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2010寒稽古 寒稽古終了!今年はあったかで助かりました。皆勤のご褒美は鉢巻(日本手拭)です。明日から静かな日常にもどる予定なんだけどな~。 じゃあ、寝まっす!
2010.01.31
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合気道の寒稽古もあと、あと、1日。疲れ果てて誰とも口をききとーないわいな。
2010.01.30
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1月25日月曜より1月31日日曜日まで毎晩、合気道の寒稽古です。よって現在バテバテね。寒稽古前に「マニアック奈良」を終えたかったの~~~~。ということで皆様のところにもお邪魔ができないであろうことおゆるしくださいね。金、土、日。あと3日。頑張らねばっ。
2010.01.28
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1月10日法隆寺、法輪寺、松尾寺、海龍王寺、夜の奈良/1月11日夜明け前の興福寺、唐招提寺奥院(西方院)、唐招提寺、薬師寺、郡山洞泉寺1・2、東大寺1たむけやまはちまんぐう手向山八幡宮 手向山八幡宮は東大寺の鎮守。守護神です。法華堂の南に位置します。法華堂 宇佐八幡宮よりの分社1号という由緒正しきお宮さんですが、普段はあまり人の気配がない寂しさ漂う神社です。が、1月のはじめはさすがに華やいでいます。 手水は一角狛犬です。 拡大はコチラこの手水ははじめて気がつきました。このエリアはいつもそそくさと素通りのマムはいたく反省。 なぜか外国人がマムについてまわって同じ写真を撮る、トルトル。勿論、社務所にあったこの虎も。そういえば・・・薬師寺でマムも外国人が撮ってた写真を真似して撮ったこと思い出して苦笑。でもこの外国人はず~っとついてくる。???あっニコンの同じ機種だ。だからかな~~~。この項つづく多田宏九段と入江康仁四段 友人の合気道家入江康仁四段(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)のホームページがリニューアルしアドレスがかわりました。コチラをごらんくださるようお願いいたします。 こちらもマムの友人で、本の紹介です。
2010.01.27
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1月10日法隆寺、法輪寺、松尾寺、海龍王寺、夜の奈良/1月11日夜明け前の興福寺、唐招提寺奥院(西方院)、唐招提寺、薬師寺、郡山洞泉寺1・2、東大寺11月11日午後1時30分華厳宗大本山東大寺住所:奈良市雑司町406-1しつこいようですが、東大寺友の会会員ですっ。が、アレ???雑司町ってなんて読むのかなぁ。ゾウシチョウゾウシマチザツシマチサイシチョウこんなに東大寺に通っているのに所在地の読み方をしらないいい加減なマムです。南大門東大寺はいつきても大きい!何度見ても大きい。東大寺大仏殿いつも見上げて弓なりなマム。まるでリンボーダンス ができそう。 東大寺大仏殿賓頭盧さん 霊験あらたかな賓頭盧(びんずる)さんもいつもおっかない。 花立の蝶々はマムのお気に入り。でぇ、こちらです。東大寺大仏殿 広目天ウフ。この大仏殿で一番好きな広目天さん。前回はちとピンボケだったので再挑戦!今回は地べたにおいてタイマーで撮ってみたら成功。拡大画像はコチラピントがばっちりあって嬉しいかぎり!実はこの写真を撮りたいがために大仏殿にはいったの。みなさ~んおつきあいくださってありがとう~~~。デヘヘ。この項つづく多田宏九段と入江康仁四段 友人の合気道家入江康仁四段(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)のホームページがリニューアルしアドレスがかわりました。コチラをごらんくださるようお願いいたします。 こちらもマムの友人で、本の紹介です。
2010.01.26
