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普段使っているノートパソコンがクラッシュしてしまいましたのだ。今は、予備に設置してあるMacから入力していますが、使い慣れておらず非常に使いづらい!ちょっと環境整うまで、ブログはお休みになるやもしれませんが。。。。じきに戻りますので、ちょいとお待ちくださいね~~~。
2009年09月29日
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おととい、市から新しい保険証が送られてきました。私は国民保険の加入者です。ちゃんと保険料も支払っているのです。今までは昔ながらの紙が折りたたまれたものだったのですが、今回からカードタイプになったらしい。しかし、そのカードを見てびっくり!なんだ この安っぽさは!!ぺらぺら~~~で、ちょっと厚いビニールでしかないぞ!!経費節減ゆえの苦肉の策か?しかし・・・私は、お大切カード保管入れにいれておくから、まぁ最低限用は足すだろうが。。。。ちょっと判断力の衰えたお年寄りなんかには、こりゃ・・・難しいぞ。全然ありがたみないもん。。。なくす人続出かもかも。。。大切な保険証が、スーパーのポイントカードより安っぽいって、いったいどうなのさ~。私、短い間だったけど 市の施設で仕事してたから知ってるけど、市の職員はもう前からカードタイプでしかもしっかりしたものもらっていたんだよね。でも、普通の市民には こういう扱いか。経費削減なら、市の職員もいっしょのペラペラにしたんだろうな!と、ちょっと憤慨しちゃったのでしたさ。(○`ε´○) プンプン!!
2009年09月28日
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私は普段 左手に石のブレスをひとつしているのですが、不思議なことに自分の気持ちに合う石というのは、その時々で変わるようなのです。これはねぇ、明確に理由いえないんだけど、どうもその時の気持ちにシンクロする石というのがあるようで。。。。一月ほど前から、水晶のブレスをしたくてたまらなかったのですが、水晶だけでもいいし、その中にまた透明な水色の石も配したい・・・という願望が。ようよう、透明感のある水色アクアマリンを手に入れて作りました。先日行った、荒川高原の風のイメージです。 石は アクアマリン 水晶 ミルキークォーツシンプルでさりげないですが、今とても心が落ち着く組み合わせです。
2009年09月27日
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今年は、自分を分解し、組み立てなおす・・・作業に没頭していて、それ以外のことはほとんど手抜き状態でありました。畑も庭も放置きわまれり・・・の 状態です。オハズカシイ (* ̄Θ ̄*)まぁ、そんな中でも少々は畑も継続してはおるわけでして。。。大根は、8月初めに蒔きました。今 大根の太さは3~4センチくらいかな?10月末あたり収穫予定です。そして、こちらはチンゲンサイ。無農薬なので ちょいと虫に食べられていますが、まあこれなら上出来の方でしょう。炒めたり、シチューに入れたりして食べます。
2009年09月26日
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先日読んだ池谷裕二さんの「海馬」が、本当に面白くて、今でも折にふれて断片的に読み返したりしているのだが、この本を読んで、本当によかったことのひとつが 私の睡眠が明らかに変わったことなのだ。どう変わったかというと、眠ることに迷いがなくなったこと。ちょっと表現が難しいんだけどねぇ。私はどちらかというと、宵っ張りで夜行性で、夜起きていてあれこれやることが好きである。従って朝は当然遅い。ねぼすけである。そうすると一日が短く、労働効率は悪い。長い間、眠ることに対して、きちんとした位置づけができてなかったんだよなぁ。寝ることの意味がつかめていなかったというか。私は 思考に偏りがちの人間で、行動的ではない。行動的でエネルギッシュな人にコンプレックスがあったりして、そういった人間は睡眠が短く情緒も安定しているイメージがあったのだ。で、自分でも長すぎる睡眠は無駄なんじゃないか・・・という 迷いがあったような気がするのだった。