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2年くらい前の私の日記からご存知の方って今でもいらっしゃるのでしょうか・・・エロのみで書き始めたのに、すっかり?今は日常ねたばかりです。書くねたがないってこともあるけれど、肉体的にも精神的にも燃え盛るエロの時ではなくなってしまったのか?それともそういった話題をネットにさらすのに飽きたのか・・・あるとき、「スパイに秘密を吐かす」設定のSMが好きだという方が、「でも・・数回もしないうちにやることないっていうか、マンネリするっていうか・・・」と書いていたのが象徴しているのかもしれません。見たこともないご馳走に目がくらむ時間もあっという間にすぎて、それが普通ならいちいちびっくりしなくなるって状態はありがちです。どんな刺激も日常化して行って、特別なことではなくなっていきます。それでも、さらに強烈な体験をしたらまた激しく報告日記でも書きたくなるのかはまだわかりませんが、SMは特別なことではなくて、日常生活の私の嗜好(趣味)の中のひとつにすぎなくなったってことのような気がしています。
2004年09月30日
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初めてのパソコンから数年経過していますが、最初から最後まで自己流で適当にやってきました。知識なくても使えてしまうってすごい技術ですよねえ。今回緊急にリカバリーをしてしまったのですが、してしまってから説明読んでみたら(おそっ)Dドライブにあるファイルは消えないって書いてあった・・・・ええ~~!?それならそうと、何もしないでもDドライブにファイルが送られるように設定してくれればいいのに・・・とPC音痴は思うのです。なんでCドライブにフォルダがあるのだって。まあ、何度か痛い思いしないと、覚えていられないほど海馬が老化状態ってことでもあるのですが。なんかわからないことがあると、なんも考えないでもなんとかなるように初めから設定しておいてくれないもんだろうかってよく思います。「YES」「NO」ボタンの隣に「まかせた!」ボタンを作ってくれないもんだろうかと・・・とりあえず、ひどいことにはならないってボタンです。(笑)カタカナ語なんて覚えるのは、友達の名前さえ忘れてしまう昨今、非常な決心がいるのだから(汗)PC単語辞典でもデスクトップに用意しないと説明読むのも一苦労。ヘルプも使いこなせないし・・・もう少し頭使う生活したら?って忠告されました。刺激が足りないのでは?頭へのと。
2004年09月29日
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毎年なぜか今頃になるとパソコンがトラぶります。本年も例外なく、いえ今までと違ってなんの準備もないままに起動できないはめに(涙)そして、ここ3年ほどの思い出の写真とともに、すべてのファイルを強制処分してしまったのでした・・・ノートじゃないんだから、よもやって甘かったなあ。今年は買い替えしないですみそうなだけましですか・・・一年程度でつかいつぶすって、どんな使い方してきたのやら。まあ、いいんですけれどね。そういうことでもないと、ファイル整理できない私なので(負け惜しみともいう)でも外付けHDまで用意してあるのにこれですもんねえ。パソコンのことになると、知能0だと揶揄されるのもしかたないか。それにしてもパソコン使って年賀状作るようになって数年たってるような気がするけれど、住所録を毎年入力するはめになってるんですよねえ・・・面倒だからもう自筆に変えようかな。さて、パソコンの中が新品にもなったことですので、心機一転生活のほうも整理しますか。今年こそまともな大掃除するぞ~~!!(汗)って今から考えてはいるんですけれどねえ。
2004年09月25日
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って私の寿命の話です。(笑)長生きもいいけれど、迷惑かけないで充実して生きなければ意味ないような気も。だいちそんなに生きたら生活費どうするんねん・・・(汗)父は介護される立場であってもいつも冷静です。日本で100歳の人が2万人いるという話題で私は父を励ますつもりだったんですが「そういう老人が一家に1人いると、旅行にも出かけられなくて家族はたいへんだなあ・・」って言われました。父も母も運よく介護なんてしないで終わりました。だから、夫婦でずいぶん旅行して歩いていました。介護経験のない父ですが、他人の痛みに対しの理解がある人なんでしょう。いつも、私たちに負担をかけないようにって思いがあるのでしょう。今後、もし父も母も病状がひどくなったら、私は海外旅行なんて確かにできないかも・・・って思います。(別の理由でもいけないんですけれどね)冷静さのない母は、頻繁に私が実家に帰ることを希望しています。平日に私が実家に泊まるということは、家族(特に娘)を1人で放置する状態になるってことですが、そうしたことへの思いやりの心はだんだん無くなっているようです。いわんや、土日にしか家で食事しない旦那ではあるので、その日だけはと思っている私に、ほっておけばいいとのたまう(汗)まあ、それはそうなんだけれど・・・。旦那より親を大切にせよって思ってるのでしょうねえ。姑が聞いたら怒るだろうなあ。