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1月10日法隆寺、法輪寺、松尾寺、海龍王寺、夜の奈良/1月11日夜明け前の興福寺、唐招提寺奥院(西方院)、唐招提寺、薬師寺、郡山洞泉寺1・2、東大寺1月11日午前40分郡山 霞渓山洞泉寺 posted by (C)poco郡山 霞渓山洞泉寺住所:奈良県大和郡山市洞泉寺町15-1トウセンジトウセンジと小躍りするマム。なんの変哲もないこのお寺さん。でも1585年に豊臣秀長が建立した名刹です。さて「導かれて」ですが、マムは見仏旅行に行く前は、このだらしのない性格では考えられない、入念な下調べをします。そりゃあもうジキルとハイドです。バスの時刻表すら丹念に調べあげます。が、市役所のホームページは滅多にのぞきません。だからどうして郡山市のHPを開いたかまったく覚えていません。マムはまったく無意識に市のHPにいき史跡・文化財をクリックしたんです。すると「木造阿弥陀如来及両脇侍立像 洞泉寺 鎌倉」が、目にはいり、「えっ」と思い、、、その時脳裏に高野山光台院の阿弥陀如来三尊さんが浮かんだわけです。もうこのときすでにドキドキです。果たして!クリック光台院と同様の阿弥陀如来三尊さんがっ。もう、これは拝顔せずになんとする・・・ってわけで、洞泉寺さんに再三電話をして11日午後の拝観をとりつけたというわけです。この11日の午前中は唐招提寺西方院の拝観をご住職にゆるされたわけですからなにもかもがすんなりと道筋がついたという次第です。広い本堂にはマムと大奥様だけ。贅沢ななかで、お足元まで近付くことをゆるさてれて心ゆくまで釈迦三尊を拝顔させていただきました。そのうえ写真撮影まで許可をいただきました。おまたせしました。快慶作と伝わる木造阿弥陀如来及両脇侍立像です。阿弥陀三尊 鎌倉時代 伝快慶作 お顔だちが、甘い気がしなくもありませんが見事な彫の阿弥陀如来及両脇侍さんです。本当にありがたいことです。 永い永い間、衆生を救わんが為に思惟されたので、髪が伸びててしまったといわれる五劫思惟阿弥陀菩薩さんもおいででした。時間にして10分くらいでしょうか。洞泉寺さん、ありがとうございました。至福のときでした。この洞泉寺さんの東隣は源九郎稲荷神社。本殿はとっても由緒ただしきお姿で、洞泉寺の境内に頭をおだしです。 「大和の源九郎さん」と地元の方々にしたしまれているそうです。 あ~、豊か豊か。門は叩けば開くもんですね。叩かずしてあきらめてはいけませんよ。快慶をめぐる冒険だわさ。時間はたっぷりあるから東大寺さんへでもいきますかぁ
2010.01.25
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1月10日法隆寺、法輪寺、松尾寺、海龍王寺、夜の奈良/1月11日夜明け前の興福寺、唐招提寺奥院(西方院)、唐招提寺、薬師寺、郡山洞泉寺1・2、東大寺 大和郡山洞泉寺町1月11日午前11時30分電車の窓から眺める郡山城跡の石垣の立派なこと。ちょっと驚くマムです。唐招提寺・薬師寺のある西の京から10分足らずで郡山。目指すは、今回のマニアック奈良のキーワード「導かれて」そのものの洞泉寺です。 郡山駅からテクテク歩いて嬉しくなりました。狭い道に昔からの商店街がシャッター通りにならずに息づいています。10分ほど歩くと洞泉寺の参道に入ります。木造の昔ながらの家があちらにもこちらにも! 面白いことに3階建ての民家が保存状態もよく健在です。現役というのがすごいです。・・・、調べてみたらこのあたりは旧花街で、これらの木造民家は遊郭だったとのことですっ。ナルホドナルホド。 遊郭だろうがなんだろうが、その意匠のすばらしいこと! お寺さんを目当てに歩いていて思いがけないものに出会い万歳三唱のマムです。これは洞泉寺がたのしみだわい!「導かれて」の意味は次回のお楽しみ 多田宏九段と入江康仁四段 友人の合気道家入江康仁四段(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)のホームページがリニューアルしアドレスがかわりました。コチラをごらんくださるようお願いいたします。 こちらもマムの友人で、本の紹介です。
2010.01.24
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1月10日法隆寺→法輪寺→松尾寺→海龍王寺→夜の興福寺/1月11日夜明け前の興福寺→唐招提寺奥院(西方院)→唐招提寺→薬師寺→郡山洞泉寺1・2→東大寺1月11日午前10時50分薬師寺金堂・西塔 法相宗大本山薬師寺住所:奈良県奈良市西ノ京町457電話 0742-33-6001侘び寂びを漂わせる唐招提寺より薬師寺にいくと、新しくて鮮やかな青丹色に目をうばわれます。薬師寺のこの建物は人呼んで「竜宮造り」。薬師寺で唯一創建当時より現存している建物で、1300年の悠久を感じさせる東塔はフェノロサをして「凍れる音楽」と言わせしめた優美なもの。で、そのお姿は東塔 失礼しました。フェノロサの「凍れる音楽」発言は有名ですが、このところの研究では、どうも言っていないらしい・・・そうです。 興醒めさせてごめんなさい。 ↑外人が撮ってたのマムも真似してカシャ。奈良で見かける外人はいつも顔を真っ赤にして汗みずくで不機嫌な顔しています。なんでだろ? 薬師寺のテンプルカーテンはかわいいです。時々コメントをくださるあおによしさんもこのテンプルカーテンがお好きです。あっ! そういえばテンプルカーテンの名付け親はあおによしさんだっ。手水舎 *2007年6月 薬師寺紀行はコチラをまだ午前中、またもや導かれて洞泉寺へとまいりましょう