今、考えるとね。しかし、「海馬」の中で 人間にとっての睡眠の意味が説明されていた。眠っているあいだに、考えが整理される――なのだそうだ。夢はその人が起きていたときに経験したことを整理して取捨選択し、記憶するのに必要なものだけを取り出すプロセスなんですと。すべての人間にとって必要不可欠、必須のものだったんですねぇ。睡眠は最低でも6時間は必要で、目覚ましは使わず、ぽっかりと目が覚める・・・といったものがよいそうで。あと睡眠はリズムなので、一日のうちで睡眠時間は固定させた方がいいとのこと。そして、私にとって重要だったのは、睡眠は経験の整理のために必要なのだが、脳の働きとして見ると、きっちり眠っていなくても横になって目を閉じて静かにしていれば睡眠と同じ効果があるのだと、池谷さんが言ってたことなのだ。夜に何回目が醒めても、静かに横になっていればそれは睡眠と同じ!とわかったことで 精神的に不安定にならずに済んでいる。この年になって、人間に関して、自分に関して、本当にいろいろわかってきたことがあり、なんとまぁ・・・という感じであるのだった。人間生きていれば、何が起きるかわからない。あきらめちゃいかんですね。
2009年09月24日
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スーパーに入ってる産直のコーナーをのぞくと、あけびを売っていました。小さいものですが、5個入って70円!w(°o°)w おおっ!!・・・ここは 果たして日本国か・・・? 明日の朝いただく予定♪
2009年09月23日
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ホオズキは鬼灯とも書き、庭に植えてはならないとされる植物らしいのですが。これは、町の街路樹の下に植えられていたホオズキの風景。漢字を思えば、毒も含んで美しく感じられます。
2009年09月22日
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日曜日は、例によって(?) 太極拳段位を狙う人たちのための1日講習会で、北上まで出かけました。朝もはよから起き出して、お弁当詰めての遠征なのです。ま、講習会は充実して、大変だけど実りの多い楽しみなのですが。最近、うちの町グループのAさんがすご~~~く、不満が多くてもうプッツン状態。何に不満を持っているかというと、今グループの指導者であるMさんへの不満が嵩じて、それがおさえようがなく次から次へと噴出してくる。でねぇ、聞いていると、その不満の内容が本当にどうでもいいことのわけ。講習会への連絡が締め切りギリギリだったとか、会報の配布がちょっとしたミスにより遅れているとか。私だったら、あんな風じゃない!!もっとしっかりせねば!! ってのが、Aさんの言い分なのだが。どうでもええことなのだ。そんなこと。でもね、Aさんは、そういうミスはいけない、きちんとしなきゃいけない。指導者ってのは、ミスは許されない--って縛りの中で生きてきて、自分がそういう人生を送ってきたので、他の人もそうじゃないと許せないのだなぁ。Aさんは、姿勢もそうなのだ。ものすごく肩を張って、肱も外に向いて 肩をいからせた体勢になっている。普通にしていていてそんな姿勢。肩肘張って生きてきた人なんだよねぇ。。。。。 日本語はすごいと思うのは。精神のありようを姿勢を表わす言葉として、ものの見事に表現していること。肩肱張っている腹が据わっている飲み込めない腹黒い手が出る座りが悪いこれねえ、言葉だけじゃないのだ。身体のことを言いながら、精神をも如実に表わしている。太極拳をしていて面白いのは、その人の精神の癖が身体に如実に表われ、それが見えてしまうことなのだった。多分ねぇ、3段まで行ってる人は、そこのところを見て、自分のなかの淀みやこわばりを解く・・・という作業が必要になるのだと、わかっているんじゃないかと思う。逆に言えば、それがわからないと 本当に上にはたどり着かないだろう・・・と。ま、1級あたりでそこいらを話せる人はまだいません。......(o_ _)o パタッ私は、やっぱ頭でっかちで。太極拳も理論から...っすね。実技としては、ちょぼちょぼ、みんなよりは半周遅れってとこでしょうか?びゃははは (≧ω≦)b ↓ 別のグループの練習風景です。これはリハーサルかな?
