全15件 (15件中 1-15件目)
1

昨日の続き。瀬底島でソフトクリームを食べました。そこは北海道から移住してきた人がやっているお店で、生クリームもぜんざいの小豆も北海道産。こちらではおっぱソフトクリームが有名ですがう~ん、やっぱり「にゅう」は北海道がうまい!沖縄は牛さんは少なくて、やっぱりぶたさんなのです。それからさらに北上して今帰仁城(なきじん)を目指します。世界遺産です。今まで見た中で最大、そして桁違いな雄大さ。いつも思うのですが、景色を見る時、目がタイムスリップできたらいいのにな。一瞬でいいので数百年前のここ、を見てみたいとよく思います。なんでもない街角でも、ここ、電気のないころどんなだったんだろう、とかそういう情景が感じられるとものすごくときめきます。てっぽうゆりがたくさん咲いていました。美しい墓のようです。城(グスク)が栄えたのは14~17世紀初頭だそうですがヤマトとは全く別の文化文明を辿りながらも国内で小さい勢力同士が戦う戦国の世だったところは似通っていてこの時代の集合意識の何かがそうさせていたのだろうかと想像します。さて、今日もこちらは晴天となっています。ゴールデンウィークが始まりましたがどうかよい休日を。こちらは最近トンボが飛び交ってまるで秋のようです。お時間があったら、どうか深呼吸をしてからだの内側、こころの内側を眺めてみてください。こころの内側の波はどんなでしょう。どんな風が吹いているでしょうか。ほんの少しの細波でも、感じてみてください。よーく感じてみると、不安や苛立ちはありますか。嫌悪感や焦り、怒りはどうでしょう。ない、と思わずにできるだけみつけてください。みつけたらしっかり感じながら観察します。それがどこから来てどんなものに反応しがちなのか。追いかけてみましょう。連鎖的になにか浮かんできたら(例えば、お金の心配、家族の心配、会社の人間関係・・・)それもしっかり感じて。今は外側に原因を見ています。でも、本当は、原因は内側にあります。引き寄せの法則でラッキーなことを引き寄せるのもいいですがどんな人でも必ず、恐れを持っています。恐れは打ち消そうとしても絶え間なく実現化されるのを待っています。もしあなたが、起こっては消えていくものを、得ては失う欠乏と欲望の人生ではなく心底満たされ、しあわせで、そして愛の中で愛を生きる人生を選ぶのならまずは恐れ(≒エゴ)の正体と向き合いましょう。観察を続けます。それはやがて、自分ではなくただの1ピースになっていきます。1ピースになったときそれは力を持たなくなります。かつて所有していたものです。それではよい一日を。
2009.04.29
コメント(6)

私の住んでる糸満市は沖縄本島で最南端の市ですが昨日は久しぶりの晴れた休日で(ずーっと雨や曇りでした)遠出しました。本島は北へ行くほど海がきれいだとは聞いていましたが本当に「大変だ、南部に住んでる場合じゃないかもー!」と叫ぶほどの美しさでした。まず高速に乗って名護を目指しました。名護、以外は何も決めていなかったのですがまたしてもまっすぐに神さまのところへ到着してしまいました。名護グスク跡へ。ものすごい石段を登りきると小さな社があって(本当に小さい)賽銭箱以外なにも置かれていませんでしたがものすごく実在感を感じました。そこで私はちょっと神さまとお話しできました。神さまは「あらゆる不安と恐れから完全に解放されたときに完全な奉仕ができる」というような意味のことをおっしゃっていました。ですからやはり人はしあわせへの道を歩むことが大切なのだと思いました。名護は北部では大きい町だと聞いていましたが本当にすぐに端から端まで行けてしまうしすごくのどかで長野の田舎とかと雰囲気が似ていました。大きい山を久しぶりに見たのでかなり興奮しました。名護グスクの跡には建物はなく2本の荘厳な神木がおられました。その山ごと公園になっていて本当に美しかったです。公園を歩いて一周してから今度は本部から橋を渡って行ける瀬底島を目指し、その途中のビーチがこれです。いやぁ~もうほんとに天国かと思いました。そこで地元の人が話しかけてきたのですが、べろべろに酔っ払っていて「おれは地元はこっちだけど川崎で20年暮らしてる。高2の息子と嫁さんを置いてこっちに帰ってきてるんだけどなかなか帰る気がしない。こっちだと、知り合いがいっぱいいて、毎日酒飲んじゃうからね。おう、今度こっちでバーベキューでも一緒にやろうよ。」向こうの小さいおんぼろトラックからクラクションが合図のようになって多分彼の父親くらいの痩せたおじーが私たちに『飲んでるから、ごめんな』と、ゼスチャーだけで知らせてそのおとーはふらふらとトラックに帰っていきました。海が綺麗なわけはもうはっきりしていて人口密度の低さです。恩納村を過ぎると圧倒的に山が大部分を占め、人が減ります。山って人を寄せ付けない自然の強さがあります。でも名護から本部を走っているとき石を切り出している現場があって大きな山がいくつかまるまる削られてなんかすごい格好にされていました。その周辺だけが空気が違っていて、やけにしらけていました。瀬底島は一瞬で一周できてしまう小さい島ですが超巨大なホテルらしき建物が建設中でした。