全13件 (13件中 1-13件目)
1

★リタ・パヴォーネ (vf) Rita Pavone 1945年8月23日トリノ生。歌手、女優、ショーガール 、結婚後帰化しイタリア系スイス人。アイドル時代は赤毛とそばかすのためニンジンと呼ばれました。因みにパヴォーネとは孔雀のことです。 父ジョヴァンニはシシリア出身でフィアット自動車工場の労働者、母マリアはフェルラーラ出身で「女の幸せは結婚」という古風な主婦でした。4人兄弟で長兄ピエロ、次兄カルロ、弟チッコ、リタは3番目で一人娘でした。 幼い頃は第二次世界大戦直後で家族は貧しく、トリノ中心部サン・パオロ通にある2部屋だけのアパートに住んでいました。 リタが2才になった頃から歌やダンスに興味を示し、父はそのことを喜び、彼女が芸能人になることを夢見るようになりました。 その後1959年郊外のボルガータ・ミラフィオーリのフィアット社員住宅に引越し、そこは3部屋と台所に浴室がついており、家族はまるでタジマ・ハールに住むことになったように感激したそうです。その年リタはトリノのアルフィエーリ劇場で開かれた子供ショー「Buongiorno Marziani」でアル・ジョルソン(Al Jolson)をまねて“スワニー(Swanee)”を歌いました。これが彼女のデビューとなります。彼女は歌うことにめざめ、イタリアや外国の曲を熱心に勉強し始めます。 義務教育を終え、子沢山の貧しい家計を助けるためシャツの縫製工場で働きながら、ピエモンテ州の祭や様々な場所で歌うようになりました。しかし商業高校を卒業する勉強時間がなくなるので、歌は土曜の夜と日曜午後に学生のダンスパーティーや、映画館の前座で歌う程度に限られました。 そのうちに彼女の歌はアメリカで流行しているエルヴィス・プレスリー達のロック・ン・ロールになっていきました。 60年2月リタはアメリカ進駐軍基地を廻って歌う「ハワイアン・カンパニー」で病欠の歌手の代わりに歌うチャンスをつかみます。しかし彼女はまだローカル歌手でしかありません。初のRCAのオーディションには通りませんでした。 ※Small World (Rita Pavone Homepage) http://www.ritapavone.it/it/lei/biografia/ を参考にして書いております。 所属レコード会社は1962年~RCA Italiana、67年~Ricordii、70年〜83年 RCA Italiana、、84年Discotto、85年Ros Record、86年Five、90年21 COMPAGNIA(Ricordii) リタ・パヴォーネの国内盤 SS-1348 (1963年8月 VICTOR - 日本ビクター) 恋のフット・ボール (LA PARTITO DI PALLONE)/アモーレ・ツィスト (AMORE TWIST) SS-1348 SS-1356 SS-1356 (1963年9月 VICTOR - 日本ビクター) 恋の意気地なし (COME TE NON C'E' NESSUNO)/わたしの年頃 (ALLA MIA ETA') RA-5280 (1963年10月 VICTOR - 日本ビクター) 30cmLP S盤アワー・ヒット・パレード集下巻 (S-BAN HOUR HIT PARADE Vol.7) 2. アモーレ・ツィスト (AMORE TWIST) RA-5280 SS-1362 SS-1362 (1963年10月 VICTOR - 日本ビクター) 君慕うダンス (IL BALLO DEL MATTONE)/恋の山脈 (SUL CUCUZZOLO)
2014.11.24
コメント(0)

SCP-1070 (1963年11月 VICTOR - 日本ビクター) 7cmCP リタ・パヴォーネ登場 (RITA PAVONE) 1.アモーレ・ツィスト (AMORE TWIST) 2.恋のフット・ボール (LA PARTITO DI PALLONE) 3.恋の山脈 (SUL CUCUZZOLO) 4.君慕うダンス (IL BALLO DEL MATTONE) SCP-1070 SS-1379 SS-1379 (1963年11月 VICTOR - 日本ビクター) こころ (CUORE)/恋のときめき (T'HO CONOSCIUTO) SCP-1074 (1963年12月 VICTOR - 日本ビクター) 7cmCPハイスクール清純デュエット (PURE GIRLS IN HIGH SCHOOL) リトル・ペギ-・マ-チ (LITTLE PEGGY MARCH (vf=a) )/リタ・パヴォーネ 3.