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あれは、東京に引っ越してまだ間もないころだったと覚えているので、たぶん20代前半から半ばに移ろうかというあたりのことなのだろう。とある雑誌のインタビューを受けて、その質問の一つに、『今一番欲しいものは?』とあった。その時の答えに『自分』と書き、我ながら ちょっとくさいかね~と思ったのだったが。今思い返すと、その時の私はけっこう正直に問いかけに答えていたのだろうと感じる。いや、今思い返すと、私はここまで生きてきて 一番欲しかったもの。自分以外になかったじゃないかと。 私の作品のテーマだって、ずーっと 自我とは何か?自分はどうしてここにいるのか?ということだった。それ以外のことに本当に興味持ったことなかったのじゃないか。 その答えが欲しくて、本をたくさん読み、ニュースを追いかけ、時には思想書まで手を出し、ワークショップに出かけ。でも、答えは見つからないままここまで来ていた。ほとんどあきらめていたのだけれどねえ。 人間 すごいです。本当に欲しいもの、あきらめずに欲しがっているとそこにつながる扉が見つかるものなんですね。 いやあ、この頃の私、外的環境にはなんの変化もないにもかかわらず内的な風景が一変しましたよ。朝起きて、「やっは~~~!!」ですもん。(爆) 欲しいものがあるなら、頭の上に旗をかかげて進んでくださいね。あなたの旗はあなたのものです。その志がある限り 何があっても進んでゆけますし、いつかどこかにたどり着くことができると思います。
2009年11月30日
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いやあ、しょっぱなからなんですが・・・我ながらまいったぜ!でありました~。土曜28日は、初段検定試験のための事前講習と試験リハーサル、日曜29日は試験本番というスケジュールでした。どちらも県内一カ所、盛岡での試験です。最初からドジった。いや、始めはJRで行く予定だったのですよ。うちの時刻表で調べたらちょうど良く盛岡駅に到着する便があったので。ところが!28日朝、それで駅に行ってみたらその快速列車がない!どうもこの春の改変でその列車35分遅く出発になってしまっていたらしい。その便に乗ると、なんと講習会受付に間に合わないのですよお。びっくらこいてまっすぐ家にもどり(実は我が家は駅から歩いて5分)車に飛び乗り盛岡めざしました。 ここで、道に迷ったらアウト!と思いつつ、強運なことに受付終了5分前に会場にすべりこむことができました。はああ。一日の始めで全てのエネルギーを消費して。。。。その日は朝の10時から午後の5時まできっち~~~り、ハードな講習でした。 帰りも車で。。。。家に帰り着いたのが7時半。翌朝は、もうJR使えないのがわかっていたので、最初から車で盛岡へ向かいました。朝の7時20分出発です。 いやあねぇ。この試験本番の出来が悪かった!もう、普通にしていれば問題ないと思っていたのですが。今の自分が出来る太極拳が10とすると、今回試験でやったのはせいぜい6か・・・・な。。。。って自分の評価です。頭の中がパニック状態でしたねぇ。すっかり上がってしまっていた。 考えてみれば、先日の県交流大会でも同じミスしてたんですよね。 私はこの春から、ずいぶん自分の精神を整理して、かなり外界に恐怖感なく向き合うことができるようになった・・・と思っていたんですが、まだまだまとわりついているのがあるようですね。というより、精神の整理に身体がまだ追いついていないのかな・・・。 昨日一日 上手くやれなかったことで、心が落ち込んでいたのですが、それでも前ほどではないです。ヘタレの自分もいいです。そこから立ち上がって、何が自分の動きを鈍くしているか また整理すればいいんですもんね。たぶん試験は大丈夫とは思っているけど、なに、落ちても一年間また練習すればいいだけの話ですし。私はまたやりますよ~。
2009年11月29日
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てんてん話題が続きます。てんてん 今朝無事にちゃんともどってきました。しかも今日は畑の草取りを始めた私を追いかけて、タビが再び戸を開けて出てきていたのに、それを見ながら逃げ出さなかった。 てんてんはちゃんと状況を把握しているのだな。 自分はまだ外には復帰できない、しばらく家で過ごそう・・・と、決めた様子です。猫も猫なりにちゃんと考えます。やさぐれてんてんも賢かったりします。
2009年11月27日
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てんてんが、ずたぼろ状態でもどってきたのは確か日曜日のことだったと思うけど。おとといあたりから、ベランダのガラス戸の前に座って、外に出してポーズを時々していた。しかし、まだ回復してないのに出したらまた悪化!と思い、外に出すことはしないでいた。てんてんも自分で具合よくないのがわかっていて、どうしても出るんだ!ってほどの強姿勢はなく、じゃ、いいや・・・ってな雰囲気でまたコタツに潜り込んだりしていたのだが。うまくしたら、このまま家猫化してくれんかな~なんて 思いも私にはあったりしたのだが。 油断しちゃったのですよ。てんてんは、自分で戸を開けることしないけど、タビは外に出たい時には自分で戸を開ける。いつもは、人に出して~ってねだるんだが、今日は自分で戸を開けて出ちゃったんだなあ。。。。気がついたら、てんてんもその開いた戸から脱走しちゃってました。。。。。とほほほ~~~。 今夜はそんなに寒くならないようだから、大丈夫だけどねえ。てんてんももう10歳だし、冬中外で暮らすのは 今回の様子から見ると、もう無理だろうと思う。たぶん明日か明後日、またもどってきたら、今度こそ脱出しないように気をつけて、家に閉じ込めよう。。。。無理かもしれないけど、とにかくやってみなくちゃね。
