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北京大学日本語科で日本語を教えるО先生の「見にくれば?」というお言葉に甘えて、授業を見せてもらいに、北京大学に伺う。今日参観するのは、4年生の口語(オーラル)。授業の度に先生がテーマを提示し、それに関して学生が時間内に構成を考え、3分間のスピーチをするという形式だ。いつも先生のブログに、でっかいおもちゃのマイクを片手にスピーチする中国人学生の写真がアップされているので、実際に見せてもらうのが非常に楽しみだった。「はーい、今日のテーマはこれですよ」。О先生がプリントを配る。タイトルには日本語で、「もし世界が100人の村だったら」の文字が。「もし、現在の人類統計の比率をきちんと盛り込んで、全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう?」から始まるこの文章、3年前、インターネットを通じて世界中の人々に行き渡り、大きな波紋を呼んだが、学生たちにとっては、初めて目にする内容である。スピーチの内容で、中国人らしいな、と感じられたのは、「中国の人口が13億だって知っていたけど、アジア人が世界全体の57%もいるなんて、知らなかった」…これは、どこまでアジアかって意識してるかってことなんでしょうけど。それから「同性愛者が11人もいるって信じられない。世の中にはかわいい女の子がいっぱいいるのに、なんで男を好きにならなきゃならないの?」。この国で同性愛の認知には長い道のりが必要そうだな…。E・ジョンが同性と結婚したって説明しても理解できんでしょうね。ついでにレイザーラモンHGの“HG”ってのも説明しづらいでしょう(笑)。月並みだけれど、「自分がとても恵まれた環境で生きているのだ」という感想を述べる学生がほとんど。とにもかくにも、彼らにとっては様々な意味で、この文章との出会いは衝撃だったようである。実は私自身も、久しぶりに読んだこの文章には以前と違う新たな感触を覚えていた。原因は中国という国の中で目を通したからに他ならない。この国には“標準以下の居住環境に住む80人”がいて、“70人の文字が読めない人”もいる。当然“50人の栄養失調に苦しむ人”もいるし、私と比較して恵まれていないとされている5億人の戦いや投獄、飢えに苦しんでいる人、世界の75%の、着る服も、家もない人に該当する存在もある。人口13億の一つの国の中に、貧困と、環境と、教育と、紛争という世界で起こるあらゆる問題を抱え込んで胎動している、それが中国であるとするなら、この「100人の村」で起こる出来事の実感は、日本にいるよりもより現実的な感触として伝わってくるのではないか。世界・地球が直面する問題を考えることは、日本という平等の意識と物質的な豊かさが行き渡った特殊なポジションから眺めるより、問題が縮図化された中国での方がはるかに世界的な視点に立てそう気がした。О先生から締めの言葉を求められ、素直に感じたことを学生たちに述べてみた。彼らの日本語が予想以上に素晴らしかったこと。そして中国で読む「100人の村」の実感。彼らが将来エリート官僚として中国の行政に関わり、国内の諸問題と対峙することになったとしても、今日感じたこの世の不公平と恵まれた境遇への感謝を思い出してくれるだろうか?「もし中国が100人の村だったら」。これも相当深いな。
2005.11.29
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私は、ぺきんのぐっちさん言うところの“ひとり大和撫子”である。本当は、適当に上で指示してくれる人がいて、それに転がされているのが一番合っている性格らしいのだが、何の因果か北京に流れ着き、やろうと思った仕事を初めっから組織にする勇気もなくスタートさせたので、私は、柄にもなく“ひとり大和撫子”になってしまった。ひとり大和撫子は便利だ。何でも自分の考え次第だから。でも反面すごい不便だ。何が不便って、こんな感じで。とある私ではない北京のひとり大和撫子の発言。「ほら、私、会社に通ってるわけじゃないでしょ?自宅でひとりで仕事してるから、倒れちゃっても誰も気づかないわけじゃないですか。だからどうやって、異変に気づかせたらいいか考えちゃいますよ!」そこで彼女がとったのは毎日限られた人間にmixiを通じて連絡を取り続けるという手段。こんなにまめに毎日コンタクトしてくるのに、反応しないなあと思ったら、さすがに異変に気づくとのことだった。この点に関して私は異常なまでに無頓着というか、無防備である。私は正社員ではない。ひとまず通っているオフィスはあるけれど、自宅で仕事をした方がいいと判断したときや人と会う約束があるときは、アシストしてくれているL嬢の携帯に「今日は出社しません」という簡単なショートメッセージを送って出てこないことがしょっちゅうなので、向こうがさっさと異変に気づくとは思えない。さらに私がマズいのは、まめに電話がかけられない、というより電話嫌いだということである。仕事に関することと必要があるとき以外は自分から電話しない。周囲もそれを察しているせいか、結果、私と電話を通じてコミュニケートをとっている人間は極めて少数にしかならない。おかげで電話が鳴らなくて、静かだ。時々、「そんなのさびしくて、頭おかしくならない?」