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カイファネス/ハグアーレス名曲選(その5) いきなり“聴きたい!”の症状が現れたことで始めたカイファネス(Caifanes)およびハグアーレス(Jaguares)の名曲選でしたが、長々と続けるのも何ですので、この5回目でとりあえず一区切りとします。いったんとはいえ、締めくくりにするにあたって、ぜひこのナンバーというのは数日前から心の中で決まっていました。少し前に入手したメキシカンロックのオムニバス盤(『アモール・エテルノ・アル・ディボ(Amor eterno al divo)』という2016年発売の編集盤です)を最近繰り返し聴いているのですが、その冒頭を飾っていたのが、ハグアーレスのこのナンバーでした。 さて、「テ・ロ・ピド・ポル・ファボール(Te lo pido por favor)」というのが今回の曲なわけですが、これは本シリーズ第2回でも触れたメキシコの大物シンガー、フアン・ガブリエル(追悼過去記事(1)・(2))のカバーです。 以前、ハグアーレスのアルバムの過去記事の方にも書きましたが、メキシコはてはラテン歌謡界を代表する歌手の、良くも悪くもベタベタの雰囲気の曲が、彼らの手にかかって見事にロックナンバーとして消化されていると感じます。 比較ということで、オリジナルのフアン・ガブリエルもご覧ください。だいぶ前のTVショウと思しき粗い映像ですが、女性への愛をうたった詞に相応しい、ベタベタの熱唱です。日本ならさしずめ“紅白のトリ”が務まりそうな雰囲気そして貫禄です(笑)。 そして、最後は復活後のカイファネスとしてのライヴ演奏をご覧いただきたいと思います。聴衆のキャプチャーと思われる映像ですが、最新のライヴということで、昨年末(3か月ほど前)のものです。昨年夏にフアン・ガブリエルが急逝しましたので、中央大スクリーンにはその追悼写真を写しながらの演奏になっています。 間を空けながら5回にわたって更新してきましたが、とりあえず一区切りです。とはいえ、カイファネスおよびハグアーレスの好きな曲を挙げろと言われれば、個人的にはとうてい5曲ではまるっきり物足りません。なので、またいつか彼らの曲を追加で紹介する機会をあらためて持てればと思っています。[収録アルバム]Jaguares / El primer instinto(2002年) 【メール便送料無料】JAGUARES / PRIMER INSTINTO (輸入盤CD) (ハワレス) 下記のブログランキングに参加しています。 応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2017年03月23日
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カイファネス/ハグアーレス名曲選(その4) 第4回目となる今回は、ハグアーレス(Jaguares)時代の代表曲の1つを取り上げます。ハグアーレスの結成は1996年で、その後2010年まで活動しました(前回の記事にも書いたように2011年からはカイファネスが活動を再開し、ハグアーレスとしての活動はそこで終わりました)。 このハグアーレスのファースト作(『エル・エキリブリオ』)からのシングル曲、「ディメ・ハグアール(Dime Jaguar)」を今回は取り上げたいと思います。表題は“ジャガーよ、言っておくれ”という意味で、曲調も詞も何とも神秘的な感じがするナンバーです。 ハグアーレスは、その後にいくつも国内シングルチャート1位のヒット曲を出しているのですが、この曲はシングルチャートで6位どまりでした。けれども、新バンドとして初期のナンバーだったこと、バンド名(ハグアーレス=スペイン語“ジャガー”の複数形で、単数形が“ハグアール”)を彷彿とさせるタイトルの曲だったこと、さらには、その当時、某レストランで偶然にもサウル・エルナンデスに出くわしたこと(簡単な会話を交わした後に、もちろん記念撮影してもらいました)などが重なり、個人的には深く印象に残ったナンバーだったりするわけです。 映像をもう一つ、今度はライヴの様子です。2009年の演奏の模様をご覧ください。 [収録アルバム]Jaguares / El equilibrio de los Jaguares(1996年) 【メール便送料無料】JAGUARES / EQUILIBRIO DE LOS JAGUARES (輸入盤CD) (ハワレス) 下記のブログランキングに参加しています。 応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2017年03月20日
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カイファネス/ハグアーレス名曲選(その3) カイファネス(Caifanes)およびハグアーレス(Jaguares)の名曲選、第3回目です。1992年のアルバム『エル・シレンシオ(沈黙)』所収の曲で、シングル発売もされた「ノ・デヘス・ケ(No dejes que)」です。カイファネスの代表曲としてよく知られているのみならず、1990年代メキシカン・ロックを代表する1曲とさえ言われる超有名曲です。 当初の発表から10年後の2002年、カイファネスは活動を停止していて、リーダーのサウル・エルナンデスがハグアーレス(Jaguares)を結成して活動していた時期のことです。ハグアーレス名義のアルバム『エル・プリメール・インスティント』に収録されたこの曲のリメイク版がヒットしました。本国メキシコだけでなく、アルゼンチン、チリ、コスタリカの計4か国でチャート1位になったということからも、その人気のほどがうかがえます。 というわけで、そのハグアーレスによるヴァージョンをどうぞ。 その後、ハグアーレスの活動は2010年で終わりを迎え、2011年からは再びカイファネスが復活し活動を再開して現在に至ります。最後に、カイファネス再結成後のライヴ映像(2012年のもの)をご覧ください。 [収録アルバム]Caifanes / El Silencio(1992年)Jaguares / El Primer Instinto(2002年) 【メール便送料無料】Caifanes / 25 Aniversario (輸入盤CD) 下記のブログランキングに参加しています。 応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2017年03月18日
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カイファネス/ハグアーレス名曲選(その2) 続いて、メキシカン・ロック・バンド、カイファネス(Caifanes)の初期の有名曲をもう1つ取り上げます。1988年の末にシングルとしてリリースされてヒットした「ネグラ・トマサ(Negra Tomasa)」というナンバーです。“トマサ”は女性の名前ですので、直訳は“黒いトマサ”という意味です。当初、アルバムからのシングルカットではなく、純粋にシングルとしてのリリースだったのですが、後にデビュー盤(『カイファネス』)が改変されて、このシングル曲が同盤に組み込まれました。 実はこのナンバーは、彼らのオリジナル曲ではなく、キューバ音楽の楽曲のカバーです。作者はギジェルモ・ロドリゲス・フィフェ(Guillermo Rodríguez Fiffe)という人で、キューバの様々なアーティストが取り上げているナンバーです。そんなわけで、ここではいかにもキューバンなバージョンを一つは挙げておきたいと思います。“ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ”でも知られた、コンパイ・セグンド(Compay Segundo)ことマクシモ・フランシスコ・レピラード・ムニョス(Máximo Francisco Repilado Muñoz,2003年没)のものをどうぞ。 そういえば、昨年66才で急死したフアン・ガブリエル(Juan Gabriel,追悼過去記事その1 ・その2 )もこの曲を取り上げていました。メキシコ国立芸術宮殿でのライヴの様子をどうぞ。 [収録アルバム]Caifanes / Caifanes(オリジナルリリースは1988年、1993年の再発以降に「ネグラ・トマサ」を収録) 【メール便送料無料】CAIFANES / HISTORIA (輸入盤CD) 下記のブログランキングに参加しています。 応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2017年03月14日
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カイファネス/ハグアーレス名曲選(その1) 過去に何度かこの手の話は書いたのですが、音楽好きの人間は時として突然の“禁断症状”に見舞われることがあります。“あの曲が聴きたい”、“あの盤が聴きたい”などと唐突に訪れる欲求のことです。そうなってしまうと居ても立ってもいられません。CDを引っ張り出してくる、動画サイトを徘徊するなどしてようやくひと息つければよい方で、場合によっては同じアーティストの別の曲や別の盤まで思い出して聴きふけったりすることになるわけです。 さて、今回それが筆者に起こったのはカーステレオから流れてきたメキシコの有名バンドの曲が引き金でした。それをきっかけに“あの曲も”、“この曲も”となり、片っ端から聴き返すことになりました。そのようなわけで、今回は、サウル・エルナンデス(Saúl Hernández)率いるカイファネス(Caifanes)およびハグアーレス(Jaguares)という、関連する流れの2つのバンドの名曲選を5回ほど不定期更新にしてお届けしたいと思います。 まず1曲目は、筆者が最初に聴いた彼らのナンバーです。「マテンメ・ポルケ・メ・ムエロ(Mátenme porque me muero)」(直訳すると、”俺はもう死ぬのだから殺してくれ”の意味)というタイトルで、1988年のデビュー盤からのシングルとして発売されました。まずは若々しい、往時のビデオクリップをどうぞ。 このバンドの第1期の活動は1996年まで続きました。その後、2011年に再結成するまでは、ハグアーレスとしての活動期間があったのですが、この時期に相当する2002年の『エル・プリメール・インスティント』所収のアコースティック・ヴァージョンも筆者のお気に入りです。 [収録アルバム]Caifanes / Caifanes(1988年)Jaguares / El primer instinto(2002年) 下記のブログランキングに参加しています。 応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2017年03月13日
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メキシコの偉大な作曲家へ捧げた3枚組大作(後編) (前編からの続き) さて、タニア・リベルターの3枚組の内容に目を向けてみたい。前編に書いたとおり、1枚目(“クラシコ”)は伝統的というか古典的なスタイルの演奏と歌になっている。対して2枚目(“エレクトロニコ”)は現代的な電子楽器をフィーチャーしながら、マンサネロ的スタイルとは少し違った雰囲気で演奏がなされている。そして3枚目(“ピアノ・イ・ボス”)は、その副題の通り、ピアノ演奏のみにヴォーカルが乗っかっている。個人的にどれがベストかと言われると正直なところ決めかねるが、“マンサネロ名曲集”という性質上、1枚目と3枚目を支持するファンが多いのではないだろうか。 上記のように、個人的にディスク単位では“これがベスト”と決めかねるので、3枚通してのお気に入り曲をまとまりなく上げてみようと思う。1枚目は、オリジナルの雰囲気を大事にした感じの演奏。曲として特に好みなのは、2.「ドルミール・コンティーゴ(あなたと一緒に眠る)」と3.「メ・ブエルベス・ロカ(あなたに夢中)」。前者は過去記事で曲を取り上げている。後者は直訳すると“あなたは私を狂わせる”の意だけれども、もちろん愛に関わる意味であって、“あなたに夢中”という意味合いである。 2枚目は上述の通り、1枚目との対比が強い音の仕上がりになっている。電子楽器(エレキギターも含む)を積極的に入れてインパクトのある音に仕上がっていて、個人的にはなかなかいいと思う。お気に入りを少し挙げると、3.「クアンド・エストイ・コンティーゴ(あなたと一緒にいる時)」、6.「テ・エスペラレ(私は待つだろう)」。この2枚目はどの曲も音に工夫があって、単調さを感じさせない所もよい。 3枚目はピアノとヴォーカルなので、タニアの声・歌唱が前面に出ている。好曲が特に多くてどれも捨てがたいけれども、いくつか挙げるとするならば、おすすめは、4.「テ・エストラーニョ(あなたが恋しい)」、6.「エスタ・タルデ・ビ・ジョベール(今日の午後、雨が降るのを見た)」、8.「コンティーゴ・アプレンディ(あなたといて学んだ)」、9.「アドーロ(尊敬する)」。いずれもマンサネロの代表曲だけれども、見事なまでにタニア節に歌い上げている。 とまあいくつか曲を挙げてみたけれど、“あなたと一緒”とか、実際に詞を見てみたら、歯の浮くようなラブソング的内容が多い。それをわざとらしくなく、優しい声で歌いあげているというのが、3枚を通してのタニアの魅力とも言えるのかもしれない。 ちなみに、タニア・リベルターとアルマンド・マンサネロの関係は深く、接点はこのアルバムだけというわけではない。1994年のアルバムでデュエットを披露して以来、何度も共演している。1935年生まれのマンサネロは今年(2017年12月)で御年82歳を迎えるという年齢だけれども、できればまだしばらくタニア・リベルターとの共演も残してほしいと思ったりする。[収録曲]Disco 1: “Clásico”1. Yo Sé Que Volverás2. Dormir Contigo3. Me Vuelves Loca4. Muy A Mi Pesar5. No Existen Límites6. El Ciego7. Nuestra Casa8. SiDisco 2: “Electrónico”1. Todavía2. Salud Cariño3. Cuando Estoy Contigo4. Aquel Señor5. Esperaré6. Perdóname7. Mi SeñorDisco 3: “Piano y Voz”1. Tal Vez, Quizás2. Señor Amor3. No4. Te Extraño5. Como Yo Te Amé6. Esta Tarde Vi Llover7. Nos Hizo Falta Tiempo8. Contigo Aprendí9. Adoro2013年リリース。 ブログランキングに参加しています。 応援くださる方は、ぜひ“ぽちっと”お願いします。 ↓ ↓ ↓
