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テレビなどでも大々的に宣伝している新春映画「母べえ」観てきました! さすがは山田洋次監督だけあって、彫りの深いというか懐の深いというか、つまり薄っぺらでない作品に仕上がっておりました。とかくこの手の映画やドラマは押し付けがましいものになって失敗するケースが多いですが、主要な登場人物の全てに生きた血が通っていたといっても過言ではなく、戦中の時代精神とか生活臭が見事に描かれていると思います。 戦争を知らない世代の私たちがもしあの時代に生きていたら、どのようなタイプの人間として生きていただろうかなどと考えながら観るのも面白い(と言っては語弊がありますが)かも知れません。 以前の私なら、たとえ獄中で拷問にあったとしても意志を曲げない人間でありたいと思いましたが、今なら安々と転向する組に入ってしまうかもしれません。死ぬ前に一度だけ家族に会いたいという気持ちに克つ自信は残念ながら無いと思います。 しかし考えてみれば、そういう踏み絵のような究極の選択で人間を試す(実存主義哲学の十八番ですね)前に、そういう時代が到来しないように、きな臭い世の中の動きに敏感になることが大切だと思います。今の教育現場では日の丸・君が代が既にその役割を果たしています。 自由に物が言えない社会、近所やクラス内でお互いに監視し合うシステム、そういうものがじわじわと出来上がりつつあるように感じているのは私だけでしょうか。今あえてこの作品を世に問う監督の意図もその辺りにあると思います。 蛇足ですが、鶴瓶師匠演ずるヒロイン母べえの叔父さんの存在は、この閉塞状況の中では一服の清涼剤の役割を果たしていて、反感と同時に言い知れぬ頼もしさ・愛しさを感じさせてくれました。
2008年01月28日
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去年に引き続き今年も年賀状が来なかったので心配していた方の奥様から、きのう夫永眠のはがきが届きました。亡くなったのは高校時代の恩師Y先生です。享年93歳、天寿を全うされました。 Y先生は、2年生から卒業まで担任をして下さった、温厚でユーモラスな老教師といった印象の国語教師で、私は幸運にも3年間、古典を習うことが出来ました(古典文学に造詣の深い方でした)。 大学院進学に失敗して途方に暮れていた時に、適切なアドバイスと講師の口を世話して下さったのもこの先生でした。私が国語教師として27年間も楽しく仕事が出来たのは、ひとえにY先生のお陰です。 ついでながら、私の最初の結婚の仲人は、Y先生御夫妻です。 退職後も毎日運動のために生駒の山頂まで登られ、体調を崩されてからも麓をジョギングするのを日課とされていました。その元気なお姿がはっきりと蘇ってきます。 どうぞ安らかにお眠りください。ご冥福をお祈り申し上げます。
2008年01月17日
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夜中、何気なくテレビをつけると、地図を囲んでのトークが盛り上がっています。テレビガイドや新聞の番組表にも出ていない番組でした。急遽変更になったのか? 地図を見ながら皆でいろいろ推理・謎解きをして、現地取材の映像で確認していくといった内容。北海道の元炭鉱がテーマだったので、奥さんを呼ぶと興味津津見出しました。 彼女は北海道の別の炭鉱町で暮していたこともあり(ちなみに九州でも炭鉱町でした)、おまけに地図好き人間ときています(やっぱり男脳!)。さらにもう一つ、我々夫婦はそろって廃墟マニアでもあるのです。だから、もうこの番組に釘付け。結局ふたりで最後まで見てしまいました。 「JAPANナビゲーション」というタイトルの番組でしたが、単発もののようです。毎週とまでは言わないけれど、せめて月1くらいででもやってくれないかなあ。 何年か前、地図にはまってたくさん本を買ったのだけれど、半分くらい読み残してあるのを思い出しました。この番組のせいで、無性に読みたくなって来ました。
2008年01月10日
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今年の新春映画、シネコンはどうなんでしょう。宣伝はいつもどおり大々的にやってるんでしょうが、あまり食指を動かされるようなのが見当たらなくて・・・ ミニ・シネマの方は「食を考える」がテーマとなった面白そうなのが目白押し。で、正月二日、レディースデーを利用して例の七藝へ「いのちの食べかた」を観に行って来ました。 ナレーションもなく、ストーリーもなく、コメントも最低限のテロップも、音楽さえない、不思議な映画でした。その内容は、我々が日常口にするさまざまな生き物(動植物)の生産・加工現場の紹介。(テレビの人気番組「世界一受けたい授業」で、何を作ってるところでしょ~か、という社会見学編がありますが、あれの生き物バージョンを芸術的に見せると考えてもらえば良いかと思います) とにかく美しい映像なのです。カメラワークが実にいい。適当な場所にカメラを置いて興味本位で撮りまくったというのとは全く違います。どれもこれもが絵になっている。豚や牛の解体作業ですら見とれてしまいます。 今、豚牛の解体作業と言いましたが、そういう血生臭いはずの事柄がこの映画では(というか、実際の現場でも)ちっとも残酷ではないのですね。この「残酷」とか「かわいそう」という感傷に挑んだのがこの映画の凄いところでしょう。この作品をもっとセンセーショナルに宣伝したければ、「平成世界残酷物語」とでもすれば良かったと思います。(私には「いのちの食べかた」の方が幾段も優れていると思いますが) この映画を観終わった後、じんわりといろんな感想が湧き出して来ました。人間の持つ「感傷」とは何なのか。豚や牛やヒヨコは物として扱わなければ、感傷が生じてしまうものらしい。名前を付けてはいけない所以ですね。そう言えば人に一人一人番号を付ける総背番号制というのがあったなあ、何か馴染めないと思ったら、こういうことだったんだなあ、とか。 そう言えば、欧米人は人間以外のものには魂が宿っていないという考え方を持っていたんだっけ? 最近は捕鯨反対論争なんてのがあって逆転してるけど。・・・いまだに映像の断片がちらちらフラッシュバックして、生と死、魂、食物連鎖、職業の貴賎、感傷、ベジタリアン、輪廻、宗教、宇宙・・・などに思いを馳せかけてしまいます。 最後にこの映画を一言で評したら・・・丸投げ映画!
2008年01月04日
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初日の出直前の黄金色に照り映えた雲 少し出遅れましたが 皆さま 明けましておめでとうございます 本年も よろしく お願い申し上げます さて 元旦は 期するところあり 暗いうちから起き出して 初日の出を拝もうなんぞと 殊勝なことを思いつき 近くのラグビー場に 自転車で乗りつけ 寒風の中 待つこと 一時間半 雲の様子 色かたち 時を追って変わるおもしろさに 打たれつつも いっかな お天道様は お出ましにならず 山の端を離れたは 間違いなし 雲にて出し惜しみする 意地悪さ ついに諦め 家に戻って窓から見ると すでに 直視に耐えぬまばゆさ いかばかり しかたなく そのお天道様に手を合わせ 今年の願をかけたしだい 今年は少しだけ己に鞭打って 何か形あるものを創出したいなあと考えております。(形あるものと言ってもプラモデルやなんかとは違います)まあ三日坊主ということにならぬよう、せいぜい自分を戒めながら、かと言ってしゃかりきになることなく、自分に合ったペースでやって行こうと思っております。(去年の春も、こんな宣言してはくじけておったなあ/苦笑)
2008年01月02日
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