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前日夜、成田着の便で半年ぶりに日本のイミグレーションを通過する。これは単なる私の思い込みかもしれないけれど、やはり東京の空気の粒子は、北京に比べると細かい気がする。その変化が心地よかったのか、友人宅で布団に入ったとたん寝入ってしまい、夢さえ見ないで朝になった。午後、池袋のauショップで、日本の携帯電話の復活手続きをとる。携帯内の記録が消去されてしまい、おまけに停止手続き控えをなくしてしまって、復活させたい電話番号が判らなくなっていたのだが、氏名、住所、暗証番号を検索した上で番号を割り出してくれた。さらには携帯メールのアドレスを再登録するのも手伝ってもらい、顧客管理とサポート体制に日本のサービス業の成熟を感じる。その後、六本木ヒルズ展望台で開催中の「中国と日本60年の歩み写真展『ともに築こう 平和と友好』」を見に行く。期日:7月28日(木)~8月7日(日)Am9:00~PM25:00場所:六本木ヒルズ森タワー52階入場料金:1500円その会場で、北京の友人の一人で、中国国際放送アナウンサー・Wさんと会う。写真展の取材と、会場内ステージで行われる中央音楽院の学生の演奏会の司会・サポートのため出張していて、彼女の仕事があがったあと、食事の約束をする。一つ上の階の森美術館では、中国の後漢から唐代にかけての宝物展と中国のモダンアート展覧会が開催中。展望台の料金1,500円で一挙に楽しめ、中国に関心のある人にとってはお得感いっぱいの空間だと思う。http://www.mori.art.museum/html/jp/index.htmlなんてことをやっていると私の携帯の電池がなくなった。充電するため、六本木ヒルズのインフォメーションセンターの女性に最寄のauショップの場所を教えてもらう。毎度感動するが、大きな施設のインフォメーション担当者は自分の施設だけでなく、周辺の事情にも詳しい。説明通りの場所にちゃんとauがある。充電は当然料金タダ。この辺は北京にはないサービス。ありがたや。夜7時を過ぎて、携帯も充電完了し、Wさんの携帯に電話する。電話する。電話する。電話…。が、返事はすべて「お客様がおかけになった電話番号は、ただ今電波の届かないところにあるか、電源が切られています」。私は困る。しょうがないので、直接展望台下のエレベーター前へ向かい、そこのスタッフの男性に、事情を説明する。彼はトランシーバーで展望台と連絡を取り、結果、10分以内にWさんは私の携帯を鳴らしてくれた。無事連絡がとれたWさんと私は、「白木屋」に駆け込んで食事を取った。しばらく見ないうちに、内装も雰囲気もおしゃれになっていて驚く。Wさんは、私が森ビルのスタッフ経由で彼女に取り次ぎできた事実に驚いていた。多分私もここが北京だったら、断られると思ってすぐあきらめただろう。でもここは日本。そのくらいやってくれるだろうという確信に近い予測が立てられる。そのかゆいところに手が届く細やかさが、しばらく日本を離れている私にとって、少しぬるめのお湯につかるくらい気持ちがいい。そんなことをしているうちに、なんだか気分が悪くなってきた。疲れ気味で体調がイマイチだったのに一日歩き通しだったからか、のどが渇いてグレープフルーツサワーを一気に飲んでしまったのが悪かったのか。ここは日本なので、またそこに甘えて店員さんに胃薬を置いていないか聞いてみる。すると、「さっきまであったんですが、うちのスタッフが今飲んでしまいまして…」。つまり、なかったってことね…。(^-^;)白木屋さん、胃薬置いてみるといいです。トイレに貼ってある、ご意見・ご要望に関する掲示への私のお返事です。心配顔のWさんに見送られ、結局私は、タクシーで友人宅に戻ることになる。タクシー、北京のように気軽に乗れる乗り物じゃないが、仕方ない。とほほ。何事もなくタクシーは私を送り届け、友人宅に戻るや否や即、気分が悪いと彼女に報告。「ちょっと待っててね、あ、これいいよ」、彼女が差し出したのが、北京同仁堂の「Huo香正気水」という飲み薬。これが…ま、ま、まずい。。。顔がゆがむ。飲んだあとは口の中が熱い。でも効果があったのか、飲んでしばらくしたら気分の悪さが少し和らぐ。昼間日本のサービスに甘えていながら、晩は中国の知恵に介抱される結果になった。
2005.07.30
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私は北京の暮らしにまだ慣れていないのに、日本に帰国するのにも慣れていない。こうして今、東京に身柄がありながらも、全部日本語で事が済み、周りがほぼ全員日本人というのに戸惑いを感じてしまう。無意識に耳をそばだてて周囲の中国語を聴くのが習慣になってしまったせいで、後ろの日本人カップルの会話がすっかり聞こえてしまったときには、中国語じゃなくていいから、私の理解できない言語で話してくれないかな、なんて気分になる。北京で部屋の中で日本語の資料を作っているとき、窓の外からおばちゃんたちの大声での会話が耳に飛び込んでくると、「何で日本語じゃないんだ」とがっかりするくせに、今こうして、公園で遊ぶ子供たちが日本語を発していると、日本語なのか?と、反対の違和感を覚えてしまうのである。さらにおかしいのは、自分と友達が会話しているときは日本語で何の抵抗もないのだが、第三者、例えばデパートの店員さんとか、地下鉄の駅員さんとかには、危うく中国語で話しかけそうになる。こんなに日本語で話してていいんだろうか???多分この妙な落ち着かなさが解消されるにはあと24時間くらいかかるのかなあ。ついでに、トイレにトイレットペーパーを自由に流していいのにも(笑)。早いとこ、帰国するのに慣れたい。。。
2005.07.30
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初めて出会ったその日から、頭の中にチラチラし続けていた。しばらく北京を離れる前にどうしても気持ちに踏ん切りをつけたくて、ついに今日、私は行動に出た。2ヶ月にわたる片思いに、ピリオドが打たれる。ああ、ようやく成就!!↓中国のドメスティック・シューズ・ブランド「Belle(百麗)」のサンダル 定価399RMB(1元=約13円)。確かに日本の価格からすれば安いのだろうが、人民元で暮らすことを考えれば、この1足の値段は決して安くない。私もこの2ヶ月、店に入ったり出たりしながら、購入の時期を見計らっていた。北京というところは、デパートやブランドショップでも、日本の夏と年始のような大規模なクリアランスセールはない。その代わり、購買のピーク期が過ぎた頃から、徐々に割引していく。例えば、店に並んだばかりのころ100元だったものが、ある時期を過ぎると、15%OFF85元になり、また時間がたつと25%OFFの75元、もっと過ぎたらもっとディスカウントとなる。なので、賢い消費者は即買いしない。価格チェックを続けているのである。とは言っても人気のあるものはそれを待たずに店先から姿を消してしまうので、だらだら待っているとチャンスを逃してしまう。このサンダルも今日突如割引率が32%になって、朝から飛ぶように売れしまい、私の分が最後の一足だったらしい。店員が現物をそのまま箱に入れて手渡してくれた。しかし、驚いたのはこのあと。店員がコンピュータから打ち出されたレシートを見せながら、説明を始めた。「もし部品がなくなっても1年間なら保障します。不都合があったら電話して下さい。電話番号は…」。そしてレシートには「お売りした商品は3ヶ月以内は国の規定によって“三包”を実行します」の文字が。“三包”とは、売った商品への修理、交換、返品の三つの責任を意味する。参考:http://www.nni.ne.jp/newsclip/050201.html安かろう、悪かろうと言われる中国製品。また何かとサービスについても問題が指摘されているが、あるところにはちゃんとしたものが出始めている。イマイチ垢抜けないローカル・ファッションブランドが多い中にあって、Belleはイメージ戦略でもデザイン面でも頑張っている方だと思う。明日から東京。まじまじサンダルを眺めながら、このまま履いて行っても遜色ないよね、と改めて思う。