2010.01.23
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1月10日法隆寺→法輪寺→松尾寺→海龍王寺→夜の興福寺/1月11日夜明け前の興福寺→唐招提寺奥院(西方院)→唐招提寺→薬師寺→郡山洞泉寺1・2→東大寺唐招提寺戒壇 律宗総本山唐招提寺 戒壇住所:奈良市五条町13-46 1月11日午前10時20分「唐招提寺で一番好きなところはどこ?」と、尋ねられたららららら、即座に「戒壇」とこたえます。でも、誰も聞いてくれない 悲。なぜここがすきなのかなあとつらつら思うに異国情緒あふるるからかなあ。マムは小さいときアラビアンナイトのお話が大好きで、モスクの美しさに魅了されて、、、その影響で一番最初に好きになった建物がインドのタージマハールだったの。だからかなあ。インド様式の塔があるこの戒壇が好きなのは。 この戒壇は火災によって建物は焼失し宝塔は1980年に再建されたものなんだけど、なんだか神聖な空気がこの空間には漂っているのね。数多くの僧侶がこの場で受戒した残影を感じるんだなあ。*2009年11月唐招提寺はコチラをまだ、10時40分!薬師寺に行ってみますかっ 多田宏九段と入江康仁四段 友人の合気道家入江康仁四段(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)のホームページがリニューアルしアドレスがかわりました。コチラをごらんくださるようお願いいたします。 こちらもマムの友人で、本の紹介です。
2010.01.22
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1月10日法隆寺→法輪寺→松尾寺→海龍王寺→夜の興福寺/1月11日夜明け前の興福寺→唐招提寺奥院(西方院)→唐招提寺→薬師寺→郡山洞泉寺1・2→東大寺石仏ひな壇まさに導かれて・・・です。マムはこの2年ほどは快慶作のお仏像に惹かれ巡り歩いています。「西方院には快慶晩年の阿弥陀如来さんが安置されている」という情報を得ていたのですが、日本中に西方院というお寺があり、探しあぐねていました。ところがたまたま奈良51チャンネルさんに行き着き灯台下暗し・・・唐招提寺の奥院が西方院さんだとわかったわけです。唐招提寺さんに奥院があることも初耳でした。この西方院は一般に公開しておらず、快慶の阿弥陀さんも秘仏ということが判明したのですが、「門を叩かずしてあきらめることなかれ」主義のマムは、そっ!・・・図々しく電話にて拝観をお願いしたわけです。とってもとっても、唐招提寺の事務方さんや西方院ご住職に親切していただき、門はきしむこともなく、スルスルとマムを前にして開いたのでした。 奥院である西方院にはどう行けばよいのやら・・・。と、唐招提寺南門の拝観券売り場で聞いてみました。すると「この先の踏切を越えたら汚い土塀があるからそこです」と教えてくださいました 笑。風情ある土塀でっす! 1月11日午前9時40分唐招提寺奥院 西方院住所:奈良市五条西方院は唐招提寺1300年の僧侶の歴史といってよいでしょう。緑の茂みのここかしこに、僧侶のお墓、板石塔婆が立っています。 石仏ひな壇 1243年に慈禅房有巌によって開山されており唐招提寺の中興の祖ともいわれる證玄和尚の墓である有形文化財に指定された五輪塔があります。證玄和尚 五輪塔 私の腰にもみたないおびただしい板石塔婆です。長い長い歳月を経たそれらは磨耗してかすかに模様のようにみてとれるものもあります。 境内をひとり歩いていると人影が。この西方院の石田智円ご住職でした。 「そろそろおいでになる頃だと思ってね」と気さくに阿弥陀堂へ案内してくださいました。 ちいさなお堂でお会いする快慶作の阿弥陀様はとても威厳がおありで、まさに快慶晩年の作としての風格を感じました。ご住職は私のためにお経を唱えてくださり、わたしは心地よいお経に目を半眼にしながら阿弥陀様をあがめました。・・・ところ、瞬間じつは眠りこけてしまいましたっ。 う~ん不謹慎。でもね、うつらうつらしながらかすかに浮かぶ阿弥陀さんの美しいこと。ずいぶん前に、東大寺法華堂でも寝てしまい、ぼ~と浮かぶお仏像さんたちの神々しいこと(仏々しい?)。うつらうつらしながら拝顔するお仏像さんは本当にこの世のものではないと言え、マム的には不謹慎でも最高の拝顔の仕方なのでアリマス。実はね、石田ご住職のお経が終わると、マムは注意をうけました。「えらい、恐ろしいもんがついた上着やね。こんな殺生なものをつけてお寺さんにきたらいかんよ」と。そうだっ。マム赤面。マムの防寒コートの襟には毛皮がついていたのです。マムはそこまで考えたことがありませんでした。気をつけなくっちゃ。