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一応、このテーマでの論はこれが最終稿となります。
こんなことを言った、自動車関係者がいるそうです、もちろん若者についての言及です。 「リアルな自動車ゲームがあれば車は要らなくなる」・・・
もとより、クルマは単なる移動の手段だけはありません。中には、財産と思えるような高額なクルマもありましょう。しかし、それだけではない筈です。
しかし、今から30年とか、40年前の当時の若者たちを熱狂させていた あのクルマとは、どこが今のクルマと違うのでしょうか。今の若者が、クルマ自体に熱狂しないのは なぜなのでしょうか!
あっしが思うに・・・あの30年、40年前に若者の目の前にあった、あのクルマたちが持つ魅力が・・・今の若者たちの前にあるクルマとは違うのではないか。そう思うようになったのです。
オイルショックと排ガス規制に襲われ、多くのクルマ好きに そして当時の若者に希望を与えたクルマが消えていった。その代表的なクルマを紹介します。
まず掲げるクルマは、二代目マツダRX-7(FC-3S)。1985年登場、初代はサバンナRX-7と名乗っていた。二代目はポルシェよりポルシェのような外見で登場した。このRX-7、サーキットでスカイラインと熾烈なバトルを繰り広げ、大暴れした。ロータリーエンジンが気持ちよく回り、痛烈な加速を魅せつけた。しかも、若者たちの手の届く価格設定であった。 後継FD-3Sは1991年登場。 マツダRX-7では280馬力に到達した名車であったが、若者たちの手から遠く離れた存在となっていた。 2002年8月生産終了。
セダン車の中では、日産ブルーバードSSS(910型)とトヨタ・カリーナGT-TRをあげたい。6代目ブルーバードとなった910型は1979年登場した。FR車、今では見かけることがほとんどなくなったFR。それはカリーナGT-TRも同じ。 この二台がFRで残って、さらに進化していけば、メルセデスのCクラスやBMW3シリーズに拮抗する名車となったハズ。
さらに遡って、トヨタ・スポーツ800。これは1965年から1969年まで3131台作られた。徹底した空気抵抗を考えた丸いボディ、徹底した軽量化で重量は僅か580Kgで45馬力のエンジンが引っ張った。 トヨタ800といえば、ライバルはホンダS600が思い浮かぶ。やはりライバルあって、クルマは進化する。
もう一台、SUBARUからドミンゴを紹介する。1983年登場、1.0Lワンボックスカー、意表をつく7人乗り。これは若者にウケタ、オオウケ。何処へ行くにもドミンゴ、皆あつまりゃドミンゴ・・・ TV・CMも楽しかった、若者ウケした。
この三台だけではありません。その以降も、幾多の優れたクルマ・・・魅力的なクルマたちが絶版 生産中止となっていきました。
30年前といえば、ちょうど、うちの息子たちの歳 あっしが30歳前後だった頃です。
若者とは、いつの時代も 時代に最も敏感で傷つきやすく、そしてなにより情熱的であり、表現は直接的で遠慮など必要ない人々なのです。
結局、自動車をめぐる社会環境の変化の中で、若者が熱狂できるような、若者向けのクルマを作らなくなった・・・クルマではない、他に熱狂(熱中)するものは出来たにせよ、若者からクルマを取り上げてしまったメーカーを含めた社会のあり様が原因なのではないでしょうか。
と、「あっしだけの日記」は結論づけしたいと思います。
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