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先日、子供と話していて不思議なことに気が付きました。その日は、妻と外出して戻りが予定よりすこし遅くなったのですが、すると子供が裏の公園で真っ暗になった中で一人でゲームをしているのです。「なぜ、家の中でゲームしないの?」と、いろいろ尋ねた末にわかったのは、どうやら「家に戻ってきたときにゲームしている場面を見られたらいろいろ言われるので、家のすぐそばの外だったら、ふたりが帰ってきたのがすぐわかるし、ゲームをしている場面を見られなくてすむ」というような気持ちでした。で、思ったのです。そもそもゲームはしてもいいよ、と言っているのですが、同時に学校の勉強は1時間はしっかりやりなさい、と。そして、注意をするのは、勉強をしないでだらだらとゲームをしたりTVばっかり見ているときに注意をするのです。でも、いつの間にか、ゲームをしていると怒られる、という認知になっているようなのです。尋ねてみました。「勉強もしなさい、と言っているのはわかってるね。ゲームをしてもいいよ、と言っているよね?」「うん」「じゃ、どうして勉強しないの?」すると、こう言いました。「机に座ってもなんか、ぼーっとしちゃって・・・・」ああそうか、とひらめきました。やり方がわからないんだ、と。私は小学4年生の時に親が一戸建ての家を建て、私は個室を与えられました。で、私は一人で勉強していたのですが、考えて見ればそれは頼れる親がそばにいなかったので、一人でやらざるを得なかった、ということに気づいたのです。だから、勉強というと苦しい思い出しかありません。自分をとことん追い込み、すごく集中した精神状態を作る。でもとても疲れるのですね。頼れる人がいないから。一人でやるって、めちゃくちゃ大変なことなのです。私の友人で建築家でありながらセラピストの、八納啓造さんという方がいます。彼とは本田健ちゃんのセミナーで一緒でした。彼が昨年、「わが子を天才に育てる家(PHP研究所)」という本を書いたのです。彼によると、「勉強のできる子は個室ではなく、大広間で親と一緒に雑談しながら勉強している。だからそういう作りの家にすることが大事だよ」と、以前教えてくれました。八納啓造さんのHP最初はピンとこなかったんですが、やっとわかりました。そういうことだったんだ~(^^)。要は、親とのつながりを保ちながら勉強させることが大事ということ。今までは、個室を与え「しっかり集中してやりなさい」と言うだけでした。子供にうつ病ってこうして出来るんだな、ということも府に落ちました。こんなふうに、つながりを切って「がんばりなさい!」というだけでは勉強ってできないんですよね。私はやっていましたが、しかしものすごく勉強が苦しかったし、人に頼れないパーソナリティになってしまいました。(笑)子供に親とつながっているという安心感を感じさせながら、そのつどわからないことは雑談の中であれこれ質問してもらったり、教えたりしながらやっていくこと。親との関係こそが勉強そのものなんですね、やはり大人にとっても子どもにとってもつながりって大事ですね。
2011.01.31
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人と人との間では、たくさんの喜びの感情が湧く一方で、たくさんのマイナス感情が起こります。怒り、悲しみ、不安、苦しみなど。しかし、昨日のブログにも書きましたが、こうしたネガティブな感情は必ずしもネガティブなものだけを表しているのではない、ということに気づくと、物の見方がすごく変わってきます。私も少しづつこのことがわかって来ました。例えば、昨日私はある人にすごい嫉妬がわきました。私はセミナー講師をしていますが、ある人がある場所でセミナーを行って、大好評を得た!!! と教えてくれたのです。すごいね~、やったねえ、なんて言いながら私の心はすごい嫉妬心がわきました。「ちくしょーーー!!」まったく、なさけないですねえ(笑)でも、ふと思ったのです。嫉妬心とは、そもそも自分がなりたくてなれないでいる姿を実現している相手にたいして感じるものです。ということは・・・・、私は、そもそもそうなりたい!!! という強い意欲を持っているではないですか!!!なんだ! 自分自身はそもそもそうなりたい、という強い成長心を持っているからこそ、嫉妬心は起こるのです。成長心がなければ嫉妬は起きないのです。ですから、嫉妬はあるいみ「よい感情」なのです。このことに気づいたとき、私は思いました。よし、○○について早速勉強しよう! と。このことに気づかないと、いつまでもその相手に、ちくしょー、と言って嫉妬し続ける事になってしまいますね。私は過去に何度もそういうことを繰り返してきました。むりやりプラス発想をする必要はなくて、マイナス感情をよくよく見てみると、成長心が隠れていることがわかるのですね。こういうことがあるから、感情って不思議ですよね。感情とは、必ずしも自分自身のありのままの姿を表しているわけではないのです。でも、ありのままの自分を教えてくれるシグナルなんですね。
2011.01.30
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このブログは、自分自身を変えたいと思う方に役立つようなミニノウハウを、私が経験したり人に聞いたことなどからご紹介していますが、私は感情表現が「自分自身や、自分の人生、または仕事」を変える一番効果的な方法だと思っています。しかし先日、ある方と話していてふと気づいたことがありました。その方はこう言ったのです。「職場の上司を見るといつもいらいらしてきて、そのことを上司に言うわけにもいかないし、こういうときどうしたらいいの?」実は、上司に「怒りではない感情」を率直に表現することによって、自分自身と上司が両方ともすっきりすることができるのですが、私はその時はちがうアイデアがひらめいたのでした。それは、「自分軸を明確にする」ということです。実はたしかに感情表現によって自分自身や人生を変えていくことは出来るのですが、「自分軸」が明確になっていることで初めて出来るのだ、ということがふっとひらめいたのでした。上司・部下の相談や、パートナーシップの相談などをよくされますが、自分軸=「何のためにここいることを選択したか」ということが明確になっている人は、感情を「良くするためのシグナル」と受け取ることができるように思います。たとえば、「このパートナーと人生を一緒に味わっていこう」と決めている人は、怒りや悲しみの感情は、相手と自分自身を良くするためのサインと捉えることができるのです。逆に自分軸がないと、怒り、悲しみ、不安、苦しさ、などのマイナス感情は、単なるストレスになります。「この人と一緒にここにいるのは、もう嫌だ」という結論に簡単に結びつくのではないでしょうか。何がなんでも我慢することがよいという為にこんなことを言うのではないのですが、自分軸があるなしによって「あきらめ」のスピードがぜんぜん違うように思います。感情とは移り変わるもの、でも自分軸はそう簡単には移り変わらないもの。自分軸がないと、たぶん感情の変化に自分自身が、翻弄されてしまうかもしれません。自分軸があると、感情を単なる「表面的な移り変わり」と、受け止められるかもしれません。自分自身や相手のことを、あまりわからないうちに結論を下してしまうとしたらもったいないことですよね。