でもね、石田ご住職はひょうひょうとおっしゃって、おちゃめなんです。マムはご住職にいいました。「この西方院は殆どの人が知らないのでもっと公になさったほうがいいんじゃないでしょうか」と。するとご住職は頭をかきながら「そんなことしたら人がいっぱい来て大変やろ」ですって。こうやって文字にするとわからないのですが、なんともユーモアがあって楽しい会話だったのです。「盗まれてたら大変やし」とも。この阿弥陀さんは一度、盗難にあっているのだそうです。短いひと時でしたが、とても贅沢なひとときでした。 ご住職は、この日風邪をおひきでとても具合悪そうだったのですが素性さだかではないマムに本当に気持ちよく案内をしてくださったことにとても感謝しています。「鑑真和上がなくなられたのちの僧侶が立派だったから今の唐招提寺はあるんです」とお話くださったのですが、親切にしていただき、本当にそうだなあと思うのでした。奈良 唐招提寺奥の院西方院 では唐招提寺の中で最も好きな戒壇へ
2010.01.21
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1月10日法隆寺→法輪寺→松尾寺→海龍王寺→夜の興福寺/1月11日夜明け前の興福寺→唐招提寺奥院(西方院)→唐招提寺→薬師寺→郡山洞泉寺1・2→東大寺ショックです。昨夜、やっと唐招提寺奥院の西方院をアップするとこまでいったのに…操作ミスで跡形もなく消えちゃいましたっ。泣き寝入り。あまりのことにコメントのお返事や皆さんのブログにお邪魔する気力もありませぬぅのマムです。
2010.01.21
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1月10日法隆寺→法輪寺→松尾寺→海龍王寺→夜の興福寺/1月11日夜明け前の興福寺→唐招提寺奥院(西方院)→唐招提寺→薬師寺→郡山洞泉寺1・2→東大寺 法相宗大本山興福寺1月11日午前4時30分奈良の明け方は、どんなに厚着しても冷え込みます。南円堂や一言観音さんにはそれでもポツリポツリとなにやら拝んでいる人がいます。奈良で一番好きなところ。それが夜のとばりの南円堂エリア。ここでは素朴で敬虔な信仰が今も息づいています。1時間以上写真を撮っていると寺務所の納所さんがわざわざ出てきて「せっかくだから三重塔のベストポイントにいれてあげるよ」とありがたい声をかけてくださいました。そこは南円堂の裏手で柵に鍵がかかって立ち入り禁止区域で、願ってもいないことです。なんだか導かれているなあと思うマムです。三重塔が見下ろせます。 時間を忘れ、何回も何回もシャッターをきっていると、鐘が鳴りだしました。6時でしょうか。納所さんがなにかをお唱えながら鐘をつかれます。時を忘れて踊り狂う鬼たちが鐘の音に夜が明けたことを気付き逃げ惑う・・・そんな昔話をふと思い出しながらもマムは鐘の音を聞きながらシャッターをおし続けます。静かで敬虔な興福寺南円堂でした。お次は導かれるように唐招提寺奥院へ 多田宏九段と入江康仁四段 友人の合気道家入江康仁四段(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)のホームページがリニューアルしアドレスがかわりました。コチラをごらんくださるようお願いいたします。 こちらもマムの友人で、本の紹介です。
2010.01.19
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1月10日法隆寺→法輪寺→松尾寺→海龍王寺→夜の興福寺/1月11日夜明け前の興福寺→唐招提寺奥院(西方院)→唐招提寺→薬師寺→郡山洞泉寺1・2→東大寺旧JR奈良駅舎1月10日午後6時JR奈良駅の旧舎の前で待ち合わせ。ドキドキわくわく。誰にあうかというとmomoさん。 マムはJR前の郵便ポストでキョロキョロ。momoさんは石灯籠で待機。待ち合わせ場所は「石灯籠前」なのにおっちょこちょいマムの本領発揮。でもすぐにお互いを発見。マムは図々しくmomoさんに入江泰吉記念奈良市写真美術館より広目天のポスター購入をお願いしていたんです。すご~く欲しかったの。このポスターの受け取りは、今回のマニアック奈良のマム的ハイライトのひとつだったんです。このポスター、とっても大きいの。貼る場所がないっ。で、グレズキッチンのドア1枚使って撮影。イカちゃんが出たり入ったりと撮影妨害するの 笑ど迫力!広目天 ねっ。次は凍てつく夜明け前の興福寺をご披露しましょう多田宏九段と入江康仁四段 友人の合気道家入江康仁四段(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)のホームページがリニューアルしアドレスがかわりました。コチラをごらんくださるようお願いいたします。 こちらもマムの友人で、本の紹介です。
2010.01.18
