全17件 (17件中 1-17件目)
1
8月26日水曜日 オキラジ『MaMiのミュージック&ビューティ』に出演したときのもようです。動画付きです^^オキラジ『MaMiのミュージック&ビューティ』
2009.08.28
コメント(10)
書きます。私が普段考えていることについて同じことを考えている人に出会うのはとても勇気が出ます。昨日ご紹介させていただいたビレッシュさんの言葉は私が普段感じていることに心からの友達が応えてくれているような嬉しさを感じました。私は長年スピリチュアルを学びそれによって生かされてきました。その時どきでいろいろな概念、教えが助けてくれましたが教師や集団が増えるにしたがって出てきた疑問もたくさんあります。「ありのままのあなたでいいのです」という言葉は確かにある場面ある時にはとても人を助ける概念ですがそれをすべてに当てはめて(というか都合のいい時に当てはめて)乱用するとおかしなことになります。こういった癒しと解放のための言葉はその瞬間のその人のために使われるべきものでそれが正しく使われているか、エゴの温存のために使われているかをわかるのは私たちが心(ハート)を開いて選ぶしかないのだと思うのです。エゴがもっとも恐れる変化というものを避けるためにその概念が使われても結局のところそれは誰も幸せにしません。その瞬間、この概念は口実になってしまいます。私たちが本当に平和、愛、幸福というものを生きるのならば本当の自分に目覚めるだけでよい。そのためにしなければならないことなどない、というのはある面真実ですが今いる場所から新たな選択をしなければならないというのは事実です。それには勇気や決断や諦めないという根気や忍耐、そしてそれを支えたり守ったり促したり導いてくれる存在が必要です。「愛は相手を変えようとしない」という概念があります。しかし一方では、気づきのための教え或いはパートナーシップや魂の仲間同士でのリレーションシップには目覚めのために互いに助け合うことは必須です。でなければ私たちはこの世にいる必要がありません。この2つの概念を関連付けて明確に説明している人はあまりいません。実際私は夫婦という関係の中でこの両方を体現することの難しさをひしひしと感じます。ある時は黙って見ているある時は言葉を尽くすある時はびっくりさせるある時は我慢するある時はできるだけやさしくある時は怒るある時は強くあるある時は弱さをさらけ出すどの時にも必要なのは愛ですが愛さえあればなんでもいいというわけにはいきません。そうしていつもエゴのつながりでなく愛でつながる関係を築き育んでいくためには相手に関心を持ち、何かしらの行動を起こすことが必要になります。(これをビレッシュさんは「ソーシャルなプレッシャー」で必須だとおっしゃっていました)けれどもそれが、自分のエゴの欲求から来ている(相手を変えようとする)ものなのか愛から来ているものなのかましてやその表現方法がどうなのかを見極めるのは人間には至難の技で正しい答えなどなかなかみつかりません。それでも「愛する」のならば自分の内面といつも対峙しエゴを見張り解体し「思いやり」を持って相手と向き合い続けるしかないのが少なくても私の現状です。多分そこで出てきた概念なのかと思いますが「波長が合わなくなれば、別の相手に変えればいい」と教える人は多いのです。実際チャネリングやリーディング、スピリチュアルカウンセリングの中で「結婚相手はすぐに変えてもいい。スピリチュアルをやっている人は簡単に変えますよ。そこで痛みを感じるのはエゴです。」というようなことを言う人もいます。でも、本当にそうでしょうか?人生のテーマは人それぞれでもひとつの大いなるスピリットからやってきてわざわざ分離し肉体を持ちもっとも大きなテーマは愛すること以外にあるのでしょうか?それを果たすための使命は目覚め以外にあるのでしょうか?よく言われている「あなたの魂の使命は?」という命題はその大きな使命を果たすための指針なのだと私は思っています。その使命を果たすためには本当にいろいろな形のたくさんの助けやアイディアや工夫がいります。少なくともパートナーシップや家族、友情などの関係の中で都合や気分や心地良い悪いなど自分の状態に左右されないほどに愛し続けようとすることほど地上での目的や使命やテーマを学べる機会はないのではないでしょうか。これは、決まったゴールを目指さなくてはならないということとは違います。私たちはどんな形態どんな状況の中にも真の目的を見失わずに勇気や工夫や思いやりを持って進む中に愛をみつけたり感じたりその関係性の中に育んだりすることができるのだと私は思うのです。