2009年11月26日
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晴れてよい天気です。ゆうべもコタツ布団に粗相をするんじゃないかと 心配していたてんてん。具合が良くなるとともに機嫌も直って、正気にもどったらしく、ちゃんと猫トイレを使ってくれてました。ほっ。 さあ、今日はお昼を食べたら、午後市の武道ホールに行って 一人太極拳練習に励むつもりです。先日も一人で練習してたのですが、鏡で自分の姿勢を見たら、いやあひどいひどい。あんなに注意されていた部分がひどいとは思わなかった。自分でちゃんと認識しながらの練習を重ねないとこれ以上の上達ないかも・・・と、危機感持ってしまいましたよ。で、行って頑張ってきます。
2009年11月25日
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さて、我が家には ちっとも家によりつかずお腹が空いた時だけ家に帰って来るが、もうほぼ野良猫生活をしている てんてんという放蕩息子猫がいる。ただ、この猫は冬に強く、丈夫で今まで風邪気味でも そうそう具合が悪いところを私に見せたことのない猫だったのだが。おととい戻ってきた時の様子がひどかったのです。鼻も目もぐずぐずで息も苦しそうで、食欲も全然ない様子。 本当なら、病院につれていければいいのだが、気が立っていて、私にさえ唸りかかってくる。ここで無理強いして病院につれていったら、今度外に出てったら2度と家にはもどらないんじゃないか、って雰囲気なのだった。 で、とにかくあたためなくちゃ。と、こたつの中にペット用保温ボードを置いてあったかい場所を作ってあげた。前にもらった風邪の薬をあげつつ様子を見たら、だんだん食欲も出てきて一安心。。。。。と思ったら。ゆうべやってくれましたわい!コタツ布団にでっかい日本地図!!うわがけから下敷きまで、コタツ布団ワンセット!!もう朝早くから、ばたばたぜ~~んぶ洗いましたわい。ふうう。猫とはいえ、意志をもって人に抵抗する生き物は手強い。でも見捨てるわけにはいかないし。ふんがふんが 言いながら面倒見るのですわ・・・。
2009年11月24日
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まあ、そんな大げさなタイトルつけなくても、人間は時代に適応して生きるのだから、時代によって今までも変わってきたのだし、変わると言えば変わるし、変わらないところだってありますわさ・・・ってもんですが。それにしても、昨日 今は人間そのものも変わる時代なのではないかーーーと書いたのも、理由なしに書いたわけではありません。 先日、いつものようにお昼を食べながらニュースショーを見ていたのですが、その中で先日犯人が捕まった事件の報道がありました。それについて、コメンテーターのK氏が、「反省するならちゃんと自分で自首してくるべき。」なんて言ったことに対して、弁護士のO氏が、「いや、人間悪いことをしたときに逃げるというのは普通のことなんです。それが当たり前なんです。自ら出頭するのが実に稀なので、それは減刑の対象とされるのですよ。」という風に受け答えしていました。ちょっとびっくりした。このO氏、今までな~んもおもろい意見を言ったことのない人のように見ていたので。で、今回O氏が真正面から犯罪を犯してしまった人間の心理に付いて、説明したのには、裁判員制度が開始されたって背景があったんだろうと思う。さすが弁護士さんで、一般人よりは犯罪者や人間の心理の色々を知っているのだろう。当たり前だけど。でね、それを聞いて思ったのは。確かに裁判員となる可能性は、全国民にあって、そしてその場に向かうための基礎となる人間理解力も必要であるし。そのための人間教育も、地味ながらあちこちでじんわり始まっているのかもしれないということなのだった。 色々な人間がいて。不幸にして犯罪者となる人もいる。性格として犯罪傾向が強い人もいるかもしれないし、普通なら犯罪なんて関係ない一生だったはずなのに、何かの組み合わせの不運によって犯罪者となってしまう人もいるかもしれない。でも、生まれつきの犯罪者って・・・いないはず。 あのね。人間の基本OSはみなちゃんと生きるようにセッティングされていると思うのですよ。それがねえ、社会に適応したり人に害したりしないような人間になるソフトが組み込まれなかったんだよな。意識が育つ時期に。だから、犯罪者に「きちんと反省して出直せ!」ってよく言われると思うのだけど。中には反省すべき道筋さえわからない人だっているんじゃないか。人間は変わります。でも、変わるのは自分が自分をほどいて、その中に何があるかわからないとなかなか変わるもんじゃないです。そして 自分をほどくことができるのは、自分が受け入れられたと感じる場所で・・・。受け入れて道を示してくれる人がいないことには、難しいです。 他者を善し悪しで判断するのではなく、少しでも深く理解しようという姿勢。 それが、社会を少し住みやすい場所にするための第一歩なのかもしれないと 考えます。
2009年11月23日