と聞かれて、そりゃあさびしいと思わないことはないと答えるのだけれど、どういうわけだか、人間の適応能力とは恐ろしいもので、さびしい感情を消化する方法を見つけてしまったために、頭がおかしくなれない。。。反対に、一人でいるとそれだけでさびしくて、即男性と半同棲状態になってしまう大和撫子がいるけど、本人が「私、ダメダメ女なんで」なんて言ったところで、生存能力としては逞しいよ、キミのほうが絶対私より危機回避能力が高いなあ、と、私にない嗅覚にむしろ敬服である。なんか、私もまじめに回避方法、考えておかんといかん。厳しくスケジュールを管理している人間でもいない限り、組織に属さない独身女性の身の上に何か起こったことを察するのは、結構簡単でない。浴槽で溺れ死んだって、部屋のゴキブリが誰かに通報してくれるわけでもないし、(大体、ゴキブリに通報されたら格好つかないじゃん!(笑))母を泣かせないようにしないといけませぬ…。場所が東京だろうと、北京だろうと、ケープタウンだろうと、南米の標高3000mの高地だろうと、自分が無事生きているよという跡を残しておくことは、必要だな。それが身を守るってことだ。
2005.11.28
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また焼き鳥を食べた。つくねとねぎま、かわ、レバー、砂肝、それにしいたけ、なす、ピーマン。さらには数え切れない本数のぎんなん。公表された中国国内での鳥インフルエンザによる死者が3人に増えても、ここにいる日本人女性たちにはあまり影響がない。「70度以上の熱を加えれば影響がない」という中国衛生部の発表を素直に信じている(笑)。中国にいて中国語もできて、中国人スタッフとも仕事しているとはいえ、自分をOFFモードにしたとき、やはり日本人は日本人と一緒にいたいところがある。でもどんな日本人でも構わないというわけではなくて、当たり前のことながら、共感できる価値観を持ってくれていないと、気を許すのは難しい。性別というのも価値観を形作る大きなカテゴリーで、北京にいて働いているということ以外に、この部分でシンパシーを感じる人間を見つけ出したいと思うのも自然である。そんな意味で、現地での仕事を持つor留学生の女性だけで焼き鳥屋に集まる。参加条件は、日本人、飲む雰囲気が嫌いではない、そして女であることが必須。なぜなら、相手が女性じゃないとできない話がやはりあるから。狭い北京の日本人社会の中で、女性たちはいつも顔を合わせている気がするけれど、女だけで、男性が一緒だとできない相談を心行くまでする機会は案外少ないみたいだ。だからこんな企画には二つ返事で乗ってくる。たとえそれが自腹だったとしても。そして色気の“い”の字さえなかったとしても(笑)。そして話す中から、互いが似ているようでありながら、各々が全く違う環境と価値観で中国と拘わっている一人の女性なのだと気がつく。焼き鳥をつついているうちに、揃ってうまいラーメンが食べたくなってきた。早速、北京在住の日本人の間で高い評価を受けているラーメン屋「瓦屋」へ向かう。が。「ちょぉっとぉ、閉まってるじゃん!!」。店の前まで来たらなんと、店は暗く、ドアが閉じている。そしてそこに張り紙が。「ビル工事により、22時までの営業とさせていただきます」…。ちょっと待ってよ~。完全なラーメンモードだっただけに、みんなでしばし立ち尽くす。しょうがない、場所を変えて飲みなおすか。気持ちを切り替えて、またタクシーを拾う。そして北京の闇にまたまぎれる。そんな北京の大和撫子たち。現在増殖中。
2005.11.25
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実は、今回でこのブログへの投稿100件目。とりあえず今日まで続いている事実に、実は本人が驚いている。書きたいときは書くけれど、書きたくないときは書かないでいるので、更新率は50%をちょっと超える程度だけれど、何かとエネルギー使う国にいる上に、始めて間もない頃にPC使用のドクターストップかかってるくらいだから、このくらいでやっていかないと体が持たない。9月に引っ越して、いわゆる社会人の環境に身を置くようになってから、ずいぶん精神的に楽になった。学生として暮らすのは不可能ではなかったけれど、知らず知らずのうちに、変な付加をかけ続けて精神的にも体力的にも消耗いたのだな、と今さらながらにして気づく。街の西側で過ごすには若さというエネルギーが必要だったのだな…(^-^;)。この辺にも北京という一つの街に展開する環境の差異を感じる。またそれに伴って暮らしが明らかに日本人化。今後刺激的な潜入ルポは不可能そう(笑)。みなさん、もう私にディープな中国を期待しないで下さいまし~。その代わり、日本のみなさんにちょっと意外な中国と現地在住日本人のためになりそうな小ネタは地道に書いてまいります。…ということで、いつもご覧いただいているみなさん、お世話になっております。このブログは多分、もうちょっと続きそうです。引き続き私の掃き溜めブログにお付き合い下さい(笑)。
2005.11.25