(笑)曽野綾子さんのエッセイ(介護保険への疑問)中にもこうした「相手の都合はまったく考えないで、自分の要求は政府も家族もそれをかなえるべきだというのが老年の論理なのです」と書かれている現実は確かにあるのです。自分だけはそうはなりたくないって思うけれど、自分だけはあんな馬鹿な子供は育てないぞって思っていたのと同じように、結局かなえられない夢なのかなあ(笑)それにしても20代そこそこで介護に縛られている人はほんとに気の毒だななって思います。今の私はたいした苦労はないので、まったく不満はありません。それどころか、瀕死の父の命がここまで続いてくれたことに感謝しています。ただこれが10年以上続いて、どんどん痴呆にでもなられたら今の暖かい気持ちを持ち続けられるかどうかはわかりません。実際、「あの7年前の危篤のときに逝っていてくれたほうがよかったかも・・・」って半分冗談とはいえだんだん手のかかる親の介護に疲れた友達の言葉に返事のしようもありませんでした。まだ当分生きていてくれる可能性があるかもしれないって想像できる喜びと、私もまた彼女みたいに思ってしまうかしれない不安との両方が同時に浮かんだからです。
2004年09月23日
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本日の姉の愚痴電話に「でも、結局は怒ってることが好きなんだと思うよ。友達にも腹立ってると元気がでるっていう人いたよ」って言った。姉は不服そうだったけれど、最近私はよくそう思う。悩んでるのが好きな人が悩み。悲しんでいたい人が悲しみ。怒ってるのが好きな人が怒ってるんだって。もしその状態がいやなら、解決する方法真剣に考えるし、耐えられない状態から逃げるために最悪それを見ないように努力するものだもの。思えば、この介護問題以前にも姉はいろんな人のこと怒っていた。(笑)私がターゲットのこともあったし(汗)どんな解決策提案したところで「怒る」ことはたぶんやめないんだろうなあ・・・「怒っている状態」が目的なんだろうとしか思えないもの。祖父の死にも祖母の死にも私は泣かなかった。泣かないように気分をそらした。一度悲しみにとらわれたら抜け出せないとわかっていたから。だから、その死が自分にとって深刻であればあるほど、簡単には泣けないって思うようになった。もちろん、そんなコントロールがきくときばかりではないだろうけれど。いつまでも悲しんでいるなんて、まだまだ余裕あるかも。本当に苦しみに捕らえられたらそれを日記に書く余裕なんてあるはずないって言われたことがある。そうかも。10代の頃、不幸な結婚で枕をぬらす妻ってシチュエーションをよく妄想した(笑)そして、その希望どおりの結婚生活を送った。今も、幸せな結婚生活送りたいと思ってない私だ(まじ)なぜって、楽しい雰囲気つくろうって気になれないんだもの。やっぱり、こういう感じが好きだから、こういうふうにしてるんだろうってわかってきた。笑っていたい人は、時におかしくなくても楽しくなくてもよく大声で笑っているもの。みんなその人の望むように生きてるみたいだ。
2004年09月21日
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かつて、朝に昼に晩に毎日数時間を費やしたネット。PCの知識でつまづいて、時間がかかった時期もあったし、タグを覚えてHPを飾り付けるのに夢中なときもあった。ともかくろくに本も読まず、行き当たりばったりで偶然わかるまで触りまくるって強引な手法でなんとかPCを使ってきた。チャットにはまって、相手が小学生の女の子とも知らずに毎日おしゃべりしていたこともあった。メッセンジャーを覚えて、個人的なチャットを毎日ってこともあった。短歌にはまったり、お絵かきにはまったり、英語にはまったり、MIDI作ってみたり・・・それをつぎつぎHPにした。音声チャットやビデオチャットに数時間を使う生活もずいぶん長い。SMサイトばかり渡り歩いていた時期もあった。2ちゃんねるのSMスレッドから始まり、ニュースネタに目を奪われた時期もあった。ネットでの遊び方もずいぶん変わってきたものだ。でも、本当は全部うずまきさんの待ち時間の暇つぶしだった。こうして日記を書くのもそうだけれど、日記の乱発はやめたほうがいいよ・・ってうずまきさんに言われたのだけれど、待ち時間短くしてくれれば毎日書く暇なくなるのにと思わないでもない。ネットにつながないで、もうちっと家事時間でも増やせばいいと思いつつ、とりあえずテレビ時間だけは増えた(笑)夜も寝るようになった・・・昼間はネットしなくなってきた・・・(汗)ネットやめれば、だいぶ私の生活は健全になるだろうなって思う。・・・さしあたって何したらいいのか思い浮かばないので、寝ようかな。本日はいろいろ疲れましたし。
2004年09月14日
