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モノを売って損することがあります。 広告宣伝や初期投資ではなく、その反対で「顧客ロイヤリティ」からみれば、大損しているケースが少なくありません。 それを「トレカ」という商材から読み解いています。 短期的な利益をとるために、顧客を逃がしていることがあるのです。■スクロール360 通販支援ブログ【第39回】ネットで売って損する仕組み。顧客ロイヤリティという視点http://blog.scroll360.jp/ec/keiei/post-637.html
Apr 25, 2012
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担当が「心に刺さる」といった一遍です。 原題は「下請けを倒産させるタイムマネジメント」。 私の時間の概念を紹介しています。 この視点に立つと1日が24時間というのが「思いこみ」だと気がつきます。 そして身につければ他人に優しくなれます。 自己啓発でも占い師でもなく、冷徹なビジネス原理です。■Web担当者Forum 現場の心得 第261回リソースを最大活用するタイムマネジメントhttp://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2012/04/25/12642
Apr 25, 2012
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社長というのは孤独な職業です。 だから誰かに誉めて欲しい。誉めてくれる人が好き。 たまに著名な経営者が詐欺にひっかかるのはこの心理と無縁ではありません。 そしてまぁ出版業界はこうした経営者の気持ちを利用して小銭を稼ぎます。 躍進企業と紹介されている記事の舞台裏の大半はそんな感じ。 いろいろ例示できますが、端的に言えばこう。「ビジネスを理解している新聞記者は少ない」 職業の仕組みから仕方がないのです。■マイナビニュース詐欺か? 記事掲載か? 社長を迷わせる「取材依頼0.2」http://news.mynavi.jp/column/itshacho/160/index.html
Apr 25, 2012
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親戚のマイカーが「廃車」になったというので、あわてて連絡すると事故を起こしたといいます。 駐車場から右折で反対車線に侵入しようとしました。 両車線ともそれに気がついて、止まってくれ、侵入を促します。 そして親戚の自動車がするりと反対車線に差し掛かった瞬間「ドカン」 エアバッグが広がり視界が遮られます。 オートバイがぶつかったのです。事故後、バイク側はセンターラインは越えていないと主張しますが、対向車線にはみ出した、いわば「逆走」状態だったことは道幅などの状況から明らかです。 親戚の自動車の左前にぶつかっており、仮にバイクが主張する車線内だとすれば、親戚は駐車場からでてから逆走状態になり停車して侵入を許してくれた他の自動車と正面衝突しなければならなくなります。 この事故の場合、事故率は1:9で、親戚が悪くなります。どちらにしろ動いている車両同士の事故の場合は0:10はありません。 ただ「逆走」が立証できれば、相手に-20%のペナルティが加算され、3:7になります。あとは、完全停止状態だったか、どうかとなるのですが、親戚からすれば突然ぶつけられたとなり事故のパニックから正確な記憶はなく、警察のいいなりのママ「調書にサイン」 をさせられたといいます。親戚の言い分の方が、多分正しいだろうけど、被害者はこう主張している。だからサインしなさいと。 いまだに警察はこんなことをやっているのだと呆れます。 小沢一郎さんを擁護するつもりはありませんがね。 警察の弁護をすれば、保険で解決できる問題で、しかも形式上被害者となる「バイク」側は任意保険にはいっておらず、保証でもめれば事件は長引きます。ならば被害者の主張を飲んだ上で、保険屋に任せれば、警察の仕事は完了する・・・と、弁護してないですね。まぁでもよくあること。 そしてこの場合、法律も絡むので一般論に過ぎませんが、相手の物損に対しての弁済は相場による車両価格に事故率をかけて算出します。 仮に100万円の車両価格として、事故率が3:7なら、加害者が70万円、被害者が30万円負担することになり、支払うのは70万円だけです。任意保険にはいっていれば、そちらが支払いますし、双方の保険屋同士での話し合いになるので、問題ありませんが相手が未加入で、相場価格の100万円を不服とするケースがあります。 さてどうするか? 相場とざっくりと書いていますが、車種、年式、走行距離などから算定するので、妥当な金額になりますし仮に加害者だとしても、弁済する義務は「現状復帰」までです。だから相手が150万円を要求し、保険では70万円しか出ないから差額を自腹で・・・と、支払う必要はないのです。 逆に「相場」より高いと主張する車両であるなら「自分の車に保険をかける」 のがドライバーとして当然の自衛策だからです。なんだか杓子定規なようですが、こうした基準がなければ、車両に対しての想い出も弁済しろと言う主張もでかねず、すると「プライスレス」 になるのです。そして自動車にのっていれば事故が起こる、事故に遭うリスクは当然のものであるという考えが根底にはあります。 そしてこの話しを受けて、マイカーに設置したのが「ドライブレコーダー」 です。エンジンを始動すると録画を始め、SDカードの容量が一杯になれば上書きしていきますが、急ブレーキや衝撃を感じた前後の映像を記録してくれるものです。 一番安いものは3千円ぐらいからありますが、万が一のときの映像保存が目的ですから、そこそこのものをという小市民的感覚で選んだのがこの商品です。■Logitec ドライブレコーダー 常時録画型http://www.as-mode.com/check.cgi?Code=B004CIJ6TC 取り付けは簡単。両面テープで貼り付けるだけです。 初期設定のママなので、ピッピッとアラームがうるさいですがちゃんと仕事をしていると思えば、それほど気になりません。 2GBのカードが付属品としてついていますが、万が一のためと16GBを購入し差し替えます。これで8時間録画が可能ということです。■Transcend SDHCカード 16GB Class10 永久保証http://www.as-mode.com/check.cgi?Code=B003VNKNEQ 先日、開業したばかりのお台場「ダイバーシティ」にいってきましたが、ばっちり録画できていました。 万が一の時の自衛はご自分で。警察は「そこそこ」ぐらいしか信用できませんので。