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NHKワールドで観る「きょうの料理」と「おしゃれ工房」と続く45分は、このところの私の心の潤いだ。中国のチャンネルには、ああ、ゆとり~…というような番組が少なく、たとえ日本帰りの中国人留学生に「煩死!」と言われようと、暮らしの中になくったって何の支障のないおかずや小物類がちょこちょこ手間をかけて出来上がる様子を見れば、現代に暮らす日本人の生理で、自然に脳内からアルファ波が出る。この前「きょうの料理」で、西川ヘレン・かの子母娘が出演していたときのこと。西川家に伝わる家庭の味を紹介するスタジオでは二つ口の電磁調理器が使われていた。散らし寿司の具材が黒いIH調理器の上に置かれた鍋の中で煮られるのを見ていて、あれ?と思うことがあった。調理器から音がしない。うちの電磁調理器は以前カルフールで買った中国国産の美的(Midea)製品。加熱のスイッチを入れると中のファンが回って、ブイーンと音がする。当然調理中はそのブイーンを聞きながら作業することになる。実は電磁調理器を日本国内で使ったことがなく、今回のマンションが初利用だったので、この番組を見るまで、電磁調理器とは音がする物だと勝手に思い込んでしまっていた。番組の調理器は日本円で十数万円するであろう備え付けの物で、うちの美的とは比べ物になるはずもないのだろうけれど、いつの間にやら私は無意識のうちに自宅にある美的というメーカーの製品が世界でスタンダードかのような錯覚をしていたらしい。多分、あの番組を見なければ、私はこれからしばらくこの世の電磁調理器とはそんなもんだという誤解をし続けていたんだろう。北京生活2年にも満たない外国人の私がこんなもんだから、中国人の視点がどんなもんだかは想像に難くない。ふと、帰国中に見たNHK終戦の日特集の現地ロケで出てきた、職場内で反日運動グループを組織した成都の男性の映像を思い出した。「日本製はダメだ。中国製だ。中国製は一流だからな」。私が引っかかったのは、日本叩きをしていることではなくて、あっさり一流と言えてしまう大胆さだった。一流。そう呼ぶには比較する対象が必要のはずである。この国には大量に物が流通するようになり、使って支障がない程度の製品が出回るようになったのは確かだ。でも、比較できる真の一流をどれだけ知っているのかというと、市場に流れる各外資メーカーの投入製品や中国国産品のレベルからもそれは読み取れる。過去と比較しての改善という点では飛躍的で、劇的で、世界で例のないくらいだけれど、それが一流という意味なのかというと、混同じゃないのか?と思ってしまう。そう考えると、なんだかまだ比較対照の物差しを十分与えられていないあの中国人がちょっと哀れになった。ここの井戸は大きすぎる。井戸そのものが世界だと勘違いしてしまうくらい面積も人口も多い。だったらここが井戸の中だと気づくには小さな井戸の何倍の時間を要するのだろうな?「きょうの料理」からこんなところにまで飛躍してしまった私。他人の心配するよりも、自分が一流から学ぶ発想がなくなってしまうのを心配しよう。
2005.11.24
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ある日、NHKワールドを観ていたら、「趣味悠々」で、パパイヤ鈴木がディスコダンスを教えていた。ディスコダンス。そう、クラブじゃない。かつて夜の娯楽の中心に燦然と位置していた、あのディスコ。Earth Wind &Fire、The Emotionsなどなど、流れてくるのは70‘sの、あのゴージャスなサウンドである。考えてみたら、北京に来てから、こういうド派手でイケイケ乗りの音楽って、ほとんど絶っていたなあ気がついた。そしてまた一度聴いてしまうと、無性にこの手のサウンドが聴きたくなる症状を催す。しかし、EarthのCDは全部日本に置いてきたまんまだし、北京のCD屋でこの系統はあんまりお目にかかったことなかったような…。むむ~、でもどうしても聴きたいぞ。。。そしたら思いついた。インターネットラジオってもんがあったじゃない!例えば、こういうのとか。www.1club.fm/content/view.asp?id=462こっちのとか。http://1.fm/チャンネル数はそりゃもう膨大。ネットにさえつないでいれば70‘sディスコだろうが、Jazzだろうが、ラテンだろうが、イージーリスニングだろうが、クラシックだろうが北京にいると欠乏しがちな音楽が補える。この季節ならクリスマスづくしってのも可能だ。確かにすべてが有名どころの音源とはいかないし、聴きたい曲を指定できるわけではないけれど、何らかの作業をしながら部屋に流しておくにはまったく支障なし。時間帯によってチャンネルを変えると、仕事の作業効率が上がる気がする。なんか、こんなことばっかりやってると、どんどん中国らしくなくなってくる。もっと濃い中国と交わろうっていう当初の目標はどこへ行ったんだ~(笑)。
2005.11.22