2017年03月04日
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メキシコの偉大な作曲家へ捧げた3枚組大作(前編) タニア・リベルター(Tania Libertad)は、ペルー出身ながら長年メキシコで活動する女性シンガー。透明感をもつ揺らぎのある声の“癒し”の歌唱が特徴のシンガーで、現在ではラテン音楽の世界で大御所の域に差し掛かりつつある。そんな彼女がメキシコの代表的な作曲家・シンガーソングライターであるアルマンド・マンサネロ(Armando Manzanero)へのトリビュート盤として発表したのが、この『マンサネロ・ア・トレス・ピスタス(Manzanero a tres pistas)』だった。リリースのタイミングもマンサネロの78歳の誕生日の直後の2013年12月だった。 1枚ずつが決して大部ではないとはいえ、3枚組という、アーティストにとって気合の入った盤である。1枚目が“クラシコ(クラシック=古典)”、2枚目が“エレクトロニコ(エレクトロニック)”、そして3枚目が“ピアノ・イ・ボス(ピアノとヴォーカル)”という風に、それぞれにテーマが掲げられている。当初これを聴いた時は、マンサネロの歌を演じるにはどのような解釈があるだろうか、それをタニアが押し進めていったら、3通りの演奏形態になったのであろう、なんて勝手に想像していた。実際、アルバム表題の『マンサネロ・ア・トレス・ピスタス』というのは、“3通りのマンサネロ”といったような意味である。 後にリリース当時のメキシコの新聞記事を見て、制作過程は少し違っていたことが分かった。タニア自身が言うには、最初に1枚目と2枚目を作り、まだ足りないと思って3枚目を吹き込んで3枚組になったという。確かに、1枚目と2枚目はいわば“静と動”の関係にある。その意味では3枚目はやや蛇足だったかもしれないのだが、原曲の作者であるマンサネロはこの3枚目が最も気に入ったとのこと。また、1枚目では、多くの曲(2.「ドルミール・コンティーゴ」、4.「ムイ・ア・ミ・ペサール」、6.「エル・シエゴ」、7.「ヌエストラ・カサ」、8.「シ」)にマンサネロ本人が参加している。 話が長くなってきたので、続き(曲目リストを含む)は、次回更新の後編へ。 以下のブログランキングに参加しています。お時間の許す方は、“ぽち”応援よろしくお願いします。 ↓ ↓ ↓
2017年03月03日
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ヌエバ・トローバ・クバーナ先駆者の推奨盤 パブロ・ミラネス(Pablo Milanés)は1943年生まれのキューバのシンガーソングライターで、“ヌエバ・トローバ・クバーナ(キューバの新しいトローバ)”の創始者の一人として知られる。1960年代から活動を始め、1970年代以降、80年代、90年代、00年代に特にソロとして多くの作品を残している。70歳代の年齢になった現在も、アルバムやライヴの活動を継続している。 そんな彼のキャリアのうち比較的早い時期の作品で、とっつきやすくなおかつ内容も充実している一枚がこの『エル・ゲレーロ(El Guerrero)』という盤である。“語り部”的な部分もあれば、もう少しバラード寄りの美しく優しい部分もある。さらに政治的な背景を感じさせたりもする。きっといずれの要素も偏りが大きいとリスナーにはそれぞれにストレスになる。けれども、おそらくはそのバランスのよさが本盤を聴きやすくしているのかもしれないと思う。 全10曲のうち8曲(4.と6.以外)がミラネス自身の作詞・作曲。まず、美しさと繊細さでは、1.「クアント・ガネ、クアント・ペルディ(いかほどを得て、いかほどを失ったか)」、8.「エソ・ノ・エス・アモール(それは愛ではない)」がおすすめ。正直、一般論としては、パブロ・ミラネスの外見のイメージとこの手の美曲のイメージは決して一致しない(別に悪い意味で言っているわけではないけれど)。さらに詩的なよさと優しく軽快な音楽の組み合わせとしては、表題曲の9.「エル・ゲレーロ(戦士)」が個人的にはお気に入り。政治色な背景を感じるものとしては、5.「ブエルベ・ア・サクディールセ・エル・コンティネンテ(大陸を再び揺り動かす)」と10.「オメナッヘ(オマージュ)」がいい。特に後者はいかにもラテンなリズムに乗りながらも“自分は何者か”を自問する詞になっているようである。 とまあ、詞の内容(全部はよく理解していないかもしれないけれど)に多少踏み込んでみたけれど、詞の内容がわからなくても、パブロ・ミラネスの美しい楽曲と時に抑揚のある展開を聴いても楽しめるのではないかと思う。多作な彼の作品としては、既出のこちらの盤と並んで、初めて聴く人にぜひ薦めたい。ちなみに、よく把握できていないのだけれど、LP盤には8.(B面3.に相当)のない盤もある模様だが、どちらがオリジナルの形態だったのかは不明。さらに筆者の手元にあるのは、1997年のリイシュー盤で11.が追加されている。[収録曲]1. Cuánto gané, cuánto perdí2. Te espera una noche de éxitos 3. Hoy estás quizás más lejos4. Mi dulce niña5. Vuelve a sacudirse el continente6. Búscate allí 7. 405 años de nunca 8. Eso no es amor 9. El guerrero10. Homenaje11. De niña, aquellos juegos te importaban poco1983年リリース。 【中古】 【輸入盤】Guerrero /PabloMilanes 【中古】afb 下記ランキングに参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓
2017年02月28日
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メヒカント、追加動画 前回更新で取り上げたメキシカン・アコースティック・デュオのメヒカント(Mexicanto)の続きです。以前にビリー・ジョエルの「ピアノ・マン」のカバーを少しだけ紹介していますが、日本では知られていないどころかほぼ入手できないということもあり、2曲ばかり動画付きで取り上げたいと思います。 まずは、「ダノス・ピエ(Danos pie)」。『ドゥエート・エン・ディレクト』やその他の編集盤・ライヴ盤にも含まれていますが、オリジナルは、1998年の『フェリックス-フィリオ』に収録されています。 続いてもう1曲、「クラロ・ケ(Claro que)」です。前回記事の『オトラ・ベス』にスタジオ録音のものが収録されていますが、今回は『ドゥエート・エン・ディレクト』のライヴ・ヴァージョンの方をどうぞ。 最後にもう1本、「クラロ・ケ」の比較的最近のライヴ演奏です。28周年ということなので、おそらくは2013年の映像と思われます。 追記:「ダノス・ピエ」のリンクが早速切れていましたので、別の映像を追加しました。2008年のTV番組出演時のものとのことです。 次のブログのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓
2017年02月25日
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ブランク後の再結成盤 メヒカント(Mexicanto)は、1980年代後半にデビューし、1990年代にコンスタントにアルバムを残したメキシコのデュオ。ダビー・フィリオ(David Filio)とセルヒオ・フェリックス(Sergio Felix)の2人組で、メキシコでのヌエバ・カンシオンやトローバの牽引役を果たし、集大成的ライヴ演奏盤『ドゥエート・エン・ディレクト』を出した後、2001年にいったん解散した。 その後、5年ほどのブランクを経て再結成盤が発表された。それが2006年の本盤『オトラ・ベス(Otra vez)』だった。この表題は、 “再び”という意味のスペイン語タイトルで、文字通り再結成盤であることを示している。その後は以前のようにコンスタントにアルバムを制作をするのではなく、TVやラジオ番組のプロデュースを行なったり、ダビー・フィリオの方はソロの活動をしたりしながら現在に至っている。 熱心なファンな中には本盤こそがメヒカントの最高盤という人もいて、確かに、諸作の中で特に洗練されていて、好曲も多い。個人的な好みで何曲か挙げてみたい。1.「ジョ・テ・シゴ(君について行く)」は本盤のトーンをよく表していて、静かに美しく、そんな中でも力強いハーモニーの、聴き手からすると染み入るタイプのナンバー。表題曲5.「オトラ・ベス(再び)」は、少し抑揚のついた曲調と演奏。6.「クラロ・ケ(もちろん)」は上記ライヴ盤で冒頭を飾っていた曲で、詞もハーモニーも彼ららしいナンバーで個人的には一押し。8.「テ・ビ・ジェガール(君がやって来るのを見た)」も筆者的には好きな曲調で繰り返しよく聴いたナンバーだったりする。 その後、2015年にはメヒカントとしての新作アルバム、2016年にはライヴ盤を発表しているのだけれど、残念ながら筆者はまだどちらも入手できていない。手に入れられる機会があればぜひと思っているのだけれど…。[収録曲]1. Yo Te Sigo2. Torció Camino al Mar3. Avísame4. Cinco de Metal5. Otra Vez6. Claro Que7. Lucha8. Te Vi Llegar9. La Impunidad10. Realidad Virtual11. Serena Morena2006年リリース。 ブログランキングに参加しています。 応援くださる方は、ぜひ“ぽちっと”お願いします。 ↓ ↓ ↓
2017年02月24日
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ソロ第2弾、既製ではないスケールと発想の違い 何ヶ月か前に最初のソロ作(『クランデスティーノ』)を取り上げたマヌ・チャオ(Manu Chao)。彼の第2弾ソロ作がこの『…プロクシマ・エスタシオン…エスペランサ(…Próxima estación…Esperanza)』というアルバムである。スペイン語のアルバム表題は、直訳すると“…次の停車駅は…希望”を意味するが、このアナウンスのセリフのモデルはスペインの首都マドリードの地下鉄で、一方、次の駅名の“希望(エスペランサ)”は、マヌ・チャオ自身が訪れたエクアドルのバジェ・エスペランサに由来するという。 前作同様、総収録時間に比して収められた曲数が多く、1~2分台の曲も多く収録されている。これらの曲はラジオ放送風に連続して次から次へと放たれる。言語面でも詞の内容についても国境はなく、いったいこの人のバックグラウンドとは何なのか(いやはや、それがないから“世界市民”なのかもしれないが)よくわからない。アルバム冒頭の1.「メリー・ブルース」は英語で始まったかと思えば、2.「ビショ」は、ポルトガル語で歌われている。その後はスペイン語が比較的多いが、フランス語、ガリシア語、アラビア語が登場する。筆者の所有するCDのライナーは歌詞カードの役割はまったく果たしておらず、雑多な(と筆者には見えるが、きっと作った側にとっては一定の論理構成のもとに情報が詰まっていると思しき)アートワークとなっている。 個人的にお気に入りの曲をいくつか挙げてみたい。1.「メリー・ブルース」はいろんなコーラスや効果音が入っているが、実は単独ですごく名曲ではないかとひそかに思っているナンバー。5.「ラ・プリマベラ」は“ケ・オ~ラス・ソン”(スペイン語で“いま何時?”の意味)のフレーズが頭から離れなくなるが、そこで出てくる地名が、ジブラルタル、日本、モザンビーク、ワシントンなどというのも何ともシュール…。曲はそのまま“ケ・オ~ラス・ソン”のテーマを引き継いで、6.「メ・グスタス・トゥ」(スペイン語で“アイ・ラヴ・ユー”の意)へと続く(それ以降もメドレー的に曲が続いていく)。10.「ランデ・ヴー」は表題の通り、フランス語で歌われている(?)ようだが、13.「ラ・チニータ」なんかとあわせて、演奏と曲調が妙にラテンなのが印象に残る。14.「ラ・マレア」は唐突に始まって勢いよく終わってしまうが、こういう曲こそちゃんとアレンジして4~5分の曲に仕上げたらカッコいいことこの上ないと思うのだが、おしげもなく2分ちょっとで終了する(こんなセコイ発想をするリスナーは相手にされていないのかも?!)。 というわけで、初めて聴いてからもう15年ほどが経過するのだけれど、きっと筆者はこの作品の本質を未だつかみきれていないのかもしれない。マヌ・チャオが既成の枠に当てはまらないスケールのアーティストであると同時に、よく分からないなりに聴き手の方は様々にも聴けるのかもしれないともっともらしいことを考えてみる。けれども、う~ん、やっぱりそれを十分に消化する能力はまだ自分にはないのかも…。[収録曲]1. Merry Blues2. Bixo3. El Dorado 19974. Promiscuity5. La primavera6. Me gustas tú7. Denia8. Mi vida9. Trapped By Love10. Le Rendez Vous11. Mr. Bobby12. Papito13. La chinita14. La marea15. Homens16. La Vacaloca17. Infinita tristeza2001年(欧州のみ2000年)リリース。↓ジャケットイメージの参考です(LP盤)↓ Manu Chao / Proxima Estacion: Esperenza (w/CD)【輸入盤LPレコード】(マヌ・チャオ)↓通常のCD(Used)↓ 【中古】 Manu Chao マヌチャオ / Proxima Estacion Esperanza 【CD】 ブログランキングに参加しています。 応援くださる方は、ぜひ“ぽちっと”お願いします。 ↓ ↓ ↓
2016年10月06日
