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今日のほぼ日の糸井さんのコラムに、旅に出るのは目的地に着くのが目的とされがちだけど、実はその目的地に着くまでの過程もまた 目的のうちに含まれているのではないか――とありました。なるほどねぇ~。私もそうじゃないかと思います。友達とチャットしていて、相手が美味しいもの食べているとどこでもドアが欲しいぞ!って切実に思うこともあるけどね。(テヘ)私の人生の目的は・・・、お金でも名誉・名声でもなくて、多分自分にたどり着くこと・・・だったんですよね。いや名誉・名声はいらんけど、実はお金はちと欲しいけどね。で、えんやこらえんやこら、本を読んだり考えたり、どつぼにはまったり、落ち込んだりしながら生きてきたのですが。今回、ようようその目的地への道筋の門を見つけることが出来た――と感じています。稀有な出会いがあって、その方のナビゲートで自分探訪の道をたどることができたのですが。精神分析で自分自身を知ることにより、自分の荷物をおろして、楽になることができるとわかっていたなら、もう、20代のうちにカウンセリングでも受けて、身軽になっておればよかったぞ!と思わないでもないですが。そうすれば、仕事を途中で放り投げるような感じになることもなかっただろうに・・と。でも、ここまで背負ってきたからこそ、自分に溜め込むことができたもろもろもあるのかもしれないのです。一番早く目的地に着くのが、目的の人生ばかりじゃないのでしょう。多分ね。今自分の中のキャラクターたちが、元気に動き始めているようで。そこが今の楽しみです。また、絵を描くことを始めるのかなぁ。さて、どっちに行くのだろう。
2009年06月30日
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ここ数ヶ月で、自分の精神に巣食っていたいびつな固まりや、凝りや汚れや、鎧やベールなどなど、さまざまなものの様子がわかってきました。全部それを掃除できたわけではなくて、だいたいどのような問題がどこにあって、それがどういう結果をもたらしてきていたのか・・・・あたりがぼんやりとわかってきているだけなんだけれど。それでも、ずいぶん楽になってきましたね~。いやぁ、頑張った甲斐があったというもんです。(゜ー゜)(。_。)(゜-゜)(。_。) ウンウンって、自分1人で納得してても意味通じないですね。機会があったら、そのうちのいくつかはご報告したいと思います。で、最近気づいたことを今日は書きます。前にも書いたことあったと思うけど、私の母は、感情の起伏が激しくやさしいときはやさしいのだけど、いつ怒り出すか、怒ったら何が起こるかわからないところがありました。性格的に成熟していない、子どものまま大人になったような人だったのです。で、家族は母の顔色を伺いながら暮らしているところがあったと思います。私も母の顔色、いつも気にしていましたねぇ。で、母が具合悪かったり、機嫌悪そうにしているとなるべくそっとしておく、近づかない、騒がない・・・ようにしてやり過ごしていた。それでも逆鱗にふれて叱られたりぶたれたり あれこれの被害は受けておりましたがな。そこまでひどくなくても、彼女は自分の不機嫌を武器のように使っておったなぁ、と今思うのです。不機嫌になれば、周りが気遣ってくれる。そうして、家族をコントロールしていた。「もっと私に気を遣って!もっと私を大事にして!!」っていう 言葉にならないメッセージだったのだと思います。小さい時には、そのメッセージを受け止めて、私は母に気を遣いながら暮らしていたわけですが、高校になるあたりから、今度は機会を捉えては、逆にその武器を母に使うようにもなりました。学んだことを母に返したわけですね。ま、それでも母のほうが強かったわけで、そうしばしばできたわけでもないと思いますが。私が他者に怯えの感情持つ、そもそもの理由は そんな母に育てられたせいなんだと思います。自分を表現する前に相手の状態を把握したい、自分はなるべく静かにしておいて相手の正体を先に知りたい。子どもとしては当然の防御反応だったのですが。人生を送る上では、これは有利な性格ではない。他者にも自分の生きるうえでも 怯えは とても自分の力やエネルギーを殺します。 最近自分の心を観察してて、わかってきたのが、相手が強く出てくると私が落ち着いていられないのは、瞬時に母との関係が私の身体によみがえるからなんですね。小さい時の怯えがよみがえって、弱い私は反論も反応もできず、フリーズしてしまう。私の所属している小さな太極拳のグループでも、不機嫌を武器に使っている人がいます。前は彼女に気を遣っていたんですよねぇ。というか、当然のこととして気を遣ってあげないといけないような気がしていた。でもそれは意味のないことだと 最近は思います。彼女もまた、不機嫌を武器にした親に育てられたことはわかるけど。それを使って人をコントロールできるわけじゃない。少なくとも私はもうコントロールされない。自分の感情は自分で責任持つべきです。相手に不満があるなら、何をどうして欲しいのかきちんと伝えて欲しい。私はもう、相手の不機嫌に左右されないし、自分を不機嫌にしてそれを相手へのメッセージにすることはしません。少しステップアプできたと思います。
