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ノギさんは、週末農園の時期を迎えて張り切っていた。その直後、足首のじん帯を伸ばし、半ギブス生活になった。週末農園は、それっきり、ほったからしになっていた。。。一昨日、やっと、ノギさんに車で農園まで連れて行ってもらった。近ければいいのだけれど、遠いので、自家用車に乗っていくしかないのだ。ナント、雑草が、コーちゃんの身長(163センチ)より高く、生い茂っていた~。完全に、密林状態!ノギさんはまだ無理できないので、はんらとコーちゃんで、ジャングル化した雑草と格闘!しかーーーし。コーちゃんは、「ちょっと、あっちの方に行ってくるね!」「ちょっと向こうを見てくるね!!」と言っては、どこかにトンズラしようとする!食べてるご飯の量に比べて、とっても役に立たないヤツだ。あのご飯たちは、どこに行ってるのだろう?脳みそに行ってないことも、確かなのだが。。。でも、雑草が大きかったため、反って、抜きやすくはあった。しゃがまないで、立ったまま抜けるし。今年は、日本にいる末の妹が、日本のトウモロコシの種を送ってくれたので、早く植えたかったのだ。「ハニーバンタム」と「スイートコーン」と「ルーシー90」というのを植えた。あとは、キュウリ、唐辛子、ズッキーニの苗も、ちょっと遅くなったが、植えた。今年は、植えた時期も遅かったし、雑草を抜く係り(?^^;)のノギさんも、体調不調なので、あまり豊作は期待できないかもしれないけれど。。。韓国人の、野菜作りにかける情熱は、スゴイ。マンションのすぐ横のちょっとした小道のわきなどは、すぐに誰かに耕されて、サンチュやほうれん草などが植えられている。小学校の校庭のわきの方は、誰かが勝手に耕して、畑のようになってしまっている。唐辛子、サンチュ、ほうれん草などなど、いっぱい植えられている。はんらマンションの近くにある、イルボン山という低い山も、山道の両側は、誰かが無許可で勝手にいろんな野菜を育てている。生命力の強さと、自己チューさの強さを、しみじみ感じる。。。(^^;)
2006/05/30
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はんらは、韓国での永住権(永住ビザ)を取得して、3年半になる。今年から、永住権を取得して3年以上になる外国人にも、地方選挙権が与えられるというウワサは聞いていたが、ウンともスンとも連絡が無いので、ウワサだけかと思っていたら、土曜日、はんらのもとにも、選挙のお知らせが届いた。今回の地方選挙(5月31日)には、はんらも韓国で初めての選挙に参加できることになった。はんらは、確か、日本にも選挙権がある。在外選挙という形で、日本の選挙にも参加できるのだが、日本には住んでいないので、投票しようにも、誰が誰だかサッパリわからない。(何やら、資料は送られてくるのだけれど。。。)だから、在外選挙はやったことが無い。韓国の選挙も、これまでは完全に他人ごとで、何の関心も無かったが、選挙権をもらって、俄然、関心が湧いてきた!^^今回の選挙は、ナント、6枚もの投票用紙がある。「道知事」「自治 市議会議員」「地域区 市会議員」「比例代表制 市議会議員」「地域区 自治市会議員」「比例代表制 自治市会議員」の6人が選出されるらしい。。。。。。。何のことやら、サッパリ。。。???????外国人じゃなくても、普通のアジュンマやハルモニには、これはわからないんでは?????面白そうだから、清き一票を投票しに行ってみようと思っているが、誰が誰だかわからないので、これいかに~。今日から、日本の母親が、ソウル旅行に来ている。団体ツアーで来ているので、最終日の31日に、仁川空港にちょっと会いに行くだけの予定。今日は夜、東大門のナイトショッピング、明日は、徳寿宮、国立中央博物館、南大門を観光するんだとか。ソウルの皆さん、うちの母親を見かけたら、よろしく~。(←わかるはずないけど。^^;)そういえば、うちの母親は、5年ほど前、慶州にゴルフツアーで来たことがある。そのときは、母親の友達ばかりの15人くらいのツアーだったので、はんらたち一家も、仲間にちょっと混ぜてもらって、一緒に食事に行ったりした。そのとき、日本語ペラペラの韓国人ガイドさんがついていたが、うちの母親たちは、ナント、一人1万円ずつ、計15万円を、チップとしてガイドさんに渡していた。勿論、ガイドさんは、ガイド料はちゃんともらっているのである。その他のチップで、3日間で15万円(=(当時)150万ウォン)ももらったわけである。ああぁぁぁ~。そのお金、貧乏な娘(=はんら)が欲しかったよー。そんなことだったら、言ってくれたら、うちに家政婦兼ベビーシッターを3日間雇って、はんらがガイドしに行くんだったよ~。。。
2006/05/29
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昨日の夕方、コーちゃんが2泊3日の慶州の修学旅行から帰ってきた。「コーちゃん、どうして一度も電話しなかったの~?」と聞くと「あ、忘れてた~。」忘れてたって。。。(汗;)やっぱり、男の子だから??2万ウォンも持たせたお小遣いは、全部使ってきて、残金無し。ちょっとビックリ!2泊3日と言っても、正味2日間。食事は全部出たんだし、お菓子もジュースも持参で行ったのに、一体何に使ったんだ~??コーちゃんが言うには、全部間食代に使ったと言うんだが。。。?(またデブったんじゃ・・・?^^;)でも、とっても楽しかったと言いながら、満面笑みで帰ってきたので、良かった。ホテルの部屋は、当たり外れ(?)があったようで、ベッドの部屋になった子たちもいれば、コーちゃんたちはオンドル部屋だったんだそうだ。一応、宿泊場所が「慶州観光ホテル」だったので、コーちゃんは行く前に「ホテルに泊まれる!!!」と、期待に胸を膨らませていた。(^^;)はんらとノギさんは「コーちゃん、あのね、ホテルという名前だけど、あんまり期待しちゃいけないよ~」と、何度も言い聞かせていたが、やっぱり、期待してはいけないような部屋だったらしい。修学旅行なんだから、当然よね。^^慶州は、前に日記にも書いたが、コーちゃんが満2歳まで、1年8ヶ月間住んでいた。行かない観光地はないと言い切れるくらい、あちこち行ったものだが、当然、コーちゃんは覚えていない。ソウルナビに、慶州観光のことも載っている。この「チョンマチョン」から歩いて5分くらいのところに住んでいた。当時はまだ、「韓流」なんてなかったが、日本人観光客はたくさんいた。日本人が懐かしくなると、この「チョンマチョン」に行って、観光客に話しかけたりしていた。(^^;)お土産やに行くと、日本語を話せる韓国人店員が多かった。コーちゃんたちは、ここに載ってる有名な観光地をあちこち回り、その後、足を伸ばしてポハンのポスコ(韓国最大の製鉄所)にも行ってきたらしい。コーちゃんのいなかった、24日の日は、はんらとノギさんの結婚記念日(正確には、結婚式記念日^^;)だった。平日で、ノギさんの時間が取れなかったので、今日の夜、家族みんなで、天安の日本人が絶賛している?ここ(豚カルビのお店)に行ってみようと思っている。まねりんさん、woomamaさん、行ってきます!(無事、到着できるかな~???)