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とある日系企業の依頼を受け、北京から300k離れた秦皇島まで行く。先方が自社の車を手配してくれ、中国人スタッフのLさんと車に乗り込む。北京を離れるにつれ、白樺と乾いた土地が目の前に広がる。当然日本のようにパーキングエリアやインターチェンジ周辺がにぎわっているわけではない。行きは、高速を走る車も少なく、ただひたすら秦皇島目指して一直線に車が突き進んでいた感じだったけれど、帰りはちょっと違う。こわひ。。。研修を済ませ、また先方が用意してくれた車に乗り込んだときには既に陽は落ちていた。暗い高速の帰り道。当然行きより視界は悪い。それも昨夜は霧が濃い。おまけに、帰りは北京・天津へと向かう大型トラックが多く、これらのトラックが過積載とも思われるくらいに機械、自動車、家畜など、あらゆる種類の荷を積んで、高速と思えないくらいにのろのろと走る。そんな中を、時速120キロを超えた速度でわれわれの車がすりぬけていくのだ。北京と秦皇島を結ぶ京沈高速は基本的に3車線。一番左の車線が追い越し用で、トラックは本来走るべきではないのだけれど、何台もトラックが密集すると、次第にその車線にもはみだしてくる。そうなると高速で走る一般車は、そこでぐっとスピードを落とすか、車線を変更しながら、追い抜いていかざるをえない。夜の高速は周囲に明かりが少なく、自分の車のライトと、前の車のテールランプが頼みの綱。目測を誤れば、簡単にあの世に行ってしまえそうだ。さらには恐ろしいのが、運ちゃんが一時も休まず、北京までの3時間、運転し続けることである。多分、1時間走ったら休憩なんて感覚はないんだろう。休んだって、サービスエリアもどうなんだか…なのかも。道路脇にかかる「請勿疲労駕駛(疲れて運転するな)」という看板、効果があるんだか。ようやく北京にたどり着く。無事にたどり着けて見た北京の明かりがうれしい。オフィスのそばで運ちゃんに下ろしてもらい、タクシーに乗り換える。ほっとしたのもつかの間、どうやら今度の運ちゃん、眠いらしい。あくびする、目をこする。そしてしまいに窓を開けて冷え冷えとした外気を入れる。寒いけど、死ぬよりマシ。やっぱりこの国で車に乗るって、それなりの覚悟が必要。
2005.11.20
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日が落ちかけた三里屯のバーストリートを北に向かってしばらく歩いて、かつて銀行のあった角を小路に折れようと思ったら、偶然、タクシー料金を払っているリーガオさんに会った。目的地は同じなので、そこから一緒に歩く。北京の街中が開発の渦中で、以前には道案内の目印だった建物が次々になくなっていくので、どう説明していいかわからない場所だらけになった。この焼き鳥屋も説明しづらい。店の扉を開けたら、レジャ研さんと、のむてつさん、それに二人とお仕事をしている中国人女性の三人が既に始めていた。レジャ研所長さん、のむてつさんとは、どしゃぶりの後海以来の再会である。そのあと、じゃんすーさんが自転車でかけつけ、前日ご一緒のTさんも合流する。今、いろいろ問題がありそうと言われる鶏肉だけれど、あの店にはそれを危ぶむ空気はなく、のんびりとした雰囲気と炭火で焼く香が漂う。店の暖簾をくぐったときは、客はわれわれくらいなものだったけれど、次第に客が増え、気がつくとほぼ満席に近い状態になった。客は日本人もいれば、中国人もいる。白人のお客もいる。新橋あたりにでもあるようなサラリーマン的な雰囲気の場所で、ちょっとひっかけながら焼き鳥をつついていると、みんなが鶏肉を敬遠しているのをすっかり忘れそうだ。レジャ研さんが今研修を担当されている中国企業と日本企業の比較に話が及ぶ。日本企業の総合的なサービスレベルの高さや信頼性について聞いていると、一見、負けっぱなしかのように伝えられている日本企業にも、日本企業だからこその中国市場での優位性があることに、胸を張りたくなる。中国にいると、まだこの世界は「プロジェクトX」な気がしてしまう。「ここ、土曜日までなんですよー」。帰り際、お店のご主人からもうすぐこの店が閉まることを聞く。ただし、新源里の支店は営業を続けるとのこと。場所は北京。だけど日本人が未来について語る空間として、焼き鳥屋の雰囲気はふさわしい。
2005.11.16
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今週に入って、なんだか北京と上海を比較しながら考える時間が増えている気がする。それと同時に東京や京都など、暮らした経験のある日本の街の個性が頭に自然によみがえる。上海から北京出張中の家庭教師派遣ビジネスを展開中のTさんと食事をして、焼酎バー「地蔵」に飲みに行く。仕事の展開についてあれこれ話し合ってからの流れだったせいか、飲んでいながらもTさんの頭はビジネスモード。カウンターを挟んでお店のSさんと、次々に沸いてくる事業のアイデアを話しているのを見ると、上海ってビジネス都市なんだなあと、思う。私は仕事のアイデアを思いつくのはできるみたいだけれど、それをビジネスモデルとして利潤に結びつける作業をしていないから、瞬時にそれを構築できる発想がすごくうらやましい。その様子を見ているうちに、北京のこだわりっぽいものと上海のビジネス感覚が結びついたら、おもしろい事業ができるんじゃないかなあと思いついて、それを素直に口にしてみた。すると、カウンターの中から「うーん、そうとも言えないんですよねえ」という反応が返ってきた。あれれ?「例えば、お店の場合。お金を追うと、結局中途半端な店になっちゃうでしょ?うちも、やりたいことがあったからこのメンバーで意気投合できて店を始めたんですよ」というこだわりのある発言が。それも確かに。そう考えたら、上海の発想だけで北京を動かすのは難しいし、その反対も安易ではないように思える。金じゃないんだ、心意気。それに魅かれて客が集まる店は北京では成り立つ。店だけじゃなくて、芸術や文学など、資産価値としての判断の難しいものに対する評価も、それに賭ける情熱に敬意を表するがためにとても高い。一方、上海はそれがお金を生むシステムに組み込まれない限り評価の対象とならない。さらに一方で、こだわりの店が人気を呼んで利潤を産み、それを真似た、こだわりがありそうな雰囲気を演出したチェーン店が登場する日本の大都市に、ある意味の成熟と、一つに集約できる個性のコンパクトさをも感じる。同じ日本人の社会なのに、都市の個性に染まって、どちらの社会の色合いにも大きく影響されている。カウンターに知った顔があったりして、あっちでもこっちでも話に花が咲いて、気がついたら自分でもびっくりするくらい飲んでいて、翌朝もなんだか平衡感覚が回復していなかった…。異国の地で一人暮らししてるんだから、加減を知ろう。
