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土砂降りの雨が・・・タイトルはZIGGYから一部リスペクト。 引越に際して案内状をだそうと業者を探したまでは良かったのですがそこで・・・という体験より基本の再確認を。 これはどんな商売にも通じるのですが「基本」ってすぐに忘れてしまいます。 サイトのデザインに限定してもそうです。「シンプルな方がいい」 となったとします。すぐに「あれも掲載したい」 では「じゃあどれ外しますか?」「う~ん、とりあえず両方載せといて」 で、以下略。しばらくするとゴテゴテと情報量満載なトップページになります。そしてWebデザイナーやプランナー、さらにはコンサルなる怪しげな連中が暗躍し「フラッシュでインタラクティブにアクセシビリティをダイナミックに」 と迷宮に迷いこみある日気がつきます。「シンプルが一番」 通販サイト運営者は是非、ご覧ください。■心得其の130「通販サイトの基本チェックのき。探していた言葉が見つかった先に」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2009/07/29/6159
Jul 29, 2009
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やっぱり消去法で民主党を消しています。 日教組の鼻をつく匂いもそうですが、ソマリアから自衛隊を撤退するは韓国メディアが「過去の罪」を償おうとする同党を応援するわ、米国民主党は日本の民主党をスルーして中国共産党ににじり寄るわですから。 これは近日公開予定のウェブ担当者フォーラムの記事でも触れた(ボツにならなければ)のですが、日本の政治風土を変えるには支持政党をハッキリさせるべきではないかと考えています。 神ならぬ人が公明正大、不偏不党、公正中立でいられるわけがない・・・というより、その完全な真ん中というのは幻想か、さもなくばこういいます。「風見鶏」 吹く風によりバランスをとることで見かけ上の真ん中になることはできますが、それは世論(せろん)により思想信条が変わるということと同義です。 どうして支持政党を明確にする必要があるかといえば、その発言が「どこに軸足があるか」を、物書きなら読者に、日常会話なら話し相手に伝えることで、真意が伝わりやすくなると考えるからです。 また特定の「バイアス」を相手が「引き算」することもできます。 ところが現状はどうでしょう。 新聞でもテレビでも、時にはブログでも支持政党を明言している人は希です。私の知る限り漫画家の西原理恵子さんが作中で自民党批判をして共産党に投じているというギャグを見たぐらいで、「左利き運動」に積極的に参加している漫画家などは「中立を装い自民党(って、いうか日本国)を攻撃」 しています。非常にアンフェアです。彼女らに匿名掲示板を非難する資格はありません。 また海外の報道機関は、読売新聞が巨人軍を贔屓の引き倒しをするように支持政党を明示しますが、日本のそれは「中立」を演じます。装います。嘘をつきます。 支持政党と人柄は必ずしもイコールではありませんし、共産党支持者でも話の合う友人はおり(イデオロギーは互いに理解できませんが、そこを越えた人間性の部分で通じます)、また、あの大川系ではない宗教政党の信者の友人もいます。 いうなれば「それはそれ、これはこれ」として。 議論を深めるためには相手の考えの芯に迫り、時に妥協し、時に別れ、そして折り合いを見つけなければなりません。 綺麗な言葉でまとめれば「相互理解」で、それは服従や隷属ではないのです。 そしてその「大前提」となるのが相手の価値観や考え方を把握、理解することで、よそ行きの発言では到達しない境地です。 だから、支持政党を明らかにすべきだと。 特に人前で何かを述べ、発表をする人は。 私は元暫定的民主党支持者、現消去法的自民党支持です。 そんな私は民主党の「子ども手当」に反対です。 「上流階層」や「中流階層」にとっては子育て支援になることでしょうが、彼らは自立しており自助努力ができる階層で、政治が手をさしのべて上げなければならない「弱者」ではないと考えるからです。 そして「弱者」に月額2万6千円がばらまかれた時に何が起こるのかを考えその凄惨な光景を妄想して涙を流します。 例えばこんなケースです。 生活苦に喘ぐ夫婦がいました。ふたりとも仕事が長続きしませんでした。二人のあいだには小学生になる娘がいます。お金はなくとも子供好きな二人は折角の夏休みにどこにも連れて行かないのは可哀想と、クレジットカードのキャッシング機能を利用して金を借り、海に連れて行きました。娘の喜ぶ顔をみて日頃のストレスも少し軽くなった気がしますが、翌月やってきた請求書にストレスは倍返しでのしかかります。 そして一度覚えたキャッシングの手軽さは財政危機という名目で赤字国債を発行するどこかの国の政府に通じて、限度額に達するのにクリスマスを待つことはありませんでした。 闇金とは非合法な金貸しです。しかし、合法の消費者金融のように広告を出しているところは少なくありません。 すっかり多重債務となり多重債務を整理するという広告をみつけ、すがる思いで相談すると、そこは多重債務者を狙った詐欺集団で、見事な多重債務者にランクアップしました。 ここでは暴力の香りが日常です。