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昨日、テレビでゴミ屋敷とゴミマンションルームについての番組をやっていた。ちょっと興味があって、見ていたのだが。私はあそこまでひどくないけど、その入り口あたりの心理はわかるような気がするのだった。精神的に停滞すると、モノに必要以上に価値を感じるというか、とにかく捨てるってことが出来にくくなるんだよねぇ。たぶん 精神の新陳代謝が出来なくなるのだった。昔 読んだ養老猛司さんの本の中に、その人の脳内の状態が外部に現れるのだ・・・って書いてあったように思うけど、それはたぶんまさにその通りなのだよねぇ。いや、それを読んだ当時はピンとこなかったんだけどね。(苦笑)ゴミ屋敷・ゴミルームの人たちは孤独で、孤立していることが多い。番組の中で、ゴミ屋敷は外から見えるけれど(庭にまでゴミが溢れ出しているので)マンションやアパートのゴミルームは 日本のあちこちでたぶん隠れて増殖している———と言っていた。うなずける話だったりする。 マンションの中から4トンのゴミが出て来たというような話もあったなあ。 番組のご意見番に 社会問題を追求しているジャーナリストなる人が出て来て、経済優先で弱肉強食の今の社会が、そういった現象を生み出しているのだ!みたいなこと言っていたけど。確かにそういう風に言えなくもないけれど。そればっかじゃないよねぇ。今まで、追求されずにきた人間の幸せは何かとか。何があれば人間は社会化された存在となれるのかとか。ようやくそういったことに 全ての人が目を向けて考えるべき時期が来たんじゃないかと・・・。摂食障害にしても、ウツの人の問題にしても、DV・依存症のことでも。人間がちゃんと成熟するために、必要なものは何なのか。家庭に、親に何が必要なのか。今経済が低迷してるけど、世界の構造が大きく変化しつつあるのは確か。と、同時に 人間存在も変化する時期に来ているような気がするのです。
2009年11月22日
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3年と半ほど使い続けていたお窓ノートPCが突然不調になったのは、9月の最終のことでした。 当初はハードディスク交換程度で済むと思っていたのが、ことはそう簡単ではなく。まあ、展開が見えるまで予備設置のiMacくんでしのげばいいや、と思っていたけれど。 このiMacくんも設置したまま放置していたら、現在のネット状況には時代遅れになってしまっていたというわけで。 今の私はネットに繋がっていないと、どうも不自由なのですよ。おまけにMacでは、お絵描きのソフトとタブレットが使えないし、画像処理もやったことがないし。。。。で、新しいノートをなんとかゲットしたものの。 自分でネット接続、無線LAN構築に挑戦しているもののこれが全然繋がってくれない!!モデムやらルーターやら配線つなげたりあれこれいじくってるうちに、ついにはiMacくんの調子まで悪くなって来たぞ!!ふんが~ふんが~~~。 ちょいと戦意喪失中なりです。 とほほほほ~~~~。
2009年11月21日
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昨日は最高気温6度と寒い一日だったのですが、もう本当になんとかせねば!と意を決して、畑にでてトマトの支柱を全部抜いて、紐なんかもほどいて捨てての片付けをしました。2時間ほどかかって、たくさん着込んではいたけれど、足下から冷えてきて。そうしたら、なんか身体の芯から悲しい気持ちが流れ出してきました。いや、確かに寒かったけれど、今まで作業しなかった私の怠惰に原因があるので、そこで悲しむ必要はないのです。それはわかっていました。 その時に感じたことは、ああ、これは母の悲しみだ・・・と。私の母は、兼業農家の主婦として、家のことと農作業の人生をしていたのですが、彼女の中には 自分はこういった人生で終わるのか、私はもっと別なことができたんじゃないのか・・・!という 自分への不全感がとても大きい人でした。今ふりかえると、彼女がそういった思いを持つくらい、彼女自身の能力も大きい人だったんじゃないか、とも感じます。でも、そこを生かすための方法を持ってなかった。こんなはずじゃなかった、もっと別な生き方をしたかった、という思いをかかえたままの一生でした。 私はそういう母から、彼女の気持ちを知らず知らずに写し取って自分の人生の設計図の下書きにしてしまっていたんでしょうねえ。農作業への嫌悪も多分母は持っていたのじゃないか。 支柱を分類していたときにやってきたこの悲しみは。母の悲しみでした。母も色々つらかったねぇ。。。。。。。でも、今私はここにいて、働くのは嫌いじゃない。農作業だって寒いけど来年のためには必要なこと。私は母の思いは手放して、自分の思いを確認しながら進もうと思います。母を悼むけれど、そこで留まることはもうしません。
2009年11月20日
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う~ん、夏あたりに 友達から『顔が変わったね』と言われたのでした。どう変わった?と聞いたら、なんかすっきりした・・・と。で、こちらは最近ですが10日ほど前のことかな。家の庭でできた渋柿を持って、母の友人のところに行ったのです。その叔母さんに会うのは、1年ぶりだったのですが、そこでも。『変わったね!最初誰だがど思ったよ。』と言われて。まあ、私も鏡を見て、おお、目の力が強くなったなあ!とは思っていたのですが。それ以外にも、ち~と違う?と感じていて。 確認したら、顔のバランスがね。ゆがみが少なくなっている。ご存知だと思うけど、ほとんどの人は顔のバランスが左右対称ではないです。微妙だけど、ゆがみがある人の方が多い。そのせいで、写真の自分を見た時に違和感があるのですよね。鏡で見てる自分と違うので。そのゆがみが 最近の私、少なくなっているようなんだなあ。 人間は本当に内部が外に出るものなんですね・・・。私は意識してなかったけど、自分をたくさん縛って生きて来て、そのストレスがああいう形で顔に出ていたのか・・・と思ったりもしています。ま、それが本当かどうかはわからないですけどね。でも、これからは遠慮せずにどんどん自分をさらして生きてゆくぞ。はた迷惑でも、私は行くのだ~。
2009年11月18日
