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(前回までのあらすじ) 上司の鈴木部長から業績不振のWeb事業を1ヵ月で立て直すことを命じられた三ノ宮は、ハガキ・マーケティングに加え、高価な商品をあえて目立つところで売ることによって、1ヵ月で売上を3倍に増やすという成果を上げることができた。結果は一応は認められ、Webの外注化は免れたものの、鈴木部長の判断により外回り営業を兼任させられることになった……。 そして今回は「商売用」の肝でもあります。 ページ数という制約からさらっと触れていますが、客とのつながりはネットでもリアルでもまったく同じです。 メルマガやブログをやっても成果の上がらないとお嘆きの方必見です。ある意味、ミヤワキのネット戦術の全てといっても過言ではないメッセージを三ノ宮純二・・・の上司となった剛田に語らせています。■マンガ「Web担当者 三ノ宮純二」-第3話:ゴウダズ・ブートキャンプhttp://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2009/01/26/4826
Jan 28, 2009
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ブルーオーシャン戦略とはしばらく騒がせたマーケティング論ですがこれはまさしくその通りで、頷くものですがこれは後追いで知ったもので営業時代に外回りをしまくり、目の前で名刺を捨てられる経験を繰り替える中で「効率的な営業とは敵のいない場所を狙うこと」 と発見していたからです。最近なんだか流行っているなぁと見てみると「なんだ、俺がやってることじゃん」 と嬉しくなり、同時に「やばいよやばい。みんなが知ったらどうしよう」 と不安になったものです。が、しかし、多くの人はみんながいる海を望みます。そこが赤く血に染まる激戦区だと気づかずに彼らはこう正当化します。「ライバルもいるから客もいる」 はい、それは正解。しかし、自分の取り分は実力に比例します。 この実力にはライバルとの競争も含まれ、営業としてみれば値引きや広告、それを支える資本力がものをいいます。 つまり中小企業にとっては得策ではないのです。 が、しかし(2回目)、いまだに最新情報に振り回される人は後を絶たず、私の青い海は穏やかです。そしてそれは私の「ホームページ屋としての矜持」 でもあります。■心得其の107「最新情報で稼がない矜持。春の新色を追いかけるな」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2009/01/28/4854http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2009/01/28/4854
Jan 28, 2009
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民主党。だまっていればいいものをと思う一件に妄想を。「海賊というのは漫画で見たことはあるが、イメージがわかない。 ソマリア沖で、日本の船舶が海賊から襲撃を受けて被害を受けた ということがあったのか」 えっとこれは山本一太がイラクの場所が分からなかったことに匹敵するぐらいの間抜けな話で、国防でみても民主党への不安が募ります。 そして妄想。これを我らが首相に質疑応答で尋ねたならば・・。 海賊といえば古くは「ビッケ」が有名で、最近では幸村誠氏の『ヴィンランド・サガ』などは秀作ですな。それに忘れてはらないのが尾田栄一郎『ONE PIECE』。あれは泣けます。 パネル付きで答えちゃったりして。
Jan 28, 2009
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我が町、足立区で小学生の「補習」を「塾の講師」が行うと発表がありました。 杉並区の和田中学校が「受験対策」が目的だったのに対して、こちらは「算数」で主に計算が苦手な児童救済を目的としています。 我が町だからではなく少しだけ賛成するのは「補習」であることと、土曜日や夏休みを使う点です。受験対策は公教育から逸脱した「点取り」のために大晦日や新年早々を使っていたのに対して、朝からニンテンドーDSやPSPで「外遊び」をしているガキどもを勉強に向かわせるという点では有意義かなぁと呟きます。 そしてアンチテーゼとしてもニヤリとしてしまいます。 つまりは「現在の先生の実力とカリキュラムと制度ではお手上げ」 という告白でもあるからです。 単純に先生の指導力不足をあげるものではありません。 土曜日や祝日、早朝から夜遅くまで児童のために活動している先生に今以上を求めれば過労死が目前とる一方で、「労働者の権利」に固執する公務員は余力を残したアフターファイブと週休二日を満喫します。そして彼らにプレッシャーをかければ組合が黙ってなく、連動して民主党も騒ぎ始めることでしょう。 先生の問題を挙げるなら「教員の能力を精査し評価する仕組みがない」 につきます。自浄作用が働いていれば今の体たらくありません。 カリキュラムについては「ゆとり」よりも「週休二日」が全ての元凶です。ゆとりありきではなく週休二日の為に内容を削ったのですから。どれだけ理由と理屈を陳列しても始業式の当日から授業がある現在と、小学校低学年時代はほぼ半日で下校し土曜日半休(半ドン)だった昭和の子供とどちらに「ゆとり」があるかを見れば明らかではないでしょうか。ついでにいえば学力低下も。 てなわけで足立区公的教育の「ギブアップ」として私は小さく賛成に手を挙げます。