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本当にいろんなことに出会った1年でした。大切なものをたくさん無くし、そして ずーっと探し求めていたものをようやく手に入れました。その探していたものは、目に見えない密かなものだけれど、それを見つけたおかげで私はようやく自分の足で立ち 進み始めることができると感じています。来年は、今まで私がため込んできたものを、どう表に出し、使うことができるか・・・そういうことを探す年になりそうです。今年一年、みなさま本当にありがとうございました。来年もがんばるつもりです。よいお年をお迎えください。
2009年12月31日
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昨日の朝、ニュースショーのご意見番の鳥越さんが、今年を振り返って 『動機のわからない事件が増えた』って言っていたけれど。死刑になりたくて、事件を起こしたとか 今までは想像もつかないような動機を話す犯罪をさしての言葉だった。で、私が思うに、であるけれど。人間と社会が 変わってきているのだろうと。人間の生きるレベルが 物質ではなく精神にも及んできているのだ。はっきり言ってしまうと、あのような犯罪に走らせた動機は 精神の飢え であるように思う。深いレベルで生きたい、それができていないので自分や周りを壊す行動に及ぶ。昔から、深く生きることを望みそこへ向かう人も、いたのだろうが、それは一般的なことではなかったのではないか。それが、近年はごく普通の生活をしている人たちにまで広がっているように思える。 前に、神話についての本の中で、河合隼雄さんが 現代は神話の世界を現実の人間が生きるようになっている。と語っていたような。今は過渡期で。人間の世の中で混乱のない時代ってたぶんなかっただろうけど。より 長く深い混乱が これから先しばらく続くのかもしれません。でも、この混乱の先にどんな時代がやってくるのか。見てみたい気もします。私、生きて見ることできるかな。もし、できることなら 長生きして見てみたいなあ。
2009年12月24日
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テレビのニュース報道を見て、ごく限られた情報での判断だから、正確かどうかはわからないけれど。ここはまあ、田舎に住む 独善的なおばさんの独白ブログだから まあいいやと書いてしまおう。元自民党幹事長だった野中さんが、現幹事長で実力者の小沢さんに陳情に行って、面会を断られた。門前払い状態だったという話。ここで、ますます確信に近づく。小沢さんって 小者だよね。大物になりたくて 一生懸命頑張って おなかを膨らませているけれど、人や失敗が怖い子供の部分が大いにあるような。見る人が見ればわかると思う。人間の実力という土俵の上で見るならば、野中さんの勝ちだ。 政治家としてどれくらいのポリシーを持っているとか、今までやってきたことの評価はどうかとか、土地改良事業ってなに?とか、そういったファクターを全部無視して、個人としての評価だけど。一人の個人として比べた時に、私は野中さんが勝ると思う。自分の感情を抑えて、今必要なことをやることを躊躇しない。小沢さんは、それができない人に見える。 このごろ、人がよく見えます。人間は、どんなに表面取り繕って 平気な顔をしていても威張っていても、言葉で表情で、しぐさで、その人の本質がにじみ出る。こちらが自分に正直に世界に向き合うとき、世界もその正直なまっすぐな表情をこちらに見せてくれるのだと思います。
2009年12月21日
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姉のことで しばらく頭が塞がれた状態が続いていました。たぶん、それは当たり前で、甥にははげまし立ち直りの言葉をかけつつ、自分には自分を責める気持ちが確実にあって、それらが私の気持ちを下に下に引っ張り続けていたようです。色々なことを考えました。でも、こう思ったのですよ。私がもし死ぬ30分前にあって、思うところがあったら、きっと自分のできなかったことやれなかったことに対する思いは強いだろう。『きしょ!あれまだできてな~い!!』とか『絶対 これやろうと思っていたのに!』とかね。でも、『あの人が私にこんな態度だった。』とか『~してくれなかった。』とかは、多分思わないだろう。だって、自分の人生の主人公は自分だから、死ぬ間際まで人のこと考えてられないです。姉も楽な人生じゃなかったけど、彼女なりの一生を生き抜き、一人息子を育て結婚させて安定したところまで送り出しました。