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とりあえず、覚書って感じです。以前うずまきさんが、私は丈夫すぎて痕がぜんぜんつかないといってたんですが、ついにつきました。って報告するほどでもないか(笑)一本鞭が腰に巻きつくようになると、軽くたたいても紫色に筋が簡単についてしまうんですねえ。軽くっていっても、かなり効きましたが。それにしても、さんざんくっちゃべった後そのまま、いきなりおしりだせと言われましても、それはまじ怖いです。痛いのがはっきり想像できる理性がありますもの。拘束があればこそできるんだってこと、改めて実感しました。「いったい私って何してるんだろう・・・」ってなこと思いながら、だからって「やめて欲しい」とも言わないんですよねえ。きつくつぶってるせいで目が痛くなったのか、叩かれるのが痛いのか、涙がしまいには伝ったりするのですが、しっかり濡れたままなのはどうしてなんでしょう。「別にうんと痛くなくてもいいんですけど・・・」って言ってみたりしたけれど、あの反応じゃああんまり信じてもらえないのです。口と体じゃあ言ってることが違うってことらしい。そんでもって、「痕が残ったほうがおもしろい?」って聞いてみたところ、「痕がついたほうがおもしろいねえ・・・表にしてまたやろうか」って言うのだけれど、それではおせんべ焼いてるみたいではないですか。背中から肩に巻きつくようになると、顔にあたりそうでひやっとしたりしますが、こちらのほうは痕が残りませんでした。それにしても、Mって不思議だなあってうずまきさんが何度も言うのだけれど、Sの気持ちも私には到底理解できないわけです。理解できなくても、需要と供給がなりたってるんですよねえ。
2004年01月29日
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鳥インフルエンザはかなり危険そうだ。最悪のシナリオだと、人類の半分が死滅する可能性さえあるとかないとか・・この年齢になれば、このまま死んでもそうもったいないとも思わないけれど、後10年の人生だとしたら何をしたいだろうかってことは、鳥インフルエンザがなくても考えてしまう。過去の私は、将来のために将来のためにとずいぶん自分の欲望を抑えてきたけれど、もうそんなに先もないし、ここらで好きなように生きたほうがいいかもと思うのだ。そのひとつが、SMであったり、恋人であったりする。3年前の写真の私はとても疲れ果てていた。うずまきさんと会ってから、とっても顔つきが明るくなっている。何枚もとられた写真の変化は、私の心の変化そのものだ。ビジネスマンとして忙しい人生を送ってきた父は、自分で稼いだお金を使う暇もなく倒れてしまった。今どんな気持ちなんだろうか。後悔はないんだろうか。残された時間をどうすごしたいんだろう・・。私はそれを知ることはできない。私は、せめて後悔しない10年でありたい。働き者ではない私がほしいのは、きっとゆったりした時間の中に自分の身をおくことかもしれない。そう思ったら、ゆったりすごす時間をもてる生活に変えていこうと思う。旅行に行きたいと思ったら、行ってしまおう。やってみなければ、本当に望んでることかどうかわかりはしない。やりたいのにできないんだってずっと思うだけだもの。まあ、贅沢三昧したい・・とかお城に住みたい・・とか言い出したら無理だろうけれど、それなりの気分の味わい方もあるだろうしね。さて、何してもいいとしたら、私は何したいんだろうか。幸せな気分でいっぱいの時間をどう手に入れようか。そう思うだけでも、けっこう楽しい私は、かなり安上がりの人間らしいが。(笑)
2004年01月26日