2009年06月29日
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まだ、6月だというのに、梅雨前だというのに夏めいて暑い日が続いています。寒さが嫌いで暑いほうがいい花も少し暑さに嫌気がさしたか?長く伸びてうらめしそうな目つきです。そんな目で見られてもどうしようもないぞ~~~~!(・ε・)プップクプー
2009年06月28日
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ある日、気づくと黒い猫の生えたポットが・・・・・(違
2009年06月27日
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今年も買ってきました。インパチェンスの苗。今年はこの色。
2009年06月26日
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コモンマロウが咲いています。懐かしい花ですよね。昔はどこの庭にもあったような気がするけど、今となってはむしろ珍しいかも。
2009年06月25日
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昨日もアップした八重のベゴニア。これは、ベゴニア・エバっていう新種みたいです。今日はこんな感じまで開いてきました。きれい♪o(*^▽^*)o~♪こちらは、例年梅雨時のおなじみ ホタルブクロです。雑草みたいなものだけど、なんか日本の風情があって好きなんですよね~。
2009年06月23日
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うちの畑スペースの真ん中には巨大なさくらんぼの木があります。剪定は適当に切ってるだけだし、農薬も一切使わないしなのだけど、毎年そこそこの実はつけてくれてはいたんですが。その実ったさくらんぼは、熟すと同時にスズメが大挙してやってきて、ほとんど食べつくす。私はその残りのわずかなさくらんぼを、歯噛みしながら食べる・・・ってのが、例年のことでありました。ところがですよ!今年はその強欲スズメがほとんどやってきてません。おかげで、三脚立てて採れる範囲のさくらんぼ 収穫できたのですよ!!本当に20年目の奇跡なんでありますよ。で、どうしてスズメが来ないのか、ずーっと不思議だったのですが、最近その理由がわかりました。モズだったのです。モズの親がですね、巣立ちしたばかりのヒナをつれてうちの庭に居座ってくれておるのです。調べたら、モズはスズメなどの小鳥を襲うこともあるのだとか。モズは多分 庭の木についてる虫を食べに来ていると思うのですが。ほれ、うちは極力農薬は使わないので、虫は多いのです。モズのおかげでさくらんぼ収穫。ありがたや、ありがたや。願わくば、来年もヒナをつれてモズ親子が来てくれますように。(-||-)合掌 こちらは、木の上の方のさくらんぼ。これは手が届きません。もったいないが、放置せざるをえない。くやしいなぁ。。。。
2009年06月22日
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実は、ベゴニアってのには今まで興味がなかった…というかむしろ好きと思ったことのない花だったのですが。先日、産直に行って花苗を見たら八重のベゴニアってのを売っていました。珍しい。小さい苗だけど、値段は100円。買いましたがな。で、2週間ほどでかなり大きくなってきて最初の一輪が割きました。おお、思ったよりもきれい!なんか薔薇みたいな雰囲気です。これはお得だったかも。大きくして花たくさん咲けばきっと見ごたえあるんじゃないかな?(上手く育てられるといいんだけど)
2009年06月21日
