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昨日のブログにて「川田氏との打合せ」について触れました。 本日は私が川田氏と会う前に食べたお蕎麦(お店)について紹介させていただきます。(札幌市民の方々以外はどうでもよいことかもしれませんがあえて取り上げさせていただきます。)札幌市は美味しい味噌ラ-メン店が多いことで有名です。でも美味しいのは味噌ラ-メンだけではありません。結構お蕎麦が美味しいお店も多いのです。(でも何故か立ち食い蕎麦のお店は少ないです)さすがラ-メンの味にうるさいだけあって私の周囲の人も蕎麦好きが多いです。麺が好きな人種が多いのでしょうね。しかも「手打ち蕎麦」にこだわりがあります。かくいう私も同様なのですが。先週の土曜日に私が暖簾をくぐったお店は「盤渓そば」さんです。住所は札幌市北区北7条西6丁目 チェリス札幌第2ビル 1Fです。HP上で「姉妹経営なので洗練されたものではない~」と述べている様に何となく数十年前の蕎麦屋さんの雰囲気を漂わせているお店です。JR札幌駅から近く周囲には会社・お店が多いのでお客の数も5~6組はいました。ここの蕎麦麺は「」と「平打ち」の二種類です。私は「手打ち蕎麦」の大盛蕎麦を注文しました。待つこと7~8分。太くねずみ色麺のお蕎麦が運ばれてきました。麺はそれほど長くはありません。まず箸で1本を摘み香りを嗅ぐのがいつものパタ-ンです。 蕎麦の良い香りがしました。続いてつゆにつけずにそのまま口に運びます。さすが「手打ち蕎麦」だけあって歯ごたえがありました。食べ終える頃には満腹感を覚えるくらいボリュ-ムがありました。次回は「平打ち」にて大盛蕎麦を注文します。札幌駅周辺でお蕎麦を食べたくなったら是非、足を運ばれてみて下さい。
2009.05.31
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一昨日、知人から「ちょっと話があるので時間を割いて欲しい」旨のメ-ルが届きました。 何でも「今月イベントを開催するのでその協力をお願いしたい」とのことでした。先程、その知人と会ってきました。普段はめったに足を運ぶことのない大通り(札幌市の中心部。雪祭り会場として有名な公園があるところです)が待ち合わせ場所でした。メ-ルの主は川田ただひさ氏です。(といっても知っている方は殆どいらっしゃらないでしょう)川田氏は2年前の統一地方選挙に自民党公認で札幌市議会議員候補(厚別区という選挙区)として出馬されました。(結果は残念な結果に終わりました。現在、捲土重来を期して奮闘中です)川田氏と私は年齢が近く思想も似通っておりまして不思議とウマが合うのです。元々はある勉強会で知り合ったのですが、その打ち上げの飲み会で私が彼に話した内容で「この人は自分と同じ考えの持ち主だ」と思ってくれたそうです。以来、定期的に意見交換しております。私も川田氏の主義主張に共感する点が多々ありますので、時を忘れ熱い会話になることしばしば。ちなみに以前、私の本ブログで紹介させていただいた「自分は命を狙われるような政治家になりたい」と行ったのは川田氏です。私はこういう幕末の志士を髣髴とさせるサムライが好きですねえ。世襲議員からは、こんなセリフ間違っても聞けません。私が敬愛する西郷隆盛先生の「命も金も名誉も要らぬ」を私の前でいつも口にするたび川田氏に対し「地方議員ではなく国会議員向きなのでは?」とも感じていますが彼の地元には派閥の長である大物代議士M氏がいますので、今は余計な事は考えない方が良いかもしれません。この日、川田氏は1枚の小さな細長い紙を私に見せてくれました。 6月27日に中山成彬代議士と伊藤玲子前鎌倉市議を札幌に招き「あるべき日本の教育」について講演をしてもらうことになったので「お手伝いをお願いしたい」という依頼でした。中山代議士といえばあの日教組批判発言で大臣の椅子を棒に振ったお方です。「日教組の力が強い地域の子供は学力は低い」とか言っていましたね。この発言の真偽ですが、他の地域は判りません。しかし私が住む北海道は間違いなく該当します。札幌市はそこそこ偏差値の高い学校が存在しますから完全には当てはまりませんが北海道の田舎に行きますとそれはそれは偏差値が低い生徒が多いです。特に北海道東部地域は日本で屈指の学力が低い地域だと昔から言われていました。実際、私もそうでしたし・・・・・・。まあ偏差値だけが全てではありませんけどね。話を元に戻します。私は「(川田氏は)忙しい身だからわざわざ直接依頼せずにメ-ルで良かったのに・・・・・・」と内心思いました。でも政治家(含候補者)というのはこういうマメさが不可欠なのです。私みたいなおおざっぱな人間は見習わなくてはいけません。(上京し国会議員と会う時ですらFAXやメールで済ませてしまいますので・・・・・・)いつも、猿でもできる反省の繰り返しです。そんな律儀な川田氏の依頼に断る理由はありません。今月は公私共に多忙ですが本イベントの成功の一助となるよう一兵卒として頑張ります。