2011.01.29
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私のところにくる某経済リポートを読んでいたら、こんな内容が載っていました。「日本政府がこの夏前に、いよいよ資金ショートするかもしれない」今民主党と自民党は激しくバトルを繰り広げているようですが、そのおかげで予算が成立しない可能性が高まり、そのことで資金ショートする、というのです。今年の始めのブログで、今年は本格的な不況に突入するという朝倉慶さんの本を紹介しましたが、いよいよ来始めたか??? という感じです。資金ショートするとどうなるのか。私にもあまりよくわかりませんが、国や地方が運営する組織にお金が足りなくなる、ということですから、たとえば役所などでは営業時間の短縮とか、窓口の閉鎖とか、そういうことがおこるかもしれません。いよいよ、自分が信頼できる人とどうしっかりつながっていくか、ということが本当に大切な時が来たのですね。経済がおかしくなったら本当に、だれと繋がっているか、ということが一番大事です。だれと固い絆で結ばれているか。そして先日、犬飼ターボさんから教わった「絶対絆が壊れない法」が役立ちます。それは、「自分からは何があっても繋がっている」と思うこと。自分から繋がっていると思えば、絆は壊れない。相手から見捨てられたと思うと、もういいや、とこちらから絆を壊してしまうこと、私はよくありました。でも、勇気を出して再度近づいてみると、相手は意外になんとも思っていなくて、快く受け入れてくれたことを私はなんども経験しましたが、どうでしょうか。自分自身が、恐怖という「お化け」を勝手に大きくふくらませてしまったのでしょうね。絆は、こちらが繋がっていると思えば壊れない。この言葉、今年大事にしたい言葉です。
2011.01.27
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先日、友人と話していてあることに気が付きました。「最近、悩んでいるんだよ」と友人。「どういうこと?」と私。彼はこう言ったのです。「俺ってなんだろう?、って思うんだよね」「へえ、そうなんだ、俺もそういうこと前にあったよ」。と、何気なく聞いていたのですが、ふっとこんなことがひらめいたのでした。答えが出ない、悩み方をしているんじゃないかな、と。俺ってなんだろう、という悩みにすぐに答えを出せる人はそういないのではないでしょうか。もしかしたら一生、時間がかかっても答えはでないかもしれないですよね。その時、私のヒラメキはこう言ったのです。「自分は、どういう時に、どんな気持ちを感じる人なのだろう」という悩みには、答えが出るよ、と。たとえば、自分は恋愛小説を読む時、胸が熱くなる人だ、とか、または、何も感じない人だ、とか、そういう答えは出ますよね。そして、これは、「自分って何だろう」という悩みの答えの一つをあらわしているのではないでしょうか。自分で言いながら、妙に納得したのです。そして同時にこうも思いました。もしかして私たちは、答えが出にくい悩み方をしてはいないだろうか、と。自分の仕事の意味は何? では、答えが出にくい。でも、自分の仕事はだれに喜んでもらえるのだろうか、だと答えはでやすい。悩み方を間違うと、答えがなかなか見つからない可能性がありますよね。答えがみつかりやすい悩みは、悩みが解決するので、それだけ幸せに近づきやすいのではないでしょうか。
2011.01.26
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妻との4年間の結婚生活で、一番もめまくっていたのは、お互いの思考パターンがよくわからないところから来る、イライラでした。妻は、「はー、今日は疲れた」と言います。私は「そうか。」と言います。しかし、この反応が妻には不満なのです。妻の脳では、「疲れた、という状態の説明は=助けてほしい」というメッセージなのだそうです。私は、疲れたという状態が、ヘルプがほしい、という「目的」を表しているとまでは、感じられなかったのです。「疲れたので、○○については、今度から助けて欲しいんだけど、どう?」という目的を意味する会話があって、初めて意味がわかり「いいよ」と言えます。会話の目的がわかると、反応できるのですね。妻は、今日あったことをあれこれ、自分が今日経験した「状態」を怒涛のようにしゃべるのが好きです。私の脳は、「何がいいたいのか」を探ります。言いたいことがわからないと、イライラしてきて「何が言いたいんだ」と苛立ってしまいます。(笑)これって、今自分がいる状態を説明するのが好きな「脳」と、目的は何かを考えるのが好きな「脳」の違いなんだな、と最近分かってきました。わかるまでは、めちゃくちゃに苦しかったですね(笑)。従来は、前者脳は女性が多く、後者脳は男が多かったと思います。男は、どうしてもビジネスなどで、最終目的を達成するという思考パターンを絶えず使うので、そうなのかもしれませんね。でも最近では、女性でもビジネス一筋の人の場合は、目的志向の強い脳の方がいると感じます。男も、最近は育児をやったりするので、状態脳をわかる人が増えているのではないでしょうか。最近、私と妻はやっとお互いのこの違いに気づいたのです。それから本当に楽になりました。妻が昨日言ってました。「昨日テレビで、夫婦の悩みという番組がやっていて、私たちが経験したのとまったく同じ悩みを持つ人がたくさんでてきておかしかったよ」もしかして、皆結構同じパターンなのかもしれませんね。(^^)
2011.01.25
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先週の土日は、山梨の小淵沢に行って犬飼ターボさんのセミナーを受けていました。この時にとくに私の心に残ったことをひとつ。だいぶ前からセミナー参加者の皆から、こんなことをよく言われていたのです。「じゅんじゅんって、みんなに愛されているよね~」今までこのことはピンときていませんでした。でも、妻も私には何年も前からこう言っていたのです。「あなたはみんなに愛されているよね。あなたの友達に会うと、本当にそのことを感じるよ」と。考えてみると、私はもともと10代の頃はあまり他人を信じていませんでした。まわりは信用できないという思いが強く、それならば自分一人でしゃかりきになって人生を切り開いていこう、と思っていました。それは人に対して「恐れ」が強かったということなのですが、頑張ることである程度の成果は出ましたが、どんどん孤独になっていきました。幸せではなかったのです。今、私は全く違う価値観を持っています。今までの価値観では、疲れ果てたからです。病気にもなったからです。私は、人とつながる喜びを企業研修の中や、公開セミナーを通して一般の人々に伝えるというビジネスでやっていきたい、と思っています。「人とつながること」が最大の目的なのです。ではどうすれば、つながれるのか。自分のありのままの感情を表現すること、です。プラスの感情もマイナスの感情も・・・。過去のトラウマや、悲しい体験は「感情表現」するによって驚くほど消えていき、幸せな体験になってしまうということを私は何度も体験してきました。その結果、なぜかこう言ってくれる人が私の周りに多くなりました。「みんなじゅんじゅんをあたたかい目で見ているよね」。周囲の人を見ているとわかるよ、と。良い部分も悪い部分も、表現するとなぜか愛される。そのことで一番幸せを感じるのは、自分自身です。こういう価値観に基づく生き方・働き方が世の中に広がっていくと、皆が幸せになるだろうな。そう思って毎日、仕事に励んでいます。