全く懸念が無いわけではありません。それは「足立区の談合癒着体質」 です。一度、区役所の仕事を受注し「パイプ」ができると、なぜか「随意契約」が多くなります。これは匿名ですが、とある人がとある関係の仕事がきっかけで区役所職員と親しくなってから区役所の仕事が激増しています。 そして足立区の産業振興課と近しいとある団体の代表は新年の挨拶として区役所を廻りそれを「ご機嫌伺い」 と表現し、そこに違和感を覚えたのは私だけでしょう。ご機嫌伺いとは目下の者が目上にする挨拶や、ご用聞きが取引先に顔をだすこと指します。 足立区を見ているとこの国と重なります。 子供達のために公明な手続きで、正当な実力を持った「塾」が選ばれることを望みます。 話を戻します。 足立区のギブアップ宣言をうけて残された指摘は「制度」です。 横浜市が「小中一貫」を打ち出しました。 色々な理由を述べており反対ではないのですが、ひとつだけ首をかしげたのは「中1ギャップ」 小学校から中学校になる際の環境の変化から不登校やいじめが急増するというものですが・・・どうでしょうか? 適度なストレスは人間を強くするコーチのような存在で、やがて社会人となったときに不利な状況にめげず、新しい環境に適応する能力を養う「チャンス」であり、本当の意味での子供の成長を望むのであれば遠ざけるのはいかがかと。 また、中学デビュー、高校デビューのように環境が変わることで救われる子供もいることを考えればこの理由には首をかしげます。 ともあれ「学力」という視点から小中一貫のほうが選択肢が広がり改善はしやすいでしょう。報道によれば小中それぞれの教師が垣根を越えて教えあう(これにも縄張り意識という壁をどう越えていくのかという不安があるのですが)のは良いことでしょうし、この動きは全国的な広がりを見せるかもしれません。それは歯止めのかからぬ少子化をみれば、「子供一箇所に集める方が合理的」 でもあるからです。 一方で大学生の学力低下は笑い話にならない程になっています。 大学入学後に高校の補習をしなければ授業にならない生徒が入学してくるといいます。ってダメじゃんと突っ込みを入れますが事実です。 大学全入時代となり金さえあれば馬鹿でも学士様です。 いまだに大卒を入社試験の条件にあげる大マスコミ様のレベルの低下をここに見る思いがします。 話を戻したはずが脱線していますね。また戻します。 つまり「教育制度」のすべてが瓦解している時代ではないかということです。そして「嘆く」だけならコピペブログでもできますし、「おまえ何様?」と突っ込み入れるのも虚しい「俺様ブロガー」 と同列になってしまうので、私は「提案」を添えることに。 それはこうです。「義務教育10年制度」 小学校、中学校の垣根をなくします。 そして現在の小学1年生から4年生までの期間を「基礎教育」とし小学5年生から中学2年生までを「一般教育」とし、中学3年生から高校1年生までを「専門課程」とするのです。 「基礎教育」では読み書きソロバンに道徳、生活指導、といった社会で生き抜くための「基礎」の徹底的な反復、そしていわゆる理科や社会は「生活科」の精神をより深めて、自然観察や実験、町内の社会科見学などの「フィールドワーク」とします。 「一般教育」から歴史や地理、英語、数学を始めます。数学は公式ではなく「解き方を考える力」に重点を置き、英語は英会話、国語は手紙の書き方なども含めた「作文」を中心にします。狙いは「一般社会生活ができる力の涵養」 数学の「解の公式」は実社会でほぼ100%役立ちませんが、方程式という概念は意外と役立つことが多く、それを「考える」練習は無駄になりません。 肝となるのが最後の「専門課程」。 ここで人生の選択をします。「進学か就職か」 途中でコース変更は一定の要件で認めますが、進学課程はより高度な一般社会では役に立たなくとも研究者には必要となる知識を身につけることを目的とし、就職過程は就職して有利となる「コミニュケーション力」の育成に重きをおきながら得意分野を探していきます。 世の中には勉強が不向きな人がいます。彼らに勉強を強いるより社会にでて自分を活かす方が社会貢献できると考えるのです。 そして今の高校制度は廃止です。専門課程を強化する職業訓練校としてもいいでしょう。大学制度は希望者はほぼ受け入れますが、「学士」は国家認定資格として厳格に認定し「卒業」と切り離します。つまり大卒だけではステータスとしないということで、ちゃんと勉強して一定の知識と能力を有するものだけが「学士」と名乗れ、つまりは学歴社会という批判そのものが無くなるのです。自動車運転免許保持者を優遇したからといって非難されないように。 どうでしょうか、義務教育10年制度。 さらにこの制度にはもうひとつの肝があります。 義務教育終了後には16歳。 これを「成人年齢」とするのです。 但し「選挙権」は16歳以上で納税者のみとします。 働かざる者発言すべからず。こういうと「弱者」を持ち出して批判されるのでしょうが、未納税者は30歳以上で選挙権を与えることでどうでしょうか? この「差」を提唱するのは勤労者と学生、さらにはニートでは社会への貢献度も考えも異なるからです。「いろんな考えの人がいるのが民主主義」 という反論が聞こえてきそうですが、この国が嫌いな人や日本国の発展を望まない人は排除するのは当然ですし、学士様は社会にでてから貢献するという考えが虚しい現代、同年齢の社会人は所得税を払い20歳を過ぎれば住民税を払います。一方で大学には補助金として税金が投入されます。これは格差でしょうか搾取でしょうか。そしていまだに「大卒初任給」は高卒、中卒より高くなっています。「納税者を大切にしましょう」 という精神です。脱線ついでに述べれば今年の箱根駅伝をなんとはなしに見て思ったこと。「大学生なら勉強せい」 体育大学の学生ならわかるんですが、学府にはいってかけっこばかりしてそれを大騒ぎする大人達。そこに違和感を唱えないのもまたなんだかなぁと。 成人年齢ですから結婚もOKです。これは少子化対策でもあります。思慮浅く、リビドー深い思春期の出口。それはもう子供ができまくるのではないでしょうか。 制度がおかしいと考えるのなら、前提条件から見直さなければなりません。それは企業改革が失敗する理由と重なります。「今がダメだから変革を考えているんだ。 ならばその“今”という前提条件から見直すんだ」 私が企業にお邪魔してお話しすることです。