2009.05.30
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先日、知人と会食をしました。場所はススキノです。知人と私は歳が同じということもあり月に1度は食事をしています。精神的に知人の方が上と私は認識していますので私は好き勝手なことを言っています。それでもちゃんと話を聞いてくれる知人に感謝です。この日は知人のリクエストもあり「ささき」での会食となりました。(最近、結構使っています)いつもは「飲み放題コ-ス」にするのですが今回はお好みです。このところ肉類を口にすることが多かったのでお刺身を中心にした注文になりました。私は「活タコの刺身」が印象に残りました。(活タコは右のウニの塩水付けの左です)鮮度、歯ごたえ共に大満足でした。久しぶりに美味しい「タコの刺身」を堪能することが出来て嬉しかったです。驚いたのは「甘エビの刺身」です。お刺身が好きな私ですが「エビの刺身」だけは苦手なのでこちらは知人に託しました。配膳担当の女性が「このエビのお刺身は器から飛び出るかもしれませんのでご注意下さい」と言うのを「どういう意味?」と内心呟いた私ですがその意味が判ったのはそれから15分後です。知人がこの「甘エビの刺身」を箸で摘まもうとすると何と動き出したのです。エビの“生き造り”だったのです。エビって生命力が強いのですね!さすがに知人も驚き「何か可愛そうだから動きが止まってから食べよう」と箸を元に戻しました。ちなみにこの「甘エビの刺身」のお値段は1匹・480円です。高いのか安いのか私には判りません。「ささき」は居酒屋「コロポックル」の姉妹店で7月で開店1周年です。「コロポックル」よりは多少、値が張りますが個室・テ-ブル共に綺麗ですし、何より落ち着いた雰囲気が魅力です。接待向きのお店かもしれません。専用エレベ-タ-は1Fの入口から直通ですので他の階から誰かが乗り込んでくる心配(?)もありません。「密会」には良いかもしれません。
2009.05.29
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次期総選挙の争点(になるか否かは判りませんが)の一つに“候補者の世襲制限”がクロ-ズアップされてきました。私は「何を今更」としらけています。おまけに「どうせ抜け道を作るのだろう」とも考えております。現在、政権政党にある自民党において“世襲議員”は全議員の4分の1存在するそうです。もちろん地盤を継承しなかった議員及び子供には継がせず他の人間が出馬した後、孫などが出馬し当選したワンクッション置いたケ-スは世襲制に該当しないかもしれません。ここで私が申し上げる“世襲制”は「父親もしくは親族の議員が引退した直後に後援会など選挙に密接に関わる物的対象を引き継いだ候補者」とさせていただきます。この手の候補者(現職含む)の数は自民党で圧倒的に多いのでしょう。もちろん子供などが議員である父親の地盤を継ぎ当選する背景にはそれなりの理由も存在します。まず「地元における混乱回避」です。自民党は「こと選挙において党の存在よりも個人・後援会の力が大きい」のです。共産党、公明党は全てではありませんが党が丸抱えで選挙活動を支援してくれます。民主党ですら労働組合の支援が大きな味方になります。選挙になりますと選挙のプロ的な方が選挙事務所で辣腕を振るいます。しかるに自民党はせいぜい支持基盤(?)の建設会社関連業界からお手伝いの人が告示日の少し前より事務所に張り付く程度です。しかも企業の場合、一応建前上は「有給休暇を取得させる形式で」社員を派遣します。(そうしなければ選挙違反として逮捕されてしまいます)ですから議員・秘書は後援会活動に労力を注がざるを得ません。こうして何とか当選を重ねて支持組織を構築しますので後援会はあくまで議員個人の組織の色合いが濃いのです。その議員が引退しますと後援会の機能は働かなくなります。ここで後援会内部において後継者として「誰が良いとかあいつは嫌いだ」と喧々諤々の議論や水面下の活動が活発になります。この調整を上手くまとめなければ後援会が分裂したりして候補者が乱立します。そこで“世襲候補”の登場となるのです。後援会では「自分たちが支えてきた議員の子供が後を継ぐなら引き続き応援しても良い」という意見が多いのです。