Apr 25, 2012
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身を切るような冷たい雨が降る1月の夕方。土曜日と言うこともあり早めに家路につこうというのでしょうか、人の流れは駅から住宅街へと向かいます。 自動車で駅近くの一方通行路から東西を走る通りに出ようとします。一時停止は「完全停止」し、そろりと進みます。 通りの信号は横断歩道用のもので、車両は大縄飛びのように「はいれるタイミング」ではいるのですが、この時は横断歩道が青となり東西を走る通りは制限されていました。 この交差点は変則的で、通りにかかる横断歩道には歩行者用信号がありますが、通りに北から南に接続する一方通行出口の横断歩道には信号はありません。 歩行者がいないことを確認しながらゆっくりと進んでいくと、「左手」の歩道から傘を差した自転車がかなりの速度で「突っ込んで」きます。 あわてて急ブレーキ。自動車の先端は既に横断歩道を越えていたので、自転車は車の先を舐めるように目の前を迂回します。 危険ですがよくあること。するとこの自転車の搭乗者がドライバーのわたしを睨みつけます。そこで窓を開け「危ないよ」と注意をすると、「うるせぇな」 と吐き捨てるのでかっちーん。「てめぇ赤だろうが」 と不惑のわたしは迷いなく指摘。 すると「てめぇ降りろよ」 と自転車のリクエストに、後続車がいたので、右折して侵入した通りにハザードを点灯させ停車し車を降ります。 通りを挟んだあちらとこちらになりましたが、「赤信号ではいってきたから注意したんだろうが」 と指摘すると「横断歩道だよっ!」 と自転車。「自転車は車両じゃボケ」 渡っていってとっつかまえようとした時に、バスがふたりを遮り、その隙に自転車は「スィー」と謝りもせずに去っていきました。 自転車は右側通行しており、傘を差しての片手運転。 そして車両なので信号無視。 にも関わらず自分を歩行者と同等の権利があると思いこみ「権利を主張」 していたということです。 ちなみにこの自転車の運転手は15~6才の女の子。茶髪にジャージ姿のまぁそういう育ちの感じの。 それより、私が「停車」したそこは「交番」の目の前。 怒鳴りあう声にも、お巡りさんは様子を眺めても何もせず。「どうしました?」 と声をかけることもありません。 東京都足立区西竹の塚の出来事。 地元の方はご存じの竹の塚駅西口の駅前交番の前のできごとです。仕事しろよ「竹の塚警察」。 といっても、この交番の目の前も同様の「横断歩道」があり、その歩道を走る自転車が、赤信号に停まっていたら「渡っていいよ」 と親切に交通違反をすすめていましたので、法令遵守という思想のない・・・というと言い過ぎですね。しかし、最近のお巡りさんは仕事をしていないように感じるのは気のせいでしょうか。 自転車への風当たりが強くなっています。 特に都心部では昨年の震災が追い風となり、自転車利用が増加し、それに伴いマナーの悪化が叫ばれるようになりました。 先日も愛犬と散歩中、信号のある横断歩道で、青になったので渡ろうと一歩を踏み出すと、「信号無視」の自転車がビューと目の間を横切ります。ロードタイプの自転車でかなりのスピードが出ています。 また近所のスーパーマーケットの目の前の横断歩道でも同じシーンに出会いました。 両者に共通するのは「オジサン」。 オジサンのわたしがオジサンと呼ぶのは気が引けますが、私より高齢であろうオジサンで50代ぐらいでしょうか。 すると先の15才の少女と併せて、幅広く交通法規が守れていない無法地帯に日本はなったということです。 さらにここに「オバサン」を加えると、もはや「マッドマックス」 の世界です。止まる、曲がる、降りる。まわりに自動車があっても歩行者がいても自由自在です。右側通行も左側もありません。 そして子供は大人の悪いところばかりを真似します。 小学生の無謀運転はむかしからありますが、危ないと警告のクラクション(あ、道交法上は鳴らしてはいけないことになっていますが)を鳴らすと睨みつける小学生は珍しくなく中学生は普通です。 これは2年前になりますが、二人乗りのヤンキー風中学生が信号無視で交差点に突っ込んできたので、窓を開け注意すると「ばーか」と悪態をついたので、その場に車を停めて走って追いかけたことがあります。 姉の意識不明が続いており、心がささくれだっていたこともありますが、追いかけられると想定していなかった子ども達は、慌てて逃げだそうとして、荷台に載る後ろの仲間を落として逃げだし、落ちた仲間は駆け足で必至で逃げていく微笑ましい光景をみたものです。 どうしてこんな世の中になったのでしょうか。 それは「三人乗り自転車」に現れます。 構造上の危険性からも禁止令がだされると、主婦や人権やらなんちゃらの排泄物と発酵食品を混同したような権利意識丸出しの主張がまかり通り、子供に限って三人乗りが事実上解禁となりました。 一応、三人乗りに適合した自転車だけとなっていますが、有名無実です。適合した自転車が高い・・・とはいわせません。先月までは子供手当、今月からは児童手当(再)が支給されています。子供が二人いれば2~3ヶ月分で購入できますし、そもそも支給は4ヶ月毎なので、支給された直後に買うことができます。買わないのは親の都合です。 金は自分の好きなように使う権利は行使するが、法令を守るためには使いたくない・・・と、事実が物語っています。 で、根本的な問題を指摘します。 三人乗りとは本来違法行為でした。いまも違法行為で、特例にすぎませんが、子育て世代の「権利意識」の膨脹により「犯罪が犯罪でなくなった」 のです。これは以前にも指摘したことですが、識者と名乗る阿呆(実名上げても良いのですが語るに落ちるので)が双子の場合は必然的に三人乗りとなり、自転車に乗れないならでかけるなといっているの同じと主張していますが、端的に答えるとこうです。「歩け」 あるいは自動車の免許を取りに行けば良いだけのことです。 我が子が可愛く、そして大切に思うのなら自動車免許を取得して自動車を買えばよいのです。例えばそのために「子供手当」 を使い込んだとして、誰が責めるでしょうか。