2006/05/27
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今日は、よしくんの保育園の授業参観があった。このあたりは、庶民マンション街であるためか、若いママさんが多い。大きな高級マンションは、お金を貯めてからでないと買えないので、大きなところには、年配のママさんも多いらしいが。(早くそういうところに引っ越したいよ~TT)韓国の幼稚園は、人間性教育に力を入れていると言う。そういうところが、最近の韓国ママたちには、あまり受けなくて、人気がないそうだ。はんらもよく、近所のママさんから「どうして勉強させない幼稚園なんかに送ってるの?」と、聞かれる。特に、年長さんになると、「ソクセム学院」という名の学習塾のようなところに通わせるママさんが多い。しかし、きっと、日本人ママさんだったら、幼稚園のほうが、気に入るだろうと思う。今日、普段の授業の一部を見てきたが、ものすごーく面白くて、ママたちはずっと笑いっぱなしだった。まず、出席を取るときからして、面白い。先生が、一人一人の子供たちの名前を書いたカードを、一枚ずつ見せる。(ハングルの勉強を兼ねていると思われる)すると、みんなで(例えばそのカードに「はんら」と書かれていたとすると)「はんらちゃんを呼んでみよう!」と、節をつけて歌う。すると、はんらちゃんが立ち上がって、「は~い。私がはんらです。ピョンピョン!」とか「はーい。私がはんらです。ワンワン!」とか「ニャーニャー」とか「メェーメェー」とか「ピヨピヨ」とか言いながら、その動物の物まねをするのである。それからみんなが「はんらちゃん、アイ・ラブ・ユー!!!」と叫んで、愛の矢をピューンと、はんらちゃん目掛けて射るマネをする。欠席したお友達もいる。すると「はんらちゃん、来なかったよ。」とみんなで言って、「はんらちゃん、どうしたのかなぁ?心配だねー。具合がわるいのかなぁ?」と、みんなで心配してあげるのである。出席ひとつ取るのに、こんな面白いことをやっていた。授業も、先生が小さなぬいぐるみを持って、登場させる。そのぬいぐるみは「ミニーちゃん」と言うんだそうである。先生が声色を使って、そのミニーちゃんに、あれこれお話させると、子供たちはみんな、シーーーンとして、ミニーちゃんのお話に聞き入っているのである。(面白いー!^^)それから、イ・ジュンギの「美女はザクロがお好き」のCFソングを、在韓の人なら誰でも知っているだろうと思うが、あのメロディーに合わせて、「おサルはバナナがお好き」だの「哺乳類はお乳がお好き」だの歌ってるのも、爆笑だった。体育は、専門の男の先生がいて、平均台をやるのを見た。(ナント、ママたちも一緒に平均台を歩かされ、運動不足なママさんたちは、平均台から転がり落ちていた。^^;)英語も、専門の先生がいるのだが、まあ、その先生が、踊るわ歌うわ跳ねるわ!!!やっぱり、幼稚園児に英語を教えるには、ああいうふうにしなければならないのね~。黒のミニスカートに、真っ赤なカットソーを着て、先生お一人で、バイキンマン対ハブラシマンの対決の英語ミュージカルなんかも演じ、「toothが痛いよ~!Brush man! Help me!!」とかやりながら、1人3役で、飛んだり跳ねたり。最後には「Good-bye~」と歌いながら、のりのりノリノリ海苔海苔で、踊りまくっていて、度肝を抜かれてしまった。はんらも時々、幼稚園なんかで日本語教えてみては?と言われたりすることもあったが、こういうのを見ると、あまりの衝撃~!(とても出来ない。考えられない。^^;)最後に、「ママと一緒にお料理教室」と称して、カナッペ(クラッカーの上に、ジャムやお菓子を乗せるだけ)を作って、帰ってきた。面白かったわ~。^^でも、幼稚園の先生って、ホント、大変そう。。。今日は、コーちゃんが2泊3日の修学旅行から帰ってくる日。ナント、コーちゃんからは、この間、一度も電話がかかって来なかった。他の子のうちに聞いてみると、あちこちからかけてきてると言うのに~。よしくんは、お兄ちゃんがいなくてつまらないのか、昨日も一昨日も、夜7時には寝てしまった。
2006/05/26
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みんな、小中学校の卒業文集に、「ボクの夢、私の夢」というのを書きましたよね?何書きました??はんらは、小学校の時には「童話作家になりたい。」中学生の時は「ブラジルのコーヒー園で働きたい。」と書いた記憶がある。はんらは小さい頃から、童話などの本を読むのが好きだったので、自分でも、ぜひ何か書いてみたいと思い続けていた。小学校高学年の頃、何やら短編小説を書いた記憶はある。思春期になったら、「詩」も書き出した。大学ノートの表紙に「ポエム」なんて書いちゃって、中身は、今もし見たら、恥ずかしくて穴から出て来れないような詩ばかりだったと思う。思春期って、自分の世界に酔っちゃっている、時期。ところが、ノギさんと出会った頃、ノギさんはもう30歳近かったが、そのノギさんが、いつもポエム調のお手紙を書いてくるので、かなりビックリした。なんてロマンチックなの?と、ピョーンときちゃったわけだが、今になってみると、30歳近い年齢で、ああいうお手紙を書ける韓国人って、スゴイ。。。(^^;)話は ずれたが、はんらは高校に入ってから、仲良しの女友達数人と、リレー式のSF小説を書き始めた。もちろん、授業中に。。。一段落くらいを書いて、次の人に回すと、次の人が続きを書く。。。というのを繰り返して、すごく長い、「超変態作」ならぬ「長編大作」を書き上げた。何篇も。あの時は、本当に、毎日学校に行くのが楽しくて仕方なかった。あの時、たくさんの小説が完成したが(^^;)、あの小説は、一体、誰が持って行ったのだろう?きっと、とっくの昔に捨てられちゃったんだろうなぁ。あれだけ、物書きばかりして、授業を全く聞いてもいなかったのに、ちゃんとはんらは国立大学なんかに現役合格したのが不思議。(^^;)あとは、日記は、小学校高学年から、ずっとつけていた。その日記は宝物で、韓国にもちゃんと持ってきている。そのように、ずっと、文章を書くことが好きだったのだが、今もこうして、ブログをつけるのを楽しんでいる。中学生のころの「ブラジルのコーヒー園に。。。」というのは、日本ではなく、どこか広大な外国に行って暮らしてみたいと思っていたわけである。日本より狭い韓国なんかに来てしまったが、「作家に」という夢も「外国に」という夢も、一部は叶ったのかもしれない。(^^;)ところで、去年の夏、日本に帰ったとき、うちにあった本をパラパラと見て、たまげた。よく知ってる、近所のおっさんやじーさんたちが自叙伝を執筆し、発行しているのだった。写真もたくさん載せた、立派な本に出来上がっていた。母親に聞いてみたら、最近日本では、普通のそこらのおやじでも、そのような自叙伝を発行する人も多いんだとか?