Jan 28, 2009
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本日より新連載がはじまります。 昨年本当の最終回を迎えたムトウマーケティングサポート「通販支援ブログ」での連載「本当の商売で役立てる方法」に引き続き、またまたITコンサルタントやIT系著名人が口にできない「本当」に切り込みます。 今度のターゲットはズバリ「社長」。 なぜ、コンサルや著名人が口にできないかと言えば、彼らの「お得意様」はその社長。勉強好きの社長様に耳の痛い話をするとお金が・・・もとい仕事がはいらなくなるので肝心なことに口を閉ざします。 逆にというか著名コンサルの「成功話」には社長に苦言を呈する場面が登場するのは至極当然。だって「現状がダメだからコンサルに相談している」 のですから、耳の痛い話、時には社長に退陣を迫るぐらいでなければならないのです。 しかして現状は・・・コンサルと書いて茶飲み話と読むといわれています。 新シリーズではここに切り込みます。 その第1回目は「世襲」。 政治屋の世襲を非難しますが、中小企業の活力不足の一因は世襲です。親の苦労を知らず、また親の苦労をさせようとしない世襲経営がドツボへと向かわせます。 すべてを書くと大作となるのでそのなかから「息子が作ったホームページが失敗する理由」 にフォーカスを当てて切り込みます。■誰も語らない現場の経営論!「世襲経営者のはまるドツボ」http://blog.mutow-ms.jp/ec/keiei/post-400.html
Jan 27, 2009
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そして地味ネタは今週も続きます。 ある意味「マスコミでは言えないこと Web担別館」的なネタです。 誰も口にできないことで・・・インプレスさんに迷惑かかってもなんですので他人事のように語り、他の記事を引用していますが、その世界に足をつっこんでいるものにとっては「もっと惨い実情」 だったりします。 そんな無体な新聞、もとい折り込みチラシの世界ですが、それでもなくならないのは一定の効果が見込めるからです。しかも地域広告としてこれに勝るものは・・・見あたりません。費用対効果などからも。 だからこそ商売人には一考して欲しいなぁと願います。 だからその前にこの記事と、先週分を頭に入れて「無駄遣い」を避けてくれることも合わせて。■心得其の106「BigよりReply。新聞折込で触れられない不都合な事実」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2009/01/21/4735
Jan 21, 2009
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あ、昨日気がつきましたが通販支援ブログさんの下期のアクセスランキングをみて絶句。私の記事が1~9位まで独占してました。■2008下半期アクセスランキング1~9位を独占http://blog.mutow-ms.jp/backnumber.html?_y=2008&_p=2
Jan 21, 2009
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昨秋、終了した通販支援ブログ(ムトウマーケティングサポート)での連載があらたに始まります。 「本当に商売で役立てる方法!」は前回で本当に終わりました。 閉店セールを繰り返す家具屋でも、新装開店を毎週するパチンコ店でもないので、本当に終わらせました。 で、次の企画は・・・まだムトウさんのサイトで公開されていないのでここでは語りませんが、来週の月曜日(1月26日)にブログが公開され翌日にメルマガで発行されます。よろしければご登録を。 内緒ですが想定読者は「社長」です。■通販支援ブログ メルマガ登録https://www.mutow-ms.jp/melmaga/form.html
Jan 21, 2009
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期待の一冊です。ざっとした内容しか伺っていないのですが、数々のベストセラーを世に送り出した早島正雄さんの著書や講演のなかから「珠玉」の言葉を集め、いつもお世話になっている早島妙瑞先生が監修されております。「友人より知人を作れ」見本誌は今日の夕方見せていただけることになっているので、現時点でこの言葉が掲載されるかは分かりませんが、これは私のモットーとするところと重なり「スコン」と腑に落ちたものです。そして「ネット」での定石の一つでもあります。いざというときにどれだけ知人がいるからが「パワー」となり助けてくれ、舞台裏を語ればIT業界人がブログで語る「友人」とは「知人」レベルが多いのですが理には適っています。■こちらに章見本が掲載されていましたhttp://www.nihondokan.co.jp/spcont/newbook.htmlなんか毎日がしっくりきていない人は要チェックです!■「こだわらない、でも流されない」1月29日発売http://www.as-mode.com/check.cgi?Code=4569705499
