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我が家は朝一番に手作りジュースから始まります。これは東京からずっとそうなんだけど最近感動してるのは、カニステルのジュースのおいしいことったら。カニステルはびわみたいな形状。最初うまんちゅ市場でみつけてパッションフルーツとか島バナナなんかと一緒に並んでいたんだけど出初めは1つ100円くらいしてもう少し安くなったら買おうって思って待ってました。(チープな話しで申し訳ない。)そしたら3個150円になったので、やった~ってゲット。最近はもう少し安く買えて今日は小ぶりの6個で120円だった。激安。(ちなみに島バナナって高くてまだ買ったことがない。パッションフルーツはこないだ安くなってたので初めて買いました。ほとんど食べるところがないんだけど、そりゃもういい香りでしあわせ感じます。)だけどこれがずっと硬いままで、いくらなんでも時間が経ってるからって硬いままちょっと食べてみたら、渋柿そのものでちょっとこれ、本当に食べられるようになるの?って心配になってたら今度はいきなりぶにゃぶにゃに。あれ、今度は腐っちゃうの?ってあわてて食べてみたらネットなんかに書いているように、かぼちゃとか芋の食感。だけどなんとも言えない濃厚なおいしさでそのままデザートですって出してもいいんじゃない?って味なんです。で、うちの朝ジュースのベースはバナナ(沖縄はバナナ安くないんだよね~残念)と豆乳。これにいろいろ足したり足さなかったり。カニステルをたしてみたところ、これがもう、なんていうかパティシエに紹介したい!って思わず叫んじゃうくらいのおいしさ。バナナ豆乳カニステルをミキサーでシェイクしただけでマンゴープリンとかなんとかムースとかのようなそれも代官山のカフェとかイタリアンのデザートに出てきそうなそういう感じになっちゃうのです。うちで作るときはすぐ食べないとバナナが黒ずんできちゃうから商品化するときはそこんとこに工夫が必要だと思います(笑)ちなみにポリフェノールが抜群に多いらしいですよ。
2009.03.31
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昨日はいまるちゃん(さんまさんとしいちゃんのお嬢さん)がデビュー、なんてことでついついYtubeなんかで男女7人なんかを見ちゃったりした。私が育った上でとても重要な人のうちの一人は大竹しのぶちゃんで好きとかそういうのじゃなくて私の中のスペースにこの人が住んでいる場所があって数少ない私のよりどころみたいになっている。そういう人はこの世に何人かいて村上春樹さんはその一人であと、桃井かおりちゃんもそうだ。生き方をずっと見守ってきてやっぱ、そうだよね、とかそっちいっちゃうの?とかやっぱそうだったでしょ、とかやりながらずっと寄り添える人は私の中ではその3人。3人とも一方的にしか存じ上げないんだけど(だからこういうのって妄想だと思われそうだけど、それとも違うの)金スマで、しいちゃんと会っちゃうのかな~と思ったけど舞台中でおやすみだったのでそうはなりませんでした。あそこで会ってもしょうがない気がして、それはそれでよかった。で、男女7人夏物語と秋物語とかってもう20数年前のドラマってことなんですよね。(86年だった)私はもう大学生で芝居とか猛烈にやっていた時なんだけどうちのだんなさんは全く知らなくて、「トレンディードラマのガンソなんだよ、あれより前はそんな言葉なかったんだからね」とかちょっと語りました。で、秋物語のころ、しいちゃんはすごく顔が変わって(妹も私も何十回もビデオ見てるのでいろんなことがわかります)今見てもやはり気になって、じーっと観察してしまったりします。そしてさんちゃんとしいちゃんが離婚した時もその理由とかバカみたいに妹と二人でながーいこと考えたりその後しいちゃんの演技がぐっとこない時期があってその時も彼女が何に気がついてどうしようとしてその結果どうなってるんだとかものすごく観察してたりしました。私は昔、舞台に立つと彼女ととても似てるところがあると言われたりしてすごく共振する部分があったし若いときにとても研ぎ澄まされて輝いて天才だった人が枯れずにくすまずに生き続けていく姿を見せてくれるお手本はとても貴重です。実は最近はしのぶちゃんのお兄さんとうちの妹が仲良しなのでお話しを聞くことも多く時々なんか、知ってるご家庭みたいな感じを感じることもあるのですがやっぱり彼女たちはとにかくとてもとても真摯に生きていていたことは真実でだからこんなにもたくさん与えてくれるものがあるんだということが改めて感じられ昨日は切なかったりドキドキしたり、いろんなことを感じた一日でした。だってあのいまるちゃんがもう大人だっていうんだもの。
2009.03.29