こうして能力のあるなしに拘らず“世襲候補”が誕生します。何というか田舎の村長を選択するレベルと国会議員を選ぶそれが変わらないのです。かくして低レベルの後援会と同じく低レベルの議員の馴れ合いがしばし続くのです。もう一つの理由は「世襲議員はたたき上げの議員に比べて楽が出来る」からでしょう。もちろん苦労して地盤を構築してきた議員にしてみますと「赤の他人に譲るより血を分けた子供に継がせたい」という心境になるのでしょうね。老いによる冷静な判断が出来なくなっているせいもありますが・・・・・・。地盤を継ぐ子供にしても積極的に候補者となる人とそれとは正反対の人もいるでしょう。私は何も「全ての世襲制議員が無能」とは全く思っていません。常識と能力のある人であれば大いに世襲してもらいたいです。でもまともな人はごくわずかとであると思います。確かに“世襲議員”はそこそこ高学歴で頭の質も良い方が多いです。(家庭環境はあまり良くはありません。それは、多くの政治家には愛人がいたりストレス発散のため女性に走るからです。結果、子供は家庭内の微妙な空気に触れぐれたりします。)でも苦労せず当選してきますので弱者に対する思いやりですとか自分の信念を貫くため党内の実力者に刃向かうといった闘争心の持ち主はごくわずかです。なんとなく要領の良いサラリ-マンの様な人が多いのです。修羅場をくぐっていないというか闘争心がないというか。これでは社会のひずみを正したり日本を脅かす周辺諸外国に勇気を持った言動で対処することが不可能です。私は自民党だからこそ所属する党の幹部にも喧嘩を売ることが出来ると思うのですが。つまり私が上で述べたことと逆の論理ですが仮に連中の逆鱗に触れても“後援会さえしっかりしていれば当選できる”のですから。先の郵政選挙で離党を余儀なくされた亀井静香代議士や平沼赳夫代議士が良い例です。これが他党であれば、たちまち除名の上、資金・人の援助が打ち切られ出馬することも不可能です。(個人の活動が希薄ですから)まあ何も立場が上の人に対し、むやみやたらに楯突くことが礼賛されるわけではありませんが時にはそういう覇気が必要と思います。特に国会議員には。なにせ我々の税金で生活しているのですからね。ここまで長々と記してきましたが“我々の生活を託すことの出来ない世襲議員”を選ぶのも落すのも全て私たち国民です。良い事も悪いことも全て私たちに跳ね返ってきます。もっと人物本位で投票したいものです。この“議員の世襲制”については今後も引き続き述べてまいります。実名を出して批判できないのがつらいところですが。
2009.05.28
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先日、健康診断を受診しました。基本的に健康な身体と自分では勝手に思い込んでいる私ですが年とともに老化が進行していますのでチェックは不可欠です。このところ酒量が増えていましたので「胃腸が荒れていないか」心配していました。最大の関門はバリウム検査です。私が受診した病院は午前の早い時間に受診しましたら午後には結果が判明する便利な施設ですので数時間待機して結果をじかに聞きました。担当医から「全く問題ありません」との報告を受け、安心しました。でも「少しコレステロ-ル値が高いですね」とマイナスの報告も。最近、運動不足気味ですから。今年は身体を鍛える生活に戻らなくては・・・・・・といつも内心で思うのです。ふくらはぎに肉離れのクセがあるので無理にジョギングは出来ませんので自転車を購入しサイクリングを楽しもうかとも考えています。健全な精神は健全な肉体に宿る・・・・・・ですね。そういいながら明日は友人とススキノでの待ち合わせになりそうです。この友人はかけがえのない人でして。(男性ですよ)逸話の塊の様な人です。いつか彼の逸話ですとか人となりをここで紹介したいです。(もちろん彼には内緒です)
2009.05.25
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時間的にはもう相当過去の話題になってしまいました。小沢一郎氏が民主党代表を降りました。後任には党所属国会議員による投票で鳩山由紀夫氏が新代表に就任しました。幹事長には代表選挙で戦った岡田克也氏が選ばれました。まあ妥当な結果だったかと私は考えております。私は民主党員ではありませんが(というより現在は訳あってライバル政党の党員です)小沢氏が政治資金問題で辞任した後ですからまずは党内の結束というか修復を第一に考えての選択が必要です。その観点では鳩山氏はお金の問題では失敗しないでしょう。日本政界においても屈指の資産家です。