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瀬名秀明[編]『贈る物語wonder すこしふしぎの驚きをあなたに』光文社文庫瀬名秀明が、洋の東西、時の古今を問わずに厳選した「すこし(S)ふしぎ(F)」な話のアンソロジー。最近は本が売れないと嘆かれてはいるが、それでも世の中には膨大な数の本が出回っている。しかし、人間が読める本の数には限りがある。だからこそ、玉石混交の本の中から、いかに多くの素晴らしい本と出合えるかが重要となる。好きな作家やジャンルを徹底して追い続けるのもいい。気に入った作品の参考文献やカバーの袖などで紹介される似たような作品を読めば、はずれは少ない。しかし私は、同じような本ばかり読んでいると飽きてくる。私は本を選ぶ際の基準を特に持っていない。書店で衝動的に買うのが一番多いが、人から勧められて買うことや、新聞やネットで惹かれて買うこともある。ただ、それでもやっぱり、自分で選んで買う以上、ある程度はどのようなものを読むのか傾向が決まってきてしまう。だから、特に読みたい本がないときや、これまでとは違う本を読みたいと思ったとき、私はアンソロジーを手に取るようにしている。アンソロジーは自分の知らない読書の楽しみに出会うきっかけとなる。もちろん読んでみて、好みとは違うと感じることもある。しかしその道の第一人者が選んだ傑作は、一度読んでおいて損はない。まあ、自分が食わず嫌いだったことを気付かされる場合の方が多いのだが。今回読んだ『贈る物語wonder』もそうだった。海外のハードSFが好きな私だが、このアンソロジーで一番「すこし(S)ふしぎ(F)」に思って驚いて気に入ったのは、「夏の葬列」「愛の手紙」「窓鴉」の三篇。これらは全部、第一章〈愛の驚き〉に収録されている作品。自分が愛をテーマにした作品が好きだったとは。我がことながらながら驚きだ。今度は恋愛小説のアンソロジーでも読んでみようか。
2007.01.21
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米澤穂信 『愚者のエンドロール』角川文庫ハッピーエンドを好み、悲劇を嫌う、人が死ぬ話が嫌いな人向けのミステリー。久しぶりの軽めの小説。高校の文化祭を映画いた青春ミステリ。私はあまり込み入ったトリックには興味がないのだが、話の構造が面白くて気に入った。
2007.01.20
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渡辺順司『万年筆ミュージアム―歴史と文化に触れるモノ造り』丸善プラネットマーケティングの視点から万年筆を見つめなおす。万年筆にこめられた、歴史、文化、モノ造りの魂とストーリー。「見た目や使い勝手そのものの印象とは別の魅力……言い換えれば、付加価値の一種なのかもしれない。それを創業社長風に言うなら“魂”と言い、可奈子さん風に言うなら“共感できるストーリー”という……と言うことになるのだ。 たぶん商才がものを言う秘訣で、分かったからといってすぐに実践できるものではないのだが、ただ漫然と品物を売るのではない世界が見えただけでも、私は一つ勉強になった気がした」これは、雫井修介の小説『クローズド・ノート』の中で、万年筆店のベテラン店員加奈子が、新入りアルバイトの香恵に、万年筆をお客さんに勧める際のアドバイスをするシーンの一節である。今回読んだ『万年筆ミュージアム』に話を戻す。この本は、マーケティング企画・分析会社の株式会社インプレッションの代表取締役が、万年筆の価値をマーケティングの観点から捉えなおした本。『万年筆スタイル3』でこの本が紹介されて以来、出版されるのを心待ちにしていた。確かに渡辺氏が指摘するように、現代における価値は万年筆の価値は書くための道具として以上に、「心の琴線に触れる」要素にある。この本では、特に限定万年筆がもつ「心の琴線に触れる」要素を紹介し、万年筆の価値と見所を紹介する。上のクローズドノートの一節の抜粋でも紹介したように、万年筆にはそれぞれが物語を持っている。この本では、その万年筆にこめられた歴史や文化、モノ造りのエッセンスに関する紹介も充実しており、万年筆を通じて様々な世界を知ることが出来る。印象に残ったのところを紹介していく。■オマス「クリュッグ・バイ・オマス」クリュッグのシャンパン造りに使われた樽で造られた万年筆であることの面白さは、本書を読む前から感じていた。ただ、本書でも指摘されているように万年筆好きである私には、樫の白木で出来ているに過ぎない万年筆に12万円の価値を見出せなかった。