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1月10日法隆寺、法輪寺、松尾寺、海龍王寺、夜の奈良/1月11日夜明け前の興福寺、唐招提寺奥院(西方院)、唐招提寺、薬師寺、郡山洞泉寺、東大寺1月10日午後2時40分 此処、佐保山のほとりは、その昔、――ざっと千年もまえには、大伴氏などが多く邸宅を構え、柳の並木なども植えられて、その下を往来するハイカラな貴公子たちに心ちのいい樹蔭をつくっていたこともあったのだそうだけれど、――いまは見わたすかぎり茫々(ぼうぼう)とした田圃(たんぼ)で、その中をまっ白い道が一直線に突っ切っているっきり。秋らしい日ざしを一ぱいに浴びながら西を向いて歩いていると、背なかが熱くなってきて苦しい位で、僕は小説などをゆっくりと考えているどころではなかった。漸(や)っと法華寺村(ほっけじむら)に著(つ)いた。 村の入口からちょっと右に外れると、そこに海竜王寺という小さな廃寺がある。そこの古い四脚門の陰にはいって、思わずほっとしながら、うしろをふりかえってみると、いま自分の歩いてきたあたりを前景にして、大和平(やまとだいら)一帯が秋の収穫を前にしていかにもふさふさと稲の穂波を打たせながら拡がっている。僕はまぶしそうにそれへ目をやっていたが、それからふと自分の立っている古い門のいまにも崩れて来そうなのに気づき、ああ、この明るい温かな平野が廃都の跡なのかと、いまさらのように考え出した。 私はそれからその廃寺の八重葎(やえむぐら)の茂った境内にはいって往って、みるかげもなく荒れ果てた小さな西金堂(これも天平の遺構だそうだ……)の中を、はずれかかった櫺子(れんじ)ごしにのぞいて、そこの天平好みの化粧天井裏を見上げたり、半ば剥落(はくらく)した白壁の上に描きちらされてある村の子供のらしい楽書を一つ一つ見たり、しまいには裏の扉口からそっと堂内に忍びこんで、磚(せん)のすき間から生えている葎までも何か大事そうに踏まえて、こんどは反対に櫺子の中から明るい土のうえにくっきりと印せられている松の木の影に見入ったりしながら、そう、――もうかれこれ小一時間ばかり、此処でこうやって過ごしている。女の来るのを待ちあぐねている古(いにしえ)の貴公子のようにわれとわが身を描いたりしながら。堀辰雄著 大和路・信濃路より真言律宗 海龍王寺住所:奈良県奈良市法華寺北町897アクセス:JR大和路線奈良駅・近鉄奈良駅より(西大寺駅・航空自衛隊行き)「法華寺」下車 奈良の町中にあってまるで里山のような野趣あふれる風情はなんともいえません。作家の堀辰雄は廃寺であったころの海龍王寺を好んで訪れています。本堂にはお美しい鎌倉期作の木造十一面観音立像が安置されています。*右端 海龍王寺ご本尊十一面観音立像「海龍王寺」、想像をかきたてるすてきな名前ですよね。実は、気にはなっていたのですが、寺宝が五重小塔ということで長い間訪れることがなかったのです。ところが2008年1月の週刊文春にみうらじゅんさんが「マイ寺を探す旅」にこの海龍王寺さんをナビされていてみうらじゅんに敬語はにあいませんね 笑おきれいな十一面観音さんが紹介されたわけです。ヒェ~知らなんだっということで2008年の3月の特別公開にすっとんでいったのがこの海龍王寺さんとのお付き合いのはじまりです。 以来いくどとなく訪れては観音さまにお会いし、石川ご住職と短い時間ですがお話をさせていただいています。1年前の今日も訪れていました。おっ、思い出した!あの時は雪舞う談山神社の帰りで体が芯から冷え切って辛かったです。ご住職が暖かい缶コーヒーをくださって、その暖かさが体中にひろがってやっと生き返ったんだわっ。我ながら、よく歩くなあと思います。 2010年十一面観音特別公開日程3月23日~4月7日、5月1日~9日*観音さまは幕がお顔にかかっていますが普段からお近くまでいって拝観可能です。特別公開時は幕があがります。春の公開時は境内の雪柳も見事です。*海龍王寺ウェブ*ご住職ブログ*八十八面観音巡礼次回は待ち人来りて・・・デス 多田宏九段と入江康仁四段 友人の合気道家入江康仁四段(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)のホームページがリニューアルしアドレスがかわりました。コチラをごらんくださるようお願いいたします。 こちらもマムの友人で、本の紹介です。
2010.01.16
