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そこから数年が流れた。P(仮名)も含めて私たちが20歳の頃のお正月、友人たちで集まろうということになった。飲んだり、麻雀をする予定で街中に集合しようとしていたら、喜八(仮名)が「店でやるくらいならうちでやれ。おせちの残りもあるから何人でも来い!」と言ったとかで、急遽、P宅に集合となった。 とはいえ、各自がそれなりにびびっている私たちは気が気ではない。親から言われて安い手みやげなど持っておそるおそる訪問した。 すると喜八氏は、超ウェルカム状態の笑顔! 手みやげをお渡しすると、もう、本当に喜んでくれて「わらG君は立派になった」とその後も何度もほめてくれた。東京みやげではなくて、そこのスーパーで買ってきたんだけど…。 奥のすばらしい全自動麻雀卓のある部屋(接待部屋)に通していただき、休んでいる間はお酒もあればおせちもごちそうに…おせちの残りなんて言っていたけど、我が家の新品おせちよりもリッチだ(笑)。先発隊がもてなしをうけたことに安心してか、その後も続々と同期の連中が集まり大宴会となっているのだが、食べ物も飲み物も尽きない。今思えば、私たちが集まって楽しめるように家族の誰かが買い足していったに違いない。 別の部屋でくつろぐ喜八氏に、そのうち調子に乗った友人(誰だったか記憶が不明)が「お父さん、僕、今日革靴で来たんですけど良かったでしょうか?」と聞いた。 彼の答えは 「何をわしに聞くことがあるか。大人になって自分で稼ぐようになったら、自分の責任で好きなことをしなさい。大学生はまだ親の仕送りのお世話になっとるやろうけど、アルバイトとかしてお金の価値がわかったやろうから、その上でどれだけのお金を何にかけるかは自分でよく考えなさい。」(もともと伝聞な上にかなり忘れての意訳ですが) その話を聞いた時、成人式よりも何よりも、自分たちが「大人になったんだなー」と感じた。 若者の服装が気に入らないのではなく、革靴は「自分の稼ぎで買うべき、大人の象徴」だったんだなあと今はわかる。 あれから20年以上が経った。 今の高校生が、ハルタの革靴をかかとつぶして履いているのなんか見たら悲しかっただろうなあ。 実の父とはタイプがまったく違うけど、でも父のような存在だった。厳しさと優しさを教えてくれた。 大人っていうのはかっこいいなあと思わせてくれた。 まだ一般家庭にはビデオデッキなんてない時代に、ビデオカメラで野球部の最後の公式戦を記録してくれた。 何でその後、帰省した時にこっちから訪ねていって会わなかったのだろう…。 昨日、お亡くなりになった。 ご冥福をお祈りします。
2008/06/29
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「他人の子でも叱れる大人が減った」と言われて久しい。 私の小学校からの友人P(仮名)の父、喜八(仮名)は、平気で叱るし、それがまた怖かった。 中小企業の社長として、一本筋の通った紳士。別に私たちを怒鳴ったり、どついたりもしないのだが、その風格と諭すような口調で叱られると、なぜか「きをつけ!」の直立不動の姿勢で聞いてしまうのだ。もちろん怒鳴られた人もいるようだったが…。 高校時代、毎朝、Pの家に誘いに行った。ヤツはこれまた毎日出遅れていて、私は10分間くらい玄関で待つ。その間、おばあちゃんとかお母さんが交代でやってきて、「本当にいつもすみませんねえ」なんて言いながら世間話をする。 今思い出しても、のんびりとしたさわやかな朝だった。そこから40分間くらい歩かないと高校に着かないし、着いたらわからない高度な授業を何時間も受けて(笑)、放課後は野球の練習…今思えば結構ハードな一日なのだが、その中で、「朝の待たされる10分間」は結構好きな時間だった。玄関までの庭にはすでに水が打ってあって、涼しかったり、小鳥の鳴き声を聞いたり。 そんな朝のくつろいだ空気が、ピシッと引き裂かれることがあった。そう、喜八(仮名)が事務所に直で行かずに(家とつながっているので日頃は玄関を通らない)、営業?に出るのに玄関を通ることがたまにあるのだ。 