母親、あるいは父親が違法を違法と甘受せず、法律をねじ曲げる姿を子供に見せるより遥に健全です。 いまの自転車問題の根底にあるのはこの「権利意識」です。 自転車は車道を走るもの・・・とすると、「車道は走りにくい」 と反論する気持ちは分かりますが、それも「権利意識」です。仮にその議論にたつなら、いまは廃止されましたが、かつては自動車は「道路特定財源」をガソリン購入時に支払っており、自動車が有利になるのは当然の「権利」ではないでしょうか。 わたしは権利のがなりあいという貧相な戦いに立つつもりはありませんが、冒頭の少女のように「まず、自分の権利を主張」 する発想が、自転車を不利な立場に追い込んでいるのです。 例えば先ほどの「オジサンライダー」。 信号無視をしているのです。そこでわたしが「危ない」と怒鳴ると、振り向いて睨みつけます。このリアクションは15才(であろう)のヤンキーネーチャンと同じです。そしてオバサンたちも似たようなものです。 クラクションを鳴らして転けたら危ないと徐行して通過しようとするときもあります。すると自動車の存在に気づかなかったバ・・オバサンは、勝手に驚き「危ないわね」 という表情で睨みつけます。 自動車に対して自転車は怖いといい、安全に走れるようにして欲しいと「権利」を求めます。ならば、より弱い存在である歩行者への配慮はいままであったのでしょうか。 かつて自転車に対して交通弱者である歩行者への危険から、自転車は車道に追いやられました。ところがなし崩し的に歩道に戻ってきて、事故が相次ぎ、社会問題となっているのです。 例えば歩行者より速いのだから歩行者を追い越すのは当然。 歩道であっても遅い自転車はぬいても良い。 自分の速度を落としたくないから「ベル」を鳴らして歩行者をどかせる。 すべて「過剰な権利意識」 の仕事です。 もちろん、ちゃんとした自転車のりはこの問題に真摯に取り組んでおり、彼らの抱える危機感は相当なものです。 しかし、自転車・・に限らずなのですが・・・過剰な権利意識を払拭しない限り、自転車専用レーンができても同じことです。 また、これは「原発はいらない。が、電気は安定供給しろ」 というのと同じです。 昨年、計画停電を経験した身としては、こう思います。「一度、全部止めてみれば(被災地を除く)」 政府の姿勢は・・・まぁクズの集団なのでアレですが、脱原発を主張する連中のファンタジーは、一度電気を止めないと止まらないと睨んでいます。たぶん、電気仕掛けです(笑)。
Apr 25, 2012
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ちょっと狡い方法です。しかし、効果があります。 最初のきっかけは本稿にある通りですが、ノートを公開しだしたある日、客の目線がノートに落ちていることに気づきます。てっきり汚い文字に呆れているのかと思いきや、記した内容を目で追い、発言と照らし合わせているようなのです。 そこで「誘導」を試みます。これがどんぴしゃり。 「思うつぼ」です。 掲載サイトにあわせて「Web担当者」としていますが、すべてのビジネスシーンで使えます。■Web担当者Forum 現場の心得 第260回一回の打ち合わせで信頼関係を築くWeb担のためのノート術http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2012/04/18/12598
Apr 18, 2012
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本稿に照らしてみれば、弊社の社名もDQNです。 由来は本当にくだらないので割愛しますが、名前の大切さはいわずもがな。 かつてはその名に夢と希望を詰め込んだものです。 ところがいま、名前は親のエゴの発露になっています。 本稿執筆に当たり「悪魔ちゃん」について調べてみて、悲しい報道に当たりました。■マイナビニュース悪魔ちゃんに苺苺苺ちゃん!?「DQNネーム0.2」http://news.mynavi.jp/column/itshacho/159/index.html
Apr 18, 2012
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もう、先週公開されていたのですね。 隔週と聞いていましたが、最初が月初月中だったので、油断していました。 『人を動かす』の後編の肝はこれ「エゴの時代」の現代だからこその教訓 誰もが自分の話を聞いて欲しい時代だからこそ、この手法で人を動かすことができます。さらに「売り込まなくても売れる」のです。月商3万円から生還した社長の「人気ビジネス書 実践カスタマイズ」■「オンリーワン」になる秘訣を教える『人を動かす』(2)http://news.mynavi.jp/column/businessbook/004/index.html
Apr 18, 2012
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ロケットの打ち上げは赤道付近が最適とされています。 難しい理屈はさておき、地球の回転力を活かせるからで、語弊を怖れずにイメージを掴むなら、サムライジャイアンツの回転魔球を思い出してください。さらにはヒグマ落とし。あるいはサッカーの「ハンドスプリングスロー」。 新幹線の車内で進行方向にボールを投げれば、対地速度で球速300キロ以上がでるようなもの・・・これも分かりづらいでしょうか。 緯度が高くなるとこれを利用しづらく、北極や南極からあげるには100%自力で上がらなければならず難しくなるのです。ちなみに成層圏といっても、地球全体から見ればゆで卵の薄皮のようなものに過ぎず、地球の回転を活かしてようやく届くのがいまの人類の技術です。 日本が種子島からロケットを上げる理屈も同じです。北海道の広い大地から、そそり立つロケットが大宇宙へ飛翔する映像は迫力があるでしょうが、余計なコストと技術力が求められるので少しでも赤道に近い鹿児島県が選ばれています。 北のミサイルが不発となりましたが、そもそも技術力もありますが、もともとロケット打ち上げにとっては不利な地域でもあります。 そして不発。しかし、このミサイルは民主党政権に命中したのでよしとします。相変わらずに危機管理意識の低さ・・・というか、相も変わらぬ「反省しない人間性」 です。もはや、先の衆院選挙で民主党に票を投じた人に同情するほどです。 ここまでクズだったのかと落胆していることでしょう。 