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日曜日に沖縄は梅雨明けしました。なんだか東京みたいにずーっと雨、という感じではないので降水量足りたのかなーなんて思っていたら例年より多めだったそうです。確かに降る時の勢いは半端ではありませんが・・・だけど、湿気はすごかった・・・暑さに強めの私ですが、エアコン我慢してると気持ち悪くなっちゃうほどでした。そして明けて3日のお天気はすばらしい。沖縄の空の澄みかたは最高です。全部が幻のように美しい。沖縄ではこの世は幻なんだ、ということを実感できます。(笑)昨日の休日は、糸満市西崎(うちから一番近いビーチ)美々ビーチで過ごしました。糸満べん(?)ってすごく愛らしい。読谷では居酒屋さんで「さーはあまり使いません」って注意されたけど糸満ではとにかく「さーさーさーさー」言ってます。なので私も主人も「さーさーさーさー」言っています。
2009.06.30
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若い頃はもちろんですが、わりと最近まで私は「無事」とか「無難」ということにほとんど、全くといっていいほど魅力を感じませんでした。とんでもなく困ったことや辛いことの連続の中にあっても、「ああ、もっと無難に生きたい」とか「今日無事でありがたい」なんて全然思えなかった。ところが、最近になって無事、無難の本当の仕組みとか意味とかがわかったらものすごくありがたいことで、もうそれこそが奇跡だということを実感するようになりました。私たち人間はこの星でとても長いことエゴの法則の中で生きてきているのでいいことがあればわるいこともあるし幸運もあれば不運もあるというように「いってこい」の正負の法則が当たり前です。私も長いこと辛い気持ちで生きてきたのでその頃は「これだけひどい目にあったんだから、いつかでっかい幸運がきてあとはもういいことばっかりしかない人生が待ってるのかしら」なんて思ったりしました。ところが、ひとしきりの嵐が去り心に平安がやってくるなり不思議と同じ分量の「いいこと」を求める気持ちが消えていきました。これは不思議でした。幸せ、というものは不幸の対極に在るものではないんだな、とわかりました。幸せは、マイナス10がプラス10に転ずるのではなくゼロにいることだと感じました。ゼロに戻ってくると不思議とマイナス10の頃の恨みなんて忘れてしまいます。そしてやすらぎの中で「ゆるしの祈り」をするとものすごいことが起こっているのを感じることができます。ゆるしの祈りはカルマを解消することができるとありますが信じようが信じまいが実際私たちは肉体を持って生きているだけで生・老・病・死などの苦を体験しなければなりませんし自分が生きるためには知らず知らずに、他の命を奪ったり傷つけたりしているものです。ですから私たちは肉体中心に生きることで負のカルマを背負っているとも言えます。ゆるしの祈りでは、そうやって知らずに作ってきた負のカルマや私たちの先祖が子孫を残すことで作ってきたカルマのすべてに言及してそのための赦しを大いなる存在(神)に祈ります。私たちは生きることで奪い、奪われるという代償を払い続けています。ですから、人生ってそんなもんさ、と甘んじて受け入れている「不運なこと」が日常茶飯事に起こるのは至極当然のことです。ですが、私たちが過去のすべてを赦そうと決め、そして赦されることを願う時その道を歩くことを決意し選ぶ時私たちは、その因果の法則の悪夢から目覚めることができます。今日無事だということは過去が赦され、カルマの支払いを帳消しにした証拠です。奇跡(愛による神わざ)の中に生きることそのものだと感じるこのごろです。
2009.06.24
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昨日は久々のぴーかん(ぴーかんて死語なの?)な休日。アグリハウス東風平(野菜直売所)で果物と野菜を買い自転車で豊崎のビーチへ。このビーチはうちから2番目に近くて、出来立てのほやほや。人はまばらでしたが、休日はこれに限るね、と意見が一致しました。敷物敷いてごろんとしてゆんたく。夕日も最高でした。先週はだんなさんの両親が遊びに来ていて、南部観光しました。浜辺の茶屋はうわさに聞いていましたがやはり最高でした。(少し前に山辺の茶屋へも行きましたが、これも最高。)斎場御嶽(せいふぁーうたき)は私今回で5回目になります。マニアですね、もう。今日は沖縄終戦の日。亡き祖父と、この地で交流のあったであろう方々に思いを馳せつつお祈りさせていただきました。
