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2023.10.15
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カテゴリ: I think
以前はテレビの中だけだったように思うが、
いまはネットの世界(動画、文章共)でも
変な接続詞や接続助詞が跋扈していて、気持ちが悪い。

最初は、ホリエモンがテレビ局買収だか、国会議員立候補だかで
テレビに盛んに出始めたときに感じた。


​「思っていて」 ​​
という表現。
多分、このブログでも以前に書いたと思う。

若い人が言うのは容認できたのだが、
最近は、年寄りも使う。

市民権を得たのかと思うが、
未だに気持ちが悪い。

「思います」と締めればいい。
「いて」をつけると「意志」感が弱まるし、
周囲の人の同意を乞うているような感じにも聞こえる。
昔は、「思う」に「いて」はつけなかった。
「思う」「思っている」で何が問題か。


​「ただ」​
というのも、耳につく。

正式には、「ただし」という言葉だろう。
しかし、「ただ」は、軽く、極めて軽く使われる。
「ただし」は、前言(前文)を半分否定したり、

規定したりという厳密な意味を含むのだが、
「ただ」になると、単なる接続詞のような使われ方をする。
間合いやオチを重視する関西人ならまだしも、
素人は接続詞で時間稼ぎする必要はない。
しかし、「ただ」を使うと、次の話が何か重みがあるような錯覚を与える。

いい言葉なのかもしれない。
が、次の話に繋がらなければ、何の意味もない。
大抵がこれだ。



​「とは思う」​
は、気持ち悪さがこみ上げる。

「は」は、他者が提示したことや、
論評したことについて
「自分はそうだと思うが、しかし」
という否定の意味や、肯定の範囲を限定するという含みを持たせる表現だ。
問題なのは、そういう意味合いを理解しないのに
無駄に「は」を使う人が多いこと。
要らないだろうと思う。
自意識が強いのか、評論家を気取りたいのか、
自己顕示欲を表明したいのかと、勘違いしてしまう。

他人に要らぬ神経を使わせる言葉遣いは気をつけるべきだ。

昔の私なら、
「本を読みなさい」
と言ったかもしれない。
が、いまのジャーナリストや作家の文章は、
上記以上のおかしな表現を使っている。

「本物の文豪の文章を読みなさい」
というしかない。

「言葉遣いや語彙は、時代によって変化する」
と言われるが、その過渡期には、
文章を書く者、正式に発言する者は細心の注意を払わねばならない。

日本語の最低限の格式やルールを曲げてはならぬ。
日本語ほど精度の高い言語はないと信じている。

まだまだ発展できると思うのだが、退化させてはならない。

アメリカのような、崩れた言語には
優れた文学も、歌詞も、心の表現も実現しないのだから。

「大辞林」は、私が最も嫌う辞書である。



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Last updated  2023.12.12 12:09:23
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