Jan 21, 2009
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昨年末に読了したのですが、なかなか紹介する時間がないままにその時間がさらに本書を深いものにしてくれました。 副題に「オウム以後を問い直す」とあります。 単純なメディア批判ではなく國學院大學神道文化学部教授という著者の肩書きからもユニークな「ちゃんとした宗教を報道しろ」 という視点は一読に値します。 日本人の宗教観を私は「おおらかさ」と評価しますが、一神教が多数を占める世界では異常な光景で、また公共性という使命を持つテレビ局ならばその公共性には宗教も含まれるという考えになるほどと膝をうちました。 そして細木数子、江原啓之を筆頭に霊能者の名前が数多く登場しますが、彼らを責めるというより、彼らを使う制作サイドに矛先を向け、それを放送倫理規定を軸に展開するのは見物です。 読了から日増しに頷くことはこれです。「占いは宗教ではないのか」 問いにノーと答えて迷信とするならば、次の問いが浮かびます。「迷信ばかりを報道するテレビの公共性とは」■テレビと宗教http://www.as-mode.com/check.cgi?Code=4121502930
Jan 21, 2009
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お祝いムードに便乗して偉大なる演説を拝借する無礼を、アメリカ国民の皆様にお詫びします。最初に。 私には夢がある。 「万人は生まれながらにして平等である。これが自明の理であることをここに保証する」この国家の基本理念を真の意味によって実現する日が来るという夢が。 私には夢がある。 いつか、いすゞやキャノンの社員食堂で元派遣労働者の息子たちと元経営者の息子たちが一緒に座り、友愛のテーブルを囲む日が来るという夢が。 私には夢がある。 いつか、あの差別の熱にうだる日比谷公園さえもが自由と正義のオアシスに変わる日が来るという夢が。 私には夢がある。 いつか、私の子どもたち4人が正規・非正規の契約書でなく中身で判断される、そんな国に住む日が必ずくる。 I have a dream today. 私には聞こえる。差別だ格差だと叫び政治運動にする人たちの夢が。 私には夢がある。 いつか、能力も意欲も性別も体力もすべてを無視して均一の報酬が得られる日が来るという共産化の夢が。
Jan 21, 2009
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引用は極力避けているのですがネタに繋がるので以下よりしばし転載です。 われわれは危機のさなかにある。米国は、暴力と憎悪の根深いネットワークに対する戦争を遂行中だ。また、一部の者の欲望と無責任さの結果であると同時に、われわれ全体が厳しい決断を下し、国家を新たな時代に備えることに失敗したことにより、経済は激しく弱化している。さらには、米国も衰退は不可避であり、次の世代は視点を下げねばならないという、自信喪失もみられる。 私は本日、こういった挑戦は現実であり、簡単に短期間で解決できるものではないと言いたい。しかし、アメリカよ、これを知って欲しい。これら(の問題)は応えられるのだ■MSN産経 オバマ氏の就任演説要旨より転載http://sankei.jp.msn.com/world/america/090121/amr0901210254003-n1.htm 素晴らしい演説と太鼓持ちをする日本のメディアに辟易しますが、オバマ大統領の人柄を「懐が深い」や「スケールが大きい」と評する人に共通点を発見しました。「狭量」 自分の器が小さく、やいのやいのと重箱の隅ばかりつつく商売の人がやたらと彼を過剰評価するのです。オバマさんへの評価に関してはこれからされるものなんですが。 もちろんアメリカ人のマイノリティや黒人系、そして何よりデーブスペクターさんを筆頭に「アメリカ民主党」支持者が狂喜乱舞の乱痴気騒ぎをするのを否定しません。タイガースファンが阪神優勝を喜ぶようにです。 しかしトムハンクスがやってきただブルース・スプリングスティーンにビヨンセがと騒ぎ立てるのはどうでしょうか。ちょっと想像してください。 公明党が政権を取ったそのお祝いの舞台に久本雅美さんや柴田理恵さんが駆けつけたとして大事としてとりあげるでしょうか。 または自民党が政権を死守した暁に扇千景さんや水野真紀さんが駆けつけたとして・・・ってこっちはそのまま関係者でしたね。 話が逸れますが、昨日の予算委員会をテレビ朝日の「クイズバラエティ Qさま」 と勘違いし首相に「漢字の読み方クイズ」を出題していた元自民党現民主党の石井一さんには閉口しましたが、彼は自民党と創価学会・・・もとい公明党との連立について苦言を呈し、その中で「創価学会の政治活動」 という彼のライフワークについて言及しました。ところがこれを報じる紙面は少なく、漢字クイズにばかりフォーカスが当てられます。 石井ピンさんのご指摘は周知のことですが要点をまとめます。「創価学会の広告を貰い新聞印刷に協力して貰っている マスコミは何も言えない」 広告は関連書籍から雑誌に印刷は聖教新聞の印刷機です。 