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1月10日法隆寺→法輪寺→松尾寺→海龍王寺→1月10日午後1時10分松尾寺はアクセスが悪い。レンタサイクルで頑張るつもりでいたけれど、無理無理と地元の人に断言されて・・・。大出費のタクシー。でも車でよかった。急こう配の坂がつづく松尾山の中腹。こりゃあ、自転車じゃあ体力消耗甚だし! 真言宗醍醐派松尾寺奈良県大和郡山市山田町683松尾寺 手水 松尾山の中腹にへばりつくようにあるこのお寺さんは石段だらけ。拝観者がいないかなあと思っていたら駐車場は満車で整理員さんがでるほどの盛況でした。1月だからかなあ。森閑としているときいてきたんだけど。 この松尾寺は厄除けさんとしては日本で一番古いとお寺さんなんです。マムがこのお寺さんで見たかったものは大黒天さんなんですよ。マムたちが想像する福々しい大黒さんではなくて原初のインドの武神の面影をのこしたものといわれて日本三大大黒天のおひとかたといわれています。うわさでは、イケメン。そりゃあ拝観しなくっちゃあね。松尾寺 大黒天 りりしいでしょっ。行者堂のおとなりの小さな堂宇、七福神堂のなかにおいでの大黒さんはとても存在感のある強そうな方で目をひきます。この堂宇は6畳ほどですが、たくさんおお仏像さんが安置されておりどのおかたもいいお仏像さんでした。大日如来さんしかり、50センチほどの七福神さんたちも黒く光った福々しい方々です。しばし見惚れるマムです。 このお寺さんの上には鎮守の松尾神社さんがあってそこにいたるまでの石段の斜面にはたくさんの石仏が安置されており石仏の宝庫です。 どの石仏も表情がいいんですよ。しかし石段がまだ続く!マムは下りてくる子どもに思わず聞いちゃいました!「神社は本当にあるの」ってね。ゼイゼイ・・・ありましたっ。奈良松尾神社 この松尾神社の手水がまたいいんだなあ。残念なことにピントがぶれているんだけど、松尾寺手水 蛇口の先がいきなり龍のお顔!気に入りましたっ。いかがでしたか?松尾寺。マムはこのお寺、大好きになりました。また来ようっと。お次は海龍王寺さんへ多田宏九段と入江康仁四段 友人の合気道家入江康仁四段(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)のホームページがリニューアルしアドレスがかわりました。コチラをごらんくださるようお願いいたします。 こちらもマムの友人で、本の紹介です。九門季里著 熱帯魚
2010.01.14
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1月10日法隆寺→法輪寺→松尾寺→海龍王寺→夜の興福寺/1月11日夜明け前の興福寺→唐招提寺奥院(西方院)→唐招提寺→薬師寺→郡山洞泉寺1・2→東大寺11月10日午前11時40分法隆寺から法輪寺まで徒歩15分くらいかなあ。お友達とペチャペチャしゃべりながら歩けばすぐね。でも中宮寺に行く人はいても法輪寺は行く人・・・いないのよね。 聖徳宗法輪寺奈良県生駒郡斑鳩町三井1570(〒636-0101) 電話/FAX 0745‐75‐2686 テンプルカーテン この法輪寺のお仏像さんでマム的におすすめは飛鳥時代の仏像の虚空蔵菩薩さんの立像です。奈良法輪寺虚空蔵菩薩立像 飛鳥時代らしいおおらかなお顔立ちと法隆寺の百済観音さんをおもわせる細くたおやかなお身体をおもちです。法隆寺で百済観音さんをご覧にになったら是非、こちらも拝観してほしいと思うマムです。斑鳩法輪寺三重塔 さ~て、この法輪寺は三重塔が有名です。日本最古の三重塔だった塔は昭和19年落雷にて焼失してしまいましたが、昭和50年に文豪幸田露伴の娘である幸田文らの尽力で創建当初のお姿に再建されました。なぜ幸田文が再建に尽力をつくしたのかなあと考えるにっ。露伴は徹底的に娘文を自分流にしたてあげていきます。当然、文の胸の内には葛藤がめばえます。が、父幸田露伴の代表作「五重塔」の印税がのちのち幸田家の生活を助けることになります。幸田家にとって五重塔はキーワードとなるのです。また、1957年の谷中・天王寺五重塔の炎上です。文はこのさまを目の当たりにしています。鎮火跡には男女の遺体、心中の跡がみつかっています。多分この2つが三重塔再建に文をつき動かしたのではないかと思います。マムは幸田文さんとその娘さんの青木玉さんが大好きです。おとうとという映画を観たのは小学校の低学年のときです。*市川崑監督文さん(げん)役は岸恵子弟(碧郎)は川口浩露伴は森雅之冷たい継母は田中絹代*セピア色の画面から冷たい家庭のなかで気丈なげんとなげやりな碧郎、姉弟の悲しみがあふれで、子供心に邦画1位と決めた映画でした。その後マム母の本棚に芹沢けい介装丁のきれいな本、幸田文作の「おとうと」をみつけむさぼり読んだわけです。以来幸田さんのファンなんです。だから当然、法輪寺にも思い入れが大きいのねえ!幸田文、玉母娘は着物姿が本当にきれいなんです。マムが勝手に決めている「着物着付けナンバー3」は文さんと玉さんと藤村志保さんね。どんどん話がそれていく。。。いいの、いいの今回はマニアック奈良だからね。笑斑鳩法輪寺本堂 そういうわけで法輪寺に行ったわけ。