2009.06.23
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昨日たまたまyou tubeで松田優作の最後のトーク番組出演、というのをみつけた。ガンに侵されながらハリウッド映画進出を果たした直後なのかな、収録は。そこで、司会者が家庭について尋ねたところ彼は「家庭をちゃんとやるのは一番難しいね。いろんなことが必要だ。だけど、ちゃんとやると、おもしろいよね」と語っていた。「例えば、家庭内で相手(パートナー)が泣いたり、怒ったりしてる時に人間って目で見たり耳で聞いたり、五感を使っちゃうでしょ。だけど、それじゃダメなの。五感を閉じて見ることなんだよね。・・・」これ、すごかったです。聞き手が古館さんと阿川さんで、すごく薄っぺらいトークになっててその話しはそれ以上脹らまなかったんだけど彼が言っていたのは、面倒なことから逃げるという意味(ありがちなお父さん的な)ではなく身体の目ではなく心の目で相手の本質を見るという意味でした。そして「誰だって相手は新しいほうがいいでしょ。だからって2、3年経つとどんどん相手変える人多いでしょ、特に芸能界。これ、(頭、パーのゼスチャー)。だって、それ、同じこと繰り返すだけなんだから。だけど、そういうの乗り越えて、もっと相手をちゃんと見てそうすると、おもしろくなってくるんだよ。」優作がものすごくすばらしい俳優だということは世間では周知かもしれないけれど俳優業(行?)を通してそこまで行っていたんだなーと改めて思い知り嬉しかったです。タイムリーにも奇跡のコースのちょうど読んでいる箇所のキリストの言葉に同じ意味の言葉があります。「同胞愛とは、たとえ自分自身をそう知覚できないとしても、他の人を完全であると知覚する方法である。」そして相手をそのように見るには「聖霊に目覚めて肉体的な見方を信じるのをやめることから始まる。」優作がパートナーシップの中に愛のレッスンを実践していたことが良くわかる彼の言葉でした。
2009.06.21
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スピリチュアルと言うからには、重要なのはスピリットだろう、となるわけですが「神の使者」では、人間は真実を選ぶかエゴの幻想を選ぶかどちらかの道しかなく選ぶことができるのは心しかない、と言っています。しかも、その心がまっさらに真実をちゃんと見ることはとても難しいなぜなら私たちは目に見えるもの、形在るものが真実だと思い込んで生きてきている。だから真実を見るための心には訓練が必要だと言っています。訓練、と言われると人間はなんとなく恐れをなすと思うのですが誤解を恐れず書こうと思います。訓練というのは心の目に新たなフィルターを取ってつけることではなく元々ついてしまっているフィルターをはずす、ということです。私がいつもお勧めする「マインドトレーニング」という本はこういった心の訓練のやり方の一つだと思います。本当のタイトルは「LIVING IN THE LIGHT」なのでこっちのほうがいいのになーと思っていたのですがあながち見当違いでもないタイトルだったんですね。スピリチュアルの世界ではなんとなく、こころ=マインドというものが軽視されがちです。しかし、どうやらにらんだ通り、人間が目覚めるためには心が最も重要な鍵のようです。心を訓練するとは、エゴを解体することです。「ニューアース」がなぜ今さら人間のエゴにおもいっきりフォーカスしているのかわかる気がします。スピリチュアルの言い分では、エゴにフォーカスすると波動が下がる、エゴを引き寄せると言いますがこびりついたエゴを解体するにはエゴを知る必要があるし結局のところ人間はここのところをスルーして目覚めも平安もない、というところに向き合える準備がようやくできつつあるということなのかもしれません。
2009.06.17