2006/05/25
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今日から、小6のコーちゃんは2泊3日の修学旅行に出発した。どうも、思春期の入り口に立っているもので、持ち物にも、あれこれ気難しいお年頃だ。まだ、ジュニア用のパンツやランニングシャツを着ているので、ワンポイントの絵が入っていたりする。すると、コーちゃんは、「こんなのは友達にからかわれるからダメだ!」と言うのである。それで、イーマートで、絵の入っていないパンツを探すのに、四苦八苦した。これがまた、パパのはくような、大人用のパンツだと、どうも、形がビミョーに合わないような気がする。。。それで、探すのが難しい。コーちゃんは、今からもう「今年の夏からは、半ズボンをはかない。」と宣言している。スネに毛がはえてきたので、もう、恥ずかしくてはけないんだそうだ。もう、半ズボンやももひきは、買わないことになるだろう。コーちゃんの同級生の男の子のママたちに聞くと、どこのお宅でも、みんな似たり寄ったりなようだ。海水パンツから何から、絵の入っていない、小さいサイズを探すのに、ママたちはみんな苦労していると、大笑いした。母親の目から見ると、まだまだ子供のくせに、そういうところに気を使う息子達が、可笑しくてたまらない。コーちゃんは、スポーツ刈りしてるくせに、毎回、リンスを欠かさない。そのくせ、スッポンポンでお風呂から上がってきて、そのままテレビの前で仁王立ちして、テレビに見入ってたりもする。(163センチ、68キロの肉体で!!!^^;)よその子たちも、似たり寄ったりなようだ。パンツの絵柄には神経質なくせして、ゴムの伸びた靴下を平気ではいて出て行く。何とも、矛盾した不思議なお年頃。^^;でも、コンプレックスを感じやすいお年頃でもあるので、邪険には扱えない。
2006/05/24
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今日は、ジムに通い始めて、ちょうど1年経つ日。厳密に言えば、途中、日本に里帰り中、1ヶ月休んでいるので、11ヶ月通った。運動開始のときの日記。「もし、ダイエットに成功したら、「運動前」「運動後」の画像アップと、体重変化のグラフを日記に載せることにしよう。」なんて書いているが、一体、ダイエットに成功したのか?(^^;)まあ、経過途中ということで。。。体重変化は、ちゃんと記録してあるので(こういうところはA型)、ちょっと書いてみると運動開始時の体重 ○○キロ。~1ヵ月後 -2.5キロ~2ヵ月後 -3.7キロ 計 ー6.2キロ ~3ヵ月後 -1.5キロ 計 -7.7キロ~4ヵ月後 -3.0キロ 計 -10.7キロ~5ヵ月後 -1.0キロ 計 -11.7キロ~6ヵ月後 -0.8キロ 計 -12.5キロ ~7ヵ月後 -0.2キロ 計 -12.7キロ~8ヵ月後 -1.2キロ 計 -13.9キロと、今年の1月末までは順調だったが、その後、完全にストップ。現在、△△キロから、1キロ太ったり戻ったり、2キロ太ったり戻ったり、というのを4ヶ月間、繰り返しているの~。(汗;)健康体重目前に、まだ「ちょっぴりオデブ」状態のまま、ストップしてしまったのは、とても残念。こういうのも、勢いがあるから、そのまま一気に健康体重までいけたらよかったのだけれど。。。と思いつつ、もう一度、頑張って、もうちょっとダイエットしてみようかな、と思っている。^^そして、今年の夏こそは、海辺のクィーンに!!!(妄言、スイマセン。。。^^;)
2006/05/23
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昨日の日記が遅かった理由は、この発表を待っていたから!漢字検定も、パソコン検定も、大体、夜中の12時にネット上で始まる。今回は4級を受験していたコーちゃん。昨日、はんらたちは週末農園に行ったりして疲れていたにもかかわらず、結果が気になって、みんなが寝静まった中、一人でネットしながら時間を潰していた。12時直後には「アクセス超過」になって、つながらないことも多いのだが、今日は簡単につながった。結果は、こうやって、はんらが意気揚々と書いていることから、皆さん、察したことだろうと思うが(^^;)、合格。点数も悪くはなく、「優良賞」という賞までもらえることになった。朝、コーちゃんに伝えると、大喜び。実は、今回の試験には、ノギさんが「20万ウォン」という、多額な賞金を賭けていた。去年、一度落ちている上、検定日が近くなっても真剣にならないコーちゃんを見かねて、ノギさんが、「漢字教室の月謝が1ヶ月、9万ウォン。それを、次回の検定の3ヵ月後まで、漢字の先生に払うよりは、今回合格したら、お前にやる!!!」と言ったのだった。9万ウォンを3ヶ月だと27万ウォンだが、20万ウォン、という約束で、合意していた。いいな~、コーちゃん。20万ウォンの臨時収入があって。。。なにか、おごってもらわなきゃ!!!コーちゃんは、少し前から、今度は「3級合格」を目指して、新しく漢字の勉強を始めている。3級からは、国家公認の資格である。でも、1800字なので、日本の小学校卒業くらいの水準かな?(どうでしょう?)漢字教室も、3級からはグンと高くなって、月謝が13万ウォンである。高いだけに、教室のほうでも、早く合格させようと、かなり力を入れてくれているようで、今のところ、次回の7月の検定を目指して、まずは「3級2」という、4級と3級の間の級を受験する目標で勉強している。コーちゃんには、将来、日本に行くという道もあるが(本人の選択に任せる)、漢字が必須だと思うので、最低、日本の小学校卒業レベルくらいは勉強してほしい。そのため、あまり漢字に重点を置いてなかった書道教室をやめて、漢字教室に入ったのだが。。。漢字教室の先生は、これまでの書道教室の先生と違って、すごい、コワイらしい。軍隊の上官のように(?コーちゃん談)、ガンガン、気合を入れてくるそうだ。(女性だけど。。。汗;)
2006/05/22
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コーちゃんの小学校では、小学6年生で、慶州に2泊3日の修学旅行に行く。このあたりの小学校は、大体、同じような感じ。テグとか慶州のほうの小学校では、ソウルのほうに行くのかな?ちなみに、テグ近郊の田舎の小学校に通っていたノギさんは、30数年前、小学6年生のときに、生まれて初めて「列車」に乗って、ソウルに修学旅行に行ったそうだ。中学生の時は、家計が厳しくて修学旅行に行けなかった(そういう子が、10%くらいいたらしい)というから、まさに、はんらとはジェネレーションギャップあり過ぎよ~!で、今週の水曜日(24日)から金曜日(26日)までの日程らしいのだが、そのお知らせのプリントをもらったのは、金曜日。そのプリントには「月曜日の朝までに、費用86000ウォンを持たせてください」と書かれていた。イキナリ。なんで、もっと早く言ってくれないかねぇ、韓国の小学校。。。金曜日の夕方遅くにプリントもらったって、土・日は銀行休みよね?86000ウォンって、はんら家には、給料日前には結構な大金で、ヒョイと現金で無いわけ。それに、金曜日に持ってきたプリントには、宿泊場所とか、大体の観光コースは書かれているんだけど、肝心の「持ち物」については、まだお知らせがない!!これはきっと、火曜日(前日)の夕方、下校するまで、持ち物に何が必要かわからないんだろうと思う。火曜日、コーちゃんが下校してから、連絡帳持って、はんらがマートに走らなければならない可能性、大。日本の修学旅行って、随分前から日程がわかっていて、学校でも、旅行のグループ分けしたり、いろいろ準備しなかったっけ??