これはフィクションですが金と暴力は親和性が高く、その世界はパラレルワールドのように普通の世界と平行して存在しており、ただし、日の当たる世界を疑うことなく生きている人は一生その存在を知ることはありません。 闇金のリーダーらしき人間が優しい言葉をかけてきました。「いい話があるぜ」 これも一種のストックホルム症候群なのでしょうが、毎日、毎週の暴力で味付けされた取り立てに遭っていると「身内」的な意識が被害者にも芽生えます。 リーダーの話はこうです。「心身症の診断書をとって生活保護を受けろ」 働くことに問題がない二人でしたが、保護を受けることで収入が増えると説得します。保護期間中はこのリーダーの「顔が利く」仕事をすれば役所にばれることはないといいます。 二人は「ご厚意」に甘えることにしました。 返済はきつくとも「目処」がついたことに安堵します。 このままいけば娘が成人する頃には完済できるのではないかと目論みます。 しばらくしてリーダーがまたとっておきの話を切り出します。「身寄りのない可哀想な子供の世話をして欲しい」 子供好きですが生活はカツカツです。丁重に断ろうとするとリーダーは「子育て手当として2万6千円貰える」 と、続けます。しかし、と断ろうとすると「可哀想の子供をおまえは放っておくのか」 と、すごまれ、刹那、同情を禁じ得ない子供の身の上が語られます。 ひとしきりの事情説明が終わりリーダーはいいます。「生活保護の不正受給・・・ばれたら豚箱いき」 根は善良な小市民の二人に罪の意識はかろうじて残っていました。二人して刑務所にはいったときの娘の窮状を想像し悲しみと恐怖がないまぜになった感情が「可哀想な子供」を助けるという結論をだしました。「養子縁組」 養子でも子供は子供です。手当が振り込まれます。 しかし、まてどくらせど「可哀想な子供」はやってきません。 貧しい暮らしの中からも可哀想な子供のために布団を用意し100円ショップで洋服も買いました。 子ども手当の支給日にリーダーがやってきました。そして「取り分」 として5千円を渡し、残りの2万1千円を「返済」としてもっていきます。可哀想な子供について訊ねると、「こない」 といい、「他にも可哀想な子供がいる」 と告げます。 可哀想な子供とは、親の借金の「質草」として、闇金に戸籍を売られた子供のことだったのです。生活実態は実の親とありますが、この借金を踏み倒されないために戸籍を「抑え」られていたのです。 この夫婦の罪の意識は5千円と共に溶解していき、次々と「養子」が増えていきます。 ・・・いかがでしょうか? もちろん、妄想ですよ。 リーダーが直接、「養子」にすれば手数料がいらないのでもっと儲かるようですが、仮に悪事が露見したとします。「戸籍」を抑えられていれば、逃げ切るには不便がありますが第三者を経由すれば、雲隠れするだけのことです。悪事のプロはまず逃げ道を考えるモノです。 実際にはこちらのケースのほうが多いでしょうか。「でき婚→離婚→親と同居→子育ては親→手当は小遣い」 私が子ども手当に反対するのは民主党の政策だからではありません。「現金を配る」 ということが下流、または最下層と呼ばれる、もっとも社会的な助けが必要な子ども達を救わないリスクがありその為に税金を投じることが許せないからです。 子育て世帯の支援ならこういう方法もあります。「米の配給」 食管法のはなしではなく、リアルに「食」だけは維持してあげることで最下層の生命を保護することができるのです。 さらには「地場野菜の配給」 もありでしょう。 そして「浮いた食費」を「教育」に廻すのは各家庭の教育方針に任せればよいのです。 これは「政策」で「国家観」を含んでおります。 食物自給率、食文化、地産地消、農家保護・育成「少子化対策」として切り取るのではなく、日本国としての未来像を織り込んでのことです。 米を配給することで流通が増え、米食文化に馴染み、地域の農業を活性化し、結果的に食物自給率をあげる。と。 配給した米を転売したら同じだろう。 と、某将軍様の国のようなことをする人がでることも当然想定の範囲内ですが、「リアルな米」 は重く、しかも月額2万6千円程度の米では転売する手間暇に旨味がないのです。ここが「お金」との違いです。 そして何より。「金を渡せばいい」 という発想がこんなシーンを想起させます。 小学5年生の由里(仮名)と小学2年生の美紀(仮名)が学校から帰るといつもメモとお金がおいてあります。「これで好きなものを買って食べなさい」 両親共働きで帰宅は深夜になることも。姉妹は「団らん」の意味を知らずに、それぞれの携帯電話を操作しながらコンビニで買ってきた弁当を食べる。それが日常。 ・・・この姉妹は実在します。 現金のばらまきから国家観が見えてきません。 少子化対策は喫緊の課題ですが、だからといって「子供一人頭2万6千円」 と考えるものが「親」となったときに日本国は。
Jul 29, 2009
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お陰様で、先週のコラムが経営のウィークリーで1位となっています。 やっぱり「無料」って響くんですね。どちらの立場でも。 そして本稿の「便利」も微妙なんですね。 紙幅の関係で削除していますが、この登場人物の事務所では最盛期にプリンターを2台並べて長尺氏で印刷していましたから。 手書きのプライスも同じ。 ひとつひとつを手書きで。どこの通販番組だ! とつっこみをいれたくなるようなことが毎日・・・いまでも行われています。 無敵の勘違い。便利が好きな0.2という迷惑(マイコミジャーナル)http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/024/index.html