2009年09月20日
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土曜日は、朝から家の前はお祭りに出発する人たちで大賑わいでした。この日は、町中全部が、民俗芸能の舞台化状態になるのですが、ちょっくら商店街を外れたうちあたりが楽屋になってしまうわけで。これから舞台に上がる人たちがリハーサルしてたりして。ドンドコ太鼓の音がするので、外を覗いたら、こんな状態でした。でも、ちょいとリズムが間延びしておるなぁ。。。。その昔聞きに行った林英哲にはちょっと及ばないようで。。。。。。。。。(当たり前!!(≧∇≦) )林 英哲
2009年09月19日
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denshinbashiraさんは、埼玉にお住まいで、つい最近までギャラリーのオーナーをなさってらっしゃいました。絵を観る確固とした視線を持ってらして、相手を深く見通す恐い人でもあります。( ご容赦を...(^.^; テヘ )絵の個展開催の用事があって、秋田にいらっしゃるとのことで そのついでに岩手に寄って賢治のゆかりのところをめぐりませんか?と、前にお誘いしてたのです。で、先週の木曜日17日に花巻を、18日にはちょっとだけでしたが遠野をご案内しました。17日には花巻市の市外を流れる北上川の河川敷で、賢治が名づけた「イギリス海岸」に行ってきたのです。花巻には時折行くことがあり、近くも何回も通ってはいたのですが、今回初めてその場所に降り、川べりから周りの景色や空を見ました。水面のすぐ下に、堆積岩が見え、水に侵食されてちょっと不思議な景色を作っています。空は秋の空で、透き通って高く、きらきらと細かい光を含んだような風が流れていました。そして、賢治の生家のあった場所と、羅須地人協会がもともとあった場所をめぐりました。80年前に賢治が生きて、働き、詩や童話を作ったそのところです。 翌日は、遠野にお誘いして、早池峰山を望む荒川高原と、その西に位置する渓流の重湍渓(ちょうたんけい)にお連れしたのです。あいにく雲がたれこめて早池峰山は見えなかったのですが、高原を渡る風は空に近く透き通って、人も自然も心も、汚れを許さないぞ!とでも言いたくなるような厳しさを含んでいるように感じたのでした。感じる人には、聖域にも思える場所です。 実は、私は25年以上もこの地を離れて、仙台や東京での暮らしが長く、親が死んであれこれの事情の重なりで、もどった時にはそりゃあもお、この自然の連なりや移ろいに目を奪われて感動していたのですが。いつの間にかすっかり慣れて、美しいものを美しいと感じるセンサーもなくしてしまっていたなぁ・・・と。反省しても仕方ないのですが、あらためて気づいた次第だったのです。賢治はそういった鈍さを一生持たず、いつでも自然に向き合い感じる精神をむき出しに生きた人だったんだろうなぁ。。。。 今回、denshinbashiraさんといっしょに岩手をめぐることで、気づかされること本当に多かった。彼女は賢治の視野の外側からではなく、中から観ることのできる方のように感じられました。人間、自分の垢を擦り落とす作業はいつでも必要だし、垢すりになってくれる人はみなさん!!すごくすごく大切にしましょう!!いや、昔私はヤマアラシのような女・・・と言われたことがあるのでして、これはちょっと行き過ぎかもしれんですが・・・。
2009年09月18日
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この、白ブドウはずーっと畑にあったのですが、去年まではすっぱくて食べられたものじゃなかった。ことしは、あまり虫にもやられず、しかもあまり酸っぱくない。いや、美味しいというにはちょっとまだ・・・だけど。(あまり甘くもないのだ)でも、これだけ採れて、しかも味がまあまあというのは、上出来といえましょう。ご近所にもおすそ分けいたしました~♪
2009年09月14日
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なんてことを 思っているとか いないとか・・・
2009年09月13日
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庭石の一番てっぺんに陣取って、縄張り監視中。ここはあたいの許可なしにはいっちゃ いけないのよ!!ネコサマノ (/_-)/ (=^--^=) \(-_\) オナ~リ~
2009年09月12日