私 「おっおっっおっうう、おはようございます。」(姿勢は「気をつけ」) 喜 「おはよう、わらG君」(低い声) しばらく沈黙の時間とともに私の服装を見る。 喜 「わらG君」 私 「はい…」 喜 「革靴は、自分で稼ぐようになってから履きなさい」 私 「はい、すみませんでした」 喜 「いってきます」 私 「いってらっしゃい(ませ?)」 こうした日が2か月に1度くらいだったろうか、時々あるのだ。 「先公なんて関係ないぜ!?」というあの高校時代になぜかPの父にはみんな頭が上がらないというか、とりあえず謝ってしまったり(笑)するのだ。 だいたいが、なぜ革靴がいつも注意されるのかがわからなかった。アタマのそりこみ、長ランの内側には竜虎とかの刺繍、ボンタン、ほぼ中身のないつぶれたカバン…これが下関の標準高校生スタイルだったので、突っ込みどころはもっと満載のはずなのだが…。 ちなみに革靴は先がとんがっていて、かかとが高く金具が着いている昔のアレ。もしかして全国標準ではないのか? とにかく、息子Pは何かと厳しくしつけられ、でもそれでめげるようなヤツではなく、むしろそう言われると意地でもとんがった革靴を履こうとして、朝、野球のスパイクケースに革靴を入れて家を出て、途中で履き替えて、草むらに運動靴を投げ込み……帰りにそれを拾ってまた履き替える…という涙ぐましい努力をしていた。 それなのに、ある時、昼休みに郵便局に行ったP(たぶん学校抜け出しだな)、すばらしいタイミングで、たまたま用事で寄った父に遭遇してしまった! 一緒にいた友人の話によると、しばらく沈黙があった後、「何でお前はここに革靴でいるんだ?」と問われたPが「別にええやないか!」とやけくそでいきがった瞬間に、郵便局内で顔面パンチ炸裂(伝聞なので定かではない)だったそうだ。学校に戻ってきたPの顔が腫れていたことから、都市伝説のように「喜八の恐怖」が語られ始めたのであった。 それがあってか、ご近所の私に限らず、他の友人たちも学校行事などで会うたびに妙に緊張していた。この街の人々は「ガラの悪いおっさん」とかには慣れていてめっぽう強いのだが、「きびしい紳士」には弱い傾向もあるので、私たち一般ヤンキー高校生もそうだったかもしれない。 そういえば、高校3年生で野球部引退後に、アイパー(ヤンキーのパーマみたいなもの)をかけたH君、体育祭準備で校内の電柱に登って作業をしていたのだが、そこを喜八氏が通りかかった。喜 「やあ、H君、元気かね」H 「あっ、ぅあうぅ、こんにちは。…いや、これは違うんです。アイパーって言って、コテで当てただけなんで、パーマとかと違うんです。」喜 「???」 まだ何も言っていないのに、大の高校生が、先生にもしない言い訳を電柱の上から必死でし始めるのであった(笑)。
2008/06/29
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先週、10歳年下のいとこの結婚式に出かけてきた。 彼女は心臓が弱かったので、産まれてすぐに手術を受けた。 じいちゃん・ばあちゃんが亡くなったりするよりも前のことだったから、小学生の私が初めて「死」を身近に感じるようなできごとで、すごく怖かったのを覚えている。 その後も何度か大きな手術をしたりと、小さい頃は特に、ずっと体が弱かった。本人も何かと、恐がりだったりもして、美人なだけに余計に「はかなさ」があった。妹のような存在ながらも、「早くに亡くなるかもしれない…」という思いがあって、どうしてもこちらが遠慮がちになったりもしていた。 でも音楽と出会って彼女は変わった。いわゆる「アル中」(アルフィー中毒w)としてスタート?だったような気がする。それでフォークが好きになり、チューリップ、かぐや姫、ガロ…と時代はどんどんさかのぼっていった(笑)。 そのうちエレクトーンだけでなくギターも弾くようになった。体が弱いから無理はできないし、子どもは産めないだろうから、こうして趣味を大切にしながらゆっくり生きていくのだろうと思っていた。 ところが…同い年のすてきな彼と教会関係?で出会ったのであった。