2005.07.28
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緑茶抽出葉緑素は配合されていないようある(笑)。※訳:伊藤園 にきび用洗顔フォーム 余分な皮脂と毛穴の中に溜まった汚れを徹底的に洗い流し、 吹き出物や毛穴の開きなど、皮膚のトラブルを解消します。
2005.07.28
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人民大学の中に「水穿石珈琲(Water Stone Coffee)」というのがある。もとはスーパーマーケットと文房具屋と写真屋と本屋と花屋がごちゃまぜの、いかにも中国の大学内の商店の集合体が入った建物だったのだが、この春、突如としてナチュラルテイストの、落ち着いたおっしゃれーなカフェに変身してしまった。それがここ。自宅から徒歩数分の場所にこんな店があって、よそから打ち合わせに来ていただいたときには“超”が付くくらい重宝だ。そして今日もある方とお世話になりに行く。わざわざ私を訪ねて下さったのは、ライターの浅井裕理さん。北京を拠点に幅広い執筆活動をされている女性だ。http://www.yule.jp/実は以前にもちょろっとお会いした方だったのだけれども、その方に今回、な、なんと…取材されてしまったのである。媒体は日本で発売されている中国語学習者の月刊誌「中国語ジャーナル」。その中の、「中国語ワールドの人々」というコーナーらしい。共通の知人である日系企業関連の方から「こっちでおもしろいことをしようとしているのがいる」と聞いて電話を下さったみたいなのだが、ちょ、ちょっと待って…。私の場合、その“おもしろいこと”はまだまだ準備段階。それもテイクオフしようとしたところ失敗して、度重なる軌道修正を強いられている段階なので、コーナーの素材として該当するだけの説得力があるかどうかは、本人が恥ずかしくなるくらい疑わしいんだけど…。(^-^;)そうお伝えしたものの、私が29日に一時帰国するというので緊急取材となってしまった。ひとまず、どこで中国語と知り合い、なぜ私が北京に来て、なぜまたこんな日本語トレーニングみたいな仕事を立ち上げてみようなんて考え付いたのかをたらたらと話したものの、本当に私、アナウンサーだった???ってくらい文章構成能力なし。ロジックむちゃくちゃ。口は回らない。使っている表現はお粗末。さらに由々しきことに、日本語の単語が思い浮かばない…。多分もうあの世界には復帰できない。。。と痛感でございました。もうあとは浅井さんの技量にお任せするだけ。このブログも紹介したら?と勧められたのだけれど、本来は仕事の記録というのも一つの目的のはずだったのに、どんどん横道にそれて、ほぼ泣き言の掃き溜めになりつつあるので、遠慮しようと思ったら、「ほら、自分が広告塔なんだから!」と発破をかけられる。ああ、私はどうもそこが弱い。あんな仕事をしていたものの、根拠なく注目が集まるのが案外苦手なのである。キャスターとして大成しなかった原因の一つは多分ここ。ということで、同じ中国でも、競争激しい上海に行かなくってよかったのかもしれないなんて思ったりもする。多分あっという間に押しのけられて、ドロップアウトしそう…。と言うより、競争しないといけない場所なら、とうに日本に帰ってるだろうなあ。その点で北京はプレッシャーが少ない。前には誰も走っていない。ここだから結局、こんなことをしようと考え付いたんだろうなあ。インタビューが終わった後、改めて自分の性格を自覚した。
2005.07.26
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恵みのどしゃぶりだった。つい2日前までの狂いそうな暑さが一挙にやわらいだ。が、初対面のゲストをアテンドするとしては、どうだったのやら???宿泊先のホテルにお迎えに上がって、タクシーを捕まえ、予約を入れたレストランにたどり着くまでに、三人の靴はぐじょくじょに。何しろ本来乾燥した北京に、側溝は無用の長物。タクシーが止まる道路脇はどこも水浸しである。乗り込むときも降りるときも、よくも、、、と思うほど、水溜りの深い場所に停車してくれる。ゲストいうのは、上海から仕事で来られたレジャ研所長とのむてつさんのお二人。人材トレーナーをなさっているお二人のブログはいつも拝見していて、仕事を展開する上でリンクする部分もあったことから、北京に来られるときはぜひ実際にお会いしましょうと約束していた。そしてお連れしたのが、地安門にある「巴国布衣風味酒楼」という、四川の“変臉(=ビエンリエン)”というお面の早変りのショーが呼び物のお店である。変臉のショーが終わり、ひとしきり食欲が満たされたところで、レジャ研所長がPCを取り出した。見せてくれたのは、今日撮ったばかりの、以前から研修に携わっている施設の様子である。実際に働く様子はもとより、バックヤードで休む中国人スタッフに密着である。信じられなかった。電灯が落ちた施設内でもキビキビと後始末に追われるスタッフたち。街中のスーパーのように口ばかりで手が動かない従業員の集団とは雲泥の差である。チャットに明け暮れ、しきりに減らず口を叩く中国人ホワイトカラーなんかとも月とスッポンくらいである。私がこのブログで書いていたあの中国人たちは一体どこ???大きな声をあげて騒ぐこともなく、画面は淡々と若いスタッフたちが動く様子を映し出していく。私は画面に釘付け。それを説明するレジャ研所長の表情がほころぶ。「どうやってここまで教えたんですか?」私の問いにレジャ研所長は答える。「いや、はじめっからひとつひとつ」。そう、「ひとつひとつ」。あらゆる行為について段階を踏んで体験させ、解いて、それが理屈として正しいことが分かれば、実際の行動につながっていく。ただ積み重ね。結果あるのは、日本も中国も、その他の国もなく、熱心なスタッフだけなのである。確かに仕事に対する意識は、日本人のレジャ研所長が教えたものではあるけれど、日本人から教えられたからやっているのではなく、日本がこうしているから従っている意識も本人たちにはサラサラないはずだ。“自覚”の二文字である。そう考えると、そもそも「日本式の」なんて考え方は傲慢なんじゃないかと思い始めた。「日本式の電話応対を教えてほしい」「日本式のサービスを徹底させたい」。多くの日系企業がローカルスタッフへの教育に関し、こう要求する。そして仕事の手順を理解しないローカルスタッフに対して現地駐在員が言い放つ。「それが日本のやり方だからだ」。しかしそう言ったところで、ほとんどが「だって私、中国人だもん」で終わるに違いない。これは乱暴な例えかも知れないが、“ウォークマン”。ソニーという日本企業が作った製品である。その後国内外の各メーカーが類似商品を発表し、瞬く間に携帯用カセットデッキは世界中の消費者の間に浸透する。浸透したのは、単に便利で合理的で、かっこいいという理由。別に日本式の発想を以って誕生した製品と知っていたからではない。メーカーにとって誰が最初かは重要でも、使う側にとってはさしたる問題ではないのだ。人材教育というサービスも同じである。合理的で仕事がしやすくなる。ついでにスキルが上がって、給料も上がる。たまたまそのやり方が日本からやってきた。ただそれまでのこと。であれば、むしろ「日本式」という冠は邪魔なのではないのか?店から私たち以外の客が消えた時刻に、レアルの試合観戦後のリーガオさんが合流し、ほどなく店を出て歩いて後海のバーに向かう。小雨がまだ降る中、ご機嫌そうなレジャ研所長とリーガオさんの歩く後を、のむてつさんと私が続く。中国人ってやるじゃない。 日本人だってやるじゃない。そう思えば、靴は濡れても足取りは軽い。このあとおいしいお酒が飲めそうな気がした。レジャ研所長、のむてつさん、お世話になりました。またぜひ北京に遊びに来て下さい!