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子供の頃、母がよく私たちきょうだいに言い聞かせていた言葉。特に私たちがぶさいくだったからではなく私の弟は生まれつき頭から足の先まで青いアザに覆われて生まれてきたからなのです。もうこはん、と言えば蒙古人種のおしりにある青いアザですが弟は顔におおたぼはんというアザ、全身にもうこはん、おまけにおなかには赤いアザがあります。原因は不明な上に、これらのアザ同士に因果関係はないため別の種類のアザがいくつも一人の人間に現れるのは奇跡的な偶然と言われています。それで母はよく私たちに、人間は見た目(かたち)ではない、大切なのは心なんだ、と教えたわけです。私は小さい頃から弟と一緒に歩いていると近所のおばさんたちに「あら汚い、ちゃんときれいにしなさい」なんて言葉をかけられました。弟のアザはそれくらい強烈な深い色と形をしています。そんな時私は、何か言いたい気持ちをぐっとこらえながら「この人たちはただ知らないだけなんだ」と心の中で自分に言ったものです。涼しい顔をして、心の中で彼らをゆるしました。そっと手をつないでいる弟の様子を見ると弟はまったく意に介していませんでした。無邪気そのものでした。それから、きょうだいげんかをすると必ず「けんかりょうせいばい」と言われ理由も聞かず双方却下されました。相手にしたら負け、相手にしたら自分のレベルが下がるのよ、と言われました。誰でもそうですが母親の影響ってものすごいので母の影響をクリアにする取り組みをしてきました。良いも悪いもとにかく意識して解体していかないと本当の自分が見えてきません。でもこうしていったんしっかりと分離できてくると改めてすばらしい教えに感動を覚えたりできます。
2009.06.16
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私が心の痛みをもろに反映して、実生活でもろくなことが起こらなかった頃何が辛いって感謝したいのにできない、愛したいのに愛せない心の状態だったと思います。何が起こっても何をされても赦すこと、感謝するとそれが自分に還ってきます、とわかっていてもできない自分。勉強すればするほど追い詰められることすらありました。「傷つくならばそれは愛ではない」という本があります。この言葉はある意味事実ですが、これほどきつい言葉もなかったものです。つまり自分は愛ではないと、愛からはぐれたものだと認めないとならないことになります。なぜならその時自分は明らかに傷ついていると感じていたからでした。できることと言えば、いつしかすべてが過去になり、傷つかない自分に成長することをうっすらとあるかないかわからない未来に望むことぐらいでした。もしあの時に「神の使者」が書かれていたなら(奇跡のコースと出会っていたら)それは真実ではないということがわかったはずです。様々なスピリチュアルの教えはどれも役に立つツールではありえますが究極のところ、私たちはなんであり、なぜ今ここにこうしているのかそしてどうすれば真実の幸福、平和、愛に還ることができるのかという問いには答えてくれていません。ツールを使ってその問いを追求すれば必ず矛盾と欺瞞に陥ります。なぜならすべてのツールは「より良くなるため」にあるからです。より良く、というのはつまりは比較、2元性の世界でありここを現実として生きる限りは私たちは究極満たされることはなく昨日より今日、今日より明日という幻想から逃れることはできません。いくら今にいることを心がけてもその今がなんなのかという問いの答えにはならないのです。より良くなって(少しはましな状態になって)なんとか赦す気になる、そういう大変なことをやってみる気になるための準備としてはより良くなることはとても有効だったと思います。宇宙の法則や癒しを学ぶことは、そういう意味では有用だったと思っていますし必要とする人はいるはずだと思います。それくらいに、すべてを赦すということ、それに取り組むことは根深い困難さを内包しているということです。それがいわば宇宙のようなものだということなのです。
2009.06.14
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妹は最近彫り物を始めています。これは版画の菩薩。もう10年以上前のことですが、あるカウンセラーの方から勧められて生命の贈り物という本の一部をいただきました。この本のメインは祈りの言葉で、残りはこの祈りの言葉集がどのようにしてできたのか、どのような結果を生んだかの実例、そして訳者の言葉がありますがいただいたのは祈りの言葉の部分だけをコピーしてくださったものでした。私はその頃、同じようなテーマや志向のある友達といつも一緒に行動したり一緒にセラピーを受けたりしていたので友達グループにもその祈りの言葉集はいきわたりました。この祈りの言葉は一見クリスチャンの祈りにも似ており主、という言葉が使われていますが宗教に関係なく、声に出して唱えることで一定の波動を確立しカルマの結び目を解き解放してくれるというもので難病や不治と言われている病や依存症などを完治する力があるとあります。