それともう一つ、党内結束に触れましたが小沢氏の意向を全く抜きにしては来るべき総選挙を戦うことが出来ないからです。小沢氏の心境を勝手に想像しますと「何であの程度の問題で秘書が逮捕され自分も代表の座を降りなくてはいけないのか?」でしょう。私も大学生の時分から永田町の政治をウオッチしていますが一見すると単純な西松建設からの資金提供は「巧妙な仕組みだな」と半ば感心していました。(不謹慎ですが)ですから小沢氏の心境は辞任前日まで揺れ動いていたのかもしれません。小沢氏の残された政治課題は「政権交代」ですから民主党の支持率下落が止まらないことで決断したのでしょう。このことは別の視点から判断しますと「世論が小沢氏を辞任に追い込んだ」ともいえます。民主主義国家における健全な自浄作用が働いたとも表現できるのではないでしょうか?とはいえ小沢氏の辞任は自民党にとっては決して歓迎できる行為ではありません。小沢氏の辞任で民主党の支持率が再び上昇に転じたからです。自民党関係者にとっては「できれば総選挙は小沢民主党で戦いたかった」のが本音でしょう。おまけに小沢氏は選挙対策の責任者として裏で徹底的に豪腕を発揮するでしょうから。加えて代表を降りた小沢氏は自民党への批判も容易にすることが出来るのです。選挙を見据えますと自民党にとってはかなり危険な状況が出来上がりました。今後、数ヶ月以内に総選挙が施行される可能性は濃厚です。民主党が国民新党・社民党を加え過半数を制するのか、自民党が公明党を加えてかろうじて過半数を制するか少しも気を抜けぬ緊張状態が暫くは続きます。いずれにしても参議院において民主党有利の状況は変わりませんので政界は混沌とした状態が継続するでしょう。場合によっては自民党と民主党の大連立が成立する可能性もあります。(私は大連立が契機となり、政界再編につながるなら大連立に賛成です。)話を小沢氏に戻しますと代表を降りたとはいえ、もう少しの間、小沢氏の一挙手一投足に目が離せません。私個人的には小沢氏が師と仰ぐ田中角栄元首相と同じ政治的ポジションを志向されるのかなとふと考えています。つまりは闇将軍への道ですね。ここまで書き記しふと頭をよぎったのは「竹下派七奉行」です。自民党竹下派全盛期に派を支えた7人の幹部議員のうち生存しているのは3名。小沢氏、渡部恒三氏、羽田孜氏です。この3名全てが民主党所属というのが興味深いです。自民党における派閥衰退を象徴しているみたいで。他方、自民党も小沢氏に対抗する人材を台頭させなくてはいけませんね。かつては梶山静六氏、亀井静香氏、野中広務氏といった豪腕の持ち主が存在していたのですけどね。今は世襲議員ばかりで腹をくくって喧嘩ができる議員は皆無です。個人的には梶山静六氏が総裁選出馬に際して梶山氏と行動を共にして橋本派(当時)を飛び出した菅(すが)さんに少し期待しています。 以上また、まとまりの無い文章になってしまいました。
2009.05.24
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然別湖から帰札した翌日は花見に参加しました。知人の自宅が円山公園(北海道神宮近くに位置し今や花見の会場として札幌市民が大勢集う公園です)近くにありその庭での花見となりました。炭焼きによるバ-ベキュ-とお酒で参加者(確か15名くらい?)は大いに盛り上がりました。女性も数名含まれていましたがいつ間にか話題は下ネタ中心に・・・・・・。いくら酒に酔ったとはいえちょっとまずいですよねえ。この辺りは札幌市では高級住宅街と呼ばれていまして比較的“上品な方”が住んでおられます。ご近所の方に会話の内容を聞かれていたかもしれません。しかも知人の奥様もすぐ近くにいらっしゃいましたから当然、会話が耳に入っていたことでしょう。その時は楽しかったのですが翌日、結構落ち込みました。(他のメンバ-も同様でした)それにしましてもお昼から16時までずっと食べ飲み続けましたので相当量のアルコ-ルが体内に入ったでしょう。お酒は上品に飲みたいものです。自戒と反省を込めて。上の写真しか写していません。残念。
2009.05.17