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ご存知のとおり(?) この頃の私は 腹が据わり、対人恐怖もだいぶ無くなっているので(全部無くなったわけではまだないが)人との会話が怖くない。いや、むしろ話すのを楽しむことができるようになった・・・と、感じている。昔は、絶対できるはずない!と 思っていた営業だって、やればできちゃうかもかも?と 思っているほどなのだ。初めての人とも、地をさらしたまま会話できるようになっているのです。すごいぞ。東京に住んでいたころに比べたら、本当に少ないのだが、それでもたま~に、訪問販売の怪しげな人々がやってくることがある。訪問宗教の人もいるけど・・・。昨夜、7時過ぎ、ハチマキして夕食支度しているときに玄関から訪問者の呼びかけがあった。(最近手ぬぐいで頭をおさえるのがマイブーム。アネサン被りもよくやってます)うちは古くてチャイムもつけておらんのじゃい!ほいほい!と出てゆくと、なんか生気のない20代後半くらいの青年が立っていて、桑の葉茶の訪問販売に来たと言う。いかに健康によいか説明なさるのだが。。。。本当に生気もエネルギーも感じさせない人で、張り付いた笑顔が気持ち悪いのだった。目も暗い洞穴のようで、いや、訪問宗教関係の人々は こちらが何を話しても内部に動くものが何もないって人多いのだけど、それをますます深刻化させたような人で。。。。すっかりマインドコントロールされきった人って、ああなってしまうのか。。。。この頃は 他人が怖くないので、基本的に訪問の方々にもこちらのことを説明して、その上でお引取り願うのだが、彼に関しては 彼が納得して引き下がる前に 途中で打ち切ってしまったような状態だった。あの不気味さに耐えられなかったのだな。。。。 あ、彼が去った後、あれはカルトじゃないか・・・?と 勘が働いたので、調べたら、やはりそのとおりでした。○○教会らしい。そっくりの訪問者のケースが乗っていた。・・・ああやって人生を過ごすのか。。。。彼も本当は人生を豊かにする方法を探していた人なんだろうにね。。。。自分の道を探しても、依存させる何かに入り込んではだめです。それだけは言いたい。
2009年09月10日
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このごろ、一番変わったのは 自分の失敗をマイナスとしなくなっていることかなぁ。いや、未だに失敗多いですよ。貰った書類の提出〆切り忘れておるし、会合通知に気づかずに欠席しちゃうし。前は、いかん~~~と落ち込んでたけど、この頃は ま、いいや なんとかなるし~~程度。それくらいで どってことないです。自慢じゃないが、私は穴ぼこだらけで事務的能力はマイナスCくらいなもんだ。( ̄^ ̄)えっへんおまけに片づけが下手で 家の中はまだごたごただあ! でも、楽しいからいいのだ。 昨日話題にした池谷裕二さんは、東大薬学部を首席で卒業して、大学院も首席で入学したらしいのだが、実は小学校では全然箸にも棒にもかからぬ劣等生であったとのこと。小学校6年のとき小学校全般の漢字テストを受けて、点数が2点で全校ブービーだったとか。未だに漢字は良く間違って書き順もでたらめだとか。算数九九 暗記してないけど、数学は得意だとか。(公式は覚えるのではなく、そのつど必要な公式を作ってるらしい・・・どうやるのだ?)彼は 物忘れがひどくて、一週間前に自分が言ったことも忘れてることはしょっちゅうとか。本当におもしろい。中学校に入って、英語がちょっとだけ出来たことが 変わるきっかけであったらしい。暗記は苦手だったので、方法論で勉強を展開したのだと。(ここいらが 暗記でやってきた私にはよくわからんのですが・・)そういうことが書いてあるので、「海馬」はおもろいですよ~。 まぁ、自分は、ボロボロだけどそれでいいや!へ~ん、って居直ると、人の間違い失敗も全然気になりません。というか、自分がこうなもんで おお友達!って、かえって好感増だったり。ま、本当にやっちゃいけない失敗はあるのだろうけれど、この程度の日常の失敗なんかは気にする必要ないです。失敗で落ち込む人は、真面目でいい人に多いと思うけど、そんなことで価値は落ちないので、明るく行きましょう♪
2009年09月09日