2005.11.15
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「xiaomiさん、お忙しいですか?」パソコンを打つ私の背後から声がして振り返ったらだーれんさんがいた。さらにその一声から約1時間後、私は、ぺきんのぐっちさんセッティングの、だーれんさん送別食事会の席に座っていた。メンバーはこのほかに泉京鹿さん、Mさん。場所は北京市内の焼き鳥屋。そう、日本人5人揃って、鶏肉を食べてしまったのであった。「よく焼いてね」。店で焼き鳥をオーダーする際、ひと言加える。まあ、ちゃんと焼けば大丈夫だよね。日本人の間ではそんな気がするのであるが、中国人の意識はそうはいかないようである。徹底して鶏肉は食べない。食べても安全なんてメディアの報道がこの国じゃああてになるのかどうか。だったら食べないでおこう。それが彼らの理屈みたいだ。自分の身は自分で守れ。普段は大胆なように見えるけれど、中国人は結構慎重である。「今日は、大丈夫だからって奥さん説得して来ましたよ~」。焼き鳥を食べる食べないで、だーれんさんと奥様も議論したようである。新婚の奥様に深刻に身の上を心配されているだーれんさんは、こういうところでも日中間のギャップの最前線に立っていると認識。私以外は、みなさんSARS騒動の経験者なので、話題は自然に当時に向く。鳥インフルエンザが中国で爆発的に流行した場合、あの時と同じ事態が発生する恐れがあるからだ。帰国したところで2週間の軟禁生活だし、中国国内のよその土地に行っても周りから一歩引かれ、北京に残ったら残ったで、何だか解らない不安がついて回る。目に見えないものが敵だけに、気持ちの不安定さは反日デモの比ではない。当時を再び思い描きながら、今度も中国がどう対処するのかなとか、と同時に、日本も病人の扱いを誤れずにできるのかな、と話題が広がっていく。国まるごとのいくつものトラブルとアクシデントを経験する中で、ひとりひとりが逞しくなって、事実を消化する術を身に着けていく。自然と日本のひ弱さが気にかかる。向かいに座ったぺきんのぐっちさんが、わざと火を通しきらない串を口にして、鶏肉の食感を楽しんでいる。運が悪ければおなかを壊すかもしれないけれど、ぐっちさんはそう簡単に死なないだろう、うん、絶対(笑)。中国で感染者が発見。2人死亡。まだ遠い世界の向こうの話のよう。この病気の足音が私の耳に近づいてくる日がくるんだろうか?
2005.11.14
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午後、○uper○ityのОさんがオフィスに来て、取材を受ける。「日本人に日本語を教える日本人」(正確には、日本語というより理屈の並べ方なのですが)という妙な私の存在を記事にしようというありがたい申し出である。こういうメディアの方の協力があって、仕事は成り立つんですもんねえ。取材対象に選んで下さって、感謝。>Оさん私がなんだか怪しげな(笑)仕事を始めたのはОさんもうっすらご存知なのだが、何でこんな流れになってしまったのかという説明をあまり人にしたことはない。私の今の環境は、ある日突然現在の方向に向かってまっしぐらに物事が走り出して至った場所と言うより、これってもしかして…?を何度か繰り返しているうちに流れ流れてたどり着いたようなものなので、多少の時間経過を説明に必要とする。よってこうして取材でじっくり聞かれない限り私自身も答えづらい。「あれは、去年の今頃、まだ留学生だったころ…」と取材が始まって、私が口を開く。口から出た声が自分の耳から入って自ら気がつく。あれから1年たってしまったのだと。ひとまず1年の期限で語学留学したものの、半年過ぎたところでろくに話すことも、中国を理解することもほとんどできない状態に愕然として、もう少しここに留まるべきか、留まるなら何をして過ごすのが一番自分を活かせるか、留学生楼の硬い板のベッドに横になりながら考え続けた。そして去年11月にようやく一つの結論を出すに至った。日本人に日本語のロジックを教えてみよう。それができたら今度は中国人にも。さしあたり日本人留学生を対象にした面接トレーニングセミナーを企画してみた。…が、仕事としてはコケた。ターゲットを中国人に移行する作業をつづけているうちに、やはり在中日本人には日本で暮らす以上にロジカルトレーニングが必要だと確信、日本語と論理とビジネスマナーの3つをセットにしてプログラムを売ることを考える。その結果、私は留学当初からはまったく予想外の位置に立つことになった。そしていまだ経済的に潤っていないという点においても想定外である(笑)。こんなにだらだらと働きそうで働かない状態を続けていても、それなりに人間らしく扱われる暮らしができていて、おまけにビジョンしかないのに取材対象としてライトを当ててもらえる。そこのところが、日本でもない上海でもない、北京らしい懐の広さなのかもしれない。
