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マヤ文明には、いくつかの暦があり、神官が使っていたツォルキンは、今の暦に匹敵するほどの精度があります。その暦が2012年12月23日までしかないことから、そこで世界が終わるのではないかと考える人たちがいます。 映画もありますよね。【送料無料選択可!】2012 スタンダード版 / 洋画価格:1,762円(税込、送料別) 私は、2012年12月23日とは、意識次元の上昇だと思います。人類の意識の総体が、物質世界的な価値観からスピリチュアルな価値観へとシフトするのではないでしょうか。 今、地球上で大きな自然災害が続けて起きていますが、そのために多くの人の心に、助け合いの心が生まれています。ダニオン・ブリンクリーの「未来からの生還」の中で光の存在がこんなことを言っています。引用開始--------------------------光の存在からのメッセージが、頭の中に響いた。「人類は、力ある霊的存在で、地上に善を創造するために生まれてきたのです。善は不遜な行為からは成し遂げられません。人々の間で交わされるやさしさ一つひとつから、成し遂げられるものなのです。小さなことが積み重ねられた結果なのです。なぜなら、それは無意識の行為であり、あなたの真の姿を映し出してくれるからです」(P35)「人々の考え方を変え、その未来の思想を推し進めるのです。政府や宗教ではなく、自分の精神そのものに頼る方法を、教えてあげるのです。宗教は結構なことですが、なにからなにまで宗教に左右されるようではいけません。人間は、力のある霊的存在です。愛とは、自分がされたら喜ぶような方法で他人に接することだということさえわかってくれればよいのです」(P71)引用終了-------------------------- 個々の人を見れば、物質的価値観で勝ち負けや損得に囚われたままの人もいることでしょう。 しかし、光の存在のメッセージにあるような価値観に目覚める人が増えてきて、意識としての人類の総体としてみると、そのような価値観で世界が歩み始めるとしたら、それはこれまでの物質的な価値観の意識次元が終わるということを意味しています。 それこそが、2012年12月23日の意味だと私は思うのです。 ■今回のブログはいかがでした?(^-^) 『まあ、いいんじゃない(^^)』と思われたら、 ランキングボタン↓を押してね(^^)♪
Nov 3, 2011
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ヒカリズムという生き方考え方が生まれるとき、臨死体験や前世療法による中間生や生まれ変わりの考えが参考になりました。 しかし、それを根拠にはしていません。臨死体験や中間生は意識の世界での出来事ですから、それを物的証拠によって証明することはできません。 状況証拠は十分すぎるほどありますから、それだけで信じることに問題はないと思われます。むしろ、それだけの状況証拠を前にして、生まれ変わりを否定しようとするほうが無理があります。 でも、生まれ変わりを根拠にしたなら、ヒカリズムは信じるか信じないかの問題となり、宗教となんら変わらなくなってしまいます。 そこで、ヒカリズムでは、生まれ変わりの考えを参考にしても、これを根拠にはせず、論理的な考えだけで組み立てています。 さて、そのような状況ですから、多くの人は私が生まれ変わりを信じていると思っているようです。 ところが、生まれ変わりがあることを状況証拠によって証明していると思われるブライアン・ワイス博士の「前世療法」の中で、詩人のマスター(光の存在)はこう言います。引用開始--------------------------命には終わりがない。そして、人は決して死なないのだ。新たに生まれるということも本当はないのだ。ただ異なるいくつもの場面を通り過ぎてゆくだけなのだ。終わりというものはない。人間はたくさんの次元を持っている。時間というものは、人が認識しているようなものではない。P.133引用終了-------------------------- 【中古】afb【古本】前世療法 米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘/ブライアン L.ワイス「メール便(送料180円)対応商品」前世療法2 米国精神科医が挑んだ、時を越えたいやし /ブライアン・L.ワイス、山川紘矢、山川亜希子/〈単行本〉【中古】afb【送料無料】ワイス博士の前世療法 ここで、はっきりと「新たに生まれるということはない」と言っています。 これは生まれ変わりという現象がないという意味ではありません。もし、この物質次元を現実と前提すれば、命に限りがあるということになり、生まれ変わりも現実と捉えることが可能である、ということです。 しかし、永遠の命としての自分の次元を現実と前提すると、生まれ変わりは現実ではない、ということです。 そして、永遠の命の方が本当だという意味のことを言っています。 役者とドラマにたとえれば、あるドラマの中でその役者がその役になりきっていて、次のドラマで別の役になりきっていたとしたら、それは別の人に生まれ変わったというように感じられます。 しかし、役者はあくまで自分が役者であることが現実だと認識していますから、ドラマの中の役は現実ではないと知っています。 私たちは役者であることを忘れ、ドラマの中の役になりきっている役者のようなものなのです。だからこそ、生まれ変わりは現実なのです しかし、本当の私たちはもっと上の次元の意識ですから、その意味では、物資世界でのことはドラマや夢の中の体験であり、生まれ変わりもその延長なのです。 ですから、マヤ文明のツォルキンの終わり、2012年12月23日を世界の終わりと捉えるのは早計でしょう。続く・・・かも ■今回のブログはいかがでした?(^-^) 『まあ、いいんじゃない(^^)』と思われたら、 ランキングボタン↓を押してね(^^)♪
Nov 3, 2011
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