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“ラテンの伝説”追悼(2/2) 先月末に亡くなったメキシコの国民的歌手にして“ラテンの伝説”と呼ばれるフアン・ガブリエル(Juan Gabriel)追悼の後編です。今回は、まずは若い頃のナンバーを一つ取り上げます。そもそも彼は貧しい農家の出で、10人兄弟の最年少だったそうです。13歳で歌手への道を掴み、いわば歌でのし上がった、そういう人物だったというわけです。 1971年、まだ20歳を過ぎたばかりの若いこ頃の彼の曲で、「ノ・テンゴ・ディネロ(No tengo dinero)」をどうぞ。タイトルの直訳は「金がない」…。詞は“お金もあげられるものも何もないけど、君を愛する気持ちだけはある”という、何ともべたな詞であったりします(笑)。 興味深いことに、この曲には“日本語ヴァージョン”が存在します。どういういきさつで吹き込まれたのかは不明ですが、“金がない、ない…”と、日本語で歌っています。もちろん、フアン・ガブリエルは日本語を話せるわけではないのですが、頑張って日本語で歌っているのです。 上の日本語のレコーディングに加えて、彼の器用さを示す映像をもうひとつお届けして、追悼特集の締めとしたいと思います。CCRの「ハヴ・ユー・エヴァー・シーン・ザ・レイン(雨を見たかい)」のカバー(スペイン語でのタイトルは「グラシアス・アル・ソル(Gracias al Sol)」)です。 これが彼本来のイメージかと言われると、それは違う気がしますが、器用さと歌の上手さというのがこういうジャンルのカバーからよく分かったりするように思います。 ともあれ、文字通り伝説の歌手となってしまったフアン・ガブリエルのご冥福をお祈りします。Q.D.E.P. 【メール便送料無料】Juan Gabriel / Juan Gabriel: Para Ti (輸入盤CD) (フアン・ガブリエル) Juan Gabriel / Historia Del Divo 輸入盤 【CD】 以下のブログランキングに参加しています。お時間の許す方は、“ぽち”応援よろしくお願いします。 ↓ ↓ ↓
2016年09月10日
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“ラテンの伝説”追悼(1/2) 先月末(2016年8月28日)、ラテン音楽のレジェンドとされるメキシコ人歌手、フアン・ガブリエル(Juan Gabriel)が66歳で亡くなりました(参考リンク(1) ・(2) )。事件性はないものの、ツアー中の突然の死は、少なくともラテン音楽関係では大ニュースでした(メキシコ大統領が早速ツイートしたことからもその衝撃の大きさは想像できようというものです)。 正直、筆者はこういうべたべたにラテンなのはあまり得意ではありません。それでも、ラテン系の音楽によく接していると、彼の曲はしばしば耳にするので、それなりに親しみがあるのです。ラテン系の音楽の典型(もちろん中南米にはジャズもロックもいろんなものがあるのだけれど)といえば、やっぱりこれだろうと思うわけです。 そんなわけで、フアン・ガブリエル追悼ということで、彼の代表曲を何曲か取り上げてみようと思います。まずは「アスタ・ケ・テ・コノシ(Hasta que te conocí)」(あなたを知るまでは、の意)です。この曲は、そのアマンのタイトルで、今年(2016年)、メキシコのテレビドラマ(チリ、コロンビア、ペルーなど中南米でも放映)にもなりました。 続いては、「アシ・フエ(Así fue)」というナンバーです。前の曲もこの曲もそうですが、“いかにもラテン”という雰囲気の歌手は多くいますが、単に雰囲気や歌の上手さだけではなくて、歌詞を聴衆に伝えるという点でこれほど秀でたシンガーはそう簡単にはいません。きっとこの点こそが、彼をメキシコの国民的スターにし、さらには“ラテンのレジェンド”に押し上げた要因だったのだろうと感じます。 2曲だけで終わってしまうのは何なので、もう1回、フアン・ガブリエル追悼を続けようと思います。 【メール便送料無料】Juan Gabriel / Mis Numero 1: 40 Aniversario (輸入盤CD)( フアン・ガブリエル) 下記のブログランキングに参加しています。 応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2016年09月08日
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外国語で歌うということ(その4) 続いてはイタリア人シンガーのラウラ・パウジーニ(Laura Pausini)です。この人気女性シンガーのインターナショナルな売り込み方は、なかなか興味深いものでした。イタリア人ですからイタリア語で歌うわけですが、国外向けに売り出されたのは、なんとスペイン語でのアルバム制作でした。イタリア語とスペイン語が別言語とは思えないほど似ているというのが背景にあったのでしょうが、フランス語などではなくスペイン語だったという訳です。その後、英語でも歌うようになり、いっそう国際的な人気を得ていきました。 そのようなわけで、ラウラが歌う曲でイタリア語とスペイン語ヴァージョンの対比というのは、過去に「ジェンテ/ヘンテ(Gente)」を取り上げているのですが、今回はイタリア語版とスペイン語版の両方がリリースされたアルバム『ローラの休日(伊語タイトルLe cose che vivi,西語タイトルLas cosas que vives)』(1996年、邦題はこんなのになってしまっていますが、彼女の名は正しくは“ローラ”ではなく“ラウラ”です)の表題曲をどうぞ。 まずはイタリア語ヴァージョン。 続いてはスペイン語ヴァージョンです。基本、同じ映像の使いまわしですが、口が動いている部分はちゃんと歌詞に合わせて変えられているようです。 ついでながら、筆者は聴いたことありませんが、この時のアルバムリリースの際、ブラジル向きにはポルトガル語(これまたイタリア語、スペイン語とは親戚のようなことばです)のボーナストラックも入っていたとか。[収録アルバム]Laura Pausini / Le cose che vivi(イタリア語) / Las cosas que vives(スペイン語)(1996年)↓ベスト盤(イタリア語ヴァージョン)↓ Laura Pausini ローラパウジーニ / Best Of - E Ritorno De Te - Italian Version 輸入盤 【CD】↓ベスト盤(スペイン語ヴァージョン)↓ 【ただ今クーポン発行中です】【メール便送料無料】【メール便送料無料】Laura Pausini / Lo Mejor De Laura Pausini (輸入盤CD)↓スペイン語ヴァージョン↓ 【ただ今クーポン発行中です】【メール便送料無料】【メール便送料無料】LAURA PAUSINI / COSAS QUE VIVES (輸入盤CD) ↓イタリア語ヴァージョン↓ 【ただ今クーポン発行中です】【メール便送料無料】【メール便送料無料】LAURA PAUSINI / COSE CHE VIVE (輸入盤CD) 下記ランキングに参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓
2016年07月17日
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タニアのオリジンに迫る、シンプルな編成の熱唱盤 本ブログではこれまでに何度か取り上げているタニア・リベルター(Tania Libertad,アルバム過去記事はこちらやこちらを参照)は、1952年、ペルー北部出身で、1978年からはメキシコを拠点としている女性シンガー。キャリアも長く、現在は年齢も60歳代に入り、もはやラテン・ヴォーカル界の大御所と言ってもよいかもしれない(余談ながら、見た目の貫禄という点でも、往年のメルセデス・ソーサに近づきつつある気もしないではない)。 そんなタニア・リベルターの42枚目の作品となるのが、昨年(2015年)リリースの『ポル・ティ・イ・ポル・ミー(Por ti y por mí)』である。本人がラジオ番組で語っていたところでは、“内にあるもの、自分の由来になっているものを録音した”もので、“セールスの見込みは特になく制作した”(といいつつも、発売後まもなくメキシコ国内セールス1位になり、ゴールド・ディスクとなった)とのこと。その意味で、“あなたのため、私のため”という意味のアルバム表題は、制作の意図をよく反映していると言える。さらに、何ヶ月もかけてアルバムを作るのが普通となっている今の時代に、敢えて3日でアルバムを作ったという。録音はメキシコ市内のアルゼンチン料理店で行われたとのことで、DVD(映像)とセットでリリースされた(CD, DVDとも収録曲は同じ)。 演奏形態はシンプルで、3人組ギターに合わせてタニア・リベルターが歌うというもの。選曲は、メキシコのボレロ、ペルーのワルツなどを含む、中南米系のよく知られたナンバーや、タニア自身の思い入れのあるナンバーが並ぶ。個人的なお気に入り曲としては、まずは3.「ノ・ソイ・デ・アキー、ニ・ソイ・デ・アジャー(自分はここの者でも、あちらの者でもない)」。アルゼンチン出身のファクンド・カブラルの曲で、同国のアルベルト・コルテスで知られるナンバー。それから、5.「パロマ・ネグラ(黒い鳩)」は、かつて実現しなかったアルバムに収録予定だった思い入れのある曲だとのこと。さらに注目なのは、2種の異なるヴァージョンが冒頭と締めに収められた「ノチェス・デ・ボダ(結婚式の夜)」(1.および16.)。スペインのシンガーソングライター、ホアキン・サビーナの曲で、タニア自身が歌詞を改変して歌いたいと作曲者本人に申し出たところ、“そいつは君の曲だ”と言って使用を許諾したらしい。 少し前には体調を崩すなどしたようだけれども、タニア・リベルターには、まだまだ現役で頑張ってもらいたい。同じ2015年には、グアダルーペ・ピネーダ、エウヘニア・レオンとの共演ライヴ盤もリリースされたとのことだが、こちらの方は筆者は未聴。当面日本では手に入らなさそうだが、次に機会があれば、ぜひそちらを探して買って試してみたいし、さらに続く盤が出てくるのも楽しみにしたい。[収録曲]1. Noches de boda (Por mí)2. Fallaste corazón3. No soy de squí, ni soy de allá4. El tiempo que te quede libre5. Paloma negra6. Nube viajera7. Canción de las simples cosas8. Te solté la rienda9. Urge10. Mi propiedad privada11. Ese momento12. La retirada13. Diséñame14. Jamás impedirás15. La cama de piedra16. Noches de boda 以下のブログランキングに参加しています。お時間の許す方は、“ぽち”応援よろしくお願いします。 ↓ ↓ ↓
2016年05月30日
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“姉御”スペシャル(その3:セシリア・トゥーサン) さて、今回はスペイン語圏のロック・シンガーの中で、個人的にはこの人こそ姉御という人を取り上げます。メキシコ人シンガーのセシリア・トゥーサン(Cecilia Toussaint)です。1958年メキシコに生まれ、1970年代後半にはラ・ノパレラ(La Nopalera)というバンドで活動した後、1984年からソロ活動を開始し、これまでに10数枚のアルバムを発表しています。これと並行して女優としても活躍しました。 1987年のソロとしての最初のアルバム『アルピア(Arpía)』所収の曲で、「プレンデドール(Prendedor)」です。まずはオリジナルの音源をお聴きください。 続いては、1992年のライヴ音源ですが、演奏のみならず映像も実に姉御っぽい感じが伝わってくるように思いますので、こちらをどうぞ。 余談ながら、この人の自宅近所に住んでいたという知り合いがいるのですが、ご近所で会っても感じのいい人だったのだとか。主観かもしれませんが、この人は、確かに、イメージ的には“偉そうなロックスター”というよりは、リスナーに親しみのある雰囲気というのを随所に感じます。メキシコの音楽界も何だか様変わりしてきましたが、こうした“姉御”にはまだしばらく元気でいてもらいたいものです。[収録アルバム]Cecilia Toussaint / Arpia(1987年)Cecilia Toussaint / Noche de día(1992年) 以下のブログランキングに参加しています。お時間の許す方は、“ぽち”応援よろしくお願いします。 ↓ ↓ ↓
2016年05月24日
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マヌ・チャオのファースト・ソロ作(1998年リリース)を取り上げましたが、せっかくですので、その中に収録されたナンバーの動画紹介もしたいと思います。 まずは、「デサパレシード(Desaparecido)」のビデオをどうぞ。曲のタイトルは“失踪者”という意味です。 続いては上記アルバムの表題曲で、“非合法”という意味の「クランデスティーノ(Clandestino)」です。こちらの曲は、DVD化もされたライヴ(2009年の『バイオナレナ』)のヴァージョンをご覧ください。 [収録アルバム]Manu Chao / Clandestino(1998年) 【ただ今クーポン発行中です】Manu Chao / Clandestino (w/CD)【輸入盤LPレコード】(マヌ・チャオ) 以下のブログランキングに参加しています。お時間の許す方は、 “ぽち”応援よろしくお願いします。 ↓ ↓ ↓
2016年05月05日