Jul 28, 2009
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これは自慢です。 私の周囲には「ありがとう」が溢れています。 母の仕事を手伝っていた時のこと、下請けイジメは当たり前でした。 陰惨なモノではなく笑顔でやってきて元請けは無理難題を押しつけます。 そして経済的にも義理人情からも逃れられなくなり工場は潰れました。 社会復帰した会社員時代。下請けにも元請けにもなりました。「客」 に色んなタイプがいることを知りました。 金を払っているのだからと傲慢に振る舞う人、お仕事をしていただいてありがとうという人。 さてどちらになりたいか。私は断然後者でした。そしてそうなるように努めてきました。するとこの「ありがとう」が道徳や倫理ではなく「経済合理性」 に基づくモノだったと気がつきます。【第7回】下請けに「ありがとう」と言えない会社のリスク http://blog.mutow-ms.jp/ec/keiei/post-441.html
Jul 28, 2009
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政権選択選挙が近いた今だからこそ一読の書です。 政党、政権についてここでは触れません。 と、いうか根本的な問題が「平時を前提に法律がある」 ということ。ま、もっともこれは小泉純ちゃんが首相だった時も「有事とはなんぞや」 という寝とぼけた議論を思い出せば、あれから何一つ解決できていないことを痛感させられます。 第1章の最初の見出しにこうあります。 国民を守るために戦ったら「殺人罪」に問われる? ・・・ソマリアの答えどころか、イラク派兵以来、いまだに解決されていません。「政権交代」が福音であるならば、同じ国民である自衛隊員にも光明がさすと信じたいところです。 そして読了後、確信したことがこれです。「確信犯だったな。田母神俊雄さん」■自衛隊が世界一弱い38の理由http://www.as-mode.com/check.cgi?Code=4163707905
Jul 22, 2009
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緊急告知。 本稿の名前が私の名前ではありませんが、間違いなく私が書いています。 いわゆる「誤植」です。 私が書いた記事をメールで入稿し、編集部が校閲し、担当編集さんが投稿してくれる形式で、一応、私の投稿IDもあるのですが、入稿後は編集部に一任しているので時々、こういうことが起こります。 はてさて、いつ「訂正」されるか。お早めにご覧ください(笑)。 本稿は「ミクシィ版」からのスピンオフ企画です。 ここでの「マイミク」さんのご意見から、取材を重ねてまとめました。 さらに入稿後の追加取材で明らかになったのは小学館→基本全部いれる講談社→雰囲気 とのこと。 句読点を調べるために明治、幕末まで遡り、さらにGHQの占領政策まで辿り着くと、そこで発見したのは「お役所仕事」 ただ、日本国のために迅速に動いたことは評価できます。■心得其の129「句点の正しい用法。モーニング娘。誕生の裏側と学校では教えてくれないこと」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2009/07/22/6095
Jul 22, 2009
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20年前の20世紀、私が社会人になりたてのころの話です。 エレベーターを降りようとすると、いわゆる「おばちゃん」の一団が降りる私たちを待たずに乗り込んできました。肩もカバンも「横腹の肉」も当たるほどです。 ウブな私は先輩社員に憤慨して尋ねました。「いい年齢した大人が降りる人が先だってルールも知らないなんて」 すると師匠のひとりがこういいました。「しょうがないだろ、おばちゃんだから」 えぇ、田嶋陽子先生が猛り狂いそうな話がしばし続きますが、師匠の談話を記憶の限り忠実に再現します。私 「おばちゃんだから?」師匠「社会経験が少ないから自分のことしか考えないんだよ」私 「ふ~ん」師匠「××さん(女性の先輩社員)はあんなことしないだろ? 彼女は社会(生活)をしっているからだよ」私 「でも普通の生活も社会じゃないですか」師匠「違う文化だということ。自分を中心として半径のことだけ 考えればいい人と、会社や組織という半径を意識して 生活する違いかな」私 「でも(繁華街を見渡して)これだけ人がいれば、私が ▲▲の社員だなんて分からないですよ」師匠「若いなぁ。世の中って意外と狭くて誰が見ているか 分からないんだよ」私 「そんなもんですか」師匠「自分のことだけ考えていると結局、自分が損するんだよ」私 「なるほど。じゃあ今後、女性の社会進出が進めばああいう おばちゃんはいなくなりますね」師匠「・・・多分な」 そして最近、師匠の予言のハズレを確信しつつあります。 それはおばさんが変わらなかったことではありません。「社会がおばさん化している」 ということです。