2005.07.23
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昨夜、アパートを出てバス停に向かっている途中で、携帯が鳴った。突如の人民元切り上げで、某記者さんとの食事会が中止になったとの知らせだった。即部屋に引き返して、テレビをつけるが、第一報になったといわれる中央電視台のニュース「新聞聯播」はすでに終わっていて、鳳凰台(フェニックステレビ)も特に詳しい報道をしていないので、ネットで確認する。1ドル=8.11RMBに切り上がると同時に、ドルとの固定制からバスケット方式に移行することになったのを知る。国際的市場には何らかの影響が出るのだろうが、個人レベルで具体的に得になるのか損になるのかまったくわからないので、反応のしようがない。ただ、これまでのように、どうすれば両替のレートがよくなるかが単純に算出できなくなって、めんどくさくなったのは明らかだ。ひとまず今日は、日本円はドルに対して高くなったようである。そんなことをしているうちに今度は、ロンドンの連続テロの情報が刻々と入ってくる。今朝見た日本の動画配信の画面では、特派員が、警察の警戒ラインぎりぎりの場所から立ちリポで「市民の間にはまたかという失望が広がっている」と伝え、鳳凰台もSKY経由で緊迫した現場の映像を繰り返し放送する。ちょうど日本の知人が昨日からしばらくロンドンと聞いていたので、面倒に巻き込まれていないかとメールを送ってみたら、「以前こっちに住んでいたときもIRAが似たようなことをしていたから、みんな慣れてますよ」という返事が。はたと思い、今度はロンドン在住者のブログを探すと、起こっていることに対しては嫌悪感を示しているものの、街が混乱したり、人が取り乱している雰囲気はあまり感じられない。前回の大きなテロの翌日から普通に出かけ、暮らし、今回も冷静に事態を受け止めている。知人のメールどおり、ロンドン市民は腹が座っているようである。解っているけど、やっぱりそこにいる人間と報道から受ける印象の間にはどこかしら温度差があった。反日デモのときに、肌で感じる空気とメディアを通じて流れる情報へのギャップをあれほど感じていたにもかかわらず、まだ自分自身も、よそのこととなると疑ってかかることができないのだなと実感してしまった。人民元切り上げとロンドンのテロ。同じ大きなニュースなのに、視聴者へ訴える素質はまるで違う。人民元切り上げが世界に大きな影響を与えるかもしれない可能性は誰しもが認識しているけれど、具体的にどう自らに降りかかってくるかは見えにくい。特にテレビになってしまうと、揃う番組素材がどれだけあるのか、なければ何を揃えたらいいのか、どんな映像を使って、誰に解説をさせ、何分放送するに耐えられるのかという話になってしまい、放送時間や視聴者への印象が事の重大性に比例し得なかったりする。方や、テロの話題はというと、現場の映像をバックに臨場感いっぱいに伝えていると、情報がひとりでに時間も印象も関係なく歩き出す可能性が往々にしてある。よって、人民元切り上げでてんてこ舞いの記者さんと、ロンドンで立ちリポする特派員のニュース取り扱いの注意点は、おのずと違ってくる。こんなことを考えながらテレビを見るのは、おもしろいような、疲れるような。でも、こんな時期に北京にいれば、ひねくれもする。これからもちょっとひねくれながらニュースをみてやろうっと。
2005.07.22
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午後、泉京鹿さんからメールが入る。泉さんと交流がある日中交流研究所主催の、「日本人の中国語作文コンクール」告知の協力お願いだった。http://duan.jp/03/annai.pdfこのコンクールは、中国人が日本語で、日本人が中国語でそれぞれ作文を書くという内容だったのだが、中国人からは多数の応募があった一方、日本人からは数えるほどしかエントリーがなく、6月末の締め切りが、日本人に関しては9月末まで締先延ばしになってしまったという、なんだか中国人に申し訳ない展開になってしまったらしい。ということで、こうしてブログを通じで、微力ながらお手伝いさせてもらうことに。とは言え。私のブログときたら、始めたばかりのほんのひよっこ。じゃんすさんやだーれんさんのところのように、くるくるカウンターが回るなんてことにはまだまだ縁遠い。媒体としての力量は無に等しい。そこで。私が面接トレーニング講座の告知に使わせてもらった、各大学日本人会のМLに協力をお願いすることにしてみた。現在、学生の入れ替わり時期のため、データも整理中だったり、学生不在の確率が高かったりして、今流すのが適当なのか微妙な気がするけれど、どこも遅かれ早かれ流してもらうことになると思うので、ご安心下さい。>泉さん北京大会長・K君は早速流してくれた様子。さすが男らしい!さて、このМL、そんなに古いものではない。例の反日デモ以降、日本人学生の間の連絡網を強化しようと始まったところが多い。中には、デモ以前は日本人学生会さえなく、学内の正確な日本人学生の数さえわからないというところさえあった。そういうところは、大使館領事部からも緊急の必要性を指摘され、日本人会設立と同時にМL設立後、ということになった。とはいえ、大学によって流す情報の種類に寛容なところもあれば、一定のガイドラインを作っているがためにほとんど利用されないところもあり、大学によって受け取れる情報量に差がある気がしてならない…というのが各大学МLを利用・比較しての実感だ。特に今回の作文コンクールのような主旨の催しには、今学期で帰国しなければならない留学生に、ぜひぜひ反応してほしい。なにしろアジアカップ決勝あり、反日デモありの、濃密な体験をしたわけだから。多分いい作文がかけるはず。とか言って、私も人に無責任に押し付けるだけじゃいけません。自分でも書けるかどうか考えてみないと。。。МLの効果やいかに。
2005.07.19