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42歳になって今の私を今ぱっと見てみるとわりと悪くないじゃん、と思う。過去を思い出してその延長で考えてみるとへ~随分やったね!と思う。やったというのは、何かを成し遂げたり残したりとかじゃなくて私の中身は随分軽やかでうそのようにオモリや壁がなくなったね、悲しみや痛みもほとんど見当たらないくらいすーっと向こうまで広がってるね、ということ。過去を思い出してみると、どんなにたくさんの思いのかたまりが詰まっていたんだろうと思う。でも今は、それも、悪くないな、とも思ったりする。どっかつつかれたらパンてはじけて泣いたり怒ったり本気で悲嘆にくれてでも、諦めたり逃げたりはどうしてもできなかったあの女の子は不器用で不細工で嫌いな所だらけだったれどそれでも一生懸命生きててあれはあれで魅力的だったなーと思う。あの頃は今のような自分(の中身)になる時がくるなんて想像もつかなかったけれどもちろんなりたくて、なって、ヨカッタ~と思うけどでも、もしあの時の良さももっと知っていて最初から自分をもっとかわいがれてたら…どうだろう、う~ん、それほど今と違いはないかもね。もし自分がもっと恵まれた環境に育ったら進んで苦難を探しに行くほど度胸もなかっただろうな。なのに世界にはたくさんの痛みを背負ってくれている人たちがたくさんいることに胸を痛めたかもね。で、結局痛みを知りたいと願ったかもね。もし自分が順風満帆に最初から思うがままに生きていたら黒柳徹子さんみたいになってバンバン世界に行ってたかもね。興味にあるところにどこでも行ってみてやってみてたかな。今の私は毎日意外に地味に生きてるけれどでも、例えばあと5年後、とか思ったときにやっぱりまだおおばけするんじゃないかな~とどうしても思えてしまう。5年前はもうだんなさんと出会っていてNYも行ったりした後だったから自分はもしかしてしあわせになるんじゃないかなって希望が少し出てきたころだったけどそれでもまさか沖縄でこんなに心に平安のある時間を過ごしているなんて想像つかなかった。あと5年生きていたら、と思ってもやっぱりうまく想像つかない。かといって肉体を持ったままアセンションして空中に・・・とも思わない。だんなさんに向って、私ねぇ、どうしてもこれから自分はまだおおばけすると思うの。それがどういうものなのかはよくわからないんだけど。どう思う?とかって言ってる。つまり、私にとって人間ってそのくらい未知な存在だってこと。想像もつかない自分に進化している可能性なんていくらでもあるってことだ。そうは思いませんか。
2009.03.28
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だんなさんの仕事のほうは、いろいろと準備しているのですがまずはここでしっかり花咲こうということで那覇市古島駅そばの大きな手という治療院で施術をしています。2月にオープンしたばかりで、まだ宣伝もなにも始めたばかりですが元は健康保険医療の治療院を分院した感じです。で、元のスタッフは訪問マッサージをしていて治療院・大きな手はほぼうちのだんなさんが一手にやっています。(もう一人オイルマッサージの女性スタッフがいます。)ですので、場所や設備を与えていただいて腕を試せるというなんとも恵まれた環境ではあります。大きな手のボスがおっしゃるには、主人のマッサージは沖縄最高峰らしいです。なので、宣伝さえちゃんとして患者さんが来てくださればなんくるないさー、ということです。なんくるないさーとはいっても、まだ患者さんがほとんどみえない日も多いのでそうそうのんびりはしていられないのですがでもまず身内の方々がその価値を感じてくださってることはとても大事なことだと思います。で、ボスがいろんなサイトに大きな手を宣伝してくれているのですがその宣伝文句が、「沖縄で最高のマッサージを受けられます」とかとても単刀直入に一生懸命書いてくださってるのを見るととにかく沖縄で生きてっていいんだ、と思います。でもだんなさんは本当に鍼やヒーリングであっと驚くほど元気になってもらうのがとてもとても好きで、もっともっと活躍したいところなので、まだまだ一息つけない日々です。暇だった日はものすごく疲れて帰ってきます。そりゃそうだと思います。Ruach(ルーア)のほうももちろんいろいろやっています。午前中には資料を持って介護施設や老人ホームをまわったりしています。これは、健康保険を使った鍼灸リハビリの営業です。糸満の人はおもしろくて、電話で説明すると「まともですよね?!私たちだまされやすいから!」と言われたりするようです。笑えました^^まだいろいろやりたいことはあるのですがちからが分散しないよう、今は重心を定めることに意識を向けています。今を一歩一歩踏みしめます。とにかくだんなさんのようなからだとこころのメンテナンスをしてくれる鍼灸師ヒーラーはとても貴重で必要なことなので(私は昔から鍼を受けていましたが、そういうのを探していました。なかなかいなかったです。)その良さを知ってもらえるといいなと思い私も日々資料を作ったりあれこれと考えながら手作りな日々を送っています。私のとても好きなチャネラー、レイがキリストをチャネルしたものがからだとこころのメンテナンスについてとても参考になることを書いているのでよかったら読んでみてください。レイのチャネルは何度読んでもこころにしっくりくるものが多く深いです。私のほうは意識にダイレクトに働く療法をやっていてそれはやはり自分でするのはとても難しいことなのでこれも役立ててもらえると嬉しいと思います。最近はこの仕事のなかに、自分の能力の多くを注げるようにパワーアップしているので多くの方にご自分のしあわせや進化のためにお使いいただけるようにとても素直に願っています。