2005.11.14
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なんだか物欲が制御できなくなってきた…。(^-^;)また今日も天外天へ出かけて、シルバーの店で無い金を散財する。とりあえず中国価格というのが救いだな。帰宅後、開封して買ったペンダントヘッドを見たら。↓およよよよ、うっすらとTIFFANY&Co.の文字が。ブランドには余り興味がないので、詳しくはないのだけれど、このデザインはTIFFANY&Coにはもともとないのでは?しかも、さらになぜか“ITALY”の刻印…。完全にオリジナルをまねたコピーに関してはよく知られているが、中国には本家にないデザインの製品にブランド名をつけている物も多い。実は私の普段使いのバッグはニセPRA○A。しかし“なんちゃってPRA○A”と呼ばれるそっくりさんではなくて、きれいなパステルカラーの、どう考えてもそうじゃないだろうという“ありえないPRA○A”である。使い勝手はすこぶるいい。中国のデパートで扱っているバッグより機能的で、デザインも落ち着いているので買うことにしたのだけれど、むしろPRA○Aなんて型押しを入れないで店に並べたほうがいいのに、この国じゃあそうはいかないようである。「その手袋は○iorのだから、まけられないの」。外国人相手のお買い物スポットに行くと、売り子の女の子たちはこう言って相手に値切らせないようにする。こっちからしたら○iorじゃないのはもうバレバレなんだけど、「アンタ、○ior入ったことあるんかい?」と言ったところでしょうがないから、追求はしないでおく。はっきり言って、ベルトのバックルがこれ見よがしに“H”や“D&G”になっているのはげんなりする。特に、中国人が買い物する場所に置いてないくらいきれいなカラーが揃っているだけに、嘆かわしい。ブランドの名前を使ったがために余計下品な製品になっていることにこの国の市場が気づくには、信頼でき得る自国のブランドが確立するまで待たなきゃならないんだろう。ノーブランドを身に着けたって様になる、それがかっこいいと気づく。そんな自信がいつ持てるのかなあ。それより、金使いすぎだぞ、私。明日からまじめに働くぞ。
2005.11.13
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ひとまず「学生です」なんて言えていたら、ジーンズにスニーカーで通してもいいんだろうけれど、仕事で人に会って、お金を頂戴する立場になってしまったからには、例え北京と言えどそれなりに身なりに気を使いたいと思う。が、クローゼットにそういう服がない。いきなり世界が変わっちゃって、おまけに前回一時帰国の際、日本からビジネス系の衣類をほとんど持ってこなかったもんだから、扉を開けるたびに散々悩んで、何だか結局、毎日おんなじ物着て出かけてる気がする…。「もうそんなんなら、洋服買いに行っちゃうぞ~!」と、西単に出る。学生街に住んでたときはさほど西単に出る必要を感じなかったけれど、仕事仕様の物を探すとなると、中友百貨、北京君太太平洋百貨はなかなか優秀。一般の中国人が買い物する批発市場(卸売り市場)に比べると数倍なので、値段さえ気にしなければ、なかなかいいじゃん!という物には巡り会える。(とは言っても、日本価格の半額くらいかも…)君太太平洋百貨でジャケットを買ったら、満188返225(188元使ったら、225元の商品券を差し上げます)キャンペーンで、すごいポイントがついてしまった。…これでもう1着ジャケット買えてしまう。きっと近いうちまた私は買い物に来てしまうに違いない。…おそろしいキャンペーンだ。。。早速、昨日決まった北京オリンピックのマスコットのオブジェが設置されている。みんな地道にコーラの缶かき集めて、空き缶準備したんだろうなあ。私はコーラで胃ががぶがぶになった中国人をなぜか想像してしまう。一方中国人は、お決まりのようにオブジェの前でポーズを決める。中国も、化粧品業界の年末戦線に組み込まれた様相。年末の期間限定コフレ登場!!なんか、どんどん東京にいるときみたいな消費傾向辿っていきそうだぞ。北京の街は物乞いが多いが、これは本格派!「お金がないから日曜演奏して学費を稼いでいます」と書いた紙を置き、二胡を演奏するこの彼女、相当のテクニックの持ち主。まるでどこかにスピーカーを忍ばせているのでは?と思うくらい、音色の響きが全く違う!本当に金がないのかは不明なものの、北京に来て初めてこの手の芸にお金を出していいと思わせた。多分、ちゃんとした訓練を受けている子なのだろうな。場所は、北京図書大厦前。人だかりがあるので、すぐわかると思う。
2005.11.12