2009.08.28
コメント(0)
今日この言葉を必要としていたら出会いました。ビレッシュさんの言葉ごらんになりましたか?私のお気に入りブログにあるヴィジェイさんがご紹介なさっていて何の気なしにぴっぴと飛んでいきましたが最初にビレッシュさんのお顔を見た瞬間に来たメッセージは「薬物中毒」だったのです。それで、この人大丈夫だろうか?にせものかしら?と思いそれで読んでみました。そしたら私のチャネル力もなかなかのもので彼は重い薬物中毒から立ち上がってセラピストになった人でした。最近、ブログなどでとてもいいこと書いてもっともらしい人が実際はかなりのうそつきだったりねじれゆがんでいたりという事実を垣間見たりしていたので人に紹介するのも気をつけないとな~と思っていますがこのページのこの言葉に関しては私はとても共感しました。
2009.08.27
コメント(2)

昨日は沖縄に来て一人でもっとも遠出をした日。そして沖縄で初めて公共の電波でトークをした日、でした。詳細などなーんにも聞いていなかったんだけどシンガーのMaMiちゃん(10年前に東京で偶然知り合っていて沖縄のライブで再開)が私の歌の仕事のことを気にかけてくれていて自分のラジオ番組でアピールしてみたら、と誘ってくれたのでした。で、彼女は私のセラピーのことは何も知らなくて今回のラジオの件の話になって初めてそのことについて話し結局ミュージック&ビューティのビューティーがテーマのほうの日に出て主にセラピーのことをしゃべりました。内容は昨日の本番30分前の打ち合わせまで知らなかったので短い告知コーナーみたいなところで出るのかなと思っていたら生放送30分番組で最初から最後まで2人でトークする内容でした。私もセラピストとしてトークするのは初めてだったのでどんなん出てくるのかな~と想像もつかなかったのですがMaMiちゃんがとっても本質的な興味と理解もって問いかけてくれたのでものすごく、自分でもびっくりするくらい的確にスムーズにしゃべることができて全く自分の力ではない何かがすべてを導いてくれているような感じでした。沖縄市のローカル放送なのでどれくらいの人が耳を傾けてくれたのかわからないけれど私にとってはとても有意義で幸せな時間でした。ヒプノセラピーという理論と神秘がミックスしたとても不思議で深い世界について公共の電波でお話ししてるんだな~という感慨もありました。30分があっという間でMaMiちゃんもびっくりして何度も「いつもは3~4曲かけるんですよ!」と何度も言ってました。(昨日はオープニングともう1曲だけ)この放送はインターネット用に映像配信もされているそうなので後で見ることができるそうです。教えてもらったらお知らせできると思います^^
2009.08.27
コメント(4)
コザのラジオに出ます。こちらで奇跡の再開を果たしたMaMiちゃんが自分の番組に呼んでくれました。告知か何かのコーナーなのかな。私も行き当たりばったりな人間なので何も聞いていません。メールのやり取りだけで今日夕方からコザへ向かいます。バスで行くのでバスあるのかなとかそんなことから調べてばたばたしましたがバス会社の方はすごいプロですごいスピードでルートを教えてくれました。さすが電車のない沖縄。帰りはたぶん那覇までしか帰ってこられなさそうです…。免許は取るつもりないのでだんなさんこれからもこんな時は笑顔でお迎えに来てください。お願いします。
2009.08.26
コメント(0)