つまり社会生活のルールがおばちゃん化し、自分の半径だけで生活することが「普通」となっているということです。 いや、むしろ「おばちゃん化」という表現が正しくないですね。「個人自由至上主義」 というところでしょうか。 個人の権利と自由は最上の価値で犯すべからず神聖なるものだということ。自分が乗りたいのだから乗る。降りる人のことを考える意味が分からない。 故尾崎豊さんの楽曲の中のひとつのテーマに「群衆の中の孤独」 があると私は感じています。思春期に誰もが通過する葛藤で心理学的なアプローチで語るなら「自分と他人の明確な区分」 で、それまで家族という区分の曖昧な共同体から、集団生活の中で己の異質に気がつき、別の発露としては自己欲求の実現が必ずしも満たされない・・・もっと平易な言葉を用いれば「好きなあの子が振り向いてくれない」 時に、他人という存在を強く意識することで自我に目覚めるということです。 絶対的な自分と相対的な自分との折り合いで、ひとことで言えば「思春期」 なわけですが、個人自由至上主義が自己が社会と向き合う手がかりをなくしたように考えるのです。 つまり社会では「思い通りにならないこと」は当たり前に起こるのですが、それが個人の自由を侵害することであれば、侵害するほうが悪いのであって自分は悪くないと。エレベータに乗りたい自由を制限するほうが間違っているのだと。 携帯電話の普及も重なります。 携帯電話は自分の半径の人間との距離をゼロにします。 北海道にいる友人とリオデジャネイロの自分が通話をはじめた瞬間、そこは生まれ育った足立区になります。目に見える景色は時計台とサンバのダンスであっても「自分」を中心に広がる映像はテレビのそれと遜色ありません。 電車の中での通話やメールも同じです。 自分半径が思考の中心になる個人自由至上主義者にとって、公共の場もお茶の間と等価です。周囲に存在する名も知らぬ他人はアウトオブ眼中で、携帯電話を通じて接触している相手だけがリアルで重要です。 離れていてもそばにいるね。 エレベーター、電車の中、街角で見知らぬ人に囲まれていてもそこで孤独を感じることはありません。携帯電話が孤独を遠ざけてくれます。 そして自分と他者を区分することなく社会に出ていきます。 先ほどの師匠はいいました。「あの世代(平成元年当時で50代、今は70代なので戦中から 戦後教育の黎明期)は今ほど自由に遊べなかったし早く結婚す るのがよしとされていて、家庭と学校。勤めてもいわゆるお茶 くみだった時代なんだよ」 と、師匠のご母堂と重ねます。もちろん、それ一色で塗ってしまうのは強引ですが、そしてこう続けます。「多様な価値観と触れあう機会がなかったから選択肢も少ない。 だから自然と自分を中心にして考えてしまい、それが当然だと 疑わない」 悪意は無いとつけたします。 ここから「女性専用車両」と「草食系男子」とつなぎ、「ジェンダーフリー」 へとつなげるために昨夜から本稿を書いていたのですが、とんでもない大作になることが分かり(実はここまでの3倍の原稿を既に書いています)一旦ここまで。 で、個人自由市場主義のひとつの形が政治にも現れています。 それがメディアの取材に対して答える視聴者のこれ。「普通、しらないよね」 俺様が知らなかったのは誰かが教えなかったかのが悪いのかもしくは俺様が知らないようなことは誰も知らないものだという自分半径で世相を斬る傲慢さです。 テレビを見ていて私はこうつっこみます。「だから、何処の国の普通だよ」 幼き日の記憶が蘇ります。「いややわぁ、おばちゃんら、こんなんよう知らんもん」 幼稚園児が知っていることを知らないという大人が不思議でした。
Jul 22, 2009
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これは何人かの出版関係者から聞いた話ですが、問題となっているのが「アマゾンの書評」です。 ここでネタバレギリギリのものもあり、もちろんひとつの投稿に関してはチェックしていても、複数の書評を読むと漠然としたイメージがつかめてしまうこともあるというのです。 一方でアマゾンのバイイングパワーを利用しないのはもったいない話で「良い書評」は大歓迎だからこそ頭が痛いというのです。 ただし、どちらもあるのが道具の立場で、その点はアマゾンの責任ではありません。 そして当然ですが、今回も「実在の人物」であり地元では名士の扉を開けかけています。 ・・・困ったものです。◆タダの客は客じゃない。無料0.2の恐怖http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/023/index.html
Jul 21, 2009
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引越の時にやってはならないことが幾つかありますが、その代表が「想い出に浸る」 です。私は引っ越し屋の経験もあり、どちらかといえば体力もありトラックの運転もできますが、それでもプロに依頼するのは次の理由です。「全部運んで貰える」 知人や友人の場合、遠慮も入り、それはいいや、やっぱり捨てるからと当日、現場で選別作業を行ってしまい遅々として進まなくなります。 ところがプロならそこを割り切って依頼できます。 サイトの引越に通じます。 リニューアルや移転に際してコンテンツの整理など仕様ものならいつまでたっても終わりません。 そこで「サボる」ことをお勧めします。■心得其の128「サイト引越の現場ノウハウ。サボって残して実利を得る」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2009/07/15/6042
