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『うさぎのミミリー(庄野潤三)』は、1996年に出た『貝がらと海の音』シリーズの第7作目である。一昨年4月に出た『星に願いを』を最後に、このシリーズは書かれていない。昨年の4月は『ワシントンのうた』で、今年の4月に庄野潤三の本は出ていない。ここ何年かは、雑誌に一年発表し、それが4月に単行本として出ていたものが、中断した。庄野潤三は具合を悪くしたのだろうか、と想像し心配する。 さて、『うさぎのミミリー(庄野潤三)』は、相変わらずの庄野節で、読み進むうちに引き込まれる。殆ど同じことの繰り返しである。その繰り返しのつ綴れ織りが、すこしずつ柄が変わっていくように、変化する。色にたとえれば、同じ色を見せられてはいるのだが、微妙に色は変化し、はじめの色とは随分違ううろのところに連れて来られるという趣である。 だから、これをよしとするか否かで庄野潤三の好き嫌いが出てくる。評価の問題ではなく、好き嫌いの問題だと思う。嫌いでも、評価できるものがあるということで、評価の問題ではないと言った。 引用・・・、昔、ロックフェラー財団の給費留学生としてアメリカへ渡るとき、お世話をしてくれた坂西志保さんから、アメリカでお茶や食事に招かれたときは、短くていいからサンキュー・レターをすぐに出しなさいといわれた。アメリカの一年で、坂西さんのことば通りにした。日本に帰ってからも、人に何かしてもらったときは、お礼状を出すようになった。そうして、三人の子供にもこの坂西さんの教えを伝えた。今も、足柄の長女は、何かしてもらったら、必ずお礼の手紙を書く。長男も次男もそうする。のみならず、自分の子供にそうさせている。いいことだ。 このように書かれている通り、『うさぎのミミリー』にも手紙がよく出てくる。その殆どが礼状だ。それも家族間で交わされるものだ。それに嫌味がないのも中々素晴らしい。 付録【静かな日々 対談:江國香織】から江國:庄野さんのお書きになるものは、どこで漢字を使い、どこで平仮名を使うかから始まって、すごく言葉に厳しい印象を受けます。あいまいじゃありませんし、世の中で手垢のついた言葉を、手垢のつく以前の、本来の佇まいで使われる。庄野:それは意識していますね。常にこころがけています。 うさぎのミミリー庄野潤三平成17年5月1日発行新潮文庫
2008.06.28
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『隠し剣孤影抄(藤沢周平)』は、『隠し剣秋風抄』とあわせての、海坂藩を舞台にした、剣士連作物。映画になった、「隠し剣鬼の爪」「盲目剣谺返し」も、このシリーズ。 これらが、面白いのは荒唐無稽でありながらも、破綻がなく説得力があるからだ。秘剣の遣い手が必ずしも、相手に勝つとは限らないが、瀕死の状況にありながらも、必ず勝つという予定調和も気にならない。 そこで、思うのは、秘剣の遣い手同士が戦ったらどうなるのか?まさに、矛盾の実践かもしれない。そんな、馬鹿なことを思っている。 隠し剣孤影抄藤沢周平文春文庫2004年6月10日 新装版第1刷2004年7月10日 第2冊
2008.06.22
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承前テフロンが排除したオイルの濫用とこげつきこそ、じつは料理という音のなかのノイズであり、ノイズがなければ味に深みが出ない。それをはじめから取り除くといういかにも「表面的な」逃げの姿勢が、彼が頭のなかでほんとうの利便性となかなかむすびつかないのだった。油を使わず、こげつかず、洗いも簡単。環境保護にはなるとしても、そのこげつかない表面で熱せられるのが膨大なエネルギーを消費して製造、保管される冷凍食品だったりする矛盾。彼はいつも、節約を、あるいは効率を可能にする壮大な無駄に脅威を感じていた。テフロンの「表面」を信ずる人々との「関係」に彼は引っかかっていたのかもしれない。 この、引用からも分かるが、堀江敏幸のスタンスこそ、今考える必要のあることではないか? 効率効率と突き進んできた、わが国の疲弊が様々な形で表面化していることへの、アンチであると、思う。
2008.06.21
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承前 昨日の引用は、スパイ小説にはないスパイとは・・・。グレアム・グリーンの『ヒューマン・ファクター』を思い出す。 立地だけに頼る店や、また逆に、味が理想のかたちではなく概念になるような店にあれこれ文句を言ってもしかたがない。蕎麦屋や寿司屋や珈琲屋で能書きを垂れている客を見ていると彼は困惑し、居心地が悪くなる。言葉に完成がないように、味にも完成はないし、それどころか完璧もないはずだ。しかし完璧とはいったいなんだろうか?・・・・ これは、誰しも思うこと。だれしも、スノッブは好きではない。だが、よく考えてみよう。誰もがスノッブである部分をもち、人のスノッブを忌み嫌う。そのことを自覚して、はじめて堀江のような文章が書ける。 今回の、引用に思うことである。
2008.06.13