選挙シーズン。沖縄も賑やかです。ちょっと以前のお話ですがまじめで立派な紳士が「まずいい政治家が出てこなければ、世の中は変わらない。いい政治家さえ出てくれば…」と口惜しそうに、或いは絶望的に言われる場面に何度か遭遇したことがある。スピリチュアルを勉強している人は決してそういう考えを持たないだろうな。具体的にそういう現象が起こるのは全体の意識が変わって機が熟すからだと思う。二度ほどではそのために私たちからまず意識を変える必要がありますねというようなことを申し上げるとお一人は「いや、社会がそうならないなら自分だけ儲かるほうがいい。自分と家族だけ守ることの何が悪いんだ。」というお話になりもう一度は「ん…??…こういう話は男同士じゃないと分かり合えませんな、」ということになった。え~と思われる方もたくさんいらっしゃると思うけれどこういう考え方って結構トラディショナル。赦しましょうね~。
2009.08.25
コメント(2)
確かビデオが出てすぐくらいにレンタルを見てその時は、手放しに感動できなかった作品で(イタリア語の語感とか、主演のカップルがタイプじゃなかったりとか…)だけど、人生の中でことあるごとに思い出しヒプノセラピーなどで人間の意識の勉強などすればまた思い出し時間がたつほど気になってそれでようやく多分10年ぶりくらいに見た映画『ライフ・イズ・ビューティフル』だんなさんがプチ映画ブームだったのでそれに便乗して一緒に見ることができました。10年気になっていただけあった…。もしかしたら人間わざとして最高の愛なんではないかしら。そうだんなさんに言ってみたら満点だね。ホームラン、って言ってました。今回、特典映像でロベルト・ベニーニのインタビュー映像を見て感動の裏づけがより高まった気がしました。彼の世界が本当に美しいってことが伝わりました。ヒプノセラピーでは、人間の潜在意識の形成がほぼ幼児期に出来上がるため親である大人の心がいかに癒されているかがとても重要であるということが明らかにされています。この映画に描かれているパパは偉い人でも強い人でもないのですが心が満たされて平安と愛することの大切さを学んだ人の魂が地上ででき得る限りの奇跡を起こす姿を教えてくれています。あんなふうに子供へ愛を伝えることができたなら子供は恐れというカルマを最小限にし愛を学ぶことができると思います。極限状態にありながら不平不満、憎しみや怒りや恐れが彼の中には存在しない。本当にそうである人はああいった行動ができるんだろうと思います。神が人間としてこの幻想世界をいきたならああなったりするのではないかしら。まさにライフ・イズ・ビューティフル。
2009.08.24
コメント(0)

*潮崎南浜公園*美容室ラニブルーへ行ってきました。*西崎近隣公園の上空*クライアントさんのお話は守秘義務があるのであまり公開できないのですが身内のお話をします。以前に『青い石』というタイトルで母のブレスレットにクンダリーニレイキのアチューメントをしたら乳白色の石が青に変わったというお話を書きました。母はばかみたいに正直でシビアで雰囲気で物事を大げさに良いように誇張するとかそういうことの一切できない人なのであの時母が喜んでくれたことは私にとっても驚きでしたし嬉しいことでした。あれから石はずっと青いそうですが妹の話だと、たまに青が薄くなってくると「美緒ちゃん忙しくて(遠隔ヒーリング)サボってる」と言ったりしているそうです。ごめん。先日は妹から、母の体調が良くないと連絡があり夜中の咳が酷くて弱っちゃう病院でもなかなかわからないし薬も利かないとのこと。じゃあ、ちょっと気合を入れてヒーリングをやるわと言い私の禊から始めて本腰の遠隔をやりました。しばらくして妹があのね、あの日を境にすごく良くなってしかも京ちゃん(母)すごくきれいになってる夜咳で起きないことがなかったのに眠れてると報告してくれました。そして、最近は妹が母のヒーリングをさかんにしてくれているそうなのですが10日くらい前に母が妹に「砂絵ちゃんの手が神さまの手になった」と言ったというのです。わぁー他ならぬ母のせりふなので私たち姉妹が一番びっくりしています。すごいなー。
2009.08.22
コメント(6)