本書で面白いなと思ったのは、この万年筆は、クリュッグのシャンパン愛飲家から垂涎の的とも言える魅力を持つものと評価されたということ。まあ、考えればごくあたりまえなことだ。ただ、万年筆マニア以外の人も、その万年筆のテーマに共感させることができたならば、高級万年筆の購入層として期待できるということの事例として印象に残った。■デルタ「ドルチェヴィータ」『クローズドノート』でも大々的に取り上げられている、近年の万年筆ブームのなかでよく言及されるペン。カラーリングの面白さから、私も購入を考えたこともある。ただ、「甘い生活」というストーリーが私と縁が遠く、買う決心がつかない。この本で面白かったのは、「ミニ」、「ミディアム」、「オーバーサイズ」のサイズごとのデザインやバランスの差異の話。模型は実物をそのまま縮小したのではリアリティーがなくなるため、模型化する際にはディフォルメが重要となると言う話を思い出した。もし、私がこの「ドルチェビータ」を買う際には、大きさだけでなく、デザインバランスの違いにも注目してサイズを選びたい。カラーは、私もシルバートリムこそ「ドルチェビータ」というイメージバイアスにかかっているので、間違いなくシルバートリムにすることになるだろう。■モンブラン「ロレンツォ・デ・メディチ」彫金の「レベル」の違いには愕然とした。確かにこれらはもはや「個性」ではなく「優劣」だろう。まあ、いまのところ私は「作家シリーズ」止まりで「パトロンシリーズ」までは手を伸ばす余裕がないので直接は関係ない話かもしれないが、製品を選ぶ際の心構えとしてよい教訓になりそうだ。私はしばしば、買った後、家でよく見て、おかしなところを発見しがっかりする。ま、たいていは高額なものではないので、そこまで期待してはいけないのだ、どれもその程度の精度だと自身を納得させている。しかし、モンブランの「パトロンシリーズ」のような高価なもので、これだけの差異があるとは。しかし、これだけの差異が、オークションなどの際に価値が決まる要因にならないとは驚きだ。「ロレンツォ・デ・メディチ」に限らず、ペリカン「トレド」の個体差も凄いと聞く。蒔絵の万年筆などにもこのような違いがあるのだろうか。いいものを買うには、店頭でしっかり見定める目が必要なのだということを再確認させられた。■モンブラン「桜」と「ポンパドール侯爵夫人」これはペン直接関係ないが、マイセンの「隙間の美学」のことを知って感銘を受けた。ただ、ポンパドール侯爵夫人が気に入っていたのはマイセンではなく、フランスのセーヴルだったそうな。そういう万年筆以外の知識が満載なのがこの本の魅力。モンブランの作家シリーズ「ミゲル・デ・セルバンテス」を買ったときに、スペインのリヤドロのドン・キホーテのフィギュリンが欲しくなったのを思い出した。もちろん結局リヤドロは買っていない。こんどは、この本を読んで「隙間の美学」のマイセンが欲しくなったが欲しくなったが、私ならばモンブランのマイセンを使ったアニュアルエディションのペンを買うほうが良いような気もする。■ルイ・ヴェトン「カーゴ・アリゲーター」「カーゴ・アリゲーター」というペン自体には魅力を感じなかったが、革の張り合わせが完璧な「完全なるカーゴ・アリゲーター」の写真には感動した。これぞクラフトマンシップ。技術と情熱の極致だ。普通の普及品のペンの場合、キャップリングの向きもいい加減なものが多い。特に、絶対に揃えなければならないというわけではなさそうだ。とりあえず手元のペリカンのペンを見たら、クリップとキャップリングの向きが揃っているものと揃っていないものがあった。揃っていたのは限定品のものなのだが、これは意図的かたまたまか。今度の月曜日、研究室に置いている他のペリカンの限定品のキャップリングの向きを確認しよう。□検印実は、本自身にも様々なこだわりがある。特に注目すべきは、検印を復活したこと。いまでは検印など見ること機会はほとんどない。「著者との申し合わせにより、検印廃止」との記載もほとんどの場合なされない。ちなみに貼り付けてあった検印を見ると、この本の初版は3650冊で、私のは0787番だった。おしい。もう少しで0777番だったのに。あと、ビニールカバーをつけているところも古めかしく、「立派な本を出しましたよ」と誇らしげである。ただ、一ヶ所致命的なミスが。137頁の写真DとHが逆だ。何冊も本を読んでいると、時々誤字や脱字を見つける。ムック本だと、写真関係ミスもよくある。私も学生新聞を制作していたことがるので、校正作業の大変さは分かる。このブログも誤字がごまんとある。ただ、この本は内容も面白く、装丁にもこだわっているだけに残念だ。