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山手線で同じ車輌に乗り合わせた見知らぬ同士が、声を上げて一緒に笑うなんて光景を私は見たことがない。でも北京で満員のバスに乗ったら、時に笑えることが起こる。そして時に乗客全員が笑いを禁じえない。さらにそれは、中国だからあり得る笑いだったりする。時刻はもう7時というのに、今日も国貿の交差点から続く渋滞は相変わらず。おまけに、普段この時刻、この路線のバスに乗ったら座れる確率が高いのに、今日は座るどころか、乗車口と降車口に近いあたりはぎゅうぎゅうである。バスが郎家園のバス停を過ぎ、国貿の交差点に差しかかろうとしたとき、乗客の一人の携帯が鳴った。ここは中国、当然携帯の持ち主は遠慮もなく電話に出る。男の声はでかい。おまけにshiの発音が出ない。典型的な南方人の普通語である。どうやら面識のない人物とどこかで待ち合わせることになったようで、男が場所を指定しているようだったが、訛りが強くて私にはひどく聞き取りづらい。混み合ったバスの中、頭も回らないし、男の会話は右の耳から左の耳へと垂れ流し…と思っていたのだが、男があんまりおんなじ言葉を大声で繰り返すので、どうしても耳がそっちへ向かさるを得なくなった。「Nengye yingheng mengkou(ネンイエインヘンメンコウ)!!!」男が繰り返していたのがコレ。距離にして、国貿の交差点の手前から始まり、交差点で南に折れて、大北窟南站(建外SOHO)を通過、まもなく双井橋に差し掛かるあたりまでバスの中にこの言葉がコダマする。それも渋滞した状態でのこの距離である。はじめは何言ってんだろ?と思ってただけだったのだが、何度か聞いているうちに男が何を言わんとしているか予測がついて、それが電話の相手に通じないのだと思ったら、男が叫ぶたびにおかしいやら哀れに感じるやらで、口元が緩みはじめた。そうしていたら、私より先に、隣でつり革につかまっていた大男が突如こらえきれず噴き出してしまった。これを皮切りに、男が「Neng ye yingheng mengkou(ネンイエインヘンメンコウ)!!!」と絶叫するたび乗客から笑いが起き、もう男の声から耳が離せない。いつ相手に伝わるのか、衆目、いや衆耳が集まる。“Nengye yingheng mengkou(ネンイエインヘンメンコウ)”、正しくは“Nongye yinghang menkou(ノンイエインハンメンコウ)=農業銀行門口(農業銀行の入り口)”である。Nongの発音ができなかったのと、nが全部ngになってしまって、相手がまったく理解できなかったらしい。こうしたことがあると、多少発音が悪いくらいで、へこむなよと自分を励ます理由ができる。こんなことが起こる和気藹々の北京のバス。乗車料、たったの1元(=約15元)。
2005.11.08
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9.95元で購入した桃屋のポン酢、大活躍。王府井洋華堂が、日本野菜も扱っているものだから、鶏肉とごぼうと水菜の、日本らしいお鍋が堪能できる。自宅にいたら、ほとんど日本食になってしまった今日この頃。
2005.11.06
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「中国人の就職市場って、ぺんぺん草の生えた野っぱらみたいなもの」と私はよく形容する。いやもう、日本なんかに比べちゃったら哀れなくらい何にもない。履歴書の書き方も知らず、面接での服装も考えず、何をアピールしたらいいかも皆目見当つかず…なんて状態で渦中に放り込まれて右往左往。結局ネットから履歴書の内容はダウンロードしていきますか、まあ、うそ書いちゃっても通ればいいんだもんね、なんて安易に挑んで結局玉砕、何の偶然か運良くひっかかって採用されたとしても、「え~、うちの会社ってこんなおもしろくない仕事なの~?」なんて入社後はじめて実態を理解して、遁走…ような事態も少なくはない。そもそもついこの前まで国家が個人の仕事を決めていたお国。先進国のような仕事に対する概念がはじめからあるはずがない。ここで会社を経営しようとなると、その悪循環の鎖をどうやって断ち切るかは、もっとも肝心な事の一つと言っていい。北京で活動する6つの人材紹介企業が共同主催する、大学の日本語科の学生を対象にしたセミナーを覗きに行く。日本大使館の日中関係の解説あり、日系企業の人事担当者による来年度の求人情報あり、日系企業で働く中国人の先輩たちの就活アドバイスあり、各人材紹介企業からのアドバイスありの約3時間である。こう聞くと普通のセミナーっぽいのだが、この国では普通じゃあない。なにせ去年まで、こんな日本じゃ当たり前な、各大学から参加して、実際に働いている人が話してくれて、その場で履歴書も出せるなんて催しはまったくなかったんだから。そう考えたら、なんだか中国の学生を一層哀れに感じてしまった。そんな事情のせいか、まだステージが進行中なのに、履歴書渡そうと企業の人事担当者や先輩の席に押しかけ、それが終わるとどんどんいなくなるなんて光景が展開する。どうやらこういうセミナー自体にも慣れていないようである。ある日本語科の先生が私に尋ねる。「ねえ、日本でもこういうセミナーに出席したら、勝手に退室しちゃいかんよなあ」。「はあ、日本にも途中退室するのはいますけど、日本の場合は確信犯みたいなもんですし」と私。猪突猛進の中国人気質をここでも垣間見る。その後セミナー後の打ち上げで、主催側の責任者のH氏とこの話になる。「まあ、彼らにとっちゃあ、履歴書出すことしか目に入らないからねぇ。なんかさ戦場から返ってきて目の前に女がいたから我慢できなくて襲っちゃったみたいな…」と、H氏のある意味非常にわかりやすい例え(笑)。ともかく彼らは飢えているわけだ。次回はこの中国人の心理と性格を考慮して、ステージ進行を考えようとなった。ぺんぺん草の生えた野っぱらは歩いてみないと何があるかはわからない。ぬかるみがあったり、穴があったり。みんなひとまず歩いて、打開策を考えるだけ。