そして結婚…こんな日が来るとは思わなかった…という思いがあるだけに、うちの一族は何かある度に「涙・涙…」となるのであった(笑)。 「すてきな彼」とほめた後で言うのも何だが、どこかで見たことあるなあと思っていたら、彼はなんだか私に似ている。 司会が各テーブルにインタビューに来て、私が当たってしゃべった時に気づかれたのか、披露宴の途中、新郎の母から「S哉のお兄さん!」と急に呼ばれ始めた。新郎のお兄さんじゃあ、あなたの息子でしょうに(笑)。 ちなみに新郎の妹さんには、「お兄ちゃんのお兄さん」と呼ばれた。それじゃあ普通にあなたの「お兄さん」でしょうに(笑)。 その新郎のご両親は教会関係者らしく、1曲披露…なんて場面になったら、父は歌う…マイクいらず。 母は賛美歌のピアノを弾く…この安定感は人前で弾きなれている人のそれ…。ただ者ではない二人なのであった。 すてきな人たちとつながっていき、なんだかうれしいのであった。 そんな思いがうちの一族みんなにもあったのか、めったに会わないし、大人になってからはあまり親しくない実の兄貴(笑)とホテルの同部屋で真夜中まで果てしなくサシで飲んだのであった。
2008/06/25
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小学生に、まちがえて「お母さん!」と呼ばれたことはままある。 もちろん、「先生!」って呼ぶ場面での言い間違い。授業中よりも休み時間とかに遊んでいたり盛り上がっている時、とっさに言ってしまうらしい。で、これはよくあること?…だったような気がする。 今日は、I中学校の休み時間のこと。何かの話で盛り上がっている時に、中3女子が私を振り向かせようとして言った。 「塾長!」 しばらく誰も気がつかなかったのだが、少しして「今、『塾長』って言わなかった?」とまわりが言い始めて、「やっぱり言ったよ」と徐々に笑いが広がって、おかしさがこみ上げてきた。 いやあ、この仕事(学校の先生関係)をしていて、「塾長」って言われたのはさすがに初めて(笑)。で、その後の授業中は彼女の顔を見るたびに笑いをかみ殺すのに必死だった。 休み時間に遊んでいるような時に出たことばで、私とまちがえられたわけだから、塾長もいばってなくて、身近な存在になってきた証なのかなあ…。
2008/06/25
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午前から急に泣いたりと不安定なことがありましたが、宿泊が始まり、外食先の店の写真を見せるとにこにこになりました。唐揚げや焼きそばを食べました。お風呂も快調に過ごし、布団に入ってからなかなか寝られず、11時近くになりました。 午前2時に目が覚めて、声を出していました。なので、午前7時は半覚醒状態でしたが、調理でレタスちぎりをし、サンドイッチを食べ、リンゴジュースを飲み、快調になりました。ただ、畳の部屋に入るとすぐに靴下を脱ぐ癖が出て、他の場面でも脱ぎたがりました。 以上、連絡帳より。うーん、大成功!!……と我が家の期待値では思うのだが。午前2時に吠え始めててどう対処したのだろう(笑)。
2008/06/20
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今、Sは校内宿泊中! 昨年、一昨年と小学校特学の移動教室には参加しているが、他の子と違い「親の付き添い」の条件付き参加。だから私がついていっての完全見張り状態。いたれりつくせり。 しかし、転学して初の宿泊行事は、もちろん学校任せ! 認定就学と違って、特別支援学校さまさまである。 が、今までの宿泊行事はすべてのことを自分が把握していたけど、今は一切わからないというのもまたいきなりだ。 ちなみに校内の生活訓練室に子どもたち10名と先生たち5人くらいで泊まっている。夕食は外食し、学校で入浴し(体験済み)、朝食は調理実習…の予定である。 間もなく夜11時。就寝予定は9時だけど、いつも12時前にやっと寝るSはどうなったことやら…。 一応、何かの時のためにちゃんと自宅待機しているけど、「もしもの時のお迎え」なんてすっかり忘れて、ビール(糖質0のニセビール)ごくごく飲んでしまった…。ひとまず、何の連絡もないから、先生たちの想定の範囲内で何とかやっていることだろう! 過去、興奮して夜寝付かない子は、先生と校内のお散歩に出たりしたそうだ。夜の学校怖そう…。 実は妻も学校行事の宿泊行事引率で不在。我が家(伏魔殿)には義父母と私という、落ち着かないような、誰ともしゃべらなくていいから落ち着くような(笑)不思議な状況。 明日の連絡ノートが楽しみだ。