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良質の湯、美味しい食事、久々に飲んだ日本酒のおかげでぐっすりと眠ることができました。朝食前に朝の温泉を楽しみました。私の他には誰もおらず、浴室を独り占めにできたのは嬉しい限りです。露天風呂に出てみると気温が低いせいか、少しひんやりとした空気が身体を覆いました。露天風呂に浸かりながら然別湖を眺めると表面は氷がうっすらと張っていました。しばらく凝視すると、しだいに氷が溶けはじめていることに気が付いたのです。気温が早い速度で上昇しているのでしょう。ここでも春(初夏?)を感じさせられました。朝食を済ませ早めにチェックアウトの手続きをしました。外に出てみると空気が新鮮で濃く、身体が元気になるのを実感できたのです。それゆえ少し散歩をすることにしました。場所によっては、積もった雪が原型を留めていました。札幌へは富良野に寄って戻る予定でしたが翌日のスケジュ-ルを考え来たル-トと同じ日勝峠を通りそのまま札幌へ帰ることにしました。平日のせいか道路はすいていて予想していたより早く峠を降りることができました。となれば夕張市に寄り、モロ-師範に会いたくなるのは自然の成り行きです。(?)お昼時にもかかわらずモロ-師範ご夫妻は暖かく迎えて下さいました。まだ夕張メロンの季節ではなかったのでお客さんの姿はまばらでしたが、それでも奥様手作りの「メロンの漬物」を求めて何組かのお客さんが来店されました。この「メロンの漬物」は本当に美味しかったです。お土産に頂きましたがこの漬物だけで茶碗1杯の御飯を食べることができます。約1時間ほど雑談をして、おいとましましたが折角夕張にきたので今話題の「花畑牧場・生キャラメル工場」に寄ってみました。 この工場は以前、サイクリング用の自転車をレンタルする施設だったと記憶しています。ショップも隣接しており、それ程多くの人たちが並んでいませんので何個か購入することに。左が一般的な味。右がここでしか購入できないとかいう夕張メロン生キャラメル。 左の生キャラメルはそこそこ美味しかったです。でも夕張メロン生キャラメルは・・・・・・。「ちょっと夕張メロンエキスが前面に出すぎているかな・・・・・・」というお味でした。(これはどの製品にもあてはまるのですが)夕張メロンはやはりそのまま食べるのが一番です。もう少しでその季節もやってきます。
2009.05.13
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皆様はゴ-ルデンウイ-クをどのように過ごされたでしょうか?今年は「暦通りの出勤」という方もいらっしゃれば「16連休取得」という方も少数ですがいらっしゃったのではないでしょうか?私はほぼ暦通りに近い連休でした。会社休日の日に出社したこともあり5月7日・8日は代休を取得することにしました。先月中旬に祖母が亡くなったので連休は外出を控える予定でした。それゆえ気分転換を兼ね、小旅行に出掛けることにしたのは今月に入ってからです。(お墓参りも兼ねましたが)幸い両日とも平日にあたりましたのでどこのホテルも空室が多かったです。私が出掛けた場所は然別湖(しかりべつこ)でした。然別湖は十勝清水町から北上すること約50kmに位置します。今から6年前に行った記憶があります。その時の印象は「素晴らしい」と脳裏に残っていました。何といっても周囲には2軒のホテルと1件のお土産屋さんしかありません。木々に囲まれ自然豊かな中にその湖は存在します。普段、都会(一応?)に住む私としましては「自然以外に触れるものはない」場所は最高のオアシスです。何といっても空気が綺麗ですし。肉体的にも精神的にも元気が源から湧き出る感覚を得ることが出来るのです。話が前後しますが十勝といえば“豚丼”が名物です。札幌市を8時30分に発ち、日勝峠(にっしょうとうげ)を降りたのが11時45分位でしたので十勝清水町でも有名な“豚丼”のお店「韋駄天」さんへ一直線。注文したのは当然“豚重”です。厚く歯ごたえのある豚肉に香ばしい味のタレがまんべんなくかけられておりました。鹿児島の黒豚とはまた一味違った味です。「また来たい」と思ったお店です。私が入店した時間は12時前でしたが12時5分を過ぎる頃には早くも満席になってしまいました。人間というのは単純な生き物で美味しい食べ物を求め自然と人が集まるものなのですね。清水町の“幸”を堪能した後はお墓参りに行き後は然別湖へ直行です。チェックインは15時でしたので早めに到着後、湖の周囲を散策することにしました。然別湖とその上に遠慮がちに佇む小山(?)です。何というか神秘的な景色です。ついこんな飲み物を購入してしまいました。値段は315円。それほど美味ではありませんでした。まあ雰囲気を味わうという感じです。 驚いた出来事はキツネが人間を恐れるふうでもなくこの辺りでくつろいでいることでした。近づいても逃げる様子はありませんでした。人間慣れしているのでしょう。チェックイン後はまずお風呂です。因みに宿泊したホテル名は「風水」さんです。実はこのホテルの経営者の親戚にあたる方は私が家族ぐるみで親しくさせていただいている方です。かねてより「一度機会をみて風水さんに行きますから」と話していましたので実行することが出来、一安心です。