その他はペンションとか、うし、あと馬と子供が4人。いつも思うんですが、沖縄の小さな商店を見てると本当に暮らしていけるんだろうか?どうしてもこれで真剣に生計を立てようと思っているように見えない、と。実際沖縄の経済はかなり無理と問題を抱えており、すでに破綻しているように見えます。これからが大変だと思う。もちろんなるようにはなるけど誰かが、何かしないと、やっぱり苦しんでいる人は多い。私たちだって相当まいったんです。実際こちらに来てからひしひしとずっと感じています。こっちにきて、なんにもない割りに飲み屋とパチンコやの多さにびっくりしました。そして少しずつこちらの人の話を聞くとやはり、生活は最低賃金だけど飲み代とパチンコ代は使ってしまう、とかそれで経済破綻する人は多く女性は働き者、男性は働かない、とかほとんどの家庭は共働き、出生率、離婚率ナンバーワン、で複雑な家庭環境で育つ人が多い。不眠と鬱がとても多い。だけど、人当たりは柔らかく、痛みを表わさない人が多い。よくよく聞いてみるととんでもなくこころとからだに痛みを抱えていたりする。まぁ、私と主人のフィルターを通してるので偏ってはいますが(痛みと向き合う仕事なので)今日までリサーチしてきたところでは、こういった傾向は実際あるみたいです。だけど圧倒的に言えるのは、沖縄の人は、目がきれい。
2009.04.28
コメント(2)
まだちょっと先ですが、お知らせです。5月30日土曜日、ライブ イン 天妃(てんぴ)ここをクリック!で歌います。天妃、沖縄でライブを探したことのある方ならみなさんご存知だと思います。今回は天妃15周年のスペシャルウィークに参加させていただくことになりました~!ィヤッホ~♪2006年初沖縄で出会い頭に出会ってしまったピアノ・新垣隆成さんが呼んでくださいました。レギュラーのバイオリン・山里郁子さんベース・西川勲さんドラム・砂川哲廣とご一緒します。すごいですよ。そうそうたるメンバーです。・・・ィヤッホ~♪お近くの方もそうでない方もどうぞいらしてください!お待ちしています。ライブ・イン・天妃(てんぴ)沖縄県那覇市松山1-14-10 クイーンズビル B1TEL:098-867-8418OPEN 20:00~2:00LIVE 21:30~1:30 (演奏4回)日曜・祝日定休
2009.04.25
コメント(14)
少し前に、私が違和感を持っていることについて書いた。それはどんな感じかというと、行き先も仕様も違う船に乗りながら一つの島について語っているような感じ。「大きさはこうで、人口は何人。こんな種類の樹木が多く何種の鳥が住み・・・・」間違ってはいないけれど、一方の船から見た景色ともう一方の船から見たものはやはり違う。通り過ぎていく船と上陸する船では、まったく別の体験をする。前回は「死を受け入れる」なんて書いたのでうちなんちゅもびっくり、死んじゃなんくるならんさー、かもしれない。死と聞けばそれこそ違和感を覚える人が多いだろうと思う。死をも恐れない、というイメージは何かにこころを奪われている状態を連想させる。第2次世界大戦中の日本のように洗脳された状態とか。けれどそれは「死(の恐怖)を感じない状態」にコントロールされたりしたに過ぎない。「感じない」状態と「受け入れる」状態は似ても似つかない。「感じない」は、閉じている。受け入れる時は、すべてを感じ意識し開いている。死を受け入れるには、恐怖を感じる自分を認め赦すことだ。わしゅさんがメッセージに書いてくださったように、「人間らしくある」というのはこの点でとても大切だと思う。人間は感じる生き物だからである。
2009.04.22
コメント(0)
なんくるないさ~は言わずと知れた沖縄の言葉で、直訳はなんとかなるさ、だそうです。東京でもおなじみの言葉でこの言葉が好きという人がたくさんいました。確かに、かんばってがんばって、心配や不安に襲われた時なんくるないさ~は救いの魔法の言葉のようです。こちらへ来て、ほとんど神さままかせ導きまかせの状態でなんの足がかりもなく生活が始まり、不安がなかったかと言えば嘘ですが、自分の中のどこかでは、必ず道はあるはずだと感じていました。でももちろん、探さなければ道はみつからないし求めなければ与えられません。ですから私は「なにを求めればいいのか」ということに対してとても注意を払っていました。もし生活の不安を解消したいがために間違ったものを願ってそれが与えられてしまうとせっかくここへ来たことの本当の学びを見失ってしまうでしょうしそんなのはこれまでにたくさんやってきたことなのでもったいないと思ったからです。私とパートナーは、めんどくさくてもなるべくあらゆる可能性を検証するようになりました。それは、最悪を想定するということではなく自分の中の無意識に気づきたいという思いからです。ラッキーと思えることもそうでないこともちゃんと意識的に意図して受け取ったり受け入れたりしたいからです。いろいろと話し合ったあげく何度かなんくるないさという言葉をくちにしてみたことはありましたが一つ間違うとこの言葉をとても安易に乱用してしまいそうなので結構警戒していました。実際この言葉(沖縄だけでなく内地での標準語も含めて)の使い方に疑問を感じる場面にもこれまでたくさん出会ってきたように思います。それで、昨日ふとこの言葉の真意がひらめきました。それは「死をも受け入れる」ということでした。それで、これは通じるのだろうかと思ってパートナーに言ってみました。「ねえ、なんくるないさの使い方わかったよ。死をも受け入れますって意味だよ。」と言ったら「ああ、そうだね。」と言われました。沖縄ではこんなことを学んでいます。
2009.04.18
コメント(0)
have you ever seen it?昨日のネットのニュースで見たのですが、今日も何度も見ています。この番組はイギリスのだそうだけど、NYを思い出す。私はアポロシアターのステージには上がれなかったんだけどグリニッジ・ヴィレッジのヴィレッジ・アンダーグラウンドのオープンマイクに2回出ました。観客は9割以上が黒人で、興奮と感動を求めて毎週日曜はステージに立つ人と見る人でごった返す。私はこのスーザンよりはだいぶ若かったけど日本人だし(白人はまだしもアジアンはほとんどいないし出ないの)最初ステージに上がった時の、バカにしたというか、ちょっと場違い的な、この子わかってないんじゃない?的な感情が全体から押し寄せてくる感じとかを鮮明に覚えている。そんで、第一声を聞いたときやっぱり彼らがうぉーってなって途中からスタンディングと拍手に変わる。あの感じ。amazing!まさに。
2009.04.16
コメント(0)

以前にお話ししたヤンバルクイナの謎がとけました。その鳥はツル目クイナ科のバンという鳥でした。今日のバンです。うちの目の前の小さなこんもりしたマングローブの木に巣を作っているみたいでだんなさんがベランダで体操しているとよく出入りをするらしいです。それから今日初めてカワセミ(多分)を見ました。ものすごく青くて、幸福の青い鳥でした。先日セッションにいらしていた方が、青い鳥を見ました!とおっしゃっていたんだけどこれだったのかな。コバルトブルー、って言うんですね。そのものでした。マングローブの中にいて、一度ぱっと水面に飛び込んでまたすぐ戻ってしまいました。飛んでいるところはとてもクールです。それから、形はアヒルでくちばしが鶏のトサカみたいな鳥さんもいてうちの前には一匹狼、少し川を下ると6羽の家族がいます。それも今調べて、それは台湾あひる=バリケンというそうです。この写真はだいぶ前の。首里の池にはすごくたくさんいました。あと、このあたりではすずめより多いのがイソヒヨドリでものすごくキレイな声でさえずります。普通に民家の屋根にいたり、あとなぜか車の前を低く横切って飛んだりします。いつも、危ないよ!と言ってるのですがやはり轢かれてしまう子が多いようです。道路の真ん中にもよく降りてきてしまいます。最後に亀の甲羅干し。今日は暑いくらいです。
2009.04.15
コメント(4)
![]()
相変わらず、スピリチュアルと世間で言われていることのぼんやりした全体像と引き寄せの法則とホ・オポノポノブームには違和感を感じている。でも中途半端なことを言っても反感を買うだけだと思うのでなかなか言葉にできなかった。一つ一つは別にそれでいいのだと思うんだけどそれで人間が本当に幸せになったり、求めているような世界を作ったりするのかと言えばそのとおり!とは言えないと思う。いつも思うけれど、ツールとして役に立てることはできるけれどそれはあくまでツールなのだ。現にツールとして、クライアントさんにはお勧めもしている。ついでに言うなら、スピリチュアルで社会的に成功するとかお金持ちになるとか、健康になる!というスローガンにすら違和感を覚えてしまう。もうこんなこと言ったらセラピスト失格の烙印を押されて追放でもされそうな気さえするけれどでも、もう引き返すこともできない。だってここへ来てその違和感は私の中で確固たる真実味をおびているからだ。私は自分自身が世間の一般的な価値感や尺度とは結構違う育ちをしているし自分がスピリチュアルの世界へ導かれてたいきさつも決してみなさんには当てはめることができずお勧めはしないけど私はこうだった、という風に捉えてきたのでこの部分がいったいどうなんだろうというところまでは行き着かずに(行き着かせずに)来たのかもしれない。私の中のどこかで、それでも一応の成功とか、一応のしるしとか、そういうものが訪れてから考えてみればいいと思っていたのかもしれない。でもどうやらそれももう、私には必要のない概念だったという状態になったようだ。いらない、ということを受け入れて、薄々感じていた違和感を受け入れると驚くほど私の中身はすっきりとしてしまった。スピリチュアルに興味があって勉強している人の中にどれくらいそれによって人生を変えた人がいるんだろう。勉強しているうちにサイキックの能力が開花して自分は進化した、と思っている人もいるかもしれないしその逆の人もいるだろう。だけど、スピリチュアルって生活家電みたいにちょっとづつ生活の中に取り入れて生活が便利になりました、とか、シンクロが増えて楽しくなりました、とかそういうことではないのだ、と、私は思います。私はそうではありませんでした。本当に、心底エゴの法則のこの世を生きることに絶望していました。このことは何度も書いているけれどこれまで私は、私の場合はその辛さが半端なかったからな~みんなそういうわけじゃないし、と思っていました。ですが、多分、どんな人でも、エゴの法則で成り立っているを捨て去り愛の法則である世界に生きない限りは本当の幸せ、本当に満たされて生きること目覚めて生きることなどできないのだとなぜだか今日はっきりわかりました。エゴ、と聞いてわがままとか自分勝手を連想してしまう人はまずここでのお話しは理解できないと思う。まず、エゴとは何かについて学ぶ必要があります。私がいつもお勧めしているマインド・トレーニングはエゴの性質を学び、まず自分のエゴに気づき再教化するのにとてもいい入門書であり決定版だと思います。瞑想のやり方もたくさん載っています。当時はこれが瞑想だともわからずにやっていました。それと最近、ニュー・アースを入手しましたがこれは人類に対する新しい段階の試みだと思いました。読み心地はあまり良くないかもしれません。でも多分、必要です。最初はなぜ今さら「目覚めよ!」なんていう言葉で呼びかけるんだろうと思いました。ですが、多分これが真実なのだと思いました。私個人の話ですが、最初に出会った本で多分これが真実だと思ってからすぐに実践したことがあります。その本には、意識の4段階というのが書かれており最も深い意識を超意識(神とか大いなるものと呼ばれているもの)と呼んでいてその世界は完全なる調和によって営まれている。完全なる調和を生きるためには、霊の理想(第一の理想)を生きると決めなさい、とありました。そしてその霊なら実際にどのようにこの世を生きるだろうと想像してそれを決めなさい。(第二の理想)そして、それを紙に書き、そのように生きなさい。それがどういうものかわかるかどうかは重要ではありません。つまり自分の魂の在り方を決めるということです。そう決めて生きると、それを知る体験をすることになります。このことは、ツール、ということと少し違うような気がしませんか。
2009.04.14
コメント(6)

昨日はすばらしいお天気で思わず自転車でおでかけ。アグリハウス東風平(こちんだ)という野菜の直売所まで走りました。道のりは坂道の連続。照りつける紫外線の中、無事完走です。かなり大変なので、よい子はまねしないでください。決してお勧めしません。沖縄ではそもそも自転車に乗ってるのはおじーとこどもしかいません。女性は働き者なので、昼間からぷらぷら自転車に乗ってる人はほぼ一人もいません。すれ違うのはおじーとおとうばっかり。南の島の道っぽくないですか?南国でしょ?そうだ、デイゴ、教えていただいたんですが、これもそうなのかな。枝ブリがちょっと違うんですよね・・・なんとかヤシ。コーヒーの実みたいなのがいっぱいついてておいしそうです^^全部ただの国道の歩道なんですけどね。そんでこれ!くだりはいいけど、帰りは野菜背負って登りきりましたよ。下から見上げた絵もすごかったけど、シャッター切ってる余裕が心になかったです。なにやってるんだろーわたし^^
2009.04.12
コメント(2)

いったい今現在、地球上でどれくらいの人が人生を変えたいと願っているんだろう。私もかつては人生を何とかしないと大変、と思っていたし現実大変で、生きた心地はしないし生きてること自体が苦行だと感じていた。それで、今は変わった。つまり、この世は生きるに値する、と感じるようになった。まさに天と地、天国と地獄くらい違う。あれ?今天と地と書いたら天国と地獄は天と地のことだったのか、と思ってしまった。そういうことだったのか?さておき、地にあって天のごとく生きることが幸福なのだと思う。(地が劣っているという意味ではありません。)先日ある方から質問をうけたのだけれど「この方法で地獄を天国に変えた、というような方法はありますか?」私は意識の仕組みを知りたいと求め、知ったこと、そして自分の意識を変化させることに取り組み実践したことだと思う。その方法はいろいろとある。一番基本はやはり瞑想だと思う。いきなり瞑想、と言ったって雲を掴むような感じだけどそれでも、やっぱり私は瞑想をしたほうがいいと思う。今すぐには実感できなくてもその種は確実に育っている。意識の中に。ホ・オポノポノはかなり普及したけどこれは潜在意識をチェンジさせるための方法を最高に簡略化している。そして潜在意識の仕組みを明らかにしている。ヒプノセラピーは数ある中の一つの方法ではあるけれど潜在意識にさらに積極的に細かく深くアクセスする手法だ。仕組みは瞑想と同じで、ナビつきの瞑想のようなものなので瞑想をしたことがなくても、瞑想できたことになる。日常に瞑想を取り入れたい人の入門にも最適だと思う。・・・人生を変えたいかどうか。私は今は人生を変えたいとは思っていない。人生はいつでも選べるということがわかっているからだと思う。と言うより、人生は本当に瞬間瞬間の選択の連続だからそのすべての選択肢に対して自分が完全に自由に意識を開けることがしあわせなことだし、それが本当の私なのだと思う。写真は妹が描いたアジのひらき。お花が咲いてるみたいですごく好き。
2009.04.11
コメント(4)

今日の美々ビーチ。それほどぱっとしないお天気でしたが、どうして沖縄の海はこんなすごい色をしているのでしょうか・・・。先日、ミラーマジック(私の東京でのワークショップの名前です)にいらしてくださっていた方が主人と私のセッションを受けに来てくださいました。ご家族で石垣へのご旅行のところ、小さなお子さんお二人とご主人とそのために糸満に2泊してくださって・・・。午前中の主人のセッションのあいだ、小さいお二人と遊ばせていただきました。遊んであげるのは全然得意じゃないので、どうなるかなと思っていたのですがものすごく楽しかった^^何にもないはずのお部屋なのに、小さい人はその空間から本当に様々なものを見つけ出してくれてその冒険に私を案内してくれるのです。小さい人は本当は何もかも知っているのにわざわざ知らないふりをしてもう一度発見しなおしているみたいで私が一緒に驚いたりするのをとても喜んでいるように見えました。地球にやってきた人間の真の姿そのままみたいです。彼のお父さんが彼に「今日はすごく楽しそうだね。」とおっしゃると「もう、楽しすぎる!」と答えていました。その言葉が私には嬉しすぎる!さて、潜在意識は3歳までに大きな基盤が作られる、と私はセッションのときにご説明しています。意識を持たれるお母さまはきっと育て方に苦心なさっていると思います。大切なことはいくらでもあるでしょうし子育ての専門家の方がたくさんの提唱をなさっていることと思います。私は潜在意識という視点から見て最近ではやはりこれが大事かな、と思い当たります。それは「勇気」です。子供は生まれながらに好奇心を持っています。これはお母さんが一生懸命教えなくても自然に芽生えるのではないでしょうか。これがないと人間は発育できない、不可欠な要素で本能のようなものでしょう。そしてこれは大人がだんだんと失ってしまうもので子供さんと付き合うとき、子供のこれに手を焼くことになっているのではないでしょうか。つまり子供のそれに大人は付き合いきれないのです。大人は大人で、自分という存在を模索していてそれはもちろん完成することはそうそうないでしょう。ですから不完全な大人が人間を育てる不安はいろいろあって当然です。子供はどうして大人がしちゃだめって感じることをするんだろう、とここのところ考えていました。それは多分この好奇心という本能なのではないでしょうか。それをじかにやってみたいいじってみたいのではないでしょうか。最初からいじらなければもちろん失敗や痛い目に遭わずに済むけれど眺めているだけでは人生はやはり創造できません。やりたいことをやってみる。失敗しても乗り越える。痛くてもまたやってみる。そしてまた未知の世界に飛び込んでいく。そこで起こるすべての喜び、悲しみ、痛み、失敗、生と死、すべてを味わい、楽しむ。それが自然にできるのならスピリチュアルの教えは必要ないのかもしれません。小さい頃学ぶもっとも大切なことは失敗しても大丈夫。痛くても治る。転んでも起き上がる。怒られてもぶたれても見捨てられない。受け入れられている。お母さんの笑顔が好きだ。嬉しい。泣いても笑える。そんな、当たり前のことなのではないかと思うのです。それで大人になってトラウマがあって人生がうまく行かなくなったら催眠療法や瞑想と出会って、自己探求すればいいんじゃないかな。その時に再び、自分がどれだけ愛されてこの世に生み出された存在なのかを思い出すのもこの世でのいい体験になるんじゃないかと思ったりします。あ、ところで今日の日記のタイトルですが妹が先日、レイ・チャンドランのワークショップに参加したらレイが妹に「きみはプレアデスから来たんだよ」と教えてくれたそうです。
2009.04.10
コメント(2)

とても気持ちのいい夕方、海じゃなく山がいいと思い散歩しました。山といっても坂をちょっとあがっただけですが。家からは海よりうんと近いところ、歩いてすぐのスーパーの裏手はもう小高い小さな山になっています。ジャングルっぽいです。そこで、リクエストいただいていたカニステルがタワワニなってる木を発見しました。なり方は柿、葉っぱはびわに似ていました。ああ、カニステルの木がほしい。そして、久々に晴れたので夕日が撮れました。ところで、デイゴの花がどれなのかいまだにわかりません。沖縄は入学式はデイゴだって聞いていたんだけど。
2009.04.07
コメント(4)
シンクロは宇宙のエネルギーに従って生き始めると自然に起こってきます。そしてエネルギーを感じ始めると、シンクロが起こっていることに気づき始めます。導かれていることを感じるとますます宇宙を信頼して生きられるようになりその密度はどんどん濃くなっていきます。私はもはやシンクロなしには生計がたたないようなシンクロ任せな生き方をしてきているのでちょっとくらいでは驚かなくなってました。沖縄に来たのも、来てから(来る前から)の出会いも普通にびっくりしたり笑えたりすることばかりでピアニストの新垣さん(初対面で私をいきなり斎場御嶽に連れてってくださった方)もものすごいシンクロ男だし「it's a small world,だね?!」っていうのが口癖みたいになっててああもう、そうなんだね、と思っていた。ここのところ家でパソコン業務に明け暮れて引きこもっていてそれにも飽きてきたのでそろそろ街に出ようかなと先日当てもなくチャリで国際通りまで行ってみた。