2007.01.13
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アレクサンダー・クラム・ユーイング『こだわりの万年筆』 ネコ・パブリッシング 海外のコレクター向けガイドの日本語版。カラー写真が美しい。万年筆の歴史や各ブランドの代表的な万年筆が紹介されている。去年買った万年筆本。ようやく読んだ。この年末年始にもまた、たくさん万年筆本や文房具本が出たようだ。また、昔の文房具本で読んでいない本もたくさんある。万年筆好きで、本好きであるから一応手に入るものはすべて読んでおきたいとは思っている。インターネットがあるので買おうと思えばいろいろ買える。だが、たくさん見つかりすぎるゆえに億劫になってくる。しかも、近年の万年筆・文房具ブームの影響で次々出版される。すべて読む必要があるのか疑問に思えてきた。内容もかぶる。これからはどの万年筆本を読むか厳選していく必要がありそうだ。
2007.01.10
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三島由紀夫『文化防衛論』ちくま文庫「反革命宣言」や「文化防衛論」などの論文と、対談、学生とのティーチ・インを収録。三島由紀夫の論理と行動を示す一冊。三島由紀夫は、戦後の文化主義をものとして管理された見せかけに過ぎないと批判し、共産主義が日本の文化・歴史・伝統を?覆することを警戒する。また国民文化の特質を、再帰性・全体性・主体性と定義する。文化の全体性が、時間的連続性によって伝統と美趣味を、空間的連続性によって生の多様性を保証するとして、文化共同体を説き、文化概念としての天皇の回復と定着を主張する。また、三島由紀夫の行動原理は、未来を考え現在を犠牲にすることを否定し、「自分が滅びたら日本がお終いだ」と思うことで脈々と受け継がれてきた文化を護るというものである。文化共同体と文化概念としての天皇という考えは納得できる。しかし、自分を歴史の最終地点と見なし、その積み重ねられてきた伝統を護るために、未来のための行動を否定するという考えには、納得できない。確かに、現在が歴史の積み重ねの頂点でありその意味では、「自分は日本というものの一番の真髄になっている」という見方は正しい。マルクス主義的唯物史観、発展段階史観の言うところの「未来」のために現在を犠牲にすることを否定する考えには、私も賛成する。しかし、あらゆる「未来のための行動」を否定することには共感できない。なぜならば、いま現在があるのは、先人達の「未来のための行動」があったからである。三島由紀夫は「反革命宣言」に「自らを最期の者とした行動原理こそ、神風特攻隊の行動原理であり、特攻隊員は「あとにつづく者あるを信ず」という遺書を残した」と書いている。しかし、何のために特攻が、そもそも大東亜戦争が戦われたのか。永野修身海軍軍司令部総長の大東亜戦争開戦前におこわなれた御前会議での「戦わざれば亡国必至、戦うもまた亡国を逃れぬとすれば、戦わずして亡国に委ねるは身も心も民族永遠の亡国であるが、戦って護国の精神に徹するならば、たとい戦い勝たずとも祖国護持の精神がのこり、われわれの子孫はかならず再起三起するであろう」という発言にこそ、未来を信じるからこそ自身が滅んででも護るべきものを護るという「未来のための行動」の行動原理が現れている。自分を歴史の終点とし未来を否定するならば、何のために文化を護るのか。まあ、私は自らを歴史を未来へのつなぐ者と定義する方が好きだ。私の考え方とは異なってはいるが、三島由紀夫の「自分が滅びたら日本がお終いだ」と信じることで歴史を護るという考え方も悪くはないと思う。三島由紀夫式の考え方でも結局は、未来に歴史は引き継がれる。話は変わるが、私の考え方とは異なってはいるがその考え方の違いを許容する、というのも文化の重要なポイントだと三島由紀夫の主張する。最後に学生とのティーチ・インについての感想を。三島由紀夫の基調講演と、それに基づく学生による質疑応答が収録されている。たいていの遣り取りは、社会主義が全人民の幸福に繋がると信じる学生に、社会主義の構造的落とし穴を様々な事例を挙げて説明するもの。言論の自由、正義、秩序、思想に関する当時の重要トピックスと問題意識が浮かび上がってきて面白い。自分も質問したくなるくらいの臨場感がある。
2007.01.09
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