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マノ・ネグラの中心人物による初ソロ作 1998年にリリースされたマヌ・チャオ(Manu Chao)の初ソロアルバムが『クランデスティーノ(Clandestino)』という作品。マヌ・チャオの本名は、ホセ・マヌエル・アルトゥロ・トマス・チャオ・オルテガ(José Manuel Arturo Tomás Chao Ortega)といい、生まれはフランスであるけれども、出自としてはスペイン。父はガリシア地方、母はバスク地方の出身だそうで、つまりは、スペインのフランコ独裁時代にフランスへ移住した家系に生まれた。 パリでストリート・ミュージシャンに始まり、いくつかのグループに参加した後、1987年にマノ・ネグラ(Mano Negra)を結成し、このバンドのリーダーとして、ヨーロッパ諸国を中心に成功をおさめた。本ファーストソロ作は、ラテンアメリカの様々な要素を取り込み、さらには世界を視野に収めた歌詞や場面が登場し、サンプリングを交えて、シンガーソングライターとしての実力にミクスチャーらしさをうまく組み合わせた音楽に仕上がっている。なかにはメキシコの反乱軍(90年代に武装蜂起したサパティスタ)のリーダーのメッセージもサンプリングの中には組み込まれている。加えて、“迫害される者”の立場に立った視線も映し出す内容で、上記の通り、フランコ独裁下で国外移住した家族出身という環境にもこのことは由来するのであろう。 それにしても、詞やセリフにはスペイン語のみならず、フランス語、英語はふつうに出てきてそれ以外の言語も飛び出し、もはや音楽の理解に言語は関係ない(はたまた、それぞれのメッセージは各言語がわかる本物の“世界市民”にしか理解できない?)という印象さえ受ける。詞の内容には、南米の大地の神パチャママが出てきたかと思うと日本を含む世界の動向みたいなものも出てきたりする。さらにはメキシコで反乱を起こしたサパティスタのスポークスマンの音声まで含まれている。詞を全部よく読んだわけではないけれど(上記の通りいろんな言語なので筆者には到底全てが理解できるわけもない)、激しく変動し動いていく世界とその中での個々が被る理不尽、個人の孤独感や生きる意味みたいなものが根底にあるのかな、と思わされたりする。 個人的に気に入っている曲をいくつか挙げてみると、表題曲の1.「クランデスティーノ(秘密の、非合法の)」、2.「デスアパレシード(失踪者)」、6.「ラグリマス・デ・オロ(金の涙)」、10.「ウェルカム・トゥ・ティフアナ(ティフアナへようこそ)」といったところ。とはいえ、上述のように、全体を通して聴くことで、制作者側のメッセージが伝わる作りで、音楽的にも言葉の上でも多様なものがミクスチャーされている。そのことは“聴き手が試される音楽”とも言えるだろうが、実はマヌ・チャオの意図はそんな難しいものでなく、断片断片を楽しんでもらうことも念頭にあったのだろうか、と勘繰ってみたりもする。[収録曲]1. Clandestino2. Desaparecido3. Bongo bong4. Je ne t'aime plus5. Mentira...6. Lágrimas de oro7. Mama call8. Luna y Sol9. Por el suelo10. Welcome to Tijuana11. Día Luna... día pena12. Malegría13. La vie à 214. Minha galera15. La despedida16. El viento1998年リリース。 【ただ今クーポン発行中です】Manu Chao / Clandestino (w/CD)【輸入盤LPレコード】(マヌ・チャオ)↑ジャケットイメージは上の通り(リンク先はLP)。CDへのリンクは↓ 【ただ今クーポン発行中です】【メール便送料無料】【メール便送料無料】Manu Chao / Clandestino(輸入盤CD)(マヌ・チャオ) 以下のブログランキングに参加しています。お時間の許す方は、“ぽち”応援よろしくお願いします。 ↓ ↓ ↓
2016年05月03日
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100万アクセス記念 いま聴きたい名曲~拡大版(ラテン編:その10) さて、ラテン編の10回目にして、100万アクセス記念の名曲の最終回は、「ノ・ソイ・デ・アキー、ニ・ソイ・デ・アジャー(No soy de aquí, ni soy de allá)」という、スペイン語を話す国々ではよく知られた名曲です。元々は、ファクンド・カブラル(Facundo Cabral,1937年ブエノスアイレス生まれ、2011年に74歳で死去)というアルゼンチンのシンガーソングライターによる1970年のナンバーです。往時の詩人らしい弾き語りのヴァージョンもいいのですが、今回は筆者が気に入っている、年を重ねてからの円熟のこちらの映像をご覧ください。 この曲を歌っているシンガーと言えば、同じくアルゼンチン出身のアルベルト・コルテス(Alberto Cortez)が有名です。ファクンド・カブラルとほぼ同世代(1940年生まれ)ですが、現在も74歳でご存命中です。彼が1971年にこの曲をリリースし、ヒットさせました。 最後にもう一つ、最近のこの曲のカバーを追加しておきます。昨年(2015年)にリリースされたタニア・リベルター(Tania Libertad,前回記事も参照)のアルバム『ポル・ティ・イ・ポル・ミー(Por ti y por mí)』に収録されているこの曲のビデオをどうぞ。 [収録アルバム]Facundo Cabral / Facundo Cabral(1971年)Alberto Cortez / No soy de aquí(1971年)Tania Libertad / Por ti y por mí(2015年)↓ファクンド・カブラルのベスト盤(もちろんこの曲も含む)です。↓ Facundo Cabral / Coleccion Rca 100 Anos De Musica 輸入盤 【CD】↓アルベルト・コルテスのベスト盤↓ 【メール便送料無料】ALBERTO CORTEZ / SOLO LO MEJOR: 20 EXITOS (輸入盤CD) 下記のランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、バナーを“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓
2016年03月08日
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100万アクセス記念 いま聴きたい名曲~拡大版(ラテン編:その9) アルマンド・マンサネロ(Armando Manzanero)は、1935年、メキシコはユカタン州出身のシンガーソングライターで、著名な作曲家。一方のタニア・リベルター(Tania Libertad)は、過去記事((1) ・(2) ・(3) )で何度か取り上げているように、ペルー出身でメキシコを拠点とする女性シンガー。この二人はことあるごとにコラボをしていますが、今回は、「ドルミール・コンティーゴ(Dormir Contigo)」という曲を取り上げたいと思います。 数年前にリリースされた『マンサネロ・ア・トレス・ピスタス(Manzanero a 3 pistas)』というアルバムの中で、タニア・リベルターはこの曲を取り上げています。まずはライヴでの二人の共演映像をご覧ください。 ちなみに、この曲は、メキシコを代表する男性ポップ・シンガー、ルイス・ミゲル(Luis Miguel)の歌唱でも知られます。そんなわけで、ルイス・ミゲルによるヴァージョンもどうぞ。 とまあ、ご覧いただいた上でこう言うのも何ですが、彼のようないかにもハンサム系の男性が歌うとエロくていけませんね(笑)。このビデオの映像もいかにもなのですが、なんせこの曲のタイトルは“君と一緒に寝る”って意味ですので…。そんなわけで、個人的には、いかにも若い声や甘い声での解釈よりも、貫禄や枯れた感じのあるヴォーカルの解釈の方が好きだったりします。[収録アルバム]Tania Libertad / Manzanero a 3 pistas(2013年)Armando Manzanero / Duetos: Lo mejor de Armando Manzanero(2000年)←ソフィア・オロスコとのデュエットLuis Miguel / Amarte es un placer(1999年)↓この曲は含みませんが、アルマンド・マンサネロのベスト盤です↓ 【メール便送料無料】Armando Manzanero / 20 Exitos Originales (輸入盤CD)↓上記のルイス・ミゲルのアルバムです↓ Luis Miguel ルイスミゲル / Amarte Es Un Placer 輸入盤 【CD】下記のブログランキングに参加しています。応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2016年03月07日
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100万アクセス記念 いま聴きたい名曲~拡大版(ラテン編:その8) さて、ここらへんで一気に趣向を変えて、メルセデス・ソーサ(Mercedes Sosa)の有名曲をいってみたいと思います。アルゼンチン出身のフォルクローレ・シンガーで、“アメリカの声”(“アメリカ”というのはもちろん“合衆国”ではなくて“アメリカ大陸”の意味)の異名をとる女性歌手です。1960年代にデビューして、1980年代頃からはジャンルにとらわれないシンガーとして様々な曲を世に送り出し、2009年に74歳で亡くなっています。日本にも1970年代に2度来日しています。 まずは、彼女が歌う「人生よありがとう(Gracias a la vida)」をどうぞ。 上の映像の冒頭のセリフにも出てきますが、この曲を作ったのは、チリ出身の女性シンガーソングライター、ビオレタ・パラ(Violeta Parra)です。1917年生まれの彼女は、1967年に49歳で自殺してしまっていますが、その前年に吹き込まれたアルバム(『ラス・ウルティマス・コンポシシオネス(最新曲集)』)に含まれていた1曲がこの「人生よありがとう」でした。ビオレタ・パラによるこの曲を、彼女の写真スライドとともにお聴きください。 [収録アルバム]Mercedes Sosa / Homenaje a Violeta Parra(1971年)Violeta Parra / Las últimas composiciones(1966年) Mercedes Sosa メルセデスソーサ / Homenaje A Violeta Parra 輸入盤 【CD】 ブログランキングに参加しています。応援くださる方は、ぜひ“ぽちっと”お願いします。 ↓ ↓ ↓
2016年03月06日
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100万アクセス記念 いま聴きたい名曲~拡大版(ラテン編:その7) 100万アクセス記念が長く続いていますが、第3弾の“ラテン系ロック・ポップス編”もようやく7回目となり、あと少しで完結が見えてきました。EL TRIに続き、今回もメキシカンロックのバンドの曲をもう一つ取り上げてみたいと思います。 フォビア(Fobia)というこのバンドは、1980年代後半に活動を開始し、1990年に最初のアルバムを発表しています。ちょうどメキシコでロックがメジャー化していく時期から10年程活動し、いったん解散(その解散ライヴはアルバム『オン・アイス』としてもリリースされています)した後、2003年から現在までメンバーを入れ替えながら再び活動していて、全期間あわせて10枚ほどのアルバムを出しています。 代表曲はいろいろとあるのですが、今回は若かりし彼らのライヴを見た時(といっても地元の体育館みたいなところでのローカルなライヴだったのですが)に印象に残った曲の一つを取り上げてみます。まずはアルバム所収のオリジナルのヴァージョンをどうぞ。 今回は、もう少し最近のライヴからもう一つの映像もご覧いただきたいと思います。2013年、ケレタロ州の州都、ケレタロ市での演奏シーンです。 [収録アルバム]Fobia / Amor chiquito(1995年) ブログランキングに参加しています。応援くださる方は、ぜひ“ぽちっと”お願いします。 ↓ ↓ ↓
2016年03月04日
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100万アクセス記念 いま聴きたい名曲~拡大版(ラテン編:その6) 続いては、メキシカン・ロックの大御所、エル・トリ(El Tri)の古典的ナンバーです。このバンドは、1984年から現在に至るまで第一線で活躍していて、グラミーのスペイン語ロック部門でもノミネートの常連となっています。今回取り上げる「オジェ・カンティネロ(Oye cantinero)」という代表曲は、1970年代のもので、前身バンド、スリー・ソウルズ・イン・マイ・マインド(Three Soul In My Mind)時代のものです。まずはオフィシャル・ビデオをどうぞ。 “カンティネロ”というのは、酒場の店員のことで、女にふられた男が酔っぱらいながらもう一杯頼んでいるという、どうしようもないシチュエーションを歌ったものです。今回はもう1つ、ライヴの映像もご覧いただこうと思います。同じくメキシコのロック界ではよく知られたエル・アラガン(El Haragán, ルイス・アルバレスLuis Álvarez)との共演の模様をどうぞ。 [収録アルバム]Three Soul In My Mind / 15 Grandes Éxitos(1982年、ベスト盤)El Tri / En vivo: en la cárcel de Santa Martha(1989年、ライヴ盤) 以下のブログランキングに参加しています。お時間の許す方は、 “ぽち”応援よろしくお願いします。 ↓ ↓ ↓
2016年03月02日
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100万アクセス記念 いま聴きたい名曲~拡大版(ラテン編:その5) 続いては、スペインの女性シンガー、マルー(Malú)の最新ナンバーです。もう何年も前からすっかり筆者のお気に入りとなっているマルーですが、昨年(2015年)11月に新作(『カオス(Caos)』)をリリースしました。過去記事にも書きましたが、父はフラメンコシンガー、叔父はあのパコ・デ・ルシーアという音楽一族の出身です。 これに先行して9月にリリースされ、瞬く間にヒットとなったシングル曲「キエロ(Quiero)」をどうぞ。 続いてはTV出演でのライヴでの様子です。 このヒット曲、そして新作アルバムのナンバーを携えてのライヴツアーは、今年(2016年)4月、アンダルシアの古都コルドバを皮切りに始まり、スペイン国内各地を回るそうです。[収録アルバム]Malú / Caos(2015年) 下記ランキングに参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓
2016年03月01日