Jul 15, 2009
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私が子供の頃は「明治の男」という表現が普通に流通していました。 頑固や堅物、気骨のある男などの意味で使われていたように覚えています。 本書は昭和53年に出版されたもので、当時はまだ明治の男達がおり、彼らへの取材が折々に散りばめられています。 日露戦争の結末については教科書でも習ったので割愛します。 戦争活劇としての詳述も本書の評価として適切でない気がするのでやめておきます。 いくさが終わりました。日本国の命運をかけた海戦です。 秋山真之は事後の確認のために敵艦にのりこみます。ついさきほどまで殺し合いをしていた艦上に敵兵の死骸が転がり、敵兵は水葬の順に追われています。 真之は遺骸のまえにすすみ、ひざまずき黙祷を捧げます。 人は己の価値観からしか他人を評価できません。 真之のこの行動をパフォーマンスなどというものは、己が常に他者の評価を気にして生きているからであり、そのものさしですべてを計ることの愚かさに永遠に気づきません。 これも戦争です。 これがかつての日本人の戦争観だったと私は考えます。■坂の上の雲(文庫本8巻)http://www.as-mode.com/check.cgi?Code=4167105837
Jul 15, 2009
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先月末に自宅を購入して引っ越しました。 ただこの購入と書くことにためらいがあるのは、まだローンが34年11ヶ月あり所有感を覚えないからです。そして返済月額は結婚して以来の「最安値」で感覚的にはお得物件に越したといったところでしょうか。 職場兼自宅で増え続ける資料に手狭となったことが転居を考えた最大の理由ですが、リスクヘッジも理由です。 語弊を怖れずに言えば最近の住宅ローンの多くは「生命保険」に強制加入させられ、死亡時にはローンの残高が清算されます。つまり命を持って残金を払うということ。 自営業の私の死後、妻に雨風をしのげる場所だけは残せるというのがひとつです。 そしてもう一つのリスクヘッジは「ハイパーインフレ政策」です。 国家の財政がレッドゾーンであることはご存じかと思いますがこれを解決するには二つあり、ひとつがハイパーインフレ政策でもうひとつが国家が破綻することです。 前者は市場の通貨供給量を過剰に、分かりやすく言えば日銀のお札印刷機をフル回転させて1万円札の量を10倍にすればお金の価値は10分の1となり、1000倍なら1000分の1になるといった塩梅です。 これでどうなるかといえば家賃9万円のアパートが1000倍のインフレによって9000万円となるということです。実際にはそれに連動して給与なども上がりますが、若干の遅れがあり、庶民は苦しい生活を余儀なくされます。 しかしこれにより国家の借金の価値も1000分の1に。 同じく住宅ローンも。これが二つ目のリスクヘッジです。 本旨とずれるので深掘りしませんが、ばらまき政策のいきつく先はインフレで党の利益と国家の利益が合致します。 実際には金利の上昇もありますし、極端で急激なインフレは現実的ではありませんが、手持ちの情報から考え得るリスクにあらかじめ手を打っております。 これらのリスクヘッジも考慮すれば、この不況下ですが私は住宅の買い時だと見ています。金利も異常なほど低いので。 と、偉そうな能書きをたれておりますが、だからといって常にクールに計算ができているかといえば・・・そんなこともなく、知っていたはずの情報を忘れて後で気がつくことも多々。 で、マイホーム。 私は広告代理店勤務時代から不動産広告も手がけ、そこでは色々な裏情報を仕入れていました。 例えばこんな話です。「あそこ、10年経ったら傾いているよ」 物件を指さして営業マンが笑顔で話します。理由は地盤が緩いから。地盤を固める工事をしますが、この営業マンがみる限り、凝固剤が不足しているのと、固める時間が短いのだそうで、法律上の基準は満たしていても、それは問題が起こらないという証明にはならないとのことです。 そしていいました。「私がいっちゃいけないんですけど、10年以上経った中古で 建物が傾いていないものをリフォームする方が安心ですよ」 もちろん、シロアリなどがいないという前提で。 なるほどと頷き、我が家は築20年以上。 教えを守っています。 ところが次の言葉を知っていたのに・・・ポカをやりました。「モデルルームは住みにくい」 展示場にあるモデルルームは「見た目」を重視し、客に「夢」をみせることが目的で生活は2の次に設計されているというのです。 または様々な住宅設備の展示場として詰め込んでいるため統一感がなかったり。 正しい。この言葉は本当に正しい。はい、モデルルーム(ハウス)だったのがいまの住居です。 住宅リフォーム市場に新規参入を目論んだ某住宅会社が、それも地盤としていない足立区に目をつけて施行したのです。 で、結論から言えば住みにくい。 真新しいクロスが張られた玄関に電話回線があるのですが、その周囲にコンセントはありません。