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時刻は夜10時過ぎ。場所は三元橋のBar“一蔵”。目に映っている光景が夢かと錯覚する気くらい私とってそこは不思議な空間だった。私の右手には、翻訳家の泉京鹿さん、博報堂のYさん、松浦さん、左手にはじゃんすさんがいる。これは二日前の北京GREE会参加メンバーである。そして松浦さんの左側に、私の前の職場の元同僚で現在北京に留学中のОさんがいて、前日も一緒だった北京大・K君を挟み、さらにその左隣にこれまた私の前の職場の同僚で、偶然中国に取材に来ている中国人記者のQさんが座っている。つまり私を含め3人が職場つながりである。私からすると、右隣にいたZさん以外は全員知り合いなのだけれど、(Zさんに関しても、この後意外な縁が判明する。)まったく違った場所で知り合って、まったく違った方面でのつきあいをしていて、そしてまったく私がセッティングするというような意図すらなかったのに、こうして偶然、私の視界に収まっていると考えると、どうにもこうにも現実には思えなくなってきて、「何でみんな一緒にいるの~!」と思わず声を上げてしまった。この中の人間関係をさらに説明すると、泉さんとQさんは、ほんの3週間前、東京で“上海ベイビー”の著者・衛慧がテレビ出演した際、コ―ディネーターと番組担当者として会っていて、QさんとK君は、反日デモ後、記者と取材対象として出会って以降、交流している。また泉さんとОさんの間には、私の友人でもあるNちゃんという日本人の女の子が挟まっている。今度は「何でみんな知り合いなんだよ~!」と言いたくなってしまうくらいにお互いあずかり知らぬところで、関係が絡まっていたのだった。よって、この顔ぶれが一同に介したのは初めてのはずなのに、あらゆる話題が交錯し、お互いの事情を説明しあっているうちに、飲み干すグラスの数が増えていったのであった。そもそもこんな奇妙な出会い発生の原因は「日中コミュニケーションシンポジウム」。全員その参加者で、最初に私が偶然Qさんを会場で発見し、それをОさんと一緒に奇襲する。すると今度はQさんが泉さんを発見。何でこんなところで~!となる。Qさんが媒介となってどっちの関係者も一緒に飲みましょうなんて誘ってみたら、あっちもこっちも繋がっていた…。世間は狭い。ほとほと思い知る。これも“縁”というものか。私も含め顔ぶれのほとんどが7月末から日本に帰国するということもあって、東京でまた飲もう!と約束する。ついでにZさんの奥さんが私と同郷で、私の帰省とほぼ同時期、奥さんのお郷にいることが発覚。こっちでもまた食事の約束をする。じゃんすさんは一人北京残留のためちょっとさびしそう。ということで、北京にお残りのみなさん、じゃんすさんのことお願いします。(母心)最後に。毎回日中関係の勉強をさせてもらい、人間関係も広げてもらい、さらにこんな濃厚なおまけまで下さった「日中コミュニケーションシンポジウム」。ありがとうございます! またぜひ参加します!
2005.07.18
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午後、日中のメディア交流について考える「日中コミュニケーションシンポジウム」に参加した後、現地日系企業に勤める日本人・Fさん、中国人アナウンサー・Wさん、デモ以降すっかり日本のメディアから引っ張りだこになってしまった北京大学の留学生・K君と、Fさんおすすめのチベット料理屋に行く。チベット料理屋の前に、ドイツ料理屋でビールを軽く引っ掛けていて、店に入ったころには、既に話題はお互いの深いところにまで達していた。おまけに舞台はチベット@北京。そうなるべくしてそういう心理状態だったのだろう。Wさんは、現代の中国に生きる中で深く苦悩する部分があったし、私も自分の理解を超えたところで過敏に反応する自分を感じていたし、二人とも適当に吐露することで少し楽になりたい時期だったのかもしれない。ヤクの肉の乗った皿を挟んで、なんだか途中から涙と鼻水の会になってしまった。その様子に、やさしいウエイターが紙ナプキンを渡しにくる。「こういうときは、目を閉じてチベットの山を想像すればいいんだよ」。ステージの男性が歌う澄んだ民謡が響く中、Fさんに言われて、3人は目を閉じる。もしここが日本のレストランだと不好意思な感じがして戸惑うのだろうが、北京のせいなのか、チベットの魔力なのか、素直にそうしようという気になる。それにしても、Wさんもその一人だが、中国人の人生は激動である。今まで存在し得なかったものが突如として出現するような常にその急展開と向き合って生きているのである。その変化の傾斜角度は、たとえば日本で電話が、黒電話→ボタン式電話→留守番電話→ファックス→自動車用移動式電話→携帯電話という段階を踏まえ変遷しているのに対し、こっちは“まったくなし”→“携帯電話”くらいの急勾配なのである。その一方、見る間に、存在したはずの家やビルや街や風景、人の思い出が消えていく。自分の過去に対して喪失感を感じている人も少なくないはずだ。そう考えると、よく頭がおかしくならないでいられるな、という気がする。この点に関して、私は中国人を尊敬せざるを得ない。店の従業員たちが、民謡にあわせて、踊り始めた。テーブルの間を通り抜ける容姿端麗なチベットの若者たちを見ながら、きっとここにも激動の人生があるのだろうなと思う。ともかく。日本だろうが中国だろうが、生きていくことは難しい。
2005.07.17
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あれから2ヶ月たらずのうちに、じゃんすさん御用達「東来順」で、北京GREE会がこじんまり開かれた。参加は、博報堂関係から松浦さん、Yさん、Wさんの3人。翻訳家でコーディネーターの泉京鹿さん、そして北京GREEのじゃんすさん、だーれんさん、DaZhaoさん、きたむ、私、さらに途中合流のJohdanの合計10人、平均年齢30数歳という落ち着き具合。狂乱の6月、7月ペグ会がバラエティー番組なら、こっちはトーク番組くらいのテンション。同じ空間なのに、ちゃんと話し合う雰囲気があったのがおもしろかった(笑)。北京の情報誌でマーケティングに関する連載を担当している博報堂の松浦さんは、北京留学経験もあって、中国への関心も高い方。Yさんとご一緒に、翌日の「日中コミュニケーションシンポジウム」(以下JCC)参加のため、わざわざ北京入り。JCCは私も北京開催の会に2度参加させてもらっていて、今回は反日デモ後初めてのシンポジウムなのだけれど、海を渡ってやってくるお二人の研究熱心さには脱帽する。当日まで別行動で北京郊外の山に篭っていらした(?)Wさんも参加予定とのこと。泉さんは“上海ベイビー”の著者・衛慧(ウエイ・ホエイ)の新作、“ブッダと結婚”の翻訳や各メディアのコーディネイトを担当するなど、今注目を集めている北京在住の女性の一人。 JCCで以前名刺交換をしたことがあったものの、ほとんどお話する機会もなく、8ヶ月ぶりのご対面になった。ところが、私のことを覚えていてくださって、その記憶力にさすが敏腕コーディネーター!と納得する。