2006/05/21
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よしくんが、2年間通った保育園から、イエス幼稚園に移って2ヵ月半。今のところ、はんらはかなり満足している。保育園に2年間も送らないで、さっさと幼稚園にしてたらよかったかも、とまで思っている。はんらが、イエス幼稚園を気に入った理由は、まず、第一に、お金のかかるところに、あまり出かけないことである。これは、園長先生の方針によると思うが、保育園のときは、毎週毎週どこかに連れて行き、そのたびにお金の請求が来るので、脅威だった。園費を月々払っているうえに、追加請求がくるので、とても大変だった。第二に、園庭が広い上に、畑まであること。よく外遊びもさせてくれるようで、ありがたい。第三に、毎週、無料で絵本を貸し出してくれること。幼稚園内に図書館があり、そこから、年齢や発達に合わせて、毎週1冊ずつ、絵本を貸し出してくれる。第四に、誕生会の準備を親がしなくていいこと。保育園では(こういうのも園長先生の方針によるのだと思うが)、誕生会の準備を、誕生会の主役の子供たちのお母さんがしなければならなかった。チキン・キンパプ・ケーキ・チャプチェなどの係りを決めて、金銭的な負担が最低でも2万ウォンはかかった。イエス幼稚園では、すべての準備は、園でやってくれる。お母さんは、上記の図書館に、子供の名前で絵本を1冊、寄贈するだけ。この絵本は、道端で売っている2千ウォンくらいの絵本でも、決して文句は言われないし、みんなの役にも立つものなので、いい方針だと思える。第五に、先生が子供にあまり手出ししないこと。はんらとよしくんは、保育園で悲しい経験がある。しかし、イエス幼稚園から持ち帰るよしくんの作品は、まさによしくんにしか作れない、ものすごい作品ばかり!(^^;)何が何だかサッパリわからないものばかりで、ノギさんはショックを受けているが、まあ、いいではないか。(滝汗;)勿論、イエス幼稚園にも「これはちょっと・・・」と思う点もあるが、まあ、100点満点の幼稚園なんてないだろうから、仕方ない。今のところは、はんらにとっては、充分、合格点である。
2006/05/20
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夫、ノギさんは、数年前足首をくじき、長い期間、漢方医院に鍼をうちに通った。10日ほど前、ノギさんは、またもや足首を痛めてしまった。数日間、漢方医院に通ったが、全然良くならない。日常生活にも支障があるほど。で、2日前、整形外科に行って診察を受けてきた。足首のじん帯が伸びてしまったとのことで、足にギブスをして、松葉杖をついて帰ってきた。2週間ほど、ギブスをしたまま、安静にしなければならないとのこと。。。しかし、会社を休むわけにもいかないので、ギブスをとって、自動車を運転して会社に行き、会社でまた、ギブスを装着している。帰りはまた、ギブスを外して、運転して帰ってくる。ノギさんは言う。「こんな時、妻に送り迎えしてもらえたら、どんなにいいか!」ゴメンネー。耳が痛いわ~。でも、はんらが運転して送り迎えしたら、足首どころか、命にもかかわってしまう予感が。。。(^^;)長ければ、完治に数ヶ月もかかってしまうかも、と言う人もいて、心配している。一度痛めてしまうと、年齢も体重もあるので、何度も繰り返すと言う人も。。。
2006/05/19
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うちの長男、コーちゃんは、韓国の現地の小学校の6年生である。うちの学校は、木曜日が中間試験なので、ここ数日、親子で一緒に勉強している。小6からは、本格的に社会科で歴史を学ぶ。韓国で学ぶ歴史というと、きっと、反日思想の強いものだと思われるので、いろいろ心配になっている。今のところは、まだ、大昔の歴史なので、攻めてくるのは、「倭の国」くらいなので、あまりたいしたことはない。しかし、まさか、「国語」の教科書に、こんな小説が載っているとは知らず、はんらは、衝撃を受けてしまった。10ページにも渡る、長編小説なので、きっと、今回の試験のヤマだと思われる。だから、勉強しないわけにはいかないが、問題集でコーちゃんと一緒に勉強しながら、大変、複雑な気持ちだった。タイトルは、「バング(屁)おじさん」という、大層、のどかで平和な題である。しかし、内容は、日帝時代(韓国が日本の植民地だった時代)のお話である。長編なので、適当に短く翻訳して載せてみる。小6の国語ともなると、かなり難しい韓国語なので、ちょっといい加減な訳かもしれないが。。。翻訳の部分は、青で。アンゴル村の大工、ボングおじさんは、屁をよくこきます。子供たちを見ると、そっと近づいていって、お尻を突き出して「ブー」と、屁をこくのです。それで、ボングおじさんは、バング(屁)おじさんと呼ばれるようになりました。このように、始まりは平和そのもの。このあと、バングおじさんが、子供たちにとても親切で、情深い様子が半ページに渡って書かれている。近所の大きくて立派な瓦屋根の家は、全部バングおじさんが建てたものでした。でも、おじさん自身の家は、貧しいわらぶきの屋根の家でした。「おじさんの家はどうして建てないの?」ませたヒチョル(村の子供の名前)が聞くと、「ははは。あとで、いい世の中になったら、建てるよ。」「おじさん、世の中がよくなるの?」徴兵だ、徴用だと言いながら、畑にいても、引っ張られていってしまう世の中です。いい米は、全部日本に持っていかれてしまい、代わりに配られる配給米は、屑米ばかりでした。最近では、鉄砲の弾を作るからと、真鍮で作られた器やたらい、さじまで、みんな持っていかれてしまいました。ドゥソプ一家は、耐えられなくなって、荷物を背負って、満州に去っていきました。このあと、バングおじさんが、韓国が独立できる日はきっと近いと子供たちに言い聞かせる場面などが続く。ある日、村長が、バングおじさんを訪ねてくる。村長は、村の仕事だと言いながら、あちこちの家を見回って、日本の役人にいつも告げ口をしていました。この村長が、親日派であることを匂わすエピソードがいくつか続く。「何の用だ?」バングおじさんがつっけんどんに聞きました。「今度赴任してきた、日本の役人「平野」が、君のうわさを聞いたらしい。平野は、変わった人だ。朝鮮のものを何でも好きなんだそうだ。ヨガン(韓国製、大人のおまる)まで、大切にしているそうだ。」と、村長は独り言を言いながら、「家にあるタンス、平野に譲ってはどうか。」と本心を現しました。バングおじさんは、激しく怒って、村長を追い返す。そのあと、このタンスについての秘話が続く。バングおじさんが大工の仕事を始めた時、妻は17歳の美しい新婦だった。貧しい夫婦で、二人は休む間もなく、よその家の仕事をしながら、食べ物を得ていた。子供が4人になっても、妻は家族のために働き続けた。バングおじさんは、愛する妻と子供たちを置いて、遠く、安東というところに、出稼ぎに出たのだった。3年後、妻と子供に会える嬉しさで、はちきれそうになりながら帰宅したが、妻と子供たちは全員、伝染病で亡くなっていた。「寿命がそうだったんだから、仕方ない」村の老人達が慰めてくれましたが、バングおじさんは何日も、水さえ口にしませんでした。15日ぶりに正気になりましたが、家の中でじっとしたままでした。亡くなった妻の誕生日に、バングおじさんは銀の蝶の装飾が美しい、素晴らしいタンスを妻のために作って供えたのでした。苦労だけして亡くなった妻への、初めての贈り物だったのです。そのタンスを、村長は日本の役人に譲れと言うのでした。その後、何度か村長が来るが、バングおじさんが拒絶しつづけたため、ついに、平野自身が、馬に乗ってやって来る。そして、「米2俵と交換しよう。」と言われるが、その平野をも、バングおじさんは追い返す。すると、ついには、日本の憲兵の伊藤がやって来たのだった。伊藤は、平野から、バングおじさんが許可無く木を切っていると通報を受けてやって来たと、言いがかりをつける。そして、あのタンスも、最近許可無く切った木で作ったという通報が入っているから、押収すると言う。「あんたたちの国では、最近切った木で、タンスを作るのか?」とバングおじさんが日本語で言うと、「何だと?あんたたちの国?大日本帝国と朝鮮がひとつだということを、まだわからないのか?お前、不逞分子じゃないのか?取り調べなければならない。タンスと一緒に、拘束する。」