それはそう、「黒電話仕様」 ・・・昭和です。コンセントの数は少なく、とても不便で、全ての部屋が「たこ足配線」 となっています。 洗面台は「朝しゃん」ができるようにシャワーヘッドがついており倒すと水がでます。そして人工大理石のシステムキッチンは汚れがつきにくく快適です。これはいいのですが、洗面台は倒すと水が出て、キッチンは持ち上げると水が出ます。 そのため、うっかり逆の操作を互いにしてしまい大量の水が無駄になることもしばしば。 さらにクロスを貼り替えていたので気がつかなかったですが外側を見ればエアコン穴を無理矢理塞ぎ、その上からペンキを塗っただけという荒技を発見。 収納系も「見た目」重視で使い勝手はいまひとつ。 モデルルームにはご注意ください。 では、後悔しているかといえば中古住宅というところが落としどころです。これも不動産営業マンから聞いた話です。「中古住宅は遠慮なく釘が打てる」 新築住宅に住むとその新しさに「遠慮」してしまい、釘を打つことを躊躇ってしまうというのです。 そして我が家。遠慮なく釘を打つどころか、ドリルで穴をあけたのは引越初日。自分で「改造」できる楽しみがあります。 リユースは「エコ」でもありますし。 最後になりましたが財政危機を終わりにする「国家破綻」の方法はこんなのもあります。「どこかの国の庇護下(占領される)にはいる」 これは完全に妄想ですが、次に政権を握るであろう政党の政策をみるにインフレと亡国が同時にやってくることを考えない日はありません。
Jul 15, 2009
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ITだなんだといっても結局は人がやることで、合理性は理由のひとつに過ぎない理不尽は日常です。 マイホームは主婦に売る。これは不動産営業での定説です。 いわゆるシャクティパット。逆ですね。 そしてホームページの世界でも同じ。これを裏付けるエピソードを紹介しましょう。 ホームページ制作会社の営業方法ってご存じでしょうか。 低価格販売型のばあいはDMやテレアポなどでもとれますがもっともポピュラーなのが「紹介」 なのです。その為、俗に言う「IT社長」は異業種交流会や各種パーティー、合コン・・・は趣味としてもリアルネットワークに足繁くかよい人脈を伸ばします。実力よりも人脈の世界で、どうしてそれで商売が成り立つかというと、キーマンとの人脈だからです。 ××で働く社長のブログに友人が多く登場するカラクリもこれによります。そしてひとつのビジネスモデルと化しています。 で、私もIT社長のはしくれ。で、どうしているか。 いやぁ人脈ほど面倒なものはありませんので日々これ精進しています。マイホームは主婦に売る。墨俣城を許さない殿様0.2(マイコミジャーナル)http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/022/index.html
Jul 14, 2009
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今回は成功事例です。 結局はトップのやる気に勝るものはありません。 マイコミジャーナルでは「馬鹿社長」をお届けしていますが、当然ですがその何倍も頑張っている社長に多く出会っております。 アクセス解析にしてもそうです。 個人の資質を除けばアクセス解析は社長の仕事です。中小企業ならば特にです。 理由はひとつ。「我がこととして考えることができる」。 社員に命令してもそれは命令履行のための解析で目的が異なります。 また成功への執念は社長と社員では濃さも熱さも違います。 で、成功例・・・とはいえ2年間いいつづけてのことですが。■心得其の127「2.0への進化を助けるアクセス解析。勝手にマイコミ連動企画」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2009/07/08/5967
Jul 8, 2009
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戦争は外交のひとつの手法。 これに違和感を覚えるなら必読かと。 それは戦争とは本来、民間人を巻き込まない「軍人」 同士の戦いだったからです。この時まで、民間人の殺戮は戦争として数えられませんでした。 歴史に名高い奉天の会戦。 これもいいのですが人に勧めるなら私はここです。「露仏同盟のゆらぎ」 ロシアとフランスの同盟は互いを助けるためではなく、自国の利益のために過ぎないと喝破します。フランスにとってのそれはドイツの恐怖をロシアが睨みをきかせていることで緩和するためだったはずが、極東まででかけて戦争をし旗色が悪いと聞こえてくるロシア。これではフランスの利益にはなりません。 いわゆる「日本人的」なるお人好しはここでは国益を損なう売国的行為にすぎずフランスはフランスで国益のために動きます。■坂の上の雲(文庫本7巻)http://www.as-mode.com/check.cgi?Code=4167105829
Jul 8, 2009