こうして平穏に過ごしているとすっかり頭から消えてしまいそうになるけれど、会話の中で、中国政府はいまだに「反日」押さえ込みに躍起になっている姿を垣間見た。泉さんが取材・執筆した「すばる8月号」が、出版元から彼女宛に発送されたものの届いておらず、松浦さんとYさんのマンパワーによってようやく手にすることになった。 どうやらタイトルの「中国文学の現在~「春樹」から「反日」まで」というのが税関で引っかかったらしい。中身はそれほど政治色のあるものではないらしいが、有無を言わずに没収になったようである。それにしても今回一番収穫があったのは、じゃんすさん、でしょう。なにしろ“じゃんすさん憧れの女性”が、泉さんと大の仲良しだったって判明したわけで。今思い出しても、じゃんすさんの動揺する姿、おもしろかったです!!(笑)しかし間を取り持ってもらう代償が、“北京の独身イケメン10人を紹介”。真剣に10人のコマをどうそろえようか悩んでいる彼の姿を見て、今回、私も助け舟を。「我こそは、イケてますとおっしゃる北京近辺の独身男性、ご一報を!」「また、関連ブロガーの皆様も、告知にご協力を!」(笑)
2005.07.16
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“イタリアンテイストの店内で、とびきりの日本料理を。”なんてコピーが広告に踊っていたとしたら。日本人は、カッシーナのテーブルに、ヌーベル・ジャポネと呼ばれるような料理が真っ白な皿の上に乗って運ばれてくるのを想像するのだろうな。じゃあ、これはどうだ、“イタリアンテイストの店内で、中華料理を”。これもやはり、シンプルながら吟味されたインテリアが絶妙に配置された室内で、皿の上に東西の食材が融合する……なんて答えが出てきたら、まだまだ中国人への理解度は浅いぞ、ってことになるのかも。何しろ私がそうだった、そう、今日の昼間、ご飯を食べるまでは。そういう感性できましたかー!と、思わず脱帽でモノの店に出くわす。午前突如、東京在住、でもしょっちゅう北京という中国人の友人から電話が入る。最近日本語の勉強を始めて日本人の相互学習相手(ランゲージ・パートナー)を探している女性がいるので、これから一緒に昼ごはんでも食べながら、彼女の話を聞いてほしいという。部屋に篭って教材ばっかり作っているのも鬱傾向に拍車がかかるばかりだし、当然快諾。迎えに来た彼の車に乗って、その女性が指定した店に向かう。「xiaomiは、辛いもの大丈夫?どうも今日は湖南料理らしいんだけど」。車内でこう聞かれて、胃袋にも多少の辛抱を強いらなければ、と覚悟を決める。なにしろ湖南料理の辛さは、辛いと有名な四川料理のさらにその上を行く。それと同時に、私は今まで行った湖南料理の店の雰囲気を無意識に思い描いていたに違いない。現場到着。今回昼食に招待してくれた日本語学習志望者・S嬢がビルの前で笑顔で出迎えてくれる。清潔感漂う湖南省出身のOLさんである。その土地の出身者がお勧めする郷土料理ということで、味は折り紙つきのよう。期待にしながら彼女について門をくぐったが、見た瞬間おどろいた!いや、「たまげた」、というのがしっくりくる。店の名前は「蒙娜莉沙(モナリザ)餐庁」。一歩、中に入ると、金色を貴重にした空間が広がる。左手の壁にはベネチアの仮面まつりに使うような原色の羽飾りがついたお面がびっしり張り付く。緑のベルベット調の布をあしらった重厚そうな猫足のテーブルセットがずらりと並ぶ。ゴージャスなカーテンがかかる窓の近くは日が差し込んで明るいが、少し奥まったあたりは、暗い中に金色の装飾が浮き上がって見えて、ひところのキャバレーチックである。しかし、しかし。中で運ばれてくる料理はすべて湘菜と呼ばれる湖南料理。口に入れると粘膜が痛みを訴えるくらいの激辛だった。そして客の格好も典型的な中国人がほとんど。適当に混んでいる店内、一組、白人のグループが箸を使って丸テーブルを囲んでいたのが、ますます妙ちくりんな雰囲気を助長していたような…。帰り際、それぞれのテーブルの上の料理を確認したけれど、やっぱり見るからに中華料理のお皿の上を箸が動いているばかりだった。栄華を誇ったベネチアのゴージャス+伝統的中華。確かにこれもイタリアン+シノワズリーではあったのだなあ。スイマセン。写真撮り忘れました。いえ、まさかあんな店とは思ってなかったんで…。(^-^;)やはり、この街はまだまだ侮れません。お出かけにカメラは携帯必須ですな。場所は、東十四条。スイスホテル南側にある富華大厦C座1階。ちなみに、味はそこそこ、サービスも普通。ただ内装が変わってる、というお話。さらについでですが、店を指定したS嬢、変わっているどころか本当にいい子!私が一人で帰れるか心配して、一緒にバスに乗って送ってくれる。こっちが恐縮してしまうくらいの親切が北京にはまだまだある。
2005.07.16
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午前、敬語講座教材の聞き取りに白石橋付近まで行ったついでに、月壇公園そばの「天外天商品批発市場(=卸売り市場)」に向かう。本来「天外天市場」というと、急なエスカレーターで地下に潜っていくかつての防空壕の中にある市場を指していて、迷路のような穴倉にはアクセサリーやパーツを売る店がところ狭しと軒を連ねていたのだか、去年秋、水に漬かってしまったのか、突如閉鎖になってしまった。ところが中国というのは面白いところで、そうした”ご本家”あると、隣には必ず”分家”が現れる。本家と同業でありながら、本家の席にあぶれてしまった業者が集まり、すぐ脇でほぼ同じ商品を取り扱っているのである。ということで、本家・天外天はなくなってしまったものの、分家・天外天が、あの生業を今も引き継いでいる。ここに入ると、かなりヤバイ…。ヤバイって財布がヤバイ。通路のありとあらゆる壁はアクセサリーとパーツで埋め尽くされている。 なにしろ卸売りだけに、市価の半値ほど。決して高いものはないが、ビルを廻っているうちに冷静さがなくなってくるのが解る。そんな気持ちにさせるここは、女性にとってかなりヤバイのである。私の御用達は、半地下になったところにあるスカーフ屋。卸売りなので値切れないが、単価がはっきりしていて、質もよく、かさばらないので、スカーフは私にとっては“不動の一時帰国のおみやげ”と言っていい。倉庫のような殺風景な店の中に、包装用の袋に入ったスカーフやストールがそのまま”平積み“状態で置かれていて、客はその膨大な山の中から、宝探しの感覚でお好みの品を引っ張り出す。 店に入って、即、戦闘開始。店の女の子は慣れたもので、私がスカーフの山の前でしゃがみこむのを見ると、プラスチックの椅子を用意してくれる。 彼女と二人、誰が使うのかとか、どんなのが好みなんだとか、端のかがり方が悪いと日本人には申し訳なくて手渡せなからチェックするんだよとか、あれでもないこれでもない、やっぱりあれにしようか、これも捨てがたい、なんて言って散々物色しているうちに、2時間近くが過ぎていく。高級ブティック以外、北京でこれだけゆっくり品定めさせてもらえる場所は珍しいかも。それから。またこのビル内に新たにお得意さんになってしまいそうな店を発見手しまった…。今度はシルバー。シンプルでかなり私好み…。天外天には小悪魔が住んでいる。
