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長谷川わかは目をつぶって、一生懸命、催眠術にかかろうと努力して
いたらしいが、だんだんと息を押し殺している状態になり、口の横のほ
うからかすかにフフフと声が漏れだして来たかと思うと、ついに、「ア
ッハッハッハ!」と、爆笑してしまった。
「……頭の中で、『おまえ、一体、なにやってるんだ』って、神様が
おっしゃるのだもの。『おまえ、今度、そういうのを習うのか』って、
心配そうな声で。目をつぶっていると、意識がどんどん冴えてきてしま
って、眠たくなるどころの騒ぎじゃないですよ。わたしは、目をつぶっ
ていたほうが、頭がはっきりしてしまうんだもの」
「ちょっと血圧が高いが、これは内科のことですが大した程ではない。
こうして問診しましたが、どこもかしこも健康です。精神や脳や神経の
ほうは、正常以外の何物でもありません。言うことも考えもはっきりし
ているし、理屈も通っているし、同じ年代の人々と較べて、ずっと頭が
いいほうです。むしろ優秀です。あなたは、まったく正常そのものなの
に、頭の中で声が聞こえるなんて、そんな馬鹿なことが今の時代にあっ
てたまりますか。気が狂っているのではないか」
「狂っているというなら、余計に診て下さい」
「いや、アンタは正常だ。正常なのに何を馬鹿なことを言っているんだ」
「正常なのに声が聞こえるのです。ですから是非、脳波をとって診てく
ださい」
「あなたは正常だ。それなのに病院へ来て、見え透いた嘘を言って医者
を騙そうとするなんて、どういうつもりなんですか。脳神経科というの
は、ちゃんとした患者さんが治してもらいに来る所なんだ。どこも悪く
ないのに、嘘を言って脳波を取ってくれなんて、医者を馬鹿にしていま
すよ」
医者はそう言って、断固として脳波を採ろうとせず、彼女を病院から
追い返してしまった。
この医師が、長谷川わかの、神と対話中の脳波をテストしてくれなか
ったのは残念である。
その店は、珍しく女主人が写真撮影をやっていた。撮影室の床は木の
板で、昔からある大きな車のついた写真機にガラスの乾板を入れながら
女主人が写真を撮る準備をしていると、
「あら、ご主人がいらっしゃるわ」
長谷川わかが言った。その店で、生前撮影の仕事をやっていたであろう
女主人の夫の霊が現れて、自分の妻が健気にも撮影の仕事を引き継いで
撮影の準備をしているのを、そばに立って優しく見守っているのが見え
たのである。
もちろん、私にも、その写真家の夫人にもそんな姿は見えない。
霊は知情意を持っているので、こうやって現れることがある。かつて
私の映像が長谷川わかの玄関に現れたときのように、ホログラフィー映
像のように、まるで生きているように、存在濃度90パーセントで、長谷
川わかにはよく見えるのだ。私は、写真店の奥さんに、長谷川わかには
そういう能力があって、確かに霊が見えるのだと説明した。
「あなたの亡くなった旦那さんが(車のついた大きな海老茶色の写真機
の横を指差して)そこに立っています。等身大の大きさで、生きている
ように、アリアリと見えているのです。あなたが写真の仕事をやってい
るのを応援なさっているようだ」
黒い縁の眼鏡をかけていて、とても穏やかな方だと伝えた。
写真屋の女主人である未亡人は、
「そうでしたら、あたし、この仕事にやりがいがあります」と、とて
も喜んだ。
私は、人間のもつ超脳の働きについて、その仕組み・メカニズムを調べ
たいと思っていたのだが、どうも、当てごとにのみ駆り立てられる不本意
な状態に追いつめられていた。当たることは確認できている。もはや、長
谷川わかの超能力が当たることを証明する行動はまったく不要である。
だが、神の声が現実に存在すると社会に公開することは、現実の世界を
人間が正しく理解するために必要だろうと思う。
私は、神と長谷川わかと私の共同作業、共同探求を効果的するために、
神という言葉も忌み嫌わず使うことにしようと決めた。この神というもの
は、長谷川わかと話していると、どうしてもあると思わざるをえない。
長谷川わかの頭の中で話すもの=霊的存在〈神〉のことを、人間と同じよ
うに生きていて、脳がないのに優秀な頭脳と記憶力を持った、非凡な見識
のある、格調の高い神人格、尊敬すべき、親切心のある透明人間だと思っ
て交際することにした。
長谷川わかとの会話でも、神という存在に対して心のなかに設けていた
防壁も取り外し、神――長谷川わか――私の間で良い関係を持つように、
積極的に心がけるようにした。

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さそい水さん