誰にだって間違いはあります。力及ばずもあるでしょう。 そして間違いに気づくには真摯な反省しかありません。 しかし、権力の座にしがみつく亡者たちは、自己弁護に汲々として国民を振り返ることはありません。 が、それは今回のテーマではありません。 ミサイルは上げる場所も大切なら、そのタイミングも重要です。 敵が準備万端整えた状態でミサイルを撃ち込むのは愚の骨頂です。 ミサイルは相手が準備をしていない虚を突くべきで、さらには発射後の根回しを入念に済ませてから撃たなければ、いたずらに敵を増やすことにもなりかねません。 そして見事打ち上がったのが「慎太郎スカッド」。 いわゆる「尖閣買います」です。 打ち上げ場所はアメリカの首都ワシントンD.C.。 つまりは「アメリカには話しが通っている」とみるべきでしょう。 もちろん、東京都という自治体が、南国の島を買う国内問題にアメリカが口を挟むことはありませんが、それすらも中国へのメッセージとなります。 これが国内なら問題が矮小化され、後に述べるようなネガティブキャンペーンに晒される懸念もあります。 さらに「ヘリテージ財団」での講演。 ヘリテージ財団を調べてみると議会に強い影響力を持つ保守系のシンクタンク。とするとここで中国が強硬姿勢に出るならば、「アメリカ大統領選挙」 の材料となる可能性もでてきます。 フィリピンの西、ベトナムの東、そして中国からははるか南のスプラトリー諸島で、米軍とフィリピン軍が合同演習をしているタイミングです。 端的に述べればこの海域の騒動も中国の侵略によるもので、尖閣を仮に中国が実力行使にでれば、我が国の領土が危機にさらされるということであり日米同盟の対象となり得ます。 いま、オバマと共和党は対中貿易赤字やレアアースなどを絡めて「チャイナバッシング(というより根拠も理由もあるのですが)」に忙しく、ここに「侵略者 中国」という事実がアメリカ国民に広く知られでもすれば、格好の選挙材料になりかねません。「震災からけなげに立ち上がろうとしているトモダチの土地を 侵略するチャイニーズ」 さらに河村たかし名古屋市長の南京発言を理由に、スポーツ交流を中止し、ついでにというか大切なことですが、北のミサイル発射の時もしっかり、日本の領海ちかくを中国はうろつき実効支配の布石を打ち、それに対して、無能以下の売国奴が政権中枢を握る日本政府を舐めきっているこの時期に打ち上げたミサイルの意義はとても大きいのです。 これが国内で発言したらどうなっていたでしょうか。 メディアは総バッシングしたことでしょう。 昨日の「とくダネ!」など既にネットで叩かれまくっていますがネガティブな意見ばかりをあつめて、それが都民の総意かのように放送しました。 今朝の「モーニングバード」でも都民の声として反対意見を二人紹介して賛成は一人だけ。しかし、番組のアンケートでは半数以上が賛成していました。ヤフーニュースの意識調査では92%が賛成しています。 ところが「外交」や「経済」を理由にネガティブな要因をならべて世論を誘導しようとします。 アメリカという世界中に伝わるであろう発言、しかも日本時間午前3時という報道各社が寝ぼけている時間、特にワイドショーが偏向編集を充分にできない時間を狙ったのはお見事です。 外交を懸念するのはアンチ自民党芸人や、慎太郎嫌いや左翼系のインテリ芸人で、どちらかといえば民主党マンセーの連中です。 彼らに教えてください。あなた方がマンセーと唱える民主党政府はこう言っているのです。「尖閣諸島に外交問題はない」 だから、純粋に国内の土地取引に過ぎないのです。 さらには「経済」。これも鼻で笑います。 国破れても山河は残ります。しかし国が破れれば国民はいなくなります。人が残っていてもそれは中国人か、他の誰かで日本人ではありません。 経済も国家があるから存在するのです。「多国籍企業」とは幻想に過ぎません。多国で金を稼いでいる企業が存在するだけです。 さらにネガティブキャンペーンのお粗末さを女優の東ちずる嬢が教えてくれました。東京都の税金を使うことに抵抗があるとした上で、「石原慎太郎さんのご自分の金で買えばよい」 とのこと。個人から個人の所有に動かすのは政治の仕事ではありません。これは個人と国家を混同する「プロ市民」的幼稚な発想です。 都知事が買うといっても都議会がノーをつきつければ、買うことができず、正当な民主主義のプロセスはこれからでイヤなら反対運動をおこせば良いだけのことを、個人的な問題にすり替えようとするのがこの連中の得意な論法です。 彼女にその意思があるかは分かりませんがプロ市民的な論法を「普通」と思って使っている人は少なくありません。それは「国家観」の欠如から来るもので、昨年来ネタにとりあげようとして何度も見送っている「山本太郎」氏など、その典型です。 都知事の行動を「国を動かすのが目的」という解説にも違和感があります。遠回しなネガティブというか、布石を打っている感じです。 それは「国がちゃんとやるといっているのだから都は様子を見ろ」 とつなげるための。 しかし、国は何もやらないと宣言しています。 藤村官房長官の発言要旨です。「必要ならそういう発想の下に前へ進めるということも十分 ある」 やるやる詐欺は民主党の基本技。菅直人の「退陣宣言」とおなじく、どうとでも解釈できる発言をして言質を取らせず時間を稼ぎ、時間切れを目指すのが常套手段。その視点で発言を見るとやらないといっているのです。 先の要旨を民主党語から正しい日本語に置き換えるこうです。「必要なら」→「不要なら国は土地を買いません」「そういう発想の下に」→ 「発想の“下”であり、発想そのものではない」「進める」→「やる。とはいっていない」「とうことも」→「だから別のプランもあり得る」「十分ある」→「十二分ではないし、可能性を語る慣用句」 つまり東京都が手を下ろせば、検討と社会実験を繰り返した末に何もしないという宣言です。 国内の土地取引で、国防のため領土のために国家が買い上げるのなら野田総理が命を懸けなくても、国会承認をすんなり得られます。反対するのは社民党と民主党の国賊ども・・・あ、これが多数派でやっぱり無理でした。 都民の税金という話しですが、一説によれば島の値段は10億円といわれています。すると、対象の島に国が払っている「レンタル料」は年間で2450万円ですから、年利とすれば「2.45%」。 普通預金は言わずもがなで、10年ものの国債で0.64%ですから、国債並みの利息を期待したとして38億円までなら損のない投資としてみることができます。 