬉しい(笑)。サブちゃんも最後のほうの『紅白』は大変だったと思う。孫みたいなのと付き合わなきゃならなかったんだから。当人の気持ちは分からないけど、ムリはしていただろう。それをしなくていいんだもんね、今日の舞台は。ゲストも伊東四朗・萩本欽一と、夢の2トップ(笑)!サブちゃんとのトークも実に楽しかった。しかも年寄りだから、話が脱線しまくりで長いのなんの。…ディレクターやタイムキーパーは、最前列でさぞかしヒヤヒヤしてただろうなぁ(笑)。おまけに大将は、森昌子の曲紹介でタイトル完全に忘れてしくじるという、大ハプニングやらかしてたし(笑)。年代の繰り上がりも少なく…今の演歌歌手のオカッパルや坂本九のカヴァーは全く酷いものだったが、戦後70年で考えれば、ベストな選曲&曲順だったと思う。上記の2人以外に無駄なゲストもコーナーもなく、いわゆる「ヒットパレード形式」で進行していくスタイルだったから本当に見やすかった。特にニュース以後の1時間は「やりやがった!」という程、素晴らしく見事な流れだったと思う。久しぶりの高田みづえの変わらぬ美声、相変わらず「??」なトシちゃん(笑)の懐かしいヒットメドレー。楽しかったな~、後半の1時間は特に!だって、自分が本当に懐かしい歌ばかりだったから(笑)。でも、やっぱり難点もいくつかあって…。あの「沖縄戦~『さとうきび畑』」の件は、日本人が絶対に目を背けてはいけない大事な歴史だが、今回の番組内容ではやらないほうがよかったかと。せっかく「笑い」中心の流れになっていたのに、あれが入ってしまうと、お客さんのテンションが急に失速してしまった気がする。あとは、ちょっとカヴァー曲が多すぎた。やはり歌謡曲は年代問わず、オリジナルシンガーで聴きたい。だから視聴者からのリクエストなぞ取らず、現役で歌えるベテラン勢を、もっと出したほうがよかったと思う。現役の演歌勢は、他の番組でいつでも見られるんだからさ。ベテランは安藤まり子・初代ローズ・二葉百合子の3人だけ…というのは、ちょいと物足りなかったかな。現役演歌歌手の酷いカヴァーを聴くより、たとえ歌声が落ちてても、視聴者は菅原都々子・青木光一・大津美子・曽根史郎・白根一男。あるいは五月みどり・橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦・三田明・園まり・中尾ミエ・伊東ゆかり・畠山みどり・三沢あけみ・佐々木新一・久保浩とかを大量に出しゃ喜ぶんだから(笑)!特に団塊の世代は。あと現役演歌勢を出すんなら、若い歌手よりは水前寺清子・都はるみ・森進一辺りにしておいたほうがいい。でも、上記の難点に目をつぶってでも、今回の番組内容は素晴らしかったし、本当に楽しかった。来年も、是非この調子でひとつ…。
2015年08月08日
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盛夏を明るく過ごすためには、落語を聴くのがベスト!そして懐メロを聴くのがベスト!明後日の晩は、お仕事終わりに是非とも東京は西新宿、ミュージック・テイトにお出でくださいませ!8月4日(火)「第23回・夏丸演芸館」会場…西新宿ミュージック・テイト開場…19時 開演…19時30分 終演…21時30分?料金…予約2,000円 当日2,200円予約先…info@musicteito.co.jp…夏丸さんとの歌謡漫談に企画が変わって2回目(笑)。カラオケ作らなくていいから楽にはなったが、その代わりウクレレを猛練習しなくてはならなくて……それはそれで意外と大変(苦笑)。前回よりは、内容や曲目を練り直してスマートにやれればと思っております。私も何か歌おうかしら(笑)。たくさんのご来場、心よりお待ち申し上げます!!
2015年08月02日
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こんなバカみたいに暑い日に、わざわざジムのサウナに行くこたぁないじゃん…(涙)。自ら熱中症になりに行ったみたいなもんじゃない…(涙)。あまりにさっぱりした最期に、本物の江戸っ子らしい潔さも感じるけども…。築地生まれだからね、この人は。3月の桂米朝師匠、先月の入船亭扇橋師匠に続き、またまた「東京やなぎ句会」の主要メンバーが逝ってしまった。いつまでも変わらぬ雰囲気と、声のデカさに「この人だけは当面死ぬことはないな」と確信していただけに、この訃報は本当に驚いたし、ショックだった。ついこないだ『徹子の部屋』に出て、恋愛がどうたらとか物凄い話をしてたばかりだったのに…。麻布中学同級生の仲良し芸能人グループも、これで全滅…ということになってしまった。フランキー堺・仲谷昇・小沢昭一・内藤法美・なだいなだ…。北村和夫も、もういないし「昭和の映画・舞台の黄金時代を脇で支えた人」「昭和の演劇・演芸などをリアルタイムで見てきた人」が、殆どいなくなってしまったのではないか。黒澤映画の常連でもあり、金田一シリーズではこの方最大の名台詞「よし!分かった!」を生み出し…。そのセリフをパロディーにして、ウッチャンナンチャンの番組に、レギュラーで出てたこともあったもんな。あの『釣りバカ日誌』シリーズでも、専務役で名サポートをされていたのを思い出す。演芸関係としては近年、吉川英治原作『宮本武蔵』の朗読に力を入れておられ、よくお江戸日本橋亭で噺家をゲストに呼んで、朗読の会を催しておられた。一度行ってみたいと思っていた矢先の訃報…。本当に残念・無念である。思いついたときに行っとけばよかったんだ、本当に…。この損失が、日本演劇界・演芸界にとってどれほどの損失か理解できる人も少ないだろう。これがまた腹立つ…。加藤武さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
2015年08月01日
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