2005.11.05
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とある日系企業の責任者の方がオフィスにお見えになったときのこと。午後1時のお約束だったのだが、ちょっと早めにこちらに着かれたので、そのまま会議室に入っていただく。コーヒーでも入れなきゃ…と思っていたら、まだお昼時で、部屋の中国人の女の子たちはランチに出払ったまま。とは言え何も出さないのは遠路はるばる来てくれたお客に失礼だ。一番奥の部屋を覗いてそこにいた二人の男性社員に「Z小姐もいない?」と尋ねたら、「今食事だよ。彼女に何か用?なに、客が来たって?じゃあわれわれがコーヒーを入れるよ」と、立ち上がった。日本人の感覚としては大の男にコーヒーを入れさせるのは申し訳なくて、「やっぱり自分で入れるからいいです」と断ったら、「いや、あなたはお客のところに行きなさい、任せなさい」と言われ、恐縮しながらコーヒーを入れてもらう。多分本人たちにはまったく気にもならない行為なのだろうけれど、絶対日本人じゃあこんなに気楽に男性がお茶くみなんてしてくれるまい。この点、中国人に座布団一枚。日本人男性があまりしてくれそうもないことの一つに、奥さん・彼女の代わりの買い物がある。北京では、デパートやスーパーの女性向け商品の売り場で、携帯電話片手に奥さんと会話しながら品定めしている老公(=ダンナさん)たちをよく見かける。日本人のダンナさん族は、海外出張のついでに寄った免税店で口紅の品番の札見せて買い物する時くらいしかしなさそうな感じだけど、この人たちはほぼ日常のようだ。極めつけは下着。やはりここでも商品を手に取りながら携帯で奥さんと連絡をとったり、店員にサイズがないか確認したりしている。そんな人がいつもいるとは言わないまでも、珍しくもなく、日本にいると暗黙の了解として男子禁制の領域扱いである下着売り場も、ここでは食品売り場や電器売り場くらいの位置づけでしかないのかも、と思う。一見、尻に敷かれて下僕みたい…なんて印象を与えてしまいそうなお買い物も、奥さんのためという御旗があれば、つぶれる面子の対象には入らないらしい。そして、そこがまた中国人らしい。私はコーヒーは入れてもらいたいけど、下着はこんな風に買われたくないなあ。それより、値の張るものを買ってもらいたいなあ(笑)。
2005.11.04
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謎なタイトルなんだけど、今日、ロボットになった。でも、こんなんじゃなくて、こんなやつ。あ、着ぐるみ着たんじゃないですよ。ロボットの声。まさか北京でこんな仕事が舞い込むとは思わなかった。以前、名刺交換した大手メーカーの広報の方(日本人)からPR会社を経由して、数日前にインナー用(社内向け)DVDのナレーション(日本語の)依頼の電話が来て、軽い気持ちで請け負った。ところが「じゃあ、ファイルで台本送りますから」と言われて開いてみたら、…私、ロボット???台本を全部見てみたが、ロボット以外しゃべる人間も物体もいない。そして画面構成の部分には、“あどけなくかわいいロボットが画面に登場!”の文字が。おい、これって、ナレーションじゃないじゃん! アフレコってやつじゃん!一応、私、ニュース系だったですがね……まあ、がんばってみようか。ということで、思いっきりテンション上げて、スタジオ入り。依頼元の中国人担当者2人とPR会社の中国人スタッフ、テクニカルの中国人お兄さんが待ち構えていた。そう、私以外は全員中国人である。私:「あの~、私が読み間違えたら、誰がチェックするんでしょう?」PR:「大丈夫です、私たち日本語わかりますから」私:「はあ、わかりました…」…とは言え、なんか心細いな。そして、家庭用サウナ風呂くらいのサイズの録音室に入れられ、スタンバイ。でも、でもQランプが(話し始めを指示する赤いランプ)ないぞ!戸惑っていたら、本当は防音じゃなきゃいけないドアの向こうから、テクニカルの兄ちゃんの「開始、開始!!」という大声が聞こえる。「みなさーん、こんにちは!! ボクは○○(メーカー名)の新しい仲間、ホームロボット××でぇす!!」気合を入れて子供声で、台本を読みきる。そして大きな問題もなく録音作業終了。録音室の扉が開くと、中国人たちが「なんか、すごいです~!!!」と言って感動してくれている。そ、そぉかー???それは大げさじゃないか?新鮮なんだろうなあ。確かに中国じゃあ、日本に比べて声優みたいな仕事はあんまりなさそうだからなあ。その後、私の声をコンピュータ処理して、ロボットっぽく加工する。なんか、もう全然私じゃないー。かわいい~。ありがたいことに私の発声の癖もごまかせてる。日本みたいに、ディレクターからあれこれ細かい指示が飛んで、何回も取り直し、スタジオ篭りっきりっていうのを想定してきただけに、こんなにあっさり終わっちゃって、逆に私は拍子抜け。おまけにギャラは、この手の仕事に渋い日本よりずいぶんいい。またこういうの、来ないかな。
2005.11.01
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