さらに都民として夢のある話しをすれば、海底油田を掘り当て「TokyoーOIL」 として販売した日には、産油国のように無税国家になる可能性だって捨てきれません。それに6兆円を誇る東京都の歳入からみれば数十億の投資などたかがしれています。 また先の偏向報道では、「税金は自分たちに還元しろ」 という意見を採り上げていましたが、これなど民主党の子供手当と同じです。まず自分が欲しいという我欲の現れで還元しろと主張するほど税金を納めているのでしょうか。 また「東京都が買う必要があるのか」という意見は正論のようですが、これも「国破れて地方自治」なしです。国家の危機に東京都も足立区も舎人町会もありません。 尖閣の次は沖縄です。そして既に新潟県では土地を奪われています。正確には購入したのですが、外交は相互主義という原則があるなかで、日本は中国で土地を買うことができないので事実上の領土侵犯です。言葉を抑えても中国のやりたい放題が進行中です。 そこに、久しぶりに痛快な政治ショーをみました。「尖閣購入は国内の土地取引」 なんの問題もありません。問題があるとすれば、国内の報道と政府の無策だけです。 最後に予言を。 尖閣諸島の購入に際して猪瀬直樹東京都副知事は、「寄付」 も検討しているといいます。 そして本当に寄付が集まったときに、こういう人がでてくることでしょう。「体制に私財を提供って・・・あるで戦中のお寺の鐘を差し出す あれみたいでなんかヘン」
Apr 18, 2012
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2ちゃんねるってひとつの聖域化しているのでしょうか。 先月の強制捜査で過剰反応がありました。 ツイッターで絡まれたことを本稿で明確に答えています。 それと2ちゃんねるの元管理人とされる「ひろゆき」氏について言及する声も大きかったのですが、それはつまり、彼の関与をネットユーザーの大半は「生ぬるくスルー」していたという告白です。 ちなみに香港の企業に売却したと公表した直後に、この件につっこんで話を聞いた新聞記者の話しでは「イヤな顔をした」とのこと。 ただし、本稿は彼について言及するものではありません。 むしろ、最後にクスッと笑われるために言葉を紡いでいます。■Web担当者Forum 現場の心得 第259回2ちゃんねるがなくなる日と、Webサイト棚卸のすすめhttp://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2012/04/11/12547
Apr 11, 2012
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ある経済評論家がiPad2の発売でコメントを求められ、「ウチのiPadは2才の娘に独占されて」 とヤニさげていました。まぁそんなものでしょう。良くも悪くもアップルのインターフェースは秀逸です。ただし、独占を許す教育に苦言を呈しておきます。「テレビをみせるとバカになる」 と同じです。実際、テレビを見たからバカになることなどなく、テレビをみていれば大人しいことから、テレビに育児を任せるようなバカ親のもとでは、バカが純粋培養されるということです。 iPadも同じです。それをみていれば大人しくなるからと、親子の接触機会を減らして、子供が見ているコンテンツと、親が薦めたいコンテンツとのすりあわせをしなければ、「タブレットチルドレン」 がバカの代名詞になることでしょう。あるいは「iPad Kids」 こちらのほうが語感はいいですね(笑)。■マイナビニュース幼児がiPadでYouTubeを見る時代のネット拒絶は「チャネル0.2」http://news.mynavi.jp/column/itshacho/158/index.html
Apr 11, 2012
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無知の防衛大臣に国民の命を預ける総理大臣という狂気を抱えた我が日本。ルーピーが日米同盟どころか、国際協調を阻害しかねないイラン訪問をしたとて驚きはしません。 驚くならばこう。「ぶん殴ってでも止めなかった政治家全員」 そして、連中を選んだわたしも含めた国民の責任です。責任の軽重を述べるなら、民主党の外交顧問に任命した野田ドジョウ氏は重いとしても、わたしのようなどこかの馬の骨でも、一死を持って彼を止めることは不可能ではなかったのではないか・・・と、思い詰めるほどなにもしない、何も考えない民主党政権にいまさらなにをかいわんや。 もちろん、元首相にはSPがつくので、わたしが近づいた時点で排除されますが、国会議員ならルーピーを羽交い締めにして、国会の男子便所に閉じ込めるぐらいはできたことでしょうに。もちろん、首相として「渡航禁止」を言い渡すことだってね。 とはいえイランの核開発は血眼になって阻止しようとしながら、すでに核開発したであろう北朝鮮には食糧支援を申し出るアメリカのダブルスタンダードには眉根を寄せるのですが、しかし、同盟国の国益のために協力をするのは、国防の根幹をアメリカにアウトソーシングしているので仕方がありません。 これは何度も繰り返していることですが、米軍への「思いやり予算」 を正しく表記すると「日本は米軍がなくなれば一瞬で滅亡する国家だということを 国民に気づかせて不安にさせないという思いやりから米軍の みなさま、どうか駐留し続けてくださいの予算」 なのです。 軍事の難しい話しは脇に置きます。P3CがPAC3なのかパックマンなのか、パックンマックンなのかは枝葉末節。 北朝鮮がミサイルをぶっ放します。北朝鮮的に言えば「ロケット」であり、小泉政権風にいえば「飛翔体」。 そして我が国の国土を襲うかも知れません。これに対して、ミサイルを打ち落とすというウルトラCでしか対応できないのが日本です。一説によれば迎撃率80%で、それもシミュレーションにすぎない・・・と、テレビのコメンテーターは嘆きます。そしていつものように「外交的努力を」 とはオカルトかファンタジーです。 昨日発売の雑誌「プレジデント」で、小泉純一郎氏の元総理秘書官の飯島勲氏はこう指摘します。「ミサイルと呼べば北朝鮮が態度を硬化させるのは自明(意訳)」 飛翔体なる珍妙な単語も飯島勲氏の発明と誇り、つまりは、相手に拳の落としどころを用意してあげるのが外交だが、ミサイルと指摘した時点で、北朝鮮は引くに引けなくなるというのです。 