今日も蒸します。まだエアコンは入れていませんがとても見られた姿ではない私^^さて、昔から魔法使いになりたかった方、本当に魔法使いになってみてはいかがでしょう。・・・私のことですけど^^スタジオジブリの映画は気がつけば魔法のお話がいっぱいです。私はやっぱり、クンダリーニ・レイキを自分に導入してから自分の魔法使い度が格段にアップしました。これをやっているとすごいことをやっているんだという感覚がほとんどないのでごく当たり前な気分なんですけどでももっと前の自分が見たらきっとわぁ~いいなぁと思うに違いありません。私のだんなさんも私のずーっと前からの友達も妹もこのヒーリングを使うけどたぶんみんな、ずーっと前から自分はこんなだったと感じているのではないかしら。どうしてなのか思うにクンダリーニ・レイキにはあらかじめこんなことができて自分は他人より上なんだ、と勘違いしてしまうことを防ぐようにプログラミングしてあるそうなのです。これはとてもすばらしいことだと思っています。私は相変わらず朝から晩までレイキ漬けです。そのせいなのか、とにかくあらゆるところに奇跡が現れます。こんなにたくさんの奇跡を与えられるのだから奇跡に見合った人でいたいなと、思わずにはいられません。さて、とてもとても嬉しいことがあったのでお伝えしておきます。ヒプノのセッションでのこと。一度目のセッションで、これまでどうしても許せなかったご両親を完全に赦すことができてしまった方の言葉。「赦しは自分自身の癒しだということが本当にわかったんです」この言葉が私自身のためにどれだけの癒しを与えてくれているかこの世界にどれだけの癒しを与えてくれているか。これ以上の奇跡があるんでしょうか。感謝でいっぱいです。
2009.08.20
コメント(5)
![]()
だんなさん一押しの「マトリックス」を見ました。うん、確かに「神の使者」と同じだった。目覚めた後の世界は描かれていなかったけど。神の使者目覚めたものが目覚めのために暴力(銃と格闘技)で戦うところもちょっと笑えますけどでも世紀末に世界的に話題を呼んだマトリックスを見て魂の呼び声を聞いた人は多かったのでは?だんなさんはそれから「この世界は何かおかしい」と思うようになったそうです。スピリチュアルの本を読んでいるとすべてのドラマはエゴの葛藤の物語だとあります。ドラマ出身(演劇出身)の私はドラマの甘美な魅力に魅せられていましたがその意味はよくわかりました。演劇専攻の授業でも演劇の役割は「カタルシス」(浄化)にある、と教わります。観客はドラマをつくりものだとわかりながら感情移入して見ます。現実ではないと知りながら自己をドラマに投影します。そしてドラマの中で葛藤を越えて解消していきます。そこで脳はあたかも現実を体験したように受け止めるのです。これは、ヒプノセラピーに用いられるサイコサイバネティクスという脳の機能の利用法と全く同じものです。『脳は現実とリアルなイメージを区別できないいし体はロボットのようにリアルなイメージに反応してしまう』という仕組みです。・・・マトリックス。ですから演劇には目覚めた世界があります。ドラマ(エゴの葛藤)を客観的に見る視線です。優れた脚本はどれもこの視線で描かれていますし俳優もこの視線がなくては本当は演じられません。シェイクスピアは悟っていた、と言われているのも頷けます。ちなみにヒプノセラピーでサイコサイバネティクスの機能がどのように利用されるかといいますと・・・この機能ゆえに人間は現在この世(この世が幻想で現実ではないと仮定します)のエゴが作り出している世界をリアルだと知覚しています。エゴによって傷ついたり、怒りを覚えたり、悲嘆にくれたりします。それは誰か(外の世界)が私に対して、その原因を与えた、と知覚されます。ですが、それはリアルではありません。本当の私=本質は傷ついていませんしリアルなのは本質であり傷つけられたかのように知覚されているのはエゴの投影である幻想世界のほうです。ですから、サイコサイバネティクスの機能を逆手にとってそれ(非現実)は起こらなかったという風に認識しなおすことができます。通常ヒプノセラピーではネガティブな記憶をハッピーエンドに置き換える、と便宜上説明していますが無理にハッピーエンドに結末を創り換える必要はないことがほとんどです。どういうことかというと目覚めればいいのです。過去の記憶は間違った夢をロボットのように記憶しているだけです。そのことが催眠の中ではわかるのです。つまり催眠の中では意識は目覚めます。ですからそこで起こってしまった出来事や登場人物を赦すのはそれほど難しいことではないのです。なぜそれが起こるのか、不思議かもしれませんが催眠を受けられる方はそれを選ぶ時点で目覚めることを選んでおられるのではないかと思うのです。