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2018年07月14日
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テーマ: ニュース(96951)
カテゴリ: ニュース
現代の日本が陥っている全体主義の兆候について、法政大学教授の山口二郎氏は、8日の東京新聞コラムに次のように書いている;




 全体主義という概念は、あの国は全体主義、この国は民主主義と分類するためのレッテルではない。自分たちがいま生きているこの社会の中に、全体主義的な要素が兆しているかどうかを検証する物差しである。

 オーウェルは、2+2が4か5か不確かで、支配者が5と言ったら、みんな5だと心から信じなければならない体制が全体主義だと言った。その時に2+2が4だと言い張れば、反逆者として処断される。

 昨年、安倍首相は 森友学園への国有地廉売に自分や妻が関わっていたら辞める と啖呵を切った。だが、今年、 関わったというのは賄賂のやりとりという意味だと自分の発言内容をすり替えた。

 つまり、今の日本は為政者の都合で、2十2か4になったり、5になったりする点で全体主義に近い。

 ただ、今の日本では4だと言い張る人間も存在を許される。その点では完全な全体主義ではない。しかし、いくつかのメディアも多くの国民も為政者が5だと言ったらそうかもしれない、いつまでも4とこだわるのはカッコ悪いと思っているようだ。真実に固執する人間を社会から遊離させるのが、21世紀型のソフトな全体主義なのだろう。
(法政大教授)


2018年7月8日 東京新聞朝刊 11版 25ページ 「本音のコラム-新たな全体主義」から引用

 この記事では「関わっていたなら辞める」を「賄賂のやりとりがあったら辞める」にすり替えて平然と居直り、誰もそのことを咎めないことを全体主義の兆候ととらえているが、国会審議が安倍政権によって空洞化されている点にも、私たちは全体主義の兆候を見なければならないと思います。本来、国会に提案された法案は与野党それぞれの立場からの話し合いを通してより良い法律に仕上げるという作業が必要であるにも関わらず、安倍政権のやり方は、野党の質問に対してまともな答弁をせず、質問をはぐらかす答弁や関係ない発言で時間をつぶし、一定の時間が経ったら数のチカラで強行採決をする。これでは国会は本来の機能を発揮できず、何でも政府与党が提案したものがそのまま法律になってしまう、れっきとしたファシズムです。こういう政治のやり方に国民は異議を唱え、政権を交代させるべきです。





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最終更新日  2018年07月15日 08時39分39秒


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