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100万アクセス記念 いま聴きたい名曲~拡大版(ラテン編:その4) ここらで少し気分を変えて、フレンチ・ポップスのお気に入り曲を取り上げたいと思います。シャンソンやジャズの要素を取り入れた心地よいポップスを聴かせてくれるパトリシア・カース(Patricia Kaas)は、1980年代にデビューし、1990年代には世界に知られるようになったフランスの女性シンガーです。 筆者が最初に聴いたアルバムは、1993年の『永遠に愛する人へ(Je te dis vous)』だったのですが、その中で最初にお気に入り曲となったのが、この「オテル・ノルマンディ(Hôtel Normandy)」というナンバーでした。 20歳そこそこでデビューしたパトリシア・カースも、そろそろキャリア30年を迎えるころです。もちろん、現在も変わらず活動を続けています。以下は20年ほど前と思しき、まだ20歳代の頃のライヴ映像です。 [収録アルバム]Patricia Kaas / Je te dis vous(永遠に愛する人へ)(1993年)↓上記を含むオリジナルアルバム5枚セット↓ 【送料無料】 Patricia Kaas パトリシアカース / Original Album Series 輸入盤 【CD】 次のブログのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓
2016年02月29日
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100万アクセス記念 いま聴きたい名曲~拡大版(ラテン編:その3) コロンビア出身の歌姫シャキーラ(Shakira)は、母語のスペイン語に加え、英語でもアルバムを出し、世界的に知られた女性シンガーです。 そんな彼女の国際的な飛躍のきっかけになったのは、1995~96年に発表された3枚目のアルバム『裸足のままで(ピエス・デスカルソス)』でした。母国コロンビアでは1995年、その他の国々では翌1996年に発売されましたが、このアルバムの売れ行きを牽引したのが、このシングル曲「エストイ・アキー(Estoy aquí)」でした。 まずはオフィシャル・ビデオをどうぞ。 このヒット曲も、はや20年前のものとなりましたが、それにしてもこのビデオのシャキーラは若いですね(髪もまだ黒かったですし)。もう1本は、少し新しめの映像ということで(といってももう5年前ということにはなりますが)、2011年のライヴの模様をどうぞ。 [収録アルバム]Shakira / Pies Descalzos(裸足のままで)(1995年)下記のブログランキングに参加しています。応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2016年02月27日
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100万アクセス記念 いま聴きたい名曲~拡大版(ラテン編:その2) 世にはクリッシー・ハインドやジョーン・ジェットなど、“姉御”といったイメージの女性シンガーがいます。でもって、ラテン系ロック/ポップスの世界で“姉御”といえば、筆者的としては断然この人。メキシコ人女性シンガーのセシリア・トゥーサン(Cecilia Toussaint)です。そして、彼女の代表曲の一つが1980年代半ばのこのナンバー、「アマメ・エン・ウン・オテル(Ámame en un hotel)」です。 この曲には原曲があります。カフェ・タクバ(Café Tacuba, 参考過去記事)がカバーした「チランガ・バンダ」の作者としても有名で、メキシカンロックの礎を築いた一人である、ハイメ・ロペス(Jaime López)が作曲者です。そんなわけで、ハイメ・ロペスによる「アマメ・エン・ウン・オテル」もお聴きください。 ちなみに、動画に出てくる写真のネオンですが、“ホテルのガレージ”ではありません(笑)。メキシコの“Garage”と表示されたホテルは、いわゆるラブホのことで、歌の歌詞に因んでいるということなんでしょう。[収録アルバム]Cecilia Toussaint / Arpia(1985年) ブログランキングに参加しています。応援くださる方は、ぜひ“ぽちっと”お願いします。 ↓ ↓ ↓
2016年02月27日
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100万アクセス記念 いま聴きたい名曲~拡大版(ラテン編:その1) 100万アクセス突破の記念ということで、長丁場の“いま聴きたい名曲”集となっていますが、今度は“ラテン編”をお送りします。ラテン系(欧州、中南米問わず)のポップスやロックの曲で思いついたものを10曲お届けの予定です。よろしくお付き合いください。 第1回は、一度聴いたら忘れられないこの曲(名曲というよりは迷曲?)です。かすかな記憶をたどると、筆者がこれを最初に耳にしたのは、たしか1990年代末頃だったように思うのですが、調べてみたら元々は1988年に発表されているナンバーでした。 歌も演奏もあまりにも印象的なのに加え、この長ったらしいタイトル(「メ・ドゥエレ・ラ・カラ・デ・セール・タン・グアポ(Me duele la cara de ser tan guapo)」)は、“おいらはハンサムすぎて顔が痛えよ”という、何ともシュールな意味のスペイン語だったりします。初めて聴いてなぜだか大笑い。以来、自分の中では忘れ得ぬナンバーになってしまっています。 これを演っているバンドは、ロス・イヌマーノス(Los Inhumanos)という、スペインはバレンシア出身のグループです。1983年にデビューし、現在も活動を続けています。このバンド名は英語に訳すと“The Inhumans”(人間離れした者たち)という意味ですが、アメリカのコミックと関係あるのかどうか、その辺りはよく分かりません(ご存知の方がいればぜひ教えてください)。[収録アルバム]Los Inhumanos / 30 hombres solos(1988年) 以下のブログランキングに参加しています。お時間の許す方は、 “ぽち”応援よろしくお願いします。 ↓ ↓ ↓
2016年02月26日
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ビクトル・マヌエルの名曲・名唱選(その7) スペインのシンガーソングライター、ビクトル・マヌエルの曲を不定期シリーズで取り上げてきましたが、今回(その7)で一区切りにしたいと思います。最後を飾るのは、彼の初期の有名シングル曲、「エル・アブエロ・ビクトル(El abuelo Víctor)」です。 1960年代半ば、北の大地から首都マドリードへ出てきて音楽活動を始めた彼の初期の活動は大きく制約を受けるものでした。フランコ独裁政権下ですから、今からは想像できない時代でした。そんな中、兵役を終えた20歳過ぎの若きビクトルが1969年に発表したシングルの一つがこのナンバーです。 タイトルは「祖父ビクトル」という意味で、炭鉱夫だった彼の祖父をテーマにしています(スペインでは、親子や家族間で名前が同じということがよくありますので、彼と同じくお爺さんもビクトルだったのでしょう)。この曲のリリースの数か月後に、このお爺さんは亡くなられたそうです。 時は流れ、半世紀近くが経ち、このシンガー自身も60歳代の“お爺さん”になりました。同世代の盟友であるシンガー、ジョアン・マヌエル・セラーとの共演の様子(2014年)で締めくくりたいと思います。 最後に、これまでの6曲のリンクも貼っておきます。(その1)「ソロ・ピエンソ・エン・ティ(Sólo pienso en ti)」(その2)「アストゥリアス(Asturias)」(その3)「シン・メモリア(Sin memoria)」(その4)「スベ・アル・デスバン(Sube al desván)」(その5)「ソイ・ウン・コラソン・テンディード・アル・ソル(Soy un corazón tendido al sol)」(その6)「ニーニョ・デ・ナディエ(Niño de nadie)」[収録アルバム]Ana Belén y Víctor Manuel / Mucho más que dos(ライヴ盤、1994年)その他、各種ベスト盤類に収録。 次のブログのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓
2015年08月22日
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カイファネスからハグアーレスにいたるリメイク+α ハグアーレス(Jaguares)は以前にファースト作を取り上げているが、1995年から2010年まで活動したメキシコのロック・バンド。サウル・エルナンデス(ヴォーカル、ギター)を中心としたグループで、本盤『エル・プリメール・インスティント(El primer instinto)』は、2002年にリリースされた作品である。 収録されている曲は、このバンドのナンバーだけでなく、前身バンドであるカイファネス(Caifanes)時代からこの時点までの代表的レパートリーを中心に構成され、アコースティックなアレンジで演奏されている。主に前半~中盤にかけてがカイファネス時代のナンバー、終盤にかけてがハグアレス時代のナンバーとなっていて、前年リリースのサード作『クアンド・ラ・サングレ・ガローパ』の曲も(8.,12.,16.)が含まれている。他には、メキシコの有名歌手フアン・ガブリエルのカバー(4.)や未発表曲(7.,17.)も収録されている。 このバンドを知る人にとっては有名ナンバーがずらりと並ぶが、曲自体のみならずアコースティック演奏という要素も含めて、個人的好みの曲をいくつかピックアップしてみたい。1.「キシエラ・セール・アルコール(アルコールになることができるなら)」は、最初から盛り上がる熱唱。ちなみにこの曲は、先住民言語のセリフ(?)から始まる(他の収録曲にも先住民言語のセリフが冒頭に挿入されているものがある)。確かに本盤のアートワークは、そういう先住民の精神世界みたいなものを意識しているようで、アステカの羽根飾りやら古代の彫刻みたいなのがジャケットなどに使われている。 上述のフアン・ガブリエル曲の4.「テ・ロ・ピド・ポル・ファボール(君へのお願い)」は、元の曲はいかにもロックと縁がなさそうなのが、完全に彼ら色の軽快なロック調に変わっているのが興味深い。5.「ペルディ・ミ・オホ・デ・ベナード(鹿の目を失った俺)」はもともとお気に入り曲なのだけれど、サウル・エルナンデスのヴォーカルのよさが典型的に出ているナンバーの一つ。 9.「マテンメ・ポルケ・メ・ムエロ(死んでしまいそうだから殺してくれ)」と10.「ラ・セルラ・ケ・エスプロータ(爆発する細胞)」は、ともにカイファネス時代の代表曲。とりわけ後者はトランペットを取り込んだことで、“マリアッチ・ロック”などと呼ばれたりもしたが、本盤ではオーケストラ・サウンドのアレンジを加えての演奏になっている。 ハグアーレス時代になってからのナンバーとしては、先記のファースト作所収曲の14.「デトラス・デ・ロス・セロス(丘の向こうに)」が個人的には好み。ここではいくつかの曲だけをピックアップしたが、捨て曲はほとんどなしん好曲・好演揃い。ある種ベストっぽい選曲ではあるけれど、演奏自体は単なるヒット曲集ではなくて工夫が凝らされているし、各曲は長尺はないものの17曲70分近いボリューム。案外、初めてハグアーレス(およびカイファネス)を体験する人にも二重丸のおすすめ盤となるんじゃないだろうか。[収録曲]1. Quisiera ser alcohol2. No dejes que...3. Viento4. Te lo pido por favor5. Perdí mi ojo de venado6. Antes de que nos olviden7. Arriésgate8. La vida no es igual9. Mátenme porque me muero10. La célula que explota11. La llorona12. Como tú13. Imagíname14. Detrás de los cerros15. Fin16. Por un beso17. No importa2002年リリース。 【メール便送料無料】ハワレスJAGUARES / PRIMER INSTINTO (輸入盤CD) (ハワレス)下記のブログランキングに参加しています。応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2015年07月27日
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ビクトル・マヌエルの名曲・名唱選(その6) 忘れた頃にやってくる感じで、スペインのシンガーソングライター、ビクトル・マヌエル(Víctor Manuel)の名曲選をお届けしていますが、今回はこの曲です。1996年の『シン・メモリア』所収の「ニーニョ・デ・ナディエ」というナンバーです。 まずは、曲をお聴き下さい。 どこか物悲しい感じを受ける曲ですが、それもそのはず。曲のテーマは“バルセロナからブエノス・アイレスまで”、つまりは、このシンガーが活動するスペインから南米に至るまでの街角で見かける、街で生きる子どもたちです。そうした子どもたちがこの曲のタイトルの「誰の子でもない子ども(ニーニョ・デ・ナディエ)」というわけです。 はた目にはどこに住んでいるのかわからない、路上にいる子どもたち…。近頃は日本でも“貧困”が議論になっていますが、日本の中では、まだまだそういう光景は目にしません。将来そうなっていくのかどうかもわかりませんが、海外のストリート・チルドレンの支援などと言っている国が、間違っても近い未来にそういう子どもたちを多く抱える国にはなって欲しくないものです。[収録アルバム]Víctor Manuel / Sin memoria(1996年)下記のブログランキングに参加しています。応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2015年07月12日
