近代日本文学史メジャーのマイナー

近代日本文学史メジャーのマイナー

Calendar

Archives

2025.11
2025.10
2025.09
2025.08
2025.07
2025.06
2025.05
2025.04
2025.03
2025.02
全て | カテゴリ未分類 | 明治期・反自然漱石 | 大正期・白樺派 | 明治期・写実主義 | 昭和期・歴史小説 | 平成期・平成期作家 | 昭和期・後半男性 | 昭和期・一次戦後派 | 昭和期・三十年男性 | 昭和期・プロ文学 | 大正期・私小説 | 明治期・耽美主義 | 明治期・明治末期 | 昭和期・内向の世代 | 昭和期・昭和十年代 | 明治期・浪漫主義 | 昭和期・第三の新人 | 大正期・大正期全般 | 昭和期・新感覚派 | 昭和~・評論家 | 昭和期・新戯作派 | 昭和期・二次戦後派 | 昭和期・三十年女性 | 昭和期・後半女性 | 昭和期・中間小説 | 昭和期・新興芸術派 | 昭和期・新心理主義 | 明治期・自然主義 | 昭和期・転向文学 | 昭和期・他の芸術派 | 明治~・詩歌俳人 | 明治期・反自然鴎外 | 明治~・劇作家 | 大正期・新現実主義 | 明治期・開化過渡期 | 令和期・令和期作家
2024.11.03
XML
『ワーカーズ・ダイジェスト』津村記久子(集英社文庫)

 「ワーカーズ・ダイジェスト」って、どんな意味なんでしょう?
 そう思って、少しネットで調べると「ワーカーズ」はともかく、「ダイジェスト」について、「要約」「摘要」「梗概」などの日本語が出てきます。
 大概外国語のセンスのない私ですが、それなら、「勤労者というもの」「典型労働者」……うーん、本当に翻訳のセンスがないですねぇ。

 とか思いながら読み始めたのですが、読みながら次に思ったのは、そもそもこのお話はいったいどんな読者層が読むお話なんだろう、という事でした。
 まー、そんなことを思うという事は、おのれはちょっと中心読者層から外れてるんじゃないかと感じているってことですかね。
 まー、そうかもしれません。

 20代後半から30代くらいの都会で勤める女性、あたりが主な読者層ですかね。
 (ついでの話ですが、30代位の女性というのが現在一番小説本などを購入するのだと何かで読んだような気がします。)

 なぜそんなことが言えるのか。
 主人公がそうである(半分は同年代の男性主人公の話ですが)というのを前提にしつつ、(1)食べ物の話が多い、(2)大きな事件は起こらない、そして(3)エンディングの緩い肯定感、あたりでどうでしょう。

​ 来年は、彼らも私も、もう少しだけましになるだろうと、奈加子は形式的に思いながら、二つの鍋の火を止める。あとは少しずつ回復できればいいと思う。それまでのレベルに達することができなくても、それを受け入れられるようにはなるだろう。そしてその時その時のベストを尽くせるように、後悔のないように、心持ちを整えられるようになるだろう。​

 そして、半ページくらい後にこんな一文があります。

​音楽が鳴り始める。何の根拠もないけれど、自分は自由だと感じた。​

 いかがでしょう。
 この個所を読んだ、想像最大多数年代層読者はきっと、圧倒的な共感と健全な小さな明日への希望を胸に抱く、と。

 ……えー、ちょっとなんか変な展開になってきたので、少し別の方面のことを書いてみます。
 特に前半あたりを読みながらわたくし、そうだったんだと気づいたことがありました。
 これは、上記の、中心読者層の圧倒的共感とも関係することなんでしょうが、この筆者の文体は、「村上春樹的読者殺しキメ文体」(今思いついて作った造語です。すみません)ではないか、と。

 特に初期の村上春樹は、マニアをとろけさせるようなエピグラム的文体、それは対象を説明する時の斬新な切り口と、それを文字化する時の圧倒的な比喩力が、本当に作品の随所に散らばっていました。
 ひとつ、デビュー作『風の歌を聴け』から抜いてみますね。

 かつて誰もがクールに生きたいと考える時代があった。
 高校の終わり頃、僕は心に思うことの半分しか口に出すまいと決心した。理由は忘れたがその思いつきを、何年かにわたって僕は実行した。そしてある日、僕は自分が思っていることの半分しか語ることができない人間になっていることを発見した。
 それがクールさとどう関係しているのかは僕にはわからない。しかし年じゅう霜取りをしなければならない古い冷蔵庫をクールと呼び得るなら、僕だってそうだ。

 次に、本書から引用してみます。

​ せっちゃんは十か月ほど前に、三年付き合った人と別れた。いい人だったけれども、賭け事が本当に好きで気前が良すぎる人だったからだそうだ。三年間、彼の預金残高が五千円を越すことはなかったのだという。せっちゃんはお金を貸しそうになってしまい、でもそれは駄目だと思って別れたのだそうだ。その前の彼氏は、働かない人だった。​

 いかがですか。
 とてもよく似ていますね。どちらも、「キメ台詞」「殺し文句」という感じで、私はとっても好きです。この津村節も、きっと30代都市勤労女性の好むところだと思うんですがね。

 で、さて、そんな文体で、筆者は何を描こうとしたのか。
 例えば村上春樹『風の歌を聴け』なら、ざっくり人間存在の根源的孤独なのかもしれません。
 津村記久子なら、何でしょう。あえて言えば、労働現場の人間不在、でしょうか。
 ただ本書は、上記で私があれこれ思ったように、対象読者層をかなり絞った感じがあるせいで、かなり限定的な環境の人物の生きづらさといったものが、より前面に出ている気がします。

 もちろんそれは、全く悪いことではありません。
 それこそは、現在最もたくさん小説本を購入する読者層の、おそらくは最も好まれるテーマであるのでしょうから。
​​​
 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 
   ​ にほんブログ村 本ブログ 読書日記





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2024.11.03 17:58:54
コメント(0) | コメントを書く
[平成期・平成期作家] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

Favorite Blog

土井裕泰「平場の月… New! シマクマ君さん

やっぱり読書 おい… ばあチャルさん

Comments

analog純文 @ Re[1]:父親という苦悩(06/04)  七詩さん、コメントありがとうございま…
七詩 @ Re:父親という苦悩(06/04) 親子二代の小説家父子というのは思いつき…
analog純文 @ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03)  おや、今猿人さん、ご無沙汰しています…
今猿人@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03) この件は、私よく覚えておりますよ。何故…
analog純文 @ Re:漱石は「I love you」をどう訳したのか、それとも、、、(08/25) 今猿人さんへ コメントありがとうございま…

© Rakuten Group, Inc.
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: