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長谷川わかの、株式、証券、鉱山に対する霊視は、よく当たった実績
がある。
株の値上がり値下がりを見るときは、紙に、いろいろな株式の銘柄の
名前を、五銘柄、八銘柄と書き連ねて、売買したい株数も書いて長谷川
わかに差し出すのだが、長谷川わかには、株のことや市場経済的なこと
は端からわからない。
株屋に聞かれたことを神に質問すると、神は「いま日本経済の状況は
こうこうである。この株は買え。これは、売れ。これはもっと上がるか
ら、いついつまで持ちなさい。これはすぐ売り払いなさい……」と教え
てくれる。それをオウム返しでそのまま質問者に伝えるわけだ。材料も
霊感で見える。
聞いた人間は、個人ならそこで帰るが、証券会社の人間だと、たいて
い、電話を使わせてくれと言った。駄目だと断ると、駅の公衆電話に走
って兜町の証券会社に連絡し、担当者が売買の指令をするのである。
電話をかけ終わると、すぐまた長谷川わかのところへやって来て、座敷
に上がり、順番を待っている人のあとに座って株の新聞を見ている。
そうして朝から夕方まで、一日中座敷に入り浸っているので、一人の株
屋を一日に五回ほど見てやることになった。そんな株屋が、常時十五人
ぐらいいた。それで、のべ五百銘柄ぐらいを調べていた。
公衆電話で自分の会社に連絡し、会社にいる社員が未来情報をリアル
タイムに運用するのだ。兜町の証券会社の社員のなかには、会社へ行か
ずに、直接長谷川わかの自宅へ通勤する者もいた。朝七時ごろ、表を掃
除しようとして箒をもって門を開けると、もうそこに背広を着た証券マ
ンが大勢来て並んで待っているのであった。その人達は〈長谷川わかの
神に聞くこと〉を仕事とする担当者達で、毎日長谷川わかの座敷にたむ
ろし、二十畳ほどの座敷を独占しては、株を見てくれと交互に頼んだ。
そうなると、他の一般客に対応できなくなる。そこで、わざと毒にも
薬にもならないことばかりを言っていたら、翌日からパタリと来なくな
った。「株屋は現金なものだね」と、長谷川わかは言った。
ふつうの人間の技能には得意・不得意がるように、超能力者にも得意
・不得意がある。株当ては、どの能力者でもできることではない。むし
ろ、できる人はまずいないと思ったほうがよい。形式的に真似をしてや
ったりすると、とんでもない大損失をこうむるのは目に見えている。
総じて超能力による株当てはやるべきではないだろう。
それを見ていた隣の部屋の重役達が、わかを馬鹿にしてせせら笑いを
しているのが拝みながらもわかった。ひそひそ話でも、自動的に霊感で
増幅されて大きな声で聞こえてくる。
「どうだい、どう思う、あれ。今時の世の中に、神や仏を拝んでどうな
るものか」
「最低だよ、あんなの。まったくねえ。科学に反した迷信をやっている。
これだから日本人は、欧米人から遅れをとってしまうのだ」
「おい、幹事さん、すぐ女将に目刺しの頭を注文してくれ。そこに立て
て、この人に拝まそうじゃないか。わっはっは」
長谷川わかは、心の中で《この野郎どもめ》と思ったが、構わずに、
襖を開けたまま、ジャンジャン拝みあげた。
拝み終わってローソクの火を消すと、「宝塚オガミ君!」という声が
聞こえた。当時、わかは、白い着物に、女学大の卒業式みたいな紺色の
袴をかぶせるように穿いていた。どことなく、宝塚歌劇団の一員のよう
にも見えないことはない。
重役たちと刑事は、みな、祭壇の祀ってある部屋に移動した。ローソク
に火を点す。ローソクの火は彼女の神には不要であるが、目をつぶって見
える火が、彼女自身にとって、自分の霊感のバロメーターになるものだ。
そのため、習慣上そうやっている。
事件内容について、わかが神に質問した。
「先程、神様の教えてくださいました、この重役たちの会社の経理の事件
のことを知りたいので、詳しくお教えくださいますようお願いします」
すると、四秒ぐらいで答えが出てきた。
神によると、それは企業内での大金横領の犯罪事件であるという。この
会社の東京支社と大阪支社にまたがって、四つの部門の人達がグルになっ
て経理操作をやり、金銭の横領をしていたのである。
最初に、長谷川わかの視野に犯人達の顔が四人見えて、どういう不正を
やったか、概要の説明があった。次に一人ずつ犯人の肖像が見えてきて、
事務所の座席位置が示され、その各々について、やったことや伝票が鮮明
に見える。不正処理をやっている現場が見えた。具体的に何をしたのかわ
かり、かつ神からの解説もあったので、彼女は神から言われるままにおう
む返しに伝達した。内容のわかりにくいところは重役側で質問して、犯罪
内容が全て明らかになった。
今日会ったばかりの、馬鹿にしてからかっていた女性である。その女性
が、自分たちの会社を知らない、大阪支店があるとも知らなかったのに、
重役も知らないことを――犯罪をなした犯人たちの顔や、背格好、社内で
座っている席の場所、どういう方法で不正な経理をしているかまですべて
明らかにして、犯罪事件の仕組みを詳しく教えたのであった。
こうして、六ヶ月かかっても解決困難と思われていた事件について、わ
かは片手間に達成してしまった。重役たちは、〈長谷川わかの神の声〉な
るものは、時間を当てるくらいの単純なものと思っていたが、現実に、自
分達の会社の犯罪が全部解明されてしまったので、仰天し、大きな知的衝
撃を受けた。彼らは、この分の謝礼もしたいと言ったが、わかは、すでに
賭け金を十分もらったから要らないと断った。
後日、公金横領をやった四人は警察に逮捕され、新聞にも出た。世の中
では、神言は当ったが故に隠さねばならないこともある。こういう方面は
実に難しい。

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さそい水さん