2008/06/19
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そうそう、今年はさらに聴力検査でひっかかった。 実はもう10年前に一度ひっかかって精密検査を受けたことがある。1000ヘルツ(低い方)は聞こえるのだが、4000ヘルツ(高い方)が聞こえない。その後、ひっかからなかったのは、本当にその日の調子で聞こえてしまうことがあったり、聞こえなくても測定者の手の動きが見えて、「もう面倒だからそのタイミングで押しちゃえ」とやってしまう(笑)こともあって、ここのところ健康診断の記録から消えていた。 始めてひっかかった10年くらい前に病院にちゃんと行って精密検査をした。たくさんの周波数を調べると、見事なほどに一部分がスコッと抜けていて、さらに高い音域はまた聞こえているのだ。 それで医者に聞かれた。「長い期間、ヘッドフォンで大音量で聞いたりしていましたか?」 「いいえ。でもロックバンドを長い期間やっていました。耳元でも大音量(特にドラムのシンバル)はほぼ毎日って時期もありました…。」 すると医者がとても言いにくそうにして言った。「この音域だけが聞こえない人ってたくさんいるんですよ。特に、工事現場でドリルとかを長時間使う人なんかなるんですよ。これは典型的な『騒音性難聴』ですね。」 「騒音…騒音…」 あの一生懸命やっていた音楽は、「騒音…騒音…」とこだまして思わず苦笑い。 今後、よくなる治療もないけど悪くなることもないのでほっといていい…と言われてそのままである。 そういえば小学生男子の声が高い子の話が聞き取りにくいことが以前あったが、もしや4000ヘルツ前後だったのかも?スイッチオンでノイズが消える!aiwa/アイワノイズキャンセラー(消音ヘッドホン)ANC-21
2008/06/18
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本日は職場の健康診断。 毎年、やれ高脂血症だ、脂肪肝だ、といろいろな結果が出るが、まあとにかくやせてください…ということになって終わる。 しかし、今年からは『腹囲』を測り、メタボリックシンドロームを病気として扱う…という大きな変化があるので、とても真剣であった。 ちなみに私の血圧は高めだが一応許される範囲内。下が86くらい。血液成分は年々『脂』が増えてきている。でも今年はよくなってきていることにちょっと期待。 ここのところ、家に帰って車から降りたら野球の『素振り』をやる(しかも左右両打ち)という健康的なことを始めて、筋力もアップ、脂肪減(気持ち程度)がこの3週間進行中。体重は2kg、体脂肪率は3%くらい落ちてきている。 しかし、お腹周りは、下の方から変化の兆しはあるがそう変わっていない。布袋様のように、中学生にお腹をなでられたりこすられたりする毎日である(笑)。 ズボンのウエストは88cmのものはゆるくなり、85cmのものがちょうどいい。メタボ診断は「腹囲85cm以上」ということで、そうなるとここが勝負どころだ…と真剣になっていたのである。 まず身長を測る。昨年のデータより1cm低い。サービス悪いぞ、今年の業者(笑)。体重を量る。後で見たら体重を10kgも多くまちがえて記入していてびっくり! いくらなんでも一日でこんなには増えないし。書き換えさせる。(その前にもう一度体重計に乗らされた。失礼な。) 検尿・血圧測定・採血の後、ついに初の「腹囲測定」だ! おばさま看護師さんが、ササッと手際よく測って、91cm! ええー! そんなー。さっきの体重10kg増のまちがいの件もあったので、「あのー、ズボンのウエスト85cmなんですけど…」と訴えるともう一度計り直しに。 