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ビクトル・マヌエルの名曲・名唱選(その5) スペインのシンガーソングライター、ビクトル・マヌエル(Víctor Manuel)の名曲・名唱を不定期でお届けしてきましたが、文字通り“不定期”なため、かなり間が空いての更新ですが、ご容赦ください。 さて、今回の曲は「ソイ・ウン・コラソン・テンディード・アル・ソル(Soy un corazón tendido al sol)」というナンバー。直訳すると、“自分は太陽に向かってオープンな心”といったような意味合い。要は、いくらかすがすがしい感じのするタイトルなわけです。 そんな雰囲気がそのままの1990年代のライヴの名唱をどうぞ。 元々は1979年の曲で、既にシンガーソングライターとしての地位は確立されていたものの、この曲が表題曲となったアルバム『ソイ・ウン・コラソン・テンディード・アル・ソル』によって、さらなる名声を得ることになりました。以下の映像によれば、彼にとって“トンネルを抜けた先の虹”のようなナンバーだったそうです。2014年秋の多彩なゲストを迎えての50周年ライヴの様子です。白髪が増え、明らかに見た目は老けましたが、その魅力は衰えていない、という印象を受ける映像です。 このビクトル・マヌエルのシリーズ、忘れたころに更新というパターンになりつつありますが、きっと次回もあると思います(?)ので、どうか気長にお付き合いください。[収録アルバム]Víctor Manuel / Soy un corazón tendido al sol(1979年)下記のブログランキングに参加しています。応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2015年05月03日
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パブロ・ミラネス名曲選(その5~後編) 5回シリーズでお届けしたパブロ・ミラネス(Pablo Milanés)の名曲選ですが、他のアーティストによるカバーでの「エル・ブレべ・エスパシオ・エン・ケ・ノ・エスタス(El breve espacio en que no estás)」をあと数本ご覧いただきたいと思います。 秀逸なカバーと言えば、私的にはメキシコの男性シンガー、ミハーレス(Mijares)が思い浮かびます。1980年代当時、若い女性に人気抜群だったミハーレスですが、同じく大人気だったルイス・ミゲルのいかにもアイドル的な人気に対して、ミハーレスの場合は、どこかしら(同じくアイドル的ではあったとはいえ)“声で聴かせる”みたいな部分が強かったような気がします。そんなミハーレスの80年代後半のライヴ映像をどうぞ。 続いては、アルゼンチンのシンガーソングライター・作曲家のフィト・パエス(Fito Páez)のものです。こういうオーケストラとの相性もよく、なおかつこのヴォーカルは個性的です。 もう1本、最後はタニア・リベルター(Tania Libertad)の熱唱を挙げておきたいと思います。天性の“癒しの声”を持つペルー出身の女性歌手です(参考過去記事(1)・同(2))。10年近く前(2006年、メキシコの国立コンサートホールAuditorio Nacionalにて)の映像なのですが、それ以前の若いころと違って、なかなか貫禄が出てきた感じ(映像の当時、50代半ばといったところ)でもあります。 とまあ、最後は様々なカバーに行き着きましたが、ひとまずは、パブロ・ミラネスの名曲集、締めくくりとします。 次のブログのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓
2015年04月26日
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パブロ・ミラネス名曲選(その5~前編) キューバのシンガーソングライターで、スペイン語圏諸国で絶大な支持を得ているパブロ・ミラネス(Pablo Milanés)の名曲選をお届けしてきましたが、ひとまずはこの第5回目(少々長い“その5”になりそうですが…)で一段落としたいと思います。数々のアーティストによってカバーされてきたこの名曲です。タイトルは「エル・ブレべ・エスパシオ・エン・ケ・ノ・エスタス(El breve espacio en que no estás)」、日本語にするならば、「君がいないわずかな空間」といった意味です。動画リンクができなかった頃の過去記事でも取り上げていますが、今回は動画付でご覧いただければと思います。まずは、パブロ・ミラネスによるヴァージョンをお聴きください。 今回はひたすら動画をお届けいたします(笑)。続いては、同じくご本人による比較的最近(2012年)のライヴの映像です。 続いては、ちょうど20年ほど前、1990年代のアルバム化されたライヴでのビクトル・マヌエル(スペインのシンガーソングライター)とのデュエットをどうぞ。 以上、パブロ・ミラネス自身が絡んだものを3つ挙げましたが、上述のように、スペイン語圏では実にたくさんのアーティストにカバーされている“定番”あるいは“クラシック”と呼んでよさそうなナンバーです。そのようなわけで、他のアーティストによるカバーも取り上げたいと思うのですが、長くなりそうなので、ひとまずは回を改めて“後編”へ続くことにしたいと思います。[オリジナルの収録アルバム]Pablo Milanés / Comienzo y final de una verde mañana(1984年) 【メール便送料無料】Pablo Milanes / Hoy Y Siempre Pablo Milanes Canciones (輸入盤CD)【I2014/11/25発売】 【メール便送料無料】Pablo Milanes / Hoy Y Siempre Pablo Milanes Todo El Filin (輸入盤CD)【I2014/11/25発売】 下記ランキングに参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓
2015年04月25日
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パブロ・ミラネス名曲選(その4) 一人のシンガーの作風がずっと同じということは、キャリアの長い人であれば、ふつうはないわけですが、そうすると、ファンの間では“どの時期がいいか”といった議論になるものです。個人的な好みで思い切って言い切ってしまうならば、パブロ・ミラネスで特に好きなのは70年代半ば、そして80年代半ばのいくつかのアルバムでしょうか。曲単位でいろいろ考え始めると、上のようにきれいに言いきれないのは確かなのですが、今回と次回はそのうちの70年代半ばのナンバーを取り上げてみたいと思います。 ともあれ、今回の曲「ジョ・ピサレ・ラス・カジェス・ヌエバメンテ(Yo pisaré las calles nuevamente)」を、まずはお聴きください。 この曲は、日本語にすると“あらためて街を闊歩する”といった意味合いで、曲調もどこか明るく感じられるかもしれません。けれども、どうやらこの詞は重い事態の後の自由、その経緯で亡くなった人を歌っています。具体的には、チリの政治運動家ミゲル・エンリケスにささげられたナンバーで、パブロ自身によれば、1974年、ピノチェト軍事政権の治安維持部隊との衝突で彼が亡くなったニュースを知った“20分後”に書いた曲とのこと。 今回は2010年のライヴの映像もご覧ください。 前回記事にも書きましたが、今の日本の状況を考えるにつけ、そういう風にはなってほしくないものです。抑圧状況やその後の自由は、それはそれでいいものかもしれませんが、21世紀初頭の現在、望ましいのは抑圧感なくその自由を享受し続けられることではないかと思います。とか何とかそういうことを言い始めると、こういう名曲は日本からは出ないのかもしれませんが(苦笑)。[収録アルバム]Pablo Milanés / La vida no vale nada(1976年) 下記のランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、バナーを“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓
2015年04月23日
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パブロ・ミラネス名曲選(その3) キューバのシンガーソングライター、パブロ・ミラネスの名曲選を不定期でお届けしていますが、今回は、80年代半ばのお気に入りアルバムに収められた「ポブレ・デル・カントール(Pobre del cantor)」というナンバーです。 どうやらこの詞はシンガーの政治的弾圧や圧力といったものを歌っているようで、私たち日本人にはぴんと来ないテーマかもしれません。いや、ひょっとすると、少し前までの日本では、といった方がいいかもしれません。どうも近頃は政治(お上)に都合の悪いものは、だんだんテレビやマスコミに露出しなく(できなく?)なっているような気がしないでもありません…。 そもそも20世紀を通じて政治的な不安定が多かったラテンアメリカ、それもキューバ革命という大きな変化を経たキューバのシンガーの現実は、“その時に特有のもの”として過ぎたものと見なされがちですが、そういった済ませ方はよくないのかもしれません。抑圧や弾圧に対する“下からの声”は、国民や市民のヴァイタリティがないと表明できないもので、そろそろ日本に住む私たちもそれを認識し直す必要があるのかもしれません。 ともあれ、今回は同じ曲の音源をもう1本。同じくキューバ出身のシンガー、シルビオ・ロドリゲス、さらにはアルゼンチン人のセサル・イセッラとの共演による、アルゼンチンでのライブ音源をどうぞ。 [収録アルバム]Pablo Milanés / Comienzo y final de una verde mañana (1985年) 【メール便送料無料】Pablo Milanes / Hoy Y Siempre Pablo Milanes Los Anos (輸入盤CD)【I2014/11/25発売】 【メール便送料無料】Pablo Milanes / Hoy Y Siempre Pablo Milanes Todo El Filin (輸入盤CD)【I2014/11/25発売】 下記ランキングに参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓
2015年04月05日
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パブロ・ミラネス名曲選(その2) キューバのシンガーソングライター/シンガーのパブロ・ミラネス(Pablo Milanés)名曲選、第2回目をお届けします。1970年発表の名曲、「ヨランダ(Yolanda)」です。 ヨランダというのは、スペイン語での女性の名前です。つまり、ヨランダという女性へ向けたラヴ・ソングといった内容の詞です。まずは、シルビオ・ロドリゲス(Silvio Rodríguez)とのデュエットでどうぞ。シルビオ・ロドリゲスは、パブロ・ミラネスとともに当時の新しいキューバの音楽の潮流(ヌエバ・トローバ)を築いた人物で、以下の映像はスペイン語の歌詞付きです。 さて、さらに映像をもう一本お届けしたいと思います。スペインの有名シンガー、ホアキン・サビーナ(Joaquín Sabina)と共演した1993年、マドリードでのライヴ映像です。 [収録アルバム]Pablo Milanés / Yo me quedo, Auto de fe(1982年)その他、ベスト盤類に多く収録。 【メール便送料無料】Pablo Milanes / Hoy Y Siempre Pablo Milanes Canciones (輸入盤CD)【I2014/11/25発売】 【メール便送料無料】Pablo Milanes / Hoy Y Siempre Pablo Milanes Los Anos (輸入盤CD)【I2014/11/25発売】 【メール便送料無料】Pablo Milanes / Hoy Y Siempre Pablo Milanes Todo El Filin (輸入盤CD)【I2014/11/25発売】 次のブログのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓
2015年03月29日
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パブロ・ミラネス名曲選(その1) パブロ・ミラネス(Pablo Milanés)は、1943年キューバ出身の歌手・作曲家。ラテンの世界では絶大な人気を誇っていて、1960年代末から1970年代にかけてのキューバでの“ヌエバ・トローバ(Nueva Trova)”の潮流をシルビオ・ロドリゲスらとともに作った人物として知られています。 そんな彼の曲にはとにかく美曲が多いのです。そのようなわけで、不定期更新ながらぼちぼちと彼のナンバーを動画つきで紹介していきたいと思います。 第1曲目は、「クアント・ガネ、クアント・ペルディ(Cuánto gané, cuánto perdí)」というナンバーです。澄んだ雰囲気で何とも彼らしい代表曲の一つと言えるかと思います。 さて、この曲の本人はどんな顔をしているかというと、声のイメージとは違って、案外もさいおじさん(失礼)です。後でショックを受けないように(笑)、初回からご本人の映像もご覧いただきたいと思います。いつのものかはっきりしませんが、80~90年代頃のライヴ映像と思われます。 [収録アルバム]Pablo Milanés / El Guerrero(1983年)その他、ベスト盤類にもしばしば収録。下記のブログランキングに参加しています。応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2015年03月26日
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ビクトル・マヌエルの名曲・名唱選(その3) スペインのシンガーソングライター、ビクトル・マヌエル(Víctor Manuel)の曲を取り上げる不定期更新シリーズの第3回です。 彼は主に1980年代に有名曲を多く発表していますが、シンガーとしての最盛期はどこにあるのか、などと考えるにつけ、1990年代の活躍も見過ごすことはできません。優れたライヴ盤(1994年の『ムチョ・マス・ケ・ドス』、1996年の『エル・グスト・エス・ヌエストロ』)だけでなく、ソロとして発表したアルバムにも、その進化の後がしっかりと残されていることではないかと思っています。 そんな観点から、外してはならないと思えるのが、1996年のアルバム、『シン・メモリア』です。さほど注目されたアルバムではなかったかもしれませんが、個人的にはお気に入りで、繰り返し聴いています。今回はその表題曲である「シン・メモリア(Sin memoria)」をどうぞ。 弾き語り風のギター伴奏にいくらかの楽器をかぶせたシンプルな作りで、ヴォーカルで真っ向勝負な感じがします。でもこの作りのおかげでビクトル・マヌエルらしさが実によく出ている曲ではないかと思ったりもします。 “ビクトル・マヌエルらしさ”と言いましたが、具体的には次の二点です。一つは、このヴォーカルの“色気”。男でも(別に“その気”があるわけではありません)ぞくぞくしてしまいそうなこういうヴォーカルは、どこでも簡単にお目にかかれるものではありません。もう一つは、“詩人”としての側面。ビクトル・マヌエルは、シンガーソングライターとして活躍してきましたが、その良さも存分に発揮されています。 ちなみにこの表題は「記憶なしに」という意味で、詞の内容は、“これまでの過去の記憶なしに生きることはできない”というものです。1人称で歌われていますが、人間一般の広い意味にも理解できそうな歌詞で、聴き手に広い解釈の余地を残し得る歌詞になっているように思います。この曲を聴きながら、年末を迎えたこの時期に、1年の記憶を振り返ってみるというのもいいのではないでしょうか。下記のブログランキングに参加しています。応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2014年12月29日