恋の意気地なし (COME TE NON C'E' NESSUNO) 4.わたしの年頃 (ALLA MIA ETA') SCP-1074 CP-1099 CP-1099 (1964年1月 VICTOR - 日本ビクター) 7cmCPイタリアのホープ登場 (ITALIANA HOPES!) ジャンニ・モランディ (GIANNI MORANDI (vm))/ミランダ・マルティーノ (MIRANDA MARTINO (vf))/リタ・パヴォーネ/ニコ・フィデンコ (NICO FIDENCO (vm)) 3.こころ (CUORE) SS-1406 (1964年3月 VICTOR - 日本ビクター) クレメンタイン・シェリー (CLEMENTINE CHE'RIE)/私はパヴォーネ (PEL DI CAROTA) SS-1406 SHP-5289 SHP-5289 (1964年3月 VICTOR - 日本ビクター) 30cmLP歌え!パヴォーネ (CANTARE, RITA!) 1.クレメンタイン・シェリー (CLEMENTINE CHE'RIE) 2.恋のフット・ボール (LA PARTITO DI PALLONE) 3.私のそばかす (LE LENTIGGINI) 4.恋のときめき (T'HO CONOSCIUTO) 5.君慕うダンス (IL BALLO DEL MATTONE) 6.恋の意気地なし (COME TE NON C'E' NESSUNO) 7.こころ (CUORE) 8.恋の山脈 (SUL CUCUZZOLO) 9.私はパヴォーネ (PEL DI CAROTA) 10.パヴォ-ネ讃歌 (ABBIAMA 16ANNI) 11.チャオ!アモーレ (LA COMMESSA) 12.私の年頃 (ALLA MIA ETA') 13.アモーレ・ツィスト (AMORE TWIST) RA-5308 (1964年3月 VICTOR - 日本ビクター) 30cmLP 歌え!太陽!イタリアン・ソング・フェスティバル (CANTARE MIO SOLE) 1.クレメンタイン・シェリー (CLEMENTINE CHE'RIE) 9.こころ (CUORE) RA-5308 SHP-5311 SHP-5311 (1964年5月 VICTOR - 日本ビクター) 30cmLP ステレオ・ベスト・ヒット・パレード第2集 (STEREO BEST HIT PAREDE, Vol.2) 11.クレメンタイン・シェリー (CLEMENTINE CHE'RIE)
2014.11.24
コメント(0)

CP-1132 (1964年6月 VICTOR - 日本ビクター) 7cmCP ヤング・クィーン・トリオ、ヒットを唄う (YONG QUEEN TRIO SING HITS) リトル・ペギ-・マ-チ (LITTLE PEGGY MARCH (vf=a) )/リタ・パヴォーネ/シルヴィ・バルタン (SYLVIE VARTAN (vf=f)) 2.こころ (CUORE) CP-1132 SS-1448 SS-1448 (1964年7月 VICTOR - 日本ビクター) 夢みる年頃 (QUANDO SOGNO)/18じゃダメね (NON E' FACILE AVERE 18 ANNI) SHP-5337 (1964年8月 VICTOR - 日本ビクター) 30cmLP太陽! 恋! 歌! (FESTIVAL IN CASA) 2.18じゃダメね (NON E' FACILE AVERE 18 ANNI) SHP-5337 SS-1473 SS-1478 (1964年10月 VICTOR - 日本ビクター) リメンバー・ミー (REMEMBER ME [E])/ワン・モア・キッス (JUST ONCE MORE) SHP-5361 (1964年10月 VICTOR - 日本ビクター) 30cmLP パヴォーネ、アメリカ・ヒット界に登場 (RITA PAVONE) 1.リメンバー・ミー (REMEMBER ME [E]) 2.忘れないで (WAIT AND SEE) 3.ビッグ・ディール (BIG DEAL) 4.愛さないと云わないで (DON'T TELL ME NO TO LOVE YOU) 5.こらえきれずに (I CAN'T HOLD BACK THE TEARS) 6.キッシン・タイム (KISSIN' TIME) 7.ワン・モア・キッス (JUST ONCE MORE) 8.ライク・アイ・ディッド (LIKE I DID) 9.