すると、メジャーの目盛りを私から見える位置にしてくれたのだが、そこにははっきりと「90」の文字が見えている……。わなわなわな…。 なぜだかがその時によくわかった。腹囲ってウエストではなくて、一番だらしなく出ている部分を測っているのだ! 手を下ろして、お腹の力を抜かされて、「ああーそんなあー」とだらしなく出てしまったその最大円周を……。 ということで、その場ではっきり言われたわけではないけど、メタボ決定! 今後はもう、ただのデブではないぞ。メタボリックシンドロームだ! 今後はもう、ただの小デブではないぞ。『認定デブ』だ! いばってないでこの夏なんとかしなければ…。体育の先生だし(笑)。 体脂肪率・体水分率ガラス体重計ラウンドタイプ HB0418 DW200205
2008/06/17
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というのが、恋の行方だったりしたら景気はいいのだが(笑)、ブログの記事のことである。 今回もそうなのだが、楽天ブログとミクシィのブログとに二重に書いている。 ミクシィをやり始めた当初は、自閉症関連は両方、教育関係は楽天、個人情報的なものはミクシィ…など内容によって使い分ける予定だったのだが、どちらをどう使っていたのか自分でもわからなくなり(笑)、両方ともたまに更新するだけとなってきた。 それで、最近、どちらかに絞ろうと考えていくつかの実験をしてみた。 ミクシィで外部ブログとして楽天を使用すると、日記の更新履歴がマイミクに届くけど、「わらGさんは外部ブログを使っています」として誘導するだけになる。そうすると、今までのものがコメントも含めて一切見られなくなる(消えるわけではないから復活はできるが)。 思い切って楽天のページだけ残して更新をやめて、ミクシィ一本化…とした場合はどのコメントも記事も生き残るのだが、楽天の方だけで定期的に来てくれる方に申し訳ないなあ…という気もする。知り合いなど、「忘れた頃に来てくれる」方もいるようで…。 それに、ミクシィで「全体に公開」としても大して知らない人は見にこないようなので、あまり開かれていないかと思われる。楽天ブログの方がたまたまネットサーフィンでたどり着くアクセス数も多いようだ(かなりはエロサイトの誘導だが)。 向こうの都合でもし急にブログを閉じられても、楽天の方は記事の記録がメール保存される。 ということで同じ記事を書くのはこれがラスト! 今後は、楽天に普通に書いて、何本かたまったらミクシィの方に目次だけ立てる。マイミク限定など全体に公開したくない時だけミクシィのみの記事を書く…ということに決定! ということで、題名の通り、結局はどっちも選んではいないのであった(笑)。
2008/06/13
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この時期にこの職業の人が書くなら「運動会の大ムカデ」の感動秘話なのだろうが、今回は本物との対決の話である。 虫が苦手な方はここまでにしましょう。 私の住む街(町だな)では、出るムカデが大きい。下関(一応地方都市)育ちの私は、ムカデといえば5cm位という思いこみがあったので、今住む町で10cm強のムカデを初めて見た時は「なぜこんな所にゴムのムカデおもちゃが…」と危うく手でつかみそうになった(笑)。 昨晩は、外に洗濯物を干して(今やすっかり私の仕事)、玄関に戻ってきたところ、玄関外のたたきの上を動く巨大ムカデを発見! すぐさま攻撃態勢に入ったものの、踏もうとした自分の足がゴム草履だったので攻撃中止! ここらのムカデは丈夫でゴム草履では死なないのだ! 失敗して素足に登ってくる場面を想像してびびった私は、玄関脇の傘を取って、それで長ーい一突き! 敵は、反り返ってV字型になっている。第2次攻撃で違う場所を…とやっていたら逃げられた。玄関前のたたきの側面にまわられて攻撃しにくくなったので、急いで靴を履き替えに玄関内に入る。 しかし、戻るとヤツの姿はなかった…。 逃げたのは外だから、そんなに気にすることもないのだが、傘の中などに入り込むこともある…。