さてお風呂ですが、眼前の然別湖を眺めながら、完全かけ流しのお風呂に浸かり、最高の気分でした。一気に運転の疲れが吹き飛びました。人生至福の時です。北海道においても、こんな素晴らしい景色を堪能しつつ、心身を癒してくれる温泉はそうそう存在しないかもしれません。食後のビ-ルも美味しかったです。(ビ-ルが苦手な私でもそう感じました)夕食も大満足のメニュ-です。下は“鹿肉のステ-キ”です。意外とあっさりした味です。 こちらは然別湖名物「オショロコマ」です。イワナに似た味でした。初めて味わいましたが冷えた日本酒にマッチします。 夕食後は早めに就寝。ホテル内にカラオケル-ムがあるわけでもなし。周囲にお店があるわけでもなし。でもこれも自然のなかで自らを癒すには最高のシチュエ-ションです。
2009.05.12
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前回、鹿児島の話題を記させていただきました。北海道新聞の記事を紹介させていただいたのですが、今回も記事を抜粋させていただきます。北海道新聞には「日曜ナビ」という日曜日にのみ発行される紙面があります。幾つかの記事のなかに、記者の皆さんが全国(本州)を訪問し紀行文として紹介する「旅」というコ-ナ-があります。私は毎日曜日、このコ-ナ-を読むことを楽しみにしております。殆どが訪れたことのない土地の紹介なのですが、私が関心のある内容が不思議と多いのです。5月3日の内容は「屯田兵が眠る球磨川の岸辺」でした。球磨川といえば熊本県内を流れているのですがこの川のほとりの人吉市をまず取り上げた記事です。(以下抜粋させていただきます)( )内は私の独り言です。人吉市は西南戦争で戦場のひとつとなりました。(これは有名です)球磨川をはさみ、西郷隆盛が率いる薩軍と政府軍が戦火を交えた。(西郷先生がひきいたということは必ずしも正確ではないかと・・・・・・)(次の事実は初耳でした)明治政府の命で、約500人の屯田兵がこの戦いに加わったことを知る人は少ない。屯田兵の死者は8人。このうち球磨川の攻防では、琴似(ことに)屯田兵4人が命を落した。(琴似というのは札幌市のなかのある住所名です。屯田兵が多く琴似に住んでいたそうです)(以下、人吉市の青井阿蘇神社の説明や球磨焼酎の紹介と続きました)(私が感銘を受けた箇所は以下の内容です) ボランティアで観光案内人を務める時田安夫さん(75歳)に会った。(記者が)祖父の故・金太郎さんは政府軍の兵士だった。祖父は21歳の時、薩軍が取り囲む熊本城に篭城し、戦う。時田さんは、写真の中の祖父の姿に導かれるように、戦跡を訪ね歩いた。「遠い縁(えにし)がわたしに歴史を語らせています。ただ、私は西郷さんの生き様に惚れ、西郷さんを男のかがみと思っている。祖父が聞いたら目をむくことでしょう。」(以下は私の感想です)時田さんの台詞、何とも男の琴線に触れるというか味わい深いですねえ。決して長いとはいえないこの言葉。過去(幕末)から現在に至るまで多くの「西郷崇拝者」が存在した(している)のですが、時田さんが吐露された座右の銘とでも言える西郷先生に対する恋慕(大げさか?)こそ西郷隆盛先生という維新の英雄を最高級の表現で表しておられます。時田さんの祖父は西郷先生の敵でありました。その孫が敵のシンボルを崇拝されている。西郷先生は敵からも愛された人物なのです。今の時代でもこれに似た例がありますね。あくまでも昔のプロ野球に関する例です。私の周囲にはアンチ巨人の人が何故か多かったのですがこのアンチ氏たちは「俺は巨人は大嫌いだけど王貞治さんだけは大好きだ!」と常々話していました。国民的英雄とはそんな存在なのです。時田さんが西郷隆盛先生に関して述べた内容は上記のみですが多くを聞かずとも「西郷先生の生き様」は西郷崇拝者であれば、瞬時に脳裏に浮かぶのです。それは誰にも真似することが出来ない生き様であり、志ある男なら誰しも憧れる西郷先生の人生なのです。
2009.05.05
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本日は鹿児島在住で北海道出身の方にご登場願います。(ご本人には許可を得ていませんが)北海道新聞・5月3日付の記事から。(抜粋させていただきます)「青空」 というコ-ナ-で現在、鹿児島在住の佐藤光也さん(62歳)が紹介されていました。この佐藤さん、鹿児島市内を代表する黒豚料理店「あぢもり」の社長でいらっしゃいます。余談ですが「あぢもり」さんについては拙ブログ“西郷南洲翁生誕180年記(18・19)(2007年11月25日・28日付)”にて紹介させていただきました。井上剛鹿児島市議会議員の紹介でした。