2005.07.13
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時刻は夕方5時少し前。場所は西直門の地下鉄のそば。歩道に商品を入れた風呂敷を広げずらりとならんでいた露天商たちが、顔色変えて一斉に路上の荷物をまとめはじめた。「工商が来た?」私がそう思うが早いか、ほんの数秒前まで風呂敷が置いてあったまさにその位置を貫くように、猛スピードで公安の白バイが突進してくる。客と値段交渉中だった女二人組の露天商は、一呼吸撤収が遅れたせいですんでのところで引かれかけ、商品のゴムぞうり何足かはタイヤに押しつぶされてしまった。歩道の上を、それも人の鼻先を掠めるほどの距離を、白バイが走る。呆気にとられて、しばらく公安が通り過ぎた場所から丸くした目を外せないでいたが、視線を前方にやると、もう一台の白バイが露天商たちの様子を伺っている。北京では路上での商売はご法度である。「景観を損ねる」「非衛生的」などの理由で政府は取締りを強化しているが、一向になくならないのが現状のようで、いたちごっこが続く。私は、ロバに引かれた荷車がスイカを売っていたり、道端でまるでおでんのように串刺しの具を麻辣湯で煮込んだ屋台に人が群がっているのを見たりすると、北京らしい情緒や季節を感じるし、一人の消費者として便利さも感じる。お上のお達しは、一般人が感じる“味わい”とは合致しないようである。バイクの件に限らず、取り締まりは容赦がない。逃げ遅れた露天商の品物や道具はその場でひっくり返して壊されたり、そのまま否応なくトラックに積み込まれたりする。多分どこかで抜け道があって、また品物が戻ってくるようなこともある気がしなくもないが、外から見ると、四の五の言わせぬ圧制に映る。日暮れ前の大学前。荷台に果物を満載したトラックに人が群がる脇を通り過ぎる。深夜。静まり返った闇の中、砕けたスイカやりんごが散乱する光景が広がる。そんな晩、北京の空気が少し切なく感じる。
2005.07.12
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北京暮らしが長くなるにつれ、また行きたいと思う店が増えた。味も当然のことだが、私の場合は、むしろその店の服務員(ウエイトレス)に好感が持てて、また足を運んでみようかな?と思うことが多い気がする。サイテーレベルのサービスと言われた北京のレストランだったが、このところ目を丸くしたり、声を失うような態度に出る服務員と遭遇するケースは徐々に珍しくなってきた。ある日本料理店で、人懐っこい服務員がオーダーを受けてテーブルの前から去ったとき、テーブルを挟んで座っていた日系企業の人事関係の方が言ったことがある。「実はこうやってただ食べている間も、服務員はチェックするんですよ。彼女はなかなかだな、と思ったら“ウチで働いてみない?”って誘ってみるんですよ。結構これが当りだったりします、当然ハズレもありますけどね」。声をかけられた側にしてみれば、多分“プリティーウーマン”並みの夢物語のような、階級を飛び越えた度肝を抜くスカウト劇なのだろうが、そんなことをしてみたくなる彼の気持ちが私にもなんだか解る気がした。北京のレストランの女の子たちの多くは、北京以外の土地からやってきて、月300~500元程度で、住み込みで働いている。教養も学歴もないが、愛嬌があり、接客態度にも親しみが持てる。表情を見ていると、客に気に入ってもらおうという真摯さが伝わってくる。かたや高学歴、博識の学生はというと、すべてとは言わないまでも、多くが経験もないのにそれだけで天狗の状態。彼らに0からサービスの概念を教え込むよりはこの女の子たちにビジネスの技術を教えたほうが、面倒が少ないのでは?という発想は、ローカルスタッフと机を並べる日本人の話を聞けば聞くほど納得できる気になってくる。私が北京でカチンとくる接客に出会うのは、こうした女の子たちの働くレストランより、むしろ知名度や値段が一定の高さであるにもかかわらず、ソフトがまったく比例していない場合のほうが多い。世界的に有名な北京ダックの老舗の服務員は確かに流暢な英語を話した。しかし、むやみに高いビールを勧めたり、もしよければチップを私につけてくれないかと言い出したりと、言動は客のためとは思えない。とある外国人がよく泊まるホテルで、知人の中国人が、オーダーしたコーヒーの量が少なすぎると文句を言ったら、立ったまま別のコーヒーカップからコーヒーを継ぎ足したのにも閉口した。さらにとある駐在員の方から、高級クラブに遊びに行ったところ、抜群の美女とはいえ、酒を注ぐくらいしかしないホステスから銀座でも払ったことのないチップを請求され、拒絶すると、「小気(ケチ)」と罵られた話を聞いたこともある。またある中国人の友人は平気で言う。「北京じゃ、美人ほど、性格悪いよ」。「自分は選ばれている」、働く人間にその意識がある場所ほど、サービスと金額が伴っていないようだ。中国人のプライドは高い。しかし多くの若い中国人のプライドの多くは単純で、即物的に見える。彼らの理論からすると相手を受け入れ頭を下げることにさえ、抵抗を感じているという声を聞く。サービス精神が彼らに浸透するには、“プライド”の概念について触れる必要があるのかもしれない。
2005.07.10
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昨夜、シャワーで汗を流し、ほっと一息ついていたところ、トイレ兼シャワールームからなにやら、ガガガガ…と奇妙な音が。しばらくすると今度は、シンナーに似た異様な匂いが漂ってくる。ルームメイトとシャワールームのドアを開けてみると、スイッチは切っているにもかかわらず、電灯がついたまんま。スイッチをいじくるものの相変わらず電灯は切れることもない。仕方がないので、そこだけブレーカーを落とし、暗闇の中で歯みがき、洗顔。今朝、再度ブレーカーを上げて確認してみたけれど、変化なし。シャワールームに煌々と灯りはともる。電灯をはずしてみるとやっぱりなんだかくさい…。シンナーのにおいがするってどういうことだ???修理しようにも学校の事務所が休みで、改善は明日以降に持ち越し。ということで、しばしトイレは真っ暗。…トイレに落ちないようにしなきゃ。(冗談/ちゃんと水洗)