紹介してくれたカウンセラーの方もすべてのカルマの解消になるからやってみて、ということでくださいました。祈りの言葉はこんな感じで始まります。「私は今日の日を祝福します。そして、私の生命のために感謝します。私を傷つけた人々をすべて、完全にゆるします。(3回繰り返す)私が傷つけた人々すべてに、どうぞゆるしてくださるようにとお願いします。(3回繰り返す)・・・・・」そしてゆるしの祈りから始まって、自分自身の癒しの祈り、世代間にわたるゆるしの祈りなど9つの祈りがあります。私はその頃、すでに様々な取り組みをしていましたが、内面は荒れ放題に荒れて、恐怖や痛み、悲しみ、苦しみ、寂しさなどに常にさいなまれていてこういった苦しみを終わらせるには死以外有効に感じられず暇さえあると死にたいな~と考えていました。もちろん思いの奥深くには、自分はこんな思いに追われるためにいるのではないしまだ私のみつけていない、人生を開く扉があるはずだと感じていましたがそんなのは戯言に過ぎないという声のほうが遥かに切実で圧倒的でした。そんなさなかですからそれは真剣に祈りを唱えました。漠然とでしたが、私を救うのはこういった目に見えない内面的な何かだということはわかっていましたしそういった取り組みはそれまでにも人生を度々大きく変えてはくれていたのです。ですから外面的には私はとても明るくパワフルで活動的で活き活きとして見えたはずです。ところが、この祈りを唱えると悲しみや怒りや痛めつけられ押さえつけられた苦しみが噴出してきてどうにもならないほど辛いのです。私は周囲の友達に尋ねてみましたが、数人の友達も近いことを言っていました。最低1~2ヶ月は毎日すべてを唱えるとあったので拷問を受けるような思いで毎日唱えました。多分2ヶ月くらいはがんばったと思うのですが、一向に楽にならず習慣といして定着しないまま挫折しました。その頃の私は、すべてをゆるす準備はできていませんでした。あまりに深いカルマの応酬をまともに喰らっていたしカルマやこの世の仕組みがわかっていませんでした。先日、神の使者のことに触れましたが、この本を読んでいるうちに、生命の贈り物のことを思い出しました。そしてもう一度手にとってみたくなりました。以前はプリントだったのでわかりませんでしたが訳者は大内博さん(玉川大学の教授でA Course in Miraclesを基にしたワークショップなどもしている方)で、見事にその関連について触れられていました。そして思い返してみるとこれまでのすべての道が整然としていることに気づきました。生命の贈り物を唱えましたがとても穏やかな気持ちでした。ところが、翌日から思い出すとひやっとするような出来事が再浮上したり自分が激怒している場面(いかにも私がそうしそうなシチュエーションで)が夢に出てきたりといったことが起こり始めました。赦しを実践するには絶好の機会です。夢の中ではおもしろいことに、激怒の次の瞬間に、私は夢の中でも赦しました。翌朝の気分はもちろん良く、以前のように動揺したり嫌な気分を引きずったりすることは自分の人生から消えつつあるようです。まだまだ書きたいことは山のようにあるのですが今日はこの辺で。生命の贈り物神の使者
2009.06.12
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Ruach(ルーア)では医療保険適用の鍼灸・リハビリの訪問に取り組んでいます。施術は主人で、私は裏方。糸満に住んで5ヶ月め、ポストに入った私の手作りチラシを見てくださった方が初めてRuachの訪問鍼灸を受けてくださることになりました。患者さんは全身に麻痺があり車椅子の生活でまもなく90歳になられるそうです。初めての訪問で、主人が患者さんに「○○さん、今何が一番したい?」と尋ねると「拍手がしたい」とおっしゃられたそうです。普段デイケアに通っていて、慰問にみえた方に拍手がしたいけどできないから、とその方はおっしゃったそうです。「そうか~。拍手かぁ・・・」「すごいね。だってさ、自分のためじゃないんだよ。一番したいなんてことが拍手って・・・」と、二人でなみだ目で話しました。こういう体験をさせてもらえるって、なんてもうけもんなんだろうと思います。
2009.06.06
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たくさんのみなさんに応援いただいたり気にかけていただいた沖縄初ライブは大盛況のうちに幕を降ろしました。天妃は沖縄ジャズスポットの中でも有名でとてもいいお店です。ライブ2日くらい前から緊張しまして、もう行きたくないな~と思うほどでしたが(エゴです、これが!)目くじらを立てずにこんな小心な私を赦してあげました。バンマスのピアノ・新垣隆成さんは、例によってリハも打ち合わせもなし。私は糸満・潮平からはるばるバスとゆいレールで2時間近く前から出かけ一番乗りで店に到着。や~この緊張とやーな気分たら、もう。この気分を明確にするならば、これから起こると妄想しているネガティブな仮想現実を恐れまくっているわけで。その恐怖から何とか逃げようとか、或いは何とか理由をくっつけて戦おうとかしている自分はどっちもエゴのじたばたです。しばらくすると、ベースの西川勲さんが登場。ネットで拝見するに、沖縄ジャズ界の重鎮、とかあってどの写真もベースと同じくらい重厚な雰囲気。だけど実際はもう、チャーミングそのもの、少年そのものな西川さんでした。それからヴァイオリンの山里郁子ちゃんはやはり沖縄音楽界では誰もが知ってる(みなさんそうだけど)奏者で人気者です。普段は天妃で毎週土曜日にレギュラーで、その他めぼしいスポットに郁ちゃんありです。スタートぎりぎりになって登場したドラムの砂川あきひろくんは天妃月曜のレギュラーで、やはりその他のスポットのどこかに出てます。多分お若いんだと思うんだけど、音もビジュアルもシャープでスマートでかっこよかったです。砂川くんは、お客さんからいただいたお香を袋から選ぶ時すごく躊躇なくぱっと取ったから私は「お香好きなんだな~」って思ったのですが数秒後に「わー!で~じ食いもんだと思っとった!なんの迷いもなく!」って叫んでて笑えました。で~じってすげえ、みたいな意味だそうだけど東京で言う「ちょーまじ!」みたいな感じで使うんだな~と生で~じが聞けて嬉しかったです。ライブは21時から25時半までに4ステージとのことだったので毎時間30分やってあいだに1時間休憩があったりするのかと思っていましたがとんでもなくて、まず9時スタートで50分のステージ。それから20分くらい休んだら次は1時間のステージでした。3ステージもそのぐらいやって、最終は時間が足りないくらいだった。私は3曲づつ4回で12曲だったので普段とかわらなかったんですけどでもみんなが演奏している時は私もスイッチが入っているのでなんだかものすごい勢いで燃焼してしまい、1ステージごとにはぁはぁしちゃうくらいでした。で、楽屋(厨房)で休憩中もバンマス新垣さんはお客さんとお話ししたりしてて他のメンバーだけで休憩してる時に、べース西川さんが「バンマスは最終ステージで死ぬ気なの?どんどん燃えてくるんだけど。やればやるほど燃えてくるから恐いんだけど^^毎週燃えるの?何時くらいから燃えるの?」とかおっしゃってるのがものすごくおかしかったです。確かにその通りで、私はピアノの横でレッスンでもしてもらってるような場所で歌うのですがあの長時間の演奏で、弾けば弾くほど噴水のようにエネルギーが湧き上がって来て後ろから見ていると本当に噴水みたいに見えてどんどんのっていって私も最初は緊張していましたが、途中からはもう、我を忘れてただ鳴っていたように思います。ただ鳴っているときは、自分が歌がうまいとかへたとかうまくいってるかどうかとかそういうことがもうど~うでもよくて気持ちよく走ってるだけとか、ただ笑ってるだけ、みたいな気分になります。そういう時は、多分私が伝えたいことなんて、理屈じゃなくて全部伝わってるから何も心配はいらないんです。そこまでいけると、誰の評価も感想も何も気にならなくてだって、私は今現在これしかできないんですしこれがさせてもらえることに感謝しか浮かばないって状態になってはぁ!という呼気しか出てこないんです。バンドはものすごくレベル高かったです。演奏の途中で新垣さんがおもむろにベースまで歩いていって打ち合わせ始まったりあとはもう新垣さんが眉をちょっと動かすだけでものすごい勢いで決まるし決まり方もスマートでクールだし、神業のようで、たまらなかったですね。NYとかでもなかなか見られない呼吸と気合でした。こんな感じで、後2日はまだ興奮の余韻を楽しませていただきました。全く何度も思うことだけど、あんな楽しいプレイの仲間に入れてもらえて一緒に遊んでもらえるってことがすんごく嬉しいんですよね。私なんてほんと、なんにもできないんだけど。すごく不思議です。写真は妹・砂絵作 最近はこんな感じだそうです。
2009.06.03
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