伊藤は、警棒でバングおじさんの胸を小突きました。この時、ついにバングおじさんがキレて、韓国語で怒鳴り返す。すると、「朝鮮人のくせに、このやろう!」伊藤は、警棒で、バングおじさんの頭を殴りつけました。朝鮮の人の前にさえ立てば、急に肩に力の入る伊藤。伊藤の木の警棒は、その瞬間、鉄の棒になっていました。「あっ!」バングおじさんは、膝を折りました。血が顔に流れました。しばらくじっと動かなかったバングおじさんは、そのまま倒れてしまいました。カッと見開いた目には、春の雨が降る空が映っていました。「まあ!」隣のおばさんが駆けつけたときには、バングおじさんはもうこの世の人ではありませんでした。翌日、バングおじさんは、家族の墓の隣に埋められる。日本の憲兵たちが見張っているので、死人を乗せる籠にも乗せられず、ワラに巻いて、バングおじさんは運ばれていった。そして、最後の章は、こう結ばれている。日が昇り、月が沈み、風が吹き、雨雪が降り。。。そのように、年月は流れていきます。花が咲き、鳥が鳴き、虹が出て、年月が流れれば、バングおじさんは、一握りの土になり、白骨になるでしょう。しかし、バングおじさんの白骨の一番てっぺんには、穴が開いています。若い日本の憲兵に、朝鮮人だという理由で10倍もの力で殴りつけられた、警棒の痕を、50歳のバングおじさんは、永遠に持ち続けるでしょう。永遠に!更に、この単元の次には、「統一弁論大会」というタイトルの内容が出てくる。それは、いつもはおとなしい子が、突然、統一弁論大会に出ると言って、クラスメートを驚かせる。そして、みんなの前で「ボクは、サッカーで北朝鮮チームを見たとき、北朝鮮が勝てばいいと思った。同じ民族同士が、お互いに助け合い、理解していけば、きっと統一できると思います。」と発言し、クラスのみんなの拍手喝さいを受ける、というような内容。気持ちはわかるが、反日バリバリのあとに、親北朝鮮、というのは、大丈夫なのか?確かこの国は、休戦中なのでは??北が時々、トンネル掘って、侵入してきているのでは???バングおじさんの内容については、非常に、モヤモヤした気持ちになる。確かに、日本でも、昔の将校や軍人を美化した話も多く、それぞれ、自分の国を思う愛国心は美しいものではないかと思う。が、小6。ちょうど、思春期を迎え、微妙な心理を持つ年頃の子供の学ぶ教科書に、このような小説が載っていることは、はんらにはかなりショックだった。
2006/05/17
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ソウルの宗廟(チョンミョ)に行って来た。ここは、日本人観光客も数多く訪れる、観光スポットのひとつ。詳しくは、ソウルナビで。天安から、ムグンファ号という、急行列車に乗って、出発!チョンミョ入り口。このチョンミョから、連絡橋を通って、昌慶宮(チャンギョングン)につながっている。これも詳しくは、ソウルナビで。上に見えるのが、連絡橋。(勿論、この上を通って、チョンミョからチャンギョングンに行ける)チャンギョングン。最近、韓国では、第2,4土曜日が、「ノルト」という、休校日になっている。(「ノルダ」(遊ぶ)「トヨイル」(土曜日)をくっつけて、「ノルト」新しい言葉である。^^)で、そのノルトのために、観光地ではあちこちで、子供向けのいろんなイベントを催しているようである。はんらたちが行った時は、「韓国茶文化協会」というところの主催で「伝統茶礼節体験教室」というのをやっていた。二人で向き合って、片方が、片方をもてなすのを練習。コーちゃんは、一度お茶をひっくり返していたが、結構面白がってやっていた。よしくんは、あちこちウロウロし、茶碗をひっくり返したりして、ヒンシュクをかっていた。。。(^^;)さらに、伝統舞もやっていた。扇の舞とか。チャンゴ舞とか。これは、「太平舞」といって、「無形文化財92号」なんだそうだ。10種類くらいのいろんな伝統舞が、1時間くらい繰り広げられた。その後、インサドン方面に向かった。チョンノ警察署の前にいた、ポドリ(韓国の警察のマスコット)アジョシ。インサドンに着くと、おさるもいた。バナナまで!最後にまた、ソウル駅から、ムグンファ号で天安へ。(これは、ソウル駅ホーム)
2006/05/16
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土曜日、夜のニュースのトップニュースは、これだった。これ。 ************南北が京義線と東海線のテスト運行に電撃的に合意した中、14日、坡州・臨津江駅を出発した京義線列車が「自由の橋」を渡っている。第12回南北鉄道道路連結実務接触により合意した今回のテスト運行により、韓国戦争中だった1951年6月12日から全面中断されていた京義線鉄道の運行が55年ぶりに再開した。 ************鉄道の好きなコーちゃんは、もうこのニュースに釘付け!はんらも、北まで列車に乗って行って見たいわ~。それから、このニュースも、少し前から、韓国内でかなり騒がれている。 ************昨年、韓国の合計特殊出生率が1.02人を記録した。これは、1人の女性が一生の間に1人しか子どもを産まないということを意味する。出生率は1995年には1.65人だったが、2000年に1.47人、そして昨年には1.08人となり低下の一途をたどってきた。 ************こんな記事を読むと、本当に韓国って極端な国、って思ってしまう。なぜなら、韓国はほんの10年ちょっと前までは、3人以上の子供を産むことを制限していたからだ。コーちゃん(満12歳)が産まれた時代は、2人目の子供までは、医療保険が使えたが、3人目以降は、医療保険が使えなかった。つまり、3人以上は産むな、という政策だったのだ。今の中国のように、産児制限をしていたのだ。それが、ほんの10年ちょっとで、少子化だと大騒ぎしているのを見ると、未来を見通していない政策に、呆れてしまう。少子化対策として、出産した女性に、50万ウォンを支給しようという法案が出されたというのを聞いて、またまた呆れた。誰が、50万ウォンもらえるからもう一人産もう、と思うだろう????そういえば、韓国では、2003年の2月、3月に、ベビーラッシュがあった。その子供たちは、「ワールドカップ ベイビー」と呼ばれた。ワールドカップ(2002年6月)で盛り上がっって、子供がたくさん出来たらしい?(^^;)今年のワールドカップで、また韓国が活躍すれば、韓国にまたまたベビーブームが訪れるかもしれない。
2006/05/15
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この前の日記で、はんらマンションを道路側からご紹介した。今日は、内側から~。はんらマンションの正門前にある商店街。入店してるのは、スーパー、文具店、不動産屋、肉屋、パン屋、美容院、キンパプ屋、果物屋、クリーニング、ピアノ教室、美術教室、歯医者、学習塾、中華料理屋。韓国の大規模なマンションには、大体、このような商店街がある。はんらマンションの真向かいにある、現代マンションの商店街。入店してるのは、コンビニ、肉屋、美容院、餅屋、テコンドー教室、薬局、不動産、クリーニング、ピアノ教室、美術教室、食堂。はんらマンションの真横にある商店街。美容院、不動産、コンビニ、整形外科、ゲームセンター、居酒屋。はんらマンション斜め横にある商店街。パン屋(パリ・バゲット)、キムパプ屋、うどん屋、マッサージ店、歯医者、英語塾、漢方医院、おかゆ屋。更に、その横にも商店街が、ズラズラ続く。。。。。。。どこの商店街にも必ずと言っていいほど入ってるのは、美容院や不動産。韓国の商店街の特徴は、看板がでかいこと?店が引っ越していって、無くなっても、そのまま看板だけ残ってることもあって、紛らわしい。看板を下ろすにもお金がかかるので、「飛ぶ鳥あとをにご」しているのである。一方、ノギさんの実家は、一番近いお店(インスタントラーメンやお菓子など、日常品少ししか売ってない店)まで、車で5分、というところにある。勿論、実家の家族は全員、車を持っていて、運転している。そうでないと、不便だからね~。運転出来ない(しない)はんらたちは、実家に行くと、ヒジョーに不便さを感じる。あ、はんらは、運転免許証は持っている。先日、期限が来て、天安警察署に行って、更新してきた。ノギさんに「どうせ、使わないのに~」と言われ、「身分証明書として必要なのよ」と言って、警察署まで連れて行ってもらった。天安の警察署は、ド田舎のほうにあって、車でないと、行けない。このあたりの、1万世帯もあるマンション街には、派出所1軒無いのに、変な都市である。警察官達は、あんなド田舎で、何をしているのだろう。。。?????天安市長さんに、ぜひ聞いてみたい。こういう、ペーパードライバーの免許証のことは、韓国では「チャンノン(タンス)免許」と言われている。タンスにしまって置く、免許証だからである。^^;