玉さんは今も健在でとってもおきれいな江戸言葉を話され、細い首にとっても着物がお似合いです。マムはこの母娘に胆力を感じるの。胆力ね。幸田露伴は死に際にこう言います。「俺はそろそろ死んぢゃうよ」。文は「よろしいんじゃありませんか」と言ったといいます。胆力がありますね。この女性が法輪寺三重塔再建に手助けしたわけです。そして玉は露伴と文のこと、法輪寺のことを昨日のように覚えているわけです。次回こそ松尾寺へ多田宏九段と入江康仁四段 友人の合気道家入江康仁四段(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)のホームページがリニューアルしアドレスがかわりました。コチラをごらんくださるようお願いいたします。 こちらもマムの友人で、本の紹介です。九門季里著 熱帯魚
2010.01.13
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1月10日法隆寺→法輪寺→松尾寺→海龍王寺→夜の興福寺/1月11日夜明け前の興福寺→唐招提寺奥院(西方院)→唐招提寺→薬師寺→郡山洞泉寺1・2→東大寺マニアック奈良の第一歩は 聖徳宗総本山法隆寺生駒郡斑鳩町法隆寺山内1の1電話0745-75-25553年ぶりの斑鳩の里です。ということで、今回は法隆寺の手水を披露しましょう。中門手水舎 中門手水 西院手水舎西院手水 写りが悪いのですが、線刻模様がみてとれます。羽根がはえていて空を駆け巡っているのでしょう。東院手水これはマムお気に入りのペタシです。ペタシはマムがつけたあだ名。足に注目。いかにもペタシ。これは鳳凰なんだけれどね。東院手水 手水ひとつとっても楽しいものです。法隆寺は特にデザインが漫画っぽくて面白いですね。お次は法輪寺と松尾寺ね多田宏九段と入江康仁四段 友人の合気道家入江康仁四段(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)のホームページがリニューアルしアドレスがかわりました。コチラをごらんくださるようお願いいたします。 こちらもマムの友人で、本の紹介です。九門季里著 熱帯魚
2010.01.12
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いや~、マニアックな奈良でしたっ。1月10日法隆寺、法輪寺、松尾寺、海龍王寺、夜の興福寺1月11日夜明け前の興福寺、唐招提寺奥院(西方院)、唐招提寺、薬師寺、郡山洞泉寺、東大寺これらのお寺さんをえっちらほっちら訪ね歩き、なんと、個人的に快慶の阿弥陀如来さま、阿弥陀如来三尊を拝観させていただくという幸せなひとときをすごしてまいりました。
2010.01.11
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唐招提寺の戒壇は素敵。マムが一番好きなところ。奈良の頭塔(ズトウ)を思わせる。
2010.01.11
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もちろん、奈良にいるのね。法隆寺から法輪寺を経て出来れば松尾山の中腹にある松尾山に行きたい・・・の。いけるかな~。
2010.01.10
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上野のフラミンゴ お向かいのハシビロコウも少しは見習ってほしい。フラミンゴはじっとしているようでよく動く。でも、ハシビロコウがよく動いたらつまらない・・・かも。
2010.01.09
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イカちゃんを知っている人はえ~っって、思うとおもうの。イカちゃんはお買い物好き。とってもまめ。で、駄菓子とかよく買ってくるの。 そいでね、どんなチープなお菓子でもスナック菓子でも絶対に皿にいれるの。袋から直接バリバリ食べない!今日のおやつはアレ~細長い麦チョコだあ。と、思って口にしたらお、っと~中身は柿の種。 ホントにそのまんま。柿の種をチョコでコーティングした種(笑)も仕掛けもないものでした。ぎゃっとかってマムが驚くのを見るのが嬉しいみたいです。次はどんなん買ってくるのかなぁ。驚いてあげないとね・・・。多田宏九段と入江康仁四段 友人の合気道家入江康仁四段(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)のホームページがリニューアルしアドレスがかわりました。コチラをごらんくださるようお願いいたします。 こちらもマムの友人で、本の紹介です。九門季里著 熱帯魚
2010.01.07