2011.01.24
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人と会ったときの自分の会話や反応パターンを決めるベースとなっているものは、セルフイメージです。セルフイメージとは、「自分はこんなときはこのように反応する人だ」というように、自分が自分自身に対して持っているイメージです。私たちは、人に対してはよくこんなことを言いますよね。「あの人は、ああいう人だから。だから、ああいう時はこんな発言・行動をするんだよ。ああいう人だからね」これと同じイメージを自分自身に対しても持っているのです。自分自身にたいして持っている、固定的な見方と言うと分かりやすいでしょうか。先日、ある人と話をしていてこのセルフイメージについてふっとひらめいたことがありました。「俺って、今、こんなふうに賑やかにしゃべっているけど、これっておやじの姿だな」と。私の父はとても社交的な人で、たくさんの人といると盛り上げ役なのです。これが私にはプレッシャーだったのでした。でも、同じことを自分も今やっている不思議さに気づいたのです。よく遺伝だという人もいますが、私はすこし違うアイデアが閃きました。ひらめいたのは、「父に認められたいから、父が好むやり方をコピーしたんだ」ということ、です。いや、父を超えたいので父よりも社交的になろうとした。そして競争している分だけ、ありのままの自分からズレた、ということです。本当の自分はもっと静かに会話を楽しむタイプだな、と思ったのでした。自分自身はどういう人だと思っているのか。このことに気づくとありのままの自分と言うものが見えてくると思います。私の個人HPに、セルフイメージを診断する心理テストを載せています。よかったらお試しください。山本潤一公式HP(左側にある「自己診断」というところをクリックします)
2011.01.22
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今の時代は、過去の常識が通じないとよく言われます。本当にそうですね。今朝ほど、テレビを見ていたら「デジタルネイティブ」という言葉の解説をやっていました。デジタルネイティブとは、生まれながらにデジタル機器を使うことが普通になっている世代のことだそうです。TVでは、10代でツイッターを駆使して起業する少年が紹介されていました。ぼくなんか(と、いばる必要ないのですが(笑))、携帯が登場したのは30歳になってからです。インターネットが普及したのはもっとあとです。今のビジネスには、ネットはかかせません。でも私はそんなに詳しくはわからない。あまりすきじゃないし。しかし、妻は私より17才年下なので、こうしたデジタル機器にはすんなり溶け込んでいます。彼女の助けなしではできないことが多いのです。こうしたデジタルに関してもそうですが、今の時代のビジネスは「助けを求める力=支援要請力」がとても重要じゃないかな、と最近気が付きました。今までの時代は、「男」が稼ぎ、その責任を果たしていました。もちろん今でもそうした考えは、私の中にもありますが、いくら「男」を主張してもどうにもならないこともある。「男」に固執すればするほど、助けを求められなくなるのです。「くるしい、助けてほしい」。そういう話を私は妻によくしますが、そう言える自分だと夜がよく寝られます。よく寝られるので、よし、がんばるぞ、という気持ちが出てくるのです。不思議ですね。「もう頑張れない」と言えると、頑張れる力が湧いてくるのです。言えなかったとき、よく夜中にうなされていました。一人で頑張らないといけないと思っていたのでしょう。助けを求めて、助けてくれないことはあるのでしょうか。あるかもしれません。普段から、助けてもらえる人とは、どういう人なのか、それをよく考えることが重要だな、と思います。
2011.01.21
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以前このブログで書きましたが、私は昨年の7月下旬に夏の暑い盛りに、ふとひらめいてジョギングを始めました。それまで数年間まったく運動せず、その間に10キロも太っていたというのに。最初は、歩く人より遅いジョギングでしたが(それなら歩けばいいじゃん、と思いますよね(笑))、週に3,4回走っているうちにだんだん慣れてきて、今では4キロくらいをかなりのスピードで走れるようになりました。で、1月に入ってから、ふと思ったのです。「果たして痩せたのだろうか」・・・・と。やせてなかったらどうしよう・・・と、不安でしばらく体重計に乗れなかったのでした。で、ある日、「いつまでもうじうじしていたってしょうがないじゃないか!!!」と思いまして、えいやっと体重計に乗ったのです。たかが、体重計にのるだけなのに。で、結果は????体重は・・・・。・ ・・・・変化なし、でした。がーん。で、落ち込んでいたらあることに気づいたのです。それは、なんと、体脂肪が2%減っているではないですか。2%といったら、約1.5キロです。1.5キロの脂肪が消えたのです。これはすごい!! と思いました。でも考えてみたら、走った結果どうなりたいかっていうのを、あんまり考えていなかったなあ、と思いました。私の希望はなんとか体重を戻したいこと。ターボさんがよく言っていたな。「成功のイメージを持つこと」って。でも、某有名メンターは言っていました。「お金のことはうまくいくけど、体重だけはうまくおちないんだよね」って(^^)。ということで、いいことにしよっと(笑)
2011.01.20
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私は今の奥さんと出会ったいろいろな流れを振り返ってみると、やはり「運命」を強く感じます。俗にいう「ビビッ来た」とかそういう意味ではありません(^^)。この人と出会ったのは必然だった、という意味です。なぜそう思うか。それは、私の成長と深く関わっているからです。そのことは出会った当初はよくわかりませんでしたが、時間が過ぎると共にだんだんと分かってきたのでした。わたしの対人恐怖の原点は、父でした。私は父が怖くて反抗期というのがなかったのですが、セラピーや心理療法を学ぶうちに自分の内面を深く観るようになり、そのかいあって(笑)、40才過ぎに父に対するものすごい「憎しみ、激怒の感情」が噴出して止まらなくなり、夜が眠れなくなったのでした。眠れないどころか、発狂するんじゃないかとと思うくらい、ものすごい怒りが噴出して止まらなくなったのです。それまで、父に対する怒りの感情を感じないようにしていたのですね。そこで何度もセラピーを受け、何度も父に怒りをぶつけましたが、この怒りはとまりませんでした。では、なぜ、止まったのか。それは、私が今の妻と結婚したからです。結婚式で、最後の挨拶で父は、「息子をよろしくお願いします」と言って、号泣し、それを見ていた私も号泣してしまい、やっと父に愛されていたことが分かり、この怒りは消えたのです。では、これはどうして起きたのか。それは、彼女が現れたからなのです。では、彼女が現れたのはなぜか。それは、母が入院していた病院で彼女が母の担当看護師だったからですが、その前に私は母と、和解することがあったのです。それまで、過干渉的な母に対しては非常にイライラしてたのですが、一度そのことでおもいっきり感情をぶつけ、母は泣き、私の誤解も解けたのでした。その後、母が連れてきた彼女を受け入れられるようになったのです。それまでは、母が連れてくる女性は嫌だったのですね(笑)。いやですよね~、母の支配下に置かれるようで。(笑)このような流れはなぜおきたのでしょうか。ここを私は考えたのです。それは私が父、母との和解を望んでいたからであり、そのことを深く理解するために今の妻を引き寄せたと言えないだろうか、と。このことがわかったとき、運命を感じたのですね。魂を成長させるために彼女を引き寄せたと・・・。全ての人間関係はそうかもしれませんが、パートナーは特に意味ある出会いをするものだな、と感じます。
2011.01.19
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先日、ある人に何気なくこんなことを言っていたのです。「昨日、女房とケンカしてさあ」すると、その人はこう言いました。「よくケンカするね」そのときは何も思いませんでした。そして、時々行く寿司屋さんに行ったのです。すると、大将がこう言いました。「山本さん、よく奥さんとケンカするね」そこで初めて思ったのです。何かおかしいな・・・と(笑)。自分って毎日ケンカしているんだっけ???小さなものを入れると、2、3週間に一回とか、それくらいだけどなあ。それって多いんだろうか。この回数は、ともかくふっとひらめいたことがありました。前者の人に会うのは、月に1回くらいです。後者の寿司屋さんに行くのは、3週間に一回くらいです。と、いうことは・・・。そうです。私は彼らに会うときには、いつもそういう話をしているのですね。だから、彼らにとっては「いつも」なのですね。しらないうちにそう感じる人が周りに集まり、というか、そう感じる人を増やし、周囲の人がそう言うので、自分も女房とのケンカが多い人なんだ、というセルフイメージができてしまう。そして、いつのまにかそういう世界に住んでいる。これって逆のパターンもあるのでは???いつのまにか、成功しているパターン、ハッピーなパターン、楽しいパターンなど。まさに「言葉は自分を作る」のですね。
2011.01.18
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先日、ある方からこんなことを教えてもらいました。「話をするときって天とつながってるんだよ」「“天”って何のこと?」はさておき(笑)、この言葉に何かピンと来るものがありました。私はセミナーの講師ですが、もともとすごう対人恐怖症だったので、それを何とかしようとしてあえて人前に出る仕事に飛び込みました。ショック療法ですね(笑)。最初はめちゃくちゃ怖くて、死にそうな思いをなんどもしたのですが、でもある時から不思議な感覚を味わうようになりました。いわゆる「流れにノッている」と言う感覚です。実は、事前に話すことを準備するのですが、実際のセミナー中はその順番を崩して話すことがほとんどです。そして知らないことも質問もされることも多々あります。最初はこれが怖かったんですよね。でもそんなときどうしていたかというと、直感なのです。話しているとき、話している内容が自分自身として本当に内面から理解している内容について話すとき、何か、自分自身以外の「流れ」に乗っているように感じます。話しながら自分自身で「新たな発見」が起きたりします。「おっ、これは俺が言った言葉?」なんて自分自身に驚きながら・・・。(笑)大学時代、私は競技ダンスを踊っていました。その時もそんな感覚になったことがあります。表現することとは、何か自分自身以外のものとつながる感覚があるように感じます。本田健ちゃんがよく言う「天才性」というものでしょうか。今あるものを「出すこと」。そこに自分自身の知らない才能が隠れているように思います。
2011.01.17
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昨日、長野の箕輪というところでセミナーを受けていました。箕輪は寒い!!!(^^) マイナス8度でマイナス10度くらいには普通になるといいます。私も札幌出身なので寒さには強いですが、札幌はせいぜいマイナス5度くらいじゃないかなあ。体感温度が札幌より寒かったです。さて帰りの車の中で、セミナー参加の仲間のIちゃんといろいろ話していて、ふと気がついたことがあったので書きたくなりました。それは、私はずいぶんといろいろなセミナーを受けてきましたが、セミナー受講後、結果が出る人とでない人は何が違うのか、という質問をしたのです。Iちゃんは、すごいビジネスの才覚がある方で、保険のセールスマンから整体院経営、企業でコーチングの講師活動、ヒーリングカウンセラーなど様々なビジネスを起業してきた方で、現在は廃品回収の会社を経営しています。彼は実は、犬飼ターボさんの「チャンス」という本の中で、あるビジネスのモデルとなった人です。私は自分の様々なセミナー参加で内面の変化はいろいろ起きてきたのですが、必ずしも仕事上で十分な結果を出せるところまでは行っていないなあ、と思っていたので、Iちゃんにいろいろ質問をしていたのでした。彼と私の違いは何か・・・。ふとこう思ったのです。「落とし込み力だ・・・」と。彼はこう言います。「愛の基本を教えるセミナーって、最高のビジネスセミナーだと思うよ」私はこう思っていた自分がいたのです。愛は大事だ、しかし、最高のビジネスセミナーだと言えるほどに、彼は何を見ているのだろう。彼はこう言います。「営業でじゅんじゅんは、何を売る?」「自分の商品」「それはダメだね」「え~・・・、じゃあ自分自身かな」「それも並の回答だね」「え~、わかんないなあ」「相手を売るんだよ」・・・・「は? 相手を売る?」「相手のこちらへの「売り」のポイントはどこか教えてもらうんだよ。 言い換えると、相手となんでも言える関係を作ったら、相手はこちらに何を売りたいか、教えてくれるんだよ。」「相手がこちらにアピールしたい事とも言える。しかし、それは初対面では教えてくれないだろう」だんだんわかってきました。「だから愛がいるんだよ。わかる? 愛を表すコミュニケーションだよ」「ははあ、なんとなくわかってきたよ」実際彼は、「そういう事をお望みでしたら、私自身初体験ですが、いろいろ調べてやらせていただきますよ」、とも言うんだそうです。私自身初体験ですが・・・なんて、そういうことを言っちゃっていいの? なんて思いました。売りに言っているのに、初体験です、なんて(笑)。「だから愛なんだよ。関係が出来れば、テクニックなんて関係ないんだよ」セミナーで習う法則を如何に、自分が今テーマとしているコミュニケーションの中に具体的に落とし込めるか。そしてそのために、なかなか落とし込めなかったら、彼のような優れている人の話を聴いて、うまい人はどうやっているのか、それを聴いて自分のイメージに落としこむ。そんなことの大切さを知りました。落とし込める人は、「愛は最高のビジネステクニックだ」なんて思っているんですね。