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うずまきさんの表現の仕方でいつもおもしろいと思うのは、「別れる」ことを「逃げる」ということである。きのうは、「ぼくはねらったものは逃がさないよ」と言った。これは女性のことなんだけれど、ウーマンリブなどにも関心があった若い頃の私だったら大いにひっかかることばだったと思う。恋愛に捕まえるとか逃げるとかはそぐわないときっと思ったと思う。ところが今はちょっとおもしろいと思ってしまう。他の女性はどう感じるのだろうか。すっかりMづいている私としては、ぴったり感性にはまってしまうのである。「とらわれのお姫様願望」を喚起してしまうのかも(滝汗)などと妄想してみるのだけれど(爆笑)以前、「僕はゆずにつかまってしまった・・・」とも言っていたので、本当のところは知らない。ただ、次回責められるときはきっと、「捕らえられた女」妄想がどこかで浮かびそうだなあって思った。それとも、妄想ごっこしてられるほど甘い責めはだんだんなくなってしまうのかなあ。前回うずまきさんは、とても軽いばら鞭を使ってくれたのだけれど、それは私を心配してくれていたからなのかと思っていた。実は、たくさん打つのに自分が疲れないように選んだんだと言われてびっくりだった
2004年01月25日
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呆けると人間ずいぶん人相が変わる。その人であってその人でなくなるのは、人柄だけでなくて顔つきそのものが違うからだ。目の光が失われて、生命力さえ感じられない。父の介護を協力してするはずだった母は、この3ヶ月でボケの度合いが増した。父が「退院後は、母は役に立たないからヘルパーを頼んで別居する」と言っていた意味が最近とてもよくわかる。ここ何年かの母は父の世話も家事もろくろくしてなかったのだ。父がそれをカバーしていたのだ。離れて暮らしていた私たち子供はそれをよくわかっていなかった。病気になった父にしてみれば、自分のことでせいいっぱいで母のことまでかまってられないって言う意味だったのかもしれない。体が健康なのにテレビのおもりばかりで動こうとしない母は、子供から見ると、父への愛情がなく怠けているようにしか見えない。年取ってるんだから仕方ないと思う一方で、口だけ達者な母をみているとあきれてしまうことのほうが多い。穏やかにかわいく年老いていくのはなかなか難しいもののようだ。それにしても、父には老後を心穏やかに誰よりも幸せに暮らしてほしいのに・・・なぜかそうもいかない状態になってしまって、退院した喜びもつかの間、胸が痛む。
2004年01月14日
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って感じである。新しい年を迎えることは父には無理なのかと落ち込んだこともあったけれど、体調が安定して、治療できることもないので父は退院することになった。病院にいては、ボケまで進んでしまいそうなので、退院できるのは理由はどうであれラッキーである。大吉の威力かな?今年は幸先がいい。問題なのは、私の仕事のない日を全部使われてしまいそうな勢いであることかなあ・・・。平日の休みは、家族がいないでゆっくり休めたり、外出したりできる大事な日なんだけれど、「あなたの休みに合わせてそこに予定したから」といって一日がかりの仕事を1ヶ月先まで丸まるあてにされてしまうのは辛い。うずまきさんに会えなくなってしまうし(不遜かなあ~~??)月に一度の女友達との気楽なお遊びもしばらくお預けになったままである。今月もお断りの電話を今いれた。ごめんねえ・・あてにならない友達で。(涙)ぜいたくは言えないけれど、仕事ぜんぜんしてない母にはこの気持ちわからないだろうなあ・・・。まあ・・・去年の落ち込んだ気持ちを考えれば、贅沢だね。父は生きてる。まだ少し生きていてくれる。おかげで私も元気になった。でも安心したらいきなり性欲戻ってきてしまって・・・正直なもんだと思う。つらつら思うに「忙しいから会えない」というのは、「忙しくて性欲減退中だから無理して会いたい気分じゃあない」っていう意味なんだろうなあって、今回とてもよくわかった。これは相手に対する好き嫌いの気持ちとは別なもんだ。特に恋人関係じゃなあいSM関係の場合は、性欲があってこそなんだろうって思う。特に中年ともなればただでさえ男性の性欲は激減してるだろうし(笑)今年はしばらくうずまきさんも忙しそうだ。それでもなんとか時間を作って出てきてくれると言う。もし会えなくなってもぜんぜんあせらないで「次があるさ」って言ってくれるが、私のほうは自分をもてあましてしまいそうだ。大吉の威力がこちらのほうにも効いてくれるといいのだけれど。