変化を恐れる声がないわけではありませんがそれよりも大いなるひとつへと還ることへの魅惑のほうが格段に大きいはずです。赦すことを選ぶということはエゴの正体を見てそれを捨て去ることです。説明の上では、マイナスをプラスに置き換える、というように言いますが本当はそのドラマから目覚めてシナリオを客観視しているのです。或いはその舞台を上空から眺めるのです。すると、その役がどんな役柄であれだからといって演じている俳優を憎んだりすることは全く意味のないことだということが腑に落ちるのです。ヒプノセラピーがただ単にマイナスをプラスにする、というツールであればこれまで私がたくさん見せていただいたような奇跡はなかっただろうと思います。それは2元性の世界を超えるものではないからです。そうでなくてこの潜在意識へのアクセス法は初心者でも安全に確実に行える瞑想なのです。瞑想が悟り=真の平安に通じる最初で最後のツールだというのがもっともだということを日々改めて思い知らされています。
2009.08.18
コメント(0)
悟り、なんてお話になってくると日常の幸せや生活向上とは無縁のことのように聞こえるかもしれませんが意外とそうでもありません。というより、直結、です。「私はこのままで、もう少しだけ幸せになりたいだけなの!」と思う方もいるかと思いますが一見つつましくささやかな願いのようでもよくよく見れば「自分は何も変わらずに、もう少し取り分を増やしてほしい」という、エゴの声とも言えます。臼井レイキの目的は「究極のリラックス」。リラックスというと一時的な癒し感や緩み感なぐさめ的なものと思われるかもしれませんが実は、一切の恐れから解放され思い煩のない境地⇒悟りであると言えます。現在あまりの苦しみの中にいる人はリラックスするために今よりもう少し幸せになって安心する必要がある方もいるかもしれません。私にはそういう時期もありました。けれど一切恐れのない真実の幸せと一時的な欲求を満たす幸せ感では次元が違う。人が真の幸せを探求しその道を歩くと必ず周囲の人や全体にも幸せをもたらすし後者は厳密に言えば他者からなんらかをいただいている状態と言える。どうせならもう少し欲をかいて真の幸せのほうを求めてみるのはどうだろう。
2009.08.14
コメント(4)
はいさい。糸満は現在31度だそうですが、31度が涼しいと感じるようになってしまいました。どうやら峠を越えたみたいです。例年はこれくらいが普通のようなんですが、今年は特別、が、多いみたいです。これならエアコンなしで過ごせます^^さて「奇跡のコース」に取り組んでいます。相変わらず「この世はない」というキリストの教えが気に入っています。クンダリーニレイキを使ってヒーリングをさせていただいていますが「奇跡のコース」キリストの教えとも私の中では統合できつつあります。最近は臼井レイキのマスター伝授もいただいて臼井レイキをおさらいしています。臼井レイキをきちんと勉強すればこの世のエネルギーシステムや意識の仕組みと使い方はかなり網羅できていることを再発見しました。いろいろなアチューメントがたっくさんありますがおそらく原型になっているのは臼井レイキなんだろうな。・・・そして、臼井レイキが目指すものは「悟り」だということも明確に記してありそのためにはどうあるべきかというようなことまで言及しています。臼井さんは悟ってらっしゃったのでしょうか?臼井さんの教えを後の方が言葉にしていらっしゃるのではっきりとはわかりません。が、当時の世界で、たくさんの方に使いこなせるように苦心なさった跡はよくわかります。ただ、これは後の方の解釈だと思うのですがやっぱり「この世でもっと上に行くこと」が悟りにつながるというニュアンスは随所に色濃く表れています。悟っていない人の言葉だな~という感じがとてもします。悪いことをせずいい人を目指すだけでは「霊格が上がる」ことにも「悟る」ことにもならないんだということは探求してみた人ならどなたでもわかると思う。上げるとか悟ろうとするとかいうことすら無意味だということを知らないとそこには行けない。そういう意味ではやっぱり奇跡のコースにある「この世はなくこの世は意味がなく宇宙すらも神は創らなかった」という世界には破綻がなく「本当の自分に還る近道」という言葉にとても頷くことができる。神に還る近道、まさに。段階やツールは大事な手がかりだけど幻想の出口は明確に見えていたほうが近道に決まっている。