2011.01.16
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先日、12歳の息子と話していたときにあることに気が付きました。彼はなぜか、宿題はやるのですが提出するのを忘れるのです。1回や2回ではなく、その数が非常に多いのです。もうすぐ中学生だし、この問題を何とかしないといけないかな、と思って彼といろいろ話してみました。「どうして忘れるの? 学校に行ったら出すだけじゃないの?」すると、こんなことを言ったのです。「いつもすごく焦っているから、出すのを忘れるんだよ」で、質問しました。「焦るって、どういうこと?」「絶対にすごい成績を取らなきゃならないって言う焦りだよ」で思いました。私も妻も、「よい成績を取れ!」なんて言ったことないのに、いつからそんな感情を持つようになったのだろう、と。「お父さんは、そんなプレッシャーかけたことなないよね。なんでそう思ったの?」するとこんなことを言いました。「お父さんの成績を絶対超えたいんだ。 お父さんの小学校時代の通信簿を以前、ちらっと見たことがあったけど、ぼくよりずっとすごいじゃないか!」と言って涙ぐんだのです。そうか、と思いました。お父さんに認められたいんだな、と思いました。そしてこう言いました。「お父さんは、国語と英語は得意だったけど、まあちゃんは国語の漢字と、日本史、そして算数はお父さんより優秀だよ。 お父さんは、苦手だったから」「だからまあちゃんは、お父さんより優れているところがあるんだから、お父さんと競争するのではなく、昨日の自分と比較すればいいんだよ。昨日の自分より一歩一歩進歩しようと思えばいいんだよ」すると、涙が止まり「わかった」と言いました。「今の気持ちは?」「すっきりした」自分らしい生き方・働き方は、人と競争するとできなくなります。ものすごいストレスを抱えます。自分自身が壊れてしまうんですよね。愛情がたりなかったのかな、と反省しました。愛で満たすと、競争的な生き方・働き方をする必要がなくなります。こういう生き方・働き方をする人が増えると、もっと幸せな人が増えるんじゃないでしょうか。
2011.01.13
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私たちにとっての生き方は、大きく分けると2つになると思います。それは、「ありのままの自分」か「役割を演じる自分」です。役割とは、例えば「夫」「妻」というものとか、「男」「女」とか、「問題解決してあげる人」とか「弱者」とか、「救済者」とか「仲裁者」とか「ピエロ」とか「問題児」とか。例えば私は救済者でした。困っている人を見ると、なぜか問題を解決してあげようとしていろいろアドバイスする自分がいたのです。また「ピエロ」でもありました。その場の雰囲気が重苦しくなると、わざとおどけたことを言って場を和ませようとするのです(笑)。以前セラピーを行ったとき、夫へのいらいらが止まらないという方がいました。夫が甘えてくるのを感じるとむかつくのです。彼女の話を聴いていろいろ調べていくと、彼女はいつも育った家庭では、仲裁者の役割を演じていました。母に文句をいう父、父の文句をいう母、兄は家から出てしまい、彼女が家庭全体のバランスをとるしかなかったのです。今、伴侶を得て、仲裁者の役割をまたしなければならない、そんな事を期待されているように感じて、夫にむかつくのですね。よくわかる話です。私たちは皆、育った過程で「役割」を身につけます。それは周囲から愛される手段だったし、生きて行くために必要なことだったから・・・。でも、役割は、社会生活を送るために必要なものでもありますね。夫の役割を放棄したら、家庭がばらばらになります。ポイントは、役割を演じていることを自覚すること。小さい時に身につけた役割は、無自覚に演じさせられたもの。だからむかつくのですね。今、社会の中で演じる役割を納得して自覚的に選択できるかどうか。そこが「幸せに生き、働く」ポイントではないかと思います。
2011.01.12
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親の愛は、必ずしも自分の望む愛の形ではありませんよね。時には、愛されていない!!! と思い込んでしまうこともあります。私がそうでした。私は父とは相当関係が癒されましたが、最後の最後でどうしても残っているモノがあったのです。それは、なぜか父の愛情はどこにあるのかが、よくわからない、ということ。友人は、こう言いました。「おとうさんは、愛しているに決まっているじゃないか。男は、愛なんて口にしないんだよ」と。頭でわかるのですが、どうもピンとこなかったのは、父の愛情表現はどこかおちょくりが入っていたので、どうもむかつく、という感情があったからなのです。なんか馬鹿にされているのか、褒められているのかがよくわからないような言い方を、父はします。だから「ばかにするな!! ちゃんと言葉で言ってくれ!!!」という気持ちになるのです。ところが、あるメンターがこんなことを言ってくれたのですが、その時、あっと思いました。それはこんなアドバイスです。「愛していないからおちょくるんじゃなくて、愛しているから、おちょくるんだよ。はははは」なんということだ!!! と思いました。そういう感覚は私にはなかったのです。たしかにそうだ。父はそんなふうにして、私に愛を表現していたのです。そうだったのか~。親の愛は、必ずしも子が望む表現法とは限りません。その謎が解けた時、愛されているということがわかるのではないでしょうか。いや~、父に対する認識が大きく変わりそうです。
2011.01.11