2009.03.27
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手先は全くもって不器用なのですが「物事を興す」的な手作りが好きです。で、今は沖縄生活をまるごと手作り状態で暮らしています。仕事は今はもっぱらセラピー関係です。本当に嬉しいことに、セッションを受けに沖縄へいらしてくださる方がいてそして地元の方も、HPで探してくださいます。日常今一番エネルギーを注いでいるのはルーアのホームページをあちこちに登録することです。こちらに来てくださる方々が口々にものすごくたくさんのHPの中から内容を読んで選びました!とかここなら信用できると思いました、とかおっしゃってくださるのでがんばれます。先日は、とても若いクライアントさんがある所から飛行機代と2泊分の宿泊費とセラピー費用を一生懸命アルバイトでためて2日にわたってセッションを受けてくださいました。彼は以前東京にも来てくれて、とても深遠な体験をされました。「あんなに感動したことはない。本当にすごかったんだ。これから生きていくうえで、どうしてももう一度あの体験をしたい。」とおっしゃいました。そうすれば「安心できる。大丈夫になれる。」と。とてもとても光栄だと思うのと同時にその人の奥に見え隠れする大いなるいのちに感動している。私にできるのは結果や願望、評価や意味づけからいかに自由になるか、くらいのことだ。世の中でよく不思議体験なんて言うけれどこんな不思議体験の連続である仕事はそうそうないだろうな、と今朝ふと思った。普段はもう不思議かどうかなんてことは全く忘れてしまっていますがセッション中は「魂」とか「大いなる存在」とかとおおまじめに取り組んでいます。この仕事はほそーい光の糸の上に成り立っているような仕事だと思う。光は世界と等しく偉大だけれど私たちという存在は限りなく微細でアンバランスなのだと思う。光を知ったからといって、ちょっとやそっとで神にはならない。神とともにあるがどうかを毎瞬選択できるだけだ。宇宙の叡智はすばらしい。光もまたしかり。けれど、そのうっとるするような魅力にからめとられずにこの肉体と共にある。この肉体で現せないことは、私はまだわかっていない。そうなっていないなら知らないほうがいい。てなことを午後のさんさんと美しいお日さまのもと南の島から。
2009.03.26
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昨日は世界遺産の勝連城へ。沖縄の城は祈りの場で、昨日も数人で儀式をしている人に出会いました。それから近くに海中道路があるよということでせっかくだから行ってみようということになり道路からの風景もすばらしく海の駅でおっぱソフトクリーム(県内のおっぱ牧場産)をいただきさて、島が二つあるけどどっちにする?ということでなんとなく浜比嘉島を選びじゃあ軽く一周しようか、どっち周り?じゃあ左、という感じで進むと海に浮かぶ美しい盆栽のような小島があってそれがアマミチューの墓とある。だんなさんがあまりの美しさに興奮して島行くよ!と言うけど墓って書いてあるのに・・・としぶしぶ上陸してみるとそれはアマミチューとシルミチューという沖縄開闢の神の墓でした。そのときは沖縄開闢の神は久高島に降りてきたアマミキヨじゃないのかなーと思いつつもあまりの居心地のよさにすっかり満たされて沖縄ってどこに行っても神さまに会えるねーすごいねーなんて言ってそれから、その集落の家々があまりにかわいいのでこの道入っていいかなー、おじゃまします、なんて言いながら進んでいったら今度は鳥居が出てきてシルミチューのお家だったという霊場へついたのでものすごい急な階段を上がってお祈りしました。帰ってから、今日はアマミチューの墓が最高だったねと二人で言い合って先ほどネットで調べてみると浜比嘉島は神の住む島、という場所でアマミチューは沖縄開闢の神アマミキヨの別名でした。全くもって完璧なお導きにちょっとびっくりしました。アマミチュー、シルミチューどうもありがとう。
2009.03.17