2005.07.10
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何だか最近、あと一歩が出ない気がする。午後、帰国が迫ったクラスの女の子と、近くの按摩屋に全身マッサージを受けに行った。まとまった金額でマッサージのカードを買ったのだけれど使い切れないというので、私も一緒に行って、1時間38元(1元=13円)という超お値打ち価格の恩恵を預かった。マッサージ台から起き上がって、部屋から出掛けに覗いた、きたむのブログを思い出す。「福原愛が北京大学体育館に来るらしい」。真偽のほどは確かめてから後ほど情報を報告、ということだったが、報告を待つ以前既にその女の子とマッサージの約束をしていたし、ドクターストップに逆らって、相変わらずデスクにへばりついてパソコン打っていて、また背中が痛くなってきたし、結果=全身マッサージ>福原愛。按摩屋から出て、きたむに状況を携帯メールで確認する。「福原愛、見た?」するとすぐにお返事。「今、見てる。目の前で試合してる」。ホントに愛ちゃん、中国のリーグに参加してるんだなあ。このところ人と会う約束がある以外は部屋に閉じこもって、鳳凰電視(フェニックステレビ)を垂れ流しているだけなので、自分でもどうも現実とのフィット感がなくなってきている気がする。「じゃあ、これから北京大、行くんですか?」メールでのやりとりを見ていたクラスメイトが尋ねた。が、どうもその気になれず、彼女と別れ、足は違う方向へ。三里屯にある「雅秀服装市場」は、北京を訪れる外国人観光客には知られたお買い物スポットの一つである。しかしどういうわけだか、日本人観光客はほとんどいない。北京であれだけ幅を利かせている韓国人でさえ、その多くが存在さえ知らない。客の多くは白人とアラブ系、金のある中国人。初めて訪れてみた地下フロアは、まったくWTO加入はどこ吹く風。延々と偽バッグが並ぶその壮観さに、思わず笑いさえこみ上げてきた。以降、私は「雅秀」のファンである。そろそろ一時帰国の土産の思案に入らなければならない時期に来たようなので、「雅秀」の子供服売り場へ、二人の姪のお土産リサーチに向かう。が、マッサージを受けたばかりというのに目的地到着までに疲れてしまい、市場に入る前に一息入れようと、近くのKFCに入って気がついた。「しまった、今日、周傑倫のコンサートだったじゃん!」雅秀市場から、コンサート会場の工人体育館は目と鼻の先。開演前に小腹を満たそうとする人や待ち合わせで店内はごった返しで、カウンター前の列は店の入り口近くにまで及ぶ。みんな手に手に中国でのコンサートにはつきものの、ペンライトや発光するグッズを持って既に臨戦態勢である。世の中のカレンダーからも地図からもどこかずれている自分をまたまた実感。まづい…。「チケット持ってるかい~?」ダフ屋のおやじがあちこちで声をかける。カップルが交渉している様子を聞いていると、そんなに高い金額でなかったのが意外だった。ちなみに周傑倫(ジェイ・ジョウ)は言わずと知れた中華圏のトップに立つ台湾出身のシンガー。映画「頭文字D」も封切りされて、人気絶頂、怖いもの知らずの状態である。コンサート報告に関しては、じゃんすさん、リーガオさんからあるでしょう。愛ちゃんのほうも、きたむのブログにアップがあるでしょう。それにしても、二つも大きなイベントがすぐそばで行われているのにそれを平気で素通りしている私ってなんだろう~???好奇心、足りなさ過ぎ。やっぱり鬱なのか?(^-^;)ということで、「あなたの鬱度チェック!」http://www.jtu-net.or.jp/cgi-bin/selfcheck/e-selfcheck.cgiちなみに私、48点。かなりきてます!!ただし、低ければいいってもんでもないみたいです。逆に“躁”。
2005.07.09
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例えば。酔いつぶれた人間を脇に抱えてタクシーを止め、後部座席に酩酊状態の友人を放り込んだあと自分が助手席に座ったとする。行き先を告げ、金さえ払えれば、タクシーは目的地まで連れて行ってくれる。それが北京という街。地下鉄などの公共交通機関が不十分なこの都市に暮らす人間にとって、タクシーは移動の頼みの綱であり、最も頻繁に使用する脚の一つとも言える。実際非常にリーズナブル。10分ほど乗っても15元(1元=13円)程度、渋滞に巻き込まれなければ30分以上乗ってたって50元はかからない。だから先日の“白酒乾杯!”なんていうのも、タクシーの存在がないとあり得ないお話。東京では絶対にここまで豪快な飲み会は開けない。これまた例えば。新宿で飲み、酔いつぶれた同僚を支え、駅までたどり着いたとする。しかしこの先、仲間たちの行く先はいくつにも分かれるはずである。ある者は山の手線で渋谷、そこから東横線に乗り換え。ある者は中央線で武蔵境まで。ある者は小田急線で下北経由井の頭線乗り換え。じゃあ、泥酔しているのが西武新宿線沿線居住者だったとしたら…???終電に合わせてサイクルする東京の夜は案外早い。同僚を自宅まで送り届けたりなんかすると確実に自分が帰り着けなくなる。“配達可能”なのは、そのままその家にやっかいになる覚悟があるときくらいだろう。じゃあタクシーは?となると、人件費の高い大都市のこと、もうそれは言わずもがな。下手すると人間関係にも軋みを生じかねない。結局、酔っ払いの精神力だけが、彼の家路に繋がる一筋の道だ。そんなこんなで、北京では、店で吐いている人間は見たことがあっても、路上で吐いている人間を見たことがない。ひとしきり落ち着いたら、車に乗せて輸送である。ついでに同僚が一緒なら、会社が手配している同じアパートに住んでいたりするから、車から引き摺り下ろすマンパワーもある。つまり北京は、“豪快に飲んで、潔く玉砕したい人間にやさしい街”…である(笑)。その意味でのタクシーの貢献度はかなり高い。が。相変わらずレベルは低いんだよなあ、運転手の。今日も「三里屯」と言っているのに、お前の言っている場所を知らないと言われ、「太平洋百貨店」「雅秀市場」「工人体育場」と次々と目印を挙げても「ちゃんと具体的に言ってくれ」でかわされ、思わず声が大きくなってしまった。心地よいほろ酔い気分もぶっ壊しなんだよね、こういう運転手がいると。この攻防は一体いつまで続くんだ?