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先日具合が良くなくて、ずーっと家の中にこもっておりました。で、友人がまとめて送ってくれた「ハリー・ポッター」のシリーズを読んでおったわけです。第一の感想は・・・長い!長すぎる!! だったりして。* ・・ ・・(o_ _)o コケまぁ、ベストセラーで売れた本だし、あの世界が好きな人にとっては、ひたる時間が長いほど幸せなんだろうけど。でも、今まで色々なファンタジーを読んできた人間にとっては、あそこまで長くなくてもええっす、という感じでした。まぁ、無事に悪役が倒れ、ハリーが勝ってお話は大団円で終了したわけですが、読み終えてお話を振りかえりつらつら考えておると、ひとつ疑問が立ち上ってきました。なぜに悪役(ヴォルデモート)は世界征服をしたいのか!?支配欲の権化が悪役としての役割なのかなぁ。場を支配するって、他の人に目を配ってなきゃならんので、私なんかめんどくさくてイヤなんだけど。でも、確かに一番でなきゃいやとか、とにかく上に立ちたいって人いるもんねぇ。例えば世界征服ならずとも、現実に、国を完全に手中にしているような支配者もいるけれど、その彼らあまり気楽そうじゃないし、いつ寝首を掻かれるかおびえがいつも潜んでいるように見える。実際そういう場所に居る人ほど、安全に隠居なんてできないっぽいよね。亡命すれば別かもしれないけど。彼らも今を生き延びるために、必死で権力を維持し、あれこれ獲得しようと奮闘努力しているけど、もしまっさらの状態で今の位置か、安全で気楽で自由な日本の下町のおっさんどっちかを選べ、と言われたら。な~~んか、オタク状態でビデオ見放題の下町のおっさん希望しそうな気もする。闘争して相手をやっつけるのが、とにかく楽しいってのは理解できるかな。でも、それが終わって、世界が自分の支配する暗黒世界になってしまうと、あんまり楽しくなさそう。社会の動きも人間の動きも全然なくなってしまいそうじゃない? 大金が欲しいとか、地位が欲しいとか、名誉が欲しいとか。そういったものの根本にあるのは、幸福な自分でいたい!って欲求なんだろうけど。実は、そんなもので本当の幸福は来なかったりしてね~~。まぁ、悪で世界征服をねらうのは、自己の幸福追求の手段としては、非常に効率悪いのでやめたほうがよろしい――というのが、私の結論であります。(なんなんじゃ!爆) ところで、このハリー・ポッターシリーズも アーシュラ・ル=グィンのゲド戦記シリーズと同様、(もしくは指輪物語と同様)光と影の戦いが 主なるテーマなんだと思うのですが。このシリーズでは、影であるヴォルデモートが完全に敗退し、消去してしまうのだが・・・影を完全に消してしまってはいけないんじゃないかい?陰影のない浅い世界になってしまうよ・・・と思ったのでした。ま、蛇足ではありますね。
2009年06月20日
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友達のY子さんが、うちの猫たちに♪ と、マタタビの枝をくれました。で、さっそく葉っぱをあげると タビは 嬉しさいっぱいの(?)こんな顔。ちょいと正気を失っているので、要注意。油断するとひっかかれます。ヽ。(ー_ーメ) しゃきーん
2009年06月17日
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ここ2ヶ月間ほど、自分の心の構造改革に取り組んできておりました。私は生きていて、ず~っとそれをやりたくてその道を探してきたところがあります。もう年だし、これ以上先延ばしにはしたくないしで、きっかけをいただいたところから、しゃにむにガンガン!ガンガンガン!と、頑張り、それなりの成果が得られたのですけれど。心では『やった~~♪』と嬉しさいっぱいではあったのですけれど、やはり相応のストレスがあったようでして。それがもろに身体に出てしまっていたようです。まぁ、更年期の不調って言えばそれで済んでしまうのだけど、自分で観察するに、ストレスが内分泌に影響しておるのだな。。。多分、これは。具合が悪くて外に出られないので、内にこもって、友人が送ってくれたハリー・ポッターシリーズを読んでおりました。(-_-)ゞ゛ウーム私は文章を自分の頭の中で映像化しつつ読む傾向があるようで。ハリー・ポッターって なんかアニメっぽい色彩の画面でお話が展開するんですなぁ。で、今はゲド戦記の第5話「アースシーの風」を読んでおるのです。ううう、ゲドがすっかりおじいさんになってしまい、偏屈ヤギにてこずってたりして。頭の中の映像はレンブラントみたいな光と影の風景。いまさらながらに、それぞれの言葉が深くて、かみしめつつ読んでいます。このシリーズは、また一話から読み直したいなぁ。 昨日あたりから、少しずつ外に出て作業もしています。サクランボも色づいてます。あと2日ほど置けば甘みたっぷりの完熟サクランボになるはずなんだけど・・・。これからスズメたちとの壮絶な戦いが始まるか――?