井上市議と佐藤社長は親しい間柄です。こちらの黒豚(しゃぶしゃぶ)を実際に味わっている私が言うのですから間違いありません。「こんな美味しい黒豚(しゃぶしゃぶ)を食べたのは生まれて初めて!」です。おまけに佐藤社長さんは札幌から西郷隆盛先生のお墓参りに来た私のためにオリジナルの器をプレゼントしてくださり、オリジナルの焼酎を用意して下さったのです。暖かい心づくしに、お礼を申し上げたかったのですが既にお店を出られたということで、この時はお目にかかることは出来ませんでした。さて記事に戻ります。佐藤社長は札幌のご出身です。小中高校を室蘭市で過ごされ、慶応大学に進学されます。慶応大学では応援団に打ち込み、団長も勤められたそうです。卒業後は民間会社に就職され結婚。奥様のご実家が鹿児島市内でとんこつラ-メン店を経営されており、縁があってこのお店を継ぐことになりました。その当時、飼育に手間がかかる黒豚は鹿児島でも消滅の危機にあったのです。しかし佐藤社長は知人の薦めで一口食べた黒豚に「これだ」と直感しました。「黒豚を復活させたい」と応援魂に火がつき、専門店にしようと決心しました。以来、和風だして溶き卵につけるしゃぶしゃぶを考案され、全国のラジオ局を行脚。徐々にブ-ムに火がつき、地元では「黒豚しゃぶしゃぶの生みの親」と呼ばれておられます。その佐藤社長が現在気にかかるのは故郷・北海道の疲弊。鹿児島どさんこ会事務局長でもいらっしゃる佐藤社長が年に数回訪れる度に感じていらっしゃるのでしょう。佐藤社長のお店でも北海道産食材の試食会を開いたり、月に2回出演する地元ラジオ番組で故郷の話題を提供されています。「故郷は遠きにありて想うもの」をまさに行動で示されています。私がこの記事を読んだ後、井上市議にメ-ルを送りました。もちろん記事の紹介です。井上市議から早速返信がありました。「先輩(私のことです)が今度、鹿児島にいらっしゃった時に佐藤社長を紹介致します」とのこと。楽しみですねえ。少し緊張しますが・・・・・・。前回のお礼も済んでいませんので是非お目にかかり意見交換をさせていただけたらと思います。佐藤社長のバイタリティは見習わなくてはいけません。マイナスをプラスに変え新産業を開拓するのは薩摩藩からの醍醐味です。サツマイモの栽培がその典型例です。他の作物栽培には適さなかった土地にサツマイモを植えることで枯れた土地を生かしました。その時の苦労、そして成功は今も“芋焼酎人気”という形で脈々と生き続けております。私もお目にかかるまでもっと成長していなければ!
2009.05.04
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先日のブログで私の心境を吐露した再会を果たしました。友人が転校して以来、双方の年賀状には「こちらに来ることがあれば会いましょう」の同じ言葉が交わされ続けてきました。先週の土曜日、長年に亘る願望が実現しましたがそれが必然であったのか、単に時間的めぐり合わせだったのか判りません。今回、私が確認したかったことは30数年間、友人がどの様に変貌しているか、または根本的な性格は小学2年生自分と同じであるのかということでした。もっとも30数年前の細かな記憶など脳裏にとどめていないのですが・・・・・・。あるいは30数年前の自分を思い出したかったという気持ちもどこかに存在していたのかもしれません。友人との待ち合わせ場所は札幌駅の交番にしました。杯を交わすお店はススキノでしたので本来であればお店での待ち合わせが良かったのです。しかし友人が「あまり札幌の街は判らない」というので上記の場所にしました。私も「いきなりお店で待ち合わせると会話がスム-ズに進まないのではないだろうか?」という不安がありました。札幌駅からススキノまで歩きながら友人との距離を縮めたかったのかもしれません。ところが実際に会ってみると、そんな懸念は吹き飛んでしまいました。年齢に相応しい風貌に変わってはいますが顔の部分部分に面影が残っているではありませんか!不思議なことに人目会ったその瞬間、これまで抱いていた少し「恐いもの見たさ」に似た気持ちが消えていました。こうなりますと後はススキノまでひたすら歩き、ひたすら話をするのみです。実は敢えて落ち着いた雰囲気のお店を設定することは避けました。「もし会話が続かなかったらどうしよう・・・・・・」との懸念があったからです。それでお店はいつものコロポックルさんにしたのです。お店に着くまでにすっかり昔に戻り、アルコ-ルの量が増えるにつれ思い出話に花が咲きました。料理も美味しく友人は満足してくれました。下の料理は北海道サラダです。 鯨の刺身も美味しかったそうです。驚いたことは友人が私を当時のあだ名で呼んでくれたことです。よく覚えていたものだと感心しましたし嬉しく感じました。また、昔一緒にしたイタズラに笑い転げることの連続でした。とても固い職業で大勢の部下を持つ友人のこんな表情を部下の皆さんは決して見ることは出来ないでしょうね。損得抜きで付き合える友人は良いものです。近いうちにまた会ってまた同じ話で笑い。そんな人間関係が一番好きな私です。