1月に、ピアニストの徳山みえ子さんが(たまたま)沖縄にみえてて(ずーっと以前に数回東京で演奏のお仕事ご一緒したことがあってしかも、新垣さんとももうご面識があってそれも多少びっくりした)那覇ライブめぐりをご一緒したので(みえ子さんはものすごくフットワーク軽い方でただただついていっただけでしたが)その時に行った、ライブやってるカフェ(それも新垣さんのご紹介で)へふら~っと行きました。自転車を漕ぎながら、ハイヤーセルフとスピリットガイドに話しかけていました。今日私はどんな体験がしたいんだろう。どんなことが起これば満足するだろうな。そうねぇ・・例えば・・・みたいな感じで。でも心のどこかでは、まぁそこそこのシンクロはもう当たり前だしそこそこないい感じで終わるんじゃないのかな~という声もなきにしもあらずでした。一応そのとあるカフェを念頭に置きながらも何かハプニング的にひらめきがあれば従う気満々でうろうろしましたが特に引っかかりもなくカフェまで来ました。店前にはライブの看板が。ギタリストの方は前回と同じ方で、ちょうどライブが始まりギターの弾き語りがすてきです。ヴォーカルは女性で、プロフィールを読むと沖縄生まれで東京で歌っていたのを沖縄のプロデューサーにスカウトされて某とても有名なグループでも活動されていたそう。写真も垢抜けたかっこいい感じなので、聴いてみよっかな、と店前におどおどとチャリを留めて(おこられないかなーとか思いながら)入ってみました。カプチーノを注文していると彼女の出番になり最初のトークでいきなり「そんなに真剣に聴かなくても大丈夫ですょ」と。あれ、私もそういうこと言ったことあるな~なんてちょっと笑えて前回来た時のボーカルさんはものすごくヴォリュームが大きくてパワフルでどういう姿勢で聴けばいいのかよくわかんなくてなんとなく居心地悪かったんだけど今回はいいな~なんて。歌が始まると、これが、ものすごくうまくてすてきでした。私あんまり全面的にすてきって思うことないんだけど彼女はちょっと抜群にうまかったし繊細でフィーリングも感度もよくてこんな人もいるんだ~とちょっとしあわせになりました。だんなさんが仕事が終わったと電話があり帰ろうかとも思ったんだけど彼女の歌がいいし、こっちに来ない?と誘って待っていました。1ステージが終わり彼女がお客さん一人一人に握手をして回っていました。私のところに来て「みなさんといつも握手するんですけど・・」とちょっとシャイに手を出してくれたので私もちょっとシャイに「あ、はい、」と手を出すと彼女は何か大切なものに手で触れてなにかを読み取ろうとするような顔で私の目をじっと見て「あ、私以前にお会いしてますね。知ってますよ、東京の方ですよね・・」と一気に言いました。私は、全く記憶もないし、歌の仕事なら彼女の歌は絶対覚えてるだろうしきっと何かの間違いだと思ったのでした。「次のステージまでに思い出しときましょうね」と言って彼女は去りました。まさかそんな営業でもないだろうけど(笑)でもすてきなシンガーだったので私も少し嬉しくてちょっとウキウキした気分になっていました。そのうちだんなさんが到着して、まもなく2ステージ目が始まりました。オーナーの方とも少しお話しできたりもして、相変わらず彼女の歌はすてきでした。洋楽はもちろん、沖縄独特のこぶしがとても美しくてJ-POPも彼女が歌うと繊細でのびやかでしっくりきました。だんなさんに彼女に言われたことを話し、全然心当たりがないんだ、と言いながらじっと見ているとどこかわずかに知ってるような気がしてきました。2ステが終わりだんなさんが2階席を見てくるねと席を立ちました。しばらくして戻った彼は、「彼女が2階にいたから話してきたよ」と言いました。「やっぱり知ってるみたいだよ。〇〇かどっかで。」「え?」以前住んでいた場所の近くだったので、どこかですれ違ったのかな、どこだろう?気になって席を立ち彼女のところへ。だって何しろここは沖縄で、本当にたまったま立ち寄ったカフェなんだよ。なんでそこでばったり知り合いがいるのさ、そして記憶力まずまずの私がどうしてここまで思い出せないんだ。彼女は落ち着いた笑顔で、私を覚えていると言いました。そして、「ここで歌ってください。絶対私聞きにきます。絶対応援しますから」と言う。彼女は10年前に私がバイトしていた飲み屋さんで一緒だったのだ。彼女はまだ十代の女の子で、当時の私は今振り返ってもちょっとおえってなりそうなくらいいろいろと大変で、やっと去年、妹に一晩付き合ってもらってその頃のことを洗いざらい思い出すことができた。その頃の毒を出す必要があった。(実際はその時毒を出し終わっていたので、今はおえっとならない。それまではおえってなるのが恐くてあまり思い出せなかった。つまりブロック。浄化済み。)その時は世紀末で、私はほぼ完璧に路頭に迷い鬱だの借金だの芝居だの仕事だの恋愛だのもう人生終わるのかなと真剣に思うくらいしんどい時期だった。店にはカラオケがあって、私はその頃まだ歌の仕事なんて考えもつかなかった時で(実際その2年後くらいから歌い始めた。)とにかくなんか芸の肥やしにでもなればいいやという感じで歌いまくっていた。