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経ちました。今日は久しぶりの晴天です。今朝は高原の秋みたいなお天気でした。お昼前にうちの前の川の周りをちょっとだけお散歩したのですがものすごい魚の群れでした。干潮なので水はとても浅く干上がった沼のような状態にも関わらずおびただしい魚の群れです。軽く興奮しました。さて、昨日は父の誕生日。(父は元声優の仲村秀生といいます)父はこのところこれまでにないほど穏やかに暮らしているようです。と言っても今年に入って立て続けに2回手術をしました。父は特異体質なので、以前は手術の麻酔であの世(ではないのですが、あちら側の世)に行ってしまったり、普通のことが普通にいったためしがなかったのです。ところが妹が入院先にお見舞いにいったところなにもかもが普通で「こっちが癒された~」とのことでした。手術の緊張とかでなにを言い出すかかわらない父を想定してなにを言われても対処しなければ、と構える妹に対して父はどこまでもまともな言動で、「ぱぱちゃん、いい人だった~。おかしかったのは病気のせいだったんだね~」と言う妹に私も胸がいっぱいでした。妹もそういうセリフを言うまでに38年もかかったのです。一生かかっても言えない場合だってありますし私も妹も最速で言える努力をしてきた結果だったと思います。父は2度の手術の最中ながらとてもいい執刀医に恵まれ、これで元気に余生を送れそうだお父さんは今が一番しあわせだ、と言います。並のいい人のセリフではないだけに、奥深くに響くものにが私にはあります。まったく人生なんて幕が降りてみないとなんとも言えないものです。バーソロミューというチャネルの本が大好きなのですがその中で、真に目覚めた人は決して人間界でいう人格者ではないはずですという一節がありそこを読むと父のことが浮かんでしまいます。おかげで子供たちは遠慮癖みたいなのがついてしまって苦労しますがあれだけのお手本を身近に体験できることもそうそうないのでまだまだ私たちの出番はこれからなのではないかとふと思ったりしています。さて、もう夕方ですが、今日もブッタ(目覚めて)でいきましょう。
2009.03.10
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昨日はとうとう、県庁前まで自転車で走ってしまった。昨日は曇りで自転車日和。晴れていると日差しがきつすぎるし暑い。一体何月までこんなことができるのかな~と思いながら、今日を楽しむ。県庁前っていうのは、那覇の中心街です。パレットくもじがあり、国際通りがあるところ。約3時間の旅。特に目的があった訳ではないので、何もせずに往復しただけです。明治橋。途中で一度チェーンが外れるという事故があり青ざめました。実は心の中で、引き返せないくらい遠くへ行ってしまってこういう事故があったらどうしようと怖れていました。そしたら完全に実現しました。主人に電話して、こういうのは私でも直せるものなのか聞いてみてそんなに難しくはないと聞き、心を落ち着けて取り組むと思いのほか容易に直すことができました。そうすると自信がついて、以前よりリラックスして走ることができるようになりました。わりと注意深く見ていたのですが、途中自転車やさんは1軒しかありませんでした。沖縄では自転車は本当に人気がないみたいです。まぁそうだろう、よほどの物好きじゃないと。こうして走っていると、以前はずっと緊張していたんだということがわかります。昨日は地図もプリントアウトして持参しました。簡単なものですが。するとさらにリラックス度が違いました。私がスピリチュアルの世界と劇的に出会ったとき最初に読んだ本はエドガーケイシーのリーディングについて書かれたものでしたがそこには「人生の取り扱い説明書」と書かれていました。取り扱い説明書があると、実際の行動中にリラックスすることができます。また私は芝居をしていましたが、舞台ほどリラックスできる場所はありませんでした。その理由の一つに、そこには台本がある、ということがあります。即興も大好きでしたが、そこにもルールがありました。それは、どんなことがあっても、相手役に愛を持って接するということです。相手を傷つけない、という決まりもあります。そのルールをみんなが守ってこそ、感情を全開にして相手にぶつける事ができるのです。相手に掴みかかるような演技でも、相手の目を見れば真意が見えます。次にどうしたいのか、相手はどう絡んでくるのかを瞬時に受けとり次のアクションに出るのです。こういった演技に纏わる洞察は、私のスピリチュアルな活動の基盤であり人生の作り方の基盤でもあります。つまり、スピリチュアルの情報とは、地球劇場での台本であり、地図であり、創造のためのルールでもあります。それを知っていると、どうせ体験しなければならない多くのことをリラックスの中で悠々と体験できます。結果、受け取る学びも細密でより深いものとなるでしょう。
2009.03.01
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