私はひとりぼっち (THE BOY MOST LIKELY TO SUCCEED) 10.リトル・バイ・リトル (LITTLE BY LITTLE) 11.トゥー・メニー (TOO MANY) 12.さようならボビー (SAY GOODBYE TO BOBBY) SHP-5361 SS-1478 SS-1473 (1965年1月 VICTOR - 日本ビクター) 禁じられた抱擁 (CHE M'IMPORTA DEL MONDO)/天使のハンマー[伊] (DATEMI UN MARTELLO (IF I HAD A HAMMER [I])) SS-1499 (1964年10月 VICTOR - 日本ビクター) ウェイト・フォー・ミー (WAIT FOR ME)/恋の悩み (IT'S NOT EASY) SS-1499 SCP-1145 SCP-1145 (1965年3月 VICTOR - 日本ビクター) 7cmCP ヤング・クィーン・トリオ、ヒットを唄う (YOUNG QUEEN TRIO SINGS HITS) リトル・ペギ-・マ-チ (LITTLE PEGGY MARCH (vf=a) )/シルヴィ・バルタン (SYLVIE VARTAN (vf=f)) /リタ・パヴォーネ 4.ウェイト・フォー・ミー (WAIT FOR ME)
2014.11.24
コメント(0)

SHP-5418 (1965年4月 VICTOR - 日本ビクター) 30cmLPあなたの選んだスクリーン・ベスト・ヒット第3集 (THE BEST OF YOUNG QUEEN TRIO) 13.禁じられた抱擁 (CHE M'IMPORTA DEL MONDO) SHP-5418 SHP-5420 SHP-5420 (1965年4月 VICTOR - 日本ビクター) 30cmLP ベスト・オブ・ヤング・クィーン・トリオ (THE BEST OF YOUNG QUEEN TRIO) リトル・ペキー・マ-チ (LITTLE PEGGY MARCH (vf=a) )/シルヴィ・バルタン (SYLVIE VARTAN (vf=f)) /リタ・パヴォーネ 3.ウェイト・フォー・ミー (WAIT FOR ME) 6.こころ (CUORE) 10.恋の意気地なし (COME TE NON C'E' NESSUNO) 13.キッシン・タイム (KISSIN' TIME) 1970年サンレモ音楽祭の後に続きます。
2014.11.24
コメント(0)

第19回が成功だったかということは微妙なところだと思います。イタリアのミュージック・シーンも経済成長もピークに達し、どことなく翳りを感じ始めたころとなります。世界的な学生運動のなか、サンレモ音楽祭も抗議デモや爆破予告など物騒な動きも報じられていたようです。 1位から3位までの表彰入賞曲で、優勝曲“涙のさだめ”は前々年優勝のイヴァ・ザニッキ、2位には前年優勝のセルジョ・エンドリゴ、3位は前年親分アドリアーノ・チェレンターノに曲を奪われ裁判沙汰の大喧嘩となったドン・バッキーとそのパートナーの実力派歌手ミルバの顔合わせで、順当な結果だったといえます。 フランス・ギャル (CGD) ジュニア・マッリ (Jolly) 第19回 1969年1月30日(木)~2月1日(土) サンレモ市カジノ付属劇場 司会:ヌッチオ・コスタ (Nuccio Costa)、ガブリエラ・ファリノン(Gabriella Farinon) 楽団指揮: 24名の指揮者で演奏された。 オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督エツィオ・ラダエリ (Ezio Radaelli) 形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、各夜の中から7曲の入賞曲を選出し各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。 出場歌手は48歌手(グループは1歌手)で、外人出場歌手も総て1歌手1曲の歌唱でした。 初出場20歌手(内外人11歌手)、出場レコード会社14社で初出場1社、外人歌手のみの出場会社は1社です。 [数]は外人歌手数 RICORDI 7[0]; CGD6[1]; RCA ITALIANA 6[1]; FONIT CETRA4[0]; DURIUM 4[0]; ARISTON 4[0]; RI FI 4[2]; CAROSELLO 3[0]; SAAR 3 [2]; PHONOGRAM 2[0]; V.C.M. 2[1]; DET(CAM)1[0];新MIURA1 [0]; BLUE BELL 1 [1] しかし肝心のレコードセールスに結びつく年間ヒットランキングにサンレモ音楽祭の曲は優勝・入賞の12曲、14歌手だけで、最大のヒットは新人のナーダが歌った“なんて寒い”の年間ランク9位でした。優勝の“涙のさだめ”のボビー・ソロが24位、イヴァ・ザニッキ50位、2位入賞“瞳はるかに”はビートルズのプロデュースで再デビューし、注目を浴びていたメリー・ホプキンがかろうじて91位、自作エンドリゴは圏外。3位入賞“消えたほほえみ”は自作ドン・バッキーが45位、パートナーのミルバは圏外という結果に終わりました。入賞曲では“過ぎ去ったひととき”ファウスト・レアーリ35位です ロッキ-・ロバ-ツ (Durium) ブレントン・ウッズ (Liberty) ◆ 君だけのぼく Io che ho te (G.D'Adamo - V.De Scalzi - N.Di Palo) 出版社ARISTON – USIGNOLO ニュー・トロルス (compl) New Trolls (Cetra – Fonit Cetra)SP-1392 [45] : レオナルド (vm) Leonardo (Ariston – Ariston) AR-0306 [45] SP-1392 PS- 125 AR-0306
2014.11.17
コメント(0)

◆ しのび泣く今宵 Meglio una sera (piangere da solo) (Nisa - A.Salerno - F.Reitano - M.Reitano) 出版社 COLOSSELO – USIGNOLOクラウディオ・ビルラ (vm) Claudio Villa (Cetra – Fonit Cetra) SP-1390 [45] : ミーノ・レイターノ (vm) Mino Reitano (Ariston – Ariston) AR-0311 [45] SP-1390 PS- 125 AR-0311◆ あなただけしか Non c'è che lei (M.Terzi - C.A.Rossi) 出版社 CALIFORNIA アルマンド・サヴィーニ (vm) Armando Savini (Philips – Phonogram) 363-736・PF [45] : ソニア (vf) Sonia (V.d.P. – EMI ITALIANA) MQ-2153 [45]363-736・PF MQ-2153 ◆ 恋人だったSe tu ragazzo mio (V.Ferri - G.Ferri - P.Pintucci) 出版社 RCA ガブリエラ・フェッリ (vf) Gabriella Ferri (RCA Italiana – RCA Italiana) PM-3479 [45] : スティービー・ワンダー (vm=a) Stevie (WonderTamla Motown – RCA Italiana) TM-8043 [45]PM-3479 TM-8043 ◆ 沈んだ太陽 Il sole è tramontato (R.Pradella - R.N.Morsella - G.Moschini) 出版社 OLONA エリオ・ガンドルフィ (vm) Elio Gandolfi (Carosello – Carosello) CI-20221 [45] : ケッコ (vm) Checco (Miura –Miura) SRL-10・528 [45] CI-20221 PON・NP-40091 ◆ 汽車 Il treno (V.Pallavicini - E.Isola) 出版社 ARISTON – COLOSSELO - DURIUM ロザンナ・フラテルロ (vf) Rosanna Fratello (Ariston – Ariston) AR-0307 [45] : ブレントン・ウッズ (vm=a) Brenton Wood (Liberty – Blue Bell) BD-8013 [45] AR-0307 HIT-1738 BD-80131969年第19回 以上24曲 “雨”ジリオラ・チンクェッティが健闘の20位、パートナーのフランス・ギャル80位、マルの“美しき君”25位、デビューから破竹の勢いだったカテリーナ・カセルリ(カテリーナ・カゼッリ)の“恋の遊び”は79位の低位置です。 