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2015.04.18
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カテゴリ: 昭和~・評論家

『志賀直哉論』中村光夫(筑摩叢書)

 中村光夫の作家論については、わたくし、二葉亭四迷、谷崎潤一郎に続いて3冊目でありましたが、噂にたがわず(そんな「噂」、つまり中村光夫の志賀直哉論には、当時小説の神様のごとく言われていた志賀直哉のことがぼろくそに書かれてあり、それを読んだ志賀直哉が激怒して文芸評論家無用論を唱えたというような、まー、そんな「噂」であります)、すごいことが書かれてありました。

 二葉亭、谷崎論は、ちょっと前に読んだのでもう詳しい内容は忘れてしまったのですが、志賀論はこの2作以上に、「ぼろくそ」に書かれているように思いました。
 引用をしていくと切りがないほどですが、例えば志賀直哉の代表作『暗夜行路』についてこんな風に書いてあります。

ところが「暗夜行路」の場合は(略)社会はおろか、身辺の他人さへ独立した存在を保ってゐないのは、さきにも述べました。(略)作者はいつも謙作と重なりあつて、彼の感受性を通じて、彼の立場から対象を描くだけです。この小説で内面の働きを持つのは、彼だけであり、他の人々は彼から外観を観察されるだけです。
 したがつてここには小説の本来である人間対人間の葛藤も、それにもとづく主人公の内的な発展もなく、ただ対象のうつりかはりと同じリズムをくりかへす主人公の心の呼吸の連鎖しかありません。

 或る人が「暗夜行路」には金のことが少しも書いてないと云つてましたが、これだけの登場人物の相互の関係に、金銭が或る役割を果す場合がまつたくないやうに描いてあるのはこの小説の不思議な性格のひとつです。金銭が書けてゐないのは、人間性の半ばが見えてゐないことになるので、見方によれば、これはこの小説の最大の欠陥になるかも知れません。
 (略)この小説の弱点は、この一例からも察せられるやうに、青春の狂態をいはば実験的な純粋さで演ずる主人公の観念性より、それをそのままに肯定する作者の未熟さ、あるひは青春期を終りながら青年の心理から抜けだせずにゐる不思議な矛盾にあります。


 ……と、こんな具合ですが、上記の引用はまだ一作品に限ってのものですが、筆者はさらに、志賀直哉という小説家が、小説家として相応しい能力や感性を有しているかというところにまで疑問を投げかけます。

 例えば、志賀直哉が「ボヴァリイ夫人」や「赤と黒」について、「仏蘭西とかウヰーンの小説が人妻のさういふ事を余りに気楽に扱つてゐる。読者は自身を姦通の相手の男の立場に置いて鑑賞する」と評した文章を取り上げて「ほとんど滑稽な誤解です」と指摘し、「エンマやレナール夫人が『気楽』に『さういふ事をしてゐる』とはよほど神経が異常な読者でなければ思へぬ筈です。」と書いています。

 また、志賀直哉が長い沈黙の後に昭和九年に発表した「菰野」という短編について、「創作余談」で、「此小説は『暗夜行路』の最後と共に近頃では最も緊張して書いたものだ。材料そのものが、自分の気持にこたへたからでもあらう。然しこれも結局材料をまともには書けず、此材料を書くつもりで菰野に出かけ、どうしても書けなかつたといふ事の方を書いてしまった。」と書いた文を取り上げて、以下のように批判しています。

(略)もつと正確に云へば、事件の一貫した反映ですらなく、それを小説化しようとして焦慮する自画像を何やら意味ありげに綴つて自ら慰めてゐるにすぎません。「材料を卒業」どころか、手にあまる材料に負けた作家の憐むべき告白にすぎません。
 しかもさういふ挫折を自己の無能として恥ぢるどころか、
 「近頃では最も緊張して書いたものだ」とか「作品としての出来栄えは近頃の短編では最も気に入つてゐる」
 などといふのは、常人には不可解な神経です。過去の業績によつて得た名声が、作家を自分自身に対してどれほど盲目にしてしまふかの例証がここにもあります。


 ……しかし、「よほど神経が異常」とか「自己の無能」とか「常人には不可解な神経」とか、こんなこと、おおやけの書物に書いちゃっていいもんなんでしょうかねぇ。
 なんか、とってもコワいものを感じてしまうんですがー。

 でも一方で(「さらに」と繋げた方がいいのかも知れませんが)、中村光夫は本書の結語部並びに「あとがき」に、こんなことを書いています。

亡霊をつくりだす原因は、いつもそれを見る者の側にあります。志賀直哉の芸術の本体を知り、彼の才能の特質と限界を見極めることが、現代の文学にとつて緊要である所以であり、僕がこの尊敬すべき老作家に、おそらく多大な不快をあたへることを知りながら、あへて拙文を綴つた動機もそのほかにないのです。

 だから敢へて云へば、この論文は僕なりの氏にたいする讃辞なので、それが否定的に聞こえるのは、氏にたいする評価に、ほとんど迷信に近い偏見が一般に流布されてゐるからなのです。もつともかういふ偏見がなくなれば、僕の評論もまた存在理由を失ふかも知れません。


 ……うーん、「亡霊」「尊敬すべき」「讃辞」ねぇ……。
 あやまっているのかさらにケンカ売っているのか、なんかよくわかんない文章なんですけどー。
 なかなか、文芸評論家という職業も難儀なようですねぇ。
 いえ、それともこれは、中村光夫という方の特異なお人柄でありましょうか。

 えっと、この報告、次回も続けます。(今回、引用だらけになっちゃったので。)


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Last updated  2015.04.18 11:18:10
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