フリーページ
1945年に始まる長い期間、政治の世界では早くから脱『戦後』のかけ声がかけられていた。だがいずれも実体を伴わずに消えてしまう。歴代首相を振り返ってみよう。
□ ■ □
『戦後』を形作った吉田茂が退陣した後の56年、「経済白書」は「もはや戦後ではない」と高らかにうたった。しかし岸信介が60年の安保改定で『戦前』の幻影を呼び覚ました結果、次の池田勇人は高度成長政策で『戦後』をいま一度演出しなければならなくなる。
続く佐藤栄作は約8年の政権を通して「沖縄の返還なくして戦後は終わらない」と訴え続けた。返還は実現したものの、『戦後』の安定的な秩序を確認するにとどまった。
佐藤を範とした中曽根康弘は82年、「戦後政治の総決算」を華やかに宣言して登場した。国鉄改革など『戦後』改革に着手したものの、イデオロギー面を含めた『戦後』からの転換は未完に終わる。
90年代は『戦後』の限界が指摘され、政治改革や行政改革さらには憲法改正など「改革」が時代のキーワードとなった。もっとも、89年に「昭和」から「平成」への代替わりと重なり、戦後憲法に育まれた最初の象徴天皇が登場、『戦後』的価値の肯定と再確認が行われた。
「ぶっ壊す」と「構造改革」を叫び続け、5年半の長期政権を維持した小泉純一郎は、90年代に有名無実化していた「55年体制」と「自民党一党優位体制」にとどめを刺した。しかし新しい何かを生み出すことはなかった。
初の戦後生まれの首相となった安倍晋三は「戦後レジームからの脱却」をストレートに訴えた。しかしまことに皮肉なことに、安倍は『戦後』の枠組みに足をとられ、わずか1年で退陣を余儀なくされる。戦後憲法下の二院制国会で論理上おこりうる、衆参『ねじれ』状況を招いてしまったのだ。福田康夫もなす術(すべ)もなく、やはり1年で職を辞し、総選挙で勝てるタマとして選ばれた麻生太郎は早くも迷走状態のただ中にいる。
90年代からの小選挙区制の導入を前提とする「政権交代を可能とする二大政党制」は、ここへ来て、見果てぬ夢ではなくなるかもしれない。しかし問題は「総選挙による政権交代」の 意味 を、当事者たる政治家も有権者もマスコミも考えていないことだ。政権交代は『戦後』の延命を目指すものなのか、それとも終止符を打つものなのか。曖昧(あいまい)なままだ。
勝てるタマだったはずの麻生首相はその器ではないと見なされ、二重権力状況に慣れ親しんだ小沢一郎民主党代表は首相になりたくないのではないかと疑われる。「首相を選ぶ選挙」にしては、何とも情けない状況に陥ってしまっている。
□ ■ □
必要なことは何か。あまりにも長く続き、歴代首相が克服できなかった『戦後』を終わらせるための総選挙であり政権交代であると、どちらもはっきり示すことだ。もちろん一度の総選挙で『戦後』がガラリと変わることはありえまい。しかし今年こそは『戦後』の終わりの始まりと認識すべきだ。そして『戦後』を乗り越えるために『強い首相』を作り出す必要がある。
本来、『強い首相』は現行憲法が想定したものだった。帝国憲法下の弱い首相の反省の上に立って、明快に強い首相を規定しているのだ。「55年体制」や「自民党一党優位体制」が崩壊してもなおその残滓(ざんし)にとらわれているから、『強い首相』が実感できないのである。
これまで『戦後』に着目しその転換をはかろうとした首相は、安倍を除いていずれも長期政権であった。長きがゆえに尊からずだが、『強い首相』は長期政権によって初めて思い通りの統治ができる。解散はあるにしても、せめて衆議院の任期と同じ4年は政権を担当せねば、話になるまい。そして与えられた時間を有効に使うために、昼は官邸で、夜や休日は公邸で、政治空間をフルに活用すべきだ。
政治家は現行憲法の原則や規定に戻ってはどうか。そこには『強い首相』と『機能する国会』がある。もろもろの政治慣習から解き放たれ、原点からコトを考えるようになろう。そうすることによって『戦後』を自覚的にリセットし、政治の新たな飛翔(ひしょう)を可能にすると思われる。
そして、逆説的だが、『戦後』から解放されて初めて、戦後憲法の改正が現実の日程に上ってくるに違いない。
アベノミクスは、隠れ蓑!?(30日の日… 2016年07月30日
大橋巨泉の遺言(29日の日記) 2016年07月29日
憲法と違う回路で進む恐ろしさ(23日の… 2016年07月23日
PR
キーワードサーチ
コメント新着