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先日、札幌に帰省した際に友人がDJをしている札幌の地元FMラジオ番組に出演した、というブログを書きました。(FMドラマシティ77.6 火曜日22時 番組名「よきにはからえ」 DJ/目黒英明)FMドラマシティ「よきにはからえ」その時のブログはこちら。その時にびっくりしたことがありました。ミニFM放送ですから、地元の人々にしか届かないだろうと思って、東京の友人たちにはお知らせしなかったのですが、実はまったく違っていたことが分かったのです。まずスタジオに入るとカメラが設置されているんですね。これは何をするのだろうと思っていたら、エンジニアの方がさりげなくこう言いました。「インターネットでスタジオ内の映像と音声を発信するんですよ」そうだったのか・・・。インターネットがあるのでミニFM放送でも、世界のどこにいても視聴できるのです。ラジオっていつのまにかそうなっていたのか~。きづかなかったなあ。これってすごいことですよね。今までFMラジオというのは、飛ばす電波の出力の差で確か通常FM局とミニFM局とでは違う免許が交付されていると思いましたが、今は通常のFM放送とミニFM放送ってなにも変わらないのです。ミニFMのほうが、スポンサーのしばりがあんまり無い分だけ自由にやれちゃうんですね。マイクの横にはパソコンが置いてあって、生放送中に全国の視聴者からメールでいろいろな反応がリアルタイムで入ってくるのです。私が友人でDJの目黒くんに、「目黒くん、いまでも忘れられない彼女がいるんだって?」とツッコミを入れていたら、彼が「あわわわ」となったのですが(笑)、すると、とつぜん福岡の視聴者からメールが入って、「心理カウンセラーの方って、一瞬にして人を凍らせることができるんですね・・・」などという反応が来るのです。(笑)カウンセラーだからとかじゃなくて、昔からの友人なのであそんでいただけなんですけど(笑)、それはともかく・・。するともう一人のDJの方が、「山本さん、こんなメールがきましたよ~。もっとそこんとこ突っ込んじゃってください」などと、言うのです。すごいなあ、全国とつながっているんだなあ、と思いました。これって本当にパーソナルメディアの時代ですね。なにか将来的に発信したいものができたときには、使えるなあと、思ったのでした。追伸 余談ですが、生放送中に、なぜか突然目黒くんが忘れられない彼女から、私の携帯に電話が入りました。目黒くん始め、私も一瞬パニックになりあたふた(笑)。「あああ、い、いま、ちょっっと、まずくて・・・・」。なんというシンクロでしょうか。なぜこのタイミングで電話が???聴いている視聴者の方々には、一瞬なにが起こったのか、わからなかったでしょう(笑)。
2011.01.10
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私のサラリーマン時代の友人が本を出版しました。「元気な社員がいる会社の作り方」著・小林 秀司 アチーブメント出版彼は、ベストセラー「日本で一番大切にしたい会社」を書いた、法政大学教授・坂本 光司先生の大学院に入って勉強を続けてきた人で、現在(株)シェアードバリュー・コーポレーションの社長です。坂本教授は、この不況期でも業績が好調な中小企業を40年間で6000社も研究された方です。彼の本と坂本先生の本は私も読みましたが、両書とも現在業績のよい企業の秘密を抱負な事例で解き明かしています。どの企業も社員満足が非常に高いのですが、経営理念が非常に明確で、社員がその理念に惹かれている、というのが業績の良くない企業との差なのです。考えて見れば、企業と言ったって人間が行っているもの。その企業は何のために存在するのかっていうのは、ひとりの人間の思いから始まっているものですよね。そしてその思いに魅力を感じた人がその人(会社)につどい、だんだん大きくなっていく。「思い」に惹かれて集まるのですから、皆ヤル気があるのです。今、多くの企業でモティベーションが低いという話がよく出ますが、なんのためにそこで働いているのか=理念、がぴんと来ていないことが原因と感じます。会社の「思い」がはっきりしていないのと、自分がそこに集っている人の「思い」がはっきりしていないという両方が原因。以前私が関わったある化粧品会社の理念は、「自分以外はお客様」というものでした。社員の方にどういう意味なのかを尋ねてみても、あまりピンとくる答えが帰ってきませんでしたが、古株社員のある一言でわかったのです。「今から100年以上前に創業した創業者は、もともと化粧品を花街に行商することから始まった。 行商という立場で行くと、周りを見渡せば自分以外はすべてお客様。 だからそういう思いで仕事をしなさい、という意味が込められていると思う」よくわかる話ですよね。そしてここが重要ですが、その思いが「素敵だ。そういう思いで仕事をしたい!」と思った人を集めることに成功したら、自動的に皆のモティベーションは上がるのです。今の多くの企業の経営理念は、非常に抽象的なものが多く、働く人の「心」に響かない。また素晴らしい理念であっても、多くの方が「言霊」として理解していないので形骸化しているように感じます。人の思いが、人の心を動かす。考えてみるとシンプルな原理ですよね。働くモティベーションとは、本来とてもシンプルなものじゃないかな、と感じます。
2011.01.09
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私が自分のセルフイメージを向上させたいと思ったときに特に注意しているのが、より本質の感情を表現する、ということです。例えば、相手への怒りの下には、自分の不安や怖さの感情があります。また、それと同時に、恥ずかしさという感情もあります。具体的には、だれかが自分の思い通りにやってくれないことがあったとすると、その相手に怒りを感じたとします。しかし、怒りの下には、自分自身の不安、や怖さが隠れているのです。自分自身が脅かされると感じているからこそ、相手に怒るのです。しかし、自分自身の不安や怖さに向き合いそれを相手に表現することは、弱みを見せるようで、惨めな感じがするかもしれません。そこに表現することの恥ずかしさの感情も隠れているのです。しかしここで、自分の意図が問題になります。何のためにわざわざそんなことをするのか。それは自分が「より幸せになりたいから」であり、ビジネス的に言うと、相手とより深くつながることで、チームワークをより効果的に機能させ仕事の効率を高めたいためなのです。自分のセルフイメージを向上させ、相手とのチームワークを機能させたいと思ったときのポイントは、「表現したい感情を表現するのではなく、より本質の感情を表現する」ことです。相手への怒りではなく、怖さや、そこにある恥ずかしさも一緒に表現してみると、その瞬間的にものすごい幸せと解放感がやってくることを実感していただけると思います。悲しさの本質はなんでしょうか。悲しさとは大切なモノを失ったときの感情ですが、ではなぜ失うのでしょうか。このことが私には長い間、よくわかりませんでした。最近わかってきたのは次のことです。これがわかったとき、ショックでした。なぜ大切なモノを失うのか。それは、「自分には受け取る価値がない」と思っているからです。思い通りの仕事ができないのはなぜか。思い通りのお金が手に入らないのはなぜか。思い通りのパートナーシップが手に入らないのはなぜか。思い通りの人間関係が手に入らないのはなぜか。自分の中にある無価値観や、自分は受け取ってはいけないと考える罪悪感はないでしょうか。どうすれば解放できるのでしょうか。それは、大切なモノを失ったときに、悲しさと同時にそこに存在する自分の無価値観、や罪悪感を感じ、そのことを表現することです。「自分は大切な○○をうしなった。 とても悲しい。でも、自分は受け取るだけの価値がないと思っていたんだ。」このことにしっかり向きあうと、やがて無価値観や罪悪感の感情が溶け、溶けた分だけ、自分を許せ、その分だけセルフイメージが向上するのです。セルフイメージが向上すると、それだけ受け取るだけの価値を自分に与えられ、受け取る器が大きくなるのではないかと思います。