2006/05/13
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5月は、こどもの日、父母の日、夫婦の日などがあるが、15日は「先生の日」である。この先生の日は、元々は、子供たちを教えてくれる先生に、感謝の気持ちを持つという、いい動機で始まったと思われるが、最近では、学校にとっても、教育委員会にとっても、父兄にとっても、頭痛の種になってしまっている。父兄の、先生に対する贈り物が、度を過ぎて、ワイロのようになってしまっているからである。現金や、非常~~~に高価なものを先生にお届けし、自分の子供をひいきしてくれるようにお願いする父兄も出てきた。父兄たちは、先生の日の贈り物に頭を悩ませ、先生方は、うちのお義姉さんのように、要らないものをたくさんもらって、かえって気を使って、困るという、変な社会現象になった。この社会現象は、まだ、解決までの過渡期といった感じだが、最近は、全国の多くの幼稚園や小学校で、「先生の日のプレゼントは受け取りません。」という、プリントが配布されたりしているのではないだろうか?ところで、はんらの住む天安市は、この15日に、教育委員会主催で「教え子を愛する歩こう会」だとかいう行事が開催され(確か、去年もやったような?)、当日、幼稚園と小学校は休校となった。13日は、「ノルト」と言って、月2回の土曜休校日である。だから、子供たちは、今週末~来週初めにかけて、3連休となった。テグに住んでいた時は、15日の先生の日には、先生に休んでいただいて、父兄が先生の代わりに授業をする、ということをやっていた。その先生役は、立候補で決まったが、例えば、テコンドー教室の道場長が、武道の心得について講義したり、折り紙の上手なお母さんが折り紙教室を開いたり、そんな感じだったが、とてもよかったと思う。変に3連休なんかになっちゃって、困っているお母さん達も多いのでは。。。???先生の日を前に、今日はんらは、よしくんにハングルを教えてくれている、近所のママ(タウニオンマ)にお昼をご馳走した。よしくんのハングルのほうはどうかと言うと、長年、塾で子供たちを教えてきたタウニオンマが「こんなに勉強しない子を見たことが無い。。。」と目を丸くするくらい、お勉強に身が入らない。。。(^^;)何だか、よしくんって、とっても頑固なのよ!一度、「やらない」と言うと、てこでも動かない、やらない。どんなに褒めてもなだめてもすかしても怒っても何しても、絶対にやらない(@@)。もう、はんらはお手上げですわ~~~。でも、タウニオンマは、「オンニ!(はんらのことね)大丈夫!!私に任せて!!!」と言ってくれてるので、もう、お任せしちゃう~~~。
2006/05/12
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昨日は、サッカーのワールドカップのちょうど1ヶ月前だったそうだ。スポーツ新聞などではかなり前からにぎやかに報道されていたが、昨日は、各テレビ局も、1ヶ月前と称して、にぎやかにお祭りをやっていた。ソウルのほうで、記念のイベントがたくさんあったらしい。こんなふうに、全国民あげて、既に熱くなっているあたり、韓国らしい?普段は、サッカーにまるで関心の無いノギさんまで、「韓国、予選通過できるかなぁ?」「日本はどうなの??」と、急ににぎやかになった。日本のサッカーのことなんて、テンで知らないわ~。特にNHKが映らなくなった今となっては。。。日本では、まだこんな大騒ぎしてないと思うんだけど、どうなんでしょ?!?4年前の感動を再び、ってな感じで、韓国はまた、全国まっかっかになりそうな勢い。そんな中で、全然盛り上がってないはんらだけど、4年前は、それなりに楽しかったかも、とか、思い出している。4年前は、テグに住んでいて、はんらの家から競技場まで、車で5分の距離だった。コーちゃんの小学校の校庭は、臨時駐車場になり、そこからシャトルバスが運行していた。ちょうどよしくんが、やっとよちよち歩き始めた頃だったし、韓国戦のチケットは予約の段階で売り切れたし、他の国の試合のチケットも高かったので、試合は一度も見に行かなかった。あとで、韓国の競技場が、韓国戦以外は、あまりにも観客席がガラガラだったので、非難を浴びていたが、どこかの部署で何とかして、庶民に、安くチケットを配ったらよかったんでは?と思った。韓国の庶民にとっては、とんでもなく高いチケットだったので、見に行きたかったけれど行けなかった人も多いと思う。コーちゃんの小学校は駐車場になったので、5千ウォンの安いチケットが少し流れてきたらしいが、それはすごい倍率になり、手に入らなかった。よしくんがやっとよちよち歩いていた頃。そんなよしくんをベビーカーに乗せて、競技場には何度も、シャトルバスに乗って遊びに行った。テグワールドカップ競技場デンマークから来た応援団と記念撮影ベスト4に入った頃?車道にあふれる、赤い人たち。トラックの荷台に乗って浮かれる赤い人たち。(このトラックは、当然走ってたのよ~!@@)こんな感じで、試合には行かなかったが、雰囲気は充分楽しんだ。^^今年のワールドカップは、何といっても、はんらの好きな、イ・ドングク選手が出れなくなり、とっても残念!!!彼は、2002年の時も、スランプに陥って、出場できなかった。同年代でメンバーに入ってた選手達は、全員、兵役を免除され(好成績のため)、イ・ドングクひとりで軍隊に行ってるのを見たときは、とっても可哀想だった。(TT)今回は、一番期待されていたにもかかわらず、突然の負傷。手術。日本のほうのことは、実は全く知らないの。。。これから、ネットで勉強します!^^
2006/05/11
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はんらの実家の両親は、年寄り二人暮らしだが、とってもアクティブな人たちである。元気なじじばば。しかし、そんなじじばばも、パソコンをやることには、消極的だった。「もうこの歳になって、新しくパソコンだの、ネットだの、やる気にはならない。このまま一生、パソコンとは縁無しで終わるわよ。」と言っていた。はんらにとっては、ちょっと残念なことだった。というのは、実家に国際電話をかければ、お金がかかるからである。妹たち二人とは、メールでやり取りしてるので、ちょっと日本のことでわからないことや知りたいこと、頼みたいことがあれば、メールを送れば、あっという間に返事が来る。誕生日や子供たちの入学・卒業なども、メールで一言「おめでとう!」と送ればいいし、画像もお互い送って、お互いの子供たちの成長振りなども知らせあっている。ホント、ネットの無い時代は不便だったよ~。今は、違う国に住んでいても、しょっちゅう連絡が取れるし、写真も簡単に送れるので、遠く離れているという気がしないくらい。おまけに、私はタダだし。(妹のほうは、ケイタイで受け取っているので、お金がかかっているらしい???よくわからないけれど^^;)でも、じじばばがメールをしないものだから、いつも妹達に「お母さんにこう伝えて~」なんてふうにやっていた。国際電話は、1,2ヶ月に1回くらい。それも、はんら母のほうが「お金がかかるから、早く切りなさいよ」なんて言って、いつも慌しい電話だった。ところが、母の友達が、メールを始めて、ついにはんら母も、一緒にメールを始めたらしい。自宅にある、ファックス付きの電話?(よくわからん^^;)か何かで、メールのやり取りが出来るらしい。妹からメルアドを聞いて、早速、昨日の夜、送ってみた。妹達からは、いつも打てば響くように返事が来るが、母親からは、1時間くらい経った、ビミョーな時間に返信が来た!わ~!!でも、すっごくカンゲキ。^^これで、メールで、実家とやり取りできるようになったわ~。日本語能力試験1級のノギさんも喜んで、「お義母さんにメール、送らなきゃ!」と、その後、早速日本語でメールを送っていた。ノギさんは「あれ、こんなふうに漢字を使ったら、お義母さんが読めないかも?」なんて心配してる!(@@)まさか~!はんら母は高校まで出てるんだから、ノギさんよりずっと、漢字知ってるわよ!!!こういうところが、ジェネレーションギャップというか、ナント言うか。(^^;)ノギさんのお母さんは、今満82歳で、ハングルの読み書きが出来ないので、ノギさんもそういう感覚なのだろうと思う。シオモニが病院などに行く時、はんらが付き添うと、ナント、外国人のはんらが、問診表などをシオモニに読んであげ、ハングルで書き込む、ということをしなければならないのよ!シオモニとはんらが二人でお出かけすると、図体は大きいが、文字の読み書きも怪しい二人なので、まさに珍道中という感じなの~。^^
