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「あなたと瓜ふたつの、天然色の姿がスーッと玄関に現れたので、《これは
いったい、どういうことなのかな?》といぶかしんでいると、神が『30分
すると、こういう人が玄関にやって来るぞ』とおっしゃったのです。それで、
そこの柱時計を見ながら30分近く待っていると、しばらくして、ブーッと
自動車のエンジンの音が聞こえてきたものだから、《そら来たなッ!》と
思って待っていました。すると少し先のほうで『ストン!』といって車が
止まった。しばらくして木戸が開いて、背広姿の青年であるあなたが庭の
飛び石づたいに、ここの玄関に向かって歩いてくるのが見えたのです」
長谷川わかは答えた。
「わたしは、頭の中で声が聞こえるのです」
頭の中で声が聞こえる?そんなバカなことがあってよいものだろうか。
「頭の中で聞こえるのですか?」
「……頭の左横のほうできこえるのですか?」
「いえ、ここです、頭のテッペンのほうです」
「どういうふうに、聞こえるのですか?」
「どういうふうって、ふつうに人間がしゃべるように話しています。
ただ、人が口を使ってしゃべるのでなく、しゃべっている場所はわたしの
頭の中ですが。それで、わからない、聞きたいことを、自分の口に出して
言ってもよいし、心の中で念じてもよいのですが、《こういうことを教えて
下さい》と頼むと、何でもわからないことを教えてくれます」
「その、先生の頭の中でしゃべる存在は、先生が、自分では全然、夢にも
知らないことをたずねても、教えてくれるのですか?」
「そうです。東京にいながら、九州、大阪、北海道のことでも、外国の
昔のことでも、さっきあなたを玄関の三和土で見たみたいに見えて、
同時に、神から『こうこうだ』と詳しくその場の状況について解説を
受けて、教えられるのです」
「ご自分で、第六感とかでわかって、その情報を頭で考えるときに声に
なって聞こえるっていうんじゃないのですか?」
「そうじゃないのです。さっきも『30分したら、こういう人がくるぞ』と、
わたしの頭の中で言ったのです。わたしは、全然そんなこと思っても
いなかったし、あなたという人を知らなかった。それに、自動車に乗って
いる人を、わたしがここに座ったままで、自動車を故障させて、停めて、
ここへ来させられますか?」
「先生は、その頭の中でしゃべる存在を〈神〉と呼んでいますが、そこの
ところが私には納得できません。なぜ、それが神なのですか?」
「神が、わたしの脳の中で勝手にしゃべりまくるだけなら、大迷惑で邪魔者
であるだけです。現にわたしは、神とさんざんやり合って『出ていけ!』
と言って、過去、何年間もケンカをしてきたのです。でも、今は『おまえ、
テレビでペリー・メイスン見るんじゃないのか?もう時間だぞ!』とか
『おまえ、それを買うなら、同じデパートの4階で、同じメーカーの同じ
仕様のものを、半額で時間特売始めたぞ』なんて教えてくれて、行ってみると
その通り時間特売を始めたところですし、受験のときは試験問題も教えて
くれますから、とても便利なんです」
それで、長谷川わかは神と和解して、神を自分のなかに居させることになった。
「神の声は、頭の中で聞こえるだけでなく、ここにいながら、九州、
北海道、遠い外国のことでも何でも見えて、そこでやっていることが
耳に聞こえるのです。昔のことでも、未来のことでも、間違いなく
わかります。ヨーロッパの大昔のことも教えてくれますし……」
「それから、浮気調査もわかります。入社試験の合格もわかります」
入社試験とは、ある会社で五十人の新入社員募集に対して、約二百人
の応募があったが、人事係長がまだ開けていない応募資料(履歴書、
写真入りの封筒)を長谷川わかのところへ持って来て、合否の判定を
依頼したものであった。彼女は、一つの応募資料に対して二、三秒
ないし十五秒程度で、『これは合格、これはこうだから駄目、これは
中間補欠』というように、神が言うままに三つの山に分けた。中間補欠
は十人だった。これは、合格者が辞退したりする場合の補欠である。
一方、会社では、これとはまったく関係なしに筆記試験、面接試験を
やって合格、不合格をきめた。最終的に決まったものを長谷川わかが
判定したものと比べると、ぴったり合っていた。係長がそのことを
報告に来たそうだ。
「そうねえ。始まりはちょうど、頭の中で無線電信をやってるみたい
ですね。なにか、知りたいけどわからないことがあると、たずねることを
言葉にして唱えます。念じてもいいのです。人のことを調べるなら、
その人の名前と年齢を言って、たずねたい質問を言って、目をつむった
まま何も考えずにいると、普通のことであれば、二秒とか、四秒で
答えが出ます。時間のかかるものだと、般若心経でも何でも唱えていると、
頭の中で、神経の筋をクックックックッと引かれる状態になります。
《ははあ、私の頭は、ちょうど無線電信みたいだな》と思っていると、
しばらくして、神のほうでわかったようになって、『こうこうである!』
と、大きな声で言います」

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さそい水さん