無知蒙昧な私には理解できない世界のことですが、漢字クイズも迷走した石井ピンさんの発言なら、こちらもまた同レベルで報じるべきだと思います。だってメディアの存立理由というかその不偏不党犯すべからず根本への「名誉棄損」となるからです。事実無根ならば。 ・・・よくみれば冒頭からずいぶんと脱線しておりますのでよいしょと本題に戻します。 冒頭のオバマのスピーチが私にはこう聞こえました。 われわれは危機のさなかにある。日本は、権力と腐敗の根深いネットワークに対する改革を遂行中だ。また、一部の者の欲望と無責任さの結果であると同時に、われわれ全体が厳しい決断を下し、国家を新たな時代に備えることに失敗したことにより、経済は激しく弱化している。さらには、日本の衰退は不可避であり、次の世代は視点を下げねばならないという、自信喪失もみられる。 私は本日、こういった挑戦は現実であり、簡単に短期間で解決できるものではないと言いたい。しかし、日本国民よ、これを知って欲しい。これら(の問題)は応えられるのだ。 対岸の火事ではなく他山の石としたいところですが、国民の責任を少しでも持ち出すと烈火の如く怒り、批判と非難の集中砲火を喰らわせるメディアとそれを直接、間接を問わず支持している私たちを映す鏡が国会中継です。
Jan 21, 2009
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すいませんね。地味なネタで。 ただね、この地味なネタが「メディア」を支え、そして広告ツールとして大変優秀なことはあまり語られません。 例えば関東圏ではテレビCMを流すまで成長した携帯電話販売の「テルル」は竹の塚駅西口の店舗2階のアパートの一室にあった事務所で「チラシ」をひたすら刷っていました。まぁ見栄えは美しいとはお世辞なら口にできるレベルでしたが、とにかくチラシを配布し続け、今では屋久島にまで店舗網を拡大しています。 直近のマクドナルドが減益要因として割引券がすり込まれた「チラシ」を減らしたといわれています。 メールやインターネットの時代といわれて久しいのですが、チラシは健在です。 但し、独特の「癖」があり、これまた「業界の秘密」も多く、そのことから敷居が高いのですが・・・だからこそチャンスだと。■心得其の105「日本だけの地域広告“折込チラシ”大人の事情と活用法」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2009/01/14/4707
Jan 14, 2009
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「定額給付金」について「いらない」と世論調査に答えた人は足立区へお越しくださいな。我が町、足立区では定額給付金の受け取りを拒否して「寄付」する制度を準備中です。 私は貰います。足立の制度は大変良いと思う反面、足立区の金の使い方に首をかしげ続けているからです。だったら、地元の商店街でコロッケを買った方が良いだろうと。 足立区の「産業振興」に関する「無駄遣い」についてはいずれ特集をしたいと考えております。無駄遣いと身内で金を回す構造は国のそれにそっくりです。 そして「正しい」こととして昨今流通しているのがこういう主張です。「2兆円はばらまくのではなく目的を持って使え」 公立学校の耐震補強に、高齢者医療の充実等々もっともと頷くような提案がなされています。これなどはもっとも顕著な「正しいという嘘」と断じましょう。 だってこれを四字熟語で表すなら「本末転倒」なのですから。 ばらまくぐらいならこう使えというのですが、ならば予算枠をとってやるべきことで、2兆円ありきの話ではありません。言葉を選ばずに言えば、「正義面して自分に酔っている」 ようにみえるのは私がまだ小正月まで正月とお屠蘇気分が抜けないからでしょうか。 それではと、筋を通さないという政治姿勢を鮮明にしている我らが麻生総理大臣がこういったとしたら。「だったらやめた」 すると確かな野党はこういいだすのではないでしょうか。「予算組みできる2兆円があるなら別の目的で使え」 ここでも政治姿勢のママに「そうしよっか」 と2兆円をぱぁっと使うことにしました。さてどうなるか?「関係各省庁による2兆円争奪戦」 の始まりです。結局、国家予算というか役人が勝手気ままに使えるお金が2兆円増えるだけということです。 少しだけ想像力の翼を広げるだけで「正しい」って根拠を失うことが多いのです。
Jan 14, 2009
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正しいことは本当に正しいのでしょうか。 哲学論争ではなく実際問題、正しいには何かの基準があり、その基準がそもそも正しいかというとまた哲学論争のようになってしまうのですが塩野七生さんの「ローマ人の物語」を一昨年から読み続けこの年始に「軍人皇帝」が続く時代にようやく辿り着いて考えに耽ります。 多くが正しいと信じての行動がローマを混迷へと引きずり込み、そして瓦解を止めることができなくなります。 今の我が国の政治の混迷を重ねるのは古代ローマ帝国に失礼極まりない話ですが、次々と皇帝に名乗りを上げて部下や従者に刺し殺されるその不幸だけは奇妙なデジャブのようです。 ローマを持って政治を語るのではありません。 もう少し、下世話で即物的な話です。 神奈川県の「禁煙条例」により、パチンコ店でもタバコが吸えなくなるといい、それをもって私は「神奈川県には行かない」 とこちらで宣言したことがあります。