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この国に足りないものはなんでしょうか。 この国で余っているものは何でしょうか。 この国がいま本当に望むものは何でしょうか。 選挙とはこの問いに私たちが答える時間です。 少なくとも今度の衆議院選挙は任期満了か準じる時間を経ての回答となりますので。 前々から用意していたネタを執筆していたら、ウイグルでの弾圧があり、あれは日本の近未来と啓蒙しようかと呟きながら近所を散歩していると、「民主党13区総支部長平山たいろう」 氏のポスターを見てやはり先に日本国について取り上げなければとこちらについて。 東京13区の総支部長であるそうな平山たいろう氏は我が町、足立区と縁もゆかりもないのですが、これは民主党では珍しいことではないのでそういうものだと傍観していました。いや、「消去法的自民党支持」 を打ち出している以上、個人攻撃に思われてもイヤなのであえて触れなかったという方が正しいでしょう。 弊社の取引先には熱心な民主党支持者がおり、彼に関する生情報も耳にしているのですが、だからといってぺらぺらと語るのは如何なものかと、さらには彼のホームページのしょぼさを鼻で笑っても触れなかったのは些末だと考えたからです。 平山たいろう氏の経歴にIT社長を見つけるのですが、そのホームページはムーバブルタイプ(ブログシステムの名称、個人利用なら無料)をそのまま設置しただけの簡単というか、なにも手を加えていないもので、これには民主党支持者もあきれ顔でした。 いまはそれなりのものが設置され、過去はなかったこととなりましたが、選挙のための地盤作りが忙しかったとしても経歴と若さがかえって足を引っ張るお粗末なものでした。そのお粗末さゆえに触れなかったというのもあります。 で、今回。平山たいろう氏について触れるのは、そのポスターにあった箇条書きです。平山たいろう氏云々というよりは「民主党」 と掲げてあるのでいいかなぁと。「子育て支援」 を主題としてポスターには平山たいろう氏と元タレントの蓮舫さんが並び演説会の告知があります。その隣にはこうあります。民主党だと年間62万円の収入増。1:毎月、2万6000円の子育て支援を行います。これで進学のための貯金が不要になります。2:公立高校を無償化し、高等教育(大学、専門学校)を望む 全ての子ども達に無利子の奨学金を貸し出します。スーパーの卵、牛乳、豚肉など確実に安くなります。3:高速道路を原則無料化することで、物流費用を下げ、 物価を下げ、毎日の家計を助けます。 これは2週後ぐらいに公開される原稿に書いているのですが、箇条書きなどに句点(。)をいれるのは学校だけのルールといっても過言ではなく、ここにも「日教組思想を政策に反映させようとする民主党」 の影を見る思いですが、本旨はそこではありません。 天下国家、日本国を担う、その為に子育て支援も大切でしょう。 いいですか? しかしです。 私がこのポスター憤り、平山たいろう氏の名前を挙げたのは次の理由によります。「金の話しかでてこない」 自民党を積極的に応援する理由も、擁護する材料もほとんどなく、民主党が政権をとることあるだろうと思い、じっくりと「次期政権(仮)」 のポスターを見ると金の話ばかりです。いささか古いギャグで今の気持ちを表現するならこうです。「がっかりだよ」 しかも論点がずれているというか現実を知らないところに恐怖すら覚えます。 1は最後につっこむとして、2の高校無料化から「思想」 が見えてきません。 ともすればあの組合の「雇用確保」かと穿ってしまうほどです。 理由は「高校いってなにするの、なにをさせたいの」 がないからです。もっと率直に言いますね。「思想のない高校の無料化とは15才からの学童保育になる」 ということ。勉強したい子供を物心両面から応援することは結構なことですが、勉強はそこそこに就職もしたくない子供の費用まで税金で面倒見る必要があるのでしょうか。また、こういうことは考えられないでしょうか。「中退、再入学繰り返しても無料」 永遠に自分探しを高校ででき費用は税金です。 さらにこんなことも可能です。 高校に在籍して各種学割サービスだけ享受しても無料。 もちろん、細部を詰めることで規制をかけることは可能です。 が、しかし。民主党に残された時間は最大でも3ヶ月ほどです。 続いて「3」の高速道路を無料化すれば物価が下がる。 知人の物流関係者にこの話をすると吐き捨てるようにいいました。「な、わけない」 温厚な方ですが怒りを露わにしてのことです。 物流コストにおける高速道路代は4~5%という数字もありますが荷主の厳しい要求から高速道路を使っていない物流会社も多く、すると高速道路が無料になったからとって削減できるコストはすでにないということです。 高速無料によりドライバーの待遇改善が期待されますが、高速無料で物流移動コストが圧縮されることがさらなる過剰サービスを荷主が期待するであろう危惧はいまの延長線上に普通に見える景色です。分かりやすく言えばこうです。「高速無料なんだからさ、その分の出荷時間を遅くしても届け先に 早く着くよね」 荷主の横暴ですが、それを支えるのは「安くて良いもを過剰に欲しがる消費者」 です。ここら辺は政治と構造的に似ています。 物流業界人なら「悪質な夢物語」だと誰もが知っていることを「子育て」と絡めて吹聴しています。また、再度デフレに突入しつつある中、さらに物価を下げるのは経済音痴以前です。これは次にまとめますが「目先」だけのこと。 そしてお待たせしました。「毎月、2万6000円の子育て支援」 いや正しくは支援ではなく支援金支給でしょう。 不労所得が子供ひとり頭の勘定ではいってくるのです。 