その人生に、私がいつまでも後悔の気持ちを持ち続けるのは むしろ彼女への侮辱なのではないかと。 姉と私は、同じ親から生まれながら正反対の性格でした。それは 母の存在のせいであったと今はわかります。母親の二つの面をそれぞれ受け継がされ、ネガとポジ まったく相手と違う性格・世界観をもってここまでやってきました。姉がこの世界を去り、私が残されたわけですが。もし私が姉を悼むのなら、私が今まで生きてこれなかった、姉の世界を私に引き込んで進もうと思います。できるかどうかわかりませんが。 自分の人生を自分で引き受けること。背負う覚悟をすること。人は、たとえ親であっても兄弟であっても夫婦であっても、自分の人生を背負ってくれはしません。私は最後まで自分の足で進みたいと思います。
2009年12月20日
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去年の12月には、胃の調子が悪く、お正月 自分の行く先の覚悟を決めるような気持ちの場所にいたのは 今年始めのブログに書いた通りです。幸い、危惧したような重い病ではなく、その後まもなく回復し日常にもどることができたのですが。 今年は本当に色々なことがありました。 火曜日の夜、盛岡の甥から電話をもらいました。姉が亡くなったと。姉は盛岡のアパートで一人暮らしをしていたのですが、部屋で倒れ 電話に出ないので心配した甥が部屋を訪ね、亡くなっている姉を見つけたそうです。姉は病弱でした。いつ倒れても不思議ではない人ではあったのだけど、上手に自分をコントロールできている面もあり、具合悪い時にはヘルプができる人・・・と こちらで安心して油断しているところがありました。59歳でした。 水曜・木曜と盛岡に通い葬儀に参列してきました。今、いろんな思いが 身体の中に大きくあります。時々 重いつらさの固まりが 気持ちの中でど~んとふくらみます。でも・・・悲しさもつらさも 逃げないでしっかり受け止めます。 たぶん 東京の私の大切な友達の一人とも そう遠くない時期に別れがやってくるはずです。花と 姉と 友達と・・・・。なんと大きいものを失うことか。 反面 私は今年、自分をようやく見つけ出し、助けを求めていた自分自身に手をさしのべることができました。ようやく 新しい自分の視野で世界を見て、新しい足で進み出したところです。これは 前に思ってもいなかった 安定感を自分にもたらしてくれています。 今年は 一度 自分の死から年が始まり、そして生と死の 得て失う一年でした。人間は脳内で 自分の物語を紡ぐ性癖があるようです。そういう面から言うと、今年は私の死と再生の年。これからの人生の最終ステージにむかっての自身の再構成の年であったのかもしれません。私はもう少し生きて、他の人も生かすことができるなら、やれることをやって生きてゆきたいと思います。
2009年12月18日
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最初はタイヤ交換・・・タイヤ屋さんに持ち込んで交換していたのだけれど、いざというとき、例えば山道を走っていてパンクしたとき、自分で交換できなきゃ困るじゃないか!と考えた。それで 友達に教えてもらって自分で夏タイヤ冬タイヤの交換をするようになったわけです。今年はねえ。なぜか今の今まであたたかくて、雪もほとんど降らなくて。タイヤ交換しないまま 12月の半ばまで来てたのですが。天気予報みたら、これから真冬日続きで雪も降るらしい?さすがにタイヤ交換しないと、これから先 車を使えなくなるじゃないか、と危機感が。重い腰を上げて動き始めたというわけです。おととい、タイヤ交換用のてこレンチをホームセンターで購入。 ↓(こういうヤツ) http://item.rakuten.co.jp/ayahadio/4960169002627/昨日午後3時を過ぎて 冷たい風の中、タイヤ交換を始めました。いやあ、このてこレンチが威力を発揮しましてねえ。いつも苦労しているボルトを楽にしかも丁寧に扱える。タイヤ交換ももう手慣れて、時間は普通の人よりかかってるのかもしれないけれど、確実に段階を踏んでちゃんとできましたよ♪準備と片付け含めて、1時間はかからなかったな。こういう労働をきちんと間違えず、確実にできるのもなかなか自信のもとですね。よしよしと言いながら、いい気分での作業でした。でもすご~く寒かったので(気温2度だったみたい)終わったら、やっぱり疲れてしまっておりましたけどねえ。てへへ。今朝起きたら、うっすらと雪景色。さっきから またぼた雪が降り始めました。タイヤ交換ぎりぎりセーフ!!