語弊を怖れずに言えば、ヤクザの世界で「男を下げる」とは、面子が潰れる行為で、時に業界での死を意味します。そこでは報復による殺人も正当化される彼ら独自の論理が存在し、一般人には到底理解できるものではありません。北にとってもミサイルと指摘された上で発射を止めるとは「男を下げる」に等しい行為だというのが飯島氏の指摘で、この語弊はわたしのオリジナル。 その結論は「ズドン」と。 つまり、テレビのコメンテーターが「外交的努力」を述べながら、「ミサイル」と繰り返すのはオカルトでなければ、学級会です。正しい言葉と自分だけの正義感と、狭量な理解力と乏しい想像力で論じる小学生のそれです。 また、80%の迎撃率において、残りの20%は落ちてくるかもと危惧を述べるのはファンタジーの住民である告白です。彼らの脳には人型ロボットに変形する可変翼をもつ戦闘機が、敵のはなつミサイルを全弾打ち落とし、一瞬の隙にするりと本陣を目指した凶器の刃も、「バリアー」 で消失させることができる・・・とは、いまどきのSFファンならバカにして読まないでしょう。許されるのはオタク色の濃い、パロディー全開美少女総出演アニメぐらいです。 それがリアルの殺し合い・・・すなわち戦争です。 あまつさえ、その迎撃率ですらシミュレーションだからといって嘆くのは論理破綻です。彼らファンタジーの住民であるテレビでさえずる電波芸者のご本尊である「憲法」 により戦争を禁じられており、正しくは「シミュレーションしかできない」 のであり、さらに「シミュレーションで済んでいて幸せだった」 と言祝ぐべきなのです。リアルに立脚しない外交論はファンタジーでなければルーピーです。 事の本質は原発事故と同じです。いまテレビに限らず、有識者の大半がこういいます。「原発事故は起こらない・・・という前提が間違っていた」 そして激しく原子力政策を糾弾します。ならば少しの正しい想像力があれば、隣国が暴発する「前提」に至ることでしょう。ところが北がミサイルを今日明日にもぶっ放す、この刹那にさえ、北の暴発に目をつぶってはいないでしょうか。さらにいえば、ミサイルの次は核の小型化、すなわち核実験がまっています。「ミサイル実験はしない・・・という前提が間違っていた」 であり「核実験はしない・・・という前提が間違っていた」 ということを振り返るべきです。北朝鮮は初犯ではなく常習です。 そもそも・・・いいですか。いま「噂」されているのは、北朝鮮からみて、沖縄のはるか先で、万一に備えて石垣島や宮古島の守備を手厚くしている・・・のに、これは報道管制というか、紳士協定とみるべきかはともかく、あまり大騒ぎしていませんが、「首都圏にも迎撃ミサイル」 という事実が危機を雄弁に物語っています。え? まだわかりません? かみ砕けばこうです。「どこを狙っているかわからない」 東京都足立区を狙いますよといってミサイルを放つお人好しな国はありません(お人好しがミサイルを放つかはともかく)。 だから万が一、としてもその確率のために備えるのが国防の基本というか、リスクマネジメントの基本です。これこそ日本の原発運転で欠けていたものです。その点、さすが我らが自衛隊です。あ、用心棒のアメリカ様にも感謝します。 そしていみじくも英国のキャメロン首相が訪日し、ミサイル発射が噂される明日にはいません。今日帰る予定です。彼がいる間の暴発はないでしょうし明日はいません。 小さな日本と言いますが、南北に長い日本は「守り」でみるととても脆いのです。北の立場に立てば、本国から一歩も出ることなく「ポチッとな」で、北海道から沖縄まで攻撃できます。 弾道ミサイルとはそれを実現する武器です。 そしてそれを日本は「点」で受け止めるしか術がないのです。 その弾道ミサイルの驚異に晒されているのは日本だけといっても過言ではないでしょう。弾道ミサイルは射程距離により、短中長に分けられ、短距離ミサイルは悲しくも世界に広く分布していますがせいぜい隣国を狙うぐらいの距離しか飛ばず、隣がもてばウチも持つとカジュアル感覚に装備されています。 中距離になると保有率は下がり、長距離=大陸間弾道ミサイルとなると、アメリカ、ソ連、中国・・・そして北朝鮮のテポドン2号です。 大陸間弾道ミサイルの保有国のうち、アメリカ以外は有り体に言えば率直に敵国属性をもっているのが日本を取り巻くリアルです。日本ほど敵国に囲まれている国はないのです。 他国だって弾道ミサイルに狙われています。しかし、他国は戦争という外交手段を放棄していません。だから、敵が打った瞬間に、仮に防衛大臣がコーヒーブレイクしていても自動的に「報復」する仕組みになっています。だから余程の覚悟がなければ人工衛星・・・もとい、ミサイルなど撃てやしないのです。 ちなみに大陸間弾道ミサイル(ICBM)を持っていない英国では、原子力潜水艦にミサイルを背をわせております。これまた語弊を怖れずに言えば、ライフルは持っていないよ、ピストルだけだよというようなものです。攻撃能力と報復能力を区別する概念などなく、攻撃力と防衛力はほぼ同義で、「防衛力」だけしか論じることのできない日本はまさしく「ガラパゴス」なのです。 つまり日本は戦争放棄というファンタジーによりリアルの危機を招いているともいえます。これ、「外交」を語る上での最重要な前提です。 韓国のメディアなどは日本の一連の防衛体制の強化という当たり前の自衛権の強化ですら「北朝鮮を口実に武装強化」と報じているそうです。あの国のメディアはフィルターがかかっているとはいえ、国際感覚からみれば仮想敵国への視線としては奇抜でもなく、ここでも韓国との国際競争で敗北していることがみてとれます(笑)。 認めたくない未来を思い描くことを拒否するのは、人の本能に近い部分です。しかし、それではダメだと原発にはいいます。起こらないと思っていた事故が原発です。そしてその通りです。 さらに反原発、脱原発派は原発を永久に使うなといいます。万が一を避けるためと上段に構えて。ならば、北朝鮮の百が一の「暴発」を避けるためになにをしてきたでしょうか。なにを議論しているでしょうか。 リスク管理の根本は、資金繰りでも原発事故でも北朝鮮でも中学生のカツあげでも同じです。万が一に備えるコストと、備えなかったことで生じる損失を天秤にかけて次善の策を講じるものです。最善の策は結果論に過ぎません。 ところが原発には1万分の1をもとめ、北朝鮮には「外交」というファンタジー逃げ込みます。わたしは「外交」を否定しているのではありません。外交交渉に至る前提条件に机上の空論を並べては外交などできるわけがないと指摘しているのです。 