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昨日は一日雨が降って寒く、おまけに体調もよくなかったので、一日家の中でストーブをつけて閉じこもっておりましたのだが。先日郵便ポストに誰かが入れていった宗教の小冊子を片付ける前に一応目を通してみました。これは、今まで来たことのなかったものだな。団体の名前も、印象にない。あまり名前の見たことのないキリスト系の宗教らしいのですが。 やはり、これもすばらしい教えがそこにあるので、自分たちのもとに集えば天国への道が開かれる・・・というもので。私はこれは道が閉ざされた教えに見える。ま、いいのですが。 私は、今まで宗教系の人が苦手で。特に新興宗教関係の、教えに目覚めてここに真実がある!ってニュアンスをぷんぷんさせて、人に教えを説こうとする人がとにかくだめ~!だったんだけど。今考えると、そういう人がいやだったのは、自分に侵入してきそうな恐さが自分にあったからなんだと思うのです。つまり自分の弱さが原因だったのだろうと。私は自分の根拠が見えて来たので、今はそれほど 違う価値観を持つ人が恐くない。だから、こんな小冊子も落ち着いて 傍観者として読めるようになったのだなあ、多分ね。 でも、こういうところに集う人たちは、まじめで他者に優しい人たちが大部分なんだろうけど。そう思うけど。下手すると、重い衣を一枚また着込んでしまうだけに終わってしまう可能性が・・・。集団ではなく、個人で道を行くことを選ばれた方がいいんじゃないかと思うのだがなあ。難しいよね・・・・。
2009年11月17日
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まあ、うちの町には年に一回、市民が制作出演する演劇活動があって、これがけっこう大事大変だったりするのです。で、毎年私も背景制作に駆り出されるわけですが。今年はこれから、別件でお絵描きの仕事が入っていて(そちらも大体ボランティア仕事だけど、ちょっぴり制作費はもらえるのだわい♪)舞台の背景は、暇がある時だけのお手伝い程度しかできないと思うのですが。ま、それでもたまには行こうと思うのは、そこに集まる人たちが好きなせいなんだろうなあ。考えてみれば、お絵描きメンバーは付き合いがそんなに長期にわたらないせいもあるかもしれないけど、太極拳のようなおばさま方が せっせと繰り広げる心理的な縄張り争いってのが、全然ない。これは、もう絵の力が歴然としてて とにかく描く!ってことに集中するせいなのかな・・・。考えてみれば面白いなあ。 というわけで 始まりました。お絵描き制作。夜にメンバー4人が集まって、ベニヤに灰色で下地を塗ってきましたよ。 実は日曜の疲れが全然抜けてなくて、一日ぐったり状態で。動く気がしなかったんだけど、考えてみれば、私こういう風なエネルギーなしの状態で何年も生きてきたんだったよなあ・・・と。ともかく、早く元気になって、やらねばならないことを片付けてゆきたいのであります。
2009年11月16日
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今月の29日だったか、30日だったかに盛岡で 太極拳の初段試験があるのです。で、15日、昨日そのための事前講習会最終のが花巻の施設でありました。う~ん、おおきい間違いさえしなければ、試験は通ると思うんだけど、それ以上に先生に指摘された部分を直してゆくのが難しい。私はこの頃、太極拳も音楽や絵を描くのとおんなじなんだろうな。という感想を持っていて。例えば、ピアノの名曲があって。それを弾く人によって、印象や感動が全然違うでしょ。太極拳もそれとおんなじなんだろうと。 で、自分なりのイメージを持って演舞できるようになりたいわけですが。それ以前に ピアノの運指がまだ出来てない段階で。(爆 まあ、それやこれやで 難しい。でも、すごく楽しいです。自分の中で目標があって、そこに到達するための努力なので、先生に注意されるとすっとそれを受け止めて身体で練習できる。注意されたとか、自分はダメだとかいうストレスブロックがないので、努力にすっきり向かうことができるというか。 しかし、ハードは同じで。やはり、昨日も講習会を終えて、家にもどって、台所の椅子に座り込んで1時間半、身動きできませんしたがな!!(爆
2009年11月15日
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どうやら、今日は一日雨のようです。でもあったかいので、今日は家の中で整理したり落ち着いて自分の内部の整理もしなくちゃ・・・なんてことも思ってみたり。今まで精神が淀んで動くことができずにいたのが、この頃 少し放水路が開いたことで、流れが出て来たようです。それは嬉しく喜ばしいことなんですが、思考も整理せずにただ書きなぐっていても、なんかちゃんとしたメッセージにはできない。できてないようだと反省するところもあるのでした。 ここいらで 少し落ち着かなくちゃね~~。
2009年11月14日
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昨日「徹子の部屋」で、森繁氏追悼番組をやっていて、見ていたのだが とても面白かった。彼の言ってることがね。今現在が重要で、過去はもう過ぎたこと。過ぎたことは忘れる。とらわれない。モノやお金に執着しない。(女性にはかなり執着していたらしいが・爆)彼もまた、捨てることを知っている人だったのだなあ。長生きする人って、遺伝的要素や環境もあるけれど、どういった所でも時代でも、自分を突き抜けて、エゴを捨ててすっきりしたせいでなんか楽天的にらく~~~に生き抜いている人もいるように見える。 過去や、自分の感情や、とらえられるものをいっぱい抱えていると、とにかくしんどい。精神的に不自由になるし、それが進行すると自分の身体さえ、思うように動かなくなる。まさに私がそれだったんだと思うけど。 でも、それが大きい問題点で、捨てた方が自由になれるよ・・・ってのは昔から宗教や哲学やらで言われていて、そこに到達する人たちは歴史の中でも、少なからずいたのだろう。座禅や、宗教的な修行も到達すべき場所は 自分の芯の場所以外にはあるはずもないし。 わかっている人はわかっているのだろうが。 今は心理学やら 脳科学やら、自分をほどくための知識は得ようと思いさえすれば、割と簡単に入手できるんじゃないかと思うけど。