この禁煙条例が緩和され、嫌煙家には「骨抜き」と罵倒されそうで、一方で愛煙家や商売人からすれば「当然だ」となりました。 こと「タバコ」に関しては半ば宗教的熱狂を持って撲滅運動が展開され、愛煙家は国賊やならず者という主張も普通になされております。しかし、今回は実情に即しての現実的な采配を振るったことに、非神奈川県民の無責任さから残念に思います。「壮大な市場実験だったのに」 と歯噛みするのです。「利口と馬鹿」「賢いと愚か」 前者と後者のどちらが「正しい」でしょうか? 馬鹿より利口を、愚かより賢いを選ぶのではないかと考えます。 嫌煙家の主張はさておき、愛煙家のつぶやきをとりあげてみるとこんな意見を耳にします。「やめようと思うけど・・・なかなかね」「つい、すっちゃうんだよ」「身体には悪いと知ってるけどね」 はい、愛煙家は利口と馬鹿のどちらでしょうか。 やめる方がいいと思いつつ吸っているのは利口の所作ではありません。 違う例で考えてみます。「痩せなきゃって思うけどつい食べちゃう」「甘いものがやめられなくて」「運動もついさぼちゃって」 ダイエットやシェイプアップです。 それではあなたに質問です。「今年に入ってからの買い物は必ず必要なものでしたか?」 マーケティングの世界の格言に「全ての衝動買いが止まったら一日で経済が破綻する」 というものがあります。本当のところは分かりませんが、客は必要なものだけを買うわけではないという教えです。 タバコが身体に良くなからやめよう。 甘いものも食べ過ぎももちろん。 適度な運動は身体にいい。 これらはすべて「正しい」ことと言われるでしょう。 節制を心がけ己を律する。 この反対が浪費と怠惰です。タバコなどは「脂肪」にもならず文字通り「煙」となって消えていく嗜好品です。しかもある種の常習性もあります。これをもって百害あって一利なしと断ずる嫌煙家もいます。 故に「禁煙条例」にてパチンコ店や小さな喫茶店に居酒屋からタバコを閉め出し浪費と依存性からの更正を促して、神奈川県が愛煙家という愚かな浪費家を駆逐したとします。 その先の神奈川県経済に大変興味がありました。 タバコがもたらす経済効果の話ではありません。 タバコへの依存から脱却した人の消費行動の変化が実体経済にどう影響するかという興味です。 マーケティングの世界に足をつっこむと、人は必ずしも合理的で健全な判断を下すとは限らないことを知ります。経済学者などが的外れなことをいうのは、机上の空論のなかのキャラクターが合理的な判断を下すから成り立っているということを失念しているからです。 紫煙をくゆらせいつもの酒場で。 フィーバーした後の一服。 学生時代から通う喫茶店での一本。 ちなみに私は愛煙家です。ただ、仕事中のタバコをやめてもう10年になります。その為か、私がタバコを持っていて驚かれる人がいます。それぐらい吸いませんが愛煙家といいます。仕事中の喫煙から遠ざかったのは理由は健康なんかじゃありません。「忙しかった」 マック(パソコン)の付属品になる仕事をしていると、両手を使うのでタバコをとる暇も火をつける余裕も、さらには折角火をつけたタバコを口にくわえる刹那もなく、もったいないなぁと。お陰様で仕事の質が変わりました。「全部きっちり終わらせてからタバコを吸ってやる」 最初はこれがモチベーションとなり、今に繋がる仕事のやり方が身につき人生が変わりました。この体験からも、神奈川の実験に興味があったのです。 もちろん、「たかがタバコ」ですから何も起きないかもしれませんが、生活習慣は確実に変わりそれによる変化を「県単位」で実験して貰えるなんて・・・と無責任にワクワクしていたいのですが。「正しい」は果たして至上なのでしょうか。 またその「正しい」は何を基準としているのでしょうか。 タバコから離れて考えてみます。 鼻白む話ですが、時の政府はいつも間違ったことをしてきたのでしょうか。田中角栄の日本列島改造論も「今」で判断するのではなく、時代をさかのぼれば正しいと賛同者が多かったりして、またバブル経済も後の祭りで口を汚く罵るのは簡単ですがだれがノーといったでしょう。経済的にリバタリアンにシンパシーを覚える私からみれば、「銀行救済」など下の下の政策ですが、当時悪評吹き荒れた「公的資金注入」をアメリカの金融機関にいま投入すべきと言う論調はどうでしょうか。 小泉純ちゃんの「郵政民営化」もしかりです。 有り体な言い方をすれば自民党政治は終末期という見方に賛同します。政権交代も今の民主党でなければ期待を寄せることでしょう。いっそ、暴論という前提で夢想するなら、社民党や共産党に政権を取らせたらとも。 民主党以外という前提の理由を述べればこうです。「今より姑息な自民党風政権が生まれる恐れがある」 内側に右と左を内包し、何より党首に節操がないくせに、その党首に意見するものがいないおおよそ民主政治とは遠く映る寄り合い所帯への危惧です。 そして麻生太郎首相のある意味筋の通った筋のない政治姿勢への批判にこう思うのです。「正しいのバーゲンセール」 民主党の政治屋さんも離脱した坊ちゃんも「正しい」と連呼します。正しいほどあやふやな概念はないのです。これは機会があれば掘り下げますが。 最後に、政治とは今への対策と未来を見据えた施策の折り合いをつけるものです。正しいとは今の「時代の空気」から判断されることが多く、時に未来に評価を受けることになる施策はブーイングとともに入場します。 ブラウン管の向こう側から連呼される「正しい」にチャンネルをひねる日々を過ごしております。
Jan 14, 2009