69年で一番の注目株だったリチオ・バッティスティ(ルーチョ・バティスティ)の“冒険”は年間ランク70位に止まりでしたが、ほかの彼の曲では“心によみがえれ(MI RITORNI IN MENTE)”は同11位になる大ヒット、“碧い水、澄んだ水(ACQUA AZZURRA, ACQUA CHIARA)”が19位になり、ナーダとともに69年を代表する歌手となりました。この年の年間ナンバーワンはフランスのジョルジュ・ムスタキ(GEORGES MOUSTAKI)“異国の人(LE METEQUE)”、アドリアーノ・チェレンターノ(CELENTANO,ADRIANO)の“恋物語(STORIA D'AMORE)”が2位、3位がミーナ(Mina)“信じられない(NON CREDERE)”でした。 あと気を吐いたのは“バダ・バンビ-ナ(Bada bambina)”の26位リトル・トニー(Little Tony)外人ではフランスのアントワーヌ(Antoine)“愛の妙薬(Cosa hai messo nel caffè)”は73位ですが、国内盤は発売されませんでした。“ズッケロ(恋のズッケロ)(Zucchero)”の大物でサンレモ期待の初出場リタ・パヴォーネ(Rita Pavone)でいたが往年の人気もなく62位で終わってしまいました。 ソニア (V.d.P.) ショウメン (RCA Italiana) ケッコ (Miura)・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2014.11.17
コメント(0)

毎年出場歌手の決定で直前までバタバタするのが恒例ですが、第19回は比較的穏当に決まっていったようです。大物歌手で変更になったのは1967年にイタリアでもナンバーワン・ヒット“青い影(A WHITER SHADE OF PALE)”を出したプロコール・ハルム (PROCOL HARUM)が“美しき君(Tu sei bella come sei)”を歌うことになっていたようですが、ナポリ出身のグループ、ショウメンに変更されました。また劇的なサンレモ・デビューをした“天才少女”ナーダですが、彼女の曲“なんて寒い(Ma che freddo fa)”は、日本のヤマハ世界歌謡祭にスアン(Suan)の名前を変えましたが“ティ・アモ (TI AMO)”、“ドンナ・リベーラ(Donna Libera)”を歌ったアンナマリア・バラッタ(Annamaria Baratta)のために書かれた曲でした。 ナーダ (RCA Talent) メリー・ホプキン (Apple) 第19回 1969年1月30日(木)~2月1日(土) サンレモ市カジノ付属劇場 司会:ヌッチオ・コスタ (Nuccio Costa)、ガブリエラ・ファリノン(Gabriella Farinon) 楽団指揮: 24名の指揮者で演奏された。 オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督エツィオ・ラダエリ (Ezio Radaelli) 形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、各夜の中から7曲の入賞曲を選出し各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。 出場歌手は48歌手(グループは1歌手)で、外人出場歌手も総て1歌手1曲の歌唱でした。 初出場20歌手(内外人11歌手)、出場レコード会社14社で初出場1社、外人歌手のみの出場会社は1社です。 [数]は外人歌手数 RICORDI 7[0]; CGD6[1]; RCA ITALIANA 6[1]; FONIT CETRA4[0]; DURIUM 4[0]; ARISTON 4[0]; RI FI 4[2]; CAROSELLO 3[0]; SAAR 3 [2]; PHONOGRAM 2[0]; V.C.M. 2[1]; DET(CAM)1[0];新MIURA1 [0]; BLUE BELL 1 [1] 曲の傾向は、当時一大勢力だったR&B (リズム&ブルース)とイタリア歌謡曲との戦いとなりましたが、イタリア的メロディアスな曲が勝利を収めました。R&B的な曲は4位になったファウスト・レアーリの“過ぎ去ったひととき”、9位ルチオ・バッティスティの”冒険“、12位リトル・トニーの“バダ・バンビーナ”、参加曲ではジュニア・マッリ“恋の終わり(ラヴ・ミー・トゥナイト)、ロッキー・ロバーツ“女性が最高”、ガブリエラ・フェッリとスティービー・ワンダーが歌った“恋人だった”などと言えると思います。 リカルド・デル・トゥルコ (CGD) イザベラ・ヤンネッティ (Durium)