う~ん。それでも、難しいか。。。。私も知識を追いかけて、必要なアイテムは手元にあったのに。それから進まず立ち尽くして20年以上・・・だったようでもあるからなあ。 こんなことをトピックにしていると、「真の自分に到達するために」とか「コミュニケーション上達法!」とかの宣伝トラックバックがくっ付くのだが、そっちの内容ってどんなもんなんでしょうね。本当にやれば自分を解放するノウハウ手にはいるもんなのか。それとも、小出しにヒントだけくれて、ちゃんと出来ないのはあなたがついてこれないからだ!なんて風な展開になるのかな。野次馬的にちょいと興味があるんだけれど。興味だけで、お金を払うのも業腹である。 う~~ん、これからますますハードじゃなくて、ソフト面での商売が大きくなっていくのは必然のような気がするけど。似て非なるもの。そういったものには要注意です。重要なのは、それぞれの個々人。自分を主人公に据えて進んでください。誰かとっても立派な人がいて、そこに従う場所はだめですよん。
2009年11月13日
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昨日、ちょっと用がありiTunesを立ち上げました。そして 何気なく ネットラジオの中の1局をクリックしたら・・・ビックリだ!!ずーっと探していた曲が そのものドンズバリ!で流れていたのです。 私が練馬に住んでいたころ 朝はいつもFMのジョン・カビラ氏のTOKYO TODAY を目覚ましにしていました。そこで、98~99 あたりだったと思うけど、よくかかっていた曲だったのですよ。最初に聞いたときから 大好きで 曲名チェックしておいて、買いたいと思っていたのに、結局タイトルさえわからないまま 通り過ぎてしまった曲だったんだよなあ。むううう、多分これも縁というもんだ。というか、欲しいものを引き寄せるパワーがいよいよ回転し始めたということか?(笑)10年前から懐かしい雰囲気の曲だったけど。60年代70年代の土の匂いのするアメリカン・ロックという感じですね。 FASTBALL : The Way
2009年11月12日
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この頃 会得したことの一つに、言葉を出す時に 感情に乗せた声にしない——ということがあります。特に、相手にとって耳の痛いこと、マイナスに繋がることはこちらの負の感情に乗せて言ってはいけない。相手の心に届きません。逆にプラスのこと、嬉しいことはこちらも一緒に喜びの感情に乗っけます。というか、いっしょに喜んでいると自然に声もそうなるんだな。 でもね。普通の人は 逆。注意したり、要望したりするときに、どうしても怒りや苛立ちが声に混じる。すると、相手も感情レベルで反応して、怒りや反感や警戒感がわき上がってきます。そんなことあまり自覚してないだろうけどねえ。無意識の反応だろうけど、でも、それ事実と思いますよ。 怯えた子どもを内に抱えて、とにかく自分を守りたい、攻撃して来る人が怖い・・・と自分を守る鎧を着ていたときはあまりわからなかったんですけどね。今、その鎧を脱いで、センサーが敏感に働いています。そうすると、なんとまあ、みんな無防備に声に感情を混ぜたまま 会話をしていることか!気がつかずにそうしていて、そして聞く方もたいていそれを聞き分ける耳持ってはいないと思うんだけど。無意識にはちゃんとわかっているんだと、これは確信。で、そこで相手との関係や、好き嫌いが決まってくるんだろうなあ。 月曜日のことでした。とあるチェーン店に注文品のことで問い合わせの電話をしました。最初にでた男性店員にはあきらかに過剰な媚びが声に混じってました。あんなに媚びなくてもいいのになあ。親和感と媚びは明らかに違います。やさしさや、親切さや信頼感のようなものの方が私は好きです。基本的に媚びた声って私は好きじゃない。その人の仮面と話している印象になるせいかな・・・。それから、私、某銀行にちょっとだけど預金していて。そこの営業さんから、投資についての説明と勧誘の電話もありました。で、私はあまり投資話に興味がなくて、今考えていることを話したのですが、それは彼女の望むものではなかったのですよね。彼女の声に混じる苛立ちと切迫感がねえ。彼女は若いし、あまり仕事が上手くない様子は会話の仕方からもわかるんだけど。あれじゃあ、顧客を動かすことはできないな。。。。相手を読み取ることが全然できてないしな。 まあ、それやこれや。普通の人に感情で会話をしてはいけないとは言っても、難しいとは思うけど。とにかく、人に引きずられない自分を作ることから。もし、毎日を楽しく、人と上手くやって生きて行きたいなら。人を変えようとしないで、自分が変わることです。本気で取り組めば、自分は変わります。
2009年11月11日
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これもまた、太極拳の人間観察事例なのですが。私の所属する太極拳の教室はメンバー10名余。その中で、とにかく自分の居場所の中では場を支配しないと気がすまないKさんがいます。彼女はばりばりのキャリアウーマン(?)で、若づくりで元気で声が大きく、他者にいつも支配的です。で、彼女といつもつるんでいるのがAさんです。Aさんは、Kさんの子分的存在で、外見的には色々残念な部分のある人なんですが、とにかく毒舌がすごい。グループにいても、その場所にいない人への悪口は平気で口にするような人です。で、この二人組は休みがちで出て来てない時には、基本平穏なグループなんですが、来るとなんか緊張する雰囲気がある。というのも、彼女たちは私が嫌いで(大丈夫、私も彼女たちが嫌いなのだ)私に対しての当てこすりや裏に回ってのいやがらせ等々があるわけなんですね~。 私が代表を「めんどくせ~」と思いながら引き受けたのも、自我の弱い人が代表になったら、その二人組がいいように代表をこき使い、しかもグループを我が物顔にして教室が息苦しくなるぞ!