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私はとにかく小さいころから本を読んできた。どちらかというと 活字中毒者のケがあった人間である。で、ちょっとマニアックな本読み人間にありがち…な傾向かもしれないけど、実はベストセラーの本だけは、あまり読んでいないのだった。意味のないこだわりを持ってたのかもね~――と、今は思う。(〃_ 〃)ゞ ポリポリ「海馬」も、タイトルは知っていたが、読んでいなかった。さて、先日Dさんが、池谷裕二さんの「単純な脳、複雑な「私」」がお勧め!とブログに書いていて、 では 私も読まねば、と思ったのだが。とりあえず、その前に入門書代わりに「海馬」を読んでみるかと思ったのだ。なんで、そうなるのか 自分でもわからないけど。アマゾンで注文して 届いたのが昨日。あっという間に読み終えました。読みやすい本だったけど、中身は濃かったなぁ。いろいろ目からうろこで、発見が多かったです。年をとって もの覚えが悪くなる・・・ってのは 本当は違うとかね。脳は疲れることを知らない。あと、ストッパーをはずせば、いくつになっても能力は飛躍的に伸びる可能性を持っているとか。面白いなぁ。本を買って読むのはメンドクサイ・・・と思う方でも、探せばコンテンツはあちこちにころがってますので、よろしかったらどうぞ。 ↓ ほぼ日に出ていた池谷裕二さん http://www.1101.com/dark_continent/index.html
2009年09月08日
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昨日は1日 太極拳の講習会でみっちりしぼられてきた。初段を目指す人たちのグループに入って、7名で1人の先生に指導を受けたが、さすがに レベルが上がってくると、指導内容も濃く難しくなってくる。私の直すべき箇所は、自分の芯(正中線)が 傾く、中心からずれるってことなんだなぁ。太極拳は姿勢がとても大切で、いつも姿勢はまっすぐに保つよう言われる。このまっすぐは、学校で習った「気をつけ!」のまっすではなく、頭のてっぺんから紐で吊るされたように・・・、股関節と膝関節は緩め 肩の力は抜くこと。であるのだが。いや、これを保ったまま動くことは すご~~く難しい。要はバランスなんだろうが、これが出来ると全然力をいれずに身体を動かすことができるようになるんだと。自分ではまっすぐにしているつもりでも、絶対どこかに力が入り、そして傾いている。。。。 心も同じでねぇ。自分の芯を打ち立てて、まっすぐにして、人と向き合うと そりゃ楽だ!ってのが このごろ実感としてわかっている。いつも 芯を意識して、傾かないよう、縛られないようにと思うのだが。やはり、いつの間にか傾きよろめいてたりしてね。(^.^; オホホホ身体と精神は 本当に通底している・・・とも感じます。一気にできるはずもなし。これもじわりじわり・・・ですね。
2009年09月07日
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今日は太極拳1日講習会に出てきまして、もぉおお くったくたであります。すみません。お休みします。また、明日。ぺこ <(_ _)>
2009年09月06日
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さて、自分の内部を探って そこに何があるのか、ようようわかってきた部分がある。人間の精神は多分多層構造で、今の私はけっこう深くまで行ってるとは思うのだが、もちろん全部開示したわけではないし、まだその奥にも果てしなく何かがありそうだ。(一瞬だけど、その一部はかいま見たりもしたのだったが・・・)今わかっている自分は、ごく小さいころに自分に課したテーマというか、枷というか、縛りに未だに動きを封じられているということ。でね。私がなんとかこれを解きたい、放ちたいと思いつつ、手離せないもの・・・。それは 我慢 なのだった。私はとにかく我慢を自分に強いてきた。贅沢してはいけない、目立ってはいけない、アピールしてはいけない、甘えてはいけない、飾ってはいけない、人を傷つけてはいけない、悪口を言ってはいけない。いけない、いけない、いけない・・・のオンパレードをやってきていたわけ。多分ね。そして、これもまた 私が自分のエネルギーを失った原因のひとつではあるのだなぁ。自分のよって立つ場所をどんどん我慢によって狭めてしまっていた。もっと自由にやりたいことをやって、言いたいことをしていればよかったのにねえ。 今さらであるが、それがわかったので、なんとか自分のやりたいことをやって、欲しいものを買おう!と思うのだが・・・。それがなかなかできない。……(o_ _)o パタッ我慢の人生を重ねてしまって、それが習い性になってしまっておるのだな。簡単には自分の癖はなくならない。じわりじわりと行きましょう。今でも前よりは 自分の輪郭がずいぶんはっきりした!と思う。自分が何をしたいのか、何が欲しいのか、きちんとわかって進めれば、きっともっと毎日を楽しんで生きることができるだろうと、そう 思う。
2009年09月05日
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人は無意識に相手のことを理解しているとは思うのだが。でも、私は前にくらべて 格段に相手のありようが意識の上で見えるようになっている気がする。(これは私の独断で、実際気のせいかもしれないけど)先日のニュースで、当選した某世襲新人議員のインタビュウを見ていて 思わずのけぞってしまった。いやぁ、若いのに似合わない見事な受け答えをしていたのだが。それがね、この人って多分10代半ばには政治家になることに決めて、そのための所作の訓練してきたのだな!って印象の言葉だったのですよ。で、その中身はといえば、エリート意識と野望で満ちている・・・ように私には見えたのですわぁ。どう言えば人が動くかオレは知ってるぜ!なんて 意識がね 透けて見えていた。。。。当たっているかどうかは知らない。でも、あんまはずれてない気もする。いずれ、わかってくると思うけど・・・ね。これからどう動き何をやるか。政治家の家で育つって、こういうキャラを作ったりもするのか・・・と興味深くもありますが。空恐ろしいとも言えます。
2009年09月04日
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楽天のメンバーじゃないと わからないと思うけど。日記記入のページの様子が変わってしまいましたねぇ。今日は朝起きてさっさと身支度をすませ、花をペットキャリーに詰めて、北上の動物病院まで行ってきました。ここ数週間、花があまり元気なくて、どんどん痩せてきていたのです。食欲ないのも痩せてきてるのも、年のせいで仕方ないか・・・なんて思っていたのですが、友達に「口の中が痛くて食べれないのかも。」と指摘されてもし、病気で食べられないなら治療すれば・・・と、考えたのです。病院に連れて行ったら、口の中は大丈夫。血液検査もとりたてて悪い数値はないので、食が細いのは年のせいだろう・・・とのことでした。たぶん花は15歳か、16歳。もう猫にしては長生きのほうですよね。花が苦しくないなら、じたばたするのはやめて、静かに見守ってケアしてってあげるしかない・・・と思っています。生きて年をとること、すべての宿命ですし。静かにして、いっしょにいたいという思いが強いのです。
2009年09月03日
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私は長いこと ニュースおたくで、情報マニアで、とにかく自分でできるアンテナを張り巡らして世界のこと、色々なことを拾い上げようと頑張っていた。それは、自分の趣味でそういうことが好きなのだ――とばかり、思っていたのだが。今になってわかったこと。それらは、自分の中の不安の投影だったんだな、ということなのだった。自分が不安で安定してないので、なんとか安定したいと拠りどころを探していたのだ。で、世界をきちんと把握して理解できていれば、自分の居場所も見つけやすい…と、そういう思惑だったんじゃないかなぁ。だから、自分のことも他の人のことも、社会のことも不安材料を見つけては心配したり、そこに対して目を向けない社会や政治に対して憤慨したりしておったのだ。今はね。もちろん全部じゃないけど、かなりの部分の、自分の不安や怯えを除去することができている。 そうしたら、びっくりなことに 政治に対しても興味も ずいぶんと薄れてしまった。今までだったら、政権交代!!ここで注目せずにどうするか!??ってくらい力をいれて注目観察しまくっていたと思うんだが。今はニュースでチラ見して、『ほへへへ~、そうざんすか。なるなる。』程度の関心である。 もちろん、今私自身が 大きい変更作業の真っ最中なので、落ち着けば ある程度昔の視点や身体の姿勢がもどってくるんじゃないかと思うけど。今は政治がどうなろうと 自分のあり方のほうが重要って場所にいる。それは 自分で仕方ないと認めているのだった。 ああ、ただね。そういったところにいつつも思うことは、あまり民主の政権に期待持ちすぎないほうがいいんじゃないかな・・・ということ。システムを急激に変えることは、政権変わってもできることじゃないと思う。何かを変革するには、絶対プラスとマイナス 両方あるのだろう。たとえプラスを目的に行動しても、マイナスの結果に終わることさえあるかも。そういうことを引き受けても、変革を続けることを国民は背負う覚悟があるか・・・ということを問われるのだと。問われているのは いつも外部ではなく、自分なんだろうと思うのです。それを覚悟しつつ、民主党の政治を見守りましょう。
2009年09月02日
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昨日からしきりにやってくるイメージを描いてみました。多分生まれて数ヶ月の私が感じていた世界なんだと思います。私は本当に大変だったねぇ…。(*_*、)ヾ(-ω- ) ヨシヨシ
2009年09月01日
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