2011.01.08
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私がこのブログで書いていることのエッセンスを絞ると、それは、幸せな生き方・働き方を決めるものは、「自分自身のセルフイメージ」だ、ということです。セルフイメージとは、自分自身をどのように見ているか、ということです。自分が自分にたいして持っているイメージ=自己評価ですね。自己評価の高い人とはどういう人かというと、だれひとりとして他者が自分を評価してくれなくても自分自身が自分を認めているので、自分の価値観にもとづいて発言し、行動できるのです。自己評価の低い人は、自分で自分を認めていないので、他者の言動や顔色を気にし、他者の発言に影響を受け易いので自分の価値観にもとづいて行動することが苦手になります。セルフイメージはありとあらゆる場面で、人の発言・行動に影響を与えます。・ 上司と部下の関係セルフイメージの高い人は、相手から否定されてもあまり傷つくことなく率直に腹を割って深いコミュニケーションが出来ますが、セルフイメージが低い人は、相手を怖がるので深いコミュニケーションを回避するか、相手をコントロールしようとします。・ 夫婦関係、恋愛関係セルフイメージが高い人は、上記と同じく深いコミュニケーションが出来ます。また、自分で自分を満たせるので、相手の思い通りに動かそうとは思いません。そう感じたときは、そのように相手に交渉するでしょう。・ ビジネスセルフイメージが高い人は、人の評価はどうあれ、自分がやりたいので行動します。低い人は、周囲の評価、言動に惑わされ自分が萎縮して行動できなくなりがちです。まだまだありますが、こんな感じです。でも、ほとんどの日本人は「相手の顔色を気にし、本音を押さえて察しを求める」という行動パターンを強く持っているので、セルフイメージが低い状態にあるのです。私だって同じです。セルフイメージを高める方法は幾つかありますが、そのうちの一つが「自分の感情に正直に自分を表現・行動する」というやり方です。このブログで、私は自分自身の気持ちや感情を率直に表現していますが、それはなぜかというと、そのことで一番私自身が癒され、セルフイメージが向上することを知っているからなのです。「あのひとはどうしてこうしてくれないのだろう」ではなく、その人に「こうしてくれる?」と言う。それも、するしないは、その人の自由だから「こうしてくれるとうれしいなと思うのですがどう? 言うだけ言うね。あなたの自由にしていいから」と言う。これがもっとも簡単なセルフイメージの高め方です。やってみると、あっというまにものすごく自分自身がいい気持ちになっていることを実感していただけると思います。人に評価されなくても、自分は自分に正直に発言・行動できた、という自己評価が高まるからですね。これこそセルフイメージの向上です。これだけでうまくいかない場合、もうすこし他の方法もありますが、それは明日に紹介します。
2011.01.07
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札幌滞在最終日、私は母が入院している病院に行き、あれこれといろいろ話しをしました。私はその時どうしても尋ねたいことがあったのです。それは、母は私にどういう期待をしていたのかということ。つまり、どういう子供になってもらいたかったのか、ということ。人間関係とは、「期待」し合う関係です。自分の期待に叶う人を「好き」と感じ、自分の期待に叶わない相手を「嫌い、うっとおしい」と感じます。例えば、自分がたくさん話しているときに、テンポよくうなづいてほしいと期待しやすい人は、そうしてくれる人を好きと感じ、そうしてくれない人を苦手と感じます。しかし、ここが人間関係の面白いところですが、それならば相手に「ここではうなづいてほしい」と、自分の期待を明確に伝えているかというと、必ずしもそうでもなく、言わないでいて自分の心のなかで不満を言っていることが多いように感じます。私もそうだったのです。とくに母に対して。母は私をわかってくれない・・・と。それで母は私にどういう子供になって欲しかったのかを尋ねました。「母さんが、俺の小さい時に期待していたことはなに?」するとこう言いました。「そうだねえ。やっぱり私のうちは父が官僚だったし官僚といえば北海道では北海道大学に行くのが一番のコースだったので、そういうことを望んだかもしれないね」ああやっぱり、と思いました(笑)。なんとなく品行方正にして成績もよくないといけない、と感じていたのはそういう母の期待を読み取っていたからなんだ。私は言いました。「俺はさ、おれの存在をありのままに認めて欲しかったんだよ。俺は本来、いい加減な人間で受験勉強なんて好きでもなかった。もっと自由に生きたい人間なんだ」そのときふっと思いました。母の期待はもう一つ大きなものがあった、と。「俺が小学校1年から3年まで、おやじはマレーシアに単身赴任していただろう。その時、母さんは俺に頼らせて欲しかったんじゃないの? 父さんがいなかったから心細くて・・・」「ああ、それはあったね。なんせ女でひとりですべてをやらなければならなかったからねえ」思ったのです。私が今の人生で非常に時々重い感覚を感じるのは、子供の時、子供ながらに母を背負わなければならない、と思っていたからだ。母の期待に応えなければならないと思っていたからだ、と。お互いに「期待」することがずれていたのです。そして、私は母の期待に応えようとめちゃくちゃ無理していた。その誤解が双方で溶けたとき、なんとも言えずに心が晴れ晴れとしたのです。お互いの期待は期待として、かならずしも期待どおりに応えられるわけではないのだ、と、わかったのです。親子でこういう話ができるととっても心が軽くなりますね。
2011.01.06