2009.08.13
コメント(0)
テレビがないのでDVDわざわざ借りて見るのもな~(パソコンの画面小さいし)という主人がDVD見ようかと言ってくれたので見ました。ポニョ。本当はマトリックス見ようと思ったんだけどなかったので^^友達の娘2歳がポニョにそっくりだと思っていたのだけど見終わったら私がポニョそっくりだと言われました。これまでうちではポールとかポルちゃんとかポンちゃんと呼ばれていたのですがポニョとも呼ばれるようになってしまい、持ち物には「P」って書くように言われています。宮崎作品大好きなので、ポニョはちょっと物足りなかったのですがそうすけ&ポニョには胸きゅんしました。いつも思うのですが今回は特に、宮崎さんの主人公の描き方というか人間の捕らえ方が本当にすごくてエゴ、恐れの極めて少ない人まっすぐな人(理想の人)をどうしてこうも魅力的に描けるかな~と感心してしまいます。そうすけくん5歳は他人のエゴの感情あれこれにほとんど反応しません。そうすけくんの声の子もまぁーっすぐでほんとにすごい。もののけひめのメイキングの番組で宮崎さんがあしたかが森の中を木の枝なんかを手で払いながら疾走してゆくコンテを手直ししながら「あしたかはこんなよけ方はしないんです。これは弱い、言い訳する人間のよけ方だ。あしたかはこうじゃないんです。」みたいな(かなりいい加減な記憶だけど)ことをおっしゃってて、本当に、そうだよな・・・と思うのです。わずかコンマ数秒のカットでの所作や表情で人物の中身が表されていくのです。あしたかの声のえーっと名前をど忘れしましたが彼のことも「まっすぐな青年を声で演じさせるなら彼の右に出る人はいない」という風におっしゃってました。まっすぐな人、というのは実生活ではいそうでなかなか実在しませんが映画ではぜひ描かれるべきだと思います。実写だと役者さんが演じきるのはとても難しいのでここは宮崎さんの真骨頂だなと。彼の世界の登場人物は演技がほんと、完璧なんですよね。そういうところに彼のものすごい人間愛と理想の高さを感じます。もうほとんどバカでへんたいの領域なんですけど。最高です。
2009.08.12
コメント(4)
人生の目的は「真の幸福を実現」することである。と、レイキのマニュアルの冒頭にある。そのとおり。だけど私たちは真の幸福に向かうとき、どこをめがけて進めばいいか知らない。それで、臼井さんはレイキをもたらした。イャシュアは私たちに言葉を使って真理をもたらす。どちらも光であり愛だと思う。レイキは宇宙の生命エネルギーと説明されているが私は神の愛だと思っている。(そうも書いてあるんだけど)臼井さんもきっと本当はどう思っていたけれど愛を教えるために愛という説明は使えないのでたとえるならば、宇宙を動かしている生命エネルギーだよ、と教えたのではないかしらと想像する。
2009.08.09
コメント(2)

先日はたくさんのメッセージを本当にありがとうざいました。ありがたい気持ちを胸に、また一歩一歩、踏みしめて生きていきたいと思います。今日はRuachの携帯サイトを作成してみました。例によって、無料のカンタンなやつです^^http://katy.jp/ruach/沖縄は台風が接近しましたが、それほどびっくりするほどの状態ではありません。ご心配いただいた方、どうもありがとうございます^^主人の弟がイタリアに修行に旅立ちました。英語圏じゃないし、遠い気がしましたがあっという間にミクシィにつながり、携帯にメールが来ました。世界は狭いですね^^
2009.08.06
コメント(0)

個別にお礼やご挨拶をしなければならないのですが取り急ぎご挨拶です。今朝、誕生日を向えめでたく43年選手の仲間入りをさせていただきました。昨日は主人の仕事がお休みだったので、古宇利島のビーチで、沖縄初泳ぎをしてきました。車に荷物を積みに行った主人が郵便ポストから2通の封筒を持ってきてくれたので見ると父からのバースデーガードと母からの手紙でした。そして今朝は私の生まれた朝8時20分に父からのメール。「天の与えた時間を自分流に使う、これで行こうと決めた。美緒も健康的に生きてほしい!!」あら~もしかして私は生まれてこのかたずーっとしあわせだったのでは?!と思う。だけどれは多分本当のことです。過去は変えられる。たくさんの祝福をいただいて、本当に身に余る幸せです。どうかどうか、幸せを選んで、幸せを生きましょう。どんな過去があっても、どんな思いがあっても人間は、何度でも選んで、変わることができます。