って危機感があったからなのでした。 私は、自我はかなり強固で意地っ張りの部分があり、譲らない面も出していたとは思うのですが。でも、関係のある人間への攻撃はなかなかできず、我慢してしまうところが多かったのです。人への攻撃禁止令、悪口禁止令、意地悪禁止令をかかえこんでしまっていたので。例えば グループ内でのメンバーへの攻撃なんてのは絶対出来ませんでした。 A子さんは、ものすごく他者のかかえている怯えや不安を使って、人を操作することにたけた人であるのだな!ってのは、この頃よく見えてきたこと。 私はA子さんが嫌いだったけど、彼女が私に面とむかって攻撃してきたとき、口ごもって黙ってしまう場面が多々ありました。去年まではね。A子さんはたぶん心理学の本なんて読んだことないだろうし、自分がどういう行動形態であるかなんて考えたこともないですよ。多分、きっとね。でも、他者をどう扱うか、その自分の攻撃性を武器にするパターンを使ってここまでやってきた人間なんでしょう。人を怯えさせて、自分を優位に保つことが本当に上手い!彼女がいるときに、彼女二人組に逆らうメンバーはいませんが。でも、みな彼女と親しい雰囲気にはならない。そりゃそうですよねぇ、怯えをベースにした人間関係って楽しくないも~ん。でもね。世の中には、人の怯えを利用する人たち、本当に多いです。そういったことも すっかり見えてきたぞ!例えば、去年までテレビで大いばりで人を恫喝しまくっていた占い師の女性とか。あと、今はやりつつある、売れっ子マナー講師なる人も。あれは 怯えをかかえている人を操作する人だなあ。 もっとも、心の中に怯えや不安を抱えてない人なんて ほとんどいないから。。。ほとんどの人は餌食になる可能性はあるかもしれない。 でもね。 多分、そうやって人を怯えさせて自分に従わせようとする人たちの実体は。そうやろうとする人ほど、中身スカスカですよ。自分の中からやってくるエネルギーやパワーがないから、人から力やお金を集めようとするんだ。A子さんは、怯えを利用する以外に人とかかわる方法知らないのかもしれないし・・・・。 とは言ってもね。甘やかしてはあげませんよ。先週 KさんとA子さんの二人組が久しぶりに教室にやってきて、A子さん、また私をいたぶろうとしたわけですよ。すかさず 足払いかけてやりましたわい。言葉で、ですけどね。彼女、ものの見事に転がってあぜん。しばらく固まっておりましたが。 私の正体は、かなり手強いのだ。もう今後はいっさい遠慮なし、手加減なしで暴走してやりますのだ。むふ。
2009年11月10日
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これでいて、毎日なんやかやとばたばたしていて。ようやく読み終えました。コニー・ウィリスの「犬は勘定に入れません」。いやあ楽しかったですよお。コニー・ウィリスってのはとにかく達者な書き手なんだけど。今まで読んだ「航路」にしても「ドゥームズディ・ブック」にしても 緻密な構成/重厚な内容/毅然とした世界観・・・でもって、なんか 20キロくらいのしかも鋭い切れ味の斧でもってこっちの精神に切り込んでくるような内容だったのね。で、そんな小説家ってイメージを持っていた。 ところが、今回の犬勘定は、どうやらコメディらしいぞ・・・と、一巻の半ばあたりでようよう気づいた。(トロい!)おまけにコメディを越えてドタバタかも。ついには、ビクトリア朝のイギリスを舞台に貴族やら学者やら執事やらタイムトラベラーやらが右往左往して、頭のなかは坂田靖子さんのキャラが行ったり来たり。うへへへ♪と笑いながら楽しい気分で読み終えたのでしたさ。え~と楽しい本ですが、なかなか構成が複雑気味なので、SF本を読み慣れた人にお勧め・・・・かな?
2009年11月09日
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我が家のお隣(向かいというべきか)に住むKくんは、幼なじみでギター教室を開いています。毎年その教室のギター発表会がありまして、今年のそれは8日でした。用がなければ足を運ぶことにしているのです。教室の生徒さんは緊張しつつ練習レベルなんだけど、ゲストにセミプロ級の人がくるのでそちらを楽しみにしているのです。だけど、今年は私の耳が変わってしまっていて。今までとは違った風に、感じられました。今までは、誰が上手い、生徒さんは下手、ここが間違ったそこが違った・・・という風に聞いていた。というか そういう風にしか聞くことができなかったのですが。今回はギターを通して、その人の存在を感じられるようでした。そういう風に聞こうとすると、技術的な上手い下手ってあまり関係ないのね。面白いもんだ。 毎年ゲストで出演してくれている、盛岡のセミプロギター演奏者の女性がいるのですが。いつもはすごく感心して聞いていたのです。でも、今回は・・・技術はたしかに突出しているのですがねえ。イメージがな~んも浮かんでこない。あまり感じることのない演奏だな・・・って感想でした。 ところで、そういう風な姿勢でいると、とってもそれぞれの演奏に集中したい。ところが、最後の方になって、飽きたんでしょうか後ろの女性二人組がひそひそ話を始めたのです。50代と60代くらいの女性でしたが。で、うるさかったのね。ちょいとは我慢したんだけど、止まる様子がない。3つの選択肢がありました。 ○我慢する ○席を移る ○注意する我慢するは問題外。席を移ると演奏者の邪魔になる可能性が。瞬間平気で後ろを向いて『お話はお外でどうぞ~~~』って言ってました。演奏会が終わった後で、女性不満げな顔を向けてきましたが。気にしない気にしない。う~ん、前はね。勇気を出して注意をしても。なんか嫌な気持ちを後々まで引きずっていたと思うのだけど。今は1分くらいで終わりにできます。強くなったもんだ。どうせ気持ちは相手の所有物です。こちらに引き受けてあげる必要はありません!わかちこわかちこ~~~!