歌うとお客さんが喜んでくれた。周囲にはなぜかいつも歌のうまい子がいっぱいいて今でもその子たちが先生だったと思っている。だけどそのすばらしいシンガーの彼女はほとんどそこでは歌っていなかったらしい。そうだと思う。こんなにうまかったら忘れないはずだもの。それから程なく3ステージ目。彼女は私には言わなかったのだが、主人にこう言ったそうだ。「アズさんが歌ってたはずの歌を、次に歌いますよ。」まったく想像がつかない。カラオケで男の曲ばかり歌ってた気がする・・・数曲、私の好きな歌ばかり彼女は歌っていた。もう、だんなさんに言ったことも忘れたかもしれないなと思いながらこのまま心地よく終わっても全然いいなと思いながら聴いていた。すると、ドリカムのlove love loveが始まった。あーこれ、確かにカラオケでよく歌った、と思った。これのことかなーあはは、なんて言いながら聴いた。すると彼女がMCで、次の曲でこのステージ最後ですが・・と言った。「今日は(と私を指して)すごい再会がありましたのでね、次に私の一番好きな曲を歌います。彼女に向けて全開で、全部出しますよ。ライブの時いつも、一番好きな曲、と言って歌っています。彼女が昔歌っててね、それで好きになりましたからね。きいたらわかると思いますから題名は言いません。では・・・」前奏がなり、最初の声で私はいきなり震えてその後は嗚咽が止まらなくなった。その曲はベット・ミドラーのローズ。私が多分、最もたくさん人前で歌ってる歌だ。去年、サンクのライブにアンチエイジングの鬼のさゆりちゃんが来てくれた時もこの曲の時奇跡が起きた。彼女は、ね、というような笑顔をときおり見せながら私とは全然違うローズを聴かせてくれた。私はだんだんと彼女のことを思い出し始めていた。その頃の情景や、彼女の話声もそして1度か2度、彼女がお客さんのいない店でものすごい歌を歌った時のことを思い出した。それにしても、今日のシンクロは手が込みすぎている。10年がかりだよ。それもあの時期、もしかすると私がマジックで黒く塗りかけていたようなあんな時期のことをあの時に蒔いた種をこんな風に咲かせてくれるなんて。ローズは日本語でも歌われていてそのタイトルは「愛は花、きみはその種」という。あまりにできすぎていて映画だったらよほどうまく描かないとべたじゃん、って言われそう。だけど本当にこんなことがおこるんだ。知らない間に彼女はこんなすてきな女性になってすてきなシンガーになって、あの歌は別に私の歌でもなんでもないけどでもあのすてきな歌を大好きになってその思いと一緒に、私の記憶をとどめていてくれたなんて。・・・・・その日は泣き過ぎて頭が痛くてその時とても感じたのは人生でものすごくショックで打ちのめされる時とものすごく幸せで打ちのめされる時ではからだが受ける感触ってそんなに違いはないんだなってことだった。つまり、どちらもギフトなんだ。泣きながらそんなことをだんなさんに話したらおー悟ったねー。もう映画もテレビもいらないね。自分の人生が一番いいね。と言ってくれた。私は翌日も頭痛で寝込み何か途方もないでっかい浄化が起こった時のようでした。まったく人生はやってくれます。
2009.04.05
コメント(10)
自由ほど難しいものはない、自由とは責任を伴うものだ、と確か小5小6の担任の岩ちゃんが言ってたような気がする。その言葉はかなり応用が利く言葉ではあると思う。友達が日記に茂木健一郎氏の話しを書いていて「Aの選択を後悔するから人間は成長できる。次はAの間違いをしないようにBを選択できるから」とゆうような話しだったけど、それってものすごく昔の道徳とか教訓とかあるいはサルの訓練の話しみたいに聞こえてしまう。茂木さんて脳の研究の最先端を行っる人なのかと思っていたけど意識と脳では世界が違うのかな。人間は、Aの失敗をしたくなくてBを選んでもAのような失敗をします。あんな目には2度と遭いたくない!というような深い痛手ほどそういう傾向があります。もうこんなのは使い古された例ですがアルコール依存症の父を持って苦しんだ女の子は絶対お酒で失敗したくないと思うしお酒に溺れるような男を選ばないようにしよう!ってものすごくこころに誓うんだけど気がつくと酔っ払った彼氏に殴られたり結婚してみたら相手が依存症になってたなんてことがざらです。もしくは自分はお酒には手を出さなかったけど薬を飲まないと生活できなくなっていた、というのも表れ方がちょっと違っただけで依存の世界の住人に違いはありません。それは本当にぞっとするような体験です。そのループにいる時、本当に自分は呪われてるんじゃないかと恐くなると思います。でも、呪われてる!どうしよう!と真剣に思ったほうがいいと私は思います。なぜならそこにはちゃんとした仕組みがあるからです。ですからその呪いは解くことができます。子供の時から自分はたいして悪いこともした覚えがないのにひどい目にばかり遭っているとこれはちょっとおかしい、なんとかしないと人生がめちゃめちゃだ、と自覚して対処する気になります。でもそうでもないと、人間は自力でがんばればなんとかなる、とかそのうちになんとかなる、と思ってしまいがちです。