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マムの完全主観だけど上野 対 奈良は奈良の勝ち~~~。何がって・・・マンホール。上野のマンフォール 奈良のマンホール 多田宏九段と入江康仁四段 友人の合気道家入江康仁四段(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)のホームページがリニューアルしアドレスがかわりました。コチラをごらんくださるようお願いいたします。 こちらもマムの友人で、本の紹介です。九門季里著 熱帯魚
2010.01.06
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ありがたや。合計11キロの本と、甘酢かぐわしき漬物。
2010.01.06
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冬のハシビロコウ 寒いからでしょうね。ハシビロコウったら日向ぼっこ中で動きません。たまに頭をひねるくらい。ハシビロコウの後頭部 「立ってぇ」の願いもむなしくかたくなに動かないハシビロウコウ。 と、いうことで、2100円のハシビロコウ紹介。2100円のハシビロコウ
2010.01.05
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上野の森の西郷どん 西郷隆盛さんの銅像って見たことありますか?上野を歩いていてふっと思ったの。西郷どんを見たことあったっけ・・・って。写真やテレビにでよく見かけるけれど、実際は見たことないようなあるような、とってもあやふや。それで上野の森をウロウロ。西郷どんの銅像がどこにあるのかわからないの。結局、見たことあるつもりになっていただけでみたことなかったのね~。彰義隊の墓 彰義隊のお墓が目に入ってああ、上野は官軍との激戦地区だったんだなあと思うやその表に西郷さんがおわしました。 西郷どんの作者は高村光雲で、愛犬ツンは馬の彫刻で有名な後藤貞行です。愛犬ツンは雌犬だったのですが↑上の画像を拡大するとあ~ら雄犬!これは後藤貞行がまちがっちゃったのね。 全体をながめるよりこういう細部をみたほうが西郷どんの偉丈夫が見てとれますね。思いがけない上野の森の収穫です。多田宏九段と入江康仁四段 友人の合気道家入江康仁四段(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)のホームページがリニューアルしアドレスがかわりました。コチラをごらんくださるようお願いいたします。 こちらもマムの友人で、本の紹介です。九門季里著 熱帯魚
2010.01.04
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お~っいい写真が撮れそう。園芸作業のお昼休み。ブロック塀に腰掛けて美味しそうにタバコを吸っている職人さん 見~つけたっ。「写真撮っていいですか~」「いいよ~」ってとってもいい返事をしながら写真を撮るのは難しい! みんな逃げちゃった。そのうちのひとりいわく「おいちゃんは昨日ムショでたばかりだからね」。には、、、笑えました。こういう働いている人とかの写真を撮るのって難しいよね。みんなどうやってとってるの~?多田宏九段と入江康仁四段 友人の合気道家入江康仁四段(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)のホームページがリニューアルしアドレスがかわりました。コチラをごらんくださるようお願いいたします。 こちらもマムの友人で、本の紹介です。九門季里著 熱帯魚
2010.01.03
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長女 お宮参りの着物 年末年始今回ほどのんびりとしたことは結婚30年ではじめてのような気がします。よくもまあ心身共に壊れもせなんだっと思うここ数年でした。鳥ガラでお出汁をとったお雑煮と牛タンの味噌漬けのみのお正月のお膳でしたが、のんびりが一番のご馳走だなあとしみじみ思った次第です。牛タンの味噌漬け 牛たんは超薄切りの配給制(笑)です。そうそう、シュトーレンも今回は手元に1本しか残らずやはり配給制となりました。 さて今年の抱負は、、、デヘヘ・・・マムのパンコラムにて披露しておりますデス。 鶴が羽ばたくこの着物を見ていると、新しい年への勇気がわいてきます。多田宏九段と入江康仁四段 友人の合気道家入江康仁四段(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)のホームページがリニューアルしアドレスがかわりました。コチラをごらんくださるようお願いいたします。
2010.01.02
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