2009年11月08日
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実際の身体の疲労と感じる疲労感とは ずれがある———と、書いたばかりだが。同じことは空腹にも言えるよなあ・・・と思ったのだった。実際の空腹と、空腹感にもずれがあることが多いような。私はお腹が本当は空いていないのに、気持ちが落ち着かなくて甘いものが食べたいとかお菓子が食べたいとかあるし。午後3時過ぎにはちょいとしたお菓子つまむことにしているんだけど、それが習慣になってしまっていて お腹空いてなくても自動的に食べたくなったり・・・ね。それで、なんとかちゃんと食べた。必要な栄養はもう摂ってる!と 自分に納得させることはできないものかと 考えた。 いや、私は身長160cmで今たぶん52kg前後と思う。けして太い方ではありませんが。実はお腹に大きい子宮筋腫があって、たぶんそのせいでしょうね。ちょっと食べ過ぎるとあっというまにお腹周りにお肉がどっと付くのですよ。よけいにシルエットがひどいことになるので それが悲しいのだった。で、このごろ食べ過ぎないようにしたい・・・と 遅まきながら 細々ダイエットをしてみることにしたのです。 この頃していること。食事を用意して、食卓に並べる時になるべく配置と盛りつけをきれいに整える。で、食べる前に これから何を食べるかきちんと意識する。10秒~20秒 食べるものを見つめて頭のなかに印象づける。そして、ちゃんと食べ物の味を確認しながら食べる。やってるのはこれだけです。それ以外は頑張らない。でも、不思議とお腹があまり減らない。前ほど間食が欲しくなくなっているような気がしますよ。たぶんねえ、自分の意識に何を食べているかしっかり認識させるって、去年はやった記録するダイエットにも通じるんだと思うのです。実はここ2週間で2キロくらいあっさり減ったと思います。 前にホリスティック系の治療をしている アメリカだったかメキシコだったかの病院で、患者さんに ピーナツ一個を渡して、その味をゆっくりじっくり確認させながら食べてみる・・・ってことをしているのを見たことがあります。テレビ番組で、ですけどね。 その時にそこのお医者さんが言っていたこと。食べるものの味をじっくり味わうということさえ、現代の人間はしていない。つまりいかに散漫な日常・生活をしているか、してきたのか、を気づかせるためのレッスンであるようでした。それは 私の生活全般にも言えることで。色々試して見ている最中であります。
2009年11月07日
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今日の午後は暖かくて、外作業日和♪昨日から柿を収穫していたのですが、昨日は途中雨で中断。今日午後せっせと採り終えました。うちの柿の木は小さいけれど、毎年たくさんの実をつけてくれます。今年はなおいっそう豊作で大量の渋柿が採れました。(画像いれられないのが悲しいぞ・・・・)明日から、近所とか知り合いに配って歩きます。我が家で消費する分は 焼酎にさらして渋抜きします。干し柿も作ります。今年は東京の水晶さんから干し柿注文が入っているので、張り切ってたくさん作らねば!本のお礼に美味しい干し柿送るからね~~~。待っててね~~~♪
2009年11月06日
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水曜日だったのかな。テレビの「ためしてガッテン」って番組で疲労について・・・やっていた。内容はほどんど忘れたけれど(爆)自分の身体の実際の疲労と、感じている疲労感とは違っている、ってことだけは覚えているぞ。この頃 自分の身体に感じていたことと重なっていて とても面白かったのだった。人間は、意識が絶対でそこで感じたことは絶対普遍的なもののように思っている。のじゃないかなぁ・・・。普通はね。でも、実際のところ、本当のところ(あるとしたら・だけど)と、認知領域はずれているのだ。意識する部分だって、自分の存在の2~3%に過ぎないらしいし。 昨日あたりから、ようよう身体の疲れを感じ始めました。ちょっとぐったりしておりやす。私はまだまだ身体と精神がずれているので、ここがなるべく重なるようにもっていかないとなぁ。たぶんリラックス・精神のバランスを持って平安であること・・・が 鍵のような気がしているんですが。ああ、でも今ようよう エネルギーがまわり始めたところなので。バランスまで考えるのはもう少し先になるかもしれないな。それやこれやで、あまり意味の通じない近況報告です。
2009年11月05日
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って、先日の県の太極拳の交流会のことなんですが。今回は市内の3つの教室の合同でメンバーを集めてチームを作ったのです。長年やってる人のチームと初心者チームですね。今日午前にそのうちの教室があり、そこで先日の大会のビデオを映すということを聞いて出かけてきました。ほれ、自分の動きを見ておきたかったわけですよ。チームの演舞を見てちょっと驚いた。私ほかの人の足ひっぱってしまったと思っていたのに。全然そんなこと見せていない。過不足なくやっているように見える。いや、細かいところをチェックすればあちこちに細かい傷はあるんですが、それは普通にはわかりませんて。自分では出来悪くてホゾを噛む思いだったのですが、そこまで落ち込まなくてもよかったなぁ。ま、よかったよかった。でも、これからは大舞台に乗って、そこでちゃんと100%の力に持って行くように、自分のコントロールをできるようにならなくては・・・という教訓も得たわけでした。 交流会ですが、一応点数がつきます。私たちのグループは8.55でした。って、この点数の意味わかりませんよね~。今まで私たち4~5回出ているのですが、その中でも最高の点が取れたのです。ま、入賞はできず残念でしたが。でも、この点数をもらったことでけっこう苦労を重ねた合同練習やったかいがあったというものです。来年への励みにもなりますし!ね。人の評価で喜ぶなんて、私もまだまだ青いね!という思いも 隅っこにはあるのですが、でも ここは素直に嬉しいです。やったね~~~~♪
2009年11月04日