100円のハンバーガーを大量に買い込んで、3食与え続ければ1日300円×30日でも9000円。差し引き、17000円の儲けです。「そんな食事じゃ病気になる」 でしょうね。その為にこのポスターにはありませんが、「子供の医療費完全無料化」 という案も民主党にはあります。これで入院でもしてくれればハンバーガー代もいらないのですから丸儲けです。 もちろんこれは最悪の最悪で「ちゃんと」した親御さんもいるでしょうし、そちらの方が多数派かも知れません。 しかし、こんな事実からやはり私は首をかしげてしまうのです。 この7月から「自転車の三人乗り走行」が認められるようになりました。原則禁止が子育て世代の母親などなどの大反対に押されて道理がひっこんかたちです。 子育てが大変。子供を残して買い物に行けない。などなど、以前にも触れましたので重ねませんが、100歩譲ってそれに頷いたとしましょう。 そして法律を動かしました。ただし書きが尽きました。「三人乗り自転車に限る」 認められた自転車に限り三人乗りOKということです。 するとどうでしょう。こんな意見もでています。「三人乗り自転車は高い」 う~ん。一般の自転車1万円から買えるご時世に三人乗り自転車は5万円弱からで確かに割高ではあります。 でも子供の安全のために・・・。 で、目先の話。 いやいや5万円が高いですって。馬鹿をいっちゃいけませんよその為に麻生太郎ちゃんがくれたじゃないですか。「定額給付金」 子供ふたりなら4万円、それに自分の分1万2千円を足せば5万2千円ですよ。子供のためを思い、子供のために支給された定額給付金をどうしてそこに使わなかったのでしょうか。 他に使う予定があったのでしょうか。それとも貯蓄? 本稿はそれを責める目的ではありません。「現金支給」 とは目先に振り回され、その目先は必ずしも子供幸せに結びつかないという指摘です。 平山たいろう氏はこのポスターで「もうすぐ4人目が」 とご子息の誕生を予言しています。仮に民主党政権実現の暁には彼は26000円×4人=104000円、年間124万8千円 貰えるんですね。 この国に足りないものはなんでしょうか。 この国で余っているものは何でしょうか。 この国がいま本当に望むものは何でしょうか。 それはお金だけの話ではありません。 そして甘やかせばその分だけ甘える人たちが・・・この国では余っているようにみえます。
Jul 8, 2009
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今年の関東地方は織り姫と彦星が逢瀬できそうですが、しかし天帝も野暮なことをするものです。まぁ今風にいうなら牧畜業と養蚕業からの「搾取」で、働け働け働けという蟹工船ならぬ牛工船、機工船といったところでしょうか。 IT業界の話を聞いていて鼻で笑ってしまうことが多いのはこうした社長を知っているからです。年に1回、決算で余った儲けの使い道ぐらいにしかITをみておらず、何度話しても年に1回なので新鮮な気持ちで耳を傾け、さわやかに忘れていきます。 さらに問題は「社内専門家」の存在です。 彼に悪意がなくても多忙が彼を無能に近づけるというジレンマがあります。特にITやOAの世界では。 天の川を隔てたふたりの逢瀬のように永遠に変わらない喜劇のような悲劇・・・と、気づいていない点も七夕伝説と重なります。 神話や童話にケチをつけるのも野暮ですが、私なら牛を扇動して天帝の家につっこむなり、織り姫に天の川のわたれるロープをおらせるなどしてどうにか会える方法を考えるのではないかと。 それがふたりの幸せならば。 なんだか本稿の社長とおなじくこの伝説のふたりの愛には必死さが足りないというかなんというか。お伽噺で目が血走った恋愛されてもそれはそれで困るのですが。七夕にガラパゴス化する社内専門家0.2(マイコミジャーナル)http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/021/index.html
Jul 7, 2009
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フレームワーク第2弾。 この言葉を知った時の正直な感想を述べるとこうです。「詐欺じゃん」 育ちの粗忽な私の経験上、こうした「落とし込むための会話」 を用いるのは恐喝時のヤクザや詐欺師ぐらいです。 恐喝時は相手がうんと頷く意外ない状況に外堀を埋めていき、なるほどと唸るほど論理的に逃げ道を塞ぎ、殺すかの一歩手前で次善策を提示します。 まぁ交渉ごとのテクニックでもありますが、両論併記でも相手に考えさせるための材料提示ではなく、明らかに劣る論との比較で事実上は相手の選択は妥協の産物であっても「自分が選んだ」 とする技法です。そして狡いなぁと。 しかし、悪意を持ってそれを使うか「メッセージを伝えるために使うか」 と考えた時にフレームワークは違った輝きを放ち始めました。 そしてあぁ話が下手な人はこれが足りないのだなぁと言う結論に。 もちろん、コンテンツも同じです。■心得其の126「遅刻の言い訳からコンテンツにまで使えるフレームワーク」http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2009/07/01/5960
Jul 1, 2009
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