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2015年01月01日
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カテゴリ: 政治問題
 わが国憲法が国民に保障する基本的人権とは如何なるものであるか、12月25日の東京新聞コラムは次のように述べている;




 2年前の総選挙で政権の座についた時、安倍さんが狙いを定めていたのが、憲法96条。改憲を国民投票にかけるには、まず衆参両院の「3分の2以上」の賛成が必要だとこの条文は定めているが、それを「過半数」に緩めようと意欲満々だったのだ。

 だがそもそもなぜ、改憲の条件は一般の法律の改正に比べ厳しくされているのか。その答えの一端が次の97条に書いてある。

<この憲法が日本国民に保障する 基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利 として信託されたものである>

基本的人権とは、先人が辛苦を重ね、ようやく手にした人類共通の遺産 のようなもの。それをきちんと守り磨き、次世代に渡していかなくてはならない。そんな権利を謳(うた)う憲法は、厳しい手続きで守らねばならない-という歴史の知恵だ。

 安倍さんはきのう、第97代の首相に選ばれた。背番号「97」は97条に、どう向き合うか。自民党の「憲法改正草案」では、97条が削除されているのだが。


2014年12月25日 東京新聞朝刊 12版 1ページ「筆洗」から引用

 この記事が述べるように、憲法に保障された基本的人権とは、わが国固有のものではなく広く人類共通の遺産のようなもので、これを確立するためには我々の祖先の長い歴史上の戦いがありました。一国の憲法とは、そのような幅広い価値観に基づいて制定されるもので、個別の国々の伝統だの文化だのという価値に依存する必要はまったくありません。したがって、近年のカンボジアや冷戦後の東欧諸国の独立に際しては、それぞれの国の憲法を制定する会議には欧米や日本からも多くの憲法学者が招聘されて、より良い憲法を作成する作業に参加しました。このように、憲法というものは国の内外の英知を集めて作成されるもので、わが国憲法もそのような手法で制定されたと考えることができます。安倍首相の支持団体である日本会議が主張するような、日本の憲法は日本人が作るべきだというのは、単なるアナクロニズムに過ぎず、まして自民党改憲草案のように、基本的人権は侵されてはならない国民の永久の権利であるとの条項を削除するのでは、これは基本的人権を法律の範囲内に閉じ込めた戦前の日本を復活させるもので、断じて許されることではありません。





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最終更新日  2015年01月02日 10時45分51秒


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