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豆知識。寒い時には、発酵茶が身体を温めてくれるそうなのです。コーヒーや緑茶は身体を冷やすのだとか。だから夏や暖かい時にはいいけれど、寒い時は紅茶やプーアール茶のような発酵をさせたお茶がいいのだそうな。この頃、なるべく紅茶はやめて緑茶飲むことにしてたんだけどな~。まあしかし、岩手はとにかく寒いので。しばらく紅茶ベースで行くことにしましょうか。紅茶にショウガとカルダモンを入れて温めたミルクをたっぷり。スパイスティーにして飲んでいます。おいしいよ♪
2009年11月03日
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ちょっと前の話になりますが、土曜日に行ったコンサートのことを書きます。お向かいに住むTさんがあげた野菜のお礼にーーと、コンサートチケットをくれたのです。 Tさんはキリスト者で、そのコンサートは教会のチャリティのものでした。 内容はハープコンサートとか。当日はあったかくて、外で畑の整理で働いていたので 午後それに出かけるのはおっくうだったのですが、せっかくもらったチケットだし、顔出さないのもまずいかも。 行ってみてつまなかったら、1時間くらいで切り上げればいいや・・・と、とにかく行ってみることにしました。時間ギリギリにすべりこむと、演奏者はパタゴニアから来た方で、民族風のハープはアルパと言われるものなのだそうです。 で、その音がすばらしかった。 繊細でやさしくて、メロディアス。 じっと聞いていると、頭の中に美しい色彩が満ちて、金や銀の光のつぶが流れるようなイメージがありました。 精神と身体がほぐれてくるような音です。これは来てよかった!Tさん、ありがとう!と感謝しながら聞き入りました。 でもねぇ、その後のコーラスがちょっと辛かった。。。。地元の音楽教室を主催している方とそこの生徒のコーラスグループです。音楽的にはある程度のレベルクリアはできているんでしょうが。 内容がねぇ・・・。そこで先生をしているYさんの歌は前にも聞いたことがあり、その時も、なんか線が細い声であまり迫ってくるものがないなぁ・・・という感想は持っていたのですが。 今回はかなりはっきりわかったのです。 彼女もまた怯えがひどくて、自分の正体を隠したままの人であること。 歌も自分を出さないように出さないように歌っているので、すごくからっぽです。 伝わるものがないのだ。聞いていると私にも怯えがやってきて、皮膚がちりちりして心が萎んでくる感じがありました。 でねぇ。 まずいことに 教わっている女子高生二人の歌にも同じようなものが感じられたのですよ。 先生の怯えを移してしまっているような・・・。小学生3人のコーラスはよかったです。 音程は時々外れるんだけど、彼女たちは自分の本体・声そのもので歌っていた。 怯えではなくこちらに伝わる声でした。先生は、音楽的な練習よりも 自分をほどくということが必要なんだけどなぁ。 そうじゃないと、生徒さんの本質をつかんでそこを引き出すことなんて 到底無理だろうに・・・。 でも、たとえ私がそう伝えても、何を言っているかわかんないだろうしなぁ。そういうことを思いながら、がまんの歌を聞いていたのです。 この体験で、芸術って何かって おぼろげですがわかったような気がするのです。いや、私は芸術ってわかんなかったんですよ。 絵を描いて来てなんなんですが。(照)たぶん 自分の中身をきちんとつかんで到達すること。 内部から来たものを外に出すこと。そういうことが出来ないと 人に伝えることはできないし、伝わるものがない。自分を押しとどめてはいけない。 特に表現の場所にある人は。 自分の縛りを解くことは、つらく厳しいことでもありますが、それを越えないとものを作る場所に行くことさえできないのかもしれないです。 少なくとも、そこへ行こうという意思をもち、努力は続けないと・・・ね。それにしても、マルシアス・ゲレロさんのアルパ演奏はすばらしかったなぁ。
2009年11月02日
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昨日は、盛岡にて私たちの習っている太極拳連盟の県交流大会があって、演舞してきました。それがねぇ、昨日は私武道場に着いて、練習段階から本当に上手くできなくて。 本番でも、大きいミスはしてないから、傍目にはちょっと調子悪そう?くらいでやり過ごすことはできたとは思うけど。本人としては、本当に最悪・出来悪~、悲しい!くらいのものだったのです。見栄があるから、そういうことメンバーには言わないけどね。でへへへ。とにかく身体の中に芯が通ってないというか、気が落ち着かないというか。 太極拳はバランスが大切なのだが、そこが全然上手く動かすことができていなかった。まあ、練習しているので、表面でごまかすことはできるわけですが、自分としては悔しい。 で、なんでこんなにダメなのか、メンバーの中で今私を敵視して仲間はずれにしようと頑張っている人がおって彼女のせいか?でも、私はそこに影響されるようなものでもないはずだし~。 と不思議だったのです。でも、なんかあまり楽しい気持ちでもないし、頭も重いし・・・と、いつもは5時の閉会式までねばっているのですが、3時前に切り上げて自宅へと戻って来た。車で70kmの道のりです。 その道のりでも眠くて、眠くて。 途中道の駅に車を止めて、コーヒー飲んで冷たい空気で眠気をさまし、ようよう無事に自宅まで戻ったわけですが。自宅にもどって、台所の椅子に座り、一息ついてようよう気づいた。私、疲れ果てておるのだ!! 疲れておるので 身体が自由に動かず、気持ちもなんか沈んでおったのだ。 そういえば、ここ数週間疲れたって 全然感じることなかったのです。 それで 気持ちよく外作業したり、用足ししたりで動いていたのですが。ここ何年にも渡って、私 本当にナマコ状態で動かない・動けない生活をしていたので、身体がなまりきっておるのですよ。多分。それが せっこらせっこら動くことを始めて。 頭が元気なので 身体が疲れてるってメッセージを受け止めてくれてなかったのだなぁ。 今までとは逆で。 今までは身体が疲れてなくても、精神のエネルギーが足りなくて、いつも疲れ果てておったのだが。なんと馬鹿な!と思われるかもしれないが、多分本当のことです。私はやはりバランスが悪い人間であるのだった。その昔、私の作ったキャラクターで、セラピストの女性に。 『人間は本当に精神の生き物と実感するわね。』なんて台詞を言わせたことがあるんだけど。今更ながら、それは本当なんですなあ。 はははは。
2009年11月01日
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