2014.11.12
コメント(0)

<入賞曲> 13位 ズッケロ(恋のズッケロ) Zucchero (G.Cassia - S.Bardotti - M.Marrocchi) 出版社 R.R.R. <53> ディク・ディク (compl) Dik Dik (Ricordi – Ricordi) SRL-10・531 [45] :リタ・パヴォーネ (vf) Rita Pavone (Ricordi – Ricordi) SRL-10・528 [45] SRL-10・531 HIT-1615 SRL-10・528 14位 愛の妙薬 Cosa hai messo nel caffè (G.Bigazzi - R.Del Turco) 出版社 ARION <29> リカルド・デル・トゥルコ (vm) Riccardo Del Turco (CGD – CGD) N-9707 [45] :アントワ-ヌ (vm=f) Antoine (Vogue – SAAR) J-53004×45 [45] N-9707 PS- 124 J-53004×45 <参加曲> ◆ 恋の終り (ラヴ・ミー・トゥナイト) Alla fine della strada (D.Pace - M.Panzeri - L.Pilat) 出版社MAS ジュニア・マッリ (vm) Junior Magli (Jolly – SAAR) J-20446×45 [45] : ザ・カジュアルズ (compl=e) The Casuals (Joker – SAAR) M-7019×45 [45] J-20446×45 HIT-1648 M-7019×45 TOP-1437
2014.11.12
コメント(0)

◆ バーチ・バーチ・バーチ Baci baci baci (S.Bardotti - G.Bracardi) 出版社 PEGASOウィルマ・ゴイク (vf) Wilma Goich (Ricordi – Ricordi) SRL-10・530 [45] : ザ・スウィ-ト・インスピレ-ションズ (compl=a) The Sweet Inspirations (Atlantic – Ri Fi) ATL・NP-03098 [45] SRL-10・530 HIT-1657 ATL・NP-03098◆ 女性が最高 Le belle donne (V.Pallavicini - P.Conte - M.Varano) 出版社 CURCI ロベルティーノ (vm) Robertino (Carosello – Carosello) CI-20219 [45] : ロッキー・ロバーツ (vm) Rocky Roberts (Durium – Durium) CN・A-9292 [45] CI-20219 CN・A-9292 ◆ 愛のだんらん Una famiglia (A.Testa - M.Remigi) 出版社 D'ANZI メモ・レミージ (vm) Memo Remigi (Carosello – Carosello) CI-20220 [45] : イザベラ・ヤンネッティ (vf) Isabella Iannetti (Durium – Durium) QC・A-1394 [45] CI-20220 QC・A-1394 参加の残りは次回に続く “レウッチョ”クラウディオ・ビルラ(Claudio Villa)は67年(第17回)にイヴァ・ザニッキと“愛のわかれ(Non pensare a me)”でドメニコ・モドゥーニョと並ぶ4回優勝し、翌68年はサンレモ出場をしなかったのですが、「出場してもらえれば、入賞させて恥はかかせない」というような説得をされたのか渋々出場を承諾したようです。ルイジ・テンコの自殺事件以後、色々な方面からの強い要請が通らなくなったのか、“しのび泣く今宵(Meglio una sera (piangere da solo))”は予選第1日目の12曲中11位で見事に落選してしまいました。それ以降クラウディオ・ビルラはサンレモ音楽祭で入賞することはありませんでした。 レオナルド (Ariston) ガブリエラ・フェッリ (RCA Italiana) アレッサンドラ・カッザチャ (Ariston)
2014.11.12
コメント(0)