2009.05.03
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今や国民飲料(?)と表現しても過言ではないのがコ-ヒ-。先の大戦後から大々的に流通し始めたと何かの本で読んだことがあります。今から30年位前にはインスタントコ-ヒ-が主流だったと記憶していますが今や誰もが豆を購入し自宅で本格的な味を楽しんでいます。かくいう私も酒量の減少と反比例し、コ-ヒ-の量と質はアップしております。本日紹介致しますコ-ヒ-店は札幌圏内では知る人ぞ知るコ-ヒ-店なのです。(札幌圏外の方ごめんなさい。でも通信販売もしていると聞いています。)店名は「徳光珈琲」。私が現在、最も愛飲しているコ-ヒ-豆を販売しているお店です。HP上の地図頼りに車を走らせてもいつも1度では到着できないほど複雑な場所といいますか住宅地に位置しております。(単に方向音痴なだけです)札幌市から離れた石狩市での営業にもかかわらず休日はコ-ヒ-を求めて多くの方が来店します。こちらのコ-ヒ-は店内でも味わうことができますが、そのスペ-スは狭いためいつも“満席”です。先日、私の知人とコ-ヒ-について話をしていたところ偶然にも「徳光珈琲」を知っていました。そればかりかこちらの店主が主催する「コ-ヒ-教室」にも通っているとのこと。驚きましたねえ。何でも店主自ら海外の原産地に赴き農場を見学し仕入れをされているそうです。どうりで鮮度の良い豆のはずです。お店で豆を挽いてもらい、真空パック状態で自宅のリビングに置いておくと、コ-ヒ-豆独特の香りが1週間以上部屋を覆ってくれます。良質な豆のおかげか入れ方が下手な私でも大変美味しく味わうことができます。(私のささやかな夢は引退後、採算を度外視した喫茶店を経営することです。実現するのはいつになるやら・・・・・・)基本的な豆の価格は100gで525円(消費税込)札幌市からですと交通費の方が高いかもしれません。(笑)お店の住所は石狩市花川南2条3丁目185番地。電話番号は0133-62-8030。第2・4火曜日と毎週水曜日が定休日です。
2009.05.02
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一昨日、鹿児島の地より2つの便りが届きました。一つはメ-ルにて。もう一つはハガキにて。前者は私が大学時代に所属していたサ-クルの同期からです。「今、鹿児島に帰省しています。今夜は井上君と会います」という知らせでした。この同期、現在は東京に住んでおります。得意の法律の知識を生かし某大手企業の法務担当を任されております。メ-ルには続きがあり「今度、課長に昇格しました」そうで私も嬉しく感じました。そして後者の便りは上で述べた井上君です。私のブログでも何度か登場してもらった鹿児島市議会議員の井上剛君です。井上市議からは自身の活動報告をハガキでいただきました。地元の後援会員向けの広報でしょうが、私が住む札幌とはかけ離れた土地で活躍する井上市議の姿を思い浮かべ、心がわき踊る気持ちになった次第です。私、井上氏がいずれは市長か知事になり、実力を存分に発揮していただきたいと望んでおります。同級生は7月に札幌に来る予定だそうで、その時は学生時代同様、徹底的に議論するつもりでいます。井上市議とは9月に鹿児島にて会う予定です。そういえばこのお二人が尊敬する郷土の人物は小松帯刀さんなのです。お二人とも地元の名門・鶴丸高校を卒業しています。鹿児島のインテリは西郷先生、桐野さんよりも小松さんを敬愛する傾向がある様です。何となく理解できますけどね。頭脳明晰でバランス感覚に富んだ小松さんは私の様な野人とは思考回路が少し異なりますので。いずれにしましても郷土・大学・サ-クルの先輩後輩でもあるお二人は、多くの明治維新の立役者を輩出した鹿児島で熱い議論を交わしたことでしょう。多少、私の悪口も飛び出したかもしれませんが・・・・・・。お二人には健康には留意して益々の飛躍を期待しております。小松帯刀さんは健康を害し、夭逝されましたから。その点だけは見習わない様にしていただきたいですね。
2009.05.01
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