2004年01月09日
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人間関係だったのですねえ(汗)別になにかされたわけでもなくても、たま~~~にお見舞いだけにちょっと顔をだす親族ののんきな発言や態度になんとなくむかついてしまったりするなんて些細なことから、ともに介護を助け合っている身内との意見の衝突なんていうのまで、疲労がたまっているってこともあって、心を蝕んでしまう。父は父で、よその人が来ると緊張するのか、そのときばかりは元気だったり、他人には愛想をふりまくなんてこともする。介護している人間が見ているのは、いつも父の深刻な顔ばかりってこともあって、とても複雑な思いをすることもある。身内同士の甘えゆえのけんかの仲裁にも振り回される。せめて父の前ではなんとかならないのかって思うけれど、中年のぼけた主婦同士はどうもわがままだ。更年期なのかボケなのか知らないが、押さえが利かないらしい。(汗)別行動すればいいものを・・って思うけれど、それほどは自立した生き方も身についていないらしい。まったく!!たまったいらいらは私は子供の前で愚痴って晴らす。たぶん気分悪いだろうに、ふたりともよく聞いてくれる。ごめんね。うずまきさんもいい迷惑をこうむっている一人だった。毎日私の愚痴にまでつき合わせてごめんなさいです。父の命が尽きるのと、ボケてしまうのといったいどっちが早いのだろう。梗塞は目には見えないけれど確実に進んでいる。介護しているものがだれかわからなくなるようなことがあっても、私は変わらず介護できるのだろうか・・・。人間追い詰められ過ぎると、助け合うべきもの同士までが角突き合わせてしまう。中心になるべき母はあまりに頼りなさ過ぎて、ときに怒りさえ感じてしまう。年なんだからと自分を納得させながらも、老いというものの現実なのだろうか。マイナスな人間性がクローズアップされてしまうのを、冷たく見てしまう自分がいる。蜜月の後の修羅場の本番はこれからだ。大吉の運勢で乗り切るしかないなあ。大吉さまさま♪
2004年01月05日
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今年は大吉でした。父も順調です。お正月は一時帰宅しました。お正月をまた父と迎えられるなんて、今年はほんとに幸せな気分です。父との別れが秒読みに入ったんだよってことを知らされたことはほんとによかったと思います。ある日突然では辛すぎますものね。親子の最後の蜜月とも言えるこれからの時間を大事に、精一杯のことします。それができるいろんな条件がそろっているのも、なんていう幸運でしょう。子供たちは、私の忙しさを心から心配してくれていて、いろいろ協力してくれてます。忙しさゆえの親族との些細な争いごとの愚痴も聞いてもらっています。子供たちが陰になり日向になりでサポートしてくれるので、私の子育てまで見直されてしまって親としてもうれしい気分です。きっと素敵な一年にしようと思います。うずまきさんには大分迷惑かけてます。うずまきさんパワーでやっと「女」として生きていたのですが、今はすっかり働くおばさんです。ぺったんこの靴をはいて走り回り、化粧っけもなく病院に行き、マニュキアもはがれたまま・・・いろんなケアーのためには長い爪も短く切って・・・う~~~ん。女は役割で変わるもんだとつくづく思いました。おしゃれの人ならどんなときでも美しくあることを忘れないのでしょうけれど、私はだめですねえ。ああ、洋服も買う暇なかったなあ。ケーキのような女とおにぎりみたいな女がいるのだろうけれど、今の私はまさにおにぎりだなあ・・・(汗)おいしそうなケーキみたいな女にたまには変身できるように、またうずまきさんに活?入れてもらわないと。(ってうずまきさんはケーキ好きじゃなかったなあ・・・チョコみたいな女かな?)
2004年01月02日
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