2006/05/10
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長男のコーちゃんは、「発達障害」だった。「だった」と過去形にしちゃっていいものなのかどうか、まだわからないが、今は普通小学校で、普通の成績で、特に問題も起こしていないので、普通だと考えていいのだろう。なぜ「発達障害」だと判定されたかと言うと、言葉の習得が、ものすごく困難だったからである。例えば、「バナナ」という言葉を、何回も何十回も教えても、コーちゃんは反応がなかった。まるで、物に名前があることを理解できなかった、ヘレン・ケラーのように。で、何十回、何百回と繰り返して、ようやくコーちゃんが「バナナ」と言った時には、はんらの頭の中で花火がぱんぱかぱんぱかぱ~ん!と鳴ったが、喜んだのもつかの間。房になっていても、1本だけでも、皮をむいても、包丁で切っても、熟れて黒くなっても、みんな同じ「バナナ」だということが、コーちゃんには理解できなかったようで、その後、コーちゃんが言葉を覚えるまでには、長く長ーい苦労の道のりがあった。そういうときには、きっと、多くのお母さん達が、「藁をもつかむ」思いになると思うが、はんらも同じで、療育機関で特殊教育を受けながらも、いろんなところに行った。で、今、冷静になれば、可笑しいことだが、美術教室に行けば、そこの先生から「こういうお子さんは、美術で治療することが可能ですよ。」と言われ、ピアノ教室に行けば、そこの先生から「音楽が脳を刺激します。」と言われ、テコンドー教室に行けば、そこの先生から「運動で体を鍛えることによって、脳が活性化します。」と言われ。。。ということが、延々続き、はんらは、行く先々で習い事の申し込みをしていた。「藁をもつかむ」思いだったので、そんなハメに。。。でも、今思えば、いろいろやらせたことは、良かったのではないかとも思う。もし、何もやらせなかったとしたら、今、コーちゃんがどういうふうだったのか、それはわからないけれど。でも、ピアノなどは、幼稚園から小2まで、丸3年習ったが、弾けるようになった曲は1曲もない。発達障害や、高機能性自閉症などの子供たちは、手先の不器用な子供が多いと聞いていたので、「やっぱり?!?」とは思った。幼稚園時代は、何をやらせても、同年代の子供たちと比べて、格段に何も出来ず、上手にもならなかった。習い事の先生方も、大変、悩んでいたようだ。(だって、ピアノ3年も習って、何一つ弾けないって、どうよ?^^;)が、小学校の中学年くらいからは、何でも、人並みに近くなってきたような気がする。パソコン教室では、筆記試験に弱くてちょっと苦労したが、実技試験のほうは人並みで、資格検定にもいくつか合格した。テコンドーも、上手ではないが、人並み程度には出来るようになった。書道も、手先が不器用なせいか、手が動かなくて、最初の頃はとても苦労したみたいだが、最近は、かなり上達していた。コーちゃんの書道幼稚園時代~小学校低学年までは、習い事の先生に会いに行くと、必ず「コーちゃん、頑張ってるんですけどねぇぇぇ。。。」「普通の子より、2~3倍、時間がかかりそうです。」などと言われていたが、最近では、全くそういうことは言われなくなった。勉強などが忙しくなり、先日、2年半ちょっと習った書道教室をやめたのだが、そのときも先生から「コーちゃん、とてもよくやっていたのに、残念です。」と、とても惜しんでもらった。書道教室をやめて、近所の漢字教室で、漢字の勉強は続けることにした。日本語にも、漢字は必須なので、やらせたいと思っていた。韓国の塾には、「学院」というものと「コンブバン」というものがある。はっきりした区別はしらないが、「学院」は、どこかのビルなどを借り切って、主に、チェーン店のような形式で、何か、大手の学習プログラムを使っている。例えば、英語だと、時事英語社だとか、GNBだとか、イーストン英語だとか、ソウルの教育熱の高い地域でも使用されている、専門の本やプログラムで教育する。先生も多く、時間帯やレベルも細かく分けられている。1クラスあたりの生徒数も多い。コンブバンは、そういうところの先生が独立して、自宅や、マンションの1室などでやっているケースが多い。自分の培ってきたノウハウと、自分の編み出した教材などで教える。先生は、1人~数人で、レベルは細かく分けられていない。少数制であることが多い。コンブバンは、先生の力量が問われる。コーちゃんは今、英語と漢字の塾に通っているが、どちらも、コンブバンを選んだ。英語の学院は、歩いて10分以内の距離に、10軒以上はあると思う。が、コーちゃんの場合、多くの生徒に囲まれているより、少数制のほうがいいのでは?と思ったからだ。英語の学院が大体、1ヶ月13万~14万ウォンと、高いことも理由のひとつだが。(コーちゃんの英語のコンブバンは、1ヶ月8万ウォン(週3回))ところで、書道教室の先生(女性)も、とても地味な方だったが、今度の漢字教室の先生(女性)も、まるで男のような方である。優雅とか、華やかとかいう言葉とは、全く無縁、という感じ。書道や漢字などを深く学ぶ女性でも、華やかな人もいると思うのだが?(^^;)「きれいなお姉さん」が大好きなコーちゃんは、ちょっぴり失望している。。。(笑)
2006/05/09
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今日は、韓国ではオボイナルといって、父母の日である。日本のように、母の日、父の日と別々にあるのではなく、同じ日である。また、日曜日ではなく、毎年5月8日と決まっている。今日、ジムに行ったら、ジム友達が「こんな日は、実家の親が懐かしいんじゃ。。。?」と心配してくれたが、心配ご無用。今や、親孝行してもらう歳だもんね!(?^^;)昨日の夜は、コーちゃんが、カレーライスを作ってくれた。(作らせた?^^;)そして、恒例のお手紙をももらった。内容は。。。。。お父さん、お母さんへ。息子、コーです。5月になりました。こどもの日に続いて、オボイナルです。聞いた話ですが、昔は母の日だけあったそうです。でも、お父さん達の不満が大きくなり、オボイナルになったそうです。これまでオボイナルに親孝行も出来なくて、すいません。なぜなら、僕が怠け者で、いたずらばかりしているからです。僕は本当に悪い子です。弟をいじめることが多くて、お母さんは苦労していると思います。僕は、今年からオボイナルには親孝行しようと思います。お母さんを手伝い、お父さんの肩をもんであげたいと思います。まだ不足な僕です。低学年のときは、お手伝いもしていたのに。低学年の時は、カーネーションも上手に作ってあげたのに、最近は上手に作れません。お母さんもそう思うでしょう?「上手じゃないけれど、一生懸命作ったのね!」と思っているでしょう。オボイナルには、一生懸命、お手伝いします。お体、大切に、健康でいてください。こういう手紙とともにもらったカーネーション。よしくんは、今日、幼稚園から、よしくんがデコレーションしたケーキと、折り紙で折ったカーネーションを持ってきた。幼稚園では、今週「親孝行実践週間」と決められて、毎日、宿題がある。その宿題とは。。。月曜日 : パパ・ママに「大好き」と5回以上言う。火曜日 : パパ・ママを5回以上、抱きしめてあげる。水曜日 : パパ・ママに5回以上、ポッポ(チュー)してあげる。木曜日 : おつかいをする。金曜日 : パパ・ママに歌を歌ってあげる土曜日 : パパ・ママの肩を10回以上もんであげる。日曜日 : 挨拶をキチンとする。という、可愛いもの。^^早速、今日は「サランヘ(大好き)」と、5回言ってもらった。(言わせた?^^;)
2006/05/08