事故が起きないために、万が一起きたときのために、あらゆる打てる手を打てと政府や東電、原発に注文を出すのとの同じ厳しさで対北朝鮮への「外交」を語るなら「やっちゃる」 というのは充分に検討に値する手段です。 殴り返されたときに死ぬかも知れない相手に手を出すとき、例えヤクザでさえ、武力以外の落としどころを探します。これが「リアル」であり、万が一への不可欠な選択肢なのです。 日本が「やるならやっちゃる」と決断したときに、迎撃ではなくファーストストライクを選択肢に持ちます。ミサイル発射前に基地を叩く能力を装備できれば、8割の防衛が100%になります。 もちろん、韓国も含めた潜在的敵性国家は必至で止めに入ることでしょう。あ、アメリカもね。すると日本が国境を接する国では台湾以外はすべてになるかもしれませんが、これもリアルです。 気楽に「外交的努力を」と語る人間ほど、原発に否定的な立場に立ち、百億パーセントの安全を求めます。そのファンタジーがこの国を滅ぼすまであとわずか・・・と強い危惧を抱きます。
Apr 11, 2012
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本稿にもあるように「ビッグ・トゥモロウ」の取材を受けました。 無事記事になれば今月の末頃にでるようです。 取材理由は「ツイッター」をやめた理由なのですが、取材現場で時間を割いたのは創業期のはなしです。なかなか面白がっていただきました。 独立してなんとかやれている理由のひとつが「記録」をとるようになったことです。 日々を記録します。そして本稿では触れていませんが、記録により己を振りかえり、頑張れば励まし、サボれば叱咤し、そして独立10年目も折り返しました。■Web担当者Forum 現場の心得 第258回成功する明日のためのWeb担当者の心得。切磋琢磨という秘策http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2012/04/04/12486
Apr 4, 2012
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創業以来、はじめての赤字仕事をしました。 厳密にはわずかに黒字ですが、納品のための配送料で赤字となりました。お客のためと泣きますが、これも十年来の取引があるお客なのでの苦渋の決断です。こちらのミスからで、納品前に気がついただけでもマシと。 営業マンとして社会復帰して、新事業を立ち上げた経緯から、そして手持ち資金30万円から商売をはじめたものとして、粗利を常に念頭に置いています。 ところがホームページは、かかる経費はわずかで、そこでコミュニケーションでもとりはじめたら、「人件費」をすっかりわすれることもあります。これはソーシャルメディアに顕著に現れるのですが、タイムカードでも追いかけることは難しく仕入れ伝票にも記載されません。 そして「金を払わぬものは客ではない」という商売の原則を忘れます。■マイナビニュース「金を払わぬ者は客ではない」を忘れる「ホームページ0.2」http://news.mynavi.jp/column/itshacho/157/index.html
Apr 4, 2012
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自己啓発の古典です。 本企画から手にしたのですが、なるほど。 今回は「言えないこと」読者必読です。 菅直人のリーダーシップについて述べています。 そして「東電」を擁護・・・は、してませんが、まさしくここは「マスコミでは言えないこと」。 怒鳴る、わめく、信用しない。 菅直人は最高の反面教師。 でも彼に学ぶぐらいなら本書をオススメします。月商3万円から生還した社長の「人気ビジネス書 実践カスタマイズ」■「オンリーワン」になる秘訣を教える『人を動かす』(1)http://news.mynavi.jp/column/businessbook/003/index.html
Apr 4, 2012
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再放送されていたテレビドラマ「3年B組金八先生2」をみているとPTA代表が警察の会議室でタバコを吸っています。映しだされた灰皿には吸い殻が山盛りに。 こんなにタバコを吸って。あるいは「密室で非喫煙者もいるのに」とお叱りを受けることでしょうが、これは20世紀の演出手法で「時間経過」を表します。 携帯電話のない時代、デートの待ち合わせ時間に遅れてきた彼女が息を切らせながら「待った?」と訊ね、「いま来たところ」と答えた彼の足元にタバコの吸い殻が散乱しているシーンもいまなら「吸い殻を散らかして」 と非難されることでしょう。多くの吸い殻がでるほど待たされたことを隠す彼の優しさも、時が経てば健康を破壊し、街の清潔を破壊する不届きものとなります。 ノスタルジアでしょうか。不健康で不衛生だった20世紀の方がおおらかな優しさに包まれていた気がするのは。 何度も繰り返すように、わたしはタバコを止めません。 仮に数年吸わないことがあったとしても、それは忘れているだけで止めたのではないと主張します。 それはひとつの哲学、「人生とはリスクを楽しむもの」 と考えるからです。 危険な火遊びやチキンレースを嗜むという意味ではなく、人が生きていくことにおいて「リスク」は避けようがなく、ならばどう「リスク」を受け止め、付き合っていくかに重きを置くのです。 どう抗おうが人は必ず死にます。 もちろん、短命を望むものでもありません。できれば、まだまだ生を許されたいと願っていますが、すべてのリスクを排除して、適度な栄養分を摂取し、すこやかに排泄をし、安眠することを至上の喜びとし、やがて訪れる死を待つ人生を好まないということです。 ・・・というより、普通に生きていれば、誰もリスクにさらされています。例えば満員電車。電車が脱線しないと誰が保証できるのでしょうか。乗り合わせた見知らぬ乗客が突然変異の病原体を付着させていないと約束できるのでしょうか。背中にたつ男が、刃物を握りしめた異常者ではないと、あなたは断言できるでしょうか。 自動車だって同じ。悪意がなくてもドライバーが運転中に脳疾患に見舞われ、制御不能な自動車が歩道に突っ込んでくるリスクが街中にはあり、あなたが空を見上げた瞬間、カラスの落とし物を顔面で受けとるリスクだってあります。 