2009年12月15日
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さて、昨日に引き続き Fさん親子のことです。その、Fさんを動揺させてしまった出来事について書きます。Fさんとやり取りしているうちに、多分Fさんの気分に反応してTくんがパニックを起こし、コタツ布団をかぶって丸まってしまいました。で、私は何が起きたのか瞬間わからなくて、Tくんに『え?どうしたの??』と声をかけたのですが。Fさんがその私を押しとどめたのです。そういう状態のTくんに触れるな!と。私は、Fさんに私が聞いているのはあなたではない、Tくんに話しているんだよ?私はなにがどうなっているのかわからない。だからTくんの気持ちを知りたいのだ——と、言いました。Fさんはそういった状態になったTくんの気分をもどしてあげるノウハウ持ってなくて、いつも真綿でくるんでそっとしておく・・・それしか方法がないと思い込んでいるようでした。なので、私もTくんから引き離そうとしたのでしょう。でも、私はそこでTくんと離れることが必要とは感じなかったので、私は話したいと言うと・・・Fさんは『じゃあ話して!』と言って、今度はFさんがひきこもり口をきかなくなってしまいました。はは、まいったなあ・・・と思い、Fさんに「お茶飲みたい!」と請求して、台所に追いやり、その間にTくんを言葉でこたつから引き出し、普通におしゃべりしていましたが。そのことも Fさんには意外でおもしろくないことのようでした。 つまりね、Tくんは とても敏感な子どもで相手の気分に同調してしまうのです。それは、Fさんが自分の気持ちをTくんに背負ってもらってしまっているから。Tくんが自分の気持ちを感じて、外に安心して出せる場を家庭を作ってこれなかったからなんだと 思います。でも、Fさんはそのことをまだわかっていない。私がそれを話しても わかるかな・・・・?無理って気がする。 家の中で子どもが自分の正直な気持ちを話せる家庭って、今の日本でどれくらいあるんでしょうね?子どもが正直であるためには、親自身が自分に正直で誠実でなければなりません。例えば夫婦なり、パートナーなりに気持ちを正直に話せますか?相手がそれをわかろうとわかるまいと、関係ないんですよ。自分の正直なところを話す力があるかどうかです。それが根本の力です。それができずに、他者との関係を作ろうとしても、それは結局表面での繋がりになってしまうのだろうと思います。自分はここに存在しているんだから—本当は誰にでもできることのはずなんですが・・・できる人はとっても少ないのかもしれないです。 私は 最近まで人に自分を見せてはいけない(いや自分の思いとは関係なく 人は私の本質見えてたのかもしれないですけどね~)自分の本当の気持ちを言ってはいけない。自分は隠されねばならない。という禁止令を持っていました。それは理屈ではない、そういう家庭で育ち、それが私の他者との関わりのルールとして自分に定着していたのです。今も全面的解除にはなってないとは 思うけど。だいぶユルユルにはなっておりましてねえ。いやあ、言いたい放題でやってると 楽ですよ~。とにかく 自分にやさしくね。でも、他者に甘えてはだめですよ。一歩一歩でいいから、自分の気持ちをわかるところから始めてください。
2009年12月14日
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時々出て来るFさんは 隣町に住み高校のクラスメートで、気があって今でも交友が続いている。多分 生きる立ち位置とか ありようが似ているところが多いような気がするのだった。彼女は去年仕事を辞めて(あまり良い職場でなかったらしい。多くは言わないけど)それから ちょっとウツ気味というか落ち込んでいるように見えていた。 それで、気になっていたのだが、今度は春あたりから一人息子のTくんが不登校となり、ずーっと家にこもるようになったらしいのだった。私が電話して Fさんの都合を聞いても「今はちょっと・・・」と言葉を濁し私の訪問も拒否するようになってしまった。Fさんは、シングルマザーで一人でTくんを育てている。抱えているものも多いのだろう。 まあ、来るなと言われても 行ってしまえばこっちのもんさ~♪と、先日ショートケーキを買って、彼女の家を訪ねた。いつも、私が行くと逃げて隠れてしまっていたTくんが、居間のコタツにいて私が行っても座ったままだった。 どうやら学校にまた行き始めたようだな?前だったらねぇ、私不登校している子どもが前にいたら、どぎまぎしてしまって普通に話せなかったのですよね。なんでだろうなぁ・・・。今は全然平気で、話したいことを話して、相手の話も聞ける。