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来週公開号まで入校したのが昨年の12月24日。 そして本稿はその後のちょっとした情報がきっかけでまとめました。 今朝公開され早くも「コメント欄」に二つ投稿がありました。「古い」というニュアンスのものがありましたが、事実を元にしているのでありIT業界にどっぷりつかっている人間からみれば「今さらブログでSEO?」 というところでしょうが街角雑感の事実です。 そしてSEO(SEM)がなくなると以前からいわれていることも知っていますが、それは「業界」の話でいまだにSEOは金看板として有効だったりします。 だいたい今さら「SEOってなに?」はIT業界以外では「普通」なのですから。 そして過剰広告の弊害はすべてのメディアが辿った道で、ネット広告だけが避けて通れると考えるのは幼すぎます。で、加えて日本人の「たりぃ」がそこに拍車をかけるかと。 コメントには必ず返信しますのでそちらもお楽しみに。■心得其の104「SEOが無意味になる。infoseekが示唆する未来」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2009/01/07/4743
Jan 7, 2009
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組合がはしゃいでいる。 年末年始から今日に至るまでの報道を受けての感想です。 なんだか逆効果というか正直こう思いました。「あんな労働者雇いたくない」 もちろん、不当な解雇に腹立てる感情は分かりますが、しかしそこに再雇用されてもいいことはなく、保証をしろというなら派遣会社との話し合いが先に無ければ「法治国家」では無くなります。 そして経済3団体による貸交歓会に押しかけて猛抗議しているのはパフォーマンスでしょうがあなたたちのしていることが営業妨害で、ひいてはそれにより雇用も仕事も減ったとしたら誰が責任をとるのでしょうか。 民間企業の営業活動をご存じない「活動家」に告ぎます。「パーティー(貸し交換会含め)はトップセールスの場。 社長連中のほとんどが酒を飲みに行っているのではなく、 商談の場に酒があるだけのこと」 トップ同士で合意すれば話は早く、仕事ができ雇用が発生する可能性もあります。ところが外での大騒ぎでこれらを話す余裕や時間が無くなったとしたらどうでしょうか? こういう反論があるかもしれません。「それは分かるがまずはトップがちゃんと説明しろ」 あのね。会社や組織はそれぞれの役割があって「成立」しているのですよ。特に大組織になれば、その為に「中間管理職」が存在しているのですという至極当たり前の話。 そしてこれすら理解できないものを雇う会社はありません。 一連の「行動」がかえって労働者の受け皿をぱりぱりと割っているように見えて残酷です。 だって想像してくださいな。 面接にいきます。「前職は派遣でしたか。それではこの年末年始はさぞや大変だった でしょう」「あ、はい。ボランティアからいただいた食事で凌ぎました」「ボランティア? それじゃぁあのテレビでやっていた?」「デモ行進もしました。えへへ」 ・・・少なくとも弊社で雇う勇気はありません。仮に労働者が「つかいものにならん」と判断してもあのテレビではしゃぐ組織がでばってくる「面倒」を考えると恐ろしくて。
Jan 7, 2009
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あけましておめでとうございます。 今年もお付き合いいただければ幸いです。 弊社の年賀状にはこう記してあります。「新規ご相談は1月13日より」 対外的には昨年12月27日より休みとしていましたので、17連休のニューイヤーズバケーションというところでしょうか。 その舞台裏をこっそりお見せします。◆12月27~29日 ウェブ担当者フォーラム新年第一号にピッタリのネタが浮かび、急遽差し替え原稿を書き下ろしながら、事務所の模様替えと掃除。同時に放置してあったサイトなどの整理◆12月30日 おせち料理づくりのため完全オフ◆12月31日 請求書用のコラムなどの書き下ろしで半ドン 年越し前後の更新(プログラム処理の確認)◆1月1日 除夜の鐘と共に管理サイトの正常動作を確認 朝一番で「スタミナ苑」がテレビに出るとのことで、サーバ負担を軽減するための修正作業◆1月2日 親戚が集まり完全オフ◆1月3日 請求書発行、帳簿管理・税務処理の確認◆1月4日 一応オフ(但し、たまっていた資料書籍を3冊読了) で月曜日から原稿書いたり打ち合わせをして、昨年10月で連載終了したムトウマーケティングサポートさんでの今月末からまた駄文を寄稿することが決定しました。 今週も「休み」と言い張り、自分自身で信じ込もうとしていますが、年中無休に近いのは職業柄と諦めていますし、執筆活動はお声がかかる間が「華」だと感謝しております。 年初に当たり苦労話を自慢しているワケではありません。 私の美学は「花形満(昭和バージョン)」、努力や苦労を見せたくはありません。 そこをあえて公開したのは新年号のテーマによります。「考えようよ」 このメルマガは隠れたところから大所高所を語るのではなく無名時代から実名で発表しつづけているのは市民の目線から「それっておかしくない?」と問題提起して考えるきっかけとなることを目指しているもので、その根源を見つめ直す年になる平成21年へのメッセージでもります。 そしてこれが「考えようよ」のきっかけとして用意したお題です。「もっと働こうよ」 昨年来取り上げてきた派遣や日雇いではありません。 我が町、足立区の公立小学校は今日まで冬休みで、明日から学校が始まります。