過去にも雨の日にポトリ…と傘の内側から落ちたことがある(もっとも傘を刺す時はいつも、まず一度開いて確認するのだが)のでなんだかやり残した気分。 先ほどはあせって傘で攻撃したが、玄関にジェット噴射の殺虫スプレーがあったので、あれを取りに行けばよかった…と反省。あんなに強いムカデ、でも普通の蚊用のスプレーにめっぽう弱いのだ。 そんなことを考えているうちに、もう一度、意を決して、スプレーを持って外に行った。懐中電灯を持って探すのだが見つからない。それでも、玄関のたたきのまわり一体にプシューッとジェット噴射攻撃! かける前はわからなかったけど、小さなアリの列もあったようで、「あー、ごめん」と思いながらも、後の祭り。なんだか、枯れ葉剤をまいたベトナム戦争の米軍のことを思い出して嫌な気分に…。 1分くらい待ったが何事も起こらなかったので、ますます余計なことをした…という思いが募った。 が、… 効き目すごいぞ、殺虫剤。あきらめて玄関から家の中に戻ろうと思ったら、靴の泥落としの金網の中から、大ムカデがもがきながら飛び出してきた! 以下の激しい戦いは略…。 倒した後、「家族の安全を守ったぜ」という達成感と、「自分の中の激しい攻撃性を久しぶりに見てしまった」というやりきれなさで、どっと疲れた。 人間界の都合ですみません…。 あっ、うちの方に来る予定の方、こんなことは住んでいる人間にも1シーズンに2回くらいですから、そうご心配なく。強力ジェット噴射低刺激・無香料のハエ・蚊用殺虫スプレーアースジェット 450ml缶×2缶パック
2008/06/11
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Sがお店での散髪に初成功したのがたぶん1年くらい前。 その美容院(というより地元のおばちゃんの店)で、立ってうろうろしたり座ったりしながら切ってもらっていた。 後半は座っていられないので、私がそばに行って手を押さえたり、顔を固定したり…いろいろやることがあるので(笑)、髪の毛がついてもいいような服装で行かなければならない。 それでも大騒ぎすることできるようになったのは進歩なのだった。 7日土曜日も、いつも通りの準備で行った。美容院のおばちゃんの娘さんが帰ってきていて、二人体制になったらしい。となりにパーマをかけているおばさまが一人いて、その横でお利口に座るS。 いつも以上にちゃんと座っている。といっても急に後ろを振り向いたりするのはいつも通りだが、目を見開いて鏡越しにはさみを見つめている。私は後方待機するだけで、娘さんがSの後ろに控えて待っていた。 ところが、最後まで、きちんと座っていられたので、誰も出番なし! なんと、おばちゃん一人で最後までやりきったのであった! 時計を見ると20分間。今はやりの10分間カットなみの短さではあるが、ちゃんとできるようになってびっくりするやらうれしいやら。 さすがに最後の仕上げの襟あし剃りまではできそうになかったのでやめた。 Sはほめられてご機嫌、イスから降りる時に「となりのパーマかけ途中おばさま」に近づいて、ビニールに包まれたアタマに指で「ペシッ」と一撃! おばさまも、「この男ただ者ではない」とわかってもらえていたようで動じなかったが、こっちはびっくりした。 さて、襟足を剃るのも、家に帰ってお風呂に入っている時に2枚刃カミソリで成功! 少し聞き分けが良くなった。 一応、散髪成功第二記念日ということで…。 唯一残念なのは、おばちゃんのカット、髪型があまりかっこよくないんだよなあ…。(笑)
2008/06/08