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承前 『河岸忘日抄(堀江敏幸)』から、引用スリーパーは敵国人の任意のひとりになりすますために、生い立ちや家族関係はもちろん、何歳のときにどこへ旅行し、どこの学校で学び、誰と親しくしていたか、何度引っ越しをしてそのたびにどんな間取りの家に住んだのか、架空だけれどすべての事実に適合する来歴を創造して、話に矛盾が生じないよう気の遠くなるくらいのシミュレーションを重ねたうえで派遣されるスパイのことを意味するんですよ。彼、もしくは彼女は、送り込まれた国の一員として、ある瞬間から、ごくふつうの暮らしを開始するんです。連中は積極的に動いたりしない。恋愛して、結婚して、子どもだってつくる。指令があるかもしれないし、ないかもしれない。なければその国の人間として残りの人生を終える可能性さえ秘めたながいながい待機の末に、顔も名前も知らない連絡員からの、幾重にも保護の網を張られた間接的な合図を受けて眼を覚ますまで、予測のたたない日々を過ごすんです。スリーパーたちは、ずっと仮面をかぶっている。しかもその仮面がやがて地の顔になる。眠るひとは、第三者によって眼を覚まされないかぎり、寝入るまえに暮らしていた母国の記憶や自分の、ほんとうの幼少時の記憶を思い出す権利がないんです。 このエピソードは、主人公(彼)知人、一時期探偵をしていた枕木さんという名のひとからの話の部分。
2008.06.12
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『河岸忘日抄(堀江敏幸)』は、図書館で何度も手に取りながら読むことを躊躇っていた一冊。それは、ただただ長編であるという理由から。『いつか王子駅で』も同じく長編。にも拘らず、そのどちらも読んだのは、文庫本になったからだ。堀江敏幸を読むのは、この人の文章が好きだからだ。物語の展開もさることながら、文章がいい。それにつれての物語の展開が心地よい。さて、『河岸忘日抄』は、その帯に異国の繋留船でつむぐ、ゆるやかな言葉の軌跡 と、あるごとくゆるやかである。一つの芯がありながら、「彼」の思いやイメージが次々と変化してゆく。脱線しながら、またもとの道にもどる。引用したいところ、気になったところなど付箋が14箇所付いた。そのところは後日改めて。 だが、新しい人の文章を読むとき、どうしてもスタートは緩やかにならざるを得ない。今回もその例に漏れなかった。最後の2割にきてスピードが増した。文体に慣れるのも、本を読む際の要。しかし、それは純文学に当て嵌まる場合が多い。ハンバーグやプリンのように柔らかい文章にはそれはない。あっという間に読めてしまう。だから、頼りないし、読書の醍醐味はない。 今回の堀江敏幸の文章は、それなりに格闘が要った。 河岸忘日抄堀江敏幸平成20年5月1日発行新潮文庫
2008.06.11
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『接吻』は、最後の最後で、甘くなる。 動機も分からないままに三人の人を殺した男に思いを寄せる女。それまで、二人には何の接点もない。女が一方的に男に近づいてゆく。取調べにも、勿論弁護士にも一言も話さない殺人犯が女には少しずつ心を開いてゆく。 そして、最後の誕生パーティーの場面。「Happy Birthday to You・・・・」は殺人の場面でも歌われるだけにこのシーンは怖い。 だが、ここからは、あまりにも不自然、ご都合主義で展開。 それが、とても惜しい。ここで、アイディアが尽きたのだろうか? でも、ここまで面白くなる素材を作ることが出来た監督が、何故、最後の最後で腰砕けになるのか? どうにも、分からない。
2008.06.09
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『相棒-劇場版- 絶体絶命!42.195km 東京ビッグシティマラソン (和泉聖治)』☆☆★(45点)は、ひどい出来。チェスのトリックもご都合主義。このレベルが、TBSとフジTVの差か。『踊る大走査線』は言うに及ばず『HERO』にも敵わない。『相棒』が生んだ、杉下右京のみが光る。『接吻(万田邦敏)』☆☆☆★★(70点)小池栄子が素晴らしい。あの不適な笑いには、背筋が冷たくなった。『今夜、列車は走る(ニコラス・トゥオッツォ)』☆☆☆★★(70点)どうしても、ケン・ローチをはじめとした、英国映画の亜流。もう少し点をつけても良いが、その点が引っかかる。『アフタースクール(内田けんじ )』☆☆☆★★★(75点)面白い。久々にうれしい映画を見た。大泉洋は好きではないが、この作品の彼はいい。
2008.06.08
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今朝、窓から外、畑の隅にある矢車草に鳥が留まっていた。早速双眼鏡で観察。鳥は河原鶸。嘴が黄色く丸く、羽の先も黄色い。鳥の動きはいつまで見ていても飽きない。暫く、眺めていた。手許の本に「夏にはヒマワリの種子、初夏にはナタネ、春にはタンポポの種子を食べる」とあった。だから、この河原鶸は、ヤグルマソウの種子を食べていたのだろう。午後は、古い衣料の整理。本当に古い帯が出てきた。雁と月のモチーフ。何時頃のものなのか良く分からない。昭和の初めか、大正時代か、いずれその当時のものではないか。
2008.06.01
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