やっと10月末に引越しをし終わったのですが、荷解きに時間がかかり、以前の生活のリズムを取戻すまで2週間ほどかかりました。とは言えアナログ盤のLPはまだすべて段ボール箱の中、CDも10箱くらいは手つかずになっています。一応封は開けたのですが、収納場所がなくそのまま積上げた状態です。 ブログのジャケット画像や原稿、資料はハードディスクの中(データが壊れることもなく)なのでブログを書くことができますが、すぐに書くには至りませんでした。 各回を調べたわけでないので確定的なことは言えないのですが、この第19回の初参加歌手たちはただ一度だけの人たちがことのほか多いように思えます。まず外人歌手は3回目のアントワーヌ、2年連続出場のウィルソン・ピケットを除けば参加に終わったスティービー・ワンダーを含め6歌手がただ一度だけです。 イタリア人歌手も初出場17歌手の内、第19回のみが10歌手なのでかなり多いといえると思います。その内、過去の出場者ミーナのようにその後の歌手活動、ヒット曲には関わらない歌手と同系のルチオ・バッティスティ(ルーチョ・バティスティ)もいますが、“一発屋”で終わった歌手もいます。 スティービー・ワンダー(Tamla Motown) ロザンナ・フラテルロ (Ariston) 第19回 1969年1月30日(木)~2月1日(土) サンレモ市カジノ付属劇場 司会:ヌッチオ・コスタ (Nuccio Costa)、ガブリエラ・ファリノン(Gabriella Farinon) 楽団指揮: 24名の指揮者で演奏された。 オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督エツィオ・ラダエリ (Ezio Radaelli) 形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、各夜の中から7曲の入賞曲を選出し各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。 出場歌手は48歌手(グループは1歌手)で、外人出場歌手も総て1歌手1曲の歌唱でした。 初出場20歌手(内外人11歌手)、出場レコード会社14社で初出場1社、外人歌手のみの出場会社は1社です。 [数]は外人歌手数 RICORDI 7[0]; CGD6[1]; RCA ITALIANA 6[1]; FONIT CETRA4[0]; DURIUM 4[0]; ARISTON 4[0]; RI FI 4[2]; CAROSELLO 3[0]; SAAR 3 [2]; PHONOGRAM 2[0]; V.C.M. 2[1]; DET(CAM)1[0];新MIURA1 [0]; BLUE BELL 1 [1] <入賞曲> 7位 美しき君 Tu sei bella come sei (G.Cassia - S.Bardotti - M.Marrocchi) 出版社 RCA <93> ショウメン (compl) The Showmen (RCA Italiana – RCA Italiana) PM-3483 [45] : マル (vm) Mal (RCA Italiana – RCA Italiana) PM-3481 [45] PM-3483 PM-3481 8位 恋の遊び Il gioco dell'amore (F.Migliacci - I.Callegari) 出版社 TIBER <86> カテリーナ・カセルリ (vf) Caterina Caselli (CGD – CGD) N-9705 [45] : ジョニ-・ドレルリ (vm) Johnny Dorelli (CGD – CGD) N-9708 [45] N-9705 HIT-1612 N-9708
2014.11.09
コメント(0)

9位 冒険 Un'avventura (Mogol - L.Battisti) 出版社EL'&CHRIS (FAMA) <69> ルチオ・バティスティ (vm) Lucio Battisti (Ricordi – Ricordi) SRL-10・529 [45] : ウィルソン・ピケット (vm=a) Wilson Pickett (Atlantic – Ri Fi) ATL・NP-03097 [45] SRL-10・529 ATL・NP-03097 10位 愛の詩 Quando l'amore diventa poesia (Mogol - P.Soffici) 出版社 ALFIERE - SUPER SONIC <63> マッシーモ・ラニエリ (vm) Massimo Ranieri (CGD - CGD) N-9710 [45] : オリエッタ・ベルティ (vf) (Polydor – Phonogram) NH59-818 [45] N-9710 HIT-1613 NH59-818 DP-1733 11位 ピッコラ・ピッコラ Piccola piccola (V.Buonassisi - G.Bertero - A.Valleroni - M.Marini) 出版社 RIMI - OLONA <59>アレッサンドラ・カッザチャ (vf) Alessandra Casaccia (Ariston – Ariston) AR-0305 [45] : カルメン・ヴィラーニ (vf) Carmen Villani (Cetra – Fonit-Cetra) AN-4172 [45] AR-0305 SP-1393 HIT-1667 12位バダ・バンビーナ Bada bambina (F.Migliacci - B.Zambrini) 出版社 DURIUM < 54> リトル・トニー (vm) Little Tony (Durium - Durium) Ld・A-7625 [45] : マリオ・ゼリノッティ (vm) Mario Zelinotti (Durium – Durium) CN・A-9294 [45] Ld・A-7625 CN・A-9294 入賞曲の残りは次回に続く
2014.11.09
コメント(0)

ディク・ディク (Ricordi) カジュアルス (Joker) ニュー・トロルス (Cetra) この年初出場のレコード会社はミウラ(MIURA)1社だけでした。1968年音楽業界に進出しようと考えていたミラノの実業家ロレンツォ・サンピエトロ(Lorenzo Sampietro)によってミラノに設立されたレコード会社です。彼は最初から音楽事業を起こすのではなく経営危機に陥っていたGTAというマイナー・レーベルを買取る方法をとり、カリッシュ、MRCの国内販売権も獲得しましたが、活動は4年間で終わり、レコード会社は閉じられました。 母体となったGTAは楽団指揮者で作曲家のジジ・チケレーロ(Gigi Cichellero)が1965年に設立したレコード会社で、オーナーのジジ・チケレーロ楽団、トゥリオ・ガロ楽団の演奏ほか、ニコラ・リリアーノ、レナータ・マウロやジャズ・ヴォーカルなどジャズ系の曲を多く出しています。日本の国内盤では日本ビクターからアル・コルヴィン(AL KORVIN)のトランペット演奏でシングル盤とコンパクト盤(4曲入りミニLP)が1枚づつ発売されています。 ミウラはGTAのシングル盤のレコード番号も引き継いでいるので、どうもGTAをロレンツォ・サンピエトロが買取り、社名(レーベル名)を変えて活動を続けたと館耐えてよいと思います。 JET-1679 (1966年7月 GLOBE -日本ビクター) ドクトル・ジバゴ (LARA'S THEME)/ジョセフのトランペット (JOSEPH'S TRUMPET SHAKE) アル・コルヴィン (tp) JET-1679 SJET- 462 SJET- 462 (1967年9月 GLOBE -日本ビクター) 愛のセレナーデ/ララのテーマ (THIS IS MY SONG) アル・コルヴィン (tp) 1. 愛のセレナーデ (THIS IS MY SONG) 2.ボンジュール・マダム (BONJOUR MADAME) 3.ララのテーマ (LARA'S THEME) 4.ジョセフのトランペット (JOSEPH'S TRUMPET SHAKE) また岸洋子のイタリア・デビュー盤がキングから発売されています。
2014.11.09
コメント(0)

また岸洋子のイタリア・デビュー盤がキングから発売されています。 HIT-1428 (1967年5月10日) この愛に生きて (IO PER AMORE)/想い出のソレンツァーラ (SORENZARA) 岸洋子 (vf=j) HIT-1428 ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。 ・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。 ・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。 ・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2014.11.09
コメント(0)
全13件 (13件中 1-13件目)
1