2005.07.06
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昨晩、“北京GREE会”ご参加のみなさん、お目覚めいかがでしょう?白酒(アルコール度数38度)とニ鍋頭(度数56度)で爛れた胃とのど、いたわっていますか?日本に帰ればコンビ二でも100円ショップでもウコンが買えます。ついでに日本の胃腸薬も悪酔いに予防効果があります。くれぐれもお体ご自愛下さい。以上、ねえさんからのお見舞い、終わり。…ということで、昨夜も予想通りに白酒とケーキ、そしてcmoook氏の髪が、床の上に飛び散った。くわばらくわばら(笑)。私はもうはじけとんだ集まりに参加する年齢でもないし、競って白酒を飲んではしゃぐ趣味はない。ただ一方、傍で見ていてそのノリに拒絶反応を示す気にはならない。渋谷のセンター街で仲間に担がれながらゲロ吐いているのを見ると、「若いよなあ、加減ってもんを知れよ」と思うくせに、この街にいると「飲みたきゃ飲ませてやれ」くらいの考えになってしまう。不思議だ。そんなことを考えていると、昨夜の会に上海からゲストとして参加したALFAFRAKEさんが、こんなことを言った。「上海だったら絶対こんな飲み方すると、みんな引いちゃいますよ。だから来る前は北京に行ったら否応なく白酒飲まされるっていう、ちょっとよくない先入観があったんですがね、今、解りました。北京には北京の時間があったんです」。つまりはそういうことだ。人間はそこに暮らすと、その土地の空気に少なからず感染する、例え同じ日本人であっても行動や考えが風土になじむようシフトチェンジする、ということなのである。よって北京と上海に住む日本人はどことなく違い、このGREE会の白酒乾杯も、その土地の空気も実際の体験がない限り理解しがたい部分が生じるのだろう。かく言う私も然り、だったりする。両親も私自身も転勤族ではなかったが、私はこれまで実家を含め、結果として5つの街で長期暮らした経験がある。そして、”それぞれの街”に適応する私というのがいる。よって当然、”北京仕様の私”も存在する。例えば。すっぴんで街を歩く。文句を言われれば言い返す。相手に悪態つかれても自分の言い値で競り落とす。道々アイスキャンディーを食べながら歩く。会ったばかりの中国人に携帯の番号を教えるetc…。どれも東京では“あり得ない”自分である。しかし、そうでないと北京で暮らすのにむしろ不便なのである。とは言え、これを日本でやってしまうと、友人たちは「…お前も終わっちまったな」と相手にしてくれなくなるに違いない。いや、既に上の例を読んで、目を丸くしているのかも…。ははは。もちろん慎みますとも…いやいや、と言うより、ちゃんとシフトチェンジしますとも!だてに住処をしょっちゅう変えているわけじゃないんだから、そのくらいの適応能力はありますよ。ということで、お父さん、お母さん、ご安心下さい。あなたの娘はまだヤマトナデシコの羞恥心はすてておりませんからね。(^-^;)となれば、中国に住んだことのない日本人のこの国への理解は況やをや。滞在することで見えてくるものがたくさんあるのだから、単なる字面の知識ではない、自分の五感で中国を感じてほしいのだが。
2005.07.03
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この3日ほど日記を更新しなかった。あ、別に中医の先生からドクターストップがかかったのが原因じゃないですよ。ブログは更新せずとも相変わらずPCとはべったりである。そのうち精神的に病んできて、方向性が“退廃する心の記録”に変わってしまったら、それもまた一興だったりするなあ。じゃあ何をまた熱心にキーボード弾いているのかというと、たびたび日記にぽそっと書いている「中国人向け敬語講座」のカリキュラム作りである。いくら日本語に習熟した中国人とはいえ、敬語は常に悩ましい存在らしい。ただでさえニュアンスを汲み取る能力を求められる日本語なのに、こんな複雑怪奇な言葉を駆使してさらにきめ細やかさを要求してくるのだから、一般に“請”(英語のPleaseのような意味)と“nin”(=あなたの尊敬形)くらいの敬語しか使わない人たちにとっては、コシヒカリとササニシキの食べ比べをするくらいどうでもよく思えるに違いない。よって日本語は勉強したけれど、誰に対しても「~だよね」「~じゃない?」なんて口調の中国人が大量発生しても、私は一方的に責められない。が、その反面、日本語にさらなる磨きをかけたい熱心な中国人ビジネスマンも多いのが現実。こういう人は、ある程度の語学レベルに達しているのでむしろ誰も注意してくれなくなり、日本人と商談の後、「間違った言い方して、失礼をしていないだろうか?」と時々不安になるらしい。私が作っているカリキュラムはその辺り向けだ。ということで、最近日本語のうまい中国人と続けざまに会ってインタビューしている。普通に話していると問題はまったくないのだが、敬語に話題が行くと、日本人ではあまり意識する必要のない、彼らの盲点が見えてくる。敬語で話しているうちに、主語が誰か、その動作をするのが誰かが見えなくなってくるらしい。特に如実なのが、尊敬にも謙譲にも使える“お+動詞”である。“お聞き”というのを例にあげてみよう。お聞きになりました。お聞きになっておいでです。お聞き下さい。お聞き下さって結構です。お聞かせ下さい。お聞きいただきました。お聞かせいただきました。お聞きしております。お聞きしてよろしいでしょうか?この辺を見せると、さすがの彼らも頭がぐちゃぐちゃになって、全然区別ができなくなるらしい。あんまりみんな解りづらそうなので、日本在住歴5年経験の中国人の友人に手伝ってもらい、これらを中国語で訳して違いを説明できるようにしようと試みたが、彼女自身が上記の違いを理解できなくて、翻訳作業はその場で頓挫してしまった。(^-^;)聞けば大学の日本語科では、尊敬語や謙譲語で他の表現があるなら、たとえば“聞く”の場合は、謙譲語では“伺う”“拝聴する”を優先して、“お+動詞”は使わないようにと指導しているらしい。うん、私もその意見に賛成だな…。言語が普及するというのは、その土地の手垢がつくという意味でもある。英語は世界に普及しているけれど、やはりご当地仕様の英語というのが広い範囲に普及している。日本語が話せる中国人が増えるにつれ、中国人っぽい日本語というのも派生してくるのだろうが、果たして標準に近い日本語が定着する速度はというと、前者のほうが早い気がする。地味な作業はまだ続く。
2005.07.01
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