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ビクトル・マヌエルの名曲・名唱選(その2) スペインのシンガーソングライター、ビクトル・マヌエル(Víctor Manuel)を取り上げる不定期シリーズ第2弾です。この人の出身地はというと、いかにもスペイン中央部(カスティーリャ・ラ・マンチャ)や、よくフランメンコのイメージで語られる南部のアンダルシアといった場所のではなく、北部のアストゥリアスという少々マイナーなところです。行ったこともないので、よくわかりませんが、個人的には“陽気なスペイン”のイメージとはちょっと違った地域なイメージを持っています。さらに余談ながら、スペインの王位継承予定者(皇太子)は、代々、アストゥリアス王子の称号を持ち、最近、スペインの王は交代したので、現在はまだ9歳の娘さん(レオノール王女)がその地位にいます。 そんな出身地アストゥリアスを真っ向からタイトルにしたのがこの「アストゥリアス(Asturias)」という曲です。ペドロ・グラフィアという人の詩にビクトル・マヌエルが曲をつけたらしいのですが、スペインではまだフランコが生きていた時代ゆえ、詩が作られた70年段階では検閲にあって、結局はフランコ没後の76年まで公にされなかったということのようです。 1934年の十月革命、第二共和政後の抑圧などが登場し、アストゥリアスを擬人化して語り掛けるような口調が印象的です。まずは若い頃(といっても30歳代の末)の映像からご覧ください。1986年のライヴ映像とのことです。 続いては、この同じ曲の、近年の演奏の様子をもう一つ。昨年(2013年)、オーケストラを従えてのビクトル・マヌエルの歌唱です。見た目は白髪の老境に入りつつありますが、この曲の雰囲気がよく伝わる好演ではないかと思ったりする次第です。 下記のブログランキングに参加しています。応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2014年12月14日
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海へ身を投げた女性詩人の物語(後編) 今日から12月ですが、記事内容は昨日の前編からのつづきです。引き続き、ペルー出身でメキシコを舞台に活躍する女性シンガー、タニア・リベルター(Tania Libertad)による「アルフォンシーナと海」の動画を取り上げてみます。 この曲の詞に歌われているアルフォンシーナというのは、人物名(女性の名前)です。しかも、それは実在の人物で、有名なアルゼンチンの女流詩人のアルフォンシーナ・ストルニという人です。 アルフォンシーナは1892年、両親が滞在していたスイスに生まれ、物心がつく前にはアルゼンチンに戻って、1910年代から詩人として活躍しました。しかし、若くして乳癌に侵され、1938年に46歳でマル・デル・プラタの水面に身を投げその生涯を閉じたのです。 彼女の死については、しばしばロマンチックに静かな自殺だったと言われたりします。「アルフォンシーナと海」という曲は、このストーリーが題材となっています。ひとり孤独に、静かに海に眠るアルフォンシーナ、というわけです。 こうした背後にあるストーリーを知れば、次の悲しげでかつドラマチックなヴァージョンの雰囲気も納得ということになるでしょうか。 最後にライヴのものも、ということで、比較的最近と思しきライヴの歌声をどうぞ。“アメリカの声”と呼ばれたメルセデス・ソーサ(2009年没)亡き後、「アルフォンシーナ~」を歌い継いでいくのは、この人しかいないと思ったりする次第です。 [収録アルバム]Tania Libertad / Alfonsina y el mar(1989年)その他、ベスト盤・ライヴ盤等にも収録。 下記のランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、バナーを“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓
2014年12月01日
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海へ身を投げた女性詩人の物語(前編) タニア・リベルター(Tania Libertad)は、かなり前にアルバム『アマール・アマンド』や、フィル・マンザネラとの共演盤で紹介したとおり、メキシコを舞台に活躍しているペルー出身の女性歌手。今回はそのタニアが歌う超名曲を取り上げてみようと思います。 「アルフォンシーナと海(Alfonsina y el mar)」というのがその曲で、もともとは1969年にアルゼンチンの作曲家(アリエル・ラミーレス)と作詞家(フェリックス・ルナ)がつくり、メルセデス・ソーサが最初に歌ったことで有名になりました。その結果、スペイン語圏では様々な歌い手がカヴァー・ヴァージョンを発表しているのですが、中でもとりわけ評価の高いのが、タニア・リベルターによる「アルフォンシーナと海」です。 さて、タニア・リベルターによる「アルフォンシーナと海」ですが、複数の異なるヴァージョンがあります。ライヴのものを別にしても、スタジオ録音のものだけでも筆者の手元には異なるものがあります。メジャーには安易に乗っからずに、マイナーレーベルでアルバムを出し続けているアーティストだけに、どれがいつ出たものでどこに収められているのかはっきりわからないのですが、個人的に気に入ったものからピックアップということでご覧ください。 一つめがギター伴奏ヴァージョン、下はピアノ伴奏ヴァージョンです。 でもって、“海へ身を投げた~”という表題が何なのか、と疑問の方もいらっしゃるかもしれませんが、1回の記事にするには長くなってしまいそうです。話の続きは、次回更新まで少々お待ちください。(後編へ続く)[収録アルバム]Tania Libertad / Alfonsina y el mar(1989年)その他、ベスト盤・ライヴ盤等にも収録。 次のブログのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓
2014年11月30日
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スペインの女優&女性シンガーのヒット曲 昨日、急に聴きたくなったのが、この曲。このブログでは何度か同じような話を書いているわけですが、音楽というものは、突然、特定の曲が聴きたくなってたまらなくなったりするもので、そうなるといてもたってもいられなくなります。今回はアナ・ベレン(Ana Belén)の「コンタミナメ(Contamíname)」という、90年代の曲がそれでした。 この曲は、スペイン領カナリア諸島出身のシンガーソングライター、ペドロ・ゲラ(Pedro Guerra)のペンによるものです。アナ・ベレンのパートナーであるビクトル・マヌエル(Víctor Manuel)とのデュエットで、シングルとしてヒットしました。 ちなみに、このヴァージョンが収録されたライヴ・アルバム(『ムチョ・マス・ケ・ドス』、1994年)のほかに、アナ・ベレンは、その2年後の1996年にも優れたライヴ盤(『エル・グスト・エス・ヌエストロ』)を発表しています。そちらの方は、V・マヌエルのほか、ミゲル・リオス、ジョアン・マヌエル・セラーとの共演盤です。4人で共演しているそのヴァージョンもどうぞ。 この2つのビデオをご覧になって分かるように、アナ・ベレンというのは、美貌とシンガーとしての才能(さらには女優としての才能)を持ち合わせた人で、“天は一人にいくつもの才能を与えることがある”こともあるというのを示す典型のような人(?)です。個人的にこのタイプの美人は別に好みではありませんが(笑)、でも、いつか一度は直に見てみたい人です。余談ながら、とある友人はアナ・ベレンとビクトル・マヌエルに会ったことがあるそうで、何ともうらやましい話です…。下記のブログランキングに参加しています。応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2014年11月26日
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スペイン、バスク地方出身のポップ/ロック・バンドのベスト曲 ドゥンカン・ドゥ(Duncan Dhu,日本盤では“ダンカン・デュー”の表記)は、アコースティックな趣の強い3人組のスペインのポップ・ロック・グループ。もともとは異なる二つのバンド出身者の融合から誕生した。アリストガトスというバンドのシンガーだったミケル・エレンチュン(Mikel Erentxun)、ロス・ダルトンのメンバーだったディエゴ・バサージョ(Diego Vasallo)とフアン・ラモン・ビレス(Juan Ramón Viles)によって、スペイン北部のバスク地方で1984年に結成された。 バンド名の由来は、ロバート・ルイス・スティーヴンソン(『ジキル博士とハイド氏』で知られる作家)の作品中に登場する人物名。これをスペイン語読みすると“ドゥンカン・ドゥ”となる。2001年のアルバム『クレプスクロ』を最後にバンドの活動は止まっていたが、長い時を経て2013年に復活している。 結成の翌85年、デビューアルバムから数えて3枚目の『時の叫び(El grito del tiempo)』からのファーストシングルがこの「何処かで(En algún lugar)」で、このバンドの一押しベスト・ソングである。さらりとアコギの伴奏が効いていて、メロディアスで、全体的にシンプルな作り。どうもうまく説明できなさそうなので、興味のある方は下記動画をご覧いただきたい。 なおこのバンドのベスト盤には、なぜかライブ・テイクが収められていたりするが、もとのスタジオ・バージョンの方が完成度が高い。個人的には、圧倒的に元のテイクの方がお勧め。 [収録アルバム]Duncan Dhu / El grito del tiempo (1988年)↓ベスト盤(どのヴァージョンが入っているのかは不明、あくまで参考リンクです)↓ 【当店専用ポイント(楽天ポイントの3倍)+メール便送料無料】ダンカン・デューDuncan Dhu / 20 Grandes Exitos (輸入盤CD)(ダンカン・デュー) 下記のブログランキングに参加しています。応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2014年07月30日
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ミゲル・マテオスの洋楽カバー 突然、マルーとデュエットでのミゲル・マテオス(Miguel Mateos)の「ソロス・エン・アメリカ」を聴きたくなり、昔の記事に行ってみたところ、動画が消えてしまっていました。そんなわけで、あらためてこちらに掲載し(元記事の方も訂正済み)、ついでに他の曲の映像も紹介したいと思います。まずは、「ソロス・エン・アメリカ」(アルゼンチンでのライヴ、マルーとの共演)をどうぞ。 でもって、この動画に行きついたところで、ふと気になったのが、このミゲル・マテオスは洋楽有名どころのカバーもしているということです。若い頃はこういうことをやっていたのかよくわからませんが、ある程度歳をとってシンガーとしても熟してきて、そこでこういうのをやっているのを聴くと、ますますミゲル・マテオスに憧れてしまいます(笑)。 まずは、こちらの有名曲から。ティアーズ・フォー・フィアーズ(参考過去記事はこちら)のヒット曲「ルール・ザ・ワールド(Everybody Wants to Rule the World)」(前半はTFT、後半がミゲル・マテオスの演奏)です。 もう一つ、フィル・コリンズのこれまた有名ヒット曲、「アナザー・デイ・イン・パラダイス」です。 2つめは数年前、チリでのコンサートの模様からのようですが、“Oh~Lord…”で始まるブリッジ部分もしっかり入れて欲しかったところ。ともあれ、以前の記事にも少し書いたことだけれど、正直なところ、こういうオッサンになれると本望かも(爆)。 ↓ベスト盤です。 Miguel Mateos / Lo Mejor De 輸入盤 【CD】 ↓こちらはマルーとの共演による「ソロス・エン・アメリカ」を含むライヴ盤。 【当店専用ポイント(楽天ポイントの3倍)+メール便送料無料】ミゲル・マテオスMiguel Mateos / Primera Fila (Special Edition) (輸入盤CD)(ミゲル・マテオス)下記のブログランキングに参加しています。応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2014年06月11日