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私は、もともと対人恐怖症だったということはこのブログでよく書いています。今年の正月は母が入院しているので、父と二人で1週間あまりを過ごしました。その時、なんかふっと思ったことがあったのです。私の根本的な不安は、「人といるとき、自分はどんなふううにそこにいればいいのかがわからない」という不安=怖さだ、と。なんで、こんな不安を感じるのだろう、とおもっていたら、その答えがわかったのです。それは、父にたいして小さい時から感じていた感情だったのです。父はいったい私自身のことをいったいどう思っていいるんだろうかがわからないので、その場でどのように振舞ったいいかがよくわからないような変な不安が出るのです。いわば、自分自身の「存在」の不安というか。それで、父に尋ねてみました。「とうさんは、俺のこと愛している?」父は、こう言いました。「子供を愛さない親なんていないよ」これを聞いた時、自分のなかの訳の分からない不安が、ふーーーっと静まったのです。実は、この言葉も完全には満足でなないのです。「子供を愛さない親なんていない」という言い方は、どこか一般的でちょっと不満なんですよね。「もちろん、お前のこと愛しているよ」と言って欲しいのです。でも、同時に父はこうも言いました。「昔の人間は、愛している、なんて言わないよ。とにかく我々の時代は、食うことが精一杯で、仕事が忙しかったんだから」そうだよな。そこはあまりもとめちゃかわいそうかな、と。でも、自分の存在と両親の愛が、本当にリンクしているということがはっきりわかりました。同時にわかったのは、父がひとりの人間としてどういう人なのか、ということへの理解と、私自身の心の平和は密接に関係するということ。父に理想の「役割」を求めるのではなく、父をひとりの人間としてみること。父といろいろ話していると、心がふーっと軽くなる理由がわかったのでした。これからも父とはもっといろいろな話をしたい。そう心から思ったのでした。
2011.01.05
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昨日は、高校時代の友人・目黒英明くん、そして百石 元(ひゃっこく はじめ)くんとで、すすきので朝5時まで酒を飲んでしまいました。目黒くんは、札幌で音楽制作会社を経営しています。私より年配の方はご存知かもしれませんが、その昔、一斉を風靡したフォークシンガー・佐々木幸雄さんは、彼の会社の所属アーチストです。代表作・「君は風」は、私も高校時代よく聞いていました。とっても素敵な曲です。代表作・「君は風」また、百石 元くんは、現在プロミュージシャンで、彼が作った「けいおん」という曲は、オリコンヒットチャートで1位になっています。飲んでいる最中、ふとした話のはずみで、目黒くんがFMラジオのパーソナリティをやっていることがわかりました。「FMドラマシティ77.6M」火曜日22時からの「よきにはからえ」という番組です。FMドラマシティ「よきにはからえ」目黒くんいわく、「お前ら、出るか?? 生放送だけどよ~」私と百石くんいわく、「なに?? いいの? なにするの?」「いいんだよ~、気にする必要、なんもないべさ~」と、もろ北海道弁で軽く言ってくれました(笑)。ということで、なにするんだか知りませんが、ラジオに出演してきます(大笑)。札幌界隈でのミニFM放送なので、電波は限られますが、後日ご報告します。ちなみにうちの奥さんも一緒に出ます。どうなることやら・・・。私のへんなことをばらさないように祈ります(大笑)。
2011.01.04
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私も妻も実家は札幌で、車で10分くらいのところにあります。札幌にきてからというもの、なぜだか夫婦関係のコミュニケーションが最悪で、毎日のようにケンカをしていました。原因は、私の母親が年末の土壇場にとつぜん入院することになり、そのため妻が、私の実家で年末から正月にかけて、いろいろ主婦業をすることになったからなのです。いきなり私の実家で、正月の用意をすることになった妻。こまごまとした手順がよくわからず、いらいらする妻。私は結構いいかげんなので、「これ、どうしたらいいの?」と言われても、「テキトーでいいんじゃねえの?」と返事すると、そのことでぶち切れる妻。私から見ると、妻は完璧にこなそうとするのでいらいらするんじゃないの? みたいに見えるし、一方彼女は、とにかくいろいろ勝手がわからないのに相談に乗ってくれない、と言う。ほとほと困った今日、たまたま12/30に飲み会を行った、本田健ちゃんのセミナー仲間二人とお茶しました。この二人は、私と彼女の共通の友人です。妻は泣いて二人に訴え、私は私でいろいろ訴えてました。その話を聞いていたY子さんはこう言いました。「れいちゃん(私の妻)は、周りの期待に全部応えようとするのよね。感度がいいからかんじちゃう。でもそれってやり過ぎかもよ。自分が疲れちゃわない? 一方、じゅんじゅんは、もっと嫁の立場を分かってあげなよ~。日本の嫁はいろいろ気を使うのよ~」こんなことを言われた瞬間、なんか二人の間でなんとなく、空気が変わりました。そういうことか、となにか腑に落ちたのです。夫婦ふたりで話しあっていても、見えなくなっちゃうことってありますよね。今回の正月はまさにそんな感じでした。そんなとき、二人をよく知る共通の友人に訴えてみるとあった言う間に問題が解決してしまいます。共通の友人は、二人を公平に見てくれるからなのでしょう。そしてなにより、二人の間で起こるコミュニケーションのパターンが見えているのだと思います。だから二人がこんがらがりやすいポイントを指摘してくれる。こういう友人たちって、とってもありがたいな~、と思った日なのでした。一瞬で解決しちゃったのだから。
2011.01.03
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新年明けましておめでとうございます。実家の札幌で新年を迎えました。札幌は例年に比べてあたたかいです。いよいよ新年が始まりましたね~。今年もいろいろなことが起こるかもしれませんが、楽しくのりきっていきたいな、と思います。ところで、新年にあたり朝、メールチェックしていたらこんなメールが飛び込んできました。犬飼ターボさんのメルマガで、「マイナス感情が喜びに変わるとき」という内容です。要旨は、マイナス感情を無視すると、だんだん自分や人に対して感覚が麻痺してくる。でも、きちんと向き合うとだんだん相手に対する理解が深まり、受け入れられる器が大きくなるにつれ喜びが大きくなる、というものでした。例えば、自分自身に対する怒りが湧いたとする。「ああ、いやだいやだ」で止まってしまうと、自分の感情を感じなくなるので感情が麻痺してしまう。でも、どうして怒りを感じるのだろう、と感じ始めると自分を理解しようとする方向に向かいます。相手が自分に怒りを向けたとします。どうして怒りを向けるのだろう、と感じ始めると、相手を理解しようとする方向に向かい、理解の幅が深まる。反対に「こんなやつ、どうでもいいや!」とすると、人に対して無関心になり、感情をマヒさせる。結局、つながりを感じられない人になってしまうのです。わかるなあ、と思いました。人とつながることが怖かった私は、実は怒りの感情を内面で非常に抑えていた人間なのでした。だから無表情になります。マイナス感情にきちんと向き合うと、自分自身や相手とのつながりが深まるのですね。激動の世の中が始めると言われる2012年。マイナス感情との向き合い方が、幸せな生き方・働き方を左右するようにな気がします。私はこのことを今年の自分のテーマにしようと思います。本年もよろしくおねがいします。
2011.01.01
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