2009.08.04
コメント(24)
8月になりました。まもなく私はお誕生日を迎えようとしています。地球に降り立って43年が経とうとしています。30代の自分にもかなりびっくりしましたが43歳、とか言われるともう、まったく、実感する手立てがみつかりません。いいや、勝手に数えてくれ、という気になります。実感もイメージも湧かないので、いやだわって言う感じも全然しませんね。そういえばこの間主人の治療院にいたら患者さんが主人に「新しい方が入られたんですか、大人じゃない方がいましたけど」っておっしゃったそうです。やっぱり自分の自覚って形に表れてしまうものなんだなーと思います(^^)私は、確かに老いたくはないと思っていますが特にお金をかけたり何かをしているわけではありません。ボディは2つで250円のせっけんで洗うだけだしメイク落としは食用の(しかもスーパーで一番安い)オリーブオイルを使っていたりします。どうしてもお肌に入れてしまうと良くないものを知っていてなるべくそれを守るようにはしています。だけど家計に負担をかけるくらいなら「えいっ」と気合で多少は大目に見ますし食べ物もいろいろ食べるし、沖縄に来てからは発泡酒もおいしくいただいてます。原則はあるけど、例外はわりと受け入れます。だけどちょっとでも身体に悪影響が見られたら改善は試みます。原則は生のやさいと果物は欠かさない。それ以外もやっぱり野菜はたくさん摂る。夜は軽く済ませる。朝は無理に食べない。果物のジュースは摂る。結婚してからのことですが。30代は一切火を使わず、ほとんどコンビ二頼りでした。もし我が家がものすごいお金持ちだったらどうだろうな。全部オーガニックを通販で取り寄せる?おいしいお菓子を食べまくる?徹底的に何かする?なんとなく私はそうはしないんじゃないかと思うのです。糸満は野菜の名産地なので、地のものがたくさんあります。同じ値段でもEM栽培、なんていうのがあって嬉しかったりしますが・・・確かに安全なものを食べるのは大事なことだけど私は食べ物の毒に気がついたなら心の毒にもっと注意を払いたいと願います。実際、ある説では、すべての病は心の在り方が原因になっていると言われています。私は自分や身近な人を見ていて、それは限りなく真実に近いと感じます。少し前までガンになりやすいのは怒りっぽい人だと言われていましたが最近は、怒りを表現できない人、怒りがあることに気づけない人、という研究結果が出たそうです。生まれながらに自分とともにある自分の心が何をどう感じているのかわからない。だけど付き合ってみてこんなに深くおもしろく可能性に満ちた無限の存在はそうそう他にはないんだと思うのです。確かにこの世には魅惑的なものがたくさんあるしいいもの(こと)と言われているもの(こと)もたくさんある。だけど、いいものも、わるいものも、やはり程よい距離が必要なのだと思います。私の健康法、美容法は、心に毒をためないことです。心の毒は猛毒なんです。でも毎日コツコツきれいにしていれば、身体の細胞にエラーの信号を送らなくて済みます。お肌にシミをつけなくて済むこともたくさんあります。ガンの元もなるべく減らしてあげられる。むか~し読んだ聖書でとても印象的なお話しを最近よく思い出すのです。マルタという姉とマリアという妹がキリストの身近にいてマルタはせっせとキリストの身の回りの世話をします。食べ物やら着るものやら。マリアはキリストのお話にうっとり聴き入って何もせずただ心を開いているだけ。そんな妹にマルタは腹を立てるのですが、キリストはマリアのようでありなさい、と言ったとか言わないとか(言ったと記憶してます)。目の前のことに煩わされるよりも、私の声(真理)に心を傾けなさいということだったと思います。私、マリアがいい、と思った記憶があります。
2009.08.01
コメント(2)
全17件 (17件中 1-17件目)
1
![]()
![]()