相手がどんな状態でも、こっちが落ち着いて相手の真ん中めがけて声を出せば、どんな人とも たいてい話せます。 おもしろいことに 相手が2歳でも3歳でも同じなんですよね。ちゃんと相手の言葉を理解して、こっちの伝えたいことを言葉にする。会話には違いはありません。 で、FさんとTくんとコタツにはいって世間話、近況なんかを話していたのですよ。Tくんは今13歳かな?中学1年なんだけれど、外見は幼く小学校中ごろにしか見えません。このTくん、私がFさんに話を振ると、かならず割って入って自分が会話の主導権を握ろうとする。 Tさんも そのことに気づいていないのか、別に普通のことと思っているのか・・・。前から感じていたのだけれど、Fさんは、息子を別の人格、一個の世界観を持った人間に育てるための力をまだ持ててないのかもしれません。この親子は くっつきあって、同じ空気を共有して、息子はそれが息苦しくて時々コントロールが利かなくなっているように見えます。今回、私はFさんにものすごい拒否の壁をぶつけられたのだけど、それが出てくるところまで、私食い込んでしまったのだな。 私、前はTくんが問題を抱えていて、彼が成長すれば学校にも行けるように社会性も出て来るようになると思っていたのです。でもね、今回見えたことは。Tくんが安心して外に行けるようになるためには、母親のFさんが、もっとしっかり自分の問題に取り組んで、安定した心を取り戻すことが一番ですね。それが本当に難しいのだけど。。。。。。ちょっと前は、私 自分の問題と取り組んで 壁を壊すことでずいぶん生きることが楽になったので、できることならFさんにもそのことを伝えたいと思ったのですが。今はそんなことは 思わないです。Fさん、本当に大変だけど、もし彼女が変わることができるなら、それは彼女自身が動き始めた時ですよね。そうしたら、私も手伝いできるかもしれないです。息子のTくんの問題は、Fさんの問題に焦点をあてるための必死のメッセージです。それは、Fさんにとっては、自分自身を取り戻して自分を生きるための ものすごく貴重な贈り物かもしれないのですが。う~ん、そこに気づいて 前に進むことができるかなぁ。がんばれ、Fさん。あなたが今がんばらないと、Tくん いつまでも大変なままだよ~。
2009年12月13日
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先日、「ためしてガッテン」で、顔のシミを消す方法ってのをやっていた。内容はごく簡単で石けんをよ~く泡立てる。そのアワアワを顔にのせて、汚れがひどい場合には泡で皮膚をなでるように洗う。直接指でごしごし洗ったりはしない。ってだけ。どうも顔のシミの原因のひとつが洗い過ぎによる 肌荒れで、メラニンが細胞に定着してしまうこらしいのだ。このことは、私も実感~納得なのである。 実は私、2年くらい前まで、ほんとうに顔がぼろぼろで、シミだらけで。しかもそのシミがぼこぼこと盛り上がっているくらい、ひどい状態だったのだ。確かシミが悪化してほくろみたいになってしまい、近くの皮膚科の医院にかけこんでそれを取ってもらったことを、このブログのネタにもしてたはず。その後、佐伯チズさんの洗顔法ってのを知った。彼女の教える洗顔法で洗う方法に変えて2年くらいになるかな?本当に前とは段違いに肌の状態が良くなっているのですよ。石けんは普通の固形石鹸を使っています。なるべくナチュラルで添加物のないものを選ぶけど、友達からもらった石鹸なんかも使ったりしてるからあまり神経質ではない。それをネットを使ってよ~く泡立てて、顔に乗せてやさしく下から上へなでるように洗っていたんだけど。ためしてガッテン流だと、そのナデナデもしなくていいみたいっすね。 この頃、いろんな研究の成果が情報として流れてきて。いろんな発見があって、本当におもしろい。例えば、睡眠の意味も、それを知ってから眠ること眠れないことに対する悩みがなくなった。夜、眠れなくても 意味を知っていれば、別に不安にならない。1日や2日眠れなくてもかまわないんですよ、問題は眠れなくて不安になってしまう自分の心理だったのです。それから、最近の脳科学ね。これは、知ってほんとうに コペルニクス的転回、目からうろこでした。心理学ではなく、脳の作用、脳内の伝達物質から解明されつつある脳の働きと人間の精神の有り様とかね。 今まであたりまえ、常識とされていたことが いろいろひっくり返されつつあるようですよ。私は今自分がここにいて、あれこれできることが楽しいのだけど、色々新しいことを知ることができるのも、またわくわく楽しいことだと感じます。
2009年12月12日