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今度は10分の1の確率の大当たり。 一時話題となった教員免許の更新制度。 そのうち順番が来るのかもしれないけど、最初の数年に当たった人が苦労しているうちに廃止になるのでは…なんて期待していたら、その最初の年の人に自分が当たっていた(泣)。 昭和40年4月2日生~昭和41年4月1日の人。ちなみにもう10歳上と10歳下の皆さんも同じく対象者。私、誕生日が3月25日なので、後1週間の違いでセーフだったのに…。何で産まれた年じゃなくて、「同じ学年の人」でくくっているのやら。 本当は来年度以降スタートなのだが、実験的に今年試行される講座があるらしい。「そんなのギリギリまで受けなくていいよ…」と思っていたら、何と今年度の講座は「無料」らしい! ということで俄然張り切って申し込み方法などを調べ始めるのであった。 それにしても、免許持っているけど教員をやっていない人は更新しなくても良くて、現職の教員はお金を払って更新しないと職を失うかもしれない…って絶対変なんですけど! どうせやるなら、特別支援教育のことを必修にしてくれればいいのに、そんな感じは残念ながら見受けられませんでした。 ちなみにこの研修、必要な単位は30時間! 一日6時間やっても5日間! そんなに長く座席で起きていられるわけがないし…。眠気覚ましや気分転換に!FRISK フリスク ペパーミント 50粒入り×12個
2008/06/04
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運動会1があったのに2の日記がまだだったのは、先週が特別支援学校の運動会、今週が副籍交流中の小学校(昨年度まで通学)の運動会なのであった。 といってもSは徒競走(80m走)に出るだけなのだが、特別支援学級の自閉トリオの対決はこれが4回目なのである。昨年度の様子は、先生を押したり、こけたり、歩いたり、各自がそれぞれやっているうちにSが初優勝を果たしていた。 ディフェンディングチャンピォンとしては、勝負に行ってキッチリ負けてくるのも仕事である。前週5人中5位(50m走)になった男が、特別支援学校代表?として出場したのである。 ちなみにこの日、雨天順延になっていたため、仕事先H小学校の運動会と重なってしまい、私は見に行けなかった。社会科の講師ではなくて、ここでは体育科(ニセ体育だけど)だからまあしょうがない。 祖父の車でSを連れて行った妻は、保護者・先生・こどもたちまで、みんなから「あれ?だんなさんは?」とか「あれ?S君のお父さんは?」と聞かれていたらしい。私だってたまには仕事が忙しいのだよ(笑)。もっともSの様子はビデオで見られたから何の問題もなかったのだが、会場で、A幼稚園をやめたH先生(とてもタイプ)にも会ったと妻から聞いて、行けなかったのがとても残念なのであった…。 さて、勝負の方は、スタートの合図とともにきれいにスタート!…とはいかず、1名だけがスタート(笑)。 Sは相変わらず、気をつけの姿勢で立ったままか、ゆっくり歩いているか。ビデオが係児童の陰で映っていない。そのうち、ちゃんとスタートを切ったY君が画面に突如現れて、順当にゴール! 元王者の復活である。 そしてそれからしばらくして、余裕で歩いているSとA君が現れた。80mは長かったのか、Sは我慢しきれず?に、今回はつい走り出してしまった! 最後まで、もっと余裕で歩いていたA君に少しだけ勝ってしまい、3人中2位となったのであった。 さて、仕事でH小に参加した私の方は、びっくりするような山奥での運動会の光景に、何度も「すごい景色だなあ」と見とれてしまうのであった。山の麓の学校って他県には数多くあるんだろうけど、ここらではそうはない。その山が目の前にせまっているし、高い…。ムードに飲まれて?つい気を利かせてたくさん働いてしまった。 いや、働いたのにはわけがあって、学校長の娘さんを担任した…と以前書いたが、その後、私の最近の教え子の父親2名、妻の教え子本人1名、妻の現在の教え子の母親1名、妻の元同僚1名…が教諭で、私の元の職場の用務さんが警備員さん、同じ町内の男性が事務主査、来賓の1名が義妹の元担任で我が家がお世話になった元教育長…と「もう勘弁してください…」というつながりが次々と発覚し、「もう、すごくまじめに働くしかない(笑)」と追い込まれたのであった。 なので、ひとまず、打ち上げは4次会までつきあいました…。【これはおいしい】一度食べたら忘れられない。 手作りこんにゃくセット!
2008/06/03
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