高校の授業で唯一役に立ったのは古文の授業で田子先生がしてくれた茹で蛙の話しでした。「二つのビーカーにお湯を沸かします。一つには水の時から蛙を入れておきもう一つはお湯が沸いてから蛙を入れます。熱湯のビーカーの蛙は熱いのでびっくりして飛び出して逃げます。もう一つのほうはいい湯加減だ、ちょっと熱くなってきたけどまだいいかななんて思っているうちにすっかり茹ってしまって限界の時にはもう茹で蛙になって逃げられないのです。」AがいやだからBを選んだとしても多くの場合、その選択肢はAチームの中のどれかでしかないのです。なぜなら自分がその波長にある時、その場所からはAチームの波長にしかフォーカスできないからです。つまりAチームにしか魅力を感じないのです。私は基本、他人の生き方に口出しはしないスタイルで生きています。同じことを繰り返している人はだいたいにおいて「でもいいの、いつかどうにかなるから。私はこういう生き方が好き」と無意識的に思っている人が多いのです。そして本当に変わりたい人は、だいたい何とかして変わる方法を探し出します。変わりたくない人の場合、多分今の状況は周りの何かのせいで変わるべきなのは周りだと信じているのではないでしょうか。そういう人が周りにいたら、私はやはりその人が心底周りを変えようとすることに疲れるのを待ちます。というかほっといて忘れてしまいます。そういう人はだいたいどんな時でも周りを変えようと奮闘していて周りに文句が多いので、疲れて一緒にいられないのです。心底疲れてもうだめだ、周りをどうしても変えられない、でも人生を何とかしたい、もっとしあわせに、それができたら周囲も一緒にしあわせに、そして世界がしあわせに、と願う人と一緒に自分を変容させる旅をする方が性に合っています。私は多くの人が自分のしあわせのために自分に取り組み自分を変容させることが世界を平和にすると信じています。それは究極的にエゴに取り組みエゴの正体を知りエゴを変容させることだからです。エゴに取り組むと人間は自由な選択が初めて可能になってきます。Aチームという枠をはずすことが可能になってくるということです。(それまでは真実の私ではなく、くっついている仮面が選択しています。あるいは仮面ごし、鎧ごしに世界を見てジャッジメントしています。)同時にすべての責任は自分にあることを知ることになります。古い言い方では、責任は自由を得る代償のように言われてきた感がありますが全責任を負う姿勢に初めて自由はもたらされ、不可分です。どうせ一度の人生だから仮面じゃなく鎧じゃなくわたし、として生きたいじゃありませんか。
2009.04.02
コメント(5)
だんなさんの治療院のボスと同じ八重山出身のおじいが「誰か畑やんないかねー100坪あるから自由に使っていいさー」と探していてわーこっちに来る前に描いてた沖縄だ~と夫婦で感動していたんだけどとてもじゃないけど作物を育てに畑に通うほどの余力はないので躊躇していたらとうとうそのおじいが近所の人の車で送ってもらって治療院までやってきてしまったらしい。それが会ってみたら主人いわく「ものすごく目がまっすぐできれいでちょっとしあわせになった」そう。事情があって今一人暮らしで寂しいみたいで聞いてみると手の痺れがあるというからじゃあ、訪問のリハビリしますかと言うと「やってみようかねー」ということになった。で、今朝はそれとは別に、にんじんを掘るところ見せるから仕事前にとりにおいでということで私もついておじいのおうちに遊びに行った。おじいは80歳と聞いていたけど会ってみるとものすごく若くて話し方も静かで内省的な感じのするだけど逞しくてかっこいいおじいだった。うちのだんなさんは患者さんと話す時大きい声で話すんだけどおじいは耳も目もこころもしっかりしていてだんなさんの大きい声がちょっとおじいちゃん扱いすぎちゃう感じに見えるくらい。畑に植わってるにんじんをにんじん抜きシャベルみたいなので一本一本抜いて「あんまりじょうとうじゃねえな」と言って今度は木にたわわになってるパパイヤをデッキブラシで5、6こ叩き落してくれた。おじいはなぜか会ったばかりの主人と私に「あんたの性格はわかったから言うけど」と言ってこころのうちを話してくれた。今は不安で夜眠れないそうなのだ。主人が「鍼はうけたことある?」と聞くと「あんた鍼できるね?じゃあマッサージより鍼がいいなあ」と言ってくれた。主人がそういう治療を望んでいるせいもあるけど、沖縄に来てから不眠や精神不安に苦しんでる患者さんがとても多い。主人の全身調整はそういった人に特に受けてもらいたい。おじいは私の目をニコニコ印みたいな目でまっすぐ見ながら「野菜は買わないで取りにおいで。コーヒー入れて待ってるからまたおいでね」と言って家の前でずっと手を振って見送ってくれた。若いときはサトウキビで生計を立ててたそうだ。「農業は、大変。ちょっとやそっとじゃもうからないよ」「もうけるなんてとんでもないけど、でも自分で育てるのって楽しいでしょ」と主人が言うと「楽しい、って気持ちで出来ることが大事さ、楽しいって思えるならいいさ」となぜかなにを言っても重みある言葉に聞こえてしまうおじい。
2009.04.01
コメント(6)
全15件 (15件中 1-15件目)
1