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今は亡きプリンセスのお薦めナンバー 先にアルバムを紹介したソラーヤのナンバーをピックアップして動画とともにお届けしたいと思います。まずは、同アルバムの表題曲「トーレ・デ・マルフィル(Torre de marfil)」です。オリジナルもいいのですが、MTV(アンプラグド)のアコースティック・バージョンをどうぞ。 冒頭ではキャロル・キングへの敬愛の念を語っています。あと、最後のあたりでは、英語詞も混ぜて歌っています。 さらに同盤収録曲からもう1曲。こちらもオリジナルではなくライヴ音源ですが、「コサス・エン・ラ・ビダ(Cosas en la vida)」をお聴きください(冒頭のセリフが長いので、1:25あたりまでスキップすれば、すぐに曲が始まります)。 ちなみに、冒頭の本人による発言内容はというと、曲誕生の秘話です。もともとこの曲は2曲だったこと(だから急激な曲調の変化が途中にある)が紹介されています。また、詞の中で“人生の物事はそんなものよ”、“人生の物事は苦しいものよ”という部分があるのですが、続く“人生の物事には変えていけるものもある”というのは、父親のアドヴァイスから生まれた詞なのだとか。 彼女が亡くなって(2006年5月10日、享年37歳)から、早くも丸8年が過ぎました。繰り返しになりますが、この歌声の続きを聴くことができないのは、本当に残念です。[収録アルバム]Soraya / Torre de marfil (1997年) 下記ランキングに参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓
2014年06月09日
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貫録十分のバンド第1作 ハグアーレス(Jaguares, スペイン語で“ジャガーたち”の意味)は、1995年から2010年まで活動していたメキシコのロック・バンド。2009年にはグラミーでベスト・ラテン・ロック/オルタナ部門を受賞している。彼らの作品は都合6枚が残されているのだけれど、その最初のアルバムとなったがこの『エル・エキリブリオ・デ・ロス・ハグアーレス(El Equilibrio de los Jaguares)』で、1996年にリリースされた。 バンド第1作といっても、キャリアは決して浅いわけではなく、このハグアーレスの前身バンドとなった有名バンドが存在した。それは、カイファネス(Caifanes)というバンドで、1987年から1995年前活動し、4枚のアルバムを発表している。カイファネスは、ちょうどメキシコ国産のロックが人気を集めていく時期にその牽引車となったバンドの一つだった(その後、2011年に再結成)。ハグアーレスは、カイファネスのリーダーだったサウル・エルナンデス(ヴォーカル、ギター)ので個人プロジェクト的性格のバンドで、メンバーチェンジを繰り返したが、カイファネスのドラマーだったアルフォンソ・アンドレはハグアーレスでも不動のメンバーだった。 ハグアーレスのよさは、何よりも陰のある独特の曲調と独自のリズムやフレージングにある。これらは、リーダーでありほとんどの曲の作者であるサウル・エルナンデスに負う部分が大きい。注目曲としては、バンド名のジャガーがそのまま登場する2.「ディメ・ハグアール」、ラテン調がうまくミックスされた4.「デトラス・デ・ロス・セーロス」。あと、アルバム後半(10.~15.)の独自世界まっしぐらの部分は聴き逃せない。 参加ミュージシャンで目を引くのは、ロックバンド、ラ・バランカ(La Barranca)のリーダーであるホセ・マヌエル・アギレラが2曲(8.と12.)を提供し、ギターで全面的に参加。セシリア・トゥーサンが複数の曲(3.、4.、6.、13.)でコーラスとして参加している。また、ビリー・プレストン(ハモンドオルガン)が4.に参加している。[収録曲]1. El equilibrio (Parte uno)2. Díme jaguar3. Imagíname4. Detrás de los cerros5. Huracán6. Las ratas no tienen alas7. Nunca te doblarás8. Clávame mejor los dientes9. El equilibrio (Parte dos)10. El milagro11. Déjate ver12. Sólo somos sueños13. Adonde vamos a ir14. Voy a volar15. En la habitación de tu mente1996年リリース。 【当店専用ポイント(楽天ポイントの3倍)+メール便送料無料】ハワレスJAGUARES / EQUILIBRIO DE LOS JAGUARES (輸入盤CD) (ハワレス) 下記のランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、バナーを“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓
2014年06月01日
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“ラテンのプリンセス”の最高作 だいぶ前にこのソラーヤ(Soraya)の『エン・エスタ・ノチェ』というデビュー・アルバムを紹介した際、“ラテンのプリンセス”と彼女のことを呼んだのだけれど、その理由をちゃんと述べていなかった。生まれは米国(ニュージャージー)だが、コロンビア人の両親を持ち、幼少期をコロンビアで過ごしたこのシンガーソングライターをそう呼ぶ理由は、彼女の名前(洗礼名)にある。“ソラーヤ”という名前は、アラビア語起源の名前で、“豊か”とか“プリンセス”の意味とのこと。本名(フルネーム)は、スペイン語圏にありがちな長い名前で、ソラーヤ・ラケル・ラミージャ・クエバスSoraya Raquel Lamilla Cuevas)という。 そんなわけでまさしく“プリンセス”な女性シンガーなわけだけれど、既に紹介したように、残念ながら2006年に37歳で乳癌で亡くなっている。そんなソラーヤが生前に残した作品の中で、筆者がいちばんに気に入っているのが本セカンド作『トーレ・デ・マルフィル(象牙の塔)』である。 どの曲もレベルが高く、キレのいいポップさと表現力あるヴォーカルが印象的。シングルとしても発売された3.「遠くへ(レホス・デ・アキー)」、1.「行かないで(シ・テ・バス)」、 4.「パリ、カリ、ミラノ(注:カリは、コロンビア第3の都市サンティアゴ・デ・カリ)」、 5.「象牙の塔(トーレ・デ・マルフィル)」(リリース順)がシングルとして発売された。このうち3.が最大のヒットで、母国コロンビアで1位のほか、アルゼンチンで5位、メキシコで9位のチャートアクションを見せた。また英語バージョン(タイトルは「So Far Away」)も発売され、米国やオーストラリアでヒットした。 筆者としてのベスト曲は、4枚目のシングルとなった表題曲5.「象牙の塔」。憂いのあるメロディにのせて日常の人との触れ合いの中の“恐怖心”をさらりとうたった好ナンバー。この他、上記のシングル曲の中では、1.「行かないで」と4.「パリ、カリ、ミラン」が特にお気に入り。シングル以外の収録曲では、6.「それは愛(エス・ウン・アモール)」と7.「これで終わりなの?(セラ・エル・フィナル?)」、さらには10.「人生の物事(コサス・エン・ラ・ビーダ)」が特にいい。 いま挙げた最後の3曲なんかは特にそうだと思うのだけれど、ソラーヤはあまり難しいことを詞にしていない。日常の些細なこと(例えば恋愛感情など)を題材としている。しかも、その“日常”の切り取り方がわざとらしくも仰々しくもなく、さらりと自然に普通の生活を切り取った感じがする。このような“さりげない日常の切り取り”というのは、見た目が日常なだけに大げさに取り上げられたりしないのが常だけれど、かなりの才能やセンスがないと誰にでもできるものではないのだろう。全曲自作もしくは共作だが、共作者として参加しているのは、かのキャロル・キング。そう言えば、キャロル・キングも嫌みなく人生の断片を歌にできる才能の持ち主だから、なおのことこの仕上がりは納得といったところである。[収録曲]1. Si te vas2. El cruce3. Lejos de aquí4. París, Calí, Milán5. Torre de marfil6. Es un amor7. ¿Será el final?8. Dulce amor9. Mi dolor10. Cosas en la vida11. Oropel1997年リリース。下記のブログランキングに参加しています。応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2014年05月28日
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メキシカン・オルタナ・ロックの先駆的存在 カイファネス(Caifanes)は1987年から1995年まで活躍し、その後2011年に再結成されたメキシコのロック・バンド。メンバーはサウル・エルナンデス(Saúl Hernández, ギター&ヴォーカル)、アルフォンソ・アンドレ(Alfonso André, ドラム)、サボ・ロモ(Sabo Romo, ベース)、ディエゴ・エレーラ(Diego Herrera, キーボード&サックス)、アレハンドロ・マルコビッチ(Alejandro Marcovich, ギター)の5人組で、メキシカン・ロック黎明期の80年代後半に登場し、メキシコにおけるオルタナ・バンドの先駆的存在と言えるバンドである。 本盤『エル・ディアブリート(El Diablito)』は1990年リリースの彼らのセカンド作。もともとは『ボルメン2(Volumen II, スペイン語で“ヴォリューム2”の意味)』がアルバムの正式表題だったらしいが、ジャケット写真(メンバー写真)を囲む図柄の中(中央右下)にカードゲームの悪魔の姿が描かれていて、この悪魔を指す意味の『エル・ディアブリート』の名で呼ばれるようになった(筆者手持ちのCD盤もこちらがタイトルとして印刷されている)。 本盤の特色は、“ロックのローカル化”。スペイン語ロックの初期のアーティストには、ミゲル・マテオスやEL TRIのように、外来音楽にスペイン語をどう合わせていくかにどちらかというと焦点が絞られたが、このカイファネスやカフェ・タクバ(Café Tacvba)といったバンドは、外来要素を地元の独自要素とどう組み合わせていくかに主眼が置かれていたように思う。本盤では7.「ラ・セルラ・ケ・エスプロタ(爆発する細胞)」がその典型例。トランペットの使用(曲の終盤)から、“史上初のマリアッチ・ロック・ナンバー”と呼ばれたりするほか、メキシカン・ロック史上No.1バラード曲とよく言われる。 全曲がバンドの中心メンバーであるサウル・エルナンデスの曲で、上の7.の他にもカイファネスの代表曲となったナンバーが多く収録されている。中でも有名なのは冒頭の1.「デトラス・デ・ティ(君の背後で)」で、収録曲のうちこれだけはサウルのみではなくメンバーとの共作。単にオルタナというよりは、英米のロックではなかなか聴くことのできない(ということはメキシコ的とかラテン的ということか)独特のリズムが印象的で、その意味ではドラマーのアルフォンソ・アンドレの存在感が大きい。 他に個人的に気に入っているのは、2.「アンテス・デ・ケ・ノス・オルビデン(忘れ去られる前に)」や9.「ロス・ディオセス・オクルトス(隠された神々)」。カイファネスの作品を聴いていると、“ラテンのロックは明るい”とか、“非英語圏のロックは模倣に過ぎない”といった先入観など軽く吹き飛ばされてしまう。そういう意味では、そうした先入観のある人にぜひ試してほしいアーティストという言い方もできるかもしれない。[収録曲]1. Detrás de ti2. Antes de que nos olviden3. La vida no es eterna *4. De noche todos los gatos son pardos5. Sombras en tiempos perdidos6. El negro cósmico7. La célula que explota8. Aquí no pasa nada *9. Los dioses ocultos10. El elefante11. Amárrate a una escoba y vuela lejos*印(3.と8.)はCD追加曲(当初のLPには未収録)。1990年リリース。【当店専用ポイント(楽天ポイントの3倍)+メール便送料無料】CAIFANES / DIABLITO (輸入盤CD)下記のブログランキングに参加しています。応援くださる方は、バナーをクリックお願いします! ↓ ↓
2013年11月22日
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マイアミ・サウンド・マシーンからソロとしてのグロリア・エステファンまで、8月末から10回にわたって取り上げました。ここでまとめてリンク一覧にしておきます。80~90年代、グロリア・エステファンの足跡を振り返るその1: マイアミ・サウンド・マシーン 「ドクター・ビート(Dr. Beat)」その2: マイアミ・サウンド・マシーン 「コンガ(Conga)」その3: マイアミ・サウンド・マシーン 「ホット・サマー・ナイツ(Hot Summer Nights)」その4: グロリア・エステファン&マイアミ・サウンド・マシーン 「リズムでゲット・ユー(Rhythm Is Gonna Get You)」その5: グロリア・エステファン&マイアミ・サウンド・マシーン 「エニシング・フォー・ユー(Anything For You)」その6: グロリア・エステファン 「ドント・ウォナ・ルーズ・ユー(Don’t Wanna Lose You)」&「シ・ボイ・ア・ペルデールテ(Si Voy a Perderte)」その7: グロリア・エステファン/「レナセール(Renacer)」その8: グロリア・エステファン 「ミ・ティエラ(Mi Tierra)」その9: グロリア・エステファン/「リーチ(Reach)」&「プエデス・ジェガール(Puedes Llegar)」その10:グロリア・エステファンwithホセ・フェリシアーノ/「テンゴ・ケ・デシールテ・アルゴ(Tengo que decirte algo)」 ↓商品リンクはいずれもベスト盤です(上記の曲がすべて入っているという訳ではありません)。 【RCP】【Joshinはネット通販部門1位(アフターサービスランキング)日経ビジネス誌2013年版】プレイリスト:ヴェリー・ベスト・オブ・グロリア・エステファン/グロリア・エステファン[CD]【返品種別A】 【RCP】【Joshinはネット通販部門1位(アフターサービスランキング)日経ビジネス誌2013年版】【送料無料】ベリー・ベスト・オブ・グロリア・エステファン/グロリア・エステファン[CD]【返品種別A】 下記のランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓
2013年09月24日
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