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黙って消える。・・・自分のM性に気がついてから、その性癖で自分の行動を分析すると、そういう「メロドラマ」仕立ての展開を、表向き悩みながらも、けっこう望んでいる自分がいるのに気がついたりすることがあるようになった。なんとも切ない思いがこみ上げてきて、被虐感に近いものでいっぱいになるのだ。なんなら、誤解ついでに、ひどい罵声でも浴びせかけて欲しくなることさえある(汗)そんでもって、ずたずたな心で捨てられたいわけです(汗)時には、失意のうちに死んでしまうって妄想もあります。(実際には殺しても死にそうもない自分であるのに)本当に誤解されるのがいやだったら、誤解されない努力を人間するだろうに、誤解されたままほっておこうとしたり、誤解を解く努力や人間関係を作る努力を全くしないのは、それを喜んでるからと言われると、最近は反論できなくなってきている。・・・そういうのって、ただめんどくさがりともプライド高すぎともいうのかもしれないけれど(汗)関西的では「いけず」と呼ばれるらしい(たぶん)お気に入りのアダルト小説サイトの展開はいつもけなげな愛を誤解されるっていう設定だ。このベタな展開に私はとてもはまる。けなげさなんて私には毛ほどもないのに(汗)姿を消した後の小説の中のヒロインは、見捨てらたまま、何年もの間心変わりすることもなく一途に生きている。姿を消した後の私が一途にいられるのは、何週間であろうか(汗)一説には何日かとも・・・つまり、自分にないもの(けなげさ等)に憧れるってことでしょうか。
2004年09月10日
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・・ってうちです(汗)しばらく書くねたがないで放置しているうちに、更新しなければって気分も消えうせて来ているのか、ただ書いておもしろいようなねたがないのか・・・。画像がないのは、私が太ったせいです(汗)サイトのために二人がプレイしてるわけじゃあないしって開き直っているうちに、こんなの読みたい人いるかなあと気分は急激に盛り下がり・・・ついに、そんなこともあったなあ~って懐かしむ過去になりつつあるのかもしれません。(笑)自称ハードM(笑)だったはずが、あんまり痛いとたいへんだから、楽な方がいいかな?ってことも頭を掠めたりする今日この頃。また各所に放置してあるノーマルHPでも復活させて、変態ゆずではなくて昔の名前で出てみるのも気分転換にいいかもですね。以前と違って、少しは堅さがとれた「女性」らしい文章が書けたらうれしいんだけれど、それだけは無理かなあ(笑)めざせ「ネットアイドル」・・・って一度なってみたかったなあ(滝汗)
2004年09月08日
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努力で変わる「運命」に対して、自分の力ではどうしようもない力が働くことを「宿命」と考えるようです。宿命大殺界の話です(汗)20年も続くというのですから だいぶ影響ありそうです。ただし、年がいってるとあんまり関係ないとか(汗)10個の星から選ばれるのですが、この文章がなかなかおもしろいです。占う前から、あのときはこれかな?今はこれかなと予想をたててます。(笑)その中に「光美星」っていうのがあり、「遊ぶこと怠けることに喜びを感じる」時期で、この時期はかえってがんばると良くない結果になるっていうのがありました。人生がんばればいいって訳じゃあないんだということがあると聞いて、目からうろこぽろりですねえ・・・さて、私の宿命と対面してきます。今から 自分の「宿命」とやらをチェックです・・・
2004年09月07日
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お気に入りのサイトが消えそうだ・・・つい最近も復活して喜んだのもつかの間、また消えてしまったサイトもある。不倫サイトばっかりじゃあないけれど、男と女の関係を長く続けるのは難しいのがよくわかる。離婚は難しいから、夫婦の場合は男と女であることをやめるのかな。浮気なんてほっとけば壊れる関係がほとんどなんだろうなあ。どんと構えて待ってれば、浮気した伴侶が帰ってくるっていうのは本当のような気がする。まあ、帰ってきて欲しくなくなる場合もあるだろうけれど。(汗)
2004年09月05日
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じっくりじっくり読んでみるといろいろ突っ込みいれたくなる私です「二人の結婚生活は周囲から幸せいっぱいに見られるでしょう・・・」って 他人からは幸せそうに見えると書いてあるけれど 一言も自分が幸せに感じますとは書いてない「最高の相手をつかみ 周囲をうらやましがらせるでしょう」もそういう意味では同じたとえうらやましがられても 自分がその結婚で本当に幸福かどうかはこの言い方ではわからないいつもながら思うのは 人に見えていることと自分にしかわからない内情ってのは かなり違うものだうらやましがれる結婚が自分にとって幸せな結婚になるかどうかはわからない その辺のところをこの本の著者も実は 十分意識して書いているような気がしてならない占う将来の年数より 検証すべき過去のほうがだいぶ長い?という私の立場で占いの文面を見ていると ことばと現実のギャップみたいなものを感じてしまうものはこんなふうに実に多い「正義」にのっとって頑固に主張するって同じ文章で表現されてる星人を 実際に見ていると だいぶ個人差がある「正義」と一言でいっても どうみても自分の世界の中だけで通用している「正義」をかたくなに押し通してるとしか見えないこともあるわけでことばどおりの尊敬に値する「正義の人」はそれほど多くはないような気がしたなどなど ことばで受ける印象と現実を照らし合わていくと 占われている将来もまた違って見えてきたりするわけです
2004年09月02日
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