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本当は、オボイナル(親の日)とチェーサ(祭祀)を控えて、この週末は田舎に行く予定だった。ノギさんのケモイム(頼母子講?)もあったし。。。しかし、「豪雨警報」が出ていたため、心配性なシオモニから何度も何度も「来るな!」という電話が入り、急遽、行かないことになってしまった。そこで、昨日は「先生の日」の贈り物のショッピング、今日は、子供たちと、映画館に行って、「アイス・エイジ2」を観て来た。雨降りだった昨日とは打って変わって、今日は、真夏のように暑く、いいお天気だった。そのためか、日曜日だというのに、映画館はそれほど混んでいなかった。我が家の場合、子供2人の年齢が離れているため、育てるのが楽だったこともある。一人っ子を2回育てているようなものである。が、今になって、遊びに行く時に、困ることも多い。長男(小6)の水準に合わせて行けば、次男(5歳)が退屈し、次男の水準に合わせれば、長男が退屈である。次男の水準では、「オリニミュージカル」あたりが妥当で、映画はまだちょっと早いかな、とも思う。案じていた通り、よしくんは、最初の30分くらいは「あれ、なぁに?」「どんぐり、どこに行ったの??」「大きな象!!!」と、大変騒々しく、冷や汗をかいたが、1時間も経つ頃にはすっかり飽きて、立ち上がって後ろ向きになり、ウロウロし出した。これで、コーちゃんにも退屈な映画だったらどうしよう?と思ったが、幸いに、長男にはとても面白かったようだ。ご飯を食べて、デザートを食べて、天安駅に行って列車を見て帰ってきた。
2006/05/07
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韓国でも、田舎のほうの小学校では、結構大規模な運動会をやっているようである。コーちゃんが小2まで在籍していた、テグの小学校でも、普通の運動会、つまり、父兄が敷物やお弁当を準備して行って、1日、親子で楽しむ運動会をやっていた。が、はんらマンションに隣接している小学校は、「なんちゃって運動会」が年1回あるだけである。去年のなんちゃって運動会。今年も同じようなもの、というより、もっと規模が縮小してしまったような感じ。去年は、子供たちもノートや鉛筆なんかをもらってきたし、綱引きなどに参加した父兄にも石鹸1個とかくれたが、今年は一切、無かった。運動会のプログラムももらえなかったし。今年の運動会を見て、驚いたこと。・ 6年生は、100メートル競走をしたが、100メートルを完走できない(しない?)生徒が何人かいたこと!・ 障害物競走で、前まわり(でんぐり返し)があったが、出来ない生徒がやはり何人もいたこと!!・ 去年の日記にも書いたように、100メートル走するのに、校庭を1周半しなければならない小さな運動場なのだが、トラックの線がはっきりしないので、トラックの形に合わせて、内側に走者が入らないように、子供たちが座っていた。走者がそのラインを守っている子供を踏んづけてしまい、怪我をする生徒が10人以上発生していた!!!都会の子って、ホントにひ弱で、ビックリ~~~きっと、みんな、将来兵役に行けないと思うよーーー明日は、こどもの日、兼、釈迦生誕日。こどもの日とも重なったので、明日お寺に行く人もいないかと思うが、先日、お寺に行った時の写真をアップ。遊んで、いや、お参りしている二人。よしくんは、天井の蓮の花を見て「イチゴ、イチゴ!」と大騒ぎしていた。^^;蓮の花作りに燃える少年(名前はコー)。蓮の花作りに燃える少年(名前は一緒)。たくさん作ってご機嫌な少年。ボクもご機嫌。
2006/05/04
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はんらマンションでは、マンション全体で、ケーブルテレビに加入している。1世帯当たりの負担額は小さく、月1760ウォンで、1チャンネルから78チャンネルまで入る。ところが、最近、天安のあちこちのマンションで、この団体契約が打ち切られることになってしまった。この先、ケーブルテレビを見ようと思ったら、個々、契約をしなければならない。個々の契約額は高い。40チャンネルまでで、7000ウォン弱。60チャンネルまでで、9000ウォン弱。今までどおり78チャンネルまで見ようと思ったら、月16500ウォンも払わなければならない。かと言って、ケーブルテレビの契約をしなければ、国営テレビKBS1と2民放MBCとSBS教育テレビの5チャンネルしか映らなくなる。これは、天安中部放送の陰謀である!!!月16500ウォン払っても、日本の放送は見れない。NHKワールドを見ようと思ったら、スカイライフに加入しなければならず、スカイライフは月23500ウォンだと言う。高すぎ。。。(TT)というわけで、最近、はんらは悩んでいた。今日、はんらの情報源のひとつ、スポーツジムに行って、みんなにケーブルテレビをどうするのか、尋ねてみた。すると。。。。。。。ナント、驚いたことに「よかったわ~。ケーブルの契約?モチロン、しないわよ~。」と、ニコニコ微笑む奥様方が、数人いたのだ。「青少年の教育によくないから」だそうだ。テレビを見せずに、読書をさせるんだそうだ!はんらマンションのある、このあたりは、天安市内で、それほど教育熱の高いところではない。でも、向かいにあるマンションでは、住民の希望で、これまでも、あまりたくさんのチャンネルが入っていなかったそう。普通の庶民なのに、結構みんな、教育ママっぽい。。。確かに、テレビを見るな、見る、と、はんらとコーちゃんは毎日喧嘩している。そのテレビが映らなければ、喧嘩することもないのだ。。。でも。。。。。。。はんらとノギさんが、5チャンネルしか映らない生活に耐えられないかも。。。?(^^;)5月中に結論を出さなければならないのだが、まだまだ悩みそう。
2006/05/03
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今年もはんら家では、週末農園を始めている。一昨年。去年。きゅうりとトラジ収穫。芋ほり。今年は、今のところ、じゃがいも、トラジ(桔梗)、トドク(つるニンジン)、長ネギ、わけぎ、ニラ、サンチュなどが植えられている。毎年、「しんどいから、今年はちょっとだけにしよう。」とノギさんは言うが、始めると、結構あれもこれもと植えて、大規模にやっている。今年も、「ちょっとだけ」と言いつつ、きゅうりも、とうもろこしも、ホバクも、サツマイモも、あれもこれもと言ってるので、今年の日曜日も、毎週のように農園に行くことになるのかもしれない。この週末農園は、ノギさんの会社の土地を勝手に使っているのだが、会社の近くにある。ノギさんの会社は、広くて、いろんな施設も揃っている。食堂、売店、映画上映館、スポーツジム、カラオケルームなどなど、いろいろある。ノギさんがお偉いさんではないため、堂々と行って利用できないのが残念だが、たま~に、週末農園がてら、会社に行って、ノギさんはジムに、はんらたちはカラオケルームに行って歌を歌っている。こんなところ。日本の歌謡曲もちゃんと入ってますー。^^聖子ちゃんとか、明菜とか。
2006/05/02
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お隣、アサン市のお祭り、「イ・スンシン将軍祭り」に行ってきた。イ・スンシン将軍とは、こんな人。海での戦いで活躍し、彼の作ったコブクソンという、亀の形の鉄甲船は有名である。今回は、早々と写真現像したので、写真と共にどうじょ~。コッキョー川という川べりに、ズラリと並ぶ、韓国のお祭り恒例の出店たち大部分は食べ物屋遊戯具も、いくつか出ていた。チャチなのに高い。この汽車は2000ウォン。とぶわにさん愛する、キム・ミョンミン氏の絵。お花で作ったコブクソンコブクソンの模型の展示場。昔の軍人に変装したおじさんたちが何人かウロウロ。ヒョンチュンサ内部も、今の季節はきれい。若きイ・スンシンが勉強したという昔の家。ヒョンチュンサ本殿。将軍の服を着て記念撮影、とか、太極旗作り、とか、コブクソンの模型作り、とか、粘土でコブクソン作り、とか、石の大砲の実演、とか、子供たちの楽しめるイベントも結構たくさんあって、天安のフンタリョン祭りより、ずっと素晴らしいと思った。
2006/05/01
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