2009年06月16日
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すみません。7日に盛岡まで遠征で 太極拳の普及指導員試験を受けに行ってから、ここしばらく体調悪くしておりました。ん~、精神的な部分もあったかなぁ。ようよう回復してきたので、明日あたりからブログ復活します。(゜゜)(。。)ペコリ
2009年06月15日
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今年はすごく実付きが悪いです。ちらりほらり。でも、それでもいくぶんかはこうして実になって。これはナポレオン。実がすこ~し色づき始めました♪あと、佐藤錦があるのです。(木が弱っているのでこっちは実り期待できず)
2009年06月09日
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原種グラジオラス ビザンチヌスが咲いています。
2009年06月08日
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日曜日。太極拳の指導員試験(とはいっても一番下っ端の資格ね)を受けに、朝もはよから起き出して行ってきましたよ。盛岡の施設。午前中は筆記試験で、午後めいっぱい指導者のための実技講習。試験は…思ったより簡単だったので、記入間違いさえしてなければクリアできてると思うけど。ま、結果待ちです。思ったより緊張していたと見えて、朝6時前に起きれば大丈夫の予定だったのが、5時には目が覚めてしまっていたし、寝不足もあって疲れ果てました~~。終わった終わった、やれやれです。ふうううう。 Eurythmics:You Have Placed A Chill in My Heart
2009年06月07日
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う~ん、一般的に当たり前に思われていることなんだけど、それ、実は違うよ…ってことが割と目についたりします。いつも笑顔でいることが良いこと! ってのもね。実は違うのだ――と 最近の私は思う。笑いたくないのに、笑顔で人にあたりを柔らかく…ってねぇ。それ、自分にウソついていることでしょう。いや、普段の気分でニコニコしていたいときに、ほんわかにこにこは問題ない。でも、落ち込んでいるときや、悲しいことがあったときには、少々顔が強張っててても陰険な目つきしていても大丈夫なんだわさ。別にそれでええやんけ、って思う。 もう、ずいぶん昔、20年も前の話になるんだけどね。つまらないことで、大切な友人との縁が切れてしまったことがあります。お互いけっこう仲良く大切に付き合ってきた相手だったのだけど、その彼女、つまらない約束破りをしたりドタキャンがあったり…が数回続いたのね。彼女は多分仕事が大変で、それ以外のことに注意向けてる余裕がなかったのかもしれない・・・と今は思う。でも、我慢できなくてちょっとけんか状態になったあと、こんなことで腹を立てている私は大人気ないぞ…って思いがあって、彼女の謝罪を受け入れて許すことにしたのだ。でも、私本心では許すことできてなかったんだよねぇ。心の底ではわだかまりをもったままの付き合いで、また彼女がなんかやったんだよな、その時に押し殺していた怒りが噴出してしまったのだった。たぶん、ちっちゃなつまらないことの積み重ねだったと思うのよ~。私としては我慢に我慢を重ねて…だったんだろうけど。そのちっちゃいトラブルごとに「ふんが~!」って私怒ることできてれば、よかったのだ。そうすれば彼女だって、これはヤバイ、と問題重ねることなかったろうし、私もそこでストレス発散できておったろうし。もっと大人にならなくちゃ、人を許す器でなくちゃ…なんて、狭量な私が努力した結果のお別れでありました。 なにが言いたいかというとね。自分の本当の感情をおさえていると、圧力高まって、噴出したときに思いがけない爆発事故になることがあるよ、ということと。もっとやばいのが、それが当たり前になると、本当の自分の感情さえ感じられない人間になってしまったり…することがあるんだよ、ってこと。私自身、自分の中に押さえ込まれたもろもろがあって、それが私の元気を奪っていた――ってことが、このごろようようわかってきたのだった。自分の気持ちを自然に感じるって、実はとっても難しい。でもね、それを感じるためには、感情を頭で作ってはいけない。気持ちがやってきたら、素直に感じて受け止めてあげてくださいな。 ↓ ほれ、こんな作り笑いで挨拶されても困るじゃろう!