つまり過剰なリスクの排除というのはファンタジーであり、それが実現するなら人間の行動半径は恐ろしく狭められるということです。 先の例で言えば電車に乗らなければ、いや、街にでなければ、空を見上げなければ、リスクに出会う確率はグッと減ります。そして幸運にも家計に蓄えがあれば「自宅警備員(ニート)」 として生きることができるかも知れませんが、それ、楽しい? というか、なにか本質的に間違っていませんか。というのが今回のお題。 今年度から中学生が「武道必修化」となります。 男女ともに。柔道、剣道、相撲のいずれか。 で、軽く触れておきますが「ダンス」も必修化。同じく男女。 で、報道では「ヒップホップ」などがフィーチャーされ、一連の報道で驚いたのが「ストリートダンスを教えるカルチャー教室」 があること。誰かに教わるたぐいのものではないとは古い感覚なのでしょうか。 しかし、創作ダンスやフォークダンスという、教育現場の文脈にあるものならともかく、「ヒップホップ」・・・というか学習指導要領には「現代的なリズムでのダンス」という曖昧な表現で押しつけられる現場の体育教師に同情を禁じ得ません。 また子供は残酷で、対象は中1と中2という思春期の入口にあるなか、基本ステップの「ランニングマン」が「タコ踊り」となり一生のあだ名が「たこ」という生徒が生まれないことを祈るばかりです。ちなみに義父の中学時代のあだ名は「たこ」で「ただし」からの変形です。 いっそのこと地元の婦人会を招聘して「盆踊り」などの、郷土の伝統的な踊りを伝授するほうが教育現場に適していると思うのですがね。沖縄なら「カチャーシー」でしょうか。しかし、「ヨサコイ・ソーラン」は認めません。あれは地域の伝統文化を破壊するというか、テレビと同じく、日本中を均質で平べったい文化圏にしてしまいます。 しかし、近所の公民館で定期的にヒップホップダンスの教室が開かれているのですが、送り迎えをする「保護者」の姿形をみるに、いまだ更生は遙か彼方のアンドロメダにあるような立ち居振る舞いを見るに、ヒップホップを授業で教えるのはモンスターペアレンツへの「燃料投下(因縁をふっかける材料を提供するネットスラング)」 となりかねないと危惧します。 話を戻します。「武道」。 静岡県の教育委員会は、柔道の授業の安全指導指針で、全学年で投げ技の「大外刈り」を禁止して試合は固め技だけとしました。2010年に当時12才の柔道部員が亡くなった事故を受けてのことです。 ・・・「武道」とはなんぞや。静岡県の教育委員会には四百字詰めの原稿用紙10枚以内でレポートを提出して欲しいものです。 ではおまえは答えられるのか。答えられます。「人と仲良くする方法」 です。そのために「一瞬で敵を制圧する方法」 を学びます。殺すことも破壊することもそう。「仲良く」に矛盾するように感じるでしょうが、武道のゴールは「戦わずして勝つ」 なのです。「制圧」のひとつの方法に「戦意を削ぐ」 があります。その具体な例を挙げれば「威嚇」と「友好」。「手を出したらヤバイ」 と思わせるのが前者で、「にこやかに語りかける」 のが後者。相手が殴りかかっても、一瞬で破壊する実力をもっていれば、わざわざ騒動を起こすよりニコリと笑顔を交わす方が良いという考え方。単なる平和主義との大きな違いは相応の武力をもっているという点です。 空手なら正拳突き、剣道なら素振りなど、はじめは攻撃力の養成からはじめますが、柔道という武道は面白いもので、まともな指導者なら「受け身」を徹底して身につけさせます。それはもう飽きるまで。投げられたときに、身体が自然と受け身の体勢をとれるようになるまで繰り返します。 裏返せば柔道の技はそれだけ殺傷能力が高いのです。 そして一般論で言えば、初心者同士で自由に投げ合いをする乱取りは大変危険です。と、いうのは素人は受け身の取りにくい投げ方をすることがあるからです。 経験者や有段者は初心者を投げる際、畳に背中がつく直前に軽く持ち上げ、痛みを感じさせないようにすることができます。いわゆる手加減です。 件の大外刈りでも「投げ捨て」れば大変危険ですが、投げ手の左右どちらかの手が、道着にかかっていれば、頭を打たないようにすることは経験者なら容易です。 要するに事故は「大外刈り」によって起きたのではなく、指導者も含めた、その環境にあったとみるのが正当です。 小内刈りでも、全体重を受け手に預けて倒せば、大変危険で背負い投げや一本背負いなど、頭部から落とすことは簡単で、危険であることは言わずもがなです。 寝技も同じです。「うっかり」、頸動脈を絞めることもできますし、「寝技」のみの勝負を許すとしても、その入り際にエルボーを決めることは簡単にできます。 これも、ちゃんとした指導者がいれば、あとで叱られます。 叱られた経験者がいうのですから間違いありません。 結論を述べれば「武道」を学ぶ以上、「リスク」というのは避けがたく、というより、怪我や事故という「リスク」を管理できるようにするのが「武道」の本質でもあるのです。 すべてのリスクをそぎ落とした武道などありません。 そして「教育」とは教え育むことです。 静岡県の教育委員会の方針は「リスク」を学び育む機会を奪う憲法違反・・・とまでは言い過ぎでしょうか。 ちなみにというか「武道」について捕捉を。「なかよく」というのは、もちろん究極的目標で凡人が辿り着くための技術を体系立て心構えをまとめたものの総称が「武道」です。 そして日本の武道において必ず教えることは「敵への怖れと敵への敬意」 です。相反するようですが、コインの裏と表で、この精神こそが日本の武道に特筆すべき特徴です。「一瞬で敵を制圧する方法」 としましたが、これだけをもとめたひとつの結論が原爆に代表される「兵器」です。殺戮を求めるものではなく「なかよくする方法」が武道であり、その目的理解するために「敵」について理解する必要があるのです。 怖れと敬意を感じる一番簡単な方法が殴られること。柔道なら投げられること。 殴られて投げられて痛い思いをすることで、恐怖がリアルになり、攻守を入れ替えることで敬意が芽生えてきます。「殴られたら痛い」 これがまた「抑止力」となり、互いを尊重する人間へと成長し、殴られっぱなしの平和憲法(笑)のおかしさに気がつく。 安倍元首相の目指したゴールはここにあるのかも知れません。 なにはともあれ「リスク」がない社会など幻想です。 学校はいつまでライトノベルでありつづけるのでしょうか。
Apr 4, 2012
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