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やれやれ、東京に行ってきてから、もう何日も過ぎてしまいましたが。友人のことをあれこれ考えてしまい、ちょっと沈思黙考バージョンにおちいっておりました。彼女のことは、また別の機会に書くこともあろうかと思います。 さて、 家にもどると 先日受けた太極拳の合格通知が郵便受けに入っておりました。まあ、嬉しいですが。。。。なんか喜び55%って感じでしてねえ。満開に嬉しいって気持ちにはなれない。その自分の心を探ってみると、どうしても試験の実技で思ったような太極拳ができなかったことが、しこっておるのですよね。うまくできなかった自分を認められないのかな・・・。 まぁ、しかし初段は初段です。これで、会の中で初心者に教えてもかまわない印籠を手に入れたようなもんですね。あと、これから県連の講習会で初段のクラスに入り、上級の内容での指導を受けることができる——そこは素直に嬉しいです。今年、花巻や北上に通って教えてもらった内容を一つ一つきちんと身につけていけば、2段も射程のうちに見えてくるだろうと思っています。とりあえず、2~3年かけて2段を取る。そこを当面の目標にして進むつもりです。
2009年12月11日
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日曜に上京の予定です。友達の容態があまりかんばしくなく、入院したとの連絡を 別の友達からもらって 見舞いに行くことにしました。本当なら前もって予定立てる余裕があれば、連絡とって他の会いたい友達もたくさんいるのだけれど、いつも慌ただしく移動してもどる!ってな旅なので 今回も見舞いして 時間に余裕があったら御徒町で石を買い足して・・・ってだけで終わりそうですが。(しくしく) まあ色々書きたいこともあるけれど。ちょっと 時間に追われておるので、今日は簡略ブログです。今日も朝からあれこれ用事を片付けていたのですが、本当に元気になってきた・・・と思います。いや、これでも普通の働き者の奥さんにくらべたら、トロいもんですが。さあ、明日は上京のための準備あれこれ。というわけで、おやすみなさ~~い。
2009年12月04日
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月末にはあれこれの納付に銀行へ行く。私が行く銀行の待ち合い席の雑誌ラックには週刊文春が置いてあり、私は待っている間、その中に掲載されている中村うさぎのエッセーを読むのが楽しみなのだった。先日行った時に読んだエッセーは、中村氏本人と今話題の結婚詐欺34歳女性の分かれ道って内容であった。容疑者Kと中村氏の30代とでは、ほぼ同じ精神構造にあったと。見栄っ張りで高額な買い物をすることで満足感と優越感を得て、人に高価な食事を奢ることで賞賛をもらって・・・と。そういう生活をしているとお金がいくらあっても足りないのだそうな。 ただ、容疑者Kと中村氏の違いは、Kが自分の内情を隠したのに対して、中村氏は自分をさらして作品にしたことでお金を得たということ。いやあ確かに中村うさぎのお買い物エッセーは破天荒で、税金取り立てにやってくる税務署員との戦いなんて、もう声出して笑っちゃうくらいだったもんなあ。彼女、酔って帰って、トイレを我慢できず、自宅マンションにもどったところで力つき、玄関でお漏らし(しかも大)をしたことまでネタにしていたんだけど、その自分のさらし方はそりゃたいしたもんであるです。でも、普通の人は恥ずかしい自分隠すよねえ。そりゃあたりまえだ。でも、その恥ずかしい自分と向き合うことこそ、自分を解放する第一歩なんだけど。まあ、しかし 今に至るまで過激に深く自分をさらし続けている中村氏本人が、どうしても向き合うことのできない自分を内部に隠したまま・・・の様にも見えるからな。いずれにしろ、なかなか難しいことではあるのかもしれないですが。 でも、彼女がいう、嘘はいけない!は、本当だと思います。いや、私 今までもあまりお世辞や嘘は言わない人間だったんだっけどね。このごろ、自分の本当の気持ちの言葉を自然に出せるようになって、本当に楽になった。世間的なお付きあいの中で、お世辞やご機嫌伺いみたいなことをいわないでいるには、やっぱ勇気がいるかなあ。。。。でも、そういったことはやめてもいいですよ。孤立しても大抵平気です。こうして見ていると、普通の人は他の人との関係性に注意やエネルギーを奪われて、今自分が何をしたいのか、しなければならないのか、そっちがおろそかになってしまっているのね。無駄無駄って。やるべきことに集中し、楽しいことを追いかけましょう。自分と時間を有効に使うことをした方が、生きていて楽しいですよ。
2009年12月02日
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