2009年06月06日
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どこぞのワイドショーで誰かが言ってたけど、アッソ~総理が作ろうとしている漫画アニメ博物館ね、あれ総理のモニュメントじゃないかって。それって当たってるかも~!って 思ってしまった。いや、漫画アニメ関係者で、それはいい考えだ!ぜひとも進めて欲しい!それによって日本の漫画アニメも発展するし、自分の仕事も進歩発展前進するであろう!なんて思ってる人、いないと思う。いや、人間さまざまだから断言はいかんな。ほとんどいないんじゃないかと、私は推定するのである。前にもそれっぽいこと書いたけど、まんがやアニメや想像するって作業は、人から与えられてできるもんじゃないのよ~。作りたいから作るのよ~。どっかの学校はいればまんが家になれるとか、アシスタントやれば技術がつくからプロになれるとか そんなもんじゃないのだ。だから、本当に税金の無駄遣いのひとつだと思うけどね。まんがアニメ博物館。無駄でもなんでも、予算通ったらしいからできるんだろうなぁ。あ~あ~~あ~~~~~。(*°ρ°) ボー 足袋を履いてるタビのお手手。妙にお行儀いいのが、可愛い猫です。
2009年06月04日
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野田正彰さんの書籍で、小学生に撮りっきりのカメラを渡し、生活の場面で写したいものを写してもらう――ということをしたときのことを書いていたものがあったと思います。15年か20年か前のことかなぁ。その時の小学生が、学校の行き帰りのコンクリートの道だけ写したり、誰もいない教室を写してみたりと。生物ではなく無機質なものだけを写す児童がいること、そしてそれがけして少なくないことが気になるような話をされていたような。最近、ふとそのことを思い出したのです。というのは、小学生に渡したその紙のカメラと、ここいらのブログってのが、なんか重なるような気がしたんですよね。大人が書くブログってのも、いわば生活のスナップショットですよね。仕事についておおっぴらに書くことはできないにしろ、それ以外の生活のなかで今自分が気にかかっていることや印象に強く残ったことを、主に書いているんだろうと思うのですよ。普通はね。その自分の生活の写し方で、その人となりとか、性格とかこだわりとかわかるよなぁ。。。。。と 思ってしまったわけ。ま、私がそういう風にわかったつもりでいるだけなので、別にどうでもいいんですけどね。私は、これでも表現者の端くれの仕事をしていたことがあるので、自分をどう表現するか、どう受け取ってもらおうか…あたりは常に意識してるところがあるような気がするんですが、普通ブログを書くにあたっては、そんなこと思わないだろうしなぁ。こうして みんなが公開の場で自分の表現をする…ってことの意味を ちょっと考えたりもするのです。ん~、また、こういう文章を書くことの意味はなんだろうか?
2009年06月03日
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さて、いよいよ耕した畑に堆肥を投入!まずは、自宅の雑草堆肥(とは言っても自宅の雑草を積み重ね、時々残飯と糠を投入しただけのもの)をほっくり反して畑に運ぶのだ。と、いい具合にほっこりした土状態になったところを掘り返していると、次々にカブトムシの幼虫が出てきましたのだ。 う~~ん、前は毎年出てきてたんだけど、ここ2~3年全然見なかったから、もうカブトムシ来ないものと思っていたんだけどな。虫嫌いの人には気持ち悪いいもむしに過ぎないかもしれないけど、私はけっこう嬉しいのです。昆虫好き少年少女が居れば、あげたいけど、そういった情報はないもんで。出てきた幼虫はちゃんと保護して安全な堆肥場所に移しましたよ。ちゃんと成虫になってくれるといいけどなぁ。
2009年06月02日
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昨日、せっせとトマトを植えつける予定のウネの草取りをしておったのです。(そして石灰を撒いて、耕して堆肥をまぜこむのだ)本当はもうそろそろ苗を植えつけているべき時期。作業としては10日ほど遅れておるのですが。そうして、草取りをしている途中で声が聞こえてきました。『なんで、こんなに作業がトロイのだ。もっとちゃんときれいにしておかなくちゃいかんじゃないか!』私ねぇ、これでも本人頑張ってるつもりなのですが、最近疲れやすいし、集中力はないしで庭も畑も草だらけなんですよ。実は、ここ数年ずーっとそういう状態なのです。『もっとちゃんとやれ!』ってのは、もうひとりの私の内なる声なんですよね。で、今までは、そちらの声が正しくて、私はどうものろくて働かないダメダメ~なヤツって思いが強かった。でも、それはもうやめました。だってねぇ、私これでも本来は 都会好きの文系人間なんっすよぉ。いや、田舎も好きだし、畑での野菜作りも花の栽培も好きだけどね。完璧にはとってもできね~や。不器用だし。で、けっ うるせ~~よ!! できることすりゃぁいいんだい!って、私を叱る内なる声を蹴飛ばした。けっこう気持ちよいです。外で働くにはいい季節。内なる声を蹴飛ばしつつ、それでも働かなくちゃなぁ。ファイトーー!( ゜ロ゜)乂(゜ロ゜ )イッパーーツ!!
2009年06月01日
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