「2学期制」の採用により、1月8日は「後期の途中」で3学期の始まりではなく、初日から全開バリバリで授業があり、この点は2年ほど前に指摘したと記憶していますが、休み明けの小学生がフル回転で学習できると望む方が無茶な話であり、休み中に「塾」で暖機運転している生徒との学力格差が広まるのは自明です。 明日から授業があり明後日もあり、明明後日(しあさって、3日後)は週休二日の土曜日となりそのままハッピーマンデーへと突入して3連休です。 平たくいえば二日通学して三日休みます。 翌週は四日通って二日休みです。 二人の小学生をもつ愚妹はいいます。「休み過ぎじゃない?」 エコノミックアニマルと罵られても勤勉さがウリで、昭和の子供はこう教わったものです。「資源の乏しい日本では人が資源」 亡父はこうもいいました。「××人どもが遊んでいるときに日本人はじっと我慢して コツコツ働き戦後復興した」 亡父の言葉をそのまま記すとさすがの私も躊躇われますので伏せ字とし、意訳してお届けしていますが、我慢や勤勉さを繰り返し説かれ育ったものです。 バブル以降、潮目が変わった気がします。「働き過ぎの日本人は休まなければならない」 バブルのピーク1989年(平成元年)とするなら、そこからちょうど20年が過ぎます。明日からは21年目です。そして今こう思います。「日本人は休みすぎていないだろうか」 石油がとれ安価で大量に耕作できる土地に恵まれているわけではありません。日本の繁栄は地道な努力の末に得た果実・・・あ、ここで国防などは棚上げにしておきます議論が煩雑になるので・・・・です。その果実が、手入れを怠り昼寝をしている間に腐り始めているとしたら。 いたずらに恐怖を煽るつもりはありませんが、1月4日の産経新聞に気になる記事を発見しました。1) イタリアは7日 日本は15日2) イタリアは3回 日本は5回3) イタリアは0回 日本は2回 さてなんでしょうか? 答え、国民の祝日の数です。1は年間の祝日数でダブルスコアの圧勝で、2は3連休、3は「5連休」の回数です。 3連休と5連休は「土曜日」を含めてのことですから、中小零細は縁遠くても公立学校ではこのままです。 塩野七生さんの「ローマ人の物語」によれば、勤勉だったローマ人とは別の民族という今のノンビリでおおらかでナマケモノなイタリア人よりも日本には祝日が多いのです。 こうなった理由(法律)は4点です。1:週休二日(週40時間労働制)2:ハッピーマンデー3:オセロ休日4:繰り越し休日 働き過ぎ、働かせすぎは問題です。そこでガイドラインとしての40時間労働は良いとしましょう。 次のハッピーマンデーにより月曜日に休みが多くなり、それまで月曜日、火曜日定休としていた業界は迷惑を被り、レジャー産業の振興も振るった話は耳にしません。産業に悪影響をもたらしても好影響はまったくこの足立の街角では聞こえてはきません。 次の「オセロ休日」は私の命名で、休みと休みの間は休みとなるというボードゲーム「オセロ」のように休みに挟まれると平日が休みとなる珍妙な法律で、元来は「5月3日と5日に挟まれた4日も休みにしちゃえ法」 だったものが、由来である5月4日が「みどりの日」として単独祝日に昇格したものですから廃止すべきものが生き残りました。 最後の「くりこし」はまるで携帯電話の料金プランです。 祝日と休日が重なったら繰り越せるというもので、今年は「5月3日が日曜日だから振り替えで4日、でも4日はもう みどりの日で5日はこどもの日で祝日。 じゃぁくりこしで6日も休み」 というもの。どう思います? 9月も土曜日も含めた5連休がありますが、これは「ハッピーマンデーの敬老の日と秋分の日の間が平日だけど 挟まれたからひっくり返って国民の休日」 となります。どう思います? 私見を述べればひとことです。「とちくるっている」 この経済状況に休みばかりが増えていきます。 しかし、私の知る限りでエリートや有名企業に勤める人間で40時間労働の人をこの20年間みたことがありませんし、休日出勤は日常で、有給休暇は病欠以外とったことがない人も珍しくありません。 これも格差を助長しているというのは暴論でしょうか。 私は独立して・・・いやする前から休みと仕事の境界線がなくなり、今に至ります。冒頭でプライベートを晒したのはこれが理由です。 増え続ける祝日が愚民化政策に映るのです。 そしてあなたに質問です。 選挙の時に「国民の祝日を減らします」 を公約に掲げた政党、立候補者に投票しますか? 公立学校も含めた週休二日制、ハッピーマンデー、オセロにくりこし。 例えばダム造りなどの「公共事業」は、一度走り出したら止まらないとされ、最近では非難の対象にあげられます。 国民に優しいようでもダメにしている法律はないでしょうか。 政治屋さんとお役人様に自浄能力はわずかです。 それも喉元過ぎれば瞬時に歴史から消しますので期待できません。 はっきりいいましょう。 政治は国民を映す鏡です。 政治が三流なのは国民が三流だからです。 そこに立って考えてみませんか。本当に必要なものは何か、それほどまでに祝日が「今の日本」に欠かせないのかということを。 そして私たちがまず二流となるのです。 自ずと政治もランクアップします。 今年はいよいよ「選挙年」です。 だからこそ「考えようよ」と。 とはいえ、仕事ばかりしていると思うのも楽しくないので、今